
NARグランプリ2012で、最優秀勝率騎手賞を4年連続、さらにベストフェアプレイ賞を2年連続受賞するという快挙を成し遂げた、高知の赤岡修次騎手。地元高知だけでなく、地方競馬を代表するトップジョッキーとなった今、競馬に対する熱い想いを語っていただきました。
赤見:まずは、勝率とフェアプレイ賞のダブル受賞、おめでとうございます! なんかもう、毎年表彰されるのが当然みたいな雰囲気ですよね。
赤岡:そんなことないですよ! 毎年続けて獲らせてもらってますけど、よく獲れたと思いますもん。実際は綱渡りなんですよ。正直、去年の年末頃は、勝率は佐賀の山口勲さんやと思いました。周りの人の中には、『勝率危ないんやったら、勝てそうな馬選んで騎乗制限したら』って言ってくれた人もおったんですけど、自分としてはそういうことして獲るもんやないというポリシーがあって。 最終日の大晦日まで山口さんと競ってたんですけど、最終日は騎乗が4鞍しかなかったんです。でも本当にたまたまが重なって......。倉兼(育康騎手)が騎乗停止になって、さらに西川(敏弘騎手)さんがめったにないことやけど怪我してしまって、普段は乗ることがあんまりない倉兼の騎乗馬が回って来たんですよ。それで勝たせてもらって、最終的に去年も勝率1位を獲ることができたんです。
赤見:フェアプレイ賞も2年連続ですけど、あれだけ騎乗して制裁がないって凄いですよね。
赤岡:こっちはね、意識してできるもんなんで、かなり意識してますよ。僕のポリシーは、とにかく真っ直ぐ走らせることなんです。まだ候補生だった頃、人よりも何か努力しないと一番にはなれないって考えて、とにかく真っ直ぐ走らせようって決めたんです。朝一の馬場って、ハロー車でならした跡が綺麗に残ってるじゃないですか。その線に沿って馬を走らせると、1周真っ直ぐ走れるんですよ。 昔からかなり意識してたし、デビューして10年間は騎乗停止も一度もなかったんで、なんでフェアプレイ賞もらえんのやろって思ってました。『どうやったら獲れるんや!』って思ってたけど、今は明確な基準もあるし、今年ももらえるようにしたいですね。
赤見:今は高知だけでなく、全国で騎乗機会が増えてますけど、得意な競馬場はありますか?
赤岡:右回りは自信ありますよ。どこ行っても平気です。でも左回りは......最近は慣れたけど、前は相当意識してました。扶助使う時、とっさに右回りの扶助を使ってしまうんですよ。重心とか脚の位置とか、本当にちょっとしたバランスなんですけど、右回りと左回りでは真逆なんで。今はたくさん遠征させてもらったり、重賞の時のスポット参戦も声かけてもらったりして、経験を積ませてもらったんでね、スムーズに乗れるようになりました。
赤見:スポット参戦だけじゃなく、期間限定で南関東で乗る計画はないんですか?
赤岡:それねぇ......。乗りたい気持ちもあるけど、高知はオフシーズンがないから難しいですね。特に今はいい馬いっぱい任せてもらってて、攻め馬も自分でしてるでしょ。その馬たちを2か月ほっぽって行くことはできませんから。リーディングから落ちたら行きたいなとは思ってます。ただ、絶対落ちたくないですけど(笑)。
赤見:赤岡騎手といえば、ジョッキーとしてだけでなく広告塔として積極的に高知を宣伝してますよね。
赤岡:一時期は『廃止に一番近い競馬場』なんて言われましたけど、今は潰れそうにないですね(笑)。自分で動くの好きやし、色んな人と仲良くさせてもらってるお陰です。 特に(武)豊さんには本当に良くしてもらってますね。昔から何かと声かけてもらってたんですけど、ワールドスーパージョッキーズシリーズに出場した時とか、全国に遠征に行った時とかに、色々話したり一緒にご飯食べたりするようになって。豊さんは凄すぎる人やから、みんな遠慮するんやけど、僕は腹割って話させてもらったり。高知の気質というか、ジョッキーもみんな明るいんで、そういう雰囲気も合ったのかもしれません。
赤見:豊さんから繋がって、福永祐一騎手発案の『福永洋一記念』も始まったんですもんね。
赤岡:そうそう。豊さんが『何でも協力する』って言ってくれたんでね、まずは夏の夜さ恋フェスティバルが実現して、その時に祐一くんを連れて来てくれたんです。それで、『親父の故郷で、冠レースがしたい』って言ってくれたんで、主催者にも『やりましょう!』ってガンガン言いました。協力するって言ってくれてるんやから、あとは自分らが積極的に動いて主催者を動かさんとね。
赤見:営業・企画・広報......すべてやってるんですね。
赤岡:人付き合いが好きなんですよ。中央もそうやし、今野(忠成騎手)が同期なんでね、南関東のジョッキーたちにも良くしてもらってます。南関東の騎手を招く交流戦もやってますけど、最初は戸崎(圭太騎手)が『高知に行きたいから交流戦作って下さい』って言うから動いたのに、アイツはスポットで重賞乗りに来ただけやから(笑)。そうやって『行きたい』って言ってもらえる競馬場と思うと、すごく嬉しいですけど。
赤見:戸崎騎手はJRAに移籍しましたけど、赤岡さんは考えたことありますか?
赤岡:行きたいとも思うけど、勉強して行くのは難しいでしょ。それよりね、違う方法を考えますね、僕は。今のままじゃ、やっぱりダメじゃないですか。中央と地方の壁を無くしていかないと。それには地方がまず全部開くことやと思うんです。高知はもともと色んなとこのジョッキーを受け入れてるんで、そういう考え方なんやけど、地方全体で考えるとまだまだ難しい部分もありますね。 でも、小さいとこが開いていったら大きいとこも開かざるを得なくなるんです。そういう話をね、中央のジョッキーや南関東のジョッキーとも話すんですよ。色んな意見がありますけど、ジョッキー同士やからこそ話せることもありますから。高知のことはもちろんですけど、競馬全体のことも考えていきたいです。少しずつでも変えていけたら、というのが目標です。
赤見:素晴らしい目標ですね!! ちなみに、赤岡さんの私生活って謎ですよね。
赤岡:謎ですか?! たいした生活してないですよ(笑)。毎朝仕事やし。ただ、色んな人と付き合うのは好きなんで、競馬以外の仕事の人たちともよくご飯食べたりしますね。それに、全国にたくさんファンやって言ってくれる方がいて、すごく励みになってます。 え?結婚ですか? そっちも頑張らんといけないですね。ただ、他のジョッキーたちから『赤岡さんが結婚したら夢が無くなる』って言われてるんで。この自由な感じがいいんですかね(笑)。もうしばらくは独身貴族で頑張ります!
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※インタビュー / 赤見千尋 (写真:斎藤修)
昨年117勝を挙げ、高知リーディング4位だった宮川実騎手。さらにアドマイヤインディとのコンビで、ダートグレード戦線でもその存在感を示しています。落馬事故により左目失明という大きな怪我を負って、復帰が危ぶまれた時期もありました。辛い試練を乗り越えて、さらなる進化を遂げた宮川騎手に、現在の心境をお聞きしました。
赤見:『TCK女王盃』では、アドマイヤインディとのコンビで沸かせてくれましたね。
宮川:本当に頑張ってくれました。4着だったけど、僕の乗り方次第で2着3着はあったと思うんです。向正面から上がって行った時、別にGOサインを出したわけじゃないんですけど、ハミをくわえて、持ったまま上がって行く感じで。あのままの位置にいて、コーナーでゴチャつくよりはいいかなと思ったんですけど、もう1呼吸2呼吸我慢出来たら、違った結果になったんじゃないかな。もっと経験積んで、上手くなりたいって改めて思いました。
赤見:アドマイヤインディは、その前の『クイーン賞』でも3着と頑張りましたね。
宮川:あの時は斤量も軽かったし、内々をロスなく回って来れたので、あの3着が本当の力なのかちょっとわからない部分がありました。今回は斤量も増えたし、自分から動く強い内容で最後まで粘ってくれたので、ダートグレードでも十分戦えると自信になりました。
今は脚元の状態と相談しながら調教をつけているんですけど、それでこれだけ走れるので、状態さえ良くなったら本当に大きいところを狙えると思います。こういう馬に出会えて、調教からレースまで乗せてもらえて、今、本当に楽しいですね。
アドマイヤインディと(TCK女王盃パドック)
赤見:アドマイヤインディは打越勇児厩舎の馬ですが、宮川騎手はお父さんの打越初男元調教師の厩舎からデビューしたんですよね。
宮川:そうです。初男先生、勇児先生には親子2代に渡ってお世話になってます。勇児先生が厩務員だった頃からずっと一緒にやってますから、調教師になってからも話し合いながら一緒に馬を育てられるのが嬉しいです。
僕が怪我から復帰した時も、初戦は勇児先生が担当の馬でした。あの時は周りの方が応援の気持ちを込めてレースに協賛してくれて、復帰戦は『打越厩舎一同応援・復帰おめでとう!特別』というレースだったんです。僕自身がしたいことしてるだけなのに......。もしかしたら周りに迷惑をかけてしまうかもしれないのに...。本当に温かく迎えてくれて、すごく有難かったですね。
赤見:今のお話にもあったように、2009年の落馬事故は、顔面複雑骨折・左目失明という重傷でしたが、復帰までの道のりは相当大変だったんじゃないですか?
宮川:本当にそうですね。怪我をした週に、名古屋と園田に遠征が決まっていて、これから高知だけじゃないく県外に行って色々勉強出来ると思っていた矢先だったので、怪我をしてすぐはとにかく乗りたくて乗りたくて仕方なかったです。考える時間はいっぱいありましたから。乗りたい気持ちと、何も考えたくない気持ちと......。キツイなと思っても、どうしても考えてしまうんです。
でも、『引退』ということは全く考えなかったですね。レースに乗って、それで怖いと思ったら仕方ないけど、とにかくもう1度乗るまでは...って思ってました。
赤見:何度も何度も手術を重ねて、さらにハードなリハビリにも耐えて......。約1年後に復帰した時はどんな気持ちでした?
宮川:調教は3か月くらいで始めたんですけど、その後も手術で休んだりしたし、復帰の時は緊張しました。レースの前に模擬レースみたいなことをさせてもらって、それで復帰したんですけど、実際乗るまでは本当に乗れるのか不安でしたね。でもいざ騎乗したら、それまで10年間培ったものがあったのか体が反応してくれました。復帰2日目で勝ち星も挙げさせてもらったし、こんなに早く勝っていいのかなと思ったけど、1つ勝って自信になりました。
怪我をしたことは本当に辛かったですけど、周りのみんなに支えてもらってることを実感しました。特に兄(浩一騎手)はかなり心配してくれて......。今も調整ルームが同じ部屋で、長い時間一緒にいるので色んなことを話します。兄の存在は大きいですね。騎手としてはライバルでもあるけど、兄弟仲はいいですよ。
赤見:高知リーディングの赤岡修次騎手が、『もともと技術は高かったけど、怪我する前よりさらに上手くなった。積極的になった』って言ってましたよ。
宮川:修次さんにそう言ってもらえて嬉しいです。自分自身ではよくわかんないですけど。特に何が変わったというのはないです。ただ、乗れるのが本当に楽しくて。もっと上手くなりたい、上手くなりたいって思ってるだけです。
赤見:2010年に復帰して、2011年はダート競馬の祭典・JBC(大井)に騎乗、さらに2012年はダートグレードで好勝負と、どんどんステップアップしてますね!
宮川:本当に有難いです。JBCに乗れると聞いた時は、正直ビビりました(笑)。大井開催だったんですけど、当日はパドックで声援を送ってくれた方もいたし、馬場に入った瞬間ものすごく感動したんです。騎手やってて良かった、辞めなくて良かった...って。あの経験は、本当に大きかったですね。
最近ではアドマイヤインディと一緒にいい勝負をさせてもらって、また違った経験になりました。『TCK女王盃』であれだけの競馬が出来たので、『クイーン賞』がフロックじゃないって証明出来たと思います。今までは挑戦者の立場だったけど、これからはマークされることもあると思うし、印も重くなって人気も高くなると思うので責任重大ですね。楽しさと一緒に、緊張感もあります。ダートグレードで勝負になる馬に乗れるなんて、なかなかないですからね。いい馬に巡り合えて、本当に幸せです。
赤見:では、2013年の抱負とファンの方々にメッセージをお願いします!
宮川:復帰した頃は、いつか1000勝出来たらいいなと思ってたんですけど、今972勝(1月28日現在)まで来たので、だいぶ現実的な目標になりました。大きな節目の数字なので、早く達成したいです。ファンの方々には、いつも応援していただきありがとうございますと伝えたいですね。競馬場に来られなくても、今はインターネットで手軽にレースが見られるので、ぜひ高知競馬を楽しんでいただけたら嬉しいです。そのためにも、一生懸命頑張ります!
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※インタビュー / 赤見千尋 (写真:斎藤修)
昨年は初の重賞制覇を達成し、リーディング3位と大きな躍進を遂げた、高知の永森大智騎手。デビュー9年目を迎えた今年、ついに覚醒を果たした赤い彗星は、さらなる高みを目指します!
赤見:昨年は初重賞制覇に年間100勝達成と、素晴らしい活躍でしたね。
永森「ありがとうございます。雑賀先生はじめ、本当に周りの人たちのおかげです。ちょっと勝ち過ぎたかな~と、今年プレッシャーもありますけど」
赤見:初の重賞制覇だった『黒潮菊花賞』、振り返るといかがですか?
永森「実はそのちょっと前に、重賞で1番人気に乗って負けてるんですよ。『珊瑚冠賞』で【ギンガセブン】に乗せてもらったんですけど、10着と惨敗して...。
その時、重賞は当分勝てないのかな、まだまだ遠いのかなと思ったんです。
『黒潮菊花賞』は8番人気の【リワードレブロン】に乗せてもらって、逃げてる宮川実騎手の馬が強かったのでついて行こうと思ってました。
勝負所に来ても手ごたえええぞと思って、馬の気分に任せて行きたい時に行かせました。
勝った時はホッとしたというか、やっと勝ったな~って感じでした。
【ギンガセブン】のこともあったので、嬉しさ倍増でしたね」
赤見:周りの方も喜んでくれたんじゃないですか?
永森「本当にそうですね。雑賀先生は、普段は勝ってもあんまり喜んだ感じでは迎えてくれないんですけど(苦笑)、この時はすごく喜んでくれました。
それが僕にとってすごく嬉しかったんです」
赤見:雑賀先生といえば、昨年は年間265勝を挙げて、地方競馬最多勝記録を塗り替えましたね。
永森「すごいですよね。先生は厳しいですけど、尊敬してます。デビューから色々お世話になってるし」
赤見:雑賀厩舎所属になったきっかけは何だったんですか?
永森「僕は特に騎手に憧れてたってわけじゃないんですけど(笑)。
中学の時に職場体験学習があったんですよ。
たまに競馬は見に行ってたし、動物も好きだったし、ちょうどいいなと思って。
広報の方から紹介されて、雑賀厩舎に3日間お世話になりました。
初めて馬に乗せてもらって、周りの人からも良くしてもらって。雑賀先生が、「騎手にならないか」って言ってくれたんです。もともと人がしないような仕事をしたいと思ってたし、迷いなく決めました」
赤見:まさに運命の出会いでしたね。
永森「そうですね。今考えても、雑賀厩舎に入れて良かったです」
赤見:そして昨年の覚醒ですけど、一番大きな要因はなんだと思いますか?
永森「精神的なものですね。これが一番大きいです。今までもチャンスはもらってたけど、どうしても1度きりなんですよ。勝負の世界だから当たり前のことなんですけど、そこを気にし過ぎていたんです。
結果出せなかったら乗り替わりやとか思って変に緊張したり、先生が見て納得するようなレースをしようとしてて。
リーディング上位の人だったら納得する乗り方でも、僕がしたら全然ダメだったり、そういう空回りが多かったんです」
赤見:そこからどうやって抜け出したんですか?
永森「それは色んな要素がありますけど、まずは金沢での短期騎乗ですね。2007年に雑賀先生が「行ってみるか?」って言ってくれて、その頃乗り馬もあんまりいなかったんで、思い切って行くことにしました。
先生の知り合いの赤間亨厩舎に行ったんですけど、それまで遠征とかしたことなかったんで、かなり不安でしたね。
周りはいい人ばかりだったけど、最初の頃は全然上手くしゃべれなくて...。そんな時、吉原寛人騎手が調教の時とかによく声をかけてくれて、遊びに連れてってくれたりしたんです。それで周りの人とも話せるようになりました。吉原騎手の存在は大きかったですね。
レースもけっこう乗せてもらって、いくつか勝たせてもらいました。赤間先生はいつも、「好きに乗ってええよ」って言ってくれて、自分で考えてレースして結果が出せたことが自信になりました。
高知に帰ってきた時、(赤岡)修次さんや倉兼さんが金沢のレースを見ててくれたみたいで、「あんなにいいレースが出来たんだから、高知でも出来るんじゃないか」って言ってくれました。その言葉も自信に繋がりましたね」
赤見:2009年には、福山でも短期騎乗してますよね?
永森「その時は檜山龍次郎厩舎にお世話になったんですけど、先生の息子さんが怪我してしまって、調教する人が足りなくてお手伝いのような感じで行くことになったんです。
まだ高知と本格的に交流が始まる前で、この時も最初はしゃべれなかったけど(苦笑)。嬉さんが、高知の西川さんや中西さんと同期で、すごく良くしてくれました。それで周りとも打ち解けたし、色んな厩舎に乗せてもらって、すごく勉強になりました」
赤見:2つの短期騎乗がいいきっかけになったんですね。
永森「そうですね。時期も良かったんだと思います。地元で勉強して、悩んでからの遠征だったので、いい収穫があったんだと思ってます」
赤見:今はかなりいいスパイラルなんじゃないですか?
永森「前は意見を言っても誰も聞いてくれなかったけど、今はけっこう聞いてもらえるようになりました。認められるってほどではないですけど、自分がこう乗りたいとイメージ出来るようになったし、そういう乗り方をしても納得してもらえるっていうのは大きいですね」
赤見:今年に入ってもいいリズムで勝ち星を挙げてますね。
永森「そうですね。昨年は3位だったので、恐れ多いですけど今年は2位の倉兼さんに勝ちたいと思って乗ってます!」
赤見:1位の赤岡さんは?
永森「もちろん、いつか抜きたいです! 何年後かわからないけど抜きたいですね。
修次さんはやっぱり、何かが違うんですよ。一緒に乗ってて本当に上手いなって思うけど、上手いっていうだけじゃない何かがある。その何かが今の僕にはわからないんですよ。
それがわかった時が、修次さんを抜ける時なんじゃないかと思ってます!」
赤見:何年後かのリーディングジョッキー宣言☆楽しみです。
それでは、高知競馬のPRをお願いします!
永森「今の時期は全国的に見てもナイター開催はないので、1年通してのナイターは大きいと思ってます。
本場に来てもらうのが一番だけど、インターネットなどでも今は見ることが出来るので、高知のレースを見てもらえたら嬉しいです」
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※インタビュー / 赤見千尋
長年高知のトップジョッキーとして活躍を続ける、中西達也騎手。2011年2月に行われた、第19回ゴールデンジョッキーカップでは、初出場で総合優勝という素晴らしい成績を残しました。
2011年も年間100勝を達成し、リーディング4位。現在42歳の、高知のアーサーの素顔に迫ります。
赤見:九州は福岡県出身の中西騎手。まずは騎手を目指したきっかけから教えて下さい。
中西「そこから聞きますか。ベタだねぇ(笑)。僕の場合は、母親の勧めです。競馬好きだったんで。ボートもいいんじゃないって言われたけど、身近にそういう場所がなかったんで、競馬になりました」
赤見:お母さんに勧められて、すぐにいいなと思ったんですか?
中西「いやいや。馬に乗ったこともなかったし、怖かったからなりたくなかったですよ(笑)。高校に進学したいなとも思っていたので。
地方競馬教養センターの試験受けたら受かっちゃったので、それならやろうかなって感じでした。」
赤見:人生、わからないものですね。
中西「本当ですよ。僕はメカとか好きだったので、近くに競艇があったらそっちに行ってたと思います。バイクも好きだしね。
今になってみれば競馬で良かったけど、あの頃は競馬のイメージがすごく悪かったから。なんか、オヤジのギャンブルってイメージで。友達にも恥ずかしくて言わなかったですから」
赤見:競馬のことを全く知らないで飛び込んだ厩舎社会はいかがでした?
中西「すごいところだなって思いました。もう、1つの村じゃないですか。 学校は辛かったけど、競走課程に入ったら面白かったですね。レースに乗り出すともっと面白くなって。
実際にデビューしてみたら訓練と全く違うんで驚いたけど、とにかく楽しくなりましたね」
赤見:デビューした頃は、2000勝以上も勝てると思ってました?
中西「まさか。全然思ってないですよ。よくここまで来たなと思いますね」
赤見:今年の2月には、園田のゴールデンジョッキーカップで優勝!あれはインパクト大きかったです。
中西「僕の中でも、今までの騎手人生の中で1番ですよ。昔から憧れのレースだったし。
どうしても、馬で遠征するとなると、他地区で勝負するのは難しいけど、ジョッキーレースならひょっとしたら勝ち負け出来るかもって思ってました。
初出場だったし、メジャーな騎手の中にマイナーなのがはいっちゃったなって感じでした(笑)。ファンの方が声かけてくれたり、サインを求められたりして...。僕なんかのサインでいいの?!って思いましたよ。
正直緊張したけど、最初のレースで勝てたから、優勝がチラついてました。もうドキドキでしたけど、本当に嬉しかったです。」
赤見:私も感動しました!
高知はナイターになってから、かなり盛り返していますが、実際に騎乗されてていかがですか?
中西「正直、ナイターは嫌ですよ。高知の場合、年中だから冬は寒いし見えづらいしね。 でも、生き残るためにはそれしかなかったんで、みんなで頑張ってる感じです。
僕は中津でデビューして、廃止前に高知に移籍したんですけど、中津が廃止になった時にはとても残念でした。なんだか、自分の帰る場所がなくなったと感じました。
生まれは九州だけど、高知も大好きなんですよ。競馬はもちろんだけど、生活していく上でもこの土地が好きなんです。だから、なんとか踏ん張っていきたいですね。」
赤見:高知のジョッキーたちはとても仲がいいですもんね。
中西「仲いいというか、まぁ和気藹々ですよね。特に誰と仲いいっていうのはないですけど。僕は基本一人でいるタイプなんで。 西川とは同期だし、調整ルームも2人部屋なんで、ずっと一緒にいる感覚はありますね」
赤見:いつも笑顔が印象的な中西騎手ですが、騎手を辞めたいと思ったことはありますか。
中西「しょっちゅうですよ(笑)。しょっちゅう思ってます。でも、本気で考えたことは一度もないです。落馬しても大きな怪我はそれほどないし、まぁ貧乏は辛いですけど(笑)。やっぱりこの仕事好きなんですよね。 2000勝以上勝たせてもらって、いい馬にもたくさん乗せてもらいましたから。」
赤見:特に想い出に残っている馬は?
中西「そうですねぇ。デルタフォースですかね。いつもポツンと最後方から豪快に追い込んで来るんですよ。高知のコースですから、すごいことですよね。今はだいたい逃げ・先行で決まっちゃうから、そういう意味でも面白かったです。
最近ではナロウエスケープ。高知優駿は負けてしまったけど、黒潮皐月賞と黒潮菊花賞を勝ってくれました。スピードもあって、すごくいいものを持っていましたね。
赤見:2009年に高知の三冠を達成したグランシングはどうですか?
中西「そうですよ!グランシング!!あの馬もいい馬でした。今競走馬としていないのがとても残念ですけど。
早い時期から三冠を目指していたんで、あの馬のお陰で緊張感のある時間を過ごすことが出来ました。三冠を達成するには、時間がかかりますからね。」
赤見:高知競馬場は、他の競馬場と違って南関東の若手を受け入れていますが、その辺りはいかがでしょう?
中西「すごくいいことだと思います。調教とレースは全く違いますから、チャンスの少ない騎手にとって、いい修行の場なんじゃないかな。ただ、高知は稼げないから、来るジョッキーたちはお金じゃなくて、本当に馬に乗るのが好きな子たちですね。実際高知は騎手が少ないので、助かっている面もあります。
毎年開催される、新人王もそうですけど、若手の子たちを見ていると、いい刺激になりますよ。」
赤見:中西騎手の今後の目標は?
中西「3000勝と言いたいところだけど、目の前のことをしっかりとやっていきたいですね。それが結局大きな記録に繋がると思ってますし。今は、年間100勝を常に頭に置いています。そのためには、怪我しないで乗り続けること。それが1番の目標です」
赤見:ちなみに、アーサースマイルの秘訣はなんでしょう?
中西「アーサーって(笑)。本当にそれよく言われます。『誰かに似てますね』って言われるから、『黒田アーサーさんでしょ』って自分で言いますもん。まぁ似てるかどうかは置いといて、常に笑顔でいようというか、明るくいようとは心がけてます。 たまに落ち込むこともありますけど、なるべく切り替えていこうと。」
赤見:一番の気分転換は?
中西「手軽なのは酒飲むことでしょ(笑)。僕はそんなに強くないんで、酔っぱらう前に帰るようにしてますけど。西川はけっこうめんどくさいタイプですよ(笑)。 あと、バイクが大好きなんで、年2回はサーキットまで行って乗ってます。なかなか行けないけど、本当好きなんで。」
赤見:それでは、ファンのみなさんに、高知競馬のPRをお願いします。
中西「高知は、新人王や黒船賞、福永洋一記念と面白いレースがたくさんあります。 みんな頑張ってるんで、注目してもらえたら嬉しいです!!」
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※インタビュー / 赤見千尋
高知競馬場のリーディングジョッキー争いは2006年から赤岡修次騎手の独壇場となっている。しかし今年はいささか状況が違う。“韓国MVP男”倉兼育康騎手がぐいぐいと勝ち星を伸ばし、赤岡騎手を猛追しているのだ。7月31日現在で赤岡騎手135勝、倉兼騎手117勝とその差は18(高知競馬場のみ)。ここ数年はダブルスコアでの独走を許していたことを考えると“接戦”の範疇と言えよう。実際3位以下には大きく水をあけての一騎打ちだ。今回は高知優駿を2連覇するなど、がぜん勢いに乗る倉兼騎手に現在の状況を聞いてみた。
■松木啓助厩舎への移籍
橋口:リーディング争いが白熱していますね。
倉兼:それは全然考えてないです。いい馬に乗せてもらっているんで、たくさん勝たせてもらってますが、そこまで技術が追いついていないんで…。
橋口:ずいぶん謙遜しますね、倉兼騎手らしいですが…。では勝ち星量産の要因を教えてください。
倉兼:韓国から帰ってきて、自厩舎(松下博昭調教師・今年春に勇退)に馬もいなくて、これで勝てるんだろうかという時に松木先生から声掛けてもらって、それで今の状況があります。とても感謝していますよ。それまで松木厩舎の馬には乗ってなかったですからね。帰ってきてすぐに声を掛けてもらったのは嬉しかったですね。
橋口:その松木厩舎には素質馬が多数いますが、特にファンの注目を集めるのが高知優駿馬シャイニーフェイト(牡3、父キングカメハメハ)です。
倉兼:そうですね、この間(7/15、C3選抜)負けました(2着)けど、ちょっと余裕を残した負けっていう感じだったんで、まだまだ強くなると思いますよ。この馬はまだ子供なんです。だからこれから競馬を教えようと思ってます。ゲート離れも悪いし、やんちゃなところもあるし。この夏を越えたらひと回り大きくなるのかな、というのは思ってますけどね。
橋口:そうなれば古馬オープン相手にもやれそうですか?
倉兼:(考えながら)そうですね、かなり近い所に行くんじゃないでしょうかね。
橋口:他に楽しみな馬はいますか?
倉兼:この間のトレノ賞(7月1日)を勝ったマルハチゲティですね。こちらが何にもしなくても勝手に強くなってきてるんです(笑)。
橋口:そのトレノ賞は強力先行馬を相手にマルハチゲティで豪快な倉兼:差し切り勝ち。ペースを見事に読んでの勝利です。ああいうレースでは、道中に先行馬が苦しくなっていくのを見て「ニヤリ」としたりするんですか?
倉兼:あ、してますね。あはは(笑)。トレノ賞の時はそうなるだろうという感じでレースを組んでいきました。その前のレースで負けた馬(サムデイシュアー)が後ろにいたんですけど、1400メートルから1300メートルの違いで多分動きが早くなるんで、前回ほどの脚は使えないだろうと。だからその馬より前で競馬するという、自分でやりたいと思っていた通りのレースになりました。
橋口:韓国での異名は“追い込みのイク”。彼の地でも強いインパクトを与えた得意戦法ですね。
倉兼:いや、自分のペースを作るのが下手ですからね。相手のペースに合わせた方が乗りやすいんでね。でも最近は前からの競馬ばっかりですね。基本的に前で競馬する方が多くなりました。
橋口:それはやはり本命馬に乗る責任感というか…。
倉兼:そうですね。勝たないといけないという。きっちり勝ってないと、次がないですから。特に高知は小回りなんで、勝つには前にいないと…。前々の競馬が必要ですね。
■韓国での2年間
橋口:さて2007年からの2年間、韓国競馬で騎乗しました。ソウルとプサンで1056戦して106勝。ピルソンギウォンで重賞の農協中央会長盃も制しました。その韓国で得たものとは?
倉兼:行く前は「勝たないと、勝たないと」という意識があったんです。ところがソウルに行くと、とにかくひとつ勝つのが難しい。「単純に勝つことが難しい」ということを勉強して…。まあ、ずっと天狗になりかけたところで、韓国で最初勝てない時期が長くて。それで帰ってきてからは、勝てない状況から立ち直るのが早くなったというか…。気持ち的に、そう、メンタル面が強くなったと思います。
橋口:韓国で仲良くなった騎手はいますか?
倉兼:ソウルでリーディングを張ってるムン・セヨン騎手ですね。ちょっと年下の若いジョッキーですが、とにかくまじめです。ソウルに行ってすぐに、ちょっと癖のある難しい馬で初めて勝たせてもらったんですよ。そしたら声を掛けてきたのが彼。「どうしてあの馬で勝てるんだ?」って。ずっと2着の馬だったんですよ。どんな乗り方をしても2着で。その馬であっさり勝っちゃったんで、どうして?、ってなったんでしょうね。その時どう答えたかはもう忘れましたけど(笑)。
橋口:2009年はプサンで第一四半期MVPに輝きました。
倉兼:プサンのMVPですか。あれは内田さん(内田利雄騎手)の一言があったからだと思います。それがなかったら多分あそこまでは勝てなかったと思いますけどね。どんなアドバイスか、ですか? いやそれは内緒にしときましょう(笑)。レースの中でここをこうすれば勝てるよ、という内容です。
橋口:企業秘密じゃないですか。よく教えてくれましたね。
倉兼:それでも教えて頂いて…。あんなに勝ち始めたのはそれからですからね。ほんのちょっとしたことなんですけど、それが当時の僕には本当に大きくて。いやMVPは内田さんのお陰です!
■技術向上へのあくなき想い
橋口:パラグアイの野球少年が日本にやってきて騎手になった。今では高知のトップジョッキーとして、また韓国に渡っての活躍で名を上げた倉兼騎手ですが、デビュー当初はあまり騎手という仕事への情熱がなかったそうですね?
倉兼:もういつやめようか、いつ逃げ出そうか、そればかり考えていました。一番はじめはまず体重が重たくて。それがデビュー半年くらいたった時に、仕事が忙しくて一気に3キロくらい痩せてたんですよ。それで馬に乗ったら、すごくいい競馬をして。それからですね、競馬って面白いなって思ったのは。それから勝てる馬に乗せてもらえるようになって…。
橋口:デビュー2年目にはもうトウショウスマーフで初重賞制覇(1997年桂浜月桂冠賞)。同年の珊瑚冠賞はスーパープレイで勝ちました。そして豪快な追い込みを見せるアラブの名馬チーチーキング(2000年南国優駿ほか)と出会います。
倉兼:それまでは先行馬でしか勝ったことがなかったんですが、“差す”という感覚を教えてくれた馬がチーチーキングです。相手を見ながら競馬をしないといけない、と自分に分からせてくれたんですね。
橋口:“追い込みのイク”の原点ですね。そうやってどんどん勝てる騎手になるサイクルが生まれました。そんな倉兼騎手にリーディングを、という関係者やファンの方の期待もあります。
倉兼:いや自分は下手ですからね、もっと技術を磨いていかないと。とりあえずまたどこかで乗りたいですね。今は高知の騎手が足りなくて行きにくい状況ですけど、来年あたりは行きたいですね。
と、なかなかリーディングの話には乗ってこない倉兼騎手。赤岡騎手とはデビューが1年違うものの、同世代で互いに意識しあう好敵手。もちろん2011年の後半戦、一騎打ちの結末が楽しみだ。
奥様と愛娘、家族が出来て「遊ばなくなった」と苦笑いをするものの、その温かみが活躍の原動力となっているのも確か。“追い込みのイク”が“魅せる”とびきりの騎乗が、2周年を迎えた「夜さ恋ナイター」を今宵も華麗に彩るだろう。
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※インタビュー / 高知競馬実況アナウンサー 橋口浩二