デビュー年からコンスタントに活躍を続ける島津新騎手(23)。4年目を迎えた年男は、帯広記念を制し今年も良いスタートをきることができました
斎藤:帯広記念はホリセンショウで、病気の鈴木恵介騎手に乗り替わっての勝利でした。
島津:朝、乗り換わりの紙が貼られているのを見て初めて乗ることを知りました。「あー乗るんだなー」って(笑)。うちの厩舎(岩本利春)の馬だからどんな馬かもわかっているし、馬体重があるから、荷物(負担重量)にも負けないと思っていました。
斎藤:レース中は、いつ勝ちを意識しましたか。
島津:障害で膝を折ったのは想定内。レースは落ち着いて騎乗することができました。障害を最初に越えた時に、もしかしたら、と思いました。ゴールまで3回止まって、残り20メートルくらいでキタノタイショウとニュータカラコマが来ているのが見えましたが、ニュータカラコマは辛そうに頭を上げていたから止まるな、と。その後、2頭が止まった時点で行けるかな、と思いました。
斎藤:ホリセンショウの田山克廣オーナーは北斗市の方で、島津騎手のお父様とよく一緒にばん馬大会に参加していますね。
島津:小さい頃から知っている人だったので嬉しかったです。周りの人も喜んでくれました。
斎藤:乗り換わりってプレッシャーはないですか? というか、プレッシャーを感じているのを見たことがないような気がします。
島津:乗り換わりは逆に、プレッシャーなく乗ることができます。いい騎手にはいい馬が乗るのだから、馬を回してもらえるのは光栄です。印が多いと緊張しますよ。逆にいろいろと考え過ぎてしまう。
斎藤:コンスタントに活躍を続けていますが、1年前と変わったと感じるところはありますか?
島津:道中、他の馬を見られるようになりましたね。帯広記念がそうでした。それまでも見られていたと思っていたけれど、今ほどではない。自分が乗っている馬だけではなく、周りの馬もわかっていないといけないから、調整ルームでは自分が騎乗していなかったレースを見るようにしています。乗っていない馬の能力が分かるようになってから、レースがしやすくなった。調教とレースではがらっと変わる馬がいるから、レースを中心に勉強します。
斎藤:3月にはばんえい記念があります。どのような存在ですか。
島津:夢! 乗ってみたい。小学校低学年の時の文集に「ばんえい記念に勝ちたい」と書いていました。当時、(祖父が馬主の)シマヅショウリキが活躍していたからなおさら。
斎藤:今、乗ってみたい馬はいますか。
島津:キタノタイショウに乗ってみたいですね。乗るのが簡単じゃないみたいだから、挑戦してみたい。負けず嫌いなんです。
斎藤:趣味は釣りだそうですが、競馬と似ているところはありますか?
島津:集中力。あと、駆け引きかな。でかい魚を釣った時の気持ちはレースに勝った時と似ていますね。厩舎作業があるのでたまの休みにしか行けませんが。
斎藤:ところで、昨年結婚されたとか。おめでとうございます。帯広記念も勝ててよかったですね。
島津:ありがとうございます、奥さんも帯広記念を勝って安心していると思います。一緒に住むようになってからは、ご飯作ってくれるので楽。5月には子どもも生まれます。
斎藤:食べてもっと太った方がいいんじゃないですか。バレンタインのチョコは届きましたか?
島津:今は62~63キロ、ちょうどいいから大丈夫です(笑)。チョコは、ファンから届くのを期待していたのに、届きませんでした(笑)。奥さんからしかもらっていません。
斎藤:女性ファンのみなさん、来年は競馬場宛に送ってください(笑)。さて、ばん馬が登場する映画『銀の匙』が3月に公開されますね。
島津:先日、関係者で試写会がありました。面白かったです。全国で公開されますし、漫画にもたくさんばん馬が使われているので見てください。ちょっとは映りましたが、それより(赤塚)健仁がいっぱい出ています(笑)。
斎藤:目標を教えてください。リーディングですか(2月24日現在83勝、8位)。
島津:今、6~10位が接戦なんですよね。来年度は100勝が目標です。今年度の目標は90かな…。これからは、ベテラン騎手を引きずり下ろすくらいの活躍をしたいです(笑)。 今年は例年ほど帯広は寒くないんです。ぜひ本場に足を運んで、馬の迫力を感じてください。
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※インタビュー・写真 / 斎藤友香
2008年度から5年連続リーディング、ばんえいのトップジョッキー鈴木恵介騎手。今年度(2013年度)も1月13日現在で143勝を挙げトップを独走、重賞でも4勝を挙げ、ばんえい界を牽引する存在となりました。
斎藤:昨年12月には3歳重賞を連勝しました。オークスのナナノチカラと、ダービーのオレノココロ。
鈴木:ナナノチカラの障害を降りてからの脚は、古馬を含めても指折りだね。馬主も厩務員も調教師もみんな、このレースを目標に力を入れていた。狙って獲った、ということがうれしい。
オレノココロは、障害は上手なんだけど、天板で膝が甘くなることがあるから、それさえなければ、と思っていた。調子はよかったし、結果ひと腰で上がった。最初はゴール前で失速するタイプだったけど、辛抱強くなってきた。体も大きいんだよね(ダービーで1106キロ)。もともと背が高かったけど、幅も出てきた。時計がかかるレースの方が向いているかも。
斎藤:3日、天馬賞(松田道明騎手騎乗)で初の4歳シーズン三冠を制したホクショウユウキも、柏林賞とはまなす賞に騎乗しています。
鈴木:松田さんが怪我をしていた時の乗替りだったからね。一昨年の年末ころから体ができてきた。真面目な馬だよ。
斎藤:多くの馬に騎乗されていますが、これからの古馬戦線はどの馬で行くのでしょう。オイドンはいかがですか。
鈴木:誰になるかな。オイドンは、スピードはもちろん、前へ、前へ、という気持ちが強い馬。でも、止めても前へ行こうとする。平地競馬でいう「かかる」状態。それが直れば、息が入る(高重量の)古馬のレースでもいける。夏場は喉の手術をして休んでいたから、これからどこを使うかな。
斎藤:3月にはばんえい記念も控えていますね。2012年には、ニシキダイジンで初めてばんえい記念を制しました。
鈴木:騎手になった時、夢はばんえい記念に出ることだった。ミサイルテンリュウでばんえい記念に乗るようになってからは獲るのが夢。だから、勝った時は騎手人生で一番嬉しかったね。ダイジンの良さは、力はもちろん障害の巧さと先行力。馬主さん(仙頭富萬オーナー)もその年に亡くなったから、獲ることができてよかった。
ニシキダイジンで2012年のばんえい記念を制覇
斎藤:ばんえい記念も獲って、次の目標は。
鈴木:2000勝かな(1月13日現在1650勝)。やってみたいのが1日全勝。1日で最大7つ乗れるから7勝。5勝と2着2回は一度あるんです(2011年7月3日)。
斎藤:それはすごい! 近年の活躍ぶり、自分で変わったと思うところはありますか。また、レースで気をつけていることは。
鈴木:いい馬に乗せてもらっているからです。前よりは、平常心を保って乗れるようになっているかな。勝てるところできっちり勝つ、というように。2着で終わっていたところを、1着に持ってこれるようになった。結果を出したから馬がまわってくる、という流れはあると思う。
レースで考えているのは200mをいかに乗るかなんだけど、1番大事なのは、障害をひと腰で上がること。2番目は、1障害から2障害の手前まで。息の入れ方に注意し、他の馬が楽にならないように駆け引きをしながらレースを進める。レースのビデオはよく見ていて、競馬場にいるうちの8割の馬の能力は頭に入っている。レースの前に大事にしているのは馬の調子がいいか悪いかを把握すること。攻め馬で1回さわればだいたいわかるから。
斎藤:ところで、今年度、騎乗がキャンセルになることが多くて心配です。
鈴木:8年くらい前かな、2歳戦でレース前に馬から落ちて、背骨が2箇所つぶれたんです。最近になって痛みが出てきて、右の肩甲骨の辺りが痛い。騎乗が増えて、きわどいレースも多い有力馬に乗るようになったことが、逆に負担になったのかもしれない。レースではアドレナリンが出て痛みは忘れるけれど、ひどい時は痛み止めを打つときもあります。
斎藤:落ち着くといいですね......。さて、最近若手騎手が伸びていますが、鈴木騎手から見て巧いと思う騎手は誰でしょうか。
鈴木:藤野さんはすごいね。馬の御し方もだし、障害上げるのも巧い。
斎藤:若手はいかがですか?
鈴木:まだまだ、俺を越せるのはいない(笑)。あいつらに抜かれたら引退するわ(笑)。勉強が足りないな。レース見たり...、うまい騎手の乗り方を何回も見たり、自分の乗っている馬が他人でうまくいった時に何回も見たりするとかしなきゃ。
誰か、と言われれば、島津新かな。まだ甘いところがあるけど、冷静だね、あわてない。
斎藤:3月には大レースも控えています。ファンに一言お願いします。
鈴木:テレビで見るのと近くで見るのとでは、馬の大きさの感じ方が全然違う。本場に来て見てほしい。特にばんえい記念。2障害で1トンを引っ張る姿や、障害を降りてからゴール前までの駆け引きも見られるから。近くで迫力を感じてほしいです。
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※インタビュー・写真 / 斎藤友香
7月の北斗賞で念願の重賞初制覇を果たした浅田達矢騎手(36)。奈良県出身、遅い競馬デビューの苦労人が、ここ最近めきめきと頭角を現し始めています。
斎藤:ばんえい競馬では珍しい奈良県出身ですね。騎手になったきっかけを教えてください。
浅田:明日香村の出身です。医大の受験に失敗して、悩んでいる時に北海道を訪れました。関西人は「北への憧れ」みたいなのもあるんです(笑)。自転車で旅をしている途中、アルバイトをした牧場にばん馬がいたのですが、結局そこに2年いました。
ある日、北見競馬場に連れて行かれて、レースの迫力に衝撃を受けました。自分は背が高い(179センチ)し、年齢制限もないというから、自分には騎手がぴったりかな、と。
23歳で厩務員になり、2回目で騎手試験に受かったので、騎手になったのは27歳。競馬場は、何もかもが面白かった。馬もだし、人間も個性的。勝負の世界だからみんなこだわりがあるんです。
斎藤:2005年にデビューして以来、思い出に残る馬やレースは。
浅田:シンエイスターですね。星(減量)が取れて、いろいろと大変な時にも乗せてもらった。真面目な馬なんです。レースはニシキダイジンの帯広記念(2009年、9番人気で2着)ですね。あれは悔しかった! まだ、(重賞)獲るのは早いんだととらえました。
斎藤:ニシキダイジンをはじめ、惜しい重賞2着が何度かありましたよね。インフィニティーで重賞初制覇となった、北斗賞について教えてください。ゴール前は接戦でしたが、勝ったのはわかりましたか。
浅田:わかりました。ホッカイヒカル(2着)に勝ったな、と。着順が掲示板に出たとき、スタンドが揺れるのがわかって興奮しました。馬場が重かった(0.7%)けど、頑張ってくれましたね。オッズパーク杯(4月)は自信があったのに大事に乗ってしまって3着だったので、そのレースを教訓にしました。
斎藤:金田先生も涙を流して喜んでいましたね。お父様も来られていました。
浅田:元騎手だった先生には、いつも「俺の夢を実現してほしい」と言われていました。金田厩舎に来たのは3年前ですが、やっと恩返しができた。ここで勝ててよかった。馬と、先生、オーナーの駒井さんに乗せてもらえたおかげです。そう、父が来ると勝つことが多いんです。
斎藤:インフィニティーはどんな馬ですか。また、兄弟(6歳トレジャーハンター、3歳クインフェスタ)にも乗っていますが、それぞれの特徴は。
浅田:気性が荒いので、競ったら強いんです。去年の春からよくなりましたね。インフィニティーとクインフェスタは似ていますね。持続力があるタイプ。インフィニティーは2、3歳の頃は細かったけれど4歳になって体が出来てきて、クインフェスタと成長の仕方が似ていると思う。トレジャーハンターは瞬発力だし比較的早熟タイプ、全く違いますね。残念ながら母馬のクインフェアーは死んでしまったそうです。
浅田騎手とクインフェスタ
斎藤:ばんえいグランプリも僅差の3着でした。
浅田:勝てたかなと思ったけど、ちょっと足らんかったな。残り10mで先頭だったけれど......最初にしてはよく800キロをこなした。これからはハンデがついて大変だけど、いいレースをしていきたい。目標はもちろん、帯広記念、ばんえい記念ですね。
斎藤:ゴールはそりの後端ですが、僅差でもわかるものですか?
浅田:わかるね、脚色でだいたいわかる。あと、「ハナ木」(そりの前部分)を横と比べることもあります。
斎藤:ここ数年勝利数、勝率と上がっていますが、自分で「変わった」と思うところはなんでしょうか。
浅田:以前よりは、レース中に周囲が見えるようになったかな。でも、もっとばん馬を勉強しなくては。筋力も付けたい。やることはいっぱいあります。
斎藤:普段は家族サービスでしょうか?
浅田:(笑)。子どもは4歳の娘と1歳の息子がいます。
斎藤:ファンに一言お願いします。スタンドに入ってすぐのところには、浅田騎手のパネルとそりが置かれていますよね。
浅田:まだ置いてありますか(笑)。ここで写真を撮ってくれるのはうれしいですね。馬はマルニシュウカン(初勝利を挙げた馬で、映画『雪に願うこと』で主役を演じた馬)ですよ。
自分は、最初は場外でばんえいを見てて、その後、生でばんえいを見て衝撃を受けたんです。だから、競馬場に来て見てほしいです。最初は取っつきにくいかもしれないけれど、深く理解してわかったら、さらに魅力を感じられると思います。
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インタビュー・写真 / 斎藤友香
デビュー29年目を迎え、7月28日現在、通算2935勝のばんえいトップジョッキー、大河原和雄騎手。関係者やファンから高い評価を受けており、今年はキタノタイショウとのコンビで注目が集まります。
斎藤:出身は道東の別海町ですね。
大河原:実家は牧場で、中学生のころから家の馬でばん馬大会に出ていた。サラブレッドの騎手になりたかったけれど、体が大きくなったからばん馬にしました。今は、双子の兄が牧場を継いでいます。21歳で競馬場に入って、騎手になったのは25歳。当時でも遅めだったね。最初は晴披(はれまき)孝治厩舎に入って、久田(守、現調教師)がその時の先輩になる。
斎藤:キタノタイショウで今シーズン重賞2勝。どのような馬ですか。
大河原:臆病。何にでも驚くよ、水たまり、物音、カメラのフラッシュ。馬には、見て驚くのと音に驚くのと2種類いる。カネサブラックは物音に驚くタイプだったけど、タイショウは見て驚く方だな。臆病な馬の方が最終的に強くなる。サラブレッドでもそうだけど、逃げたがる性格を使ってレースをする。このくらいなら大丈夫だ、と。
タイショウは1歳の時から見ていたけれど、「違うな」というオーラがその時からあったよ。競馬場に入ってからは、俺が調教をつけていた。体壊したりしてテスト(能力検査)は良くなかった。それから体調を整えたからデビューは7月だったんだ。
北斗賞(7月14日、5着)は夏バテ気味だったのもあるかな、20キロ(差)は問題ない。今後はグランプリだね。
キタノタイショウ(2011年1月3日、天馬賞優勝時)
斎藤:騎乗停止中の1回を除いて、全て大河原さんが騎乗していますね。
大河原:ずっと乗せてもらえるのってばんえいでは珍しいから。(服部義幸)先生のおかげだ。服部さんは、気持ちを伸ばしてくれる先生だね。騎手でも、馬でも。我慢強いんだ。
斎藤:来年3月のばんえい記念については。
大河原:今年3着だから、それ以上は獲らないと。今年はばんえい記念の調教に時間がちょっと足りなかった。強い調教をしては休ませて、を繰り返すから。1カ月くらいはかかるんだ。時間があれば、もっと行けたと自分では思っている。
斎藤:数々の名馬に乗られていますが、一番思い出に残る馬は。
大河原:一番強いのはリキミドリだ。タイショウやカネサブラックにも乗ったけど、感度が違う。いい筋肉をしているし、センスの塊だった。イレネー記念を勝った時は、ゴール前手綱を持ったままだったんだよ。朝から「寿司取っとけ」って言ってたくらいだもの(笑)。残念ながら疝痛で、7歳の時に死んじゃったけどな。服部厩舎に入ったときに、ちょうどリキミドリが2歳だったんだ。リキミドリのオーナーは、タイショウと同じ木下英三さんなんだよ。
斎藤:明け3歳のイレネー記念を6勝し、能力検査でもほぼ毎年全てのレースに騎乗するなど、若馬での活躍も目立ちます。気をつけていることはありますか。
大河原:リラックスさせることかな。体を固くしては、能力が出せないからね。
斎藤:若い騎手に言いたいことはありますか。
大河原:あるとしたら、もう少し体をケアしろ、ってことだな。騎手として動きやすい体にしておけって。俺は年だから、トレーニングというよりは体をほぐしているよ。
斎藤:大河原騎手は、ゴール前ムチを入れずに馬を進ませている印象があります。
大河原:声をかけたほうがムチより効くんだ。叩くより、ハミをあてて「おら!」っていった方が行く。逆に、燃料なくなってアクセル踏んだって動かないでしょう。それと同じこともある。レースで大事にしているのは、馬が嫌がることはしない、ということ。
斎藤:ばんえいの魅力は。
大河原:子どもの目線でレースを観戦できるってことだね。子どもの足でもついていける。
斎藤:今後の目標を教えてください。
大河原:まずは目の前の3000勝です。
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インタビュー・写真 / 斎藤友香
ばんえい競馬は平地競馬に比べて騎手の技量が結果につながる割合が高いという面がある。となると、頼りになるのは経験豊かなベテランジョッキー。そのひとりである安部憲二騎手は、騎手会副会長としてばんえい競馬を盛り上げる役割も担っている。
安部騎手は2012 年12 月2日にフジテレビ/関西テレビ系列で放映された『ほこ×たて』で、ばんえい競馬の威信をかけて「絶対に滑らない最強のゴムシート」と戦った。
対戦の話があって、出す馬はテンマデトドケ(服部義幸厩舎)に決まったんですが、その主戦騎手の長澤(幸太)くんが「テレビだと緊張してしまう」と言い出して、それで関係者全体で話し合った結果、僕が手綱を取ることになったんです。全国放送ですから、なんとしてもアピールしなきゃと思ったので、どんなパフォーマンスができるかという問い合わせには、いろいろ提案しましたよ。そのひとつが綱引き。相撲部やら柔道部やらアメフト部の人が来て対戦しました。放送上ではテンマデトドケが圧勝していますが、じつは1回負けているんです。馬って、体が前に進むようにできているから、ふっと力を抜いたときに後ろに引っ張られると対応できないんです。
そういった経緯がありつつも収録は進み、本番の勝負では快勝となった。
ソリが軽すぎるとゴムシートに乗せたその前部が浮き上がってしまうので、荷物と合わせた総重量は800kgに設定しました。それでもまあ勝てるかな、とは思っていましたけどね(笑)。ばん馬のすごさを宣伝することができてよかったです。
テレビ収録が初のコンビながら好結果。ばんえい競馬では平地以上に人と馬とが呼吸を合わせることが重要だ。
いちばんの基本はまっすぐ進ませること。次の基本は負荷をかけるメリハリですね。叩く、すかす、しゃくる。第2障害を降りてからの5m、10 mの間に、その3つのうち、その日のその馬はどれがいちばん反応がいいのか判断するんです。「すかす」は手綱をゆるめる動作。「しゃくる」は、荷物を曳いているとだんだん頭が下がってきますから、その頭を起こす動作ですね。馬は気持ちで頑張りますから、それを感じてやらないと。あとはハミ。ハンドルにもアクセルにもブレーキにもなりますから、正しいハミ遣いができるかどうかで、100の能力が20にも120にもなるんです。
北見記念ではギンガリュウセイを連覇に導いた
写真●ばんえい十勝
ばんえい競馬において、そういった技術を習得するには、たくさんの経験が必要だ。
ばんえい競馬は親類関係などの絆がとても深いんですが、僕はそれを持っていませんでした。それもあって、減量がなくなってから2年くらいは、厩務員として担当している馬でレースに出るのが大半。だから何かきっかけを作ろうと考えましたよ。それで行き着いたのが、人前に多く出るということ。用もないのに調教コースに行って、いろいろな人と話しました。そういったなかで、だんだん結果が出てきたように思います。あと、ばんえい競馬はその馬のことを知っていないと、というところがあります。だから絶えずレースVTRを見て、現役馬を全て覚えました。今でも調教中に見える馬とか、その名前などがわかりますよ。
手綱を取る役目がいつ来てもいいように準備する。それが「テン乗りの安部」という異名につながっているのかもしれない。
勘はよく当たるほうかな、とは思っていますけれどね。でもそれも必要なことで、第2障害を越えさせるための技術は、瞬間芸のようなものだと思っているんです。能力的に抜けているわけではない馬を、ロスなく上げさせるためにはどうすればいいのか。第2障害に挑むとき、馬は前傾姿勢になりますから、ヒザをつく可能性が高くなるんですよね。そうなる手前のギリギリのところで手綱を一気に引っ張って体を起こすんです。そのタイミングの見極めが、瞬間芸という意味ですね。自分としては、第2障害に自信を持っているんですよ。
宮城県北部出身の安部騎手が北海道に来てから30 年が経った。そのなかで、調教方法も少しずつ変わってきているらしい。
馬の背中に乗って運動させることが減りましたね。以前は朝にソリを曳いて、夕方は乗り運動でした。競馬場の平地コースで競走したこともありますよ。でも乗り運動は、馬を御す上で重要なことだと思うんですよ。要は人間も馬も慣れなんですが、人が乗らない、だから馬も慣れないという流れになってしまっている気がしますね。
何しろ相手は強大なパワーの持ち主。信頼関係を築かないと人間が危ない。
去年(2012年)の夏、馬に蹴られてしまいました。そのときは馬場入場時にトラブルがあって、それでもスタート地点に着けたことで気が緩んだんでしょうね。いつも通り、ソリの横でレース前の準備をしていたその場所が、普段よりすごく前。そうしたらいきなり後ろ脚が飛んできたんです。瞬間的に防御の構えをとりましたが、左手の指が裂傷、右手の甲の軟骨が変形してしまいました。
人と馬が寝食をともにしてきたばんえい競馬。そこで安部騎手が重ねてきた勝利は1100を超えた。2012 年はギンガリュウセイとのコンビで重賞を2つ勝利している。
帯広記念(2013 年1月2日)は2着でしたが(優勝馬カネサブラック)、あれは悔いが残りました。直前に出走を回避するかもという話を聞いていたので、第2障害で馬に無理をさせていいのか葛藤があったんです。でも馬の様子を確認すると大丈夫そう。それで仕掛けたら、ふた腰で越えてくれました。でも、僕のその気持ちのロスがなかったら、勝てたかもしれないんですよね。だからこんどは大きいレースで、強い馬を負かしたいと思っているんです。
「考える時間は長いけれど、判断は一瞬。そして少しのロスの積み重ねが大きな差になってしまう」という難しさがばんえい競馬にはある。馬は大柄でダイナミックだが、サラブレッドと同様に繊細で敏感なのも特徴だそうだ。だから騎手にもそういった感性が求められるとのこと。力任せに進めばいい、というわけではないのは平地競馬と同じ。スタートからゴールまでの間に機微が詰まっている、世界で唯一の奥深い競馬である。
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取材・文●浅野靖典
安部憲二 (ばんえい)
あべ けんじ
1967年5月3日生まれ おうし座 B型
宮城県出身 岩本利春厩舎
初騎乗/1993年4月17日
通算成績/11,791戦1,125勝
重賞勝ち鞍/北見記念(2回)、旭王冠賞、ばん
えいグランプリ、ばんえいダービー、ばんえい
オークス、ばんえい菊花賞、ばんえい大賞典、
イレネー記念、チャンピオンカップなど22勝
服色/胴白・緑一本輪、そで白緑縦じま
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※2013年2月28日現在
(オッズパーククラブ Vol.29 (2013年4月~6月)より転載)