
2016年6月26日に地方通算1000勝を達成した山本聡哉騎手。デビュー10年を過ぎてリーディング上位を争うまでになったこれまでのこと、またリーディング上位で互いに鎬を削る兄とのことなどをうかがった。
地方競馬通算1000勝達成(2016年6月26日)
まず聞きたいのが1000勝達成。6月26日に地方競馬通算1000勝を達成しましたが、今改めてその感想を聞かせてください。
デビューした頃は自分が1000勝できるなんて思ってもいなかったんです。自分がデビューしてから3年目くらいに阿部さん(阿部英俊騎手)が1000勝したのを見ていて"凄いなあ"と思って、自分もいつかはできるのかな?とか考えたりもしましたけど、当時の自分にとっては1000勝なんていう数字は目標にするには遠すぎましたからね。
だから達成してみても、ああ、1000勝したのかあ・・・・・・。そんな感じでしたね。昔の1000勝と今の1000勝では、騎乗数とか条件が異なるから重みも違うのかもしれないし。でも、同じ世代の騎手の中で一番最初に達成できたという事は自信になります。
今の姿からは想像できないファンもいるかもしれないけど、デビューした頃は騎乗数も勝ち星も少なくて、この先どこまでやっていけるんだろう?と思って見ていました。もちろん、当時の若手騎手はみなそういう厳しい環境の中にいたのは確かだけれど(※デビュー年度の山本聡哉騎手の成績は227戦9勝)。
佐藤浩一調教師も祝賀会の時に"正直これほど勝てる騎手になるとは思っていなかった"と言われていました。自分がデビューした頃は高松亮騎手が"乗れる""乗れている"って評価で、同期の高橋悠里騎手もすぐ重賞を勝ちましたしね。"出世コース"に乗っているのはあっちの方、自分は1000勝なんて想像もできなかったですね。
とすると、キャリアのどのあたりで道筋が変わったと思う?
そうですね、4、5年目頃でしょうか。板垣さんをはじめ新しく調教師になった先生達が自分ら若い騎手に乗せてくれるようになって、佐藤雅彦調教師や、(故)櫻田浩三調教師も良い馬に乗る機会を作ってくれて・・・・・・。
当時の若い騎手は、自分がそうですし兄(山本政聡騎手)や齋藤雄一騎手とかもそうだったと思うのですが、櫻田浩三厩舎の良い馬・強い馬に乗るチャンスを貰って、それで結果を出して名前を売る・・・・・・みたいなところがありましたね。
そこから良い馬に乗る機会が増えて、そして菅原勲騎手や小林俊彦騎手の引退もあって。その頃の自分が大きな怪我をしなかったのも良かったんじゃないでしょうか。高松騎手や高橋騎手は怪我をして乗れない時期がありました。自分は決して技術が卓越していた訳じゃないと思うから、怪我をせず過ごせた事で流れに乗れたのも大きかったと思います。
今はもうね、"トシヤに任せておけばいい"みたいな評価にもなっているんですが、今ここまで乗れる騎手になったのは、"もともと才能があったのが花開いた"のか、それとも"時間をかけて掴んでいった"ものなのか、どちらなんでしょう?
自分のタイプは、最初からポンとできるものではないですね。自分なりに研究して、うまく乗れるように確率を上げていって・・・・・・だから、最初から素質があったのでは無いと思います。
外に出たのも良かったと思いますよ。交流競走や騎手招待競走とかいろいろなレースを経験して場慣れして、そこで必要な乗り方を学べたのも。
他場でスポット騎乗の機会も増えている(2016年門別・栄冠賞)
研究という言葉が出たので突っ込んでみるけども、毎年ちょっとずつレースの仕方というか乗り方というか、つまりレースの作り方を変えているように思うんですが、どうなんだろう?
乗り方は変えています。毎回少しずつ変えているから全体的に見ると大きく変わったように感じるかもしれません。
そういう所が、ありきたりな言い方だけど"凄いなあ"と思ってみています。
やっぱり馬によって、その時周りにいる馬によってレースの流れが変わってくるし、今年は新人騎手が入りましたが、これまでと違う乗り方をする騎手が1人でも入るとまた流れが変わってくる。同じ人や馬でもその時その時の体調とか気持ちのリズムとかも違いますしね。例えば調子のいい騎手はマークしないといけないかもしれないし。そういう所が少しずつ変わっている、変える必要がある部分でしょうね。
では話題を変えて。ラブバレットの話を聞きたいです。レースでの活躍ぶりはファンにとって楽しい話題になるのですが、騎手にとってもいろいろな物をもたらしてくれているんじゃないですか?
強い馬、凄い馬に乗せてもらえるのはやっぱり大きな経験になりますよね。遠征で他地区の大きなレースに乗る事ができるのもそうですし、強い馬に乗る事で"強い馬ってどんなものか"という感覚が分かって、そこから他の強い馬の事も分かってくる、分析できる、みたいな。そういう経験を積む事ができる得難い存在です。
ラブバレットとのコンビでは重賞4勝を挙げている
クラスターカップでは2年連続3着。今年は見せ場を作って沸かせてもくれました。昨年は笠松で遠征勝利も成し遂げましたね。
今の岩手は短距離路線が充実しているし、地方競馬全体でも短距離のレースが多いですよね。ラブバレットのようなスピードがある馬が活躍できる舞台は多いと思うので、自分も楽しみにしています。
もうひとつ聞きたいのが、兄・山本政聡騎手の事です。兄の事をレースの中ではどう見ているか?
んー。兄貴は兄貴、かな・・・・・・。
兄貴は兄貴か。昔は、けっこう対抗心を見せて隠さなかった時期もあったじゃないですか。最近はそうでもないように見えるけども。
やっぱり昔は兄の方が、成績も上でしたからね。負けたくない、追い越したいっていう気持ちはありましたからね。
山本政聡騎手はリーディング3位。追いかけてくる位置にもいます。
今でももちろん対抗心はあります。負けたくないっていう気持ちもある。それは成績の話じゃなくて、単に勝ち負けじゃなくて、レースの中での騎手としての駆け引きの部分で勝った負けたのポイントで、でしょうか。
では最後に。『山本聡哉』という騎手はこれからどういう存在になっていくんでしょう?
そうですね、前は誰かのマネをすれば良かった。今は自分なりの考えで進んでいかなければいけない。成績的にはもちろん、まだまだ追いかけていかなければならないです。でも騎手としての考え方、スタイルを作って、それを周りにも見せなければならないと思っています。そしてそれは楽ではないだろうな、とも。
今はどうしても、あちこちで活躍している騎手の姿が目に入りますよね。そんな騎手を間近で見る機会もあります。良い所・凄い所を学んで、吸収して、凄い騎手たちと同じ舞台で一緒に戦えるようになりたい。そういう技術とか、ハートとかを掴みたい。
そうすると、いつの日か岩手の枠に留まっていられなくなるかもしれないよ?
そうかもしれないですね。そういう考えになったら、どこかに飛び出していってしまうかもしれない。でも今の自分がそう考えていないっていう事は、自分がまだそういうレベルに達していないのだと思いますよ。
プロ野球始球式のピッチャーも務めた
簡単にお願いします......と始めたインタビューだったが、いざ話し始めると話題はいろいろ多岐にわたり、結局ここでは書ききれなかった話がいくつもあった。それはまたいつか触れる機会を得る事ができればと思う。
話していて感じたのは「山本聡哉という騎手はまだまだ変わり続ける」という事。岩手のトップジョッキーとしての評価、1000勝という勲章をすらも踏み台にしてさらに上を目指そうという姿勢からはただただ勢いしか感じられない。もしかしたら何年か後には今とは全く違う『山本聡哉』になっているのかもしれない。それがどんな姿なのか?楽しみだ。
--------------------------------------------------------
※インタビュー・写真 / 横川典視
この春デビューした2名の新人騎手、その一人が鈴木祐騎手だ。鈴木騎手は初騎乗・初勝利という華々しいデビューを飾っただけでなく、デビューから8月までで19勝と順調に勝ち星を増やしている。そんな注目を集める新人は、どのようにして騎手を目指すに至ったかをたずねてみた。
さて、新人騎手へのインタビューという事なので、"なぜ騎手を目指そうと思ったか"ということから聞きたいのですが、木村直輝騎手がそうだったけれど、鈴木騎手も競馬とは関係がない家庭から騎手を目指したんですよね。
そうなんです。全く関係が無くて、競馬ファンもいなかったですね。それが急に親が言いだしたんです。"騎手になったらどう?"って。自分は身長が低い。動物が好き。それが当てはまる職業は騎手だ、騎手になってみないか、と。
理屈は分からないでもないけど、ずいぶん唐突だよね。
自分もそうでしたよ。馬に関わりがなかったし、生まれが茨城の山の方だったから競馬も知らなかったですし。乗馬クラブに通い始めたのですが、"乗馬をするクラブなんていうものが存在するんだ"とその時初めて知ったくらいでした。それが、乗馬クラブで初めて馬に跨った時に"うわ!"って自分の中で。なんて言うんですかね、"これは楽しい!"って感じるものがあったんです。それで自分も騎手になろう、と考えるようになりました。
それまでは何かスポーツとかやっていたの?
小学校の6年間はスイミングスクールに通っていました。
中学校では?
陸上部でしたね。
小さい頃から体を使う事が好きだったんだね。
いや、なんで陸上部に入ったかというとですね、小学校6年生の時に乗馬クラブに通い始めたんですけど、中学校では騎手になるための基礎体力を付けようと。そう思って陸上部を選んだんです。
へえ~!真面目だね。凄く真面目。
そうでしょう? 真面目だったんですよ。平日は部活、土日は乗馬クラブでみっちりでしたから。遊ぶ時間を削ってみっちり。何を考えていたんでしょうかね当時の自分(笑)。
初騎乗・初勝利(4月16日、水沢1R)
鈴木騎手は高校にも行っているんですよね。
高校は、馬術部がある高校(水戸農業高校)を選びました。騎手になる夢と並行して"馬術でもインターハイ優勝を狙う!"とか希望を抱いて。だから、馬のため、馬術のためにその高校を選んだと言っていいくらいですね(鈴木騎手のいた水戸農業高校は2012年のインターハイで準優勝)。
しかし、それくらい乗馬の経験を積んで、スポーツもやっているから体力もあって......で、教養センターに入ったら、ある程度自信があったというか、最初からいろいろ上手くこなせたんじゃない?
そういう風に自分も思っていたんですよ。最初の頃は"自分は乗れる方なんだろうな"と慢心した気持ちでいたんです。でも実際に入って1カ月、2カ月経った頃は完全に変わりました。このままじゃダメだと。もう、乗馬なんかやらないで未経験で入った方が良かったんじゃないかと思ったりしました。
それは乗馬のクセがついていたから、とか?
そういう部分もありましたね。毎日同じ所を注意されるんですよ。手綱の持ち方とかもう嫌になるくらい。楽に乗るクセがついていたのかもしれません。それと、半端に体力とか腕力があったから馬を力で操作してしまって、馬の気分は無視......とか。
そんな教養センターでは、どんな生徒でしたか。
一言で言えば"悪い生徒"でしたね。入った頃はさっき話したような事で、その後も続くような気がしなくて、何かやって見つかったら辞めればいいや、くらいに思っていて。センターの生活が辛かったんでしょうね。
でも木村直輝騎手に聞いた話では、センターでは鈴木祐騎手は優等生だったって。
その頃はもう改心していたんですよ。最初の頃は相当やんちゃしました。
櫻田康二厩舎を選んだ理由はなんでしたか?
教養センターの教官に教えてもらって勧められたからです。実は岩手に行ったことは一度もなかったですし、岩手で競馬をやっている事もあまりよく分かってないくらいで。最初に来た時は何も分からないから不安だらけでした。
デビューしてここまで、自分ではどう感じていますか? 初騎乗・初勝利とか派手なデビュー戦も飾ったけれど。
想像以上です。こんなに騎乗できると思ってなかったし、勝てるとも思っていなかったです。他ではこんなに乗せてもらえないでしょうから。岩手に来て良かった、岩手競馬で良かったなと思っています。
デビュー前の鈴木祐騎手が自ら「僕は"ビッグマウス"ですよ」と言っているのを聞いて妙に面白く感じた記憶がある。それだけ自信家なのだろうなとは思っていたが、今回こうして話を聞いて、小学生の頃から将来は騎手になると目標を決め、そのための努力をしてきたのだから、それも当然だろう、と改めて感じさせられた。
この話を聞くにあたって、櫻田康二調教師にもデビューから約4カ月経った鈴木祐騎手の事をうかがってみた。師いわく「こちらが思っていた以上にやれている部分はありますが、まだまだ足りない部分も当然ある。ここまではうまくいきすぎ......って面がありますよねやっぱり。ここから先が彼にとっての勝負の時期になっていくんじゃないか」
鈴木祐騎手のデビュー初年の目標は「50勝」だそうだが、残り4カ月ちょっと、確かにここからが"勝負の時期"になるのだろう。
--------------------------------------------------------
※インタビュー・写真 / 横川典視
2016年の春、岩手競馬としては久しぶりに同時に2人の騎手がデビューした。一人は鈴木祐騎手。そしてもう一人が木村直輝騎手。デビューが同じ頃となれば、何かにつけて比較されることになるため、"永遠のライバル"ともいわれる同期生。今回は木村直輝騎手の方にお話をうかがった。
木村騎手は競馬とか馬とかに関わりがない家庭から騎手になったそうですが、そこから騎手になろうと思ったきっかけを教えてください。
地元が千葉なので、母に船橋競馬場に連れて行ってもらって、そこから競馬に興味を持つようになりました。あとは時々大井競馬場にも行ったり。
地方競馬ばかりなんだ。JRAの競馬場には行かなかったの?
中山競馬場には1回くらい行ったかも。ほとんど地方競馬でしたね。親が地方競馬の方が好きだったのかもしれません。
それまでは競馬とか馬とかに興味を持っていた?
あまりなかったですね。馬も身近じゃなかったから特別好きという事もなかったですし。競馬場に行っているうちに興味が出てきて、身体も小さかったから騎手を目指すのもいいかなと。
じゃあそこから騎手になるという目標が出来てきた、と。
そうですね。騎手を目指そうという事で乗馬クラブに入って馬に触れるようになったら、それがすごく面白かったんです。実際に馬に乗ってみてハマっていったっていうか。それが中学生の頃でした。そして中学を卒業してアニマル・ベジテイション・カレッジに入ったんです。
小林凌騎手とか高橋昭平騎手とかも出ている所ですね。
はい。ですが、本来は2年間なんですが、JRAの競馬学校の試験を受けて不合格だったので学校を辞めてしまったんです。
え?途中で?
JRAの競馬学校に落ちて投げやりになってしまったのかもしれません。でも、やっぱり騎手を諦めきれなくて、地方競馬の試験を受けることにしたんです。そうしたら今度は合格しました。
その時のご家族の反応は?
"ああ、そうか"という感じでした。でも母がちょっと熱血で、"入ったら絶対辞めるんじゃない"みたいな熱の入りよう。母にはいつもそうやってけしかけられるっていうか後押しされますね。
教養センターではどんな生徒だった?
一言で言えば、まあ、目を付けられていましたね。いろいろ失敗をしてしまう"出来ないヤツ"で、毎日怒られていました。鈴木(祐)とか加藤(聡一・名古屋)、岡村(健司・船橋)が出来る方、優等生同士でつるんでいて、自分は出来ない方のグループ。
競馬場に実習に来るじゃないですか。木村騎手は競馬関係の出身じゃないから現役の競走馬とか実際にレースをしている厩舎とか経験が無かったでしょう? どんなふうに感じた?
やっぱり最初はビビリましたね。現役の競走馬は学校の馬とは全然違う。パワーが全然違いますから調教でもうまく御せなくて。慣れるまでは毎日のように"これからやっていけるのかな"と思っていました。
デビュー戦(2016年4月16日)は6着
いざデビューを迎える頃になると、ああ緊張しているな~と思って見ていました。それまではけっこう世間話とかしたけど、デビュー直前は口数も減った感じでね。
やっぱりデビューの1週間くらい前から緊張していたんだと思います。デビュー戦も危ないレースをしてしまって。全然考えていたようなレースになりませんでした。同期の鈴木祐騎手が派手なデビュー(初騎乗・初勝利)を飾ったり、その同期に自分の初勝利を阻止されたり......なんて事もありました。
同期の活躍はプレッシャーでしたね。"何でそこで勝っちゃうんだ!?"と。フミタツダイヤで、鈴木騎手に差されて2着になった時も堪えましたね(※4月23日の水沢5R、フミタツダイヤに騎乗して逃げた木村直輝騎手だったが、初勝利を目前に同期の鈴木祐騎手に差され2着)。そんな事をいろいろ考えたり悩んだりしたけど、他の同期とも話をしているうちに、あんまり焦ってもいけない、今の自分にできる事をやるしかないと。今はそう思っています。
14戦目での初勝利(2016年5月1日、盛岡7R)
デビューしてからまだ短い期間ですが、得意な戦法・好きな戦法はできてきた?
やっぱり逃げか先行ですね。得意なのは逃げかもしれない。差しは、馬の手応えが残っていても進路ができないと結果に繋がらないですから、そういう部分で自分にはまだ難しい気がします。盛岡と水沢なら盛岡ですね。コースが広いしコーナーも緩いから乗りやすく感じます。
所属する関本浩司調教師はどんな方ですか。
厳しいですけども自分の事を分かってくれているというか、自分はあまり怒られると逆に落ち込む方なんで、そういう所を理解してくれていると感じています。
そもそも関本浩司厩舎を選んだ理由はなんですか?
学校の教官に"お前みたいな奴を一人前の騎手にしてくれるのは関本浩司調教師しかいない"と勧められたんです。そこで鍛え直してもらえ、と。
騎手になった今の木村騎手に、ご家族はどんな事を言っていましたか。
騎手になるまでにお金を出してもらったり面倒をかけたので、今は少しずつ返しています。だからもっと活躍して勝たないといけないなと。
それは偉い! じゃあなおさら頑張らないとね。ご両親はレースを見に来たりしましたか?
デビュー戦の時は見に来ていました。でも、レースをインターネットでチェックしているんですよ。チェックして"どうしてあそこでもっと追わなかったの!"とか"だから(鈴木)祐君に負けるのよ!"とかメールで言ってくるんです。10件くらい一気に送ってくる事もあって真面目にブロックしたいくらい(笑)。そんな熱血過ぎる親だから、あまり見に来ないでいてくれる方が自分は楽です(笑)。
それだけ熱心に見てくれている・・・とはいえ、熱血だね(笑)。今日はありがとうございました。
招待レースで来ていた南関東のトップジョッキーと初勝利の記念写真
同期の派手な初騎乗・初勝利の陰に隠れてしまったが、木村直輝騎手のデビュー後14戦目での初勝利達成も決して遅いものではない。これからも自分の形をみつけつつ伸ばしていって欲しい。ちなみに木村直輝騎手の勝負服は『胴赤・袖赤/青山形一文字』だが、山形一文字の柄は岩手競馬では史上初ではないか?とのこと。そんな岩手ではレアな勝負服がより目立つよう期待したい。
--------------------------------------------------------
※インタビュー・写真 / 横川典視
鈴木麻優騎手は現在岩手競馬で唯一の女性騎手。2014年にデビューして3年目のシーズンを迎えた。このインタビューは自身の最近の騎乗の話を聞く事が多いのだが、今回はJRA・藤田菜七子騎手の盛岡参戦を受けて、鈴木麻優騎手から見た藤田騎手や地方競馬の女性騎手たちのお話をたずねた。
5月16日にJRAの藤田菜七子騎手が盛岡で騎乗して、その日はたくさんのファンで賑わいました。鈴木麻優騎手もイベントで一緒になったりレースでも一緒に騎乗したりしましたが、藤田騎手参戦はどのように感じましたか?
菜七子ちゃん(藤田騎手)が来るという事でたくさんのファンが来てくれたのは岩手競馬にとって良かったですし、自分も同じ女性騎手という事で比べられるじゃないですか。それも良い刺激になりました。
5月16日盛岡競馬場、藤田菜七子騎手と
彼女のレースを実際に見てどんな事を思った?
力強く追えるところとか、ステッキの使い方なんかも上手だなって思いましたね。
以前に会った事があるんですってね。
はい。私がまだ教養センターにいて、菜七子ちゃんはJRAの競馬学校に入る直前の頃かな。候補生同士の交流会で菜七子ちゃんが来ていて、"女の子がいる!"って。それ以来ずっと覚えていました。
やっぱり女性同士、女性騎手同士、なんというか感じるものはあった?
競馬の事で刺激になる、参考になるのもあるし、女の子同士っていう事で話したい事もあるし......。競馬場だと"同世代の女の子"が周りにいないじゃないですか。女の子同士で話したい時ってあるんですよ。今回は菜七子ちゃんが忙しくてあまり話せなかったけど、また来てほしいですね。その時はもっとゆっくりいろいろ話してみたい。
藤田騎手は今どこに行っても注目を集めているけれど、鈴木騎手もね、デビューした時は凄く話題になって、密着取材とかもされていたじゃないですか。そういう"取材される立場"を体験した者として藤田騎手の事はどんなふうに思う?
大変だろうなと思いますよ。絶対ストレスが溜まると思う。取材されているとムスッとした顔とか、したくてもできないじゃないですか。疲れている時でも受け答えしないといけないのは辛いと思うし、それをこなしているのが偉いなと。
今はこれだけ注目されているけど、何年か経った時にどうなっているかはちょっと心配になったりするね。
ギャップとかですか? でも菜七子ちゃんは上手いから大丈夫だと思う。たくさん勝てるようになって、女の子だからという事でなく普通に目を惹く騎手になるんだと思う。でも早く引退とかしないでほしいな。
ちょうど女性騎手ネタなのでもうちょっと聞いてみよう。あの、レディース系の招待競走あるじゃないですか。女性騎手が集まってね。ああいう時は女性騎手同士でどんな話をしているの?
レースの話もしますけど、いろいろな話をします。たわいもない話。ガールズトークですよ。他所の女性騎手は皆さん個性派揃いだから話していて本当に楽しいです。
昨年のレディス&ヤングジョッキーズでは大活躍
各地の女性騎手の、鈴木麻優騎手から見た印象とか話してもらえる? あたりさわりのない話でいいので。どんなふうに見えているか。じゃあ別府真衣騎手から。
真衣さんは、レースはすごく真剣じゃないですか。1レース1レースもの凄く真剣で、馬の実力を出し切ろうとしている。女性騎手として憧れる存在です。でも普段はすごく面白い。びっくりするくらい面白い方です。
へえ~。なんとなく分かる感じはするけども。同じ高知の下村瑠衣騎手は?
瑠衣さんも面白い先輩なんですが、自分の将来の事とかしっかり考えていて芯が通っているところがすごいなって思いますね。
同じ東北出身だしね。
そうなんです。同じ東北で(※下村騎手は青森県の八戸出身、鈴木騎手は宮城県の気仙沼出身)、同じ港街の生まれだから波長が合うって言うか。話しやすい先輩です。
佐賀の岩永千明騎手はどうでしょう?
まだあまり一緒のレースに乗った事がなくて、会った事もそんなにないですけど、印象は"大人のお姉さん"という感じです。自分から見たイメージは"綺麗な年上の女性"ですね。
名古屋の木之前葵騎手は? 教養センターでも同じ時期だよね。
葵先輩はちょっと気が強いところもあるけどおっとりした面もあって......。几帳面できれい好き。手先も器用です。
みんな"天然"なのね(笑)
そうなんですよ。みんな個性的なんですよ。だから集まるとすごく楽しいんですよ。女性騎手が増えて、またLJSみたいな女性騎手だけのレースをする機会ができればいいですね。
鈴木麻優騎手もデビュー当初は"東日本大震災の被災地から騎手を目指した女の子"という事で注目を集め、デビュー前後の長期間にわたってマスコミの取材を受け続けた経験を持つ。それだけに今の藤田菜七子騎手の境遇には共感する部分も多いようだ。
同時に、そうして取材を受け続けながらも変に舞い上がらず、自分の立場をしっかり理解している......という点でも似ているのではないかと感じる。
またいつか、この二人の、そして藤田騎手も交えての女性騎手の戦いを、見る機会がある事を願う。
-------------------------------------------------------
※インタビュー・写真 / 横川典視
高松亮騎手は今年デビュー13年目。昨シーズンは岩手リーディング4位に付けたように、近年は騎手リーディング上位を安定して確保している。また、東海地区や兵庫など冬期間の期間限定騎乗にも積極的だ。今回は2年連続で挑んだ園田競馬場での冬季遠征の話を中心にうかがってみた。
この冬も園田競馬で期間限定騎乗をしましたね。短い期間ながら成績も良くて、あちらでの評判も上々だったと聞きました。
小牧毅調教師が良い馬を用意して、自分に勝たせたいって待っていて下さったので、自分はそれに何とか応えようとがんばっただけですよ。去年行った時にも凄くお世話になったので今年は少しでもお返しって言うか、自分の力で何かできないかと思いながら行ったんですけど、結局今年もお世話になりっぱなしで。もう"感謝"という言葉しかないです。
その園田競馬に行ってみて、どんな事を感じましたか?レースの流れとか。
そうですね。例えばですけど、たいていの競馬場は"いいポジション"というのがそれぞれあると思うんですよね。馬場状態とかにもよるでしょうが、"ここの競馬場なら道中はこの辺にいて、どこから動けばいい"というのが比較的はっきりしていると。園田の場合は、それがレースによって変わってくるんですよね。それを素早く感じ取らないと良い結果にならないですね。
園田は自分も見ていて感じるんですが、ホント海千山千の騎手ばかりで、意外な展開になることも多いですよね。
ベテランの方も多いですしね。お世辞抜きで皆さん腕が良い。だから乗っていて少しでも注意をそらすと......みたいな緊張感がありました。難しい競馬場だと思いますよ。それもあっていかに素早くレースの流れを読み取るか?がカギだとも感じました。
そんな中での1年目と2年目の違い、変化のポイントとすればどんな所が挙がりますか?
去年行った時は、他の騎手が作った流れに上手く乗って、他の騎手たちの隙を突いて・・・という形が多かったと思います。今年は良い馬・強い馬に多く乗せていただいたおかげで自分でレースの流れを作る事もできたのかなと。
さっきも話したように"この辺に付けていればだいたい大丈夫"。"こういう流れならこんな感じの展開になるだろう"というセオリーのようなものがない、他の競馬場の常識が通用しない競馬場ですから、強い馬に乗っていたおかげとはいえ、そういうところで自分のレースの流れを作る事ができたのは良い経験になった。勉強になりましたね。去年と今年で違うとすればそこかな。
では、また次回、園田競馬に乗りに行く機会があったら、その時はどんな"変化"を目標にする?
変化かあ。変化......。そうですね、ちょうど自分が帰る頃にあちらの騎手旅行があるんですよね。次はそれに参加したいです(笑)。
それはそれとして、そうですね。2年続けて行って感じたのは若手の騎手の成長、頑張りだったんです。自分もえらそうに言える立場ではないですが、自分より若い騎手たちが1年で凄く伸びていたのが自分にも刺激になったので、次行く機会があるなら、そんな若手の騎手たちに負けないように自分も成長していないとな、と思っています。
去年のシーズンとか今年のここまでとか、高松騎手の騎乗を見ていると園田に行った経験は活きているなと思う。
経験値を上げるのも遠征に行く意味って言うか、行った事による価値だと思うんですよね。勝ち負けとか騎乗技術だけじゃなく他の騎手の騎乗ぶりも見つつ、いろいろ感じたり考えたりして、地元ではできない経験を積んでくるという。その点自分は、園田では年齢的に年上のベテラン層と若手層の間くらいだったから、ベテランにも若手にも話を聞きやすい立場だったから良かったですよ。
ビュレットライナー(2015年5月11日盛岡4R・1着)
さて高松騎手にはもうひとつ聞きたい事があります。ビュレットライナーなんだけども。本当に凄い馬だよね。
14歳になりましたがそんな年齢を感じさせないですね。今でも調教では掛かるくらいの勢いを見せるし、レースでも自分から前に行ってくれるし。乗りやすい馬ですよ。今年も、まずは無事に過ごして欲しいんですけど、やっぱり勝てたらいいなと思いますね。
高松騎手にとってビュレットライナーというのはどんな馬ですか?
いろいろな事を教えてもらった馬ですね。ひとつひとつのレースだけでなく1頭1頭の馬への想いとか。うまく言葉にしづらいんですけど、あの馬に出会った事によって馬の見方、馬の状態の判断の仕方みたいなのが勉強できたと。
高齢馬ですし、なるべく良い状態でレースに出したい、無事に走らせてあげたいと思うじゃないですか。じゃあどうすればいいか?どう接してやればいいか?を考えて。それが他の馬に対する時にも役立っている。馬の状態を見る時の観察力とか判断力とか。
だから、最近自分の成績が少しでも上がっているとしたら、それはライナーと一緒に戦ってきて自分が学べた事が活きてきたから......だと思っています。
いろいろ教えてもらった、と。
そうですね。ただ、よく騎手が言うじゃないですか。"この馬にレースを教えてもらった"。"この馬にレースでの仕掛けどころを教わった"みたいな。それとはまた違うと思うんですよね。レース以前の調教とか普段の接し方、過ごし方。1頭の馬に対する見方。そういう部分をビュレットライナーに教えてもらいましたね。馬の観察力って言うんですかね。そういう部分は本当に勉強になっています。
筆者は、実は園田での高松騎手をまだ見た事がない。しかし現地からの高評価、好評はよく伝え聞いていた。
他地区への挑戦や馬との出会い、それが両輪となって彼の成長を促しているのなら、次の機会には園田へ足を運ばねばなるまい。
-------------------------------------------------------
※インタビュー・写真 / 横川典視