
今年3月のばんえい記念をニシキダイジンで制し、6月には通算2000勝を達成。信頼度も抜群でファンも多く、今シーズンばんえいリーディング2位の藤野騎手にお話を伺いました。
斎藤:ばんえい競馬に来たきっかけを教えてください。
藤野:出身は道南の森町。うちには牛と馬がいたんだ。小学校の時は近所のばん馬大会に出たり、馬で畑起こしたこともあるよ。
高校中退してからは、札幌のガソリンスタンドで働いていたのさ。やめて実家に帰った時に、近所の馬主さんに「遊んでるんなら競馬場入れ」ってすすめられたの。それが20歳の時。
斎藤:厩務員から、騎手を目指したのはなぜでしょうか。
藤野:すんげーかっこいいべや。だって、その当時活躍していたのは、木村卓司(元調教師)、久田守、金山明彦、岩本利春(3人とも現調教師)......。俺は7年目で受かったな。
受かったら、3月に那須の教養センターで研修があるのさ。新人騎手と制裁多い騎手が受けるの。5泊6日くらいあったかな。最後の日に初めて隣の部屋に行って、制裁を受けて来ていたどこかの騎手のところに行ったら、酒飲んで見つかってな。制裁受けて、1開催乗れなくてデビュー遅れたんだ。
研修から帰るときに家に電話したら、うちの長男が生まれてよ。忘れもしない日だ(笑)。 デビューの日は、朝の調教が終わってから一度寝たら、寝過ごして、検量に遅れて戒告よ。また怒られた。
斎藤:大物ですね(笑)。
藤野:最初の頃は、1日に1、2頭しかレースに乗れなかったな。若手騎手の減量特典も、今みたいに年数はなくて、30勝未満だけだったし。
デビューから10年くらい経った頃かな......、当時所属していた宮崎正徳厩舎にフジリキって馬がいたの。すんごい好きだったの。キレイな栗毛でな。レースぶりが好きなのさ。2障害手前に着くまでが早いんだけど、全然障害登らないの。障害から降りたら、ゴールまですんごい早いの。
違う騎手が乗ってたから「俺にやらしてくれ」って言ったんだ。調教でハミ変えたりして、障害登らせて。それからたくさん勝ったよ。数乗るようになったのはこのあたりからだな。
斎藤:シマヅショウリキ(ばんえい記念連覇など重賞9勝)について教えてください。
藤野:友達の親父が持っていた馬だから、能検からずっと乗せてもらっていたんだ。体は小さいし、腰のあたりが生まれつき不自由だから、頂点(ばんえい記念)まで取るとは思わなかった。フクイチが、初の3連覇なるか、って盛り上がっているときに、それ阻止してな(笑)。登坂力がすばらしかった。
斎藤:スーパーペガサス(ばんえい記念4連覇、重賞20勝)はいかがですか。
藤野:途中から乗ったからな。乗りたいとは思っていたけど、まさか俺に回ってくるとは思わなかった。オイドン(現2歳最強馬)に似てるよ。走るのが好きで、前に行くことしか考えていない。いい意味で、バカなんだわ。普段はおとなしいのに、レースになると自分で前に行くタイプだから。オイドンも、ペガサスみたいになるぞ。
ペガサスは、顔がかっこよかったよな。死ぬ1カ月前に一度会いにいったんだ。でも近づけなくて、遠くから見てた。寝たきりだったもの。それでも首から上は動くからこっちを見るんだ。その顔はかっこよかった。それは変わらなかった。
斎藤:ニシキダイジンについて教えてください。ばんえい記念は、前日に話を聞いたとき「勝つのは難しい」とおっしゃっていましたよね......。
藤野:荷物(負担重量)を考えれば、得意だからチャンスはあると思ったよ。ダイジンの厩務員の佐々木一夫さんは、俺が山本幸一厩舎にいた時に一緒だった人なんだ。レース後「カズさん、やったな。」っていったら「やったー」ってな。今も調子はいいし、1月2日の帯広記念を焦点に仕上げてるよ。
斎藤:レースで大事にしていることはなんでしょうか。
藤野:うーん......10頭いる中で、目標となる馬の様子を見ることかな。俺、無理なレースすることあるから制裁も多いんだよ。
障害上がらない馬が好きなんだ。自分がやって、上がったら面白いでないか。ここで上げたら勝てるかな、この位置で届くかなって、レースの楽しみあるべや。
そう言ったら、癖馬を頼まれるんだ。それをまた、俺は喜んで受けるんだ(笑)。その時? ハミ変えたり、攻め馬を工夫するんだ。平地競馬の騎手みたいに背中に乗るんなら、ハミと人間が近いしょ。それでもよれることがあるのに、ばんえいは伝える方法がハミしかなく、しかも遠い。だから馬との戦いだ。グリーンのホースの間を走らせるのが仕事だもん。
斎藤:騎手生活24年の結晶ですね。
藤野:先輩から教えられたからな。騎手に大事なのは、考え方に柔軟性があるかどうかだと思う。それと、研究熱心なこと。調整ルームの娯楽室に、レースのビデオがあるんだ。若いやつには「何回も見ればいいしょ」って言うんだ。他の人が、自分が乗っていた馬をどう乗って勝ったか。今の若い騎手は、あまり見ないものな。時代も違うけれど、おとなしいもの。
斎藤:では最後に、ファンに一言お願いいたします。
藤野:大きな馬の走る雄大な姿を見に来てください。
帯広記念でのニシキダイジン? 前の方にいます(笑)。
--------------------------------------------------------
※インタビュー / 斎藤友香
世の中に「競走」はいろいろあるが、その途中で「止まる」という動作が必要なのは、バイアスロン
とばんえい競馬くらいのものだろう。初めて観戦した人のほとんどは、そこで『?』となるらしい。
しかし、それを含めた駆け引きが魅力のひとつでもあるのだ。
世界で唯一のばんえい競馬で、平成17年度にリーディングジョッキーとなった鈴木勝堤騎手に、
まずは「止まる」話から伺った。
■スタートからゴールまで休まずに行くことは無理なんですよ。止まって息を整えないと障害を越える
ことはできません。『せーの』という感じで一気に行かないとダメなんです。こちらがいくら「行け!」と
合図を送っても、馬は苦しくなると止まってしまいます。
呼吸を整えて、いかに最後まで楽に行かせられるかが最大のテーマだからこそ、途中で止まらな
ければいけないんです。そこがばんえいの勝負ポイントでもあり、おもしろさだと思います。
だから、荷物が重いレースになればなるほど、力の差がハッキリする感じがありますね。
さっきのレースも、馬がゴール付近で止まりそうだなと思っていたら、やっぱり止まって。
ソリの上からゴール板を見たら10cmくらい過ぎていて、いやー、助かりました。
1枠だったからわかったけれど、真ん中だったらわからないものね。そういうときはドキドキしますよ。
この前も先頭だったのに、ゴールラインの上でピタっと止まって2着になってしまいましたし。
直線200mの競馬だが、逃げ、差し、追込、乗り方はさまざま。戦略というものが大きなポイントを
占める競技なのかもしれない。
■人気を背負って、勝つレースをしようというときには、前半は早めに第2障害の下まで行かせて、そこで
息を整える時間を長く取れるようにしています。そして一気に駆け登る、という感じですね。
ぼくはほとんどの騎乗予定馬をレース前日の調教時にチェックしています。そのときの動きが悪かったら
カツを入れたりして。そしてすべてのレースで他馬の弱点などを頭に入れて、どんな展開にしたらいいか
を考えて乗るんです。たとえばぼくの馬がノド鳴りを抱えている場合だったら、遅い展開を作って息を入れ
られるようになどと。
ひとまず廃止のピンチを乗り越えたばんえい競馬。コースから見る客席はどう映っているのだ
ろうか。
■最近はお客さんが増えてきたのがわかりますね。若い人も増えてきました。エキサイティングゾーン
からの応援の声もよく聞こえますよ。でも、その応援の声に惑わされないことも必要で、第2障害の
前で止まってじっくり脚をためていると「何やってんだ! 早く行け!」ってどなられることがあるんですよ。
10コースだとよけいにピンポイントで狙われて、本当はもう少しタメたいんだけれど「勝堤、行けえ!」って
どなられて、ついついGOサインを馬に出したら障害をぜんぜん越えられなくて「ああ、やっぱりなあ……」
ということも。他の騎手も同じことをよくボヤいていますよ。馬券を買ってくれている人の気持ちもわかるの
ですが、第2障害の前では静かに見守っていてほしいですね(笑)。
2007年度は帯広競馬場での単独開催。そのコースの特徴を教えてもらった。
■ここはばんえい4場のなかでいちばん難しいですね。帯広は障害が得意な馬が強いコースなんです。
障害をいかに楽に越えられるかが最大のポイントで、そして結果を出すためにはキッチリ乗らないと
ダメなコースでもあります。ですから前半も重要で、第2障害の下に着くまでに、少しでもよけいな負担を
かけると、勝つのは厳しいように感じます。
来シーズンは、夏も帯広開催となります。おそらく馬場は重くなるでしょうから、切れ味のある馬が台頭
してきそう。でもそうなると障害を登りきれるパワーがあるかどうかが微妙になりますから、むずかしい
ところですね。
トップジョッキーでいられる理由を、自己分析していただいた。
■ぼくの父は馬車使いだったんですが、手綱で馬を御していなかったんです。「チョイ」でゆっくり進んで
「ハイ」で駆け足、「オイ」と言ったら止まる。その記憶を思い出して、ばん馬の気持ちを考えるようになって
から、成績が上がってきたように思います。いまは年間でだいたい150くらい勝っていますが、勝てると
思っていなくて結果として勝ったレースって、そのうち50か60くらいはあるんですよ。
力は下でもその馬にとって合っている乗り方をすると、結果につながることが多い気がしますね。
逆に強い馬で勝ちに行こうとして負けることもあります。ぼくが思うに、ばんえい競馬は、勝ちを意識
せず、いかにいいレースをできるかが重要なんだと思います。
再出発となるばんえい競馬の魅力についても語ってもらった。
■これは本当におもしろいと思うんですよね。ぜひたくさんの人に見てもらいたいです。残さなければ
いけない競馬だと思いますし、すごく奥が深いんですから。ばんえい競馬には、よそから転入してくる
馬がいませんし、各馬の成長をずっと追っていけるところもおもしろい点だと思います。
馬というのは人間が愛情をもって接すれば接するほどに、人に応えてくれるもの。その魅力を多くの人
に知ってもらいたいですね。
「現役を続けられることになったから、まだまだ頑張りますよ」騎手会長でもある鈴木勝堤騎手は
力強く結んだ。しかしそのあと……「でもばんえいって、本当にむずかしいんだよなあ」ポツリと
岩手なまりで苦笑い。まさに心の底からにじみ出た言葉だった。帯広競馬場にて、はじめて1年を
通して行われるばんえい競馬。トップジョッキーの地位を確立したとはいえども、理想追求の騎乗は
これからも続いていくのだろう。
-----------------------------------------------------------------------
鈴木勝堤(すずきしょうてい)
1959年1月1日生 やぎ座 A型
岩手県出身 鈴木邦哉厩舎
初騎乗/1981年4月26日
通算成績/15,279戦2,036勝
重賞勝ち鞍/ばんえいグランプリ2回、北見
記念4回、帯広記念3回、イレネー記念、ば
んえいダービー2回、岩見沢記念、チャンピ
オンカップ3回など34勝
服色/胴白・水色一文字3本、そで桃
-----------------------------------------------------------------------
※成績は2007年2月22日現在
(オッズパーククラブ Vol.5 (2007年4月~6月)より転載)