
7月1日第9レースで通算1000勝を達成した、ばんえい競馬の阿部武臣(たけとみ)騎手(44)。1998年にデビューして20年、今までの思い出や苦労を伺いました。
達成おめでとうございます。1000勝はいつから意識していましたか。
残り10くらいからかな。小5と中1の息子が「今日1着獲った?」って言ってきたから、気にしていたのかな。下の子なんて3年くらい前、2着が続いたら「お父さんアヒル飼ってるの?」って。2がアヒルってことだよね(笑)。
デビューして20年、(1000勝まで)時間がかかったなー。1000勝するとは思っていなかった。10年目までは、騎乗依頼が少ない辛い時代だった。当時は賞金が高いし乗るのもランキング上位の騎手ばかり。騎手の数も今の倍で40人くらいはいたからね。1開催で6~8頭乗ったら多い方。今の若い人より揉まれている。俺らの世代は騎手が多かったけどみんなやめた。俺もやめようと思ったことはある。
それでも踏みとどまった理由はなんでしょうか。
ここの世界しか知らないから、やるしかないのかな、と。少しずつ乗り馬増えてきた時だったし、レースで1着獲ったりすると、やっぱり...ね。負け込むと嫌になるけど、自分が調教をした馬が頭(1着)獲るとうれしいし、次の糧になる。
義理の父である、坂本東一さん(現調教師)には怒られて、怒られて...(笑)。坂本さんは早い時間から調教する人だったから、自分も午前2時とか3時から調教していたよ。それでも11年前は、手当も下がってきたのに我慢していたら『廃止になるかも』だもんね。やめておいた方がよかったのかな、って思ったよ。今はだいぶ売り上げが上がって手当も上がってきたけど、なんだかんだいって馬が好きなんですよね。
一から馴らして、能検やって育てて、オープン馬、というのを育てたいな。馬は子どもと同じで勝手に育っていかないから、一つ一つ教えて作っていく。
7月9日に行われた1000勝達成セレモニー(写真:ばんえい十勝)
レースや調教で心がけていることは。
馬は『前に行きたい気持ち』があってそれで競走している。障害でいかに嫌な思いをさせないで上らせるか。その馬の気持ちと能力を把握して、流れをみながら嫌な思いをさせないようにする。
調教は、馬に適した方法や、力も一頭一頭違うので考えながら行う。
馬との出会いについて教えてください。
宮城県大崎市(旧古川市)で、祖父が山から馬を使って材木出しをしていました。俺らは「馬車追い」って言ってた。
馬でやると山が痛まないんだ。トラクターは、通るために道を作らないといけないから。馬はその必要がない。
俺も中学、高校の時は手伝っていたよ。草ばん馬にも乗っていたから、本場の乗り方や馬の手入れなどを覚えるのに行ってみよう、と高校卒業後にばんえいに来ました。
思い出に残る馬や、今注目している馬を教えてください。
ホッカイヒカルは特殊な馬だったよね。ゲートは出ないしスタートも走らない。手間がかかった。その分思い出深い。来年産駒がデビューするから、うちの厩舎に来たら乗りたいな。シベチャタイガーやイケダガッツのような、ひとくせある馬に乗ることが多いかもね。その時、焦らないことを覚えたかもしれない。
1000勝を達成したミノルシャープはこれから良くなるね。今は休み休み使っているけど、秋になってスピードを生かす競馬ができれば。昔は細かったけれど体が出来てきたし、将来的にオープンになれる馬。障害を降りたら速いし、障害が良く瞬発力がある。
キサラキクは、男馬の中に入るとちょっと辛いけど、軽いといいレースをする。この馬なりに頑張っている。春はあまり調子がよくない方だけど、今年は動きがいいよね。
バウンティハンターは昔は腰が悪く、(障害で)寝てばっかりだったが、それが解消されてきた。
2016年ドリームエイジカップをキサラキクで制した
今のばんえいについて思うことはありますか。
売り上げは伸びているけど、大事なのは人材育成だよね。馬の触り方を覚えないと。騎手になっても、馬の調子を見極められないといけない。それには5、6年はかかるかな。
若い人が少ないよね。生き物相手だから休みがない。馬優先だからね。それを理解して、我慢ができないとだめ。馬主さんの財産を預かっているわけだから。
若い騎手は、昔よりは騎乗できるようになっているけど、自分でレースを考えられるかが重要。
今後の目標を教えてください。
一つ一つ大事に乗って、その馬にとって一番いいレースができるよう心がけたい。それが自然と勝ち星につながっていく。
イレネー記念もばんえいダービーも(ともに2014年ホクショウマサル)獲ったし、今後一番勝ちたいのはばんえい記念だね。あそこまでたどりつく馬がなかなかいない。駆け引きが重要で、乗ってておもしろいから毎年乗りたいレース。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
今シーズンばんえいリーディング4位(12月21日現在)、大躍進の阿部武臣(あべ たけとみ)騎手です。
今シーズン、上位で健闘されています。
夏頃、乗り替わりや癖のある馬で結果を出したのがあるかな。最近、ひと通り厩舎(義父の坂本東一調教師)の馬を調教するのに、春頃おおざっぱに1年間の計画を考えている。2歳の痩せている馬は秋になって体ができてからにするとか、体ができていない馬の調整とか。一緒に走る馬の能力を見極めなくてはいけないから、相手関係も全て確認する。今までもやってきたけれど、騎乗にばかり集中していたころよりは、違う目線で見られるようになった。そうやって馬を作っていかないと、自分の乗り馬が増えていかないし。自分がいい結果を出さないと、厩舎がだめだと言われてしまう。最初はプレッシャーもあったけど、馬にとっていいレースをするように考え、その中で結果を残す。ゆとりを持って乗らないと。
他の厩舎でも、ミスをおかさずにいかに1着を獲るか。そのためには普段から調教をつけるようにして、一番いい能力を発揮できるようにする。本番と練習の癖が全く違う馬もいるから、そのような癖も見極めて。
レースではどのようなことに気をつけていますか。
負けてもきれいなレースになるようにしたい。きれいな、というのは、膝を折ったり、障害で寝かせたり、大きく離されて負けないように。その馬のベストを尽くす。それがいい結果につながったのかもしれない。
あとは、自分が乗っていないのも含めて、レースを見ることだね。この騎手は、この馬に乗ったらこのようなレース運びをするんだ、この馬はこのような馬場の時はこういうレースをしているとか。自分が乗りそうな馬はもちろん、そうではない馬も頭に入れておく。
騎手は勝ってナンボの世界。1着を獲っていい成績を出さないと、騎乗依頼は来ない。最初からいい馬なんて回ってこないので、それをいかに結果を出していくか。勝てない馬でも数乗っていれば、馬主さんに、強い馬を乗せてやるか、と言われることもある。
馬に対してはいかがですか。
一番は健康管理かな。馬房からつなぎ場まで歩く音一つにしても、気を遣う。きつい調教をした後は、飼い葉の食べ方を見る。残していたらやり過ぎていたかな、とか。一番の調教を見極める。耐えられればえさも食べるけど、やり過ぎも良くないけど、レースでいい能力を出せるようにしたい。
阿部騎手といえば、個性的な馬に乗ることが多いように思います。
ホッカイヒカルとかね。どちらかというと、ハナ(スタート)遅い馬が多かったよね。だからそういう馬の騎乗依頼は来る。道中の行き方を考えて、スタートでは焦らなくなった。
思い出の馬を教えて下さい。
初めて重賞を勝ったキタノコクホー(2002年銀河賞)。強い馬たちがたくさんいた世代の中、小さな牝馬で頑張った。
そして、乗り馬が少ない時に活躍してくれたホッカイヒカル(2013年チャンピオンCなど重賞3勝、2015年3月に引退)。夏が弱いので、手間がかかった。餌を食べなくなる。でもオープンだから、重い荷物を引いて調教しなければならない。それでも怪我なく頑張ったよね。来年初仔が生まれるよ。
ホッカイヒカルの引退式。右が坂本東一調教師
レースで大事にしていることはありますか。
まっすぐ走らすこと。半歩でもいいからゲートを早く出ること。いかに、2障害まで負担かけないように行かせるか。そこで無理すると体に負担がかかって、障害で止まったり膝を折ったりする。
ゲートについては、ばん馬は立ち上がったりするのはそんなにはないけど、暴れていたらスタートは切られない。ばん馬には、脱糞(馬がゲート内で糞をするときは、騎手が手を上げてスタートを待たせる)で待つことがあるからね。
先日は、ゆるキャラのレースに出走しましたね。乗りにくくないですか?
ふなっしーね。ブシャブシャ言ってたよ(笑)。邪魔ではないよ。普段の調教は荷物の後ろに乗っているから同じ感覚。面白いよ。お客さんを見たり、楽しみながら乗れる。荷物も軽いから馬に負担はないし。ふなっしーパワーで、あんなに人来るんだね。
今後の期待馬について教えてください。
ホクショウマサルはダービー(2014年)を勝って、ハンデがきつい状態だからこれからだね。
2014年度最多勝(15勝)のカンシャノココロは、2歳のころから活躍はしていたけれど、若馬のレースだしスピードが足りなかった。4歳になってペースが落ち着くレースが増えてから良くなった。今シーズンは古馬と走りながら4勝しているからね。障害降りてから歩ける馬。シンザンボーイも同じく自在性に優れている。最近タナボタチャン(芦毛っぽい栗毛の牝馬)が人気だよね。
ファンに、ばんえいの見どころを教えて下さい。
障害かな......。馬場が重い時期なら、1障害と2障害の間の駆け引きやゴール前の接戦が面白いけれど、12月はまだペースが速いかもしれない。3月になればだいぶ重くなっている。白熱したレースを見られると思うよ。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香