
鈴木祐騎手は2016年デビューで今年5シーズン目に入った。3歳クラシック路線ではグランコージーの、古馬戦線ではランガディアの手綱をとってビッグタイトルを次々と手にしている。デビューから5シーズン目前後の若手騎手がみちのく大賞典を制したのは30年ぶりくらいの快挙でもあった。今回はそのパートナーたちの話を中心にうかがった。
ではまずグランコージーの話から聞かせてください。鈴木祐騎手がずっと手綱を取っているということで(南関東所属時を除く)最初からお話を聞きたいんですが、2歳時の頃のグランコージーはどんな印象の馬でしたか。
デビューする頃はまだ体ができていなかったですし、走る"気"をあまり感じさせない馬だという印象でしたね。
自分も見ていましたが、デビュー戦は逃げ切って勝ったんだけども、2歳馬っぽい、気持ちで一気に逃げ切る感じではなくて、なんというか淡々と走りきって勝った様な印象でした。
ふわっとした感じの走りでしたね。正直その頃は、ひとまずデビュー戦に向けて仕上げていこうという調整。最初のレースは、差のないメンバーになったから"まずは良い競馬が出来たらいい"と思った記憶があります。
グランコージーのデビュー戦は6馬身差の圧勝(2019年6月2日)
それが新馬勝ちして2歳の重賞も勝ってどんどん力をつけて、今や周りからもあの馬は強いなぁと言われるくらいになりました。そんなグランコージーが去年と今年、2歳時と3歳時でどんなところが成長したと感じますか?
やはり馬体ですね。身体がすごく大きくなっていましたね、去年と比べて。南関東に行って帰ってきてから見たらいい身体つきになったなと感心しました。身体がひと回り大きくなって、がっしりして帰ってきました。
自分も去年の写真と見比べてずいぶん変わったなと思いました。肉付きが良くなったし幅も増した。南関東に行った効果はありましたね。
そうですね。南関東で揉まれてきた事で終いの粘りも一段と良くなってると感じました。
ダイヤモンドカップ優勝(2020年5月3日)
さて、東北優駿から2日経ちましたが、振り返って、"あの時はこうしたら、こう乗ったら......"みたいなのが浮かんでくるんじゃない?
そうですね......。今回のレースはマークが厳しかったですね。控える競馬も試してみるべきだったのかな......と自分では思っています。
東北優駿の1周目(グランコージーは8番)。息の抜けない流れになって4着に終わった
と言うと、他の馬に行かせてしまって、いっそ3番手ぐらいになってもいいか、みたいな?
なんなら砂をかぶるくらいの位置でも良かったかなって。南関東ではそういう競馬をしていますし(クラウンカップは後方から追い込んで6着)。レース前半の速めのペースからそのまま全体に息が抜けない流れになってしまって、向正面で少し息を入れようとしたら、すぐ後ろにもうピアノマンが来ていたじゃないですか。それで余計に息が入らなくなって。結果論ですけれど、周りから目標にされていることをもっと考慮すればよかったと。
他の馬の思惑もあるからなかなか思い通りにならないですよね。その、向正面あたり、もう少しだけ楽ができたら、息が入ったら、展開や結果も変わっていたんじゃないのかなと思ったりもしました。
なので最初から"差す競馬のイメージ"で乗っていた方が良かったのかもしれないですね。
その辺、他の馬の動きの捌き方も含めて、これからの、秋の課題になっていくのかな。
今年岩手1戦目(ダイヤモンドカップ)を大差(9馬身差)で勝ったことで東北優駿では余計に厳しくマークされたとも思います。そういうのをできるだけ受け流すというか、やり過ごすような戦いをしていきたいですね。
距離も、実は2000メートルはもしかしたらグランコージーにはちょっと長いのかもしれないけども、3歳馬同士だったらあまり気にならないのかなと思うんだけど。東北優駿だって最後はたしかに止まったけど、厳しい展開ながらよく踏ん張っていた。むしろグランコージーの地力を感じさせてくれたレースだったのでは。
1600メートルまでの経験しかなかったので不安は確かにあったんですけども、それは他の馬も同じですし、グランコージーは十分やってくれると思っていたので距離はあまり気にしていなかったです。先行した馬の中では最後まで頑張ってくれていましたし、力がある馬なのは間違いないと改めて思いました。
次の三冠目が同じ盛岡2000メートルの不来方賞。秋は頑張ってください。
はい。がんばります。
次にランガディアのお話を聞かせてほしいと思います。ランガディア、どういう強さを持った馬なのでしょう?
そうですね、どこからでも競馬できるし折り合いも付きやすい。乗りやすくてレースもしやすい、本当に良い馬だと思いますね。JRA時代は芝ばかり走っていた馬ですから砂を被った時にどうなのかな?と思っていたのすが、砂を被っても嫌がらなかった。ダートも全く問題ない馬ですね。
地方競馬の深い砂がどうなのかなと思ったんだけども、むしろ合うぐらいな感じ?
パワータイプの走りをするので地方の砂もちょうど良いくらいかなと思います。
あの馬で重賞を2つ勝ったんですけど(インタビュー時はみちのく大賞典の前)、そのおかげと言うか、今シーズンは鈴木祐騎手もいい感じでスタートできたんじゃないですか?
ランガディアといいグランコージーといい凄く走る馬ばかり乗せてもらって、自分の経験にもなります。それがこれから良い方向になって行ってくれれば良いですね。
やっぱりああいう"強い馬に乗って強いライバルと戦う"というのは乗っている騎手にとってもいい経験になるんじゃないのかなと思うけれど?
凄く良い経験になっていると思います。自分にとっても馬にとってもですね。本当に恵まれているなと。
ランガディアはレースぶりも良いものね。シアンモア記念の激闘なんか見事でした。
ファンの皆さんにも楽しんでいただけたレースになったんじゃないのかなと僕も思っています。
シアンモア記念ではエンパイアペガサス(右)との激闘を制した(2020年5月10日)
ああいうレースは、乗ってる方はやっぱり神経が擦り減る感じ?
もう本当にひやひやですよ。心臓がバクバクです(苦笑)。
それは強い馬を勝たせなきゃいけないっていうことで?
本命馬、人気の馬に乗っているというプレッシャーはありますね。絶対に失敗はできないという気持ちで乗っていますから。
シアンモア記念では返し馬で"赤松杯の時よりも元気がないのかな"と感じて、レース中も若干手応えが薄いかなっていう所があったのですが、自分の指示にしっかり反応してくれたし最後まで頑張ってくれた。すごく一生懸命走る馬。力がある馬なんだと改めて思いました。
今後距離が延びたり、あるいは短くなったり、はたまた芝になったりという可能性もあると思いますが、どういう走りができる馬だと思いますか?
あまり短い距離だと流れに乗り切れなくて厳しい競馬になるかもしれません。終いの脚を使ってくれる馬なのでマイルより短くなると持ち味が活きないかもしれないですね。長くなるのは問題ないと思います。良い競馬ができるんじゃないのかな。芝の実績もある馬なのでこれからどう変わっていくか自分も楽しみにしています。
一條記念みちのく大賞典も制しランガディアで重賞3連勝達成
さて話を変えて。鈴木祐騎手がデビューして今年で5シーズン目。もう新人・若手というよりは中堅という感じにもなってきたんだけども、最近の自分に"何か変わった感"のようなものはありますか?
ちょっとスランプ気味と言うか。今ちょっと壁にぶち当たってるような感覚ですね。それは勝ち星的にも、乗り方的にもですかね。どうやればもっと勝てるんだろう......って考えすぎちゃって、迷っている段階ですね......。
随分正直に言うね
いやそれだけ本気でそう思っているんですよ。
見ている分にはよく頑張ってると思っているんだけども。
まあ騎手にゴールはないですからね。常に研究ですから。チャンスがあれば他地区で乗ってみるとかそういう経験を積むのも有りかなと思っています。
一條記念みちのく大賞典は久しぶりに若手騎手の制覇になった
では最後に、ファンの皆さんに一言。
まだしばらくは無観客ですが、自分も頑張りますので応援してください。
あ、もうひとつだけ。ヤングジョッキーズシリーズは、やっぱり若い騎手にはあったほうがいいと思う?本戦まで進んだ先輩として(インタビュー時、今年のYJSの開催は未発表)。
それはあった方が良いと思いますね。かなりいい経験になると思います。ヤングジョッキーズシリーズに出るのはいろいろな経験ができて自分の経験値になってくれると思います。少々日程が厳しくなっても是非やってほしいと思いますね。
今年の鈴木祐騎手はシーズンの1/3を終えた時点で騎手リーディング8位前後に留まっており、その辺が「スランプ気味」と本人が言うことにもなっているのだろう。
とはいえシーズン前半の3歳戦線・古馬戦線のいずれもで有力馬とコンビを組み、大きなタイトルを次々獲得してきたその活躍ぶりは非常に印象深いのも確かでやはり"華"のある騎手だと改めて感じさせてくれた。今年が飛躍の一年になることを楽しみにしたい。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
デビュー2年目となった岩本怜騎手の2019年は、活躍と飛躍の1年になった。6月の早池峰スーパースプリントでは自身の重賞初制覇を飾り、年末のヤングジョッキーズシリーズ・ファイナルラウンドでは見事総合優勝。NARグランプリ優秀新人騎手賞も受賞した。今回その活躍を振り返っていただいた。
ヤングジョッキーズシリーズ優勝、改めておめでとうございました。
ありがとうございます。
まず大井競馬場でのYJSファイナルラウンド前半を振り返ってください。
初めて乗った大井競馬場のコースは、直線が長くて、3~4コーナーがちょっと急で外に振られる感じがして対応が難しかった気がしました。YJSの2戦目で勝てたのは、馬の力が抜けてましたね。馬の力のおかげで勝てました。
YJSファイナル大井第2戦、チチブリュウセイに騎乗して勝利
その夜は中山競馬場の調整ルームに入ったんでしょう? 他の騎手と何か話し合ったりした?
ヤングジョッキーで来ていた皆と一緒に晩御飯を食べながら"明日の中山、楽しみだね"って話し合ってました。あと、ルメール騎手がおられたんですが、もう筋肉ムキムキで。凄い身体だなって。
そして翌日の中山競馬場での後半戦。その最初のレースで見事に勝って。これも素晴らしかったですね。
調教師からは馬群の中で脚を溜める感じでという指示があったのですが、スタートが良かったので先行する形になりました。2番人気だったのは、それほど人気になるとは思ってなかったからちょっと緊張しました。勝って馬主さん達もすごく喜んでくれたので良かったです。
YJSファイナル中山第1戦、クリノオスマンで勝利
3戦目でポイント1位になったので4戦目はポイント的に逃げ切れたら総合優勝という状況になっていました。最後の一戦はどういう気持ちで挑みましたか?
ハナに行ってこその馬だと考えていたので、できればハナに......と思っていたのですが、思っていたより進まなくて3番手ぐらいになってしまいました。3~4コーナーでもすごく楽に動けて実況でも"手応えが良い"と言われていたのが聞こえて。これなら......と思ったんですが。止まったっていう感じではなかったんですけど。気がついたらいつの間にか皆に交わされていた感じ。ゴールした時には"あっ、これ何着だ?"って周りを見回しちゃいましたね。
それを見ていて自分もちょっと焦った......。しかし見事総合優勝達成でした。
表彰式で表彰台の真ん中に立った時には"若い騎手の頂点に立った!"みたいな感覚がやっぱりありました。一番高い所じゃないですか、表彰台の。だからこう、本当に気持ち良かった。
YJSファイナル中山の表彰台では一番高いところに立った
もうちょっと派手に喜んだりするかなと思ったんだけど、意外に抑え気味だったね。
全国に映像が流れるのかも......と思ってちょっと控えめにしていました。
さて、ヤングジョッキーズシリーズを振り返って、若手同士の戦いは面白かったんじゃないですか。
予選もファイナルラウンドもめちゃくちゃ面白かったですね。お互いに切磋琢磨できますし、負けても勉強になる。自分の同期はどんなふうに乗っていたかとかいろんな研究ができて、いろいろな競馬場にも行ける。やっぱり同世代じゃないですか。負けていられないなって改めて感じました。
そしてそんな活躍が認められて"NARグランプリ優秀新人騎手賞"を受賞しました。岩手からは鈴木祐騎手に続いて2人目の快挙です。その表彰式に出席して、いかがでしたか。
こういう名誉ある賞をいただいて嬉しいです。何より一生に一度の新人賞ですから。表彰式ではもの凄い数のマスコミの人たちに囲まれて緊張しました。ヤングジョッキーの大井や中山で乗っている時の方が気が楽でした(笑)。でも、どんな形でもいいのでまたこういう表彰式に出たいとも思いました。
岩手競馬での昨シーズンを振り返りましょう。デビュー2年目でジャンプアップしましたね(18年度:48勝→19年度:89勝)。
たくさん乗せていただけたおかげですね。こんなに勝てるとは思ってなかったです。重賞も勝つことができましたし、自分的には良かったシーズンだったなと。
1年目よりはよく考えて乗るようになったんじゃないでしょうか。デビューした年は乗り方がちょっと荒かったり、落ち着いて騎乗できなかったんですけど、2年目の昨シーズンは周りの馬の動きとかペースとか、自分なりにいろいろ考えながら乗るようにしていた。それが良かったのかな。
早池峰スーパースプリントをサインズストームで制し重賞初勝利
最後に、怪我で乗れずに終わったのが残念(1月5日のレース中に骨折し、出場が決まっていた高知・全日本新人王争覇戦と佐賀競馬での期間限定騎乗を辞退)。
佐賀で期間限定騎乗して自分をレベルアップさせたいと思っていたんですけど、怪我でできなくなったのは残念でした。
その怪我の具合はどうですか? 新シーズンには間に合いそう?
3月の開催からレースで騎乗するつもりです。ただやっぱり怪我から復帰して体がレースに慣れるのを待たないといけないでしょうし、特に目標とかは立てずに、徐々に調子を上げていればいいなとも思っています。
では、最後にオッズパークで馬券を買ってくださっているファンの皆さんに一言。
新シーズンは怪我からの復帰で一からやり直しになりますが、改めてスタートして、昨シーズンよりも良い結果が残せるよう頑張りますので応援よろしくお願いします。
YJSファイナル中山ではJRA初騎乗で勝利
シーズン最後の週になって運悪く怪我をし、その後の予定が変わってしまった岩本騎手だったが、ここで話してくれたように3月20日からの岩手の新シーズン開始からレースに復帰するつもりとのこと。昨年以上の活躍を見せてくれることを楽しみにしたい。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
関本玲花騎手は岩手競馬では史上8人目(平地のみ。けいが競走を含めれば9人目)の女性騎手であり、また久しぶりの二世騎手でもあってデビュー前から注目を集めていた。10月5日にデビューして2日後の7日に早くも挙げた初勝利は"免許交付から7日目の初勝利"という近年の岩手競馬で"最速"の記録ともなった。今回は初勝利を挙げて一息ついた関本玲花騎手にお話を伺った。
まず最初の質問は"なぜ騎手になろうと思ったか"です。
父が騎手でしたから(関本浩司元騎手・現調教師)小さい頃から競馬を見に来たりしていて、周りの騎手の姿を見ていて自分も自然と騎手になりたいなと思いました。物心がついた頃にはもう騎手になりたい、騎手になろう、と考えていたので、正直いつ頃そう思ったかというのが記憶にないくらいです。ごく自然にそうなった、という感じですね。
お父さんも騎手だったという二世騎手は少なくなくて、厩舎で育ったから小さい頃から馬に親しんだ......という人もいると思いますが、関本玲花騎手はどうでしたか?
小さい頃、厩舎の馬の運動の時に跨らせてもらった事はありましたが、きちんと乗ったのは教養センターに入ってからでした。
合格するまで少し時間がかかった。
1年半かかりました。最後の、3回目の試験で合格しなければもう諦めようと思っていました。
そして念願かなって教養センターに入りました。どんな学校生活でしたか?
最初の頃は凄くきつかったですね。2年目に入ってようやく良くなってきた感じ。男子は力で抑えて乗る様なところがありますが、自分は力を使わない、力で抑えない騎乗ができるようになって、その頃から自信が付いてきたかな。
その、1年目と2年目で変わったきっかけのような事は何かありましたか?
同期が上手く乗れない馬がいたんです。引っかかってうまく扱えないような。その馬が自分に回ってきた時は正直周りも"どうせ乗れないだろう"と思っていたのでしょうが、自分はその馬をうまく乗りこなすことができた。それから周りの見る目が変わってきたように感じました。最後の頃は男子にも負けないと思って騎乗していましたね。
厳しい1年目を乗り越えて成長していったんですね。
もう本当に教官の皆さんのおかげです。入学した頃の自分はもう何をやってもダメで、"こんな下手な子をどうしたらいいんだ?"っていうレベルだったと思います。周りからは"厩舎生まれだから基本的な事くらい知っているだろう"と思われていたかもしれませんが、本当に何もできなかったから。
競馬場実習で笠松競馬に行ったじゃないですか。あれもいい経験になったんじゃないかな。
はい。水沢とは違う他の競馬場のコースで乗るのは凄く新鮮な感じでした。
ただ、いきなり知らない所に飛び込んだ形じゃないですか。不安もあったんじゃないかと思うんだけど。
行くと決めた時は、知っている人もいないし知らない世界だし、不安はあったかな。でも行ってみれば何とかなりました。佐藤友則騎手をはじめ笠松の皆さんに良くしてもらいましたし。
笠松での経験を振り返ってみて。どうだった?良かった?
良かったです。岩手の人だけじゃなくて笠松の騎手の方にも技術面とかいろいろ教えてもらえたし、やはり競馬場によって乗り方も違うから、それを体験できたのは良かったです。逆に、笠松の調教の進め方に慣れて水沢に戻ってきたので、最初ちょっと戸惑いましたね。
初騎乗(10月5日盛岡第2R)。左は父の関本浩司調教師
さて、卒業して騎手になりました。初騎乗、どうでした?レースの事は覚えている?
最初から最後まで覚えていますよ。ゲートを出て外に行って、他の馬に寄って行ってしまって。初騎乗なのに裁決から電話がかかってきました。もう一生忘れられない初騎乗ですよ(苦笑)。
新人騎手は盛岡の方が乗りやすいという事が多いけど、考えてみたらデビュー戦が初めての盛岡での騎乗だったわけか。
返し馬で自分の方がキョロキョロしてましたよ。コース自体初めてだから、どこに行けばいいんだろうってあっち見たりこっち見たり。自分が。盛岡のコースは広いなあ、って感じました。コーナーも緩いし。左回りのレース自体は、教養センターで右回り左回り両方走って訓練するので慣れていたつもりでしたが。
初勝利(10月7日盛岡第2R)はデビューから3日目だった
初日から何度も掲示番に入って、そして3日目にさっそく初勝利を挙げましたね。
良い馬に乗せていただいて感謝しています。勝てたのは自分の力じゃなくて馬の力だったので。本当にありがたいなと。
その初勝利の時、レース後に引き上げてきて"緊張して膝がガクガクすると言っていたけど、やっぱりそういうプレッシャーがあった?
もう本当にグリグリの本命だったから......。前日なんかも周りから"明日は本命だな"って言われるし、これで負けたらどうしようと思って......。レースの後は身体とかではなくてとにかく緊張感で疲れました。
早く次の一勝がほしいね。
そうですね。自分の力で勝ちたいですね(10月28日に2勝目を挙げた)。
自分の力で、と言うけれど、最初は馬群の外を回るレースが多かったように見えましたが、少しずつ馬群に入ったり内ラチの方に進んだりしてるよね。
最初は馬群の外ばかり回ってしまっていて馬群の中に入るのも怖かったんですけど、少しずつ中にも入るように。水沢開催に移る前にできるようになっておかないと、水沢は小回りでだしスタートしてすぐ位置取り争いになるから、上手く乗るという以前に他の騎手に迷惑をかけてしまいます。
まず初勝利は挙げました。そこで今年のこの後の目標とすると?
レースの中で自分のやりたいことをちゃんとやって乗れるようにしたいです。こう動きたい、こうしたいという騎乗ができるように。まだ馬に乗せてもらってるし、自分の乗り方も決まってないから。そこを見つけないといけないなと思っています。もうちょっと工夫して何とかしないと。
もうすぐ開催が水沢に変わるしね。
すごく緊張していますが、頑張ります。
では最後にオッズパークの会員の皆さんに何か一言を。
まだデビューしたばかりで馬券を買ってくださっているファンの皆さんの事まで気が回らないのですけども、自分も頑張りますので皆さんも応援してください。
デビュー前後は複数の"密着取材"もあって"インタビュー疲れ"のようなものも感じられた関本玲花騎手だったが、初勝利を挙げてその数も減ったかだいぶ落ち着いて、"普通の騎手"として騎乗を重ねている。当面の夢の一つは「騎手として笠松競馬で騎乗すること」。"恩返し"ができる日が一日も早く来ることを楽しみにしたい。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
岩手の3歳二冠を達成したパンプキンズ(水沢・伊藤和忍厩舎)は来る9月16日の不来方賞で三冠目に挑む。レースを目前に控えて、パンプキンズの手綱を取る菅原俊吏騎手にここまでの同馬のレースについて、また不来方賞への意気込みなどを話していただいた。
昨年のデビュー戦を勝ったパンプキンズでしたが、その後しばらくは一進一退の成績が続きましたよね。
2歳の頃はやはりまだ身体がしっかりしていなくて、若馬にありがちな弱さみたいなものもありましたね。流れが合わないと脆さを見せることもありましたが、ただデビューの頃から良いスピードを持っている馬だというのは感じさせていました。
デビュー間もない頃は先行争いで競り合いになって、それで気分を損ねたら止まってしまう......というようなシーンを何度か見た記憶があります。それが寒菊賞の頃からか、粘り強さを発揮するようになりましたね。
そうですね、寒菊賞のひとつ前のレースの頃から馬の状態が凄く良くなってきていて、レースの結果にも現れるようになりました。パンプキンズがレースに慣れていたのもあるでしょうし、いろいろな距離を経験しながら力を付けていたんだと思います。
芝の新馬戦を勝ったパンプキンズ(2018年8月14日・盛岡第3レース)
そして今は2000メートルの重賞も逃げ切るくらいになりました。2歳の頃と3歳になってと、パンプキンズが変わった点、成長した点はどんな部分ですか?
距離に関してはレースするにつれてスタミナもついてきましたね。一番は体がしっかりしたことでしょう。そこがしっかりしてきた今はもう、距離もスタミナもあまり気にしなくてよくなりました。
昔は、なんというか展開に左右されやすいというか揉まれたらつらいというようなところを感じましたが、今はそういうイメージはないですよね。
ですね。スピードもありますけど折り合いもつくので長い距離でも全然問題なくなりました。強い相手に揉まれてきたのも良かったのでしょう。
少し今年のレースを振り返りたいのですが、やまびこ賞ではグレートアラカーに敗れました。その時の敗因を今になって考えるとすると......?
その前のレース(スプリングカップ)でパンプキンズが逃げ切ったせいか、やまびこ賞ではずっとマークされて、早めに仕掛けられた上にさっと交わされたという感じだったので、そういう展開の影響があったと思います。
その後の東北優駿は、逆にマークされてもやり返してやるぞみたいなレースでしたよね。
そうですね。それ(やまびこ賞)があったから、もう並ばせないように並ばせないようにと、少し早めでも積極的に戦いました。パンプキンズもよく頑張ってくれました。
東北優駿は見事な逃げ切り勝ち(2019年6月9日・水沢)
そして前走のダイヤモンドカップ。短期放牧を経て一足早い秋初戦という感じになったんですけども、ひと夏を越したパンプキンズはどうでしたか。
放牧と言っても牧場では坂路でしっかり乗り込まれていたという事だったので心配していなかったんですけども、暑さの影響は少し感じましたね。他は問題なかったです。ひとまず順調に夏を越せたと思います。
そのダイヤモンドカップは、いわゆる"負けられないレース"になったじゃないですか。乗る方としてはプレッシャーもあったと思うんですが。
正直もう、絶対に負けられないと思っていました。枠が大外で、水沢の1600メートルは外枠から最初に無理をすると脚を使いすぎてしまうという心配もあったんですが、なまじ2、3番手につけるよりはいつもの競馬をした方が良いと思って思い切って戦いました。
ダイヤモンドカップも制して二冠達成(2019年8月18日・水沢)
今はそういうふうに、少々無理をしてハナに行っても頑張れるくらい馬に力がついていると?
そうですね。乗っていてもそのへんは全然心配しなくていいですね。
さて次は不来方賞になるんですが、今の段階でどう戦うかを聞きたいのですが......。結構、いろんな馬が転入して来ちゃいましたね。
2歳の頃に戦ってる相手が多いとはいえ、あちらも力をつけているでしょうし。リセットされたような感じで読みづらいですよね。何がどうなるか正直想像がつかないですけど、乗る方としては自分の競馬をやり通すしかないと思っています。
盛岡の2000メートルという条件は今のパンプキンズにとってどうでしょうか?
ストレートのスタートからになるので、スタートが速いからハナに立つのは難しくないと思うんですけども、問題はその後でしょうね。距離が距離ですから。自分のペースで行けたら最高ですね。盛岡のコースは2歳の時走っていますがあの時も問題はなかったです。逆にコースが広い分、馬群に揉まれ込むリスクが減って戦いやすいかもしれません。いずれにせよ自分の競馬をするだけですね。
レースの前の公開になりますので、意気込みを聞かせてください。
勝てば3歳三冠なので、そこを目指して。強力なライバルがたくさんいますけど、とにかく自分の競馬に徹して、パンプキンズの力を信じたいと思います。
もうひとつ聞きたいのが、藤井勘一郎騎手について。菅原俊吏騎手が先に、オーストラリアから日本の騎手になったわけですが、あちらでは藤井騎手と同じ競馬場で同じレースに乗ったこともあったそうですね。
藤井騎手とは、半年ぐらいかな、一緒に乗ったのは。同じ車で一緒に競馬場に行ったりもしましたよ。向こうの騎手のライセンスを取ったのは多分彼の方が先だと思います。最初から一緒だったのではなくて、たまたま彼が、その頃自分が働いていた厩舎に来たんですよね。当時から結構あちこちを回っていたようです。
オーストラリアで藤井勘一郎騎手と同じレースに騎乗した際のレーシングプログラム(提供:菅原俊吏騎手)
当時の藤井騎手はどんな人でした?
昔から英語が上手かったですね。コミュニケーションも上手いし、レースもどんどん乗るし勝つしで。日本に戻ってJRAの騎手になったのも"なるべくしてなった"という印象ですね。
あっちではプレハブ小屋みたいな宿舎に住み込んでレースに乗ってたって言ってたじゃないですか。そんな頃に一緒に頑張った仲間がJRAの騎手になって活躍してるのは、やっぱり刺激になりますよね。
ですね。自分はまあ、JRAの試験を受けるとかはあれなんで、パンプキンズでJRAのレースに遠征したいですね。それでいつかJRAのレースで藤井騎手と一緒に乗れたら素晴らしいですね。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
菅原辰徳騎手は2010年にデビューして今年で10シーズン目を迎える。若手というよりはもう中堅どころになった今年はリーディングでもTOP5に入る活躍を見せている。ここに初登場の菅原辰徳騎手に、改めてデビューからこれまでを振り返ってもらった。
実は菅原辰徳騎手にこのインタビューをお願いするのは初めてだということなので、改めて騎手を目指した理由などからお話を聞かせて下さい。
そうですね、小さい頃から父によく水沢競馬場に連れきてもらっていたので、そこで競馬を見てるうちに"騎手ってかっこいいな"と思って。体が小さかったこともあって、将来は騎手になりたいなあ......と思うようになりました。
父が凄く競馬好きで、土日はもうずっとグリーンチャンネルを見ているような家庭でした。自分もテレビで競馬を見ているのが好きだったし、水沢競馬場や盛岡競馬場に連れて行ってもらうのがすごく楽しみでした。まあ家族揃って競馬好きでしたね。
とはいえ競馬の世界には特に関係がなかったわけでしょう?それでも、ゼロから始めて騎手になろうと思った?
そうですね、馬には全く触った事がなかったですね。それでも騎手になりたいと思って。いざ受かったらすぐに辞めたくなりました。教養センターに入って本当に初めて馬に乗ったり触ったりしましたから、乗るのもそうだけど、とにかく馬に触るのが怖かったです。
じゃあ、教養センターの2年間は結構大変な日々だった?
何をするにしてもみんなの足を引っ張っていて、追いつこうと思っても追いつけないし。とにかく自分だけ遅れているのが分かっていたので、なんとかとにかく追いつきたいとだけ思ってやっていた2年間でしたが、結局全く追いつけないまま卒業でしたね。技能審査っていう試験があるんですけど4回中3回落ちるし、障害の試験をすれば経路も覚えれないし......。
そうは言っても、今でこそ競馬に関係がない生徒が増えたけど、菅原辰徳騎手の頃は競馬関係から来た生徒が多かったでしょう?むしろよくやり通したよね。
両親に「帰ってきてもお前のいる場所はない」って言われていましたから(苦笑)。まあ、自分で行きたいって言って行かせてもらったから、とにかく頑張って騎手になるしかないなと思って必死でしたね。
教養センターに入った頃って、岩手競馬がすごく危ない時期だったじゃないですか。それでも岩手だったんだ
教養センターの先生からも「岩手は正直お勧めしないよ」って言われたりもしたんですけど、やっぱり自分は水沢競馬に憧れて騎手を目指したんで、水沢でデビューしたかった。例えそれでもやっぱり水沢に行きたいです、って押し切っちゃいました。
初勝利は2010年5月24日盛岡第3レース
そして騎手になったのが2010年。その1年目の事は覚えていますか?
もう全部覚えていますよ。とにかく周りの人に迷惑しかかけてなかったです。落馬事故も起こしてしまったし。普通に1周回って来る事ができてなかった。
デビュー戦の時はムチを一発も叩けなかったですから。天気が悪かったのもあって前が見えない、どこを走っていいかわからない。ムチは入れられないし、馬があっちこっち走ってもう最低でした。
1年目は3勝でしたが、次の年はぐっと増えたよね。
20勝させてもらいました。
地方通算100勝は5年目、2014年6月7日盛岡第5レース
そこからだんだん増えて、去年などは73勝になりました。
それはやっぱり、周りの皆さんがたくさん乗せてくれるから。自分はただ真っ直ぐ、ちゃんとまっすぐ1周乗ってこようと気をつけるだけです。
今年でデビューから10シーズン目なんですけど、自分から見て変わってきたとか、ちょっとは良くなったな、とか感じるところは何かありますか?
正直今でもレースでは緊張します。スタート前のゲート裏とか馬より自分がドキドキしていると思いますよ。成長してないなって思うんですけど、周りの皆さんが支えてくれて。皆さんのおかげでそうやって成績が上がったんだと思うんですよね。僕自身はまだまだ変わった手応えは何もないですね。
じゃあ逆に、どういうレースができたら"変わった"という事になる?
そうですね、しっかりゲートを切ることでしょうかね。まずスタート。良いスタートができてしっかり1周回ってきたら、でしょうか。
今は自厩舎だけじゃなく、例えば盛岡の厩舎からも騎乗依頼があったりするでしょう?そういうところは変わってきた点じゃないかな
ひとつでも多くのレースに乗せてもらえることは嬉しいことで、本当にありがたいですね。とにかくたくさん乗りたいので、もっとたくさん依頼されるジョッキーになりたいです。でも、たくさん乗りたいからと言って自厩舎の馬の調教をおろそかにするわけにはいかないですから、しっかり自分の厩舎で仕事をして、時間がある時は積極的に他の厩舎の調教も手伝おう、と心がけています。
サンエイジャック新馬戦優勝時(2016年6月18日)
話を変えて、ここ2、3年で自分が一番記憶に残っているレースを挙げるとすると何ですか。
2つあります。サンエイジャックの新馬戦とサンエイキャピタルのウイナーカップです。
サンエイジャックはゲート試験で1回落ちているんです。そうしたら新馬戦では一番いいスタートを切って逃げ切った。やっぱり2歳新馬戦というのは難しいし、思い通りにはならないなというのが印象的でした。
サンエイキャピタルは分かる。あの馬は凄いものね。
キャピタルのウイナーカップは新馬戦以来の実戦で、みんな半信半疑だったと思うんです。それがデビューから2戦目で重賞を勝ってしまった。びっくりだったし嬉しかったです。
サンエイキャピタル・ウイナーカップ優勝時(2018年6月24日)
ではこれからの目標を挙げてもらうとすると。
馬主さん、調教師さん、厩務員さんに、誰を乗せるってなった時にどんな状況でもいいので"辰徳"って言ってもらえるような騎手に。1人目、いや2人目でもいいです。そこで名前が挙がる騎手になりたいです。
もうひとつ。今年はリーディングでもいい位置にいますが、今年のこの先の目標は?
こんなに勝たせてもらっているのは皆さんのおかげ。何位とかじゃなく、1レース1レースしっかりとしたレースをしていくのが目標ですね。与えられてもらったチャンスを活かして自分の役目をしっかり果たしていきたいです。
では最後に、オッズパークの会員のみなさんに一言を。
競馬を楽しんでいるファンの皆さんに一人でも多く"菅原辰徳"という騎手を覚えてもらえれば嬉しいです。頑張りますので応援してください。
教養センターに入る頃には岩手競馬の廃止問題にぶつかり、デビューした翌年には東日本大震災にも遭い、と多難な時期を乗り越えながら、菅原辰徳騎手は騎手として逞しく成長してきたように感じる。今の彼ならもう一段階上の活躍を期待しても良いだろう。この先の更なる成長を楽しみにしたい。
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※インタビュー・写真 / 横川典視