
テンマダイウェーヴとのコンビで重賞2勝を挙げた、兵庫の渡瀬和幸騎手。1999年のデビューから、20年目の悲願の重賞初制覇。ここまでコツコツと努力を重ねて来た苦労人に、現在の心境をお聞きしました。
兵庫若駒賞、園田ジュニアカップと重賞連勝おめでとうございます!
ありがとうございます。すごく嬉しいです。兵庫若駒賞の時は馬自身まだ勝利を挙げたことがなかったし、初の重賞挑戦でどのくらいやれるかなという気持ちでした。でも勝負どころで手ごたえバツグンで、「あれ?あれ?あれ?」という感じでしたね。
どの辺で勝ちを意識しましたか?
4コーナーで前が開いた時です。僕,最初は(下原)理さんの内を狙ったんですけど、バッと閉まってしまって。でも外が開いたので、そっちに切り替えました。そうしたらすごく良く伸びてくれて。
勝った時はガッツポーズをしていましたけれども。
ゴールに入ったら自然とやっていました。馬も初重賞勝利ですし、僕にとっても初めてで本当に嬉しかった。何より、仕上げてくれた陣営に感謝しています。
人馬ともに重賞初制覇となった兵庫若駒賞(2018年10月18日)
テンマダイウェーヴとは4戦目のJRA認定競走からコンビを組んでいますね。
最初は(杉浦)健太が乗っていて、その時のレースで健太が違う馬に乗るということで回って来たんです。初めて乗ったレースは2着だったんですけど、ちょっとまだ後ろ脚が甘かったりしてコーナーで外側に流れて行くようなところもありました。馬場が悪かったのもありますし、これからどんどん成長してくれるだろうなと。2着で賞金加算したので、次は兵庫若駒賞へという流れになって。もともと健太が乗っていた馬ですから『健太で』という声もあったんですけど、新井先生が「渡瀬で賞金加算したんだからこのままいきましょう」って言ってくれたんです。
それで結果を出せたことは大きいですね。
そうなんです。実際僕より先生の方が嬉しかったんじゃないですかね。先生はもともと(渡瀬騎手が所属する)碇(清次郎)厩舎で厩務員をしてから調教師になった方で、昔からずっと一緒にやって来たんです。だからこうして結果を出せたことは本当に嬉しいです。
次のJRA認定競走から逃げる形での競馬を覚え、園田ジュニアカップも逃げ切り勝ち。より強い競馬で重賞連勝でした。
最初は逃げようとは思っていなくて、好位の外取れたらみたいな気持ちでした。スタートも速かったですし、他の馬が意外と行かないから中途半端になるよりはと逃げました。ずっと気合を付けながらで、ずっと遊んでいる感じでした(笑)。それでも(相手が)来れば来る分だけ伸びてくれて、本当に強い競馬でしたね。
園田ジュニアカップ(2018年12月31日)
兵庫若駒賞は人気薄での勝利でしたが、園田ジュニアカップは1番人気での勝利。プレッシャーはありませんでしたか?
僕、基本的にあまり緊張しないタイプなんですけど、さすがにこの時は緊張しました。これまでで一番緊張したんじゃないかっていうくらい。先生のプレッシャーの掛け方もすごかったんです。装鞍が終わって「お願いします」って言ったら、「勝って帰ってこいよ」って。それまではあんまり緊張してなかったんですけど、パドック行ってからなんだかすごくしゃべっている自分がいて。これは緊張を誤魔化しているんかなって。とにかくめちゃめちゃ緊張しましたね。
そのプレッシャーを跳ね退けて見事な勝利でした。またひとつ大きな経験を積みましたね。
これは大きいですよね。今回は絶対に勝たなければならないって思っていて。でも競馬で絶対勝たなければならないという立場って、どんなに強い馬に乗っていてもキツイですから。だから(武)豊さんとか本当にすごいなって改めて思いました。こんなプレッシャーをGIでやっているなんて...、想像しただけで本当にすごいです。
初遠征の笠松(ゴールドジュニア・7着)は残念な結果でした。
そうですね。馬も人も初の笠松だったので、理さんや(田中)学さんにアドバイスをいただいたりもしたんですけど、枠も外だったし、結果あそこまで外を回るなら下げても良かったかなと。惨敗という形になってしまいましたが、馬も人もいい経験をさせてもらいました。馬自身は幅も出て、後ろ脚もしっかりしてきたので、これから暖かくなってさらに楽しみです。
この馬はどんな存在ですか?
やっぱり、こういう馬がいるとモチベーションは違うと思います。自分自身ではそれほど意識はしていないですけど、やっぱり違うのではないかと。それに、普段この馬の攻め馬は健太がずっと乗っているんです。「いつもありがとう」と言っていますし、本当に感謝しています。
これまで渡瀬騎手もそういう経験があったんじゃないですか?
それはそうですね。だからこそ感謝してます。僕はデビューして20年経って、ようやく掴んだ重賞だったので。重みありますよね。でもここまでジョッキーをして来て、辞めたいと思ったことないんですよ。ずっと馬に乗っていられて楽しいというのが大きくて。怪我もそんなになく休むこともなかったし、とにかく馬に乗ることが好きなので。
園田ジュニアカップの口取りにはお子さんが4人写っていましたけれども、渡瀬騎手のご家族ですか?
うちの家族と甥っ子が1人混ざってます。うちの子供は5歳、3歳、0歳なんですけど、本当に可愛いくて...。励みになりますね。保育園から帰って来て、その金ナイターとか見ているらしいんですけど、一番上の子が「パパいつも勝てへんなぁ」って言ってたらしくて(苦笑)。口取りに写ったのも初だったと思うし、僕が目の前で勝ったのも初めてだったんじゃないかな。「おめでとう!」って走って来てくれて。もう勝った瞬間よりもそっちの方が泣きそうでした(笑)。記憶に残ってくれるといいんですけど。
奥様はいかがでしたか?
めっちゃ笑顔ですごく喜んでくれましたね。やっぱり奥さんがいるから頑張れるんです。子供もいるし、家族のために一生懸命頑張らないと。それが力になってます。大晦日に競馬終わって嫁さんの実家に行ったら、垂れ幕とか飾ってあって、クラッカーでお祝いしてくれて。本当に嬉しかったですね。
今回ジョッキーインタビューは初登場です。オッズパーク会員の皆さんに自己PRをお願いします。
園田のペリエと呼ばれています。髪型的に(笑)。厩務員さんや調教師さんからもそう呼んでもらっているので、そのあだ名で覚えてもらえたら嬉しいです。騎乗に関して負けない部分は、今はゲートですね。出遅れはほぼないと思っていただいて大丈夫です。昔はそうでもなかったんですけど、ここ何年かずっと乗り方を研究していて、他の人の真似をしたりいろいろ試してみたんですけどなかなかしっくりこなくて。それで、アブミの長さを2、3穴(約5cm)伸ばしたらすごくしっくり来て。重心の問題だと思うんですけど、しっかりとゲート出るようになって、自分の形ができました。
そういう時期にテンマダイウェーヴのような馬と出会えたのも良かったですね。
本当に今で良かったですね。園田は若くて活きのいい騎手もどんどん出て来てますけど、追い比べになったらまだまだ負けないですよ。若い子らには、「もっと来い!」と思っています。今回こういう馬に出会って成長させてもらっているし、まだまだ頑張ります!これからもよろしくお願いします。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:兵庫県競馬組合)
今春、デビュー10年目を迎える杉浦健太騎手は重賞通算9勝(1月21日現在)。特にマイタイザンとのコンビでは重賞6勝を挙げ、同馬は2018年兵庫県競馬の年度代表馬に選出されました。この馬に巡り会えたことで自信がつき、周囲からの評価も変わったといいます。節目を前に、マイタイザンとのことやご自身の目標について語っていただきました。
前回こちらにご登場いただいてから約4年が経ちました。その間にマイタイザンとのコンビで2015年兵庫若駒賞を勝利し重賞初制覇。ゴール手前で喜びのガッツポーズが出ましたね。
そうでしたね(笑)。嬉しすぎて自然と出ちゃいました。その1カ月前の園田プリンセスカップに3戦無敗で1番人気のスマイルプロバイドと挑んだんですが、8着に惨敗。重賞初勝利を期待していたので、「まだまだ早いのかな」って感じていたところだったんです。兵庫若駒賞は周りから「絶対勝つやろう」オーラがすごくて、人生で一番緊張しました。マイタイザンはもともと掛かる馬で、兵庫若駒賞でも持ちきれないくらいの手応えで2番手でレースを進めました。4コーナーで後ろから他馬が来る気配が一気に近づいてきたんで一瞬ヤバいと思いましたが、途中からは「大丈夫かな」と思えました。喜びよりもホッとしたのが一番でした。初めて重賞を勝たせていただいて、自信にもなりましたし、いい勢いがつきました。当時、験担ぎであごヒゲを伸ばしていたんです。僕、結構そういうのを気にして、「このパンツ!」とか「流れが悪いから髪の毛を切ろう」ってなるんです。あごヒゲは役割を果たしてくれたので「重賞勝てました。ありがとう」ってすぐに剃りました。
その後、マイタイザンとは中距離戦線でお馴染みのコンビとなり、2018年は新春賞、兵庫大賞典、園田金盃を制覇されました。すべて逃げ切り勝ちで、自分の形に持ち込むと本当に強いですよね。
こんな馬に巡り会えたのはすごいことですよね。最近は馬自身が抜くところは抜いて、パッと走るところは走るっていう気合いのオンオフがつけられるようになってきました。若い時は行きたがってなだめるのが大変だったんですが、最近はレースに向けて仕上げやすくなりました。それもいい結果につながっているんじゃないかなと思います。2018年は年明け最初の重賞・新春賞をマイタイザンで勝って、12月の園田金盃も勝利。マイで始まってマイで終わった1年でした。
マイタイザンで制した園田金盃(2018年12月13日/写真:兵庫県競馬組合)
マイタイザン自身は2018年は6戦5勝。それだけに、東海菊花賞でカツゲキキトキト相手に持ち前の逃げの手に出て3着に敗れたのは悔しかったのではないかなと想像します。
強い馬から逃げてもダメなんでね。強い相手と戦えば、どんどん強くなっていくと思っていますし、もっともっと強いステージでやっていきたいと思っている馬です。キトキトに真っ向勝負を挑んで負けたことは、結果的には園田金盃の勝ちにつながったと思っています。今年も遠征プランもあります。まだ先着できていないので、なんとかキトキトを目標にがんばりたいですね。
マイタイザンには杉浦騎手の特別な思いもありますしね。
レースもですが、調教でもずーっと乗っています。この馬と大きいところをたくさん勝たせてもらってすごく自信にもなりましたし、この馬のおかげで周りからの評価も変わりました。めちゃくちゃ感謝しています。それと、「タイザン」はオーナーの冠名なのですが、「マイ」は僕の妻の名前なんです。妻も喜んでいますが、レースで走る度に「私が一番緊張する」って言っています(笑)。
同じオーナーのノブタイザンでも2018年は六甲盃を後方から差し切り勝ちされました。どんな1年でしたか?
ノブタイザンらしい気持ちいい勝ち方をしてくれて、すごく嬉しかったです。重賞もいっぱい勝たせてもらって、そういう面ではよかったですが、2018年は勝ち星が伸び悩みました。2016・17年はキャリアハイの82勝だったのですが、74勝に落ちちゃって不甲斐ないです。2着が飛びぬけて多い(98回)んですよ。納得の2着と「ああしとけばよかったな」っていう2着もありました。それをきっちり1着に持ってこられたら、もっと勝ち星も増えるので、「2着を1着に」って気持ちを強く持って今年は乗っています。
六甲盃をノブタイザンで勝利(2018年3月1日/写真:兵庫県競馬組合)
なにか最近、取り入れたことや変えたことはありますか?
以前より自分の中で気持ちに余裕ができて乗れているなって感じます。馬のリズムを大切に、馬の邪魔をしないことをすごく考えています。木村さん(木村健元騎手・現調教師)がすごい憧れで目標にしているんですが、桁違いに上手いので、自分でちょこちょこアレンジしながらやっていたら、馬に合わせてっていう方向になってきたんだと思います。
2019年に入って、現在の調子はいかがですか?
良くもなく悪くもなく、ですね。毎年、どこかで勝てない時期が1~2カ月単位で入るんですが、今年はトンネルをなくして平均ペースで勝ちたいです。
身近なところでは、吉村智洋騎手が2018年地方競馬全国リーディングに輝きました。毎晩、調整ルームでお鍋を囲んでいるそうですね。
ずっとレースのことを喋ったり、身近で見ている方なので刺激になります。僕ももっとがんばらなあかんなって思っています。
春にはデビュー10年目を迎えます。今後の目標を教えてください。
早いですね~、そんなに経つんですね。まだ自分では若手だと思っているので、フレッシュにもっとがんばりたいです。目標は、3年連続で言っているんですが、年間100勝です。上位の騎手から勝ち星をとっていかないと上っていけないですが、10年目の節目になんとかがんばりたいです。
最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
みなさんが馬券をいっぱい買ってくれたら、僕らもすごくやる気が出ますし、刺激にもなってもっとがんばれます。ぜひ応援よろしくお願いします。
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※インタビュー / 大恵陽子
2018年9月、デビュー7年目で重賞初制覇を遂げた鴨宮祥行騎手。兵庫所属ながら初タイトルは金沢で行われたイヌワシ賞、騎乗馬はホッカイドウ競馬所属のモズオトコマエでした。そのいきさつに秘められていたのは偶然の積み重ねと、彼の行動力。その後地元でも重賞を制し、今年はキャリアハイの勝ち星を挙げる鴨宮騎手に重賞制覇の振り返りとこれからの目標を語っていただきました。
まずは騎手になったきっかけから教えてください。
父が競馬が好きだったのと、友達から「騎手にならへんか?」って言われたのがきっかけでした。小学生の時は京都競馬場にレースを見に行ったりしていたんです。勉強ができなくて、中学2年生の三者面談でその場しのぎで「俺、ジョッキーになる」って言ったんです。先生と親の前で言ったからには、と本気になって、中学卒業後は国際馬事学校に1年間行って、地方競馬教養センターに入所しました。
デビューは2012年4月17日、園田1レース。いきなり1番人気に騎乗し、2着でした。
1番人気だったんですね。外枠で、馬幅が分からなくてずっと外々を回っていました。レースから上がってきてビデオを見ていたら中田さん(貴士騎手)に「もっと内に入ってこいよ」と言われました。次の日に「いつ勝てるんやろ?」と心配になったのですが、その翌日(デビュー3日目)に勝てたので嬉しかったです。
2014年には全日本新人王争覇戦に出場し、2着、1着で総合優勝。この頃にはすでに地元では「期待の新人」と評判でした。
減量が取れたのが1年目の秋と早かったんですけど(※当時は20勝で減量卒業)、そこからがしんどくて苦しかったです。「うまくいきすぎやなぁ、そのうち勝たれへんようになるやろうな......」と思ってはいたんですが、意外とそれが早くきたのでキツかったですね。右も左も分からない状態でみんなと同じ舞台に立っちゃって、馬も動かなくなりましたね。
普段から田中学騎手を慕っていますが、そんな時、何かアドバイスはありましたか?
あの時は「教えても分からへんから」と、あんまり深くは教えてくれなかったです。それに学さんは「見て学べ」というタイプ。「俺が辞めるまでに、10個教えられることがある。でも、まだお前に言うのは早い」と言われたので、細かくは聞かずに見ていました。「乗ったら自分の責任や」という感じで、レース後はたとえ不利があっても何も言わないなど、騎手としての立ち居振る舞いが綺麗だなぁと思います。
今年5月30日には門別競馬場で初騎乗初勝利(6Rサロルンカムイ)。翌月にも北海優駿の騎乗依頼があり、たまたま当日の9R、急遽乗り替わりとなったモズオトコマエで門別2勝目を挙げました。
5月に初めて門別に行ったのは北斗盃の騎乗依頼をいただいたからなんですが、レース前にお世話になっている方が坂東牧場さんへ連れて行ってくださいました。そこで「来月のダービー、決まっていないなら、うちの馬に乗ってよ」と言っていただきました。その北海優駿当日、乗り替わりが出て、モズオトコマエを管理している(田中)正二先生がパドックから馬場への出口で僕の前を歩いていた騎手に「54kgやけど、乗れるか?」って聞いていたんです。その方は残念ながら無理で、すぐ後ろにいた僕が「乗れます!」と言って、乗せていただきました。先に声を掛けられていた方が乗れていたら僕は乗れなかったですし、パドックから出ていく順番が違っていても乗れなかったかもしれません。接戦でしたが、勝ててよかったですね。
モズオトコマエではなんとその後、9月11日に金沢・イヌワシ賞でも騎乗し重賞初制覇を飾りました。このエピソードからして本当に偶然が重なって重賞制覇に繋がったんですね。
いいタイミングで乗せていただきましたし、地震があった直後に北海道の馬で勝てたのも良かったです。向正面では畑中(信司)騎手のナガラオリオンが離して逃げていて、僕は2番手。「これ、捕まえに行った方がいいのかな?」と迷っていたら、外にいた吉原さん(寛人騎手)が追いかけに行ったので、ついていったらいい併せ馬になりました。直線に向いて、先頭の馬が止まったので「あ、これは交わせる!」とは思ったんですが、なんせ初めての競馬場やったんでゴール板がどこか分からなくて(苦笑)。「本当に届くよな?」と思いながら追っていました。
重賞初制覇となった金沢・イヌワシ賞(写真:石川県競馬事業局)
同じ時期、地元にも重賞制覇を期待できるエイシンエールやセンペンバンカなどお手馬がいましたね。
まわりからは「重賞3連勝できるぞ」と言われたのですが、「そんなに甘くないよなぁ」と思っていました。そしたらセンペンバンカが予定していた9月7日の園田チャレンジカップが台風の影響で日程が延びちゃって、エイシンエールの園田オータムトロフィー(9月13日)は「勝ちたい!」って気持ちが強すぎて失敗してしまいました。その失敗があったから、21日に延期された園田チャレンジカップのセンペンバンカは少し落ち着いて乗れたのかもしれません。3コーナー手前で(田中)学さんが一気に上がって行った時は焦ったんですが、思いのほか馬は何とも思っていなかったようです。すごく反応のいい馬なんですが、あの時は馬が行かなかったんですよ。いや、僕が動かせなかったのかもしれないですけど、結果的にあれがいい目標になって最後までしっかり伸びてくれました。馬が教えてくれたって感じですね。ゴールの瞬間は「うぉっしゃ~、替わったー!!」と思ってガッツポーズをしました。検量室前では大柿(一真)さんが抱きついてきたり、あとから聞くとみんな応援をしてくれていたみたいで、嬉しかったですね。
センペンバンカで地元重賞初勝利(写真:兵庫県競馬組合)
今年は12月10日時点でキャリアハイの73勝。地元リーディングも7位につけていますが、来年の目標は何ですか?
今年、これだけ勝てているのはまわりの方がいい馬に乗せてくださっているからです。1つ1つ「勝ちたい!勝ちたい!」という気持ちだけできたので、なんでこんなに勝ったのか自分でも分からないくらいです。おかげさまで今年は去年よりいい成績を残せました。来年も同じような目標じゃダメやなって思うので、トップ5に入りたいですね。でも、みんな上手くて壁が厚いんでね。なんとか......。あと、デビュー前から乗っているエイシンエールでどこか大きい所を勝ちたいですね。
最後にオッズパーク会員のみなさんへメッセージをお願いします。
園田競馬だけじゃなく、各地の競馬場では毎日レースをしているので、みなさんにぜひ買ってもらえるようがんばります。応援よろしくお願いします。
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※インタビュー / 大恵陽子
8月8日に地方通算2000勝を達成した永島太郎騎手。2000回目の先頭でのゴールは地元・園田競馬場ではなく、期間限定騎乗中の門別競馬場でした。デビュー28年目を迎えてもなお「勉強になることばかりだった」という門別での日々や、8年ぶりのJRA遠征、後輩騎手との交流、そして2000勝を達成したことで新たに見えてきたことなど、たっぷりと語っていただきました。
地方通算2000勝おめでとうございます! 門別競馬場での達成でしたが、まずは門別で期間限定騎乗をした経緯を教えてください。
9年前に門別で期間限定騎乗をさせていただいた時、大きい馬場での競馬で勉強になることがいろいろあったので、翌年から「もう一度行きたい」とずっと思っていました。でも、なかなか行けるタイミングがなくて、さらに父の病気が見つかり関西を離れられませんでした。父は残念ながら今年、亡くなったのですが、時間ができたのでジョッキーの間にもう一度行ってみようと思ったんです。
普段、騎乗している園田競馬場は1周1051メートルで小回りコースと言われます。1周1600メートル(外回り)の門別競馬場はどういった点が違いましたか?
もう、まったくスタイルが違いますね。走る馬は同じでもコース形態によってこんなにも走らせ方が変わるんだな、と衝撃的でした。競馬は決められたルールで乗っていますが、ルール上では収まりきらない位置の取り方などが園田と門別は両極端なくらい違います。ペースも園田だと2ハロン目に時計が一番遅くなるんですが、門別はJRAと同じで2ハロン目が一番速くなって、馬の抑える場所や抑え方もまるで違いました。勉強になりましたね。
そうなると、門別は直線も330メートル(外回り)ありますから、差しも決まりやすそうですね。
テレビで見ていると、4コーナーを先頭で持ったまま回ってきた馬が絶対に伸びるだろうと感じるのですが、後ろの馬に差し切られたりするんですよね。まだ期間限定騎乗は2回目ですが、今回の2カ月でもまだまだ分からない部分がいっぱいありました。
期間限定騎乗は7月10日からでしたが、前週には重賞・グランシャリオ門別スプリントに騎乗。その日、エキストラ騎乗の1鞍目をマイコートで勝利しました。今回の門別遠征では実質的な初勝利で、同馬とはJRA札幌競馬場でコスモス賞(6着)にも挑みました。2010年以来となるJRAでの騎乗はいかがでしたか?
札幌競馬場なんて乗れることがないので、ありがたかったですね。門別は冬のオフシーズンに騎手やスタッフが1歳馬や2歳馬を乗り慣らして競走馬に育て上げています。だから、仕上げた馬は自分たちが乗りたいっていう気持ちがあるでしょうし、地方競馬のジョッキーはみんなJRAで乗りたい気持ちが強いです。そんな中で僕が乗せてもらえたっていうのは、騎乗できたこと以上に感謝の気持ちが大きかったです。阪神競馬場や京都競馬場でも乗せていただきましたが、その感触とはまた違って、洋芝で生えそろった根付きのいい、1本1本が太い芝のじゅうたんの上を走っている感じでした。馬の脚には優しいけど力もいるであろうクッションのいい芝でした。いい経験をさせてもらいましたね。
貴重な経験といえば、門別競馬場には屋根付きの坂路コースがあります。調教で乗ってみていかがでしたか?
1度だけ美浦の坂路は上ったことがありましたが、日常的に坂路調教をするのは初めてでした。馬が他に気を取られず駈け上っていくことに集中するので、乗りやすかったですね。ウッドチップなので脚にも優しいんじゃないですかね。若馬は骨がまだできていない状態で強い負荷をかけるとどうしても痛みが出たりしますが、脚元への負担が軽くなる分、もっと強い負荷をかけられるんだと思います。そうして若いうちに鍛えられるから基礎体力がついて、ホッカイドウ競馬の2歳馬は早い時期からしっかり結果を残せるのではないかと感じました。
8月8日門別10レース、ゴッドパイレーツで地方通算2000勝を達成されました。改めておめでとうございます!門別に旅立つ前からこの記録は意識されていましたが、永島騎手にとって2000勝とはどんな数字ですか?
月並みな言葉ですけど、デビューした時は「まさか」って思っていた数字です。後輩で僕より早く2000勝に到達した人もいますし、もっともっとたくさん勝っている人もいますが、僕の騎手人生でひとつの大きな数字まで辿り着けたことは幸せで、素直に嬉しかったです。
達成の瞬間は覚えていらっしゃいますか?
あの日は早いレースに勝ちを強く意識できる馬に乗せていただいていたので、それで決めなきゃなって気持ちがありました。でも、2着に負けてしまったんです。これまでどのレースに対しても「勝ちたい」って気持ちで挑んできましたが、2000勝まであと1つのレースで2着になったことは、今までにないくらい悔しさや脱力感がありました。引きずりはしなかったですが、たくさん2着に負けてきた中で、初めての感覚でしたね。
2000勝目をさせてもらったゴッドパイレーツもチャンスがあったんですが、なかなか勝ちきれない馬でした。何か足りない部分を補って勝ちきるためには、メンバーや枠を考えた末、「スタートを決めて逃げること」と考えました。その通りに逃げて勝てたことで、2000勝目にしてやっと自分が思ったレースができたなって思いました。濃い一日でしたね。
2000勝の記念撮影には多くのホッカイドウ競馬の騎手たちも駆け付けていましたね。
2着に敗れた早いレースでの達成だったら、もっと色んな人が写真に収まってくれると話してくれていました。でも、それを取りこぼしてしまったのでね。門別競馬場は調整ルームまで車で移動しないといけないくらい遠くて、2000勝目を決めたのが最終レースの1つ前。その頃まで乗っている騎手も少なかったんですが、若いジョッキー達も並んでくれました。岩橋(勇二)くんなんかは、自分のレースが終わって帰っていたのに、わざわざ着替えて来てくれたらしくて本当に嬉しかったですね。
園田競馬場でも行われた2000勝達成セレモニー(9月14日)
2000勝を達成したいま、目標やこれからのビジョンを教えてください。
長年、騎手としてやってきた中でいろんな心境の変化がありました。2000勝というひとつの区切りを達成したことと、門別では今まで自分が20何年乗ってきても分からなかったゲートや道中の運び方など勉強になることが多かったので、帰ってきた園田ではフレッシュな気持ちで乗れるんじゃないかと楽しみです。
そして、2000勝を達成した今、勝つことにすごく貪欲になりました。「乗るレースは全部勝つ!」くらいの気持ちです。
最後にオッズパーク会員のみなさんへメッセージをお願いします。
僕たち競馬人は、衣食住に関わる仕事ではなく、ともすれば世の中に必要のない部分で生きているのかもしれません。そんな中でも競馬の世界で生かさせてもらえているのは、ファンの方が馬券を買って楽しんでくださっているからです。だから、ファンのみなさんに「また買いたいな」って思ってもらえるような競馬をずっと続けていきたいと思っています。ぜひ馬券を買って楽しんでください。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
園田に楽しみな(楽しい?)新人が現れた。石堂響騎手。デビューから開催4日連続勝利の新記録も含めて、2カ月少々で18勝(6月22日現在)の離れ業。さらに、本職のアナウンサー顔負けの競馬の架空実況を動画で披露するエンターテイナーぶり。サービス精神旺盛で競馬を愛してやまない18歳(6月29日で19歳)が大阪人らしいお笑いも交えた飾り気のないトークを繰り広げた。
4月にデビューして、園田では初めてのデビューから4日連続勝利。さらにデビューから2カ月少々で18勝。ここまでの成績を振り返って、どうでしょうか?
勝ち星だけを見れば順調だと思いますが、内容はまだまだです。スタートや周りを見る目が全然だめですし、馬も動かせていないです。
教養センターの時の模擬レースとは違いますか?
全然違いますね。実際のレースでは暗黙の了解みたいなものがあります。これは、もう乗ってみないと分かりませんから。教養センターでは、卒業する時に、後輩が卒業する先輩の中で一番下手な先輩は誰?というアンケートを取ったらしく、その結果は、なんと僕ともう1人が堂々と1位を分け合いました(笑)。もう1人の名前は出しませんが(笑)。僕は、自分で言うのもなんですが、本当に下手なんですよ。ちなみに、僕と並んで下手と言われた同期の名誉のために言っておくと、今、彼は同期の中では僕の次に勝っています(笑)。今のところ僕は勝ってますが、後輩から、そんな風に見られるくらいですから、自分が下手なのも分かってますし、今は減量の恩恵が大きいのも分かっています。だから、もっと上手にならないと減量が取れた時には、乗せてもらえないと思ってます。
園田では今年から減量の規定が変わって、今までよりも長い期間、減量の特典が付くようになりました。
自分がここまで勝てているのは減量の恩恵が大きいですから、期間が長くなったのは本当にありがたいです。減量がついている間に、実績を残して、上手にならないといけないですね。
騎手になりたいと思ったのはいつですか?
母が競馬が好きで、小さい時から一緒に見てましたので、騎手にあこがれました。中央の競馬学校にも中学3年の時と、1年だけ通った高校1年の時に2度受けましたが、落ちました。高校1年の時に地方競馬教養センターの試験に合格して、知り合いの厩務員さんに長南(和宏)先生を紹介してもらい、お世話になることになりました。
子供のころの忘れられない競馬に関わる思い出は何かありますか?
やっぱり小学校4年の時に、武豊騎手と新聞で対談したことですね。新聞の連載企画で、子供が野球やサッカーの選手とか、パイロットとか、将来、なりたい仕事のプロに、その仕事の話を聞くコーナーがあって、それに騎手になりたいと応募したら当選しました。質問する相手は武豊騎手と聞かされて、それは、それはもうびっくりしました。当日は京都競馬場で時間にしたら20~30分ほどだったと思います。お話しさせてもらった部屋の光景なんかは今も目に浮かびますが、心臓バクバクで何を話したかは、ほとんど覚えてません。でも、他の人ではそう出来ない経験ですし、将来、一緒に乗れたらいいねと言って下さったことは、一生の宝物ですね。
すごい経験ですね。でも、その時の夢を本当に実現したのもすごいことです。
いえいえ、競馬が好きだからできたんだと思います。夢の実現という話では、ネタバレになるので、ここでは詳しいことは言えませんが、7月13日に放送されるテレビ番組『探偵ナイトスクープ』(午後11時17分~、ABC=関西地区)で、僕の依頼が取り上げられますので、見てもらえたらと思います。
子供の時から今も、新聞やテレビを駆使するなど、なかなかのエンターテイナーぶりですね。エンターテイナーと言えば、動画サイトにアップされた競馬の架空実況が、プロ顔負けで上手すぎると話題になっています。
僕、大阪人ですから、しゃべりも芸も大好きなんですよ。吉本のお笑いも大好きです(笑)。で、競馬も大好きで、小さい時から競馬を見てましたから、実況アナウンサーの真似をして、実況をするようになったんです。僕のあこがれはラジオNIKKEIの中野雷太アナウンサーと関西テレビの岡安譲アナウンサーですが、先日、中野アナウンサーが園田に来て下さって、わざわざ僕に会いに来て下さいました。お会いした時は本当に幸せでした。
アナウンサーと言えば、園田では忘れてはいけないレジェンド吉田勝彦アナウンサーもいますね。
吉田アナウンサーの実況は園田に来た時にも聞いていましたが、夜にサンテレビ(関西地区)で放送されていた競馬ダイジェンストで実況をよく聞いていたのを覚えてます。レースを見ながら、ひとりの時には「ゴ~ルイン」を真似する時もあります(笑)。
本当に競馬が好きなのが伝わってきます。ところで勝負服のデザインが「胴緑、黄たすき、袖緑、黄一本輪」。これは、どういう風に決めましたか?
デザインには全然こだわりはありませんでした。決める時に考えついたのが、母の名前が緑子(みどりこ)、妹の名前が浅黄(あさぎ)で、2人とも名前に色がついているので、それを使おうと思いました。
家族への思いがこもった勝負服ですね。今は西脇ですから、家族と離れて1人暮らしですが、普段の生活パターンを教えて下さい。
夜の12時半に起きて、40分には厩舎にいます。馬場の照明が12時45分につくので、それからレースのある日は朝7時まで、レースがない日は9時半まで、25頭くらい調教をつけます。今は(西脇)トレセンの中での厩舎間の移動には自転車を使ってますが、結構大変です。長南先生からは原付バイクは20勝してからと言われているので、早く20勝して免許を取りたいです。
長南先生からアドバイスされることはありますか?
僕のレースは必ず一緒にビデオを見ながら、解説してくれます。先生も元騎手ですから騎手の心理やレースの流れも分かっているので、解説には説得力がありますし、すごく勉強になります。僕が今、思った以上に勝てているのは、先生が他の厩舎の馬にも乗せてもらえるように取りはからって下さっているのと、レース後のビデオを見ながらの解説のおかげと思ってます。まだまだアドバイス通りに乗れていないことも多いですが、先生には感謝しています。
レースのない日はどう過ごしてますか?
ひたすら寝てますね(笑)。園田の厩舎だと都会で、色々と誘惑はありそうですが、僕がいる西脇は田舎ですので、遊ぶところもなくて、あまりお金を使うこともないです(笑)。競馬に専念できる環境ですし、お金をためるには、いいところだと思います(笑)。
好きな戦法はありますか?
逃げ馬が好きです。でも差し馬で、もっと勝ってみたいですね。
今後の目標を教えて下さい。
先の話よりも、目の前にあるレースで勝つことを目標に考えてます。大きな目標を立てても、今は、まだまだ勉強しないといけない立場ですし、1頭1頭、どう乗るかで必死です。目の前のレースでベストを尽くして、その積み重ねの結果たくさん勝てれば、うれしいですし、大きなレースへの騎乗にもつながればと思っています。
大きなレースで武豊騎手と一緒に乗れたらいいですね。
そうですね。こうして騎手になったことを、直接、御本人に報告して、ぜひ一緒のレースに乗りたいですね。
最後にオッズパークファンに向けて一言お願いします。
これ、園田の先輩も同じ質問されて、答えているのを読んだことがあります(笑)。そうですね、同じ答えじゃ面白くないですからね(笑)。地方競馬で一番最初にネットでの馬券発売を始めたのがオッズパークさんですよね? そういう意味ではオッズパークのファンの方は本当に地方競馬が好きな方が多いと思います。そんなファンの方には本当に感謝します。僕も含めた地方競馬の関係者みんな頑張ってますので、いつまでも地方競馬の応援をよろしくお願いします。
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※インタビュー / 松浦渉