
今年も笠松リーディングを独走中の笹野博司調教師。第1回ネクストスター笠松をワラシベチョウジャで制覇するなど、絶好調な1年でした。
まずは第1回ネクストスター笠松制覇、おめでとうございます。
ありがとうございます。目指していたレースでしたので、勝つことができて嬉しいです。
レースぶりも強かったですね。
そうですね。仕掛けが早めになってしまったので、最後いっぱいにはなりましたが、早めに仕掛けて勝ち切るわけですから、たいしたものだなと改めて感心しました。
ネクストスター笠松(10月12日)を制したワラシベチョウジャ
今年から始まったネクストスターは1000万円の高額賞金が設定され、インパクトが大きいレースだと思いますが、笹野先生も早い段階で目標にしていたレースでしょうか?
昨年発表された時から注目していましたし、私だけではなく周りの方々も目標にされていたのではないでしょうか。全国的に開催されて注目度も高いですし、そういうレースを勝てて嬉しいです。
ワラシベチョウジャとの出会いはどういう経緯があったのでしょうか。
昨年のサマーセールでオーナーが気に入って選んだ馬です。1歳の冬の頃はずいぶん小さかったのですが、育成公社で育成をしていただいて、ひと冬超えて2歳の春頃になったらだいぶしっかりした印象です。ただ正直、その頃はここまで走るとは思っていなかったというか。丈夫そうな足元をしていて、長く走ってくれそうだなという印象でした。
いつ頃から能力の高さを感じましたか?
入厩してからです。走りに無駄がなく、余計な仕草がないんですよね。まだ体ができていない2歳の頃は、例えば頭が高かったりという無駄な動きがある馬が多いのですが、あの仔にはそれがないんです。飛びは芝でもやれそうな素軽い走りをしますし、1本目の追い切りから時計が良くて、ひょっとしたらモノが違うかもしれないと感じていました。期待通りデビュー戦の800mで勝ってくれましたが、私が一番驚いたのは2戦目のレースです。
7月20日の芙蓉特別ですね。
1400mに距離が延びて、内枠だったのですがゲートの出が悪く、逃げ馬の後ろに控える競馬になりました。ポケットに入る形で4コーナーまで外に出せず砂を被る競馬になって、これは厳しい競馬になったなと。さすがに2歳の女の子でまだ2戦目、距離延長で砂を被ってということで、ちょっと諦めムードだったわけですが、直線で外に出したらピュッと伸びたので驚きました。メンバーも強かったですし、2戦目でこういう競馬ができるというのは、あまり私の経験上なかったものですから、これはモノが違うなと。控えてもいいし、行ってもいいし、競馬に注文がつかない馬だなと思いました。
そこからはずっと順調に過ごして来たのでしょうか。
順調といえば順調ですが、3戦目の秋風ジュニアの時に、どういうふうに仕上げて使うのがいいのかまだ少し手探りの状態だったんです。JRA認定競走で準重賞ということもあり、しっかりと追い切りをかけて仕上げた方がいいのではないかと、最終追い切りを強めに行ったのですが、勝つには勝ったものの余力を残して勝てなかったという経験がありました。渡邊竜也騎手とも話して、そこからは1週前にびしっと行くようにして、本追い切りはなるべく余力を残すようにしようというふうにしたら、それが合うのか勝ち方が変わってきました。まだ2歳ですし、今後も馬の様子を見ながらこの仔に合う調整方法を探っていきたいと思います。
残念ながら12月7日のジュニアキングで連勝はストップしてしまいましたが、来年はどんなイメージをお持ちでしょうか。
ジュニアキングの後は休養するとレース前から考えていて、今は放牧中です。2月頃から始動して、地元のレースを使ってからネクストスター中日本(3月28日・名古屋)を目指すプランです。結果次第では、いつかは芝にも挑戦してみたいですね。
距離適性はどのくらいの範囲だとお考えでしょうか。
1600mは大丈夫だと思います。それ以上はやってみないとわからないですね。今のところ真面目にがむしゃらに走ってしまうので、道中もう少し力を抜いて走ることを覚えていけば、距離の融通は利くのではないかと。レースはすごく真面目ですが、普段は気が強くて厩務員さんは手を焼いています。そういう気の強さも勝負に行っていい方に出ているのではないでしょうか。
ワラシベチョウジャ、というお名前はインパクトがありますね。
最初にオーナーから聞いた時には驚きましたが、とてもいい名前だなと思います。デビュー戦からどんどん勝ち上がって重賞制覇までしましたから、まさに名前のように前に進んでいるなと。前走は負けてしまって悔しいですが、また立て直して来年活躍できるよう頑張ります。
では笹野先生ご自身のことを伺います。今年ここまで167勝(2023年12月11日現在)を挙げて、全国リーディング第3位、笠松リーディング第1位です。毎年好成績を残す秘訣は何でしょうか。
スタッフが毎日一生懸命頑張ってくれますし、今は怪我でお休みしている渡邊竜也騎手や、騎乗してくれるジョッキーの存在も大きいですね。そして、馬主の方々がいい馬を預けて下さることにとても感謝しています。
調教師として、大切にしていることは何ですか。
一番は故障しない馬を作りたい、ということです。故障してしまうと馬自身にとっても辛いことですし、馬主さんにとっても我々にとってもいいことがないですから、そこを大切にしながら、どうすれば強い馬作りができるかということを厩舎一丸となって話し合っています。
以前所属していたオマタセシマシタはとても話題になりました。
斉藤慎二オーナーの馬で、あの仔が走る日はお客様も多く来場されました。2つ勝たせていただいて、笠松競馬場の盛り上がりもすごかったです。我々にとってもいい経験をさせていただきました。今は船橋に移籍しましたので、また新たな舞台で頑張って欲しいです。
笠松では今年の春から調教時間のルールが変わったそうですね。
笠松の場合は他の競馬場と違い、外厩から道路を歩いて競馬場まで競走馬を連れていきますから、放馬防止策の一つとして、朝の調教を7時までに終えるというルールができました。そのため、我々は夜中の12時から調教をスタートしています。最初はちょっと大変でしたが、みんな頑張っていますよ。
では、オッズパーク会員の皆さまにメッセージをお願い致します。
いつも笠松競馬を応援していただき、ありがとうございます。お陰様で売上も好調で、一時期は開催自粛などもあった中で、こうして競馬を開催できることに感謝の気持ちでいっぱいです。これからも強い馬、話題になるような馬作りを心がけていきますので、笠松競馬をよろしくお願いいたします。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:岐阜県地方競馬組合)
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10月5日名古屋第8レースで地方通算2600勝を達成した藤ケ崎一男調教師(名古屋)。84歳の今も現役バリバリで活躍し、調教師会長も務めます。調教師として東海ダービー(東海優駿)を勝った思い出の地・土古(どんこ)から弥富に競馬場が移転して1年半。いまの思いを伺いました。
地方通算2600勝おめでとうございます。名古屋競馬の調教師では現役2位の勝ち星です。
長くやっとりゃあね(笑)。調教師では私が一番長いもん。あのレースが2600勝だったことは何も知らなくて、ゴール後の実況で聞いて知りました。
元々は騎手でした。競馬との出会いは?
川崎市の小向に家があったんだけど、小学校5年生のときに川崎競馬場のトレーニングセンターが家から100mぐらいの所にできたんです。1年くらい経ってからちょいちょい出入りするようになってね。親が堅かったもんで、中学校を卒業して就職試験を受けて、1日は会社に行ったんだけど、2日目からもう行かないで、弁当を持って出て厩舎に行っていたんです。3日目ぐらいに親父に言ったらどえらい怒ったもんで家を飛び出して、2年間は帰らなかったかな。だけど、ちょいちょい顔は見るんだ。昔は銭湯だもんで、そこで会うんだけど会話はなくて、親父が右におれば俺は左って具合でした。
家を飛び出してまで馬の仕事をしたかったんですね。何がそこまで惹きつけたんですか?
日曜日も川崎競馬は開催しとったもんで、休みの日に競馬場に連れて行ってくれたんです。そうすると騎手がさ、赤い服着たり白い服を着て、音楽に合わせて出てくるでしょう。一種の憧れだな。自分も騎手になりたいなって。体もちょうど小さかったですからね。
調教師になってからは76年東海優駿をケイウンザンで勝つなど活躍しました。
昔は中京競馬場でも地方競馬の開催をしとって、ケイウンザンは中京で勝ったんです。あの時、本命のグリグリの馬がおったんだけど、芝のレースだったもんでうちの馬が芝が合ったんじゃないかな。そんなに印がなかったけど、勝てました。もう1頭、ホウライミサイルで勝った(06年東海ダービー)時は旧名古屋競馬場でした。
その旧名古屋競馬場は土古(どんこ)の愛称で親しまれました。藤ケ崎調教師も色んな思い出があるのでは?
独特の競馬場でちょっと小回りだし、ある程度先行できなきゃ出世しなかったですね。
弥富トレセンのある現在の地に移転してきて、レースも変わりましたね。
やっぱり直線が伸びたからね。土古で「勝負アリ」というとこから、新競馬場ではもうひと勝負があるもんね。
思い出の詰まった土古を離れるのは、寂しさもあったのでは?
私もあそこで馬に乗っとったし、昭和46(1971)年に調教師になってからずっと過ごしていたから、やっぱり寂しいは寂しいね。
一方で、新競馬場は厩舎地区に隣接しているため、馬にとっては輸送がなくなるなど、メリットもありそうです。
うんと違うね。馬は輸送がない分、消耗も少ないし、人間も本当に楽。以前と比べたら雲泥の差だね。調教師は臨場の義務があるので、発走の50分前までには競馬場に行かないといけないけど、今は厩舎から自転車で5分もあれば来れるからね。今日は3レースの出走の後は7レースの装鞍まで約1時間10分、開いていて一旦厩舎に帰ることができます。土古だと厩舎まで行って帰ってくるだけで1時間以上かかっていたからね。主催者はファン向けに無料バスを出していて、結構お客さんがたくさん乗ってくるみたいだね。こっちに競馬場が移転してナイターも始めて、若い人が増えたね。私も年寄りだけど、土古の頃は年寄りばっかだったもんで、将来のことを考えるとやっぱり若い人が増えないと、と思います。
調教師人生を振り返って、いかがですか?
好きなことをずっとやってきて、84歳になってまだやっとられるってことは幸せな人生。何の悔いもないです。もう年だから「辞めたいな......」って思う時もあるんだけど、2年前におっ母ぁ(妻)が死んじゃって、自宅に帰っても近所付き合いが全然なくてひと言も喋る人がいないんです。危険の多い仕事で、ずっと厩舎にいたからね。
厩舎が藤ケ崎調教師の居場所ですね。
全休日の前の日だけ自宅に帰って、次の日の夜からは厩舎でずっと寝泊まりしているからね。若い人が怪我したら救急車に一緒に乗ったり、病院について行ったりしてやらんといかんからね。
じゃあ、まだまだ10年20年と調教師として厩舎にいないと、ですね。
そんなん言われても、死んじゃうわ(苦笑)。騎手時代は汗取りして開催日には12キロくらい体重を落としていたから長くは続けられなくて、引退した時は63キロになったけど、いまはお腹いっぱい食べても51キロ(笑)。騎手の時に作った背広が今でも着られるんだ。
健康には気をつけて、長く活躍していただきたいと思います。最後に、オッズパーク会員のみなさんへメッセージをお願いします。
いまはネット時代で、オッズパークを通じて馬券を買っていただき、ありがとうございます。競馬場は小ぢんまりしましたけど、ナイター開催を始めて、遅い時間帯からお客さんが結構来るようにもなりました。また競馬場にも足を運んで応援してもらえたら、嬉しいです。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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デビューから8戦無敗で東海ダービーを制したセブンカラーズ。オッズパーク地方競馬応援プロジェクトの馬であり、会員の方々にとっても想いの強い1頭ではないでしょうか。主戦の山田祥雄騎手、川西毅調教師にお話を伺いました。
まずは山田祥雄騎手に伺います。東海ダービー制覇、おめでとうございます。
山田:ありがとうございます。正直、3~4コーナーくらいでは負けたかなと思いました。手応えがいつもと違って、もうバタバタになってしまったので。なんとか勝ったなという感じです。
そのあたりは距離が長いということでしょうか?
山田:慣れればこなしてくれるかなとは思いますけど、2000m前後を走るのであれば、慣れることが必要だと思います。
今回は2枠2番でしたが、枠順が出た時はどう感じましたか?
山田:外目が良かったですけど、内なのでもう行くしかないなと。ここまで強い勝ち方をしていますから、大丈夫かなとは思いつつ、気持ちに余裕はなかったです。プレッシャーというか......負けてないというのは大きいですね。
ダービーを勝ったというのは、いかがでしょうか。
山田:僕自身は正直ダービーの重みがよくわからないのですが、これからじわじわと実感していくのかもしれません。福山時代の厩務員さんから連絡が来て泣いていたので、やっぱりダービーはすごいレースなんだなって思いました。
福山競馬廃止から10年でダービージョッキーになったわけですから、当時を知る方々にとってもいろいろな想いがありそうですよね。
山田:確かにドラマではありますね。
これからさらに喜びを噛み締めていただきたいと思います。山田騎手は今年の東海ダービーにお手馬が3頭も出走と、いい馬が集まっていますね。
山田:東海ダービーは毎年乗れるようなレースではないのに、今年に限って3頭も......。他の年だったら良かったのにと思いました。3頭とも休養に出たので、また元気に戻ってきてくれたら嬉しいです。
ではセブンカラーズについて詳しく伺います。最初に乗ったのはデビュー前ですよね?その頃からここまで活躍するなと感じましたか?
山田:川西先生は「この馬走るから」と最初から言っていましたが、最初の頃は後ろ脚がゆるゆるで、転びそうで怖かったですね。違いを感じたのは能力検査前にゲート練習をした時です。ゲートを出た瞬間から速くて、この馬すごいなって思いました。
性格はどんな馬ですか?
山田:普段はボケっとしたところがありますが、被されると怯むところがあって。どっちかというと、後ろからゆったり行った方がいい気はするんですけど、今はゲートが速いのと揉まれたくないということで、負けるのも怖いのでいつも前に行っていました。後方からのレースは一回負けてから試そうかなと。
ではこの馬の強みというのはどう感じていますか?
山田:トビが大きいので、乗っているとそこまで速いタイムが出てないように感じるんですけど、持ったままでビューっと速い時計が出ているんですよね。そのあたりが他の馬とは違うなと思います。
今後のご自身の目標と、セブンカラーズとの目標を教えてください。
山田:自分は怪我なく普通に過ごせたらと思っています。セブンカラーズもこのまま無事に走ってくれればと思います。
続いて、川西毅調教師にお話を伺います。東海ダービー制覇、おめでとうございます。
川西:生え抜きで東海ダービーを勝つことができて、とても嬉しいです。何度かチャンスはありましたが、その度に出走できなかったり勝てなかったりしたので、自分の中で呪縛のように感じていた部分もありました。この1カ月は特に緊張感がありましたし、あまりよく眠れなかったです。無事に勝てて、本当にホッとしました。
セブンカラーズの主戦、山田祥雄騎手もダービージョッキーになりましたね。
川西:山田くんと一緒に勝てて嬉しいですね。彼は本当に真面目に頑張って来ましたから。性格的には朴訥としていて、どんな場面でも慌てることがないんです。それでいて馬への当たりが柔らかいので、調教でもレースでも、馬の故障が少ないと感じています。セブンカラーズはもともと後ろ脚がゆるかったですし、調教から毎日乗ってもらって、ここまで無事に来られて、山田くんもホッとしたんじゃないでしょうか。
セブンカラーズはすでに休養に入ったそうですね。
川西:涼しい北海道に行きました。暑い夏はじっくり休養して、また秋ですね。当初は西日本ダービーを視野に入れていたんですが、距離2000mというのは長い気がしていて。地元の秋の鞍から復帰するプランを考えています。何より馬の状態が一番ですが、いつかJBCレディスクラシックに挑戦したいですね。それが今後の大きな目標です。
では、オッズパーク会員の皆さまにメッセージをお願い致します。
川西:一昨年のセブンカラーズが1歳の時のセリから、オッズパーク地方競馬応援プロジェクトに参加させていただき、1頭目からこのような素晴らしい馬を管理させていただいたこと、とても感謝しています。結果を出すことができてホッとしています。セブンカラーズはもちろんですが、今年の2歳(ミステールヴェールの21:父カリフォルニアクローム)も順調に育成を進めていますので、デビューを楽しみにしていただけたら嬉しいです。
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※インタビュー / 赤見千尋
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2月19日、小北栄一調教師が、ばんえい競馬歴代28人目(現役20人目)となる通算1000勝を達成しました。昨年のばんえいダービーを勝ったキングフェスタをはじめとする活躍馬や人気馬を送り出しています。
1000勝達成おめでとうございます。開業23年目での達成でした。お父様の定一(さだかず)さんは調騎会会長も務めた名調教師でした。馬の仕事を始めることになったきっかけを教えてください。
嬉しいの一言です。達成まで短いようで長かったです。高校卒業後、就職が決まっていたのですが、父がけがをしたので断って、競馬場に来て厩務員になりました。騎手を目指したが受からず、調教師を目指しました。
小北定一厩舎には1990年のばんえい記念を勝ったタカラフジがいました。
上背があって大きく、ごろんとした馬だった。スタイルが良かったな。担当は自分ではなかったけど、利口で、つなぎ場から勝手に馬房に帰っていった。
24年間厩務員を勤め、2001年に調教師デビューしました。お父様に教えてもらったことはありますか。
調教師試験に受かったのは福森浩厩舎に移籍してから。親のところにいると忙しくて勉強する時間がなかった。親とはいつも口げんか(笑)。教えてもらうことはなんも......厩舎経営の、金の回し方かな(笑)。市場や共進会で、馬のいいところも悪いところも教えてもらった。だいたいいいと思う馬は一緒だった。福森先生には結束力を教わった。そう思うと、結構調教師の仕事を見てきたんだな。開業当初はやり方がわからなくて七転八倒。わかっているようでできない。
でもすぐに、初年度からアサヒセンショウが活躍し、イレネー記念では2着でした。
アサヒセンショウはアサヒダケ系の青毛馬で、昔にしたら大きい馬だった。イレネー記念は、グレートサンデーに0.2秒差の2着。当時は中継もないから、みんなでゴールを望める場所に見に来た。自転車や車で集まってな。俺は負けたと思ったな。
以前、調整ルーム近くにあった建物ですね。ほかに思い出の馬がいれば教えてください。
2005年のばんえい記念4着のキタノスサノオも、おとなしくてあつかいやすい馬だった。
ナナノチカラは小さいけど牝馬戦で強く、(牝馬)重賞を総なめにした。コボウ抜きのレースだった。2015年のヒロインズカップではゴールまで少しのところで止まってクインフェスタに負けたな(3着)。翌年ヒロインズカップを優勝したんだ。
2016年ヒロインズカップを制したナナノチカラ
そのクインフェスタの子、キングフェスタを扱っているのは不思議な縁ですね。アサヒセンショウで勝てなかったイレネー記念も2022年に勝ってくれました。
キングフェスタは、だんだん大人になってきている。800キロ以上の荷物を積んでこれからどうなるか、だな。今は厩舎で休んでいます。
クインフェスタの2歳馬(キングブラザー)、いいと思うよ。牡馬ででかいぞ! ナナノチカラの子(カブノチカラ)は1回目(の能力検査)は受けない。メヂカラの子(オノレノチカラ)もいい感じ。
フクイズミの娘、イズミクィーンはスタイルが良かった。人に対して威嚇するところがあって、よく厩務員に怒られていたな。息子のイズミオーも、母親が大きいから、大きかったんだろう。
キングフェスタは2022年ばんえいダービーも制した
牝馬はかわいらしく、人気馬が多いように思います。
サカノチサトも、脚にソックス(四白)はいてな。めんこいのは......めんこいな(笑)。めんこくなってきたらダメだな。勝っても負けてもいいんだ、てなるからな。
暇な時は中央や南関東も見るよ。調教は違うが、小さいのも大きいのも馬は一緒。娘も馬には慣れちゃって、おっかながらなかったな。今は軽種の仕事をしています。
馬は、どのようなところを見るのでしょうか。
経験と感覚だな。そりの近くで逃げる馬や、カンが強すぎるのもダメ。人の言うことを聞いて歩く馬がいいな。軽種馬と一緒だ。甘噛み、口をカチャカチャもしない方がいい。種や肌馬も大事だけど、それだけじゃなく、引き方の案配を見る。トモ、前脚でしっかり、トコトコと歩く馬。四肢しっかりした馬。パドックは大事だ。
厩舎経営で大事にしていることを教えてください。
馬も人も大事にするってこと。結束力があった方いいな。俺だけでやるんじゃなくて、厩務員と相談する。何もなくていいから声をかける。馬の様子を教えてくれるから。馬も人もそれぞれ性格が違うから、それがわからないとけがになる。癖がわかるからね、しゃべらないと。厩務員は馬と同じくらい大切だ。
自分は、起きたら馬房を歩くのが癖になっている。まず見るのは目つきだな。疝痛の時は、目が艶っぽく光る。そういうのばかり毎日見ている。
さて、ファンの前での表彰式は2020年12月以来で、久しぶりでした。
22年長かったから。やってよかった。ファンにしゃべれるのはいいな。しゃべること考えてきたけど、話してみたらうまくしゃべれないもんだ。選挙やっているみたいだったな(笑)。
では最後に、オッズパーク会員に一言お願いいたします。
強い馬を見極めて、強い馬を作っていく。いつも変わりなく馬を観察し、状態を見ながらレースに出ていきたいと思います。今年度の競馬も、これから始まります。馬を見極めて、たくさん馬券を買ってください。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
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NARグランプリ2022年度代表馬を受賞したイグナイター。昨年は黒船賞、かきつばた記念とダートグレード競走2勝を挙げたことに加え、南部杯4着、JBCスプリント5着とJpnIの舞台でも上位争いを演じました。レース史上初の地方馬での連覇を目指し、今年も黒船賞に挑みましたが、3着。それでも悲観する内容ではなかった、と話すレースの振り返り、そして今後について新子雅司調教師に伺いました。
NARグランプリ年度代表馬受賞、おめでとうございます。園田・姫路からはケイエスヨシゼン(アラブ系)以来26年ぶりで、サラブレッドでの受賞は初でした。
ありがとうございます。南関東の馬が受賞することが多い中、兵庫のこの施設で年度代表馬になれたことは自信になりました。昨年はサルサディオーネも活躍していましたし、他にもダートグレード競走を勝った地方馬がいましたけど、南部杯とJBCで上位に入ったことも評価してもらえたのかな、と考えています。調教施設の違いで言うと、JRAには開業前に栗東トレセンへ研修に行き、逍遥馬道の存在が大きいなと感じました。山道を登ったり下りたりすることで体のつき方が変わるだろうなと思いました。でも、調教の負荷は乗り方次第でそんなに変わらないと思います。
年末の兵庫ゴールドトロフィーはまさかの5着でしたが、今年は始動戦の黒潮スプリンターズカップをレースレコードで圧勝しました。
兵庫ゴールドトロフィーは1年ぶりの地元戦で輸送がなかった分、プラス23kgと太かったと思います。こちらが思っているより輸送で減るタイプかもしれず、黒潮スプリンターズカップは調教でもちょっと絞りましたけど、輸送でも絞れたと思います。パドックではかなり落ち着いて歩いていて、デキとしても7~8割くらい。それでもあれだけのタイムで走れたのは1年間、JRAの強い馬と走ってきたからだと思います。
それだけに、黒船賞では連覇が期待されましたが、スタートでバランスを崩してしまって......。
去年同様、目一杯の仕上げで臨んだんですけど、装鞍の時点から若干テンションが上がっていて、その分、ゲートでタイミングが合わなかったのかな、と思います。イグナイターは直線でそんなに弾けるタイプではなくて、4コーナー先頭で押し切るような競馬が理想なんですけど、一番動きたい3~4コーナーで動けず、そのまま下がってしまうと思いました。それでも直線は内を突いて3着まで来たので、そこまで悲観するような内容ではないな、と思いました。GIに行ってもやれるんじゃないかなと感じました。
黒船賞出走時のイグナイター
昨年覇者、そしてNARグランプリ年度代表馬として挑む一戦でプレッシャーなどはありませんでしたか?
ぶっちゃけ、ありませんでした。昨年勝っていることが大きいと思いますし、これまではダートグレード競走は特別なレースで気負っていましたけど、ありがたいことに5勝させていただいて、この状況に慣れてきたこともあります。それよりも、南部杯とJBCスプリントの方が「JpnIでどこまでやれるか」というプレッシャーが少しありました。
これまでから一段上がって、JpnIに手が届くところまで来たことでの心境の変化ですね。開業時から目標に掲げている海外での勝利も少しずつ近づいているように思います。
今年、サウジの招待が届きました。昨年は申し込んだものの、補欠2~30番目くらいで全然入らなかったので、今年は黒船賞に行くつもりでいて検疫をどこでするかなど何の準備もしていなくて断りました。栗東トレセンで検疫を受けられるのであればいいんですけど、無理なら栃木県の地方競馬教養センターまで行かないといけないのはハードルです。それなら、園田競馬場に検疫馬房を建ててほしい、と主催者に話しました。1年かけて準備をして、来年に行けたら行こうかなと思います。私もパスポートを取らないと(笑)。
イグナイターでのGI/JpnI制覇も期待しています。
みんな「今年、イグナイターで!」と期待してくださっていると思いますが、イグナイター以外でも近いうちにうちの厩舎から他にもそういう馬が出てくるようになるんじゃないかな、と思います。それだけ入厩予定の2歳馬の質が上がっています。
NARグランプリ表彰式にて。田中学騎手(左)、イグナイターの馬主・野田善己氏(中)と
それは『全日本的なダート競走の体系整備』や園田・姫路の賞金増額などが関係しているのでしょうか。
そうですね。これは園田・姫路競馬全体の話ですけど、これまでだとセリで1000万円する新馬が入厩することはあまりありませんでした。それが、今なら賞金が高いのでちょっと走れば回収ができるようになって、今年は1000万円以上の2歳馬が競馬場全体で10頭くらい入厩予定です。全体的に馬の質は上がると思います。
早速、肌感覚として変化を感じているんですね。最後に、イグナイターの次走とそこへの意気込みをお願いします。
5月4日かしわ記念(JpnI、船橋1600m)を予定しています。何とか勝ちたいと思っていますので、応援よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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