各競馬場を代表するジョッキーにインタビューを実施。他では聞くことができないジョッキーたちの素顔や本音に迫ります!競馬にまつわるエピソード、今後の抱負などのインタビューをご紹介します。
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2月19日、小北栄一調教師が、ばんえい競馬歴代28人目(現役20人目)となる通算1000勝を達成しました。昨年のばんえいダービーを勝ったキングフェスタをはじめとする活躍馬や人気馬を送り出しています。
1000勝達成おめでとうございます。開業23年目での達成でした。お父様の定一(さだかず)さんは調騎会会長も務めた名調教師でした。馬の仕事を始めることになったきっかけを教えてください。
嬉しいの一言です。達成まで短いようで長かったです。高校卒業後、就職が決まっていたのですが、父がけがをしたので断って、競馬場に来て厩務員になりました。騎手を目指したが受からず、調教師を目指しました。
小北定一厩舎には1990年のばんえい記念を勝ったタカラフジがいました。
上背があって大きく、ごろんとした馬だった。スタイルが良かったな。担当は自分ではなかったけど、利口で、つなぎ場から勝手に馬房に帰っていった。
24年間厩務員を勤め、2001年に調教師デビューしました。お父様に教えてもらったことはありますか。
調教師試験に受かったのは福森浩厩舎に移籍してから。親のところにいると忙しくて勉強する時間がなかった。親とはいつも口げんか(笑)。教えてもらうことはなんも......厩舎経営の、金の回し方かな(笑)。市場や共進会で、馬のいいところも悪いところも教えてもらった。だいたいいいと思う馬は一緒だった。福森先生には結束力を教わった。そう思うと、結構調教師の仕事を見てきたんだな。開業当初はやり方がわからなくて七転八倒。わかっているようでできない。
でもすぐに、初年度からアサヒセンショウが活躍し、イレネー記念では2着でした。
アサヒセンショウはアサヒダケ系の青毛馬で、昔にしたら大きい馬だった。イレネー記念は、グレートサンデーに0.2秒差の2着。当時は中継もないから、みんなでゴールを望める場所に見に来た。自転車や車で集まってな。俺は負けたと思ったな。
以前、調整ルーム近くにあった建物ですね。ほかに思い出の馬がいれば教えてください。
2005年のばんえい記念4着のキタノスサノオも、おとなしくてあつかいやすい馬だった。
ナナノチカラは小さいけど牝馬戦で強く、(牝馬)重賞を総なめにした。コボウ抜きのレースだった。2015年のヒロインズカップではゴールまで少しのところで止まってクインフェスタに負けたな(3着)。翌年ヒロインズカップを優勝したんだ。
2016年ヒロインズカップを制したナナノチカラ
そのクインフェスタの子、キングフェスタを扱っているのは不思議な縁ですね。アサヒセンショウで勝てなかったイレネー記念も2022年に勝ってくれました。
キングフェスタは、だんだん大人になってきている。800キロ以上の荷物を積んでこれからどうなるか、だな。今は厩舎で休んでいます。
クインフェスタの2歳馬(キングブラザー)、いいと思うよ。牡馬ででかいぞ! ナナノチカラの子(カブノチカラ)は1回目(の能力検査)は受けない。メヂカラの子(オノレノチカラ)もいい感じ。
フクイズミの娘、イズミクィーンはスタイルが良かった。人に対して威嚇するところがあって、よく厩務員に怒られていたな。息子のイズミオーも、母親が大きいから、大きかったんだろう。
キングフェスタは2022年ばんえいダービーも制した
牝馬はかわいらしく、人気馬が多いように思います。
サカノチサトも、脚にソックス(四白)はいてな。めんこいのは......めんこいな(笑)。めんこくなってきたらダメだな。勝っても負けてもいいんだ、てなるからな。
暇な時は中央や南関東も見るよ。調教は違うが、小さいのも大きいのも馬は一緒。娘も馬には慣れちゃって、おっかながらなかったな。今は軽種の仕事をしています。
馬は、どのようなところを見るのでしょうか。
経験と感覚だな。そりの近くで逃げる馬や、カンが強すぎるのもダメ。人の言うことを聞いて歩く馬がいいな。軽種馬と一緒だ。甘噛み、口をカチャカチャもしない方がいい。種や肌馬も大事だけど、それだけじゃなく、引き方の案配を見る。トモ、前脚でしっかり、トコトコと歩く馬。四肢しっかりした馬。パドックは大事だ。
厩舎経営で大事にしていることを教えてください。
馬も人も大事にするってこと。結束力があった方いいな。俺だけでやるんじゃなくて、厩務員と相談する。何もなくていいから声をかける。馬の様子を教えてくれるから。馬も人もそれぞれ性格が違うから、それがわからないとけがになる。癖がわかるからね、しゃべらないと。厩務員は馬と同じくらい大切だ。
自分は、起きたら馬房を歩くのが癖になっている。まず見るのは目つきだな。疝痛の時は、目が艶っぽく光る。そういうのばかり毎日見ている。
さて、ファンの前での表彰式は2020年12月以来で、久しぶりでした。
22年長かったから。やってよかった。ファンにしゃべれるのはいいな。しゃべること考えてきたけど、話してみたらうまくしゃべれないもんだ。選挙やっているみたいだったな(笑)。
では最後に、オッズパーク会員に一言お願いいたします。
強い馬を見極めて、強い馬を作っていく。いつも変わりなく馬を観察し、状態を見ながらレースに出ていきたいと思います。今年度の競馬も、これから始まります。馬を見極めて、たくさん馬券を買ってください。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
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NARグランプリ2022年度代表馬を受賞したイグナイター。昨年は黒船賞、かきつばた記念とダートグレード競走2勝を挙げたことに加え、南部杯4着、JBCスプリント5着とJpnIの舞台でも上位争いを演じました。レース史上初の地方馬での連覇を目指し、今年も黒船賞に挑みましたが、3着。それでも悲観する内容ではなかった、と話すレースの振り返り、そして今後について新子雅司調教師に伺いました。
NARグランプリ年度代表馬受賞、おめでとうございます。園田・姫路からはケイエスヨシゼン(アラブ系)以来26年ぶりで、サラブレッドでの受賞は初でした。
ありがとうございます。南関東の馬が受賞することが多い中、兵庫のこの施設で年度代表馬になれたことは自信になりました。昨年はサルサディオーネも活躍していましたし、他にもダートグレード競走を勝った地方馬がいましたけど、南部杯とJBCで上位に入ったことも評価してもらえたのかな、と考えています。調教施設の違いで言うと、JRAには開業前に栗東トレセンへ研修に行き、逍遥馬道の存在が大きいなと感じました。山道を登ったり下りたりすることで体のつき方が変わるだろうなと思いました。でも、調教の負荷は乗り方次第でそんなに変わらないと思います。
年末の兵庫ゴールドトロフィーはまさかの5着でしたが、今年は始動戦の黒潮スプリンターズカップをレースレコードで圧勝しました。
兵庫ゴールドトロフィーは1年ぶりの地元戦で輸送がなかった分、プラス23kgと太かったと思います。こちらが思っているより輸送で減るタイプかもしれず、黒潮スプリンターズカップは調教でもちょっと絞りましたけど、輸送でも絞れたと思います。パドックではかなり落ち着いて歩いていて、デキとしても7~8割くらい。それでもあれだけのタイムで走れたのは1年間、JRAの強い馬と走ってきたからだと思います。
それだけに、黒船賞では連覇が期待されましたが、スタートでバランスを崩してしまって......。
去年同様、目一杯の仕上げで臨んだんですけど、装鞍の時点から若干テンションが上がっていて、その分、ゲートでタイミングが合わなかったのかな、と思います。イグナイターは直線でそんなに弾けるタイプではなくて、4コーナー先頭で押し切るような競馬が理想なんですけど、一番動きたい3~4コーナーで動けず、そのまま下がってしまうと思いました。それでも直線は内を突いて3着まで来たので、そこまで悲観するような内容ではないな、と思いました。GIに行ってもやれるんじゃないかなと感じました。
黒船賞出走時のイグナイター
昨年覇者、そしてNARグランプリ年度代表馬として挑む一戦でプレッシャーなどはありませんでしたか?
ぶっちゃけ、ありませんでした。昨年勝っていることが大きいと思いますし、これまではダートグレード競走は特別なレースで気負っていましたけど、ありがたいことに5勝させていただいて、この状況に慣れてきたこともあります。それよりも、南部杯とJBCスプリントの方が「JpnIでどこまでやれるか」というプレッシャーが少しありました。
これまでから一段上がって、JpnIに手が届くところまで来たことでの心境の変化ですね。開業時から目標に掲げている海外での勝利も少しずつ近づいているように思います。
今年、サウジの招待が届きました。昨年は申し込んだものの、補欠2~30番目くらいで全然入らなかったので、今年は黒船賞に行くつもりでいて検疫をどこでするかなど何の準備もしていなくて断りました。栗東トレセンで検疫を受けられるのであればいいんですけど、無理なら栃木県の地方競馬教養センターまで行かないといけないのはハードルです。それなら、園田競馬場に検疫馬房を建ててほしい、と主催者に話しました。1年かけて準備をして、来年に行けたら行こうかなと思います。私もパスポートを取らないと(笑)。
イグナイターでのGI/JpnI制覇も期待しています。
みんな「今年、イグナイターで!」と期待してくださっていると思いますが、イグナイター以外でも近いうちにうちの厩舎から他にもそういう馬が出てくるようになるんじゃないかな、と思います。それだけ入厩予定の2歳馬の質が上がっています。
NARグランプリ表彰式にて。田中学騎手(左)、イグナイターの馬主・野田善己氏(中)と
それは『全日本的なダート競走の体系整備』や園田・姫路の賞金増額などが関係しているのでしょうか。
そうですね。これは園田・姫路競馬全体の話ですけど、これまでだとセリで1000万円する新馬が入厩することはあまりありませんでした。それが、今なら賞金が高いのでちょっと走れば回収ができるようになって、今年は1000万円以上の2歳馬が競馬場全体で10頭くらい入厩予定です。全体的に馬の質は上がると思います。
早速、肌感覚として変化を感じているんですね。最後に、イグナイターの次走とそこへの意気込みをお願いします。
5月4日かしわ記念(JpnI、船橋1600m)を予定しています。何とか勝ちたいと思っていますので、応援よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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11月7日のばんえい第2レースでアアモンドノサップが勝ち、小林長吉調教師(62)は通算1000勝を達成しました。ナナカマド賞を勝ったタカラキングダムや、ばんえいダービー馬アアモンドグンシンなどを管理し、今後の活躍が期待されます。
1000勝達成おめでとうございます。ばんえいの世界に入られたきっかけを教えてください。
出身は芦別市です。高校卒業後、伯父(小林正一さん)が調教師だった縁で競馬場に入りました。父も山で馬の仕事をしていたことがあって、馬は身近だったんだよ。中西関松調教師のもとで厩務員になりました。
伝説の名騎手、中西関松さんのもとですね。
当時は騎手も目指していたけど、30人ほどが受ける狭き門。そのころ妻が入院して、子どもも小さかったから一度は競馬の世界をやめようかと思った。それでも「好きな仕事ならやればいいしょ」と、亡くなった妻が応援してくれた。「夢を追いなさい」って。
帯広駅内で酒屋を経営し、ばんえいを応援されていた明るい奥様のさゆりさん、覚えています。さて、厩舎開業は2004年でした。
デビューと初勝利のクロカミタカラは、調教師になりたての時にオーナーが馬を預けてくれた。北見産駒特別を勝つなどしたが、当時熱がはやって、その熱が抜けないまま若くして亡くなってしまった。そのオーナーのように応援してくれる人がいたから、続けられた。
ホクレン賞4着ですし、期待されていた馬だったのですね。2010年のばんえいオークスや2014年ヒロインズカップを勝つなど、長く活躍したダイリンビューティも印象深いです。
この馬が勝ったのは、賞金がゆるくない(下がって大変だった)時だったからね。2歳シーズン(明け3歳)に勝ったバレンタインカップは、黒ユリ賞の代わりに新しく作られたレースだったんだ。その後、黒ユリ賞は伝統のレースだからと元に戻りました。
所属馬について伺います。まずは2歳重賞のナナカマド賞を勝ったタカラキングダム、これまで連対率100%で楽しみな馬ですね。
能力検査では、他の馬に向かっていくところがあったが、気持ちが前向きになっている。この馬は、自分との戦いだね。骨格がしっかりしているが、荷物(重量)がどこまで耐えられるかな。
ナナカマド賞を制したタカラキングダムと小林長吉調教師
2018年ばんえいダービーなど重賞4勝のアアモンドグンシンは7月から休養に入っていますね。
牧場で休養していましたが、競馬場に戻ってきました。行きたい気持ちが強い馬。止まると障害が下手なところがあるが、気持ちでレースをしている。
4歳のイワキダイヤも力はあり、重賞では上位に入る。除外が続いているが、体調が安定すれば、かなり期待できる。
2019年ドリームエイジカップを制したアアモンドグンシン
今年は7月までリーディング1位でした。大事にしていることはなんでしょうか。
馬にあった調教をしているところでしょうか。インド人も5人いて、言葉が通じないところもありますが、コミュニケーションをとりながら調教しています。
先生といえば、イベントのボランティアで活動されている姿が印象的です。
外の人が目を向けてくれるようにしなくてはいけない。イベントを始めて10年以上経って、昔馬に乗せた子どもたちが、競馬場に戻ってきてくれている。当時は「幼稚園児にアピールしても売り上げは上がらない」という人もいたけど、今すぐつながらなくても、ばんえいをなくさないためにやっていかないと。小さいときの思い出にして「帯広にばん馬がある」って周りに言ってほしい。個人協賛レースを勝った時に、その協賛金を貯めて豚汁を作って、ファンに提供したこともある。500、600人は来たかな。
ばんえいがなくなって、調教師でなくなったらただの人だから。川崎競馬場のイベントはすごい人だよ。今は新型コロナウイルスでイベントはないけれど、できるようになったらまた多くの方にばん馬の魅力を感じてほしい。
長男の友貴さんが装蹄師として昨年から競馬場で働いていますね。最初は競馬場で働くことを反対されたそうですが。
学校を卒業した数年前は、ばんえいの状況がゆるくない時だったから......。社会人で、いい成績も残していたけど「それでも来る」っていうからね。今は、毎日家族で一緒にご飯を食べているよ。
オッズパーク会員に一言お願いいたします。
いい馬主さんと出会って、記憶に残るような馬を作っていきたい。今は馬を見に行く暇もないし、コロナで見て歩けない。協賛レースも、今はコロナで一緒に撮影ができないけど、馬のそばに来る感動は特別だと思うんだ。これから何年調教師を続けていけるかわからないけど、元気なうちに競馬場を去りたいね。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
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10月12日に地方通算1000勝を達成した今津博之調教師(名古屋)。そのメモリアルを飾ったのは2歳時に重賞も勝ったダイセンハッピーです。大きな期待を寄せるがゆえに、JRA遠征を積極的に行っているとか。また、移転した新競馬場のメリットや、弟子でヤングジョッキーズシリーズ・ファイナル進出を決めた浅野皓大騎手についても伺いました。
1000勝おめでとうございます。1つ前のレース(第4レース)で追い比べを制し、(第9レース)連勝でのメモリアル達成でした。
ありがとうございます。999勝目はちょっとヒヤッとしたんですけど、ゴールして大畑雅章騎手はガッツポーズしたように見えました。もうリーチをかける頃だということは分かっていたので、一戦一戦勝ちにこだわっていましたし、乗り役も一生懸命乗ってくれました。
大きなメモリアルを前に、意識をしてらしたんですね。
今年の目標は昨年の115勝以上に勝つことで、上手くいけば今年中に1000勝を、と思っていました。6月くらいからカウントダウンをしていて、前半は結構よかったんですけど中間でちょっと足踏みをしていました。
999勝目に続き、1000勝目も大畑騎手で勝つと、口取りには多くの騎手や厩舎スタッフが集まりました。
本当にホッとしました。「ここで決める!」と思っていたので、手が空いた厩務員やスタッフも口取りに来てくれました。
(写真:愛知県競馬組合)
メモリアルを決めたのは一昨年ゴールドウィング賞を勝ったダイセンハッピーでした。どんな馬ですか?
当初から期待していて、「走りそう」と思ってオーナーと一緒に見て買った馬です。雰囲気があって、ゲート試験では3~4コーナーでちょっと仕掛けただけで他の馬とは瞬発力が違っていて「この馬は間違いないな」と確信しました。3歳になって同型のブンブンマル相手に敗れることが多くなって、馬が追って反抗するようになっていました。追い切りでも併せ馬の外だと、相手が格下馬で馬なりでも一杯いっぱいになって先着されるような状況でした。オーナーがわざわざ福島県のテンコー・トレーニングセンターに休養に出してくださり、今年に入ってまたレベルアップしました。
ダイセンハッピーで地方通算1000勝達成(写真:愛知県競馬組合)
テンコートレセンと言えば、JRAではウオッカ、地方競馬ではメイセイオペラやアブクマポーロも利用したことがある施設ですね。ダイセンハッピーは11月19日には4回目となるJRA遠征(福島芝1200m・3勝クラス・みちのくステークス、15着)を行いました。
オーナーに「今年いっぱいはJRAへ遠征できるので、JRAで揉まれてもう一段レベルアップさせたいです」と伝えて、快諾してくださいました。ホッコータルマエ産駒ですが意外と芝もよくて、生産牧場さんも「牧場としては芝も合うと思うんです」と話していました。
JRAと言えば、所属騎手の浅野皓大騎手がヤングジョッキーズシリーズ・ファイナルラウンドへ出場を決めました。
正直、まだまだですけど、これをきっかけに飛躍してほしいですね。「名古屋の騎手として恥ずかしいレースをするな」と、加藤聡一騎手など先輩たちが木馬に乗って教えてくれている、という話をチラッと聞きました。
名古屋競馬場は今年4月、厩舎や調教施設のある弥富トレーニングセンターに移転しました。新競馬場のメリットはどう感じていますか?
結構いいですね。例えば、うちの厩舎ではだいたい4分の3くらいはゲートで尾っぽ持ちをするんですけど、僕一人じゃ持ちきれない馬や、同じレースに2~3頭使っている時は厩務員に手伝いに来てもらっています。厩舎が近いのでそういうことがやりやすいですし、1000勝の口取りに厩舎スタッフが多く入ることができたのもそうですよね。
馬にとっては輸送がないのはやっぱり楽で、特に神経質な馬にとってはいいのかなと感じます。うちの厩舎は馬場側なので、競馬場が移転してくることで馬房の中でもイレ込むのではと心配しましたが、慣れたのか意外と大人しくしています。
これからの目標を教えてください。
勝ち星は今年より来年、来年より再来年と伸ばしていきたいですし、年に一つは重賞を獲りたいですね。重賞は若馬が育って獲るのが一番いいんでしょうけど、なかなかいい馬に当たるのも難しいです。今年の2歳はそれなりに走ってくれるので、これからの成長でどれだけ変わるのかな、と思っています。中には東海ダービーを逆算して考えている馬もいます。
最後に、オッズパーク会員のみなさんへメッセージをお願いします。
厩舎スタッフも乗り役も一生懸命やってくれるので、なるべく期待に応えられるように頑張りたいと思います。応援してもらえれば幸いです。
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※インタビュー / 大恵陽子
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5月29日に地方競馬通算1000勝を達成した松島壽(ひさし)調教師。現在は佐賀競馬に所属しますが、元々は荒尾競馬で騎手と調教師をしていました。つい先日、旧荒尾競馬場スタンドで営業していたBAOO荒尾が新施設に移転したニュースもあり、荒尾競馬の思い出も語っていただきました。
(写真:佐賀県競馬組合)
1000勝おめでとうございます。達成した時のレース名が『AKIさん来場記念(C2-11組)』と、オッズパークにも縁のありそうな名前でした。
ありがとうございます。本当はね、前日(第8レース)のリヴィエラボーイで1000勝を狙っていたんですけど3着だったんです。1000勝を達成したアイリステソーロはひと脚しか使えないタイプで、何回か乗っていて癖が分かっている金山昇馬くんに戻したタイミングでした。
前日に達成を期待していた分、1000勝を達成した時は喜びも大きかったのではないですか?
アイリステソーロはひと脚しかなくて予想していなかった馬でした(苦笑)。これまでも、手応えが良くてスーッと上がっていくと4コーナー過ぎでぽっと止まってしまうんです。だから金山くんには「手応えが良くてもそのまま上がっていかずに、先行型だけども追い込み馬だと思って乗ってくれ」と伝えました。それが上手くハマって、直線でまたひと伸びしてくれました。
1000勝を達成したアイリステソーロの鞍上は金山昇馬騎手(写真:佐賀県競馬組合)
松島厩舎では金山騎手をはじめ、中山蓮王騎手、山田義貴騎手など若手騎手を積極的に起用されていますね。
自分も荒尾競馬場で騎手として乗ってきましたから、若手はどんどん乗って勉強しなければいけないと思っています。いま、佐賀競馬は山口勲騎手がトップですけど、若手の中にもいい馬に乗って自信がつけば伸びるジョッキーはいっぱいいます。
成長への期待を込めて、いろんなアドバイスを送っているんですね。
金山くんとはレース後もビデオを見て「3~4コーナーはこんなに大きく回ったらダメだぞ」と話したりします。3コーナーを同じスピードと角度で2頭が並んで回ったとしたら、4コーナーを出る時には外にいる馬が半馬身~1馬身ほど遅れる、と教えています。1馬幅でも空けて回すと、内の馬がそこを狙ってきますから、前の馬のお尻をなめるくらいの距離で回らないと、とずっと教えていました。すると、以前はコーナーで内をすくわれて3着みたいなレースが多かったですが、最近はだいぶいい勝負をしているように思います。
所属厩舎の調教師だけでなく、こうして周りの方々からたくさんアドバイスを受けられることは本人にとって大きな財産でしょうね。
今春にデビューした中山くんと山田くんも一生懸命乗っていますから、うちの厩舎の馬に乗る時は指示をある程度伝えたりします。
そうしてレースの流れや騎乗について学んでいくんでしょうね。ご子息の慧(さとし)さんも荒尾があった頃はジョッキーをしていました。
うちの息子も育てていましたけど、その最中に荒尾競馬が廃止になったもんでね。「佐賀競馬場に来い」と言いましたけど、いまは追分ファーム・リリーバレーで乗っています。そこには荒尾から他にも何名か行きました。
荒尾から佐賀に移籍したのは騎手・調教師それぞれ数名でした。佐賀に移籍して調教師を続けようと思った理由は?
「佐賀で厩舎が空いているから、3名ほど受け入れられます」という話が荒尾側にありました。そこで「松島さん、どうじゃろか?」と相談がありました。そういう話が挙がっていることをお世話になっているオーナーに相談したら、「せっかく調教師免許を持っているんだから、ぜひ行きなさい」と勧めていただき、佐賀に移籍することを決めました。荒尾から移籍した調教師は幣旗(吉昭)さんと頼本(盛行)くんの3人でしたね。
昨年は佐賀移籍後のキャリアハイとなる43勝を挙げました。
今はただ「一鞍ひと鞍、勝っていければいいな」と思っています。だから、本当は1000勝は全然意識していなかったんですよ。それがいつの間にか「あと3勝ばい」と聞いて、「えぇ!嘘やろう?」という感じで気になりはじめました。
荒尾時代はどんな思い出がありますか?
荒尾は私の生まれ故郷でもありますし、競馬場からは雲仙普賢岳や島原半島が見えて、向正面の奥には有明海が一面に広がっていて、素晴らしい景色でしたね。
開催最終日の荒尾競馬場。コースの向こうに有明海や島原半島を望む
荒尾競馬場のスタンドだった建物は長らく場外馬券売り場として利用されてきましたが、6月3日に新施設へ移転したそうですね。
荒尾の時の馬主会会長さんが馬券好きで、「2コーナーあたりにいいのが建っているよ」と聞きました。
これからの競馬人生、何かやりたいことはありますか?
人馬安全が一番の目標です。あと、次男が佐賀で厩務員として頑張っていて、「あと何年かしたら調教師試験を受けようかな」と話しています。息子が私の跡を継いでくれたら一安心ですね。努力して頑張ってほしいと思っています。
最後にオッズパーク会員の皆さんにメッセージをお願いします。
荒尾競馬が廃止された10年前から比べると、売り上げもバンバン伸びています。これ以上伸びるのは難しいかもしれませんが、ファンの皆さんのご協力がなければ伸びませんので、どんどん馬券を買って盛り上げていただければと思います。
またうちの厩舎の馬で、JRA時代に一口出資していた方やその時からのファンの方が今でも応援してくれる馬もいます。そういう風に好きな馬がいれば、追いかけていくというのも楽しいと思います。
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※インタビュー / 大恵陽子