高知競馬場のリーディングジョッキー争いは2006年から赤岡修次騎手の独壇場となっている。しかし今年はいささか状況が違う。“韓国MVP男”倉兼育康騎手がぐいぐいと勝ち星を伸ばし、赤岡騎手を猛追しているのだ。7月31日現在で赤岡騎手135勝、倉兼騎手117勝とその差は18(高知競馬場のみ)。ここ数年はダブルスコアでの独走を許していたことを考えると“接戦”の範疇と言えよう。実際3位以下には大きく水をあけての一騎打ちだ。今回は高知優駿を2連覇するなど、がぜん勢いに乗る倉兼騎手に現在の状況を聞いてみた。
■松木啓助厩舎への移籍
橋口:リーディング争いが白熱していますね。
倉兼:それは全然考えてないです。いい馬に乗せてもらっているんで、たくさん勝たせてもらってますが、そこまで技術が追いついていないんで…。
橋口:ずいぶん謙遜しますね、倉兼騎手らしいですが…。では勝ち星量産の要因を教えてください。
倉兼:韓国から帰ってきて、自厩舎(松下博昭調教師・今年春に勇退)に馬もいなくて、これで勝てるんだろうかという時に松木先生から声掛けてもらって、それで今の状況があります。とても感謝していますよ。それまで松木厩舎の馬には乗ってなかったですからね。帰ってきてすぐに声を掛けてもらったのは嬉しかったですね。
橋口:その松木厩舎には素質馬が多数いますが、特にファンの注目を集めるのが高知優駿馬シャイニーフェイト(牡3、父キングカメハメハ)です。
倉兼:そうですね、この間(7/15、C3選抜)負けました(2着)けど、ちょっと余裕を残した負けっていう感じだったんで、まだまだ強くなると思いますよ。この馬はまだ子供なんです。だからこれから競馬を教えようと思ってます。ゲート離れも悪いし、やんちゃなところもあるし。この夏を越えたらひと回り大きくなるのかな、というのは思ってますけどね。
橋口:そうなれば古馬オープン相手にもやれそうですか?
倉兼:(考えながら)そうですね、かなり近い所に行くんじゃないでしょうかね。
橋口:他に楽しみな馬はいますか?
倉兼:この間のトレノ賞(7月1日)を勝ったマルハチゲティですね。こちらが何にもしなくても勝手に強くなってきてるんです(笑)。
橋口:そのトレノ賞は強力先行馬を相手にマルハチゲティで豪快な倉兼:差し切り勝ち。ペースを見事に読んでの勝利です。ああいうレースでは、道中に先行馬が苦しくなっていくのを見て「ニヤリ」としたりするんですか?
倉兼:あ、してますね。あはは(笑)。トレノ賞の時はそうなるだろうという感じでレースを組んでいきました。その前のレースで負けた馬(サムデイシュアー)が後ろにいたんですけど、1400メートルから1300メートルの違いで多分動きが早くなるんで、前回ほどの脚は使えないだろうと。だからその馬より前で競馬するという、自分でやりたいと思っていた通りのレースになりました。
橋口:韓国での異名は“追い込みのイク”。彼の地でも強いインパクトを与えた得意戦法ですね。
倉兼:いや、自分のペースを作るのが下手ですからね。相手のペースに合わせた方が乗りやすいんでね。でも最近は前からの競馬ばっかりですね。基本的に前で競馬する方が多くなりました。
橋口:それはやはり本命馬に乗る責任感というか…。
倉兼:そうですね。勝たないといけないという。きっちり勝ってないと、次がないですから。特に高知は小回りなんで、勝つには前にいないと…。前々の競馬が必要ですね。
■韓国での2年間
橋口:さて2007年からの2年間、韓国競馬で騎乗しました。ソウルとプサンで1056戦して106勝。ピルソンギウォンで重賞の農協中央会長盃も制しました。その韓国で得たものとは?
倉兼:行く前は「勝たないと、勝たないと」という意識があったんです。ところがソウルに行くと、とにかくひとつ勝つのが難しい。「単純に勝つことが難しい」ということを勉強して…。まあ、ずっと天狗になりかけたところで、韓国で最初勝てない時期が長くて。それで帰ってきてからは、勝てない状況から立ち直るのが早くなったというか…。気持ち的に、そう、メンタル面が強くなったと思います。
橋口:韓国で仲良くなった騎手はいますか?
倉兼:ソウルでリーディングを張ってるムン・セヨン騎手ですね。ちょっと年下の若いジョッキーですが、とにかくまじめです。ソウルに行ってすぐに、ちょっと癖のある難しい馬で初めて勝たせてもらったんですよ。そしたら声を掛けてきたのが彼。「どうしてあの馬で勝てるんだ?」って。ずっと2着の馬だったんですよ。どんな乗り方をしても2着で。その馬であっさり勝っちゃったんで、どうして?、ってなったんでしょうね。その時どう答えたかはもう忘れましたけど(笑)。
橋口:2009年はプサンで第一四半期MVPに輝きました。
倉兼:プサンのMVPですか。あれは内田さん(内田利雄騎手)の一言があったからだと思います。それがなかったら多分あそこまでは勝てなかったと思いますけどね。どんなアドバイスか、ですか? いやそれは内緒にしときましょう(笑)。レースの中でここをこうすれば勝てるよ、という内容です。
橋口:企業秘密じゃないですか。よく教えてくれましたね。
倉兼:それでも教えて頂いて…。あんなに勝ち始めたのはそれからですからね。ほんのちょっとしたことなんですけど、それが当時の僕には本当に大きくて。いやMVPは内田さんのお陰です!
■技術向上へのあくなき想い
橋口:パラグアイの野球少年が日本にやってきて騎手になった。今では高知のトップジョッキーとして、また韓国に渡っての活躍で名を上げた倉兼騎手ですが、デビュー当初はあまり騎手という仕事への情熱がなかったそうですね?
倉兼:もういつやめようか、いつ逃げ出そうか、そればかり考えていました。一番はじめはまず体重が重たくて。それがデビュー半年くらいたった時に、仕事が忙しくて一気に3キロくらい痩せてたんですよ。それで馬に乗ったら、すごくいい競馬をして。それからですね、競馬って面白いなって思ったのは。それから勝てる馬に乗せてもらえるようになって…。
橋口:デビュー2年目にはもうトウショウスマーフで初重賞制覇(1997年桂浜月桂冠賞)。同年の珊瑚冠賞はスーパープレイで勝ちました。そして豪快な追い込みを見せるアラブの名馬チーチーキング(2000年南国優駿ほか)と出会います。
倉兼:それまでは先行馬でしか勝ったことがなかったんですが、“差す”という感覚を教えてくれた馬がチーチーキングです。相手を見ながら競馬をしないといけない、と自分に分からせてくれたんですね。
橋口:“追い込みのイク”の原点ですね。そうやってどんどん勝てる騎手になるサイクルが生まれました。そんな倉兼騎手にリーディングを、という関係者やファンの方の期待もあります。
倉兼:いや自分は下手ですからね、もっと技術を磨いていかないと。とりあえずまたどこかで乗りたいですね。今は高知の騎手が足りなくて行きにくい状況ですけど、来年あたりは行きたいですね。
と、なかなかリーディングの話には乗ってこない倉兼騎手。赤岡騎手とはデビューが1年違うものの、同世代で互いに意識しあう好敵手。もちろん2011年の後半戦、一騎打ちの結末が楽しみだ。
奥様と愛娘、家族が出来て「遊ばなくなった」と苦笑いをするものの、その温かみが活躍の原動力となっているのも確か。“追い込みのイク”が“魅せる”とびきりの騎乗が、2周年を迎えた「夜さ恋ナイター」を今宵も華麗に彩るだろう。
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※インタビュー / 高知競馬実況アナウンサー 橋口浩二