
昨年は初の重賞制覇を達成し、リーディング3位と大きな躍進を遂げた、高知の永森大智騎手。デビュー9年目を迎えた今年、ついに覚醒を果たした赤い彗星は、さらなる高みを目指します!
赤見:昨年は初重賞制覇に年間100勝達成と、素晴らしい活躍でしたね。
永森「ありがとうございます。雑賀先生はじめ、本当に周りの人たちのおかげです。ちょっと勝ち過ぎたかな~と、今年プレッシャーもありますけど」
赤見:初の重賞制覇だった『黒潮菊花賞』、振り返るといかがですか?
永森「実はそのちょっと前に、重賞で1番人気に乗って負けてるんですよ。『珊瑚冠賞』で【ギンガセブン】に乗せてもらったんですけど、10着と惨敗して...。
その時、重賞は当分勝てないのかな、まだまだ遠いのかなと思ったんです。
『黒潮菊花賞』は8番人気の【リワードレブロン】に乗せてもらって、逃げてる宮川実騎手の馬が強かったのでついて行こうと思ってました。
勝負所に来ても手ごたえええぞと思って、馬の気分に任せて行きたい時に行かせました。
勝った時はホッとしたというか、やっと勝ったな~って感じでした。
【ギンガセブン】のこともあったので、嬉しさ倍増でしたね」
赤見:周りの方も喜んでくれたんじゃないですか?
永森「本当にそうですね。雑賀先生は、普段は勝ってもあんまり喜んだ感じでは迎えてくれないんですけど(苦笑)、この時はすごく喜んでくれました。
それが僕にとってすごく嬉しかったんです」
赤見:雑賀先生といえば、昨年は年間265勝を挙げて、地方競馬最多勝記録を塗り替えましたね。
永森「すごいですよね。先生は厳しいですけど、尊敬してます。デビューから色々お世話になってるし」
赤見:雑賀厩舎所属になったきっかけは何だったんですか?
永森「僕は特に騎手に憧れてたってわけじゃないんですけど(笑)。
中学の時に職場体験学習があったんですよ。
たまに競馬は見に行ってたし、動物も好きだったし、ちょうどいいなと思って。
広報の方から紹介されて、雑賀厩舎に3日間お世話になりました。
初めて馬に乗せてもらって、周りの人からも良くしてもらって。雑賀先生が、「騎手にならないか」って言ってくれたんです。もともと人がしないような仕事をしたいと思ってたし、迷いなく決めました」
赤見:まさに運命の出会いでしたね。
永森「そうですね。今考えても、雑賀厩舎に入れて良かったです」
赤見:そして昨年の覚醒ですけど、一番大きな要因はなんだと思いますか?
永森「精神的なものですね。これが一番大きいです。今までもチャンスはもらってたけど、どうしても1度きりなんですよ。勝負の世界だから当たり前のことなんですけど、そこを気にし過ぎていたんです。
結果出せなかったら乗り替わりやとか思って変に緊張したり、先生が見て納得するようなレースをしようとしてて。
リーディング上位の人だったら納得する乗り方でも、僕がしたら全然ダメだったり、そういう空回りが多かったんです」
赤見:そこからどうやって抜け出したんですか?
永森「それは色んな要素がありますけど、まずは金沢での短期騎乗ですね。2007年に雑賀先生が「行ってみるか?」って言ってくれて、その頃乗り馬もあんまりいなかったんで、思い切って行くことにしました。
先生の知り合いの赤間亨厩舎に行ったんですけど、それまで遠征とかしたことなかったんで、かなり不安でしたね。
周りはいい人ばかりだったけど、最初の頃は全然上手くしゃべれなくて...。そんな時、吉原寛人騎手が調教の時とかによく声をかけてくれて、遊びに連れてってくれたりしたんです。それで周りの人とも話せるようになりました。吉原騎手の存在は大きかったですね。
レースもけっこう乗せてもらって、いくつか勝たせてもらいました。赤間先生はいつも、「好きに乗ってええよ」って言ってくれて、自分で考えてレースして結果が出せたことが自信になりました。
高知に帰ってきた時、(赤岡)修次さんや倉兼さんが金沢のレースを見ててくれたみたいで、「あんなにいいレースが出来たんだから、高知でも出来るんじゃないか」って言ってくれました。その言葉も自信に繋がりましたね」
赤見:2009年には、福山でも短期騎乗してますよね?
永森「その時は檜山龍次郎厩舎にお世話になったんですけど、先生の息子さんが怪我してしまって、調教する人が足りなくてお手伝いのような感じで行くことになったんです。
まだ高知と本格的に交流が始まる前で、この時も最初はしゃべれなかったけど(苦笑)。嬉さんが、高知の西川さんや中西さんと同期で、すごく良くしてくれました。それで周りとも打ち解けたし、色んな厩舎に乗せてもらって、すごく勉強になりました」
赤見:2つの短期騎乗がいいきっかけになったんですね。
永森「そうですね。時期も良かったんだと思います。地元で勉強して、悩んでからの遠征だったので、いい収穫があったんだと思ってます」
赤見:今はかなりいいスパイラルなんじゃないですか?
永森「前は意見を言っても誰も聞いてくれなかったけど、今はけっこう聞いてもらえるようになりました。認められるってほどではないですけど、自分がこう乗りたいとイメージ出来るようになったし、そういう乗り方をしても納得してもらえるっていうのは大きいですね」
赤見:今年に入ってもいいリズムで勝ち星を挙げてますね。
永森「そうですね。昨年は3位だったので、恐れ多いですけど今年は2位の倉兼さんに勝ちたいと思って乗ってます!」
赤見:1位の赤岡さんは?
永森「もちろん、いつか抜きたいです! 何年後かわからないけど抜きたいですね。
修次さんはやっぱり、何かが違うんですよ。一緒に乗ってて本当に上手いなって思うけど、上手いっていうだけじゃない何かがある。その何かが今の僕にはわからないんですよ。
それがわかった時が、修次さんを抜ける時なんじゃないかと思ってます!」
赤見:何年後かのリーディングジョッキー宣言☆楽しみです。
それでは、高知競馬のPRをお願いします!
永森「今の時期は全国的に見てもナイター開催はないので、1年通してのナイターは大きいと思ってます。
本場に来てもらうのが一番だけど、インターネットなどでも今は見ることが出来るので、高知のレースを見てもらえたら嬉しいです」
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※インタビュー / 赤見千尋
長年高知のトップジョッキーとして活躍を続ける、中西達也騎手。2011年2月に行われた、第19回ゴールデンジョッキーカップでは、初出場で総合優勝という素晴らしい成績を残しました。
2011年も年間100勝を達成し、リーディング4位。現在42歳の、高知のアーサーの素顔に迫ります。
赤見:九州は福岡県出身の中西騎手。まずは騎手を目指したきっかけから教えて下さい。
中西「そこから聞きますか。ベタだねぇ(笑)。僕の場合は、母親の勧めです。競馬好きだったんで。ボートもいいんじゃないって言われたけど、身近にそういう場所がなかったんで、競馬になりました」
赤見:お母さんに勧められて、すぐにいいなと思ったんですか?
中西「いやいや。馬に乗ったこともなかったし、怖かったからなりたくなかったですよ(笑)。高校に進学したいなとも思っていたので。
地方競馬教養センターの試験受けたら受かっちゃったので、それならやろうかなって感じでした。」
赤見:人生、わからないものですね。
中西「本当ですよ。僕はメカとか好きだったので、近くに競艇があったらそっちに行ってたと思います。バイクも好きだしね。
今になってみれば競馬で良かったけど、あの頃は競馬のイメージがすごく悪かったから。なんか、オヤジのギャンブルってイメージで。友達にも恥ずかしくて言わなかったですから」
赤見:競馬のことを全く知らないで飛び込んだ厩舎社会はいかがでした?
中西「すごいところだなって思いました。もう、1つの村じゃないですか。 学校は辛かったけど、競走課程に入ったら面白かったですね。レースに乗り出すともっと面白くなって。
実際にデビューしてみたら訓練と全く違うんで驚いたけど、とにかく楽しくなりましたね」
赤見:デビューした頃は、2000勝以上も勝てると思ってました?
中西「まさか。全然思ってないですよ。よくここまで来たなと思いますね」
赤見:今年の2月には、園田のゴールデンジョッキーカップで優勝!あれはインパクト大きかったです。
中西「僕の中でも、今までの騎手人生の中で1番ですよ。昔から憧れのレースだったし。
どうしても、馬で遠征するとなると、他地区で勝負するのは難しいけど、ジョッキーレースならひょっとしたら勝ち負け出来るかもって思ってました。
初出場だったし、メジャーな騎手の中にマイナーなのがはいっちゃったなって感じでした(笑)。ファンの方が声かけてくれたり、サインを求められたりして...。僕なんかのサインでいいの?!って思いましたよ。
正直緊張したけど、最初のレースで勝てたから、優勝がチラついてました。もうドキドキでしたけど、本当に嬉しかったです。」
赤見:私も感動しました!
高知はナイターになってから、かなり盛り返していますが、実際に騎乗されてていかがですか?
中西「正直、ナイターは嫌ですよ。高知の場合、年中だから冬は寒いし見えづらいしね。 でも、生き残るためにはそれしかなかったんで、みんなで頑張ってる感じです。
僕は中津でデビューして、廃止前に高知に移籍したんですけど、中津が廃止になった時にはとても残念でした。なんだか、自分の帰る場所がなくなったと感じました。
生まれは九州だけど、高知も大好きなんですよ。競馬はもちろんだけど、生活していく上でもこの土地が好きなんです。だから、なんとか踏ん張っていきたいですね。」
赤見:高知のジョッキーたちはとても仲がいいですもんね。
中西「仲いいというか、まぁ和気藹々ですよね。特に誰と仲いいっていうのはないですけど。僕は基本一人でいるタイプなんで。 西川とは同期だし、調整ルームも2人部屋なんで、ずっと一緒にいる感覚はありますね」
赤見:いつも笑顔が印象的な中西騎手ですが、騎手を辞めたいと思ったことはありますか。
中西「しょっちゅうですよ(笑)。しょっちゅう思ってます。でも、本気で考えたことは一度もないです。落馬しても大きな怪我はそれほどないし、まぁ貧乏は辛いですけど(笑)。やっぱりこの仕事好きなんですよね。 2000勝以上勝たせてもらって、いい馬にもたくさん乗せてもらいましたから。」
赤見:特に想い出に残っている馬は?
中西「そうですねぇ。デルタフォースですかね。いつもポツンと最後方から豪快に追い込んで来るんですよ。高知のコースですから、すごいことですよね。今はだいたい逃げ・先行で決まっちゃうから、そういう意味でも面白かったです。
最近ではナロウエスケープ。高知優駿は負けてしまったけど、黒潮皐月賞と黒潮菊花賞を勝ってくれました。スピードもあって、すごくいいものを持っていましたね。
赤見:2009年に高知の三冠を達成したグランシングはどうですか?
中西「そうですよ!グランシング!!あの馬もいい馬でした。今競走馬としていないのがとても残念ですけど。
早い時期から三冠を目指していたんで、あの馬のお陰で緊張感のある時間を過ごすことが出来ました。三冠を達成するには、時間がかかりますからね。」
赤見:高知競馬場は、他の競馬場と違って南関東の若手を受け入れていますが、その辺りはいかがでしょう?
中西「すごくいいことだと思います。調教とレースは全く違いますから、チャンスの少ない騎手にとって、いい修行の場なんじゃないかな。ただ、高知は稼げないから、来るジョッキーたちはお金じゃなくて、本当に馬に乗るのが好きな子たちですね。実際高知は騎手が少ないので、助かっている面もあります。
毎年開催される、新人王もそうですけど、若手の子たちを見ていると、いい刺激になりますよ。」
赤見:中西騎手の今後の目標は?
中西「3000勝と言いたいところだけど、目の前のことをしっかりとやっていきたいですね。それが結局大きな記録に繋がると思ってますし。今は、年間100勝を常に頭に置いています。そのためには、怪我しないで乗り続けること。それが1番の目標です」
赤見:ちなみに、アーサースマイルの秘訣はなんでしょう?
中西「アーサーって(笑)。本当にそれよく言われます。『誰かに似てますね』って言われるから、『黒田アーサーさんでしょ』って自分で言いますもん。まぁ似てるかどうかは置いといて、常に笑顔でいようというか、明るくいようとは心がけてます。 たまに落ち込むこともありますけど、なるべく切り替えていこうと。」
赤見:一番の気分転換は?
中西「手軽なのは酒飲むことでしょ(笑)。僕はそんなに強くないんで、酔っぱらう前に帰るようにしてますけど。西川はけっこうめんどくさいタイプですよ(笑)。 あと、バイクが大好きなんで、年2回はサーキットまで行って乗ってます。なかなか行けないけど、本当好きなんで。」
赤見:それでは、ファンのみなさんに、高知競馬のPRをお願いします。
中西「高知は、新人王や黒船賞、福永洋一記念と面白いレースがたくさんあります。 みんな頑張ってるんで、注目してもらえたら嬉しいです!!」
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※インタビュー / 赤見千尋
高知競馬場のリーディングジョッキー争いは2006年から赤岡修次騎手の独壇場となっている。しかし今年はいささか状況が違う。“韓国MVP男”倉兼育康騎手がぐいぐいと勝ち星を伸ばし、赤岡騎手を猛追しているのだ。7月31日現在で赤岡騎手135勝、倉兼騎手117勝とその差は18(高知競馬場のみ)。ここ数年はダブルスコアでの独走を許していたことを考えると“接戦”の範疇と言えよう。実際3位以下には大きく水をあけての一騎打ちだ。今回は高知優駿を2連覇するなど、がぜん勢いに乗る倉兼騎手に現在の状況を聞いてみた。
■松木啓助厩舎への移籍
橋口:リーディング争いが白熱していますね。
倉兼:それは全然考えてないです。いい馬に乗せてもらっているんで、たくさん勝たせてもらってますが、そこまで技術が追いついていないんで…。
橋口:ずいぶん謙遜しますね、倉兼騎手らしいですが…。では勝ち星量産の要因を教えてください。
倉兼:韓国から帰ってきて、自厩舎(松下博昭調教師・今年春に勇退)に馬もいなくて、これで勝てるんだろうかという時に松木先生から声掛けてもらって、それで今の状況があります。とても感謝していますよ。それまで松木厩舎の馬には乗ってなかったですからね。帰ってきてすぐに声を掛けてもらったのは嬉しかったですね。
橋口:その松木厩舎には素質馬が多数いますが、特にファンの注目を集めるのが高知優駿馬シャイニーフェイト(牡3、父キングカメハメハ)です。
倉兼:そうですね、この間(7/15、C3選抜)負けました(2着)けど、ちょっと余裕を残した負けっていう感じだったんで、まだまだ強くなると思いますよ。この馬はまだ子供なんです。だからこれから競馬を教えようと思ってます。ゲート離れも悪いし、やんちゃなところもあるし。この夏を越えたらひと回り大きくなるのかな、というのは思ってますけどね。
橋口:そうなれば古馬オープン相手にもやれそうですか?
倉兼:(考えながら)そうですね、かなり近い所に行くんじゃないでしょうかね。
橋口:他に楽しみな馬はいますか?
倉兼:この間のトレノ賞(7月1日)を勝ったマルハチゲティですね。こちらが何にもしなくても勝手に強くなってきてるんです(笑)。
橋口:そのトレノ賞は強力先行馬を相手にマルハチゲティで豪快な倉兼:差し切り勝ち。ペースを見事に読んでの勝利です。ああいうレースでは、道中に先行馬が苦しくなっていくのを見て「ニヤリ」としたりするんですか?
倉兼:あ、してますね。あはは(笑)。トレノ賞の時はそうなるだろうという感じでレースを組んでいきました。その前のレースで負けた馬(サムデイシュアー)が後ろにいたんですけど、1400メートルから1300メートルの違いで多分動きが早くなるんで、前回ほどの脚は使えないだろうと。だからその馬より前で競馬するという、自分でやりたいと思っていた通りのレースになりました。
橋口:韓国での異名は“追い込みのイク”。彼の地でも強いインパクトを与えた得意戦法ですね。
倉兼:いや、自分のペースを作るのが下手ですからね。相手のペースに合わせた方が乗りやすいんでね。でも最近は前からの競馬ばっかりですね。基本的に前で競馬する方が多くなりました。
橋口:それはやはり本命馬に乗る責任感というか…。
倉兼:そうですね。勝たないといけないという。きっちり勝ってないと、次がないですから。特に高知は小回りなんで、勝つには前にいないと…。前々の競馬が必要ですね。
■韓国での2年間
橋口:さて2007年からの2年間、韓国競馬で騎乗しました。ソウルとプサンで1056戦して106勝。ピルソンギウォンで重賞の農協中央会長盃も制しました。その韓国で得たものとは?
倉兼:行く前は「勝たないと、勝たないと」という意識があったんです。ところがソウルに行くと、とにかくひとつ勝つのが難しい。「単純に勝つことが難しい」ということを勉強して…。まあ、ずっと天狗になりかけたところで、韓国で最初勝てない時期が長くて。それで帰ってきてからは、勝てない状況から立ち直るのが早くなったというか…。気持ち的に、そう、メンタル面が強くなったと思います。
橋口:韓国で仲良くなった騎手はいますか?
倉兼:ソウルでリーディングを張ってるムン・セヨン騎手ですね。ちょっと年下の若いジョッキーですが、とにかくまじめです。ソウルに行ってすぐに、ちょっと癖のある難しい馬で初めて勝たせてもらったんですよ。そしたら声を掛けてきたのが彼。「どうしてあの馬で勝てるんだ?」って。ずっと2着の馬だったんですよ。どんな乗り方をしても2着で。その馬であっさり勝っちゃったんで、どうして?、ってなったんでしょうね。その時どう答えたかはもう忘れましたけど(笑)。
橋口:2009年はプサンで第一四半期MVPに輝きました。
倉兼:プサンのMVPですか。あれは内田さん(内田利雄騎手)の一言があったからだと思います。それがなかったら多分あそこまでは勝てなかったと思いますけどね。どんなアドバイスか、ですか? いやそれは内緒にしときましょう(笑)。レースの中でここをこうすれば勝てるよ、という内容です。
橋口:企業秘密じゃないですか。よく教えてくれましたね。
倉兼:それでも教えて頂いて…。あんなに勝ち始めたのはそれからですからね。ほんのちょっとしたことなんですけど、それが当時の僕には本当に大きくて。いやMVPは内田さんのお陰です!
■技術向上へのあくなき想い
橋口:パラグアイの野球少年が日本にやってきて騎手になった。今では高知のトップジョッキーとして、また韓国に渡っての活躍で名を上げた倉兼騎手ですが、デビュー当初はあまり騎手という仕事への情熱がなかったそうですね?
倉兼:もういつやめようか、いつ逃げ出そうか、そればかり考えていました。一番はじめはまず体重が重たくて。それがデビュー半年くらいたった時に、仕事が忙しくて一気に3キロくらい痩せてたんですよ。それで馬に乗ったら、すごくいい競馬をして。それからですね、競馬って面白いなって思ったのは。それから勝てる馬に乗せてもらえるようになって…。
橋口:デビュー2年目にはもうトウショウスマーフで初重賞制覇(1997年桂浜月桂冠賞)。同年の珊瑚冠賞はスーパープレイで勝ちました。そして豪快な追い込みを見せるアラブの名馬チーチーキング(2000年南国優駿ほか)と出会います。
倉兼:それまでは先行馬でしか勝ったことがなかったんですが、“差す”という感覚を教えてくれた馬がチーチーキングです。相手を見ながら競馬をしないといけない、と自分に分からせてくれたんですね。
橋口:“追い込みのイク”の原点ですね。そうやってどんどん勝てる騎手になるサイクルが生まれました。そんな倉兼騎手にリーディングを、という関係者やファンの方の期待もあります。
倉兼:いや自分は下手ですからね、もっと技術を磨いていかないと。とりあえずまたどこかで乗りたいですね。今は高知の騎手が足りなくて行きにくい状況ですけど、来年あたりは行きたいですね。
と、なかなかリーディングの話には乗ってこない倉兼騎手。赤岡騎手とはデビューが1年違うものの、同世代で互いに意識しあう好敵手。もちろん2011年の後半戦、一騎打ちの結末が楽しみだ。
奥様と愛娘、家族が出来て「遊ばなくなった」と苦笑いをするものの、その温かみが活躍の原動力となっているのも確か。“追い込みのイク”が“魅せる”とびきりの騎乗が、2周年を迎えた「夜さ恋ナイター」を今宵も華麗に彩るだろう。
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※インタビュー / 高知競馬実況アナウンサー 橋口浩二
若手騎手の期間限定騎乗、多数の遠征馬の登場、そして夜さ恋ナイターの開始。高知競馬の数々の特徴からは、厳しい時代に負けぬようにという、そんな気持ちが伝わってくる。その高知競馬場で騎手会長を務めている西川敏弘騎手に、高知競馬への思いのたけを話していただいた。
2009年、西川騎手はスパイナルコードでJBC(クラシック)初参戦となった。
■ああいうレースに出ること自体がすごいことですからね。普段は全然緊張しませんが、あのときはさすがにアガりました。ただ、このメンバー相手では全然ついていけないんじゃないかと心配していたんですよ。でも結果は10着でしたが、自分が思っていたよりは頑張ってくれたと思います。
そのスパイナルコード。夜さ恋ナイターが始まってからの快進撃(6連勝)には、目をみはるものがあった。
■もともと夏には強くて、気温が上がると動きも変わるんですよ。それにしても58kgで勝ったときにはビックリしました。スパイナルコード自身、ナイターのリズムがハマったところがあるかもしれません。
西川騎手自身も、夜さ恋ナイター開幕2連勝を飾っている。
■いや、普段は夜8時くらいには寝ているんですよ。だからナイターが始まる前は大丈夫かなあと思っていました。でも慣れたらかえって楽ですね。朝の調教が終わってからレースまでゆっくり休めますから。開催日が連続するときの生活は、夜11時くらいに寝て、朝2時半に起きて馬場入り。調教が全部終わってから昼寝して競馬、という感じです。
上々の滑り出しをみせている夜さ恋ナイター。実際に騎乗してみての感想はどうなのだろうか。
■開始前には"暗い"とか"危ない"とかいろいろ言われていましたが、乗ってみると案外大丈夫ですよ。昔からのファンからは『なんで夜に競馬をするんだ』などという声も聞かれますが、ぼくらも売りたい一心でやっているわけなので。主催者の方々も一所懸命に仕事しているのがわかりますし、ぼくらもガマンできるところはガマンして、協力できることは協力しなければ、と思いますから。
西川騎手はキャリア23年目。いい時代も悪い時代も知っている人だ。
■確かに昔のことを思ったら今の状況はナンですけれど、切羽詰ったら何でもできますよ。やっていることは昔と変わりませんし、競馬に対する気持ちも変わりません。むしろ昔より強くなったと思うくらいです。ただね......、いちばんさみしいのは馬が減っていくこと。だからローテーションもきつくなりがちですし。ナイターをきっかけに、もうすこし馬が増えてくれるといいなと思っています。
騎手目線から見る高知競馬の魅力とは、どのあたりだろうか。
■馬券的にはけっこう当たりやすい競馬場だと思いますよね。配当は安いかもしれませんが、当たるからけっこう遊べると思います。それで最終レースは一発逆転。これが魅力だと思いますよ。乗っているぼくらも全然わからないですから。
その"一発逆転ファイナルレース"。難解さが人気を呼び、ときにはメインレースより発売金額が大きいこともあるらしい。
■そのレースに出られると決まるのは、だいたい2週間前。選ばれたら調教師さんは、そこを狙ってビッシリ仕上げていきます。騎手のぼくらも気合が入りますよ。普段なら全然ダメだと思ってしまうような馬でも、ひょっとしたら......と思いますもの。
こういうレースがあると、騎手もやりがいがありますね。馬券を買っている人も、そういうレースが1日にひとつかふたつ、あったほうが面白いのではないですか?
逆転の発想で興味ある競走番組を創り出している高知競馬。そういった日々の競馬から、フサイチバルドルを筆頭に復活や変身を遂げる馬が数多く出現している。
■ぼくも毎日20頭近くに調教をつけていますが、高知競馬の騎手は調教師みたいな部分があります。お決まりのメニューではなくて、乗った感覚で調整できるというか。そのさじ加減をうまくして、レースで目一杯に走れるようにと調整していけるんです。
復活や再生の理由? うーん、何なんでしょうねえ。人間がおおらかだからですかね?
確かに競馬のときは土佐の人間の本性が出るのか(笑)荒くなることもありますが、普段は全然ギスギスしていないんです。そのあたりが馬の精神的な安定につながっているのかもしれないですね。それと、高知の馬場はメチャメチャ重いんですよ。だから普通に走っているだけで、JRAの坂路くらいの負荷があると思うんです。そんな場所で日ごろ走っている馬が遠征すると、行った先での動きが軽くなりますよ。そういう競馬場だから、これからも復活する馬が出ると思います。今後は他地区でカベに当たっているような馬がもっと転入してきてほしいですね。JRAのオープン馬が高知に来たら、ダートグレードレースにも出やすくなりますよ!
経営が厳しいといわれるなかでアップしている在厩馬のレベル。それは騎手も同様だ。
■他地区から若手が修業に来ますが、上達していくのが目に見えてわかりますね。やっぱり騎手は乗ってナンボでしょう。ぼくも他地区に遠征することが刺激になっています。今年(2009年)、園田のゴールデンジョッキーカップに初めて参加しましたが、面白かったですね。さすが全国のトップジョッキー、乗り方がもうキツキツ。優勝は内田(利雄)さんにさらわれましたが(西川騎手は内田騎手と同点も、規定により2位)、本当に勉強になりました。次もまた出たいですよ。それから各地のトップジョッキーの皆さんには、もし余裕があったら、少しの間でも高知に来てほしいと思います。すばらしい若手の手本になりますから。
高知競馬騎手会長としての立場もあるが、西川騎手から感じられるのは、高知競馬への愛。「まだまだ乗っていたいので、ナイターが開幕する前にタバコをやめました」と、今後への意欲も十分だ。「今は無理ですが、いつかは短期免許で他の競馬場にも行ってみたい」という想いはあるとのこと。しかし今は高知競馬の復活を目指して、入魂の騎乗を続けていく覚悟である。
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西川 敏弘(高知)
1970年1月27日生まれ みずがめ座 A型
高知県出身 大関吉明厩舎
初騎乗/1987年4月4日
地方通算成績/13,814戦2,147勝
重賞勝ち鞍/全日本アラブグランプリ、高知県知事賞5回、建依別賞5回、二十四万石賞3回、高知優駿(黒潮ダービー)3回、珊瑚冠賞3回、金の鞍賞3回、南国桜花賞8回など54勝
服色/胴桃・右白たすき、袖白
※成績は2009年11月18日現在
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(オッズパーククラブ Vol.16 (2010年1月~3月)より転載)
2005年のデビュー以来、着実に成績をのばし、歴戦の名手たちと互角の勝負を展開している
別府真衣騎手。
レディースジョッキーズシリーズでは2年連続で2位。3度目の正直をと乗り込んできた
金沢競馬場で、騎手という仕事に対する思いなどをうかがった。
■父がこの仕事をしていなかったら、騎手にはなっていなかったですね。小学校に入ってからは普通の
家で暮らしていましたし、特に競馬を感じることはありませんでしたが、小さいころから騎手になりたいと
は言っていたんです。
それを本気で父に申し出たのは中学1年のとき。でも反対されました。それから普通に中学生活を送る
うちに、美容師になろうかなあなどと考えることもありましたが、中学3年の進路指導の時期に「やっぱり騎手
になりたい」と強く思うようになって、もう一度父にお願いしたんです。でもやっぱりダメだと。それでも母が
私を応援してくれていたので、なんとか説得することができました。
自分の希望をかなえて地方競馬教養センターに旅立った娘を受け入れてくれたのもまた、父だった。
■厩舎実習で高知に戻ったことで、精神的に成長した気がします。帰ると知っている人がいっぱいいますし、
現役馬にも乗れましたし。ただ、実習のころは多少失敗しても、というところがありましたが、今はそうはい
きません。父の厩舎に所属しているからこその緊張感はありますね。
その思いのなかで一戦一戦を大事に騎乗する別府騎手は、7月19日のトレノ賞で、重賞初制覇を
果たした。
■騎乗したロマンタッチは、1300メートルの距離が合いそうだからチャンスだと思っていました。前に行った
ら甘くなるし、後ろすぎても届かないタイプ。あのときは最後にうまく差し切ってくれました。あの馬は本当に
展開次第。そのあとの珊瑚冠賞(1900メートル、石本純也騎手が騎乗)でも後方から2着に来ましたから。
ロマンタッチ号がそうであるように、高知競馬は乗り替わりが多い傾向がある。別府騎手も当然、
例外ではない。
■同じレースの相手が、ほとんど乗ったことがある馬ということもありますね。知っている相手だと、自分
としてはやりやすいように感じます。それにレースをずっと見ていると、あの馬はこうすれば持ち味がもっ
と出るんじゃないかなんて、よく考えるんですよ。そう思っていた馬が自分に回ってきたときには、それを
試すこともあります。乗っているからには勝ちたいですから。
今、差し脚がある馬に乗ったときには、追い込んで勝てるようにと挑戦しているんです。お客さんが見て
いて楽しいのは、逃げ切りより追い込みだと思いますし。特に一発逆転ファイナルレース(近走で敗戦が
続いている馬同士の競走。競馬記者が出走馬を選抜する)では、より思い切ったことができますね。
でも、他の騎手も勝てるチャンスがあるぞと燃えているんですよね(笑)。それにこのレースでは、これが
その馬にとってのラストチャンスかも、という場合があります。そういう馬は、ここでいい結果が残せれば
もう少し現役でいられるかもしれない、そんな思いもあるんです。
毎日を一所懸命に正面から立ち向かっている印象がある別府騎手。しかし今年はある種のカベに
ぶつかった。
■一時期、ぜんぜん勝てなくて......。どんどんメンタル面が悪いほうへと転がってしまっていたんです。
乗っていてもなんだか自分じゃない感覚。馬を追っていても、まるで追えていないことが自分でもわか
っていました。大本命の馬に乗っても勝てる気がしなくて......。実際、そのとおりになったこともありましたし。
いつも普通にできることができないんですよね。足になぜか力が入らなくて、アブミをまったく踏めていない
ということもありました。
そんなとき、ある先輩騎手に"今、乗れていないだろう"と見抜かれました。でも、誰にでもあることだよと
励まされて。一時は本当に悩みましたが、それもいつの間にか治っていたように思います。振り返って
みると、勝ち星が増えてきて、ファンの皆さんに期待されているのを感じていたことが、必要以上のプレ
ッシャーになっていたのかもしれません。
その苦しかった時期を脱出してからレディースジョッキーズシリーズに来ることができたので、もう大丈夫。
本当に最近のことなんですよ(笑)。
キャリアは浅くても注目されるがゆえの苦悩。それでも競馬は毎週行われている。
■自分がどのレースでも精一杯乗ることが一番なんだと思います。その上で、高知競馬場にお客さんが
もっと入ってくれるように、宣伝活動をいっぱいしていきたい。高知競馬のためになることなら、なんでも
したいですね。競馬場に来てくれるお客さんの平均年齢をもっと下げたいなとも思います。
でもいちばん大切なのは、ファンの皆さんを裏切る回数を減らすことかな(笑)。
試行錯誤を繰り返しながら、着実に成長を続けている別府騎手。これからの目標について聞いて
みた。
■(NARグランプリの)優秀女性騎手賞を獲りたいですね。そして、女性というくくりではなく、騎手界の
なかで上位の存在になっていきたいと思っています。レディースジョッキーズシリーズで昨年も2位と
いう結果だったのは、神様が"お前にはまだ早い"と与えてくれた試練かなと。あっさり優勝していたら、
そこで気が抜けちゃいそうな気もしますし。私は障害が立ちはだかっているほうが燃えるタイプなんですよ。
上には上がいますから、向上心を常に忘れないようにしたいと思っています。
宮下瞳騎手に追いついて追い越して、女性騎手ナンバーワンになりたいというデビュー以来の
目標も、もう手が届くところにまできている。「次の狙いはスーパージョッキーズシリーズ?」
と聞いてみると、「いやいや、まだまだですよ」と苦笑い。
しかしながら、競馬に対するその真摯さがあるならば、それもあながち夢物語ではないだろう。
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別府真衣(べっぷまい)
1987年12月8日生
射手座 O型
高知県出身
別府真司厩舎
初騎乗/2005年10月9日
地方通算成績/2,039戦213勝
重賞勝ち鞍/トレノ賞
服色/胴赤・青山形一本輪、そで白・赤星散
らし
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※成績は2008年11月21日現在
(オッズパーククラブ Vol.12 (2009年1月~3月)より転載)