
昨年は過去最高の195勝を挙げ、全国リーディング8位に食い込んだ、高知の永森大智騎手。今年に入ってからは高知リーディングを快走し、いよいよ、高知の帝王・赤岡修次騎手超えを目指します。現在の心境をお聞きしました。
去年はどんな年でしたか?
去年は今までで一番勝たせてもらいました。馬主さんや雑賀(正光)先生のバックアップのお蔭です。これまでずっと(赤岡)修次さんを追いかけてきましたけど、かなり遠い存在だったんですが、勝利数の差だけで言えば、少し近づけたのかなと思います。ただ、技術的な面で言えばまだまだですね。
具体的にはどんなところですか?
この前も修次さんに怒られたんですけど、2人で1着2着の争いになった時、内からステッキで叩いたら、馬がよれて修次さんの馬にぶつかってしまったんです。結果的には僕が勝ちましたけど、「これからみんなの手本にならなきゃいけない立場なのに、あんな騎乗してたらあかん」て。自分でも本当にそう思います。勝ちたいっていう気持ちが大きくて、意識し過ぎている面もあるので、その辺りを改善していきたいです。
永森騎手ほど勝っていても、そういう気持ちになるんですね。
なりますよ! 僕はまだ、修次さんや西川(敏弘)さんや中西(達也)さんみたいに、自分の位置を確立しているわけじゃないので。勝ち続けないと、何かの拍子に簡単に落ちてしまうと思ってます。去年は本当にたくさん勝たせていただきましたけど、それは僕が一番いい馬に乗せてもらってるから。だからこそ、絶対に負けたくないですね。
いよいよ今年は、"赤岡騎手超え"を意識するんじゃないですか?
修次さんは本当に偉大な先輩で、今でも敵わない部分はたくさんありますが、今年は超えたいと思っています。去年の10月頃、雑賀先生から、「来年はリーディングを獲れるように、いい流れを作って行け」って言ってもらって。そこまで言っていただいてすごく嬉しいですし、かなりバックアップもしてくれているので、今年はリーディングを目指します!
ただ、そのためには超えなければいけない壁は修次さん1人ではないと思っています。最近西川さんがうちの厩舎の馬に乗る時があるんですけど、それまで走っていなかった馬でも、イヤになるくらい前に持って来るんですよ(苦笑)。ゲートで癖のある馬とか、僕が乗ると出遅れる馬とかでも、なんでもないように乗って来て。中西さんはコース取りが本当に上手で、雑賀先生からも「中西のコース取りをよく見とけ」って言われます。ロスがない位置取りをするし、レースに隙がないんですよ。もちろん修次さんもすごいですからね。気の悪い馬でも、ゲートをポンと出て楽に前に付けるでしょう。ジョッキーレースでも結果を出してますし、本当にさすがだと思います。こういう上手なジョッキーたちに囲まれて、まだまだ勉強することは多いですけど、その分刺激になるし、もっともっと上手くなってやる!っていう気持ちになりますね。
永森騎手は2011年頃から爆発的に勝ち星を増やしましたが、何かキッカケはありますか?
具体的にこれっていうのはないですけど、その年にリワードレブロンで初めて重賞(黒潮菊花賞)を勝たせてもらったんです。他場で重賞を勝たせてもらったのもレブロンが初めてで、本当に感謝しています。
去年の笠松『オグリキャップ記念』ですね。
あのレースは自信になったというか、他場でもやれるっていう手応えを感じさせてもらいました。道中はロスなく進めたし、いい感じに外に出せたので。雑賀先生からいつも、「馬場を味方につけろ」と言われていて、その通りのレースが出来たと思います。
笠松・オグリキャップ記念(2014.4.22)
リワードレブロンは、年末のグランプリレース『高知県知事賞』も圧勝でした。永森騎手自身は、このレース3連覇でしたね。
強いレースをしてくれましたね。やっぱり、『高知県知事賞』と『福永洋一記念』は特別なので、その2つを連覇出来ているというのは嬉しいですね。本当に強い馬に乗せてもらっているので、大きいところで結果が出せて嬉しいです。
『福永洋一記念』は、高知の看板レースになりましたね。
あのレースを勝つのは特別嬉しいですよ。洋一さんもいらっしゃいますし、表彰式で表彰してもらえると、すごく感動して...。他のレースとはまた違った重みがあるので、今年も絶対に勝ちたいです!
そして、今年の1月27日には、『佐々木竹見カップ』初参戦でした。
5着、14着で、全く結果を出すことが出来ませんでした...。特に最初のレースはチャンスがあったのに、人間が冷静でいられなくて、何も出来ませんでした...。左回りということもありますし、あれだけのメンバーの中に入って自分のレースが出来るほど甘くないなと。もっともっと勉強しなきゃいけないと痛感しました。
では改めて、今年の目標をお願いします。
今年は絶対にリーディングを獲ります! たくさんの方々にバックアップしていただいてますし、今年リーディングを獲れなかったから一生獲れないくらいの気持ちで頑張ります。
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※インタビュー / 赤見千尋 (写真:斎藤修)
山頭信義騎手のデビューの地は船橋競馬場。その後、2年目に期間限定騎乗で高知に来て、デビュー4年目の今年10月、正式に高知競馬場所属騎手となりました。期間限定騎乗を経て高知に移籍した騎手としては、調教師に転身した目迫大輔騎手に続いて2人目です。
もともと船橋競馬場に縁があったんですよね?
はい。祖父が出川龍一厩舎で厩務員をしていて、競馬場にはよく遊びに行っていました。父は騎手になりたいという夢があったんですが体重の関係であきらめたそうで、僕が父の夢をかなえたということになりますね。小学5年からは中山競馬場の乗馬苑に通って、地方競馬のの騎手試験を受けました。でも1回目は落ちたんですよ......。
それは想定外ですね。
なんで落ちたんだろうなあ。仕方がないので船橋競馬場で厩務員をして、次の試験で受かりました。
南関東は新人がいきなり活躍するのがむずかしい場所ですが、初勝利はデビューの次の開催で挙げることができました。
ただ、乗り鞍が少なかったのが......。デビューの開催は10鞍あったんですが、そのあとが続かなくて。船橋では厩舎の2階に住んでいたんですが、ヒマでヒマでしょうがないんですよ。なんとかしなきゃという思いはいつもあって、そんなときに確か、高知に行っていた(同期の)山崎良騎手から来ないかと誘われたんです。ただ、個人的には船橋で頑張りたかったので、2回断りました。でもまた連絡があって、3回目に行きますと返事しました。
それからはおよそ1年間、高知で騎乗して、3週間ほど間があいて、また期間限定騎乗。その限定期間が終わって、正式に高知へ移籍ということになりました。
その3週間なんですが、船橋に戻ったのは2泊3日だけなんですよ。高知での仕事が残っていて、さらに台風で出発が延期になって、船橋では部屋を片付けただけという感じでした。
期間限定騎乗を続けたのは、高知の環境が気に入ったからということでしょうか?
そうですね。とにかく乗れますから。船橋とは攻め馬の数も違います。僕自身の最大では、25頭前後のときがありました。今は馬の手入れ作業もしているので18頭ぐらいですが、でもそれをやり始めてから、馬との距離とか接し方とかが変わったように感じます。正直、疲れるといえば疲れますけれど、午後も仕事があるので体調管理はしやすいです。
所属の田中守厩舎にはたくさんの活躍馬がいますね。
タンゴノセックは僕が攻め馬をしていました。サクラシャイニーは僕がするつもりだったんですが、(赤岡)修次さんが自分ですることになりました(笑)。先生に言わせると、攻め馬のレベルが違うって......。でも先生はいろいろな馬に乗せてくれます。別府(真司)先生にもお世話になっていて、オールラウンドやクロスオーバーの攻め馬に乗せてくれました。そういう毎日だから、楽しいですよ。もちろん、実戦でも自分が乗れればという気持ちはありますが。
たくさん乗れることが高知に移籍した最大の理由なんですね。
そうですね。本当に楽しいです。忙しいと時間が過ぎるのも早いですし。最近は厩舎作業もしているので、街に行かなくなりました。さらにこの間、厩舎地区に食堂がオープンしたのでなおさら。
となると、彼女とかは?
あと10年ぐらい......は考えなくてもいいかなあ。それよりも技術をもっと上げたいですから。馬を追うときの推進扶助がまだまだですし、レースでの展開もまだ読めていません。もっともっと乗って、経験を重ねたいですね。今で満足していたら、移籍した意味がないですよ。
確かに騎乗数は多いですが、勝ち星という点ではもっと上を目指したいところです。
チャンスはたくさんいただいているんですが、それを活かしきれていない感じがあります。個人的な目標としては、あと2年以内に通算100勝を達成したいですね。
しかし高知の上位陣はかなり層が厚いです。
ベテランのみなさんは若いですよ。そして技術もすごいですね。たとえば西川(敏弘)さんは、ほかの騎手より姿勢が高いんですが、追い始めると馬がぐんぐん伸びていきます。馬が動くツボを知っていると思うんですよ。本当にすごいと思いますし、そういう技術を自分もつけていかないと。
そして山頭騎手自身も1年前と比べると見た目が変わりましたね。1本だけ抜けていた前歯が今はありますし、髪の毛の色も変わりました。
前歯はブリッジを入れました。歯が1本だけないと、なんだかアホっぽく見えるみたいなので(笑)。髪の毛は、今は明るい栗色みたいな感じですけれど、前はもっと金髪に近い色だったんです。美容師さん任せにしたらそうなったんですが、これはちょっと、先生に怒られるかなと思いました。動機はやっぱり、自分を変えたいというところですね。
まだデビュー4年目ですから、これからですよね。
そう思っています。高知は僕が初めて来たころよりも馬の質が上がりましたし、馬の数も増えました。それとともにチャンスも増えていますけれど、ここからはもっと自分の地位を上げていかないと。
南関東にいる若手騎手にメッセージはありますか?
南関東のほうが夢は大きいかもしれないですが、レースに乗るという楽しみが少ないケースが多いですよね。高知はいつでもウェルカムなので、乗りたいという思いを持っているなら来たほうがいいと思います。夢はこちらでもつかめると思いますし。
ちなみに収入面は?
船橋時代にくらべると、だいたい倍になりました。ただ、今は使うヒマがないから貯まる一方です(笑)。
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※インタビュー・写真 / 浅野靖典
ハイレベルと噂される今年4月デビューの新人騎手。その中で初騎乗初勝利と華々しいデビューを飾ったのが高知の妹尾浩一朗騎手。その後も着実に勝利を重ね、8月18日時点で7勝。馬を追う時、グンと沈む柔らかい上半身と可動域の大きいダイナミックなフォームはまさに天賦の才。これに経験というスパイスを加えて、さらなる飛躍を目指す。
4月にデビューしてから4カ月半で7勝。ここまで振り返ってどうですか?
競馬は本当に難しいですね。特に展開を読むのが難しいです。デビューしたばかりのころは、本当に展開が分からず、無我夢中でしたが、最近はようやく、速い遅いは分かるようになってきました。だからと言って、その流れに応じて、いい位置が取れているかは別ですが。
デビュー前に想像していたレースと現実のレースは全く違ってましたか?
全く違いました。現実のレースは本当に厳しくて、自分の理想からだんだん離れていく感じすらします。今は現実のレースに揉まれて、壁に当たって悪戦苦闘しています。今のこの経験を糧にしながら、ステップアップしたいと思っています。
8月16日高知5レースで7勝目
師匠や先輩騎手からアドバイスはありますか?
(打越勇児)先生には特に厳しくご指導頂いています。調教の時とかに他のスタッフさんに、もっと気遣いできるようにならないとダメと言われてます。兄弟子の(宮川)実さんや赤岡さんからも指導されています。僕はよくレース中、どうしようかと一瞬迷うことがありますが、実さんからは迷ったら負けと言われます。迷う前に先に体が動くようにならないといけないんです。赤岡さんからはこの前は、もっとメリハリをつけろと言われました。前につけるにしてもハナに行くのか、控えるのか、中途半端では勝てないと言われました。
今は色んなことを吸収する時期ですね。ところで、どうして騎手を志望したんですか?
家族が競馬が好きで、よく競馬場に連れて行ってもらったことで競馬や騎手が好きになりました。それに母の従弟にボートの妹尾忠幸選手がいて、小さい頃から知っていたので、その影響もあったと思います。
大阪出身ですが高知競馬を選んだ理由は?
最初は実家(大阪府豊中市)から近い園田競馬に行こうかなと、何となく思ってましたし、母もそれを希望していました。しかし、(地方競馬)教養センターに特別講師として赤岡さんが来た時に「高知はたくさん乗れるから来い」と言われました。その直後に、調教師になったばかりの師匠になる打越先生が研修に来ていた時にお会いして決めました。母から反対されましたが、粘り強く説得しました。
勝負服は青に黄色の星散らし。この勝負服に込められているものは?
青と黄色は(打越)先生のお父さんである初男先生(高知初の2000勝騎手となり、ミスター高知競馬と呼ばれた。2011年死去)の勝負服(胴袖黄、青元禄)に使っていた打越厩舎伝統のカラーです。先生の「父を越えろ」の思いも込められています。星散らしは尊敬する兄弟子の実さんのデザインと同じものにしました。ナイター競馬の高知に似合っていると先生には言ってもらいました。伝統の重みを感じるし、誇りに思っています。厩舎や先輩の名を汚さないようにしないといけません。
初騎乗初勝利の時のことは覚えてますか?
あのレースがやはり、一番印象に残っているレースです。緊張もしましたが、意外に余裕を持って焦らずに乗れました。今でも、あの時のレースは頭に映像が浮かびます。ヤギリエスペランサという馬で、僕が勝った後は兄弟子が乗って鼻血を出し、最後のレースは僕に乗せて頂き、結果は7着でしたが、この馬には感謝の気持ちで一杯です。一生忘れられない馬ですね。
今後の目標は?
デビュー前は「年間100勝」と言ってましたが、今の現状では、かなり厳しいですね。でも、言った以上は、それに向かって頑張りたいし、看板は下ろしません。あと母に宣言したこともあるので。
母に宣言?と言いますと?
今、中学1年の妹はバスケットで私立の強豪校に、去年スカウトされたんですが、うちは母子家庭。母は学費のことで悩んでいました。それを聞いて「心配しなくても、僕が出すから」と言ったんです。妹は無事入学しましたので、僕は毎月仕送りしています。だから僕も、もっとうまくなって勝たないといけないんです。
18歳と言えば、中学時代の同級生はまだ高校3年生。なかなかできないことですよ。今は3キロ減で騎乗していますが、身長は騎手としては高い方(165.9センチ)。減量は厳しくないですか?
4カ月と少し騎乗して、コツは分かってきました。減量はただ落とすだけだと体力もなくなるし、それだと意味がありません。週の半ばから気をつけて少しずつ落としてます。今はサウナにこれくらい入れば体重はこれくらい落ちるみたいな計算ができるようになってきました。
自分の長所はどこにあると思ってますか?
体が柔らかいところと手が長いので馬を追うのにはいいと思います。それをもっと騎乗に生かしたいですね。
見本にしている騎手は?
兄弟子の実さんですね。乗ってる時の姿勢がきれいですし、馬を御すのもうまいですから。あと南関の御神本騎手のフォームも格好いいと思います。
今後に向けて抱負を。
とにかく競馬は勝たないと楽しくないし、1着になった時のうれしさは本当に最高です。最近は全国にいる同期の活躍が刺激になってます。特に金沢の中島くんの活躍はすごいと思うし、自分も負けないように頑張りたいと思います。
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※インタビュー / 松浦渉 (写真:にゃお吉)
4月から短期免許を取得し、高知競馬で騎乗中のオーストラリアの賀谷祥平(かやしょうへい)騎手(35歳)。ケアンズを拠点に174勝の実績も申し分ないが、それ以上に目を引くのは、インテリビジネスマンでもあるもうひとつの顔。上智大経済学部卒で、公認会計士の資格を取得し、騎手と並行しながら現在は会計事務所を経営している。そんな異色ジョッキーの素顔に迫りました。
4月5日から騎乗を始めて、28日に初勝利。おめでとうございます。
ありがとうございます。オーストラリアは芝ばかりで、ダートは初めてだったし、高知のレースの流れや、外が軽い馬場など、戸惑うことが多かったですが、まずは1つ勝ててホッとしています。
高知の騎手会長で、2500勝の西川騎手に直々にアドバイスをもらったと聞きましたが。
熱血指導をいただきました(笑)。西川さんを筆頭に、赤岡さんや高知の騎手はみんな人情に厚いんで、感謝してます。
勝負服のデザインが「胴青桃縦縞、袖緑」ですが、この由来は?
青が僕の好きなカラーで、桃と緑は高知で所属させて頂いている田中守先生の騎手時代の勝負服カラーを頂きました。田中先生にはアドバイスしてもらったりお世話になってます。
4月28日第4レース、ラビットアドゥールに騎乗して初勝利
ここで、もうひとつの顔でもあるビジネスマンの方のことをお聞きます。持っている資格を教えて下さい。
オーストラリアとアメリカの公認会計士、MBA(経営学修士)、会計学修士、宅地建物取引主任者です。
騎手をしながら、それだけの資格を取得するなんて、すごいですね。
騎手も会計士に関わる仕事や勉強も好きでしてますし、趣味みたいなものですから大変と思ったことはありません。毎日、満員電車で通勤されて、朝から晩まで働き通しの日本のビジネスマンの方がずっと大変だと思います。
オーストラリアでの1日のサイクルを教えて下さい。
平日は朝は4時半に起きて、車で競馬場に移動して5時から8時くらいまで調教に騎乗。そこからいったん家に帰った後、9時から経営している会計事務所で夕方5時まで仕事をして帰宅。夕食やお風呂に入って10時に寝ます。競馬開催の土日は早朝に調教に乗るのは同じですが、昼から夕方にかけてレースに騎乗します。こんな生活ができるのも家族と会社のスタッフの理解があるからですね。本当に感謝してます。
本題に戻って、オーストラリアで騎手になった経緯は?
高校のころから競馬が好きで、テレビでも、ライブでも見てました。でも目が悪かったので、日本で騎手にはなれないと諦めてました(裸眼で地方競馬教養センターは0.6以上、JRA競馬学校は0.8以上)。大学3年(21歳)で就職を意識しはじめた時、自分の腕で稼げる仕事がしたいと思ってたし、周囲の友達のように一流企業で働く気も全くなかった。それなら単位も既に取れていたし、矯正視力でも騎手になれるオーストラリアの競馬学校に入って騎手になろうと思いました。
言葉でオーストラリアの競馬学校に入るというのは簡単ですが、英語は話せましたか?
読み書きは受験の時に勉強したので、自信はありましたが、行ってみると、話せない聞き取れないで大変でしたね。しかも周りに日本人は僕ひとり。でも、自分で決めた以上は乗り越えるしかなかったですね。
03年に見習い騎手デビューし、オーストラリアでは1934戦174勝。07年にはクイーンズランド州北部の最優秀見習い騎手にもなっています。
競馬学校があったアーミデールでデビューした後、06年6月に現在のケアンズに移りました。日本人のいないところにいましたので、観光地で日本人が多いケアンズが魅力に映りました。見習い最優秀騎手になった年は27勝して、メトロポリタン(賞金の高い競馬場で日本の中央に相当)に移る話もありましたが、当然、厳しい競争があります。有力な厩舎や馬主とのコネもなく、騎乗数が減る不安もあったので、プロビンシャルやカントリー(賞金の低い競馬場で日本の地方に相当)で騎乗数を確保できる方を選びました。カントリーと言っても観客は多いし、すごく盛り上がります。
オーストラリアの競馬を振り返って。
思い出すのは競馬場までの移動距離の長さ。自分の本拠地以外でレースがある時、3~4時間かけて車で移動するのは当たり前。時には砂漠の道を延々8時間くらい走ることもありました。途中、飛び出してきたカンガルーをひきそうになったことも1度や2度ではありません。あと、思うのは向こうでは騎手は特殊な職業ではないことですね。日本のように門戸が狭いわけではなく、誰でもなれるし、広く受け入れて、そこからの競争が厳しい。子育てが落ち着いたからと、40歳を越えて復帰する女性騎手もいるくらい。日本では制限が多くて中央と地方では自由に乗れないけど、メトロとカントリーの行き来は自由。実力の世界で厳しいけど、これが本来あるべき姿だと思います。
日本で短期免許で乗ろうと思ったきっかけは?
僕は日本人だし、日本で乗れるものなら乗りたいと思ってましたが、視力の関係で諦めてました。でも、オーストラリアで免許を取得していれば矯正視力でも乗れると話を聞いて申請しました。
地方の中でも、賞金レベルの高くない高知を選んだ理由は?
広島県呉市の出身なので乗れるのなら、地元の福山で乗りたいと思ってました。でも廃止になったので、それなら福山の次に近い高知で乗ろうと思いました。南関東の賞金は高いですが、騎手の数も多い。乗り鞍が少ないと日本で乗っても意味がないので考えませんでした。
高知にはご家族と一緒ですか?
妻と長男(4歳)と長女(3歳)はオーストラリアに残して、高知には単身赴任で今は調整ルームで住んでいます。日本に住む両親と妹が4月26日に高知に見に来てくれて、びっくりしましたが、うれしかったですね。
日本とオーストラリアの競馬の違いはどのあたりに感じてますか?
日本の騎手はみんな上手ですし、きれいなフォームで乗ってます。オーストラリア以上に、地方も中央も競馬学校でかなり厳しく教えられてるんだと思います。それから、日本の騎手はオーストラリアよりも手綱を長く持ってますが、それで馬を抑えているのが、すごいです。学ぶことが多いです。
短期騎乗もあと1カ月になりましたが、最後に日本のファンの方にメッセージを。
オーストラリアはカントリーの競馬場でも観客が多く、すごく盛り上がりますし、それが騎手にとって励みにもなります。生の競馬場は、馬の走る音や、鞭の音、馬が間近で見れるなど足を運んでみて初めて感動することがたくさんあります。僕もただの競馬ファンだった時はあの馬が走り過ぎていく時の蹄音に感動しました。日本のファンの方にはもっと、競馬場に足を運んで応援してもらったらうれしいですね。
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※インタビュー / 松浦渉 (写真:にゃお吉)
9年連続高知リーディングに向かって、今年も勝ち星を積み重る赤岡修次騎手。今年1月には、地方通算2500勝を達成した。高知の顔として活躍する赤岡騎手が語る、「高知競馬の魅力」とは?
2500勝、おめでとうございます。高知で2500勝を達成したのは、歴代最多勝を更新中の西川敏弘騎手と、赤岡騎手のみ。西川騎手との差が、少しずつ詰まっています(3月24日現在、20勝差)。
でも、すぐには抜けないと思います。いま、西川さんがすごく頑張ってますから。高知は調教をつけないとレースに乗せてもらえないところがあるんですけど、西川さんは以前よりも、攻め馬の数を増やした。めちゃめちゃ働いてますからね。僕があの年齢で、もう一度、あれぐらいやる気を出せるかというと、自信がない。西川さんの姿を見て「すごいなあ」と思いますし、刺激を受けます。西川さんと同世代のユタカさん(武豊騎手)の影響も、あるんでしょうね。高知には、見るべき部分がある騎手が多いと思います。こないだの真衣ちゃん(別府真衣騎手)も、中央遠征で見せ場を作りましたからね!
別府騎手は、クロスオーバーでチューリップ賞に参戦。結果は12着でしたが、積極果敢に先行して、高知競馬をアピールしましたよね。
よくやったと思います。高知のジョッキーらしいレースをしてくれた。一鞍入魂で、3番手から行って、魅せてくれました。あの騎乗を見て感動しない人は、競馬人じゃないでしょう。
大舞台の緊張感や、「有力馬を邪魔してしまうんじゃないか」という不安を感じさせませんでした。
あたりさわりのないレースをしても、見ていて面白くない。ケツから行って、なにも伝わってこない競馬をしてしもうたら、話題にもならない。「真衣ちゃんは先輩らがやってきたことを、ちゃんと見ちゅうな」と思いました。
別府騎手いわく、「JRAの騎手が気さくに話しかけてきてくれて、リラックスしてレースに臨めた」と。JRAジョッキーズと高知ジョッキーズは、朝まで飲み明かすほど仲がいいですもんね。武騎手には、「化粧、濃いんとちゃうか?」とからかわれたそうです(笑)。
ユタカさんがいたら、まちがいないんでねえ(笑)。
赤岡騎手と武騎手の親交が、有形無形、様々な財産を生んでいますね。
いやいや。そうやって縁を生かしてくれれば、一番いいんですよ。
武騎手が騎手仲間と共に高知にやってくる夏の「夜さ恋フェスティバル」のトークショーは、今年で5回目を迎える福永洋一記念(4月28日)が創設されるきっかけにもなりました。
すごくありがたいですよね。みなさんが快く協力してくれるおかげで、高知競馬の認知度が上がりました。
高知競馬に、「また行きたい」と思わせる魅力があるからだと思います。みんな明るくて朗らかだし。関係者のみなさんは、馬券の売り上げが回復したことで、よりいっそう明るくなったんですか?
いや、ぜんぜん変わらないですね。県民性じゃないですか? 高知の人って、ポジティブな人が多いと思います。僕なんかもそうですけど、「どうにでもなるろう」って考えている人が多い。高知県民は、いきあたりばったりですから。坂本龍馬が計算づくで動いていたとは、僕には思えません(笑)。
そうなんですか!?
高知県民は、人と付き合うのが好きなんです。だから自分の流れに、人を巻き込んでいくんですよね。坂本龍馬は、それがたまたま上手く流れたから、歴史に名を残しているんじゃないでしょうか。
赤岡さんも、誰とでもすぐ友達になりますもんね。Facebook等を通じて、ファンとさかんに交流しているとか。
北は北海道から、南は沖縄まで、インターネットを通じて馬券を買ってくれている人がいますからね。こんな交通の便のよくない競馬場まで足を運んでくれる人の存在も、本当にありがたい。色んな人が応援してくれているのを感じるようになって、「自分ひとりで乗ってるわけじゃない」という想いが、強くなりました。
そういう想いが、高知競馬の復活に繋がっているんでしょうね。そして、競馬をネット観戦する人にとって、レース実況はすごく大事だと思うんです。橋口浩二アナウンサーの実況は素敵ですよね。
僕らがゲート裏で待機している間も、出走馬の血統背景などを紹介してくれますからね。勉強になりますし、ファンの方も、飽きないんじゃないでしょうか。生産牧場の名前なども出てくるから、牧場関係者の皆さんも、喜んでいるそうです。橋口さんは競馬のことを本当に考えてくれていますし、アナウンサーっていう立場だけじゃなくて、高知競馬の一員という感じです。高知競馬には、みんなに「なんとか盛り上げていこう」っていう気持ちがある。一体感がありますし、変えるべきところを、すぐに変えていける気質がありますからね。
一体感やチャレンジ精神があるからこそ、高知の人馬は遠征で活躍するんでしょうね。だからファンもメディアも、高知競馬から目が離せない。
いきあたりばったりで危なっかしいところもあるから、見捨てきれないのかもしれません(笑)。
母性本能を......。
くすぐるような(笑)。「危なっかしいな、この競馬場」って。遠征で活躍すると、喜んでくれますしね。やっぱり、愛されてるんでしょうね。高知の馬や騎手が、時々すごい活躍をするところに、面白味があるのかも。波があるけど、爆発力がありますよね。
今、期待している馬を教えてください。
アイアムルミエール(牝3、田中守厩舎)という馬ですね。まだぜんぜん完成されていないので、これから成長してくれれば、楽しみはあると思います。
ところで、検索サイトで「赤岡修次」と入力すると、「結婚」という単語が自動的に表示されました。「赤岡修次 結婚」で検索している人が多いんですね
ホントに!?
あと、「赤岡修次 独身」とか、「赤岡修次 年収」とか、すごくリアルです(笑)。周りの人に、「結婚はまだ?」って言われませんか。
言われますねえ。そりゃ言われるでしょうね。まあ、結婚はタイミングじゃないですか。流されていくんですよ、高知県民は。きっと坂本龍馬も、流されたんですよ。って、坂本龍馬のせいにしゆうけど、怒られますね(笑)。
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※インタビュー・写真 / 井上オークス