
2020年10月11日、高知7Rをマイネルトゥランで勝ち、永森大智騎手(高知)が地方通算2,000勝を達成しました。現在、高知リーディング2位の勝ち星を挙げる永森騎手ですが、メモリアルまであと10勝に迫ったのは7月19日。区切りの勝利を挙げるまでの約2カ月間、どんな気持ちで過ごしていたのでしょう。また、かつてコンビを組んだグランシュヴァリエの産駒リワードアヴァロンでの高知優駿制覇についてもうかがいました。
地方通算2,000勝、おめでとうございます。
ありがとうございます。残り10勝くらいになってから、調教中に足の親指を骨折して騎乗を1週間休んだりして達成まで長かったので、やっと出来たっていう安心感と、ホッとした気持ちがありました。達成した日はちょうど母の誕生日で、その日に決められて嬉しかったです。
2,000勝は意識していましたか?
周りの方が「もう少しだな」って言ってくれていて、気にしてもらえているのは嬉しかったんですけど、勝ち急ぎすぎる性格なので、自分ではあまり考えないようにはしていました。でも、どこかで意識していたのがあったんじゃないですかね。
10月11日高知7Rで地方通算2,000勝達成(写真:高知県競馬組合)
この夏から秋にかけては永森騎手自身も「あまり調子が良くない...」と話していました。
毎年そういう悪い波はくるんですけど、今年はちょっと長すぎました。乗せてくれた方には迷惑をかけてしまったので、少しずつでもまた信頼してもらえるようにしっかり乗りたいです。
足の親指のケガの影響もあったのでしょうか。
1週間だけレースを休んでまた乗り出したんですけど、多少かばって乗っている部分があったので、別の部分に違和感がありました。今は全然大丈夫ですけど、そういうことで余計にリズムが崩れたっていうのはありました。
今年はリワードアヴァロンで高知優駿を制覇。父は永森騎手とのコンビで高知県知事賞連覇など重賞3勝を挙げたグランシュヴァリエで、ゆかりのある馬ですね。
そういう巡り合わせも今年はあったので、悪いことばかりじゃなかったなと思います。グランシュヴァリエは気性の難しい馬で、馬とケンカすると走る気を損ねてしまいました。そういう操縦性の難しさや気性を産駒も受け継いでいて、気分良く行った時は強いんですけど、ちょっとでも機嫌を損ねると一切走らなくて、レース後に全然息が上がっていないこともあります。
リワードアヴァロンで高知優駿制覇
そうなると、高知優駿では戦前から逃げる形を考えていたのでしょうか。
枠順が出た時点で、ああいう展開がベストかなと思いました。対戦相手との枠の並びも良かったので、リワードアヴァロンに向いてくれると思い、レース前から全てがうまく噛み合っていた感じです。スタートしてリワードアヴァロンは仕掛ければ行ける手応えだったので、内の馬が無理にでも行くのならば僕も仕掛けるっていう感じで内を見ながら行きました。折り合いに若干難しいところがありますが、最初のコーナーで折り合いもついてペースも良かったので、あとはどれくらい頑張ってくれるかだと思いました。揉まれない位置がこの馬にとっては一番よくて、あの形になって負けたら仕方がないなっていう感じだったので勝ててよかったです。
話を永森騎手自身に戻しますが、これで"ゴールデンジョッキー"の仲間入りをしました。
毎年、園田で行われる『ゴールデンジョッキーカップ』の出場権を得ただけですが、2,000勝はみんながみんな達成できる数字じゃないので、デビューからずっとお世話になっている雑賀正光先生に感謝したいです。
高知優駿口取り。左が雑賀正光調教師
さっそく2,001勝目は遠征先の園田でのエキストラ騎乗で決めました。波が戻ってきた感じはありますか?
毎年、波がありますけど、徐々には戻ってくるんじゃないかなと思います。それは(雑賀)先生も分かっているので、園田に行く朝に「園田は内が軽いんやぞ!」ってアドバイスされました(笑)。「先生、僕初めて行くんじゃないんですけど」って。
このあとの目標を教えてください。
このあと3,000勝を目指していないわけではないですけど、今まで大きな怪我もなくこられたから2,000勝を達成できたと思っているので、第一に怪我をしないように乗りたいと思います。それを前提において、あとは少しずつでもまた技術を上げていければなと思います。応援よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
約10か月の休養を経て5月に復帰した高知の別府真衣騎手。騎手を辞めようとまで考えた苦悩の時期を乗り越え、たどり着いた現在の心境とは?
5月9日に復帰して1か月と少し経ちました。5月16日には復帰後初勝利! 高知名物一発逆転ファイナルレースで、10番人気ジェイドパンニャーに騎乗し、見事な逃げ切り勝ちでしたね。
ありがとうございます。どの馬が勝ってもおかしくないレースで、細川(忠義)先生からも「強気で行って」とい言われていて。作戦通りの騎乗が出来ました。勝つことが出来て嬉しかったですし、休養が長かったこともあって、1つ勝ててホッとしました。今はレースに乗ることがすごく楽しいですし、休む前と気持ちが全然違いますね。復帰直後と比べるとだいぶ体も慣れて来たかなとは思うんですけど、まだレース勘は完全には戻っていないので、早くその辺りの感覚も取り戻したいです。
昨年の6月30日の騎乗を最後に休養に入ったわけですが、当時はどんなお気持ちでしたか?
休養すると決めるまでは、本当にすごく悩みました。騎手は怪我をしてもなるべく早く復帰するという考えが多いですし、わたしも(2005年に)デビューしてからずっとそういう気持ちでやって来ましたから、最初は怪我をしたわけでもないのにお休みするという考えがなくて。正直、騎手を辞めようという気持ちに傾いていました。
ツイッターでは、心身を整えるための休養と発表されていましたが、外側からは順調そうに見えたので、とても驚きました。
体調があまり良くなかったこともあるんですけど、休む前は以前のように乗れない自分がイヤで、そんな自分を認められなかったというか...。「なんとかしなきゃ」と思ってもがけばもがくほど空回りしてしまって、どんどんダメになっていって。そんな自分がイヤで...、という負のスパイラルでした。体も心もボロボロで、「騎手を辞めよう」と思って周りの方々に相談したんです。その中で特に夫(宮川実騎手)が、「そんなにすぐ辞めると決断する必要はないんじゃない?一度ゆっくり休んでみたら」と言ってくれて。周りの方々のご理解もあって、休養することにしたんです。
悩んだ末に、お休みすると決めた時はいかがでしたか?
休んでいいんだと思いましたし、休むと決めた時には肩の荷が下りたというか、すごくホッとしました。とにかく乗りたいという気持ちがなくなっていたので、とりあえず休もうって。
休養に入ってからは、どんなふうに過ごしていたんですか?
体調も良くなかったので、しばらくはぐったりして寝てばかりいました。気持ち的にも競馬を見たくなかったので、競馬場にも寄り付かないで、3、4か月くらいはダラダラ過ごしていました。
途中、宮川騎手がヘルニアで騎乗をお休みする時期も重なりましたね。
そうなんです。あの時は痛みも強くてとても心配でしたし、「この先どうなるんだろう」という不安もありました。ただ、「今はゆっくりする時期なんだ」とポジティブに考えることが出来ました。夫が復帰する時には、これまで自分が乗っていた時と気持ちが全然違って、すごくドキドキして。外からレースを見るとこんなに心配なんだなって。そういう気持ちが初めてだったので、自分でも驚きましたね。
休養中にはレディスヴィクトリーラウンド(以下LVR)も開催されましたが(高知ラウンドは2月4日)、どんな想いでご覧になっていたんですか?
ちょうど体調も良くなって来て、気持ちも前向きになってきていた時期だったので、すごく刺激を受けました。(宮下)瞳さんは会うたびに心配してくれて「待ってるね」と何度も声をかけてくれましたし、岩永(千明)先輩の優勝にも感動しました...。レディースっていつもドラマがありますよね。ミシェル騎手や後輩たちも頑張っていましたし、すごく勇気づけられました。
今回優勝した岩永騎手も、怪我で休養中に開催されたLVRを見て復帰を決断したと話していました。
当時岩永先輩が悩んでいる姿も見ていたので、今回の優勝は本当に感動しました。高知に来た時にゆっくりお話したんですけど、怪我で休んでいる時のこととか、「待ってるよ」と言ってくれて。あの頃、ちょっと体を動かしたいなと思うようになっていて、動かしているうちに競馬も見たくなっていたんですけど、まだ乗りたいとは思っていなかったんです。でも岩永先輩が優勝したところを見て、わたしも「乗りたいな」って。すごく背中を押していただきました。
復帰の前に、ツイッターでバキバキの腹筋を披露していましたね。前からすごい筋肉でしたが、さらにすごくなったんじゃないですか?
ありがとうございます(笑)。ある程度自分自身で「行ける!」と思ってから復帰したかったので、しっかりトレーニングしました。ただ、馬に乗る筋肉は独特なので、調教で久しぶりに乗った時にはハァハァしちゃって、これはやばいなと(苦笑)。調教を始めてからは、「レース乗って行くか?」と言ってくれた先生もいたんですけど、自分が行けると思ったタイミングまで待ってもらって、そこから復帰出来たのも良かったです。
復帰した時、宮川騎手はどんな反応でしたか?
復帰する時にはものすごく心配してましたけど、勝った時は「良かったな」って言ってくれました。わたし自身も見る側になると心配しますけど、一緒のレースに乗っている時は全然気にならないですね。レースに集中しているので、それどころじゃないですから(笑)。
今の目標は何でしょうか?
これは前から思っていることですけど、瞳さんの後に続きたいという気持ちが強いです。いつか追いついて、追い越したいです。
では、オッズパーク会員の皆さんにメッセージをお願いします。
長期休養させていただいたことで、ゆっくりと心と体を整えることが出来ました。これからは以前にも増して勝てるように頑張ります! 復帰後は無観客開催が続いていて、ファンの皆さまの目の前でレースが出来ない淋しさはありますが、ネットで応援していただいていることは感じていますので、これからも応援よろしくお願いします。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:高知県競馬組合)
地方競馬での歴代最多勝利記録(記録の残る1973年以降)を更新し続けている雑賀正光調教師(高知)。1月29日には地方通算3500勝を弟子の永森大智騎手で達成しました。「目標は4000勝」と前人未到の数字を掲げ続ける雑賀調教師。あと500勝に迫ったいまのお気持ちや、かつて管理したグランシュヴァリエ産駒での重賞初制覇などについて伺いました。
地方通算3500勝達成おめでとうございます。以前から4000勝が目標とおっしゃっていましたが、あと500勝となってのお気持ちはいかがですか?
ありがとうございます。うーん、実は3500勝というのはあんまりピリッとは感じていないんです。3500勝を目標にこしらえていたら、4000勝までが遠いので。4000勝を目指していたら、この数字は誰でも通る道だと思っています。
地方通算3500勝をセキセキで達成。鞍上は永森大智騎手
(写真:高知県競馬組合)あくまで通過点で、意識はされていなかったんですね。
そうです。騎手でも2000勝を目指していたら、達成した後は油断して乗れなくなるので。2000勝を目指す人は目標として3000勝を置きますし、3000勝の人は4000勝を目標に進んでいます。だから長続きもするし、乗れます。それは下原(理騎手、兵庫)に言ったこともありますし、うちの永森にも「2000勝を目指すんやったら、3000勝を目標にせんかい」って言っています。
下原騎手はたびたび重賞のスポット騎乗で雑賀厩舎の馬に乗っていますが、そういうお話もされるのですね。他地区のジョッキーで言えば、昨年は高知優駿で御神本訓史騎手(大井)がナンヨーオボロヅキに騎乗し、見事勝利。大井のトップジョッキーを高知に招聘するなんて、雑賀調教師の偉大さが伝わってきました。
何の気なく、「御神本、乗れるか?」って言ったら、ちょっと考えよったけど、「乗ります」って。そしたらみんなから「高知に乗りにくるなんてビックリした」と言われて、私もあんなに騒がれるとは思わなくてビックリしました(笑)。
御神本訓史騎手で2019年の高知優駿を制したナンヨーオボロヅキ
(写真:高知県競馬組合)御神本騎手は2010年、騎乗停止・自粛明けに高知で3カ月の期間限定騎乗を行い、その時の所属が雑賀厩舎でしたね。
預かってほしいと言われた時、「(元騎手の)私より腕もセンスもある一流ジョッキーで、教えることは何もありません」と一度は断ったんです。騎乗に対しては全然言うことはありませんでした。御神本と本橋(孝太)は今でも母の日には私の妻に胡蝶蘭を贈ってくれます。
管理馬の話題では、重賞4勝を挙げ、マイルチャンピオンシップ南部杯JpnI・3着のグランシュヴァリエの産駒が昨年デビューしました。雑賀厩舎にも昨秋以降、門別から移籍してきましたね。
やっぱり姿、形、気性面がよう似ています。3頭がうちに来て、それぞれ違いますが、それでもやっぱりよう似ています。
中でも門別で2勝を挙げて移籍したリワードアヴァロンは先日、土佐春花賞で重賞初制覇を果たしました。
ええ勝負根性のある馬です。前の馬を抜くと止めるような悪い面もお父さんから引き継いでいますけど(苦笑)。土佐春花賞ではソラを使いかけましたが、永森が上手いこと乗りました。スピードはあるし、ジョッキーも父仔二代で乗っています。高知で父仔二代で乗る騎手って永森くらいじゃないですか!?
リワードアヴァロンで土佐春花賞を制覇
(写真:高知県競馬組合)調教師で父仔二代を管理というのもなかなかないケースのように思います。
そやからね、やっぱり他の馬と違って、「もうちょっと...!」って気持ちが出てきますね。リワードアヴァロンはお母さんもうちの厩舎やったので、孫みたいなもんで嬉しさも倍です。スピードがあるので脚元に気をつけながら、王道の3歳路線でいこうと思っています。永森は「距離延長が課題」と話していますが、私は大丈夫だと思っています。全弟も4月に入ってくる予定です。
兄弟ともども楽しみです!ところで、ここ数年は地元や全国リーディングから少し離れていますが、奪還への思いは?
リーディングを取ろうと思ったら、脚元の丈夫な馬を預かった方がいいと思うんですが、脚元に不安を抱えた馬をやりたいんですよね。ここ3年、それこそリーディングからちょっと離れたくらいの時から故障馬を触るのがさらに好きになりましてね。年を取った人が盆栽を触る感じで、脚元を治しながら走らせるのは本当に楽しいんです。
手をかければかけただけ応えてくれる醍醐味があるのでしょうか。2018年の黒船賞を制覇したエイシンヴァラー(当時は兵庫所属)も脚元に不安を抱え、今年はじめに雑賀厩舎に移籍してきました。
少しレースから離れたので、脚元も良くなってきています。高知に来て1回使ってから良くなって、こないだ勝ってくれました。この馬とは縁があるんです。黒船賞を勝った時、厩務員さんはゲートで、新子(雅司調教師)は取材の人に囲まれちゃって、馬を迎えに行く人がいなかったので、私が飛んで行って、採尿検査まで連れて行ったんです。それも少し頭の中にあって、オークションに出てきた時に馬主さんに勧めました。
改めて4000勝への思いを聞かせてください。
言った以上、4000勝を達成するまでは現役を辞めず、精一杯やります。
最後にオッズパーク会員のみなさんにメッセージをお願いします。
高知競馬は一番先に潰れるところやったのに、ホンマによぉ残ったと思います。馬主も調教師もみんなよぉ我慢したけど、それ以上に主催者が偉いです。恥も見栄もすべてなくして、商売に徹しました。そして、こうして高知競馬のファンがついてくれてありがたいです。これからも応援よろしくお願いいたします。
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※インタビュー / 大恵陽子
2018年4月に船橋から高知へ移籍した林謙佑騎手。初めて高知で通年騎乗している今年は、リーディング上位に迫る活躍を見せています。現在の心境をうかがいました。
今年は66勝(2019年10月24日現在)を挙げて好調を維持していますね。
今年は初めて1年間を通して高知で騎乗しているので、好調というか、たくさん乗せていただいていることが大きいです。いい馬にもたくさん乗せてもらっているので、本当はもっと勝たないといけないなと。
現在高知リーディング5位ですよ。
5位というのはありがたいですね。もう本当に馬たちのお陰です。順位というのは特に意識していなくて、高知には上手いジョッキーがたくさんいますし、その中で5位というのはとても光栄です。
4位の西川敏弘騎手とは1勝差につけています。
西川さんは本当に上手で、僕の前にいるのが当たり前の方なので、そこは気にしていないです。ただ、目の前のレースに勝ちたいという気持ちは強いですね。もっと上手くなって、たくさん勝てるようになりたいです。
林騎手は2015年に船橋でデビュー、2017年3月から1年間、高知で期間限定騎乗をしました。
レースに乗りたいという想いが強くて、たくさん乗せてもらえるように頑張って行きたいなと思って期間限定騎乗に行きました。高知は仕事がキツイって言われますけど、船橋の時もたくさん調教していましたし、それほど大変とは思わなかったですね。確かに時間的には仕事しっぱなしですけど、僕はゆっくりする時間があると寝てしまうので(笑)。
約1年の期間限定騎乗を終えて、2018年4月に完全移籍しました。大きな決断でしたね。
そうですね。当時はまだちょっと迷いがあって。南関東所属でデビューできたことはすごくありがたかったんですけど、やっぱりレースに乗れなかったら意味ないのかなと。周りの方に相談して、自分でも悩んで。どっちの方が自分が役に立てるか、活躍できるかということを考えて決めました。
昨年(2018年)の3月、完全移籍の直前には御厨人窟賞をセトノプロミスで勝利。初重賞制覇を果たしました。
重賞を勝つというのは大きいですね。あの時は3番人気だったんですけど、重賞の割には緊張しなかったんです。逆に最近の方が、1番人気に乗る時とか緊張します(笑)。馬が強くて、勝たせてもらった感じでしたが、ゴールした時は本当に嬉しかったですね。
重賞初制覇となった御厨人窟賞(2018年3月11日)
さらに昨年はトレノ賞も勝ちました。5着までがコンマ2秒差の大接戦でしたね。
あの時は初めてレースでサクラインザスカイに乗せていただいて、本当にギリギリでしたけど、外から差し切ったのは気持ちよかったです。今年はまだ重賞で勝てていなくて、スプリングガールでチャンスをいただいたのに、勝ち切れなくて悔しいです。
今年のトレノ賞で2着、そして金沢へ遠征した読売レディス杯でも2着でした。
特に金沢のレースが悔しいです。あの時、内に行ければもしかしたら勝っていたかもしれないのに、外を回ってロスしてしまったんです......。先生とも、「今日は雨馬場だし、内が使えないこともないな」という話をしていて、高知でも内を突いた経験があったのに。なんであの時、外に行ってしまったのかって。今でも悔しいです。
スプリングガールはどんな馬ですか?
攻め馬の時はちょっとハミを噛んで来るんですけど、レースは砂を被っても大丈夫だし、スタートも速いし、どこからでも競馬ができますね。癖がないし、自在に乗れるところが武器だと思います。
読売レディス杯のように、一緒に遠征に行けるというのは大きな経験でしたね。
そうなんですよ。遠征は(赤岡)修次さんが乗ることが多いですし、せっかくいただいたチャンスだったのに......。僕は修次さんと同じような馬に乗ることが多いんですけど、自分が乗っている時よりスタートもいいし、道中のスイッチの入り方も違うと思います。これは事実なので、しっかり分析して勉強していきたいです。
今後の目標は?
年間100勝してみたいですね。なかなか遠いですけど、頑張ります!
高知はすごく売り上げが上がって、注目度も上がっています。実感されていますか?
僕はいいタイミングで入らせていただいたので、ここまで築き上げてくれた方々に感謝しています。どん底から上がって来た方々に申し訳ないですし、迷惑を掛けるようなことはしたくないです。真面目にやって行きたいですね。
休みの日はどんな風に過ごしているんですか?
僕、意外と多趣味なんですよ。スポーツでいったら、休日だとゴルフに行ったり、平日で時間がある時は野球とかサッカー、テニスをします。休みの日で家にじっとしているというのはなかなかないかな。一時期ゲームにハマった時は家にいましたけど(笑)、今はほとんどないですね。
"高知の林謙佑騎手"もすっかり浸透して来ました。得意なレースを自己分析すると?
そうですね、レースは特に先行が好きです。逃げ馬の後ろくらいから行く感じで。あとは自分で言うのも何ですが、1番人気だとちょっとまだ緊張してしまうので、3、4番人気くらいだとリラックスして乗れます。
では、オッズパーク会員の皆さんにメッセージをお願いします。
まだ移籍してそれほど経っていないのですが、もっと上手くなってたくさん勝てるよう頑張ります。よろしくお願いします!
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:高知県競馬組合)
今年3月28日に地方競馬通算3000勝を達成した、高知の西川敏弘騎手。長年高知で活躍を続ける大ベテランにお話を伺いました。
まずは地方競馬通算3000勝達成、おめでとうございます!
ありがとうございます。目標にしていた数字なので、無事に達成できてホッとしています。先日祝賀パーティーを開いていただいたんですけど、まさかこんなにたくさんの方々に祝ってもらえると思っていなかったので感動しました。周りの方々、高知の騎手のみんなに感謝しています。
3000勝というのは本当に大きな数字ですね。
デビューした頃はまさか自分が3000勝もできるなんて思っていなかったですね。あの頃はジョッキーの人数も多かったし、30歳を過ぎたら調教師を目指して行くというのが普通のパターンだったから。勝ち星もそうですけど、まさか50歳になっても騎手でいられるとは思っていなかったですよ。
3月28日高知第6レース、プラズマディライトで地方通算3000勝達成
長年第一線で活躍を続ける秘訣は何でしょうか?
一番は体が資本の仕事ですから、体調管理は一生懸命しています。ただ最近ね、年のせいかガタガタで...(苦笑)。周りを見るとすごい人がいっぱいいますよね。的場(文男)さんから見たら、僕なんて子供みたいなもんでしょ(笑)。なんやあのパワーはって思いますよ。
西川騎手は1987年デビューで今年33年目。その間、激動の高知競馬を見て来たんですね。
本当にそうですよね。今は売上げが上がって、賞金も上がって、ものすごくいい流れで。感謝の気持ちでいっぱいです。一時期は「一番廃止に近い競馬場」って言われてね。賞金も低かったし、正直キツかったですよ。でもその頃の我慢があったからこそ、今は報われたなという気持ちです。
今から10年前、廃止の危機だったことが信じられないくらい、今は本当に盛り上がってますね。
ありがたいですね。あの頃は毎月赤字でしたもん、本当につぶれるんかなって思っていました。つぶれたら何やろうかなって。
他所の競馬場へ移籍したり、騎手を引退する方もいらっしゃった中、ご自身で辞めようという気持ちはなかったですか?
それはなかったですね。まず僕は馬に乗ることが好き、レースに乗ることが好きなんです。それに、高知が好きなので離れたくないという気持ちもあって。釣りが好きで、高知は海ばっかりでしょ(笑)。だから、他に移籍したいなという気持ちもなかったです。
高知競馬がどん底だった頃、どうやって盛り上げていこうという気持ちだったんですか?
やっぱり一番はレースが面白いかどうかなんですよ。そこが基本。これからどんどんネット社会になっていくという時期で、そうなったら誰でも何度でもレースを見ることができますから。一番考えたのは、とにかく真面目にキレイなレースをしようということです。そこは僕一人ではなくて、後輩にも徹底しましたね。邪魔したりするレースが横行していては、結局つまらないですし。僕はパチンコとかするんですけど、いい商品じゃないとお客さんは続かないでしょ。だからそこはすごく考えたし、今も大事にしています。
今や高知競馬名物となった、一発逆転ファイナルレースも登場しました。
僕から見ても面白いというか、どんな展開になるのか、どの馬が勝つか、僕らでも分けわかんないですよ(笑)。乗っていてワクワクしています。
3000勝達成表彰式(4月14日)
西川騎手は長らく騎手会長として高知競馬を引っ張って来ました。特に、怪我をして低迷していた赤岡修次騎手を引き上げたことは有名なお話です。赤岡騎手は、「西川さんがいなかったら、今の自分はない」と仰っていました。
いやいやいや、それは昔の話ですけどね。今でも赤岡くんがそうやってみんなに言ってくれることはありがたいですね。あの頃赤岡くんは怪我をして、ずっと落ち込んでいたんです。もう半分辞めようかなって思っていたみたいで。高知もあんまりいい時期じゃなかったんですけど、赤岡くんは才能があるから、辞めたら絶対ダメだって言って、毎日一緒にいました。自分が乗っていた馬にも赤岡くんに乗ってもらったりしてね、乗ると感覚を共有できるじゃないですか。それで「こんな感じよね」っていう話をしながらご飯を食べてましたね。
西川さんは騎手としてもすごいですが、人を育てるというところもすごいと思います。
昔は騎手の間で上と下の年齢層がだいぶ差があって、僕らがちょうど中間だったんですよ。それで、後輩との付き合いができるのは自分だと思っていたので、家に呼んで飲んだりしていました。育てるというほどのことではないですけど、みんなで飲んだりするのも楽しいですから。
でも騎手の世界ですから、どうしてもライバル関係じゃないですか。なかなかできることじゃないと思います。
僕はそういうのあんまり気にしないというか、人を蹴落としたりするのは好きじゃないんです。相手が上手くなったら僕ももっと上手くなりたいって思うし、正々堂々と戦いたいですね。
そういう空気感が、他の競馬場からの期間限定騎乗、例えば南関東で騎乗チャンスの少ない若手が、高知に来て修行するという新たなサイクルを生んだんでしょうね。
南関東とは環境的に全然違うと思いますよ。僕らだけじゃなくて、高知競馬は全体的に育てようという気持ちがあるので。高知で乗っていた子が戻って活躍してくれるのも嬉しいですし、そのまま高知に移籍してくれる子もいますしね。高知のジョッキーたちはすごく仲がいいし、和気あいあいとしていて、若手を威圧するような人はいないです。ただレースは厳しいですよ。
5月の福永洋一記念も節目の10回で盛り上がりましたし、いい波が続いていますね。
(福永)祐一くんにはとても感謝しています。恩返しというか、サプライズでお祝いができて良かったですね。あの表彰式は僕も泣きそうになりました。本当にたくさんの方々のお陰で高知競馬が盛り上がっているので、とてもありがたいです。正直、ここまで急激に良くなるとは思っていなかったので、そういう意味では怖い面もあります。3000勝のパーティーの時に、みんなの前で挨拶させてもらったんですけど、みんなに気を引き締めてもらわないとという話をしました。いい流れで注目されているからこそ、一人でも何かマイナスのことをしたらこの流れが全部止まるよって。今のいい流れは当たり前じゃないってことをしっかり伝えていかないと。
3000勝という大目標を達成しました。今後の目標は?
今は具体的な数字はないですけど、とにかく健康を大事にしたいです。体さえ健康ならば乗っていられますからね。未だに面白いですし、まだまだ続けていきたいです。同期の中西(達也)調教師とはライバルとしてずっと一緒にやって来て、彼が調教師になってからもいい馬に乗せてもらっています。大きなモチベーションになっているので、しっかり結果を出したいです。
では、オッズパーク会員の皆さんにメッセージをお願いします。
高知競馬一丸となって面白いレースを提供していきます。その信用は裏切りません。自分もそうですけど、後輩にも徹底していますので、たくさんの方に楽しんでいただけたら嬉しいです。これからもよろしくお願いします。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:高知県競馬組合)