岩手の3歳二冠を達成したパンプキンズ(水沢・伊藤和忍厩舎)は来る9月16日の不来方賞で三冠目に挑む。レースを目前に控えて、パンプキンズの手綱を取る菅原俊吏騎手にここまでの同馬のレースについて、また不来方賞への意気込みなどを話していただいた。
昨年のデビュー戦を勝ったパンプキンズでしたが、その後しばらくは一進一退の成績が続きましたよね。
2歳の頃はやはりまだ身体がしっかりしていなくて、若馬にありがちな弱さみたいなものもありましたね。流れが合わないと脆さを見せることもありましたが、ただデビューの頃から良いスピードを持っている馬だというのは感じさせていました。
デビュー間もない頃は先行争いで競り合いになって、それで気分を損ねたら止まってしまう......というようなシーンを何度か見た記憶があります。それが寒菊賞の頃からか、粘り強さを発揮するようになりましたね。
そうですね、寒菊賞のひとつ前のレースの頃から馬の状態が凄く良くなってきていて、レースの結果にも現れるようになりました。パンプキンズがレースに慣れていたのもあるでしょうし、いろいろな距離を経験しながら力を付けていたんだと思います。
芝の新馬戦を勝ったパンプキンズ(2018年8月14日・盛岡第3レース)
そして今は2000メートルの重賞も逃げ切るくらいになりました。2歳の頃と3歳になってと、パンプキンズが変わった点、成長した点はどんな部分ですか?
距離に関してはレースするにつれてスタミナもついてきましたね。一番は体がしっかりしたことでしょう。そこがしっかりしてきた今はもう、距離もスタミナもあまり気にしなくてよくなりました。
昔は、なんというか展開に左右されやすいというか揉まれたらつらいというようなところを感じましたが、今はそういうイメージはないですよね。
ですね。スピードもありますけど折り合いもつくので長い距離でも全然問題なくなりました。強い相手に揉まれてきたのも良かったのでしょう。
少し今年のレースを振り返りたいのですが、やまびこ賞ではグレートアラカーに敗れました。その時の敗因を今になって考えるとすると......?
その前のレース(スプリングカップ)でパンプキンズが逃げ切ったせいか、やまびこ賞ではずっとマークされて、早めに仕掛けられた上にさっと交わされたという感じだったので、そういう展開の影響があったと思います。
その後の東北優駿は、逆にマークされてもやり返してやるぞみたいなレースでしたよね。
そうですね。それ(やまびこ賞)があったから、もう並ばせないように並ばせないようにと、少し早めでも積極的に戦いました。パンプキンズもよく頑張ってくれました。
東北優駿は見事な逃げ切り勝ち(2019年6月9日・水沢)
そして前走のダイヤモンドカップ。短期放牧を経て一足早い秋初戦という感じになったんですけども、ひと夏を越したパンプキンズはどうでしたか。
放牧と言っても牧場では坂路でしっかり乗り込まれていたという事だったので心配していなかったんですけども、暑さの影響は少し感じましたね。他は問題なかったです。ひとまず順調に夏を越せたと思います。
そのダイヤモンドカップは、いわゆる"負けられないレース"になったじゃないですか。乗る方としてはプレッシャーもあったと思うんですが。
正直もう、絶対に負けられないと思っていました。枠が大外で、水沢の1600メートルは外枠から最初に無理をすると脚を使いすぎてしまうという心配もあったんですが、なまじ2、3番手につけるよりはいつもの競馬をした方が良いと思って思い切って戦いました。
ダイヤモンドカップも制して二冠達成(2019年8月18日・水沢)
今はそういうふうに、少々無理をしてハナに行っても頑張れるくらい馬に力がついていると?
そうですね。乗っていてもそのへんは全然心配しなくていいですね。
さて次は不来方賞になるんですが、今の段階でどう戦うかを聞きたいのですが......。結構、いろんな馬が転入して来ちゃいましたね。
2歳の頃に戦ってる相手が多いとはいえ、あちらも力をつけているでしょうし。リセットされたような感じで読みづらいですよね。何がどうなるか正直想像がつかないですけど、乗る方としては自分の競馬をやり通すしかないと思っています。
盛岡の2000メートルという条件は今のパンプキンズにとってどうでしょうか?
ストレートのスタートからになるので、スタートが速いからハナに立つのは難しくないと思うんですけども、問題はその後でしょうね。距離が距離ですから。自分のペースで行けたら最高ですね。盛岡のコースは2歳の時走っていますがあの時も問題はなかったです。逆にコースが広い分、馬群に揉まれ込むリスクが減って戦いやすいかもしれません。いずれにせよ自分の競馬をするだけですね。
レースの前の公開になりますので、意気込みを聞かせてください。
勝てば3歳三冠なので、そこを目指して。強力なライバルがたくさんいますけど、とにかく自分の競馬に徹して、パンプキンズの力を信じたいと思います。
もうひとつ聞きたいのが、藤井勘一郎騎手について。菅原俊吏騎手が先に、オーストラリアから日本の騎手になったわけですが、あちらでは藤井騎手と同じ競馬場で同じレースに乗ったこともあったそうですね。
藤井騎手とは、半年ぐらいかな、一緒に乗ったのは。同じ車で一緒に競馬場に行ったりもしましたよ。向こうの騎手のライセンスを取ったのは多分彼の方が先だと思います。最初から一緒だったのではなくて、たまたま彼が、その頃自分が働いていた厩舎に来たんですよね。当時から結構あちこちを回っていたようです。
オーストラリアで藤井勘一郎騎手と同じレースに騎乗した際のレーシングプログラム(提供:菅原俊吏騎手)
当時の藤井騎手はどんな人でした?
昔から英語が上手かったですね。コミュニケーションも上手いし、レースもどんどん乗るし勝つしで。日本に戻ってJRAの騎手になったのも"なるべくしてなった"という印象ですね。
あっちではプレハブ小屋みたいな宿舎に住み込んでレースに乗ってたって言ってたじゃないですか。そんな頃に一緒に頑張った仲間がJRAの騎手になって活躍してるのは、やっぱり刺激になりますよね。
ですね。自分はまあ、JRAの試験を受けるとかはあれなんで、パンプキンズでJRAのレースに遠征したいですね。それでいつかJRAのレースで藤井騎手と一緒に乗れたら素晴らしいですね。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
菅原辰徳騎手は2010年にデビューして今年で10シーズン目を迎える。若手というよりはもう中堅どころになった今年はリーディングでもTOP5に入る活躍を見せている。ここに初登場の菅原辰徳騎手に、改めてデビューからこれまでを振り返ってもらった。
実は菅原辰徳騎手にこのインタビューをお願いするのは初めてだということなので、改めて騎手を目指した理由などからお話を聞かせて下さい。
そうですね、小さい頃から父によく水沢競馬場に連れきてもらっていたので、そこで競馬を見てるうちに"騎手ってかっこいいな"と思って。体が小さかったこともあって、将来は騎手になりたいなあ......と思うようになりました。
父が凄く競馬好きで、土日はもうずっとグリーンチャンネルを見ているような家庭でした。自分もテレビで競馬を見ているのが好きだったし、水沢競馬場や盛岡競馬場に連れて行ってもらうのがすごく楽しみでした。まあ家族揃って競馬好きでしたね。
とはいえ競馬の世界には特に関係がなかったわけでしょう?それでも、ゼロから始めて騎手になろうと思った?
そうですね、馬には全く触った事がなかったですね。それでも騎手になりたいと思って。いざ受かったらすぐに辞めたくなりました。教養センターに入って本当に初めて馬に乗ったり触ったりしましたから、乗るのもそうだけど、とにかく馬に触るのが怖かったです。
じゃあ、教養センターの2年間は結構大変な日々だった?
何をするにしてもみんなの足を引っ張っていて、追いつこうと思っても追いつけないし。とにかく自分だけ遅れているのが分かっていたので、なんとかとにかく追いつきたいとだけ思ってやっていた2年間でしたが、結局全く追いつけないまま卒業でしたね。技能審査っていう試験があるんですけど4回中3回落ちるし、障害の試験をすれば経路も覚えれないし......。
そうは言っても、今でこそ競馬に関係がない生徒が増えたけど、菅原辰徳騎手の頃は競馬関係から来た生徒が多かったでしょう?むしろよくやり通したよね。
両親に「帰ってきてもお前のいる場所はない」って言われていましたから(苦笑)。まあ、自分で行きたいって言って行かせてもらったから、とにかく頑張って騎手になるしかないなと思って必死でしたね。
教養センターに入った頃って、岩手競馬がすごく危ない時期だったじゃないですか。それでも岩手だったんだ
教養センターの先生からも「岩手は正直お勧めしないよ」って言われたりもしたんですけど、やっぱり自分は水沢競馬に憧れて騎手を目指したんで、水沢でデビューしたかった。例えそれでもやっぱり水沢に行きたいです、って押し切っちゃいました。
初勝利は2010年5月24日盛岡第3レース
そして騎手になったのが2010年。その1年目の事は覚えていますか?
もう全部覚えていますよ。とにかく周りの人に迷惑しかかけてなかったです。落馬事故も起こしてしまったし。普通に1周回って来る事ができてなかった。
デビュー戦の時はムチを一発も叩けなかったですから。天気が悪かったのもあって前が見えない、どこを走っていいかわからない。ムチは入れられないし、馬があっちこっち走ってもう最低でした。
1年目は3勝でしたが、次の年はぐっと増えたよね。
20勝させてもらいました。
地方通算100勝は5年目、2014年6月7日盛岡第5レース
そこからだんだん増えて、去年などは73勝になりました。
それはやっぱり、周りの皆さんがたくさん乗せてくれるから。自分はただ真っ直ぐ、ちゃんとまっすぐ1周乗ってこようと気をつけるだけです。
今年でデビューから10シーズン目なんですけど、自分から見て変わってきたとか、ちょっとは良くなったな、とか感じるところは何かありますか?
正直今でもレースでは緊張します。スタート前のゲート裏とか馬より自分がドキドキしていると思いますよ。成長してないなって思うんですけど、周りの皆さんが支えてくれて。皆さんのおかげでそうやって成績が上がったんだと思うんですよね。僕自身はまだまだ変わった手応えは何もないですね。
じゃあ逆に、どういうレースができたら"変わった"という事になる?
そうですね、しっかりゲートを切ることでしょうかね。まずスタート。良いスタートができてしっかり1周回ってきたら、でしょうか。
今は自厩舎だけじゃなく、例えば盛岡の厩舎からも騎乗依頼があったりするでしょう?そういうところは変わってきた点じゃないかな
ひとつでも多くのレースに乗せてもらえることは嬉しいことで、本当にありがたいですね。とにかくたくさん乗りたいので、もっとたくさん依頼されるジョッキーになりたいです。でも、たくさん乗りたいからと言って自厩舎の馬の調教をおろそかにするわけにはいかないですから、しっかり自分の厩舎で仕事をして、時間がある時は積極的に他の厩舎の調教も手伝おう、と心がけています。
サンエイジャック新馬戦優勝時(2016年6月18日)
話を変えて、ここ2、3年で自分が一番記憶に残っているレースを挙げるとすると何ですか。
2つあります。サンエイジャックの新馬戦とサンエイキャピタルのウイナーカップです。
サンエイジャックはゲート試験で1回落ちているんです。そうしたら新馬戦では一番いいスタートを切って逃げ切った。やっぱり2歳新馬戦というのは難しいし、思い通りにはならないなというのが印象的でした。
サンエイキャピタルは分かる。あの馬は凄いものね。
キャピタルのウイナーカップは新馬戦以来の実戦で、みんな半信半疑だったと思うんです。それがデビューから2戦目で重賞を勝ってしまった。びっくりだったし嬉しかったです。
サンエイキャピタル・ウイナーカップ優勝時(2018年6月24日)
ではこれからの目標を挙げてもらうとすると。
馬主さん、調教師さん、厩務員さんに、誰を乗せるってなった時にどんな状況でもいいので"辰徳"って言ってもらえるような騎手に。1人目、いや2人目でもいいです。そこで名前が挙がる騎手になりたいです。
もうひとつ。今年はリーディングでもいい位置にいますが、今年のこの先の目標は?
こんなに勝たせてもらっているのは皆さんのおかげ。何位とかじゃなく、1レース1レースしっかりとしたレースをしていくのが目標ですね。与えられてもらったチャンスを活かして自分の役目をしっかり果たしていきたいです。
では最後に、オッズパークの会員のみなさんに一言を。
競馬を楽しんでいるファンの皆さんに一人でも多く"菅原辰徳"という騎手を覚えてもらえれば嬉しいです。頑張りますので応援してください。
教養センターに入る頃には岩手競馬の廃止問題にぶつかり、デビューした翌年には東日本大震災にも遭い、と多難な時期を乗り越えながら、菅原辰徳騎手は騎手として逞しく成長してきたように感じる。今の彼ならもう一段階上の活躍を期待しても良いだろう。この先の更なる成長を楽しみにしたい。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
この春岩手競馬でデビューした塚本涼人騎手は長兄(塚本弘隆騎手・金沢)、次兄(塚本雄大騎手・高知)に続いて騎手になった"三兄弟騎手"だ。4月20日にデビューして初勝利(5月19日・盛岡)までは1カ月ほどかかったが、すぐさま立て続けに勝ち星を挙げて成長ぶりを見せてくれた。その塚本涼人騎手に初勝利後の話を聞いた。
塚本騎手自身が騎手になろうと思ったきっかけは何でしたか?やはりお兄さん達の存在?
そうですね、やはり兄の影響が一番大きいでしょうか。一番上の兄が騎手の道を目指そうということになって、母親と相談をしたりしているのを見ていて。それで次の兄にもその影響があったと思います。僕も、その兄二人の騎手姿に憧れたという感じでしょうか。
静岡出身ということですが、競馬場とかないエリアだし、実家も特に競馬とか馬に関係なかったんでしょう?それで競馬に触れるとしたらどこで?
テレビですかね。それ以外はなかったですね。小さい頃に競馬場に行ったこともなくて、初めての競馬場は兄のデビュー戦でした。
お兄さん達が騎手になったとはいえよく自分も騎手になろうと思ったよね。お兄さん達と違う道に進もうとか思ったりしそうだけど。
自分としては本当に自然に騎手を目指した感じでした。逆に騎手じゃなかったら何になっていたんだろう?と思うくらいで他の道はあまり考えなかったですね。楽なことばかりではない、厳しい世界だという話は兄達から聞かされてはいましたが、兄や他の騎手たちの姿を見たら格好いいなと。そういう憧れる気持ちもやっぱりありました。
いざ自分が地方競馬教養センターに入ろうという時、迷いとかはなかったですか?
他の学校とは違って厳しいとは聞いていました。食事を自由に取れないしいろいろな時間も決まっていますし、馬の面倒も見なくてはいけない。兄たちからもそんな話を聞いていたのでちょっと気後れしたところはありました。いざ入ったら、環境が変わったこともありますし、まず自分は馬に乗ったり触れたりするのも未経験だったので、教官からいつも厳しく指導されていました。
お兄さんたちは、乗馬の練習とかは何かやっていたの?
兄達は乗馬の学校に行っていました。でも兄達からは、乗馬の癖がついてしまうからむしろ学校で教官から教わるところから始めた方がいいと言われたんです。なので馬に乗ったのは競馬学校が初めて。自分は馬の世話とかも分からずに学校に入って、何もかも遅れていたので、毎日遅れないようについていくので精一杯でした。
競馬学校で見ていて、例えば同期で"この子は将来注目されそう"とか思った人はいますか?
東川慎騎手でしょうか。競走が巧くて乗った馬がかかったことなんかなかったですね。同期の中でもいい意味で浮いていました。
岩手競馬を選んだのには何か理由がありましたか?
どこに行くかを教官と相談したのですが、やっぱりたくさん乗れるところがいいなと。レースに乗らないと上手くなれないですから。その点で岩手はレースにたくさん乗れるだろうとアドバイスされました。それまでは岩手の方に来た事はなかったです。
デビュー戦の騎乗に向かう(4月20日・水沢)
さて、騎手としてのデビューを迎えました。初めてのレースの時の感想はどうでしたか?そもそもレースのことを覚えている?
いざとなると固くなるのは分かっていたつもりだったんですけど、思った以上に固くなりましたね。レースに乗る前に"こういう風に乗ろう"と想定していたのと全然違う感じになってしまいました。レースの中身も覚えています。出遅れて1コーナーですごく膨れてしまって。ちょっと嫌な記憶として覚えています(苦笑)。でも、それを覚えておいてしっかりバネにしないといけない、というのもあると思っています。
初勝利は"ようやく"という感じ?
僕的にはそうですね、"ようやく"かなと思いますね。あまり焦らないようにはしていたんですけど、同期が皆ぽんぽんと勝っていくのでちょっと焦りはあったと思います。最初の頃はなかなか思うようなレースが出来なくて悩みました。一人だけあたふたして流れに乗れてなかったですし。先輩の騎手の皆さんにいろいろ聞いて少しずつ覚えていこうとしたのが、ちょっとずつでもできてきたのかもしれません。
5月19日盛岡第3レースで待望の初勝利
初勝利を挙げたところでこの先の目標をたてるとすると?
岩本(怜)先輩に追いついて追い抜きたいです。身近にいて凄い目標なので。岩本先輩くらい勝ち星をあげたいです。
もうすぐヤングジョッキーズシリーズも始まるから、他所の競馬場に行くのも楽しみじゃない?どこか"ここで乗ってみたい"という競馬場はありますか?
どこかというと高知競馬場ですね。兄がいるということもあるんですけど、いつかぜひ行ってみたいです。新人王争覇戦で一度だけというよりはシーズンオフに行って乗ってみたいです。
それと、以前に聞いた話では下にも弟さんがいて、やはり騎手を目指しているという事だったけど......
弟ももう教養センターに入りました。この4月からです。
ということは、弟さんがデビューしたら4兄弟騎手か!2年後が楽しみだね。
いつか4人揃ってレースをしてみたいですね。
では最後にオッズパーク会員の皆さんにメッセージを。
今年デビューした塚本です。ファンの皆さんの期待に応えられる騎手になろうと思っていますので、僕の名前も覚えていただけるとありがたいです。
"目標"という岩本騎手が新人ながらも勝利を貪欲に追い求めるタイプなのに比べれば塚本騎手は物静かで、厩舎関係者の評判も「まだまだおとなしい子」。しかし盛岡で初勝利を挙げた後は水沢でも6月23日に勝利し、徐々に自信をつけつつあるのがうかがえる。先輩騎手に一歩ずつ近づいていって欲しい。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
菅原勲調教師。騎手時代には通算4100勝あまりを挙げた名ジョッキーは、調教師に転身してからも、ここまで地方通算331勝(10月28日現在)を挙げる活躍を見せている。また、ラブバレットやベンテンコゾウで、岩手にとどまらず全国に舞台を求める戦いを続けてきた。今回は、JBCスプリントに出走予定のラブバレットの近況などを中心に話を聞いてみた。
まずラブバレットについてお伺いします。まもなくJBCですが、最近の状態面などはいかがでしょうか?
前走の門別(道営スプリント・1着)の前よりも状態は良くなっています。もともと安定している馬で、調子がそんなに大きく変動するという事もないですからね。変わりなく順調と言っていいでしょう。
今回は初めての京都、右回りで道中半ばに坂があるコースですが。
コースを選ばない馬ですから特に問題はないと思っています。それに馬場的にもね、地方の深い馬場よりはJRAの軽めの馬場の方が走りやすいのではないかな。
今年のラブバレットを見ていて、年初からずっと良いレースを続けてきていますよね。良い状態を保っているし、タフな馬だなと感心させられます。
根岸ステークスを走った頃が凄く状態が良くて、今年はずっとその流れで来れました。夏の暑さでちょっと落ちたんだけど、ここに来てまた立ち直ったという感じですね。ずっとオープン級でもう4年、活躍し続けているのだから、丈夫ですよね。
JRA東京・根岸ステークス出走時(2018年1月28日)のラブバレット
良い状態・良い内容を保てる秘訣のようなものがあるんですか? 何か特別な調整法とか体調管理法があるとか。
元々そんなに体調を悪くしたり、変動する馬ではないんです。コンスタントに状態を保てるのが強みで、特に何かをしているという事はないですね。その意味で調整に手がかからない馬。夏にちょっと調子を落としたのも今年が初めてくらいですから。
故障らしい故障もないですよね。
故障というと、3歳の時に骨折したくらい(3歳の7月に軽度の骨折、翌春まで休養した)。これだけ頑張っていて脚元の不安もないです。
だから7歳の今年、より凄さが感じられるというか。7歳になったらさすがに少しは......と思っていたらむしろ前よりも良いくらいの走りで。
7歳だから今年はちょっと力が落ちるかなと思っていたら、これまでと同じ感じだからね。本当に丈夫でしっかりした馬です。
少し気が早い話ですが、JBCの後は笠松グランプリに向かうのでしょうか。
ただそこは、間隔がちょっと詰まっているので、最終的にどうするかはJBCの後に状態を見てですね。笠松グランプリの4連覇というのは狙ってみたい。4連覇はさすがになかなかないことですからね。その後は兵庫ゴールドトロフィーを考えています。
ラブバレットは昨年、笠松グランプリ3連覇を達成
そろそろ気になってきているファンも多いと思うのですが、ラブバレットは来シーズンは?
来シーズンも現役を続行する予定でいます。ただ来年は8歳ですからこれまでのようにあちこち遠征に行くわけにもいかなくなるかもしれないし、どういう形で過ごしていくかは馬の状態次第でしょうか。
例えばですね、菅原勲調教師が騎手時代に乗ってきた数々の名馬とラブバレットを比べてみたとして、どれくらいの強さだと思われますか?
それは、比較のしようがないですね。自分はラブバレットに乗ってレースをしていないからね。それは比べることができないな。
さて、ラブバレットの他に楽しみな馬・注目の馬を挙げていただくと?
今のところは特にないな(笑)。
えー!? でもですね、例えばマツリダレーベンなんかはいかがでしょうか(10月27日のJRA認定競走を勝利)。
マツリダレーベンね。この馬は芝の方が良いというか"芝でこそ"という馬ですね。芝だと走りが変わるタイプ。今回も良いレースをしてくれたし、来年3歳になってからの芝路線を楽しみにして良いんじゃないでしょうか。
芝のJRA認定競走で初勝利を挙げたマツリダレーベン
菅原勲調教師は今でもご自分で調教を付けたりされますか。
乗っていますよ。10頭くらいかな。特にこだわりを持って乗っているというつもりはなくて、自分で乗るのが好きだからという理由でしょうかね。もちろん馬の状態や雰囲気を自分で確かめることができるのも重要です。
そろそろ今シーズンも終盤です。今年の振り返りと来シーズンの目標などはありますか?
今年は、そうですね、馬の入替がちょっとうまくいかなかった。来年はもう少し上手く入れ替えて、もっと成績を良くしないとなと考えています。
大きいレースを勝てる馬を送り出したいし、2歳の若駒を走るように、良い結果を出せるようにもしたいと思っているのですが、調教師は勝ち星の数で評価される部分もありますからね。そこの部分で、馬の入替を上手にやって成績を上げていかないとね。
4歳の今年、重賞2勝を挙げているベンテンコゾウ
最後にラブバレットに戻りますが、JBCが行われる京都への輸送はかなりの長時間になりますね。
陸路でだいたい12時間くらいでしょうか。前々日の輸送で行く予定です。まあ笠松とか園田とかと同じだからね。門別だってトータルでそれくらいかかる。門別だと船に乗らないといけないから馬への負担はもっと大きくなる。それに比べたら陸路の12時間ならね。長距離輸送には慣れているし動じない馬だからその辺は問題ないでしょう。
では最後に、オッズパークの会員の方々へひと言。
これからも岩手競馬をネット等で楽しんでいただけたらと思います。よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
板垣吉則調教師は2015年度にシーズン127勝という大記録を打ち立ててから3年連続で調教師リーディングを獲得。今シーズンもここまで1位を守り続けている。オッズパーク地方競馬応援プロジェクトのマリーグレイスでは8月の若鮎賞を勝利。昨年はキングジャガーが3歳重賞を4勝するなど重賞戦線でも存在感を示し続ける。その秘訣はどこにあるのかを改めてうかがってみた。
まずマリーグレイスについてうかがいます。若鮎賞では8番人気ながら1着と見事な走りを見せてくれました。
厩舎に来た当初は小柄ですが気が良い馬だという印象で、仕上げにはそんなに手間取らないだろうなと思っていました。実際能力検査もすぐ合格してくれましたね。
デビュー戦のマリーグレイス
結果的にはデビューから3着→2着→1着で重賞制覇ということになりましたね。
デビュー戦の時は期待していたんですけど、ちょっと外に膨らむようなレースになってね。その時は3着という残念な結果でしたが、2戦目には好スタートを切って先頭を進んだらよく粘ってくれた。現時点ではそういう形のレースが理想なのかなと、その時から感じていました。若鮎賞は、1600メートルという距離がどうなのかなと思って挑んだのですが、頑張ってくれました。
普段のマリーグレイスはどんな馬なんですか?
調教なんかでもちょっとピリピリした所がありますね。競馬場に来る前からそういう面があったそうなんですが、牝馬らしい気が勝った感じというかね。でも悪さはしないですよ。素直です。
若鮎賞を制したマリーグレイス。8番人気での勝利
では話題を変えて。今年もここまで調教師リーディングの1位を守ってきています。今年も、馬の回転とかいろいろうまくいっているように見えます。
自分としてはもっと上手くやれた部分があるような気もするのですが、欲を出してもキリがないですし。今一番上にいるというのは、良くやって来たということにしていいかな。
過去との比較ですが、2015年のペースにはさすがに届きませんが2016年よりは良くて、去年と比べるとちょっと遅れてきたという感じです(夏の水沢開催終了時点で比較すると、2015年は79勝、2016年は49勝。2017年が61勝で、今年は53勝)。
相手があることですし生き物を扱っているわけだし、良い時悪い時の波があるのは仕方がないですよね。毎週コンスタントに勝てるというものでもない、そういうものだという覚悟はしながらやっています。
今年ここまでの手応えとしては? 手駒の揃い具合とかは。
だいたいシーズンの半分が終わった所になりますが、そうですね、例年は2歳馬の成績がもうひとつなのですが、今年はわりと良く走ってくれる馬が揃っていますし、古馬も勝つべき所は勝ってくれている。あと、自分の所は3歳馬が多いから、このあとは有利な戦いができるのではないかな。
今年は古馬の強い手駒がちょっと少なくて、古馬の重賞なんかはなかなか手が届かないなとは感じているんですけど、その代わり2歳や3歳の若馬に良い馬が多いのでね。そこは楽しみにしています。
毎年感じるのですが、板垣厩舎は馬の入替が早いというか柔軟というか、どんどん入れ替わっていく印象があるんですけど、そこは調教師の意向や指示なんですか?
いや、その辺は全て馬主さんの意向ですね。馬主さんが諦めようかという馬を、力があると思うからもう少し頑張ってみましょうと提言することはもちろんあるけど、基本的には馬主さんの考え通りかな。そこは"馬主ファースト"ですね。
板垣厩舎というとですね、厩務員さん達がずっと同じ顔ぶれですよね。良い厩務員さんが長く勤めているのも良い成績が安定している要因なのではと思いながら見ています。
うちの厩舎は、例えばどういう飼い葉にしようとかどういうケアをしようとかいう部分はほとんどをそれぞれの厩務員に任せています。もちろん自分が指示を出すこともあるんですが、ほとんどの場合は厩務員自身の判断でやってもらっています。自分は気になる馬を自分で調教で乗って確認したりするくらい。
厩務員さんの自主性に任せるわけですね。
やっぱり自分の考えでやってみないと腕が上がらないし、上から"今日はこれだけ食べさせろ、これだけ調教しろ"と指示されてやっても楽しくないと思うんですよね。自分の考えで馬を仕上げてそれで良い結果が出ればやりがいにもなるでしょうし。自分はそういうスタンスでやっていますね。
あともうひとつ聞きたいのがですね、以前、所属する厩務員さん全員が、担当馬が重賞を勝ったということがありました。そういう馬の分配のようなのは調教師が決めるんですか?
それはほとんどの場合は"手が空いている順"です。ごく稀に、例えばこの馬の性格ならこの厩務員が合いそうだなと思って任せることはあるし、馬主さんの希望で担当者を決めることもありますが、ほとんどは馬が来たその時に馬房が空いている厩務員が担当するようにしています。
じゃあ本当に運というか公平というか。厩務員さんもやる気になりますよね。
任せてみてどうしても合わない、どうしても結果が出ないという時は担当を変えることもありますけど。でも"良い馬は全部この厩務員に"ということはないです。
さて、これから楽しみな馬とか注目の馬とかを挙げていただくとすると?
マリーグレイスは、そうですね、小柄な馬なので芝とかの方が良いのかもしれませんが、粘り強いレースをしてくれるので楽しみにしています。それからミラクルジャガー。まだ馬体に緩さが残っていて成長途上なのですが、良いものは持っていると思う。良くなるのが2歳のうちなのか3歳になってからなのかはまだ分からないですけどね。兄(キングジャガー)もそういう所があったので、いずれ変わってくると思っていますよ。
2017年、3歳重賞で4勝を挙げたキングジャガー
30代のうちに騎手を引退し調教師に転身した板垣吉則調教師は今年がまだ9年目のシーズンなのだが、すでに通算605勝(9月27日現在)を挙げしっかりとした足場を築いているように見える。何よりも衝撃的だったのは2015年に叩き出したシーズン127勝という岩手競馬の調教師歴代最高となる勝利数で、そう簡単には破れないと思われていた旧記録(113勝)を大きく超えた所に調教師としての手腕の凄みを感じさせられたものだった。9シーズン目ながらもまだ40代の若い板垣調教師だけに、その覇権の時代はまだしばらく続くのではないだろうか。
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※インタビュー・写真 / 横川典視