
昨年はキャリアハイの122勝を挙げ、笠松リーディング第2位の成績を残した筒井勇介騎手。12月30日には地方通算1000勝を達成し、大晦日には久しぶりの重賞制覇。最高の形で2018年を締め括ったように見えますが、実際はどうだったのでしょうか。
まずは、1000勝達成おめでとうございます!
ありがとうございます。1000勝という数字は前から意識していました。実際に近づいて来て2カ月くらいはなかなか勝てなくなって...。11月の半ばくらいから全然勝てなくて、12月の最初の開催なんて1勝しかできなかったんです。その開催くらいで達成できるかななんて思っていたのに全然勝てなくて、足踏み状態が本当に苦しかったです。
やはり数字というのは大きいんですね。
そうですね。自分ではそこまで意識しないようにと思っていたんですけど、振り返ってみるとだいぶ意識していたのかなと。1000勝を達成するまでは苦しんだのに、勝った次の日からはポンポンポンといきましたから(苦笑)。
地方通算1000勝達成(2018年12月30日、笠松第7レース)
12月30日、笠松第7レースのゴッドミラクルに騎乗しての達成でした。
デビュー当初からお世話になっている馬主さんの馬で、自厩舎で達成できたので、そこはすごく嬉しかったです。嬉しいの一言ですけど、いや~長かったなって思いました。1000勝もありましたし、同じ時期にリーディング争いもあったので、そういうのもいろいろ重なって。勝てないし、どんどん差は広げられるし...。いろいろと考えさせられる時期でした。
昨年は122勝を挙げ、笠松リーディングは2位という輝かしい成績でしたけれども。
一応キャリアハイだったのでありがたいです。たくさんいい馬に乗せてもらったので、そのお陰でたくさん勝つことができました。まだ取りこぼしも多いですし、実際に後半勝てない時期もあった中で、本当にたくさんの方々に支えていただいたなと。感謝の気持ちでいっぱいです。
リーディング2位というのも初めての経験でしたが、トップが見えた位置での騎乗というのはいかがでしたか?
やっぱり今までとは違った感じで、周りも『リーディング獲れるぞ』っていう目で見てくれるので、いろいろと考えるところはありました。気にしないようにはしていましたけど、どうしても意識していたんだと思います。
先ほども仰っていましたが、1000勝を達成した次の日には4勝の固め打ち。しかも東海ゴールドカップで久しぶりの重賞制覇を果たしました。
1000勝も達成して、リーディング争いも決着して、気持ちが落ち着いたからなのか...まぁ、こんなもんなんだなって(笑)。久しぶりの重賞はすごく嬉しかったです。(2013年のライデンリーダー記念以来)5年ぶりですから。
ダイヤモンドダンスは6番人気でしたけれども、レース前の雰囲気というのはいかがだったんですか?
調子がすごく良かったんですよ。追い切りも今までで一番良かったので、いい走りができるんじゃないかと期待していました。人気はあんまり気にしていなくて、最初からああいうレースをしようと思っていて。落馬のアクシデントもあったけれど、人気どころが前でやり合う形になって、思った以上に流れが向きました。向正面からすごい手ごたえで上がって行って、マクり切ったところでなんとかなるなと。あとは後ろから来ないでくれと思いながら追いました。すべてが上手く行ったし、上がって行った脚がすごく良くて、本当に気持ち良かったです。
2018年大晦日の東海ゴールドカップをダイヤモンドダンスで制覇
ゴール板のところでは気持ちの入ったガッツポーズが飛び出しましたし、その後流していって1コーナー過ぎでもガッツポーズしていましたね。
はい。嬉しくて自然に出ていました。1コーナー過ぎの外側には装鞍所があって、あそこにも厩務員さんたちがいたので「やったー!」って。馬主さんにとっても花本厩舎にとっても初重賞制覇だったし、最近笠松の馬が重賞を勝てなかったので、みんなに向けてという気持ちもありました。
お世話になった方々に、いい恩返しができましたね。
まだまだ足りないですけど、でもすごく嬉しかったです。馬主の安東純二さんにはとてもお世話になっていて、よくご飯とかにも連れていっていただくんですけど、笠松の表彰台に立つのが夢だって仰っていたので、叶えることができて嬉しくて。花本正三厩舎にもすごくお世話になっているし、僕にとっては義理のお父さんなので。
え?そうだったんですか?!
そうなんですよ。花本先生の娘さんと結婚しているので。嫁さんもすごく喜んでくれました(照)。
2018年は苦しみながらも最高の締め括りでしたね。2019年はどんな年にしたいですか?
毎日の仕事をコツコツ積み重ねていくというのは当然ですが、やっぱりリーディングは狙っていきたいです。(佐藤)友則さんが抜けているので難しいところもありますけど、諦めずに食らいついて行きたいですね。去年は友則さんが南関東に行っていた時期があって、だからこそ大きなチャンスだったのに、僕が勝てない時期があって、友則さんがポンポンポンと勝っていったので差を広げられてしまいました。今年も遠征に行くことも多いだろうし、友則さんからも「がんばれよ」って言ってもらっているので、なんとか食らいついて行きたいです。
佐藤騎手が全国的に活躍して、地元を空けることが多くなると、筒井騎手にかかるプレッシャーも大きくなりそうですね。
そうですね。去年はそこでプレッシャーを跳ね返し切れなかったなと。簡単なことではないですが、一度経験したというのは大きいので、今年こそはと思っています!
では、オッズパーク会員の皆さんに笠松のPRとメッセージをお願いします。
笠松のレースでのポイントは、まずスタートと、向正面の仕掛けどころです。前に行っていてもスローに落とすと一気にマクッて来る人もいるので、そこをどう対処するか。油断しているとマクり切られたりするし、でも前に行って楽をしたいので、そこの攻防が一番の見どころだと思います。僕自身のことは、ありきたりなんですけど、これからも1つ1つ丁寧に乗って、全力で頑張りますので長い目で見て応援していただけたら嬉しいです。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:岐阜県地方競馬組合)
オッズパーク地方競馬応援プロジェクトの4世代目カサマツアトリアを管理する、笠松の尾島徹調教師。トップジョッキーから、若くして調教師に転身して4年目。すでに多くの結果を出しています。
京都競馬場に出走した(2017年5月20日)カサマツブライトと尾島徹調教師(右)
まずは、カサマツアトリアの初勝利(10月4日・笠松第2R)おめでとうございます!
ありがとうございます。本当は新馬戦で勝ちたかったんですけど、勝ち切れず申し訳ありませんでした。体の大きな馬(デビュー戦は547kg)で、スピードに乗るのに時間が掛かってしまい、800mではちょっと厳しかったですね。でも2戦目では動きがガラッと良くなって、2番手から押し切る競馬を見せてくれました。
アトリアを最初に見た時の印象はいかがでしたか?
1歳の時にサマーセールで見たんですけど、まず最初に「大きいな」って。当時から脚も太かったですし、すでにかなり大きかったんですけど、腰高の体つきだったので、「まだまだ大きくなるな」と思いました。その後、BTCへも何度も見に行きましたし、跨った時には力強いトビをしていて、「ダート合うな」と。入厩するのが楽しみでした。
今年の夏は暑さがキツかった分、夏負けがひどかったそうですね。
そうなんです。一番涼しい時間に調教するよう調整していたんですけど、それでもかなり夏負けしてしまいました。調教ではずっと佐藤友則騎手に乗ってもらっていたんですけど、なかなか前向きな言葉が出てこなかったんです。佐藤くんが(期間限定騎乗で)南関東に行く前に最後の追い切りに乗ってくれた時はだいぶ良くなってきていて、ただスピードに乗るまでに時間がかかるので、800mは厳しいなという感じでした。そこから直前の追い切りで時計もそれなりに出て、動きもさらに良くなって、新馬戦でもいいところあるんじゃないかと期待できるようになりました。
カサマツアトリアのデビュー戦(2018年9月19日、2着)
待望の新馬戦は渋太い脚を使って2着を確保しました。
やっぱり800mは忙しかったですね。勝った馬に6馬身も離されてしまい、悔しかったです。でも一度使って動きはすごく良くなりましたし、追い切りの時計も速くなって。(2戦目も)新馬戦と同じく岡部(誠)騎手に乗ってもらったんですけど、1コーナーでちょっと掛かり気味になってしまって。岡部さんも、「1戦目の感じから、あんなに行くとは思わなかった」って、いい意味でびっくりしていました。
初戦とは道中の行きっぷりが全然違いましたもんね。
前半勢いよく行っちゃった分、最後は少し甘くなってしまったけど、勝てて本当に良かったです。初の1400mでしたが、岡部さんも「すごく良かった」と褒めてくれました。使った効果もあるし、涼しくなってきてだいぶ馬が良くなっていますが、まだまだ良くなる余地があるので、今後が楽しみですね。
この馬の良さというのはどのあたりに感じていますか?
体が大きいのでパワーがあります。トビもすごく大きいですから。入厩したての頃は、まだ体が上手に使えなくて、ドタバタしたような走り方だったけれど、今は後ろ脚がだいぶしっかりして、走り方も良くなりました。大きな体ですが、小回りの笠松のコーナーも上手に走れるようになりました。
とにかく体が大きいという印象ですが、性格はいかがですか?
これが、めちゃくちゃ大人しいんです。厩舎でも調教でも、悪いことは全然しないので、そういう部分は手が掛からなくて良かったですね。やっぱりあれだけの体なので、もし反抗的だったりうるさかったりしたら、扱うのが大変だったと思いますから。体は大きいですが、人懐こくて可愛いですよ。
今後の目標を教えてください。
JRA認定競走を勝って、重賞路線に乗せたいです。力強い走りでバテない強みがあるので、あとはもう少しスピードというか、瞬発力がついてくれたらさらに強くなると思います。
カサマツアトリア
続いては、調教師としてのお話をお聞きしていきます。騎手から転身して3年目、すでに256勝(2018年10月21日現在)を挙げて順調ですね。
本当に周りの方々のお陰です。騎手の頃もそうでしたけど、今は余計にそう思いますね。たくさんの方にオーナーさんを紹介していただいて、いい馬たちを預けていただいて。信頼しているスタッフが一生懸命頑張ってくれていますし、本当に僕は運がいいんです。
騎手時代とは仕事の内容が違うと思いますが、葛藤などはありますか?
確かにいろいろなことが全然違いますね。今思うと、騎手の時には調教とかもちょっと楽をしていたなと反省しています。実際、今の方が調教にも乗ってますから。すごく忙しいので、思い悩む暇がないくらいです。ただ、レースを見ているというのはしんどいものですね。パドックで送りだしたら、もう何もできないですから。レースに乗っていた時の方が、気持ち的には楽でした。
MRO金賞で、待望の重賞初制覇でした。騎手時代はかなりの数の重賞を勝っていましたが、調教師として重賞を勝った感想は?
やばかったです。もう、泣きそうになってしまって、こらえるのが大変でした(笑)。本当に時間がかかってしまいました。重賞を勝つって難しいですね。いい馬をたくさん預けていただいたし、開業してすぐに重賞でも2着3着来れたので、ここまで時間がかかるとは思っていなくて。時間がかかってしまったけれど、勝てて物凄く嬉しかったです。
ドリームスイーブルで金沢・MRO金賞を勝利(2018年8月9日、写真:石川県競馬事業局)
しかも鞍上は佐藤友則騎手!
佐藤くんは騎手時代から仲が良かったんですけど、今はすごく頼りにしている存在です。MRO金賞も上手く乗ってくれて。正直、ラスト100mくらいまでは勝つと思わなくて、「あぁ、2着か...」と思いながらけっこう冷静に見ていたんです。まさかあそこから差してくれるとは。検量に上がって来て、馬から下りた時には何も言わずに抱きしめました。
佐藤騎手にとっても、とても嬉しい勝利だったと仰っていました。尾島調教師が騎手を辞める時に、「友くんを10年連続笠松のリーディングにする」って言われて、ものすごく励みになったと。
そうですね。ちょっとくらいはリーディングになるお手伝いができたかなと思うんですけど、でも佐藤くんは有言実行でリーディングになったのに、うちの厩舎はまだなっていないので、早く佐藤くんと同じ立場になれるように頑張ります。
では、オッズパーク会員の皆さんへメッセージをお願いします。
騎手の頃からたくさんの方々に応援していただき、とても感謝しています。調教師になってからは、カサマツブライトで9勝させていただきましたし、今はカサマツアトリアでまた勉強させていただき、本当にありがとうございます。調教師としてはまだまだ新米ですが、笠松からスターホースを出せるように頑張ります。応援よろしくお願いします。
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※インタビュー / 赤見千尋
2016年から2年連続で笠松リーディングを獲得し、笠松の顔となった佐藤友則騎手。各地の重賞にスポット参戦し、8月からは初の南関東での期間限定騎乗に挑戦。JRAでもコンスタントに騎乗して結果を出しています。上を目指してフル回転を続ける原動力とは?
2016年に初の笠松リーディングを獲得し、そこからは不動の1位。もともと技術には定評がありましたが、どうやってこの上昇気流に乗ったんですか?
いやいや、本当に周りに恵まれただけなので。感謝しかないです。実はジョッキーになってからずっと、1年が終わる時に「やり切った」と思えたことがなくて。くすぶっていたんですよね。「このままじゃダメだ」と思いながらも、言葉にも出せなかったし行動にも移せずにいたんです。でも2014年の終わりに、名古屋の角田(輝也)先生が「お前、このままでいいのか?来年リーディング獲れよ」って言ってくれて。「いや~、厳しいですよ」って言いながらも、自分なりに意識改革して、言葉にも行動にも出すようにして。その年(2015年)は3位で結局リーディングは獲れなかったんですけど、初めてリーディングを目指せる位置まで行くことが出来て「今年、頑張ったな」って思えたんです。それと、僕にとっての偏西風が吹いたんですよね。何だかわかりますか?
偏西風??
尾島徹の騎手引退と、調教師になってからのバックアップです。徹が引退した時、「ともくんを10年連続リーディングにする」って言われたんですよ。後輩にそんなことを言わせた自分が情けないなと思いつつ、「絶対にやらなきゃ」って思いました。
尾島調教師はどんな存在ですか?
後輩なので、抜かれた時は悔しかったし、正直嫉妬もあったんです。でも、こいつスゲーなって思ってて。例えば、岡部(誠)さんと3人でご飯に行った時、当たり前のように岡部さんが奢ってくれようとしたんです。僕はその時、「すみません。ご馳走様です」って言ったんですけど、徹は「いや岡部さん、ダメです。僕出します」って言いだして。「いやいやいや」みたいなやり取りになって、徹がそこで「岡部さん!僕、岡部さんに奢ってもらってたら、いつまで経っても岡部さんを抜けないので」って言ったんですよ。その時、上に行く奴ってこういう奴なんだなって思って、後輩ながらグッときました。徹は体が大きくて減量に苦労して騎手を引退したから、本当は未練もあっただろうし、そんな奴に言われたんでね、これはもうやるしかないと思いました。
ご自身でも仰っていましたが、長年くすぶっていた中で一念発起しても、狭い世界ですからなかなか上手くいかないことが多いと思うんです。殻を破ることが出来た秘訣は何ですか?
僕は本気で騎手を辞めようとしたことが2回あるんですよ。どん底も味わっているし、正直怖いものはないんです。辞めようとした2回とも、周りに引っ張り上げてもらっているし、自分が恵まれているということにやっと気づきました。今までは、頑張ってやってダメだった時に、「やっぱりダメだ」みたいに思ってしまったんですけど、何でもっと周りを信じてもっと頼らなかったんだろうって思うんです。本当によくしていただいているので、もっともっと上手くなって恩返ししたいです。
2年連続笠松リーディングを獲りました。次の目標は何ですか?
今は期待してもらって、すごくいい馬にもたくさん乗せていただいているので、とにかく自分のレベルを上げたいです。それで今年は外に出ようかなって。8月から初めて南関東期間限定騎乗に行くし(8月27日~10月26日・大井所属)、笠松開催があっても他地区の重賞に声が掛かればスポット参戦したり、積極的に外で乗ることを意識しています。
JRAでもよく騎乗していますよね。
有難いことに、たくさんチャンスをもらっています。でも活かし切れていないんですよ。南関東やJRAは多頭数の競馬じゃないですか。それにコースもいろいろあって、そういうところでの駆け引きが僕には足りないんです。(吉原)寛人や(赤岡)修次さんを見ているとすごいなと思いますね。僕ももっともっと経験を積んで、あの2人のように地方を代表する騎手になりたいです。笠松の、ではなくて、地方の佐藤友則と言われるような存在になりたいです。
外で騎乗するのは、地元開催があるとなかなか難しいこともあるのでは?
そうなんですけど、寛人も修次さんも言うんです。「地元のリーディングにこだわっていたら上にいけない」って。もちろん獲れたら嬉しいですけど、それに捉われたらこれ以上上には行けないですから。今のままではまだまだ足りないし、周りに頼りっぱなしなんです。技術面もそうですけど、精神的にも「俺に任せろ!」ってドンと構えていられるような自信がまだなくて。外に出てたくさん経験して、もっと成長したいです。
リーディングを獲って満足!という感じではないですね。
全然満足してないです。もちろん獲れたことは嬉しかったですけど、獲ったら獲ったで次もって思うし、もっともっとってなる。それに、ジョッキーレースに呼ばれるようになったんですけど、周りを見ると負けているんですよね。結果も出ていないし。そこでも負けない技術を吸収したいです。
2018地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップは総合8位だった(後列右端)
そのモチベーションはどこから来るんですか?
自分のこともそうですけど、笠松にもっと人を呼びたいという気持ちも強くなったんです。笠松は騎手も少ないし、今は全国で勝ち負けするような強い馬もいない。リーディングになったからこそ、僕がもっとアピールしたいなと思うようになりました。今は夜中の1時半に起きて調教に乗る毎日で、辛いなと思う時もあるけど、「忙しいって幸せだな」って。努力を怠って調子に乗ったら終わってしまうので、今攻めないといけないなと思っています。
リーディングを獲った今だからこそですか。
そうです。どうしてそう思ったかというと、プロレスラーの内藤哲也選手の影響なんです。新日本プロレスはしばらく低迷した時期があったんですけど、今、内藤選手が注目を集めてまた人気がすごくて。でもそんな内藤選手が言うんですよ。「今僕が攻め続けないと、また暗黒期と言われた時のように戻ってしまう。だから僕は攻め続ける」って。僕も競馬界の内藤というくらいの気持ちで、攻め続けていきたいです!
では、オッズパーク会員の皆さんにメッセージをお願いします。
いつも応援ありがとうございます。ファンの方の声を直接聞いて、ファン目線の競馬場にしたいと思っています。僕は今、騎手会の副会長なんですけど、ファンサービスもいろいろ考えているので良かったら参加してください。今、勝率も上がっているので、笠松開催では僕が来ない日はないと思って馬券をたくさん買っていただけたら嬉しいです。皆さんの馬券に貢献できるように頑張ります!
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※インタビュー / 赤見千尋
デビュー5年目を迎える水野翔騎手が今年、ホッカイドウ競馬から笠松に移籍。2月19日現在、新天地で6勝を挙げる活躍を見せている。移籍に至るまでの経緯、新天地での意気込みを明かした。
2016年には笠松で期間限定騎乗の経験はありましたが、正式に移籍となった経緯を教えて下さい。
期間限定騎乗の際に、笠松は騎手が少ないので、たくさん乗せてもらえましたし、今の師匠の笹野先生、兄弟子の藤原幹生さん、先輩の佐藤友則さんにも正式に移籍しないかと誘われました。ホッカイドウ競馬も1、2歳馬の調教など他ではできない経験もさせてもらってましたが、開催期間が4月の下旬から11月中旬と短いので、通年開催の笠松は魅力がありました。笠松は短期騎乗の際に、騎手同士仲がいいのも知ってましたので、移籍を決めました。
移籍2日目に1勝、2着2回と結果も早く出せた。
2日目で勝てたのは良かったですが、移籍後のレースを振り返ったら、2着が多くて、勝っているレースでも自分の甘さから落としていることもあるので、まだ足りないところがある。そこが今後の課題だと思ってます。
笠松での生活は慣れましたか?
2016年に期間限定騎乗して、その際に人間関係はできていたし、笠松の土地勘も分かっていたので、正式移籍してからは、すぐに溶け込めました。騎手の先輩も、何かと声をかけて下さるし、兄弟子の幹生さん、弟弟子になる(渡邊)竜也とも親しくなるのに時間がかからなかった。人間関係には恵まれたと思います。
出身は神奈川県川崎市とのことですが。
そうです。だから教養センターにいる時には川崎に所属して、南関東で乗ろうかと思った時期もありました。しかし、教官から騎手激戦区の南関東よりも他で乗った方がチャンスが多いと言われたので、誘われたホッカイドウ競馬に決めました。
ホッカイドウ競馬では学ぶことは多かったですか。
やはり1歳や2歳の若駒の調教にたくさん乗れた経験は大きかったですね。師匠の村上正和先生には現役時代の勝負服(胴青・白十字たすき、袖白・青二本輪)まで譲っていただいて、かわいがってもらいました。笠松で活躍することが恩返しになると思いますので、重賞や中央のレースなどで勝って、村上先生の耳にも入るくらいの活躍ができるようになりたいです。
勝負服と言えば、移籍後、新しいデザイン(胴青・白格子じま、袖白・水色一本輪)に変えましたね。
はい。村上先生から譲っていただいた勝負服も、先生の前は伝説の名ジョッキー千島武司騎手(ホッカイドウ競馬でリーディングジョッキーに5度。シーズン130勝で当時の最多勝レコードを樹立。77年、調教中の事故のため25歳で死去)のものでホッカイドウ競馬の伝統あるものでしたので、お返ししました。笠松でも周りからは、その勝負服を着て活躍することが恩返しになるのでは、とも言われましたが、あの服は北海道にいてこそと思ってますので、刷新しました。所属する笹野厩舎のカラーが青で、兄弟子の幹生さん、弟弟子の竜也も勝負服には青色が入っています。それに道営時代から僕は青と白の印象が強いので、厩舎カラーの青を主体にしながら、道営時代からの自分の青と白のイメージを残せる新しいデザインを考えました。
中学時代にはレスリングで全国3位。スポーツ推薦でいくつかの高校から勧誘があったそうですね。
レスリングで高校には行こうと思ったら行けました。でも、体重が最軽量のクラスよりも、さらに軽くて不利だったので、騎手の道を選びました。
教養センターの同期生とは今も繋がりはありますか。
先日、引退した岩手の(鈴木)麻優は同期です。あれだけ大きい怪我でしたから仕方ないですね。高知の妹尾(浩一朗)や今は南関東で乗っている(期間限定騎乗)金沢の中島(龍也)は学校時代から仲が良かったですね。それから、同期で名古屋、笠松の東海地区では4人がデビューしましたが、今も現役は名古屋の村上(弘樹)だけというのは寂しいです。
毎朝、調教では何頭くらいに騎乗しますか。
朝は1時45分から、だいたい20頭くらいに乗ってます。所属する笹野厩舎以外にも尾島、加藤、山中、後藤、花本厩舎の馬にも乗せていただいてます。調教に乗った馬はレースでも乗せてもらえることが多いのでありがたいです。
ホッカイドウ競馬と笠松のレースの流れは違いますか。
全然違いますね。笠松は小回りだから、差し馬は向正面から早めに動きますから。門別はコースが広くて、馬の力の差がはっきり出やすいけど、笠松はコーナーが多くて、小細工が利く。力が足りない馬でも、騎手の腕でカバーできるところもあって、乗っていて楽しい。ホッカイドウのころからスタートは上手だと言われているので、笠松でも、その長所を生かしたいです。
今後の目標について教えて下さい。
今、デビューしてから89勝ですので、できるだけ早く100勝を挙げたいですね。重賞ではホッカイドウ競馬でも最高3着でしたので、早く勝ちたい気持ちはありますが、それより今年は先輩騎手のいいところを学びながら、リーディング5位以内に入って、ファンの人に名前を覚えてもらいたいです。
オッズパークファンに向けて一言お願いします。
ネットでたくさん馬券を買っていただいて、ありがとうございます。ネット中継での観戦も悪くないですが、天気のいい日はぜひ、競馬場にも足を運んで下さい。
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※インタビュー / 松浦渉
笠松のトップトレーナーである笹野博司調教師は、一風変わった経歴の持ち主。競馬界に入ったきっかけ、そして短期間にトップに上り詰めた要因を伺いました。
笹野先生は今や笠松のトップトレーナーですけれども、経歴が珍しくて、なんとピザ屋の店長から脱サラして競馬の世界に入ったそうですね。
そうなんですよ。就職してピザ屋の店長を何年間かやってまして、27歳の時に「自分が本当にやりたいことは何かな」と考えた時、僕にとってはそれが競馬の世界だったんです。小さい時から親父に連れられて笠松競馬場や名古屋競馬場に行っていて、ずっと憧れがあったので。
社会人として仕事をしている中で、一大決心だったと思うんですけど、何が一番背中を押したんですか?
ピザ屋さんの仕事も楽しかったんですけど、「ずっと今のままでいいのだろうか」って考える時がありまして。母親に相談したら「やってみなさい」と言ってくれて、いろいろ考えた結果、思い切ることにしました。それで、仕事を辞めて、千葉にある乗馬の学校に入って。まったくの素人だったので、基本乗馬や馬学的なことを習いました。
思い切りましたね。
そうですね。かなり(笑)。なかなか僕みたいな経歴の人は少ないと思うんですけど。ただ、その頃は調教師を目指そうとは思っていなかったんです。とりあえず競馬の世界にって考えた時に、JRAの厩務員過程は年齢的に無理だし、地方競馬の厩務員になれればと思っていて。それにはまず馬に乗れないとダメだなと思って、乗馬の学校へ行きました。そこで1年ほど勉強したんですけど、馬に乗るって難しいですね。思っていたよりも全然難しかったです。
挫けそうにはならなかったですか?
それはないです。思うようにいかなかったですけど、競馬の世界で働きたいという意思は強かったので。そこで1年やって、笠松の井上孝彦厩舎に厩務員としてお世話になることになりました。それが28歳の時です。競馬の世界の中では遅いスタートですよね。
実際に競馬場で働いてみて、いかがでしたか?
初めてのことばかりで難しいこともありましたけど、自分で世話した馬がレースで勝つと本当に嬉しくて。サラリーマン時代には味わえない気持ちでした。すごく楽しかったですね。
そこから調教師を目指すことになるわけですね?
厩務員を始めてだいぶ時間が経ってからなんですけど、結局厩務員をやっている以上は調教師さんに馬を任されるわけで、限りがあるわけじゃないですか。3頭、4頭という決められた枠の中でしかできないので。時間が経つにつれて、「もっといろいろな馬を触りたい」「もっと広い視野で馬と関わりたい」という気持ちが大きくなったんです。それには調教師になって、自分で馬を見つけて、馬主さんを見つけてやるしかないなという思いに至りました。
調教師というと、また大きな決断だったと思いますが。
そうですね。僕はまったく馬主さんの知り合いもいなかったですし、本当にゼロからのスタートでした。競馬の世界に入る時もそうですけど、割と決めたらパッと行っちゃうタイプなんですよ。あまり難しくは考えなかったです(笑)。
2012年に開業した時はどんな状況だったんですか?
5月20日に免許が下りて、「すぐ6月から開業していいよ」って言われたんですけど、最初はまったくコネもなくて、厩務員の時に担当していた馬を1頭預けていただけることになったんです。だから1頭からのスタートでした。
そこからどうやって増やしたんですか?
一番大きかったのはトウホクビジンですね。開業して1か月くらいの頃にうちに転厩してきて、3か月目の時に姫路チャレンジカップを勝ったんですよ。それが大きかったです。トウホクビジンにいろいろな競馬場に連れて行ってもらって、いろいろ行くうちにその土地の調教師さんなり知り合いができて、徐々に名前を知ってもらったという感じです。
トウホクビジンはものすごく丈夫でしたよね。
そうですね。なかなかいないですよね。牝馬でしたけど、どれだけ遠征しても食欲が落ちないんですよ。牝馬はレースを使ったり遠征すると食欲が落ちる馬が多いですけど、あの子はまったくなかったです。普段はあんまり余分なこともしないし、馬房の中で寝ることも多くて、自分で疲れをしっかり取っているという感じで賢い馬でしたね。最後は引退式までさせていただきましたし、ファンの方にたくさん応援していただきました。あの馬には本当に感謝しています。
引退レース(2015年1月9日、笠松・白銀争覇)を終えたあとのトウホクビジン
そして開業5年目の去年勝ち星が一気に倍近く増えて、笠松リーディングに輝きました。
要因はと聞かれると、正直よくわからないんですけど、頭数が増えて来て、その中で戦えているのかなと。自分としては、「壊さない」ということを大切にしています。JRAと違って休養のために放牧へということもなかなかできないですから、いかに馬の体調をコントロールして調子を維持するかということを大事にしています。
そこが難しいと思うんですけど。
難しいですね。だいたい隔週で競馬をやっているので、維持するのはなかなか大変ですけど。でも地方の調教師さんはそれぞれ自分なりのコツがあると思うんですよ。そこはそれぞれですけど、自分なりの形を考えて維持しています。もちろん、重賞や大きいレースがある場合は別ですけど、普段のレースはそこを大切にしていますね。
調教師になって、5年でリーディングになれるって思ってましたか?
全然思ってないです。その年その年で目標を立てるんですけど、去年はベスト3に入りたいというのが目標でした。そしたら自分の思う以上に馬ががんばってくれて。厩務員さんも人数が増えて、みんなよくがんばってくれてます。そこが大きいです。
一般社会から競馬の世界に入って来て、年数も短い中で、ここまで結果を出すというのは本当にすごいことだと思います。
いやいやいや。僕の場合は、サラリーマンを経験したことが良かったんじゃないかなって思っています。もちろん、長年競馬界にいる方や、ジョッキーから転身された方にはそれぞれの良さがありますけど、自分の場合は社会経験ができたことは大きかったなと。馬主さんたちは社会的に成功した方々ですし、僕はサービス業だったんですけど、いかにお客様を大事にするかなんですよ。今も調教師というのはある意味サービス業だと思っているので、馬主さんに満足していただけるかを大切に考えています。
今後の目標というのは?
何回かJRAに挑戦させてもらっているんですけど、全然結果が出せていないので、JRAで勝つことを目標にまた挑戦していきたいです。
今特に期待している馬はいますか?
2歳のビップレイジングです。8月に転厩初戦でJRA認定競走の秋風ジュニアを勝つことができました。もともと僕が見つけて来て買っていただいた馬で、門別の齊藤正弘先生のところで鍛えていただいて。いい感じで笠松に来てくれました。デビュー1、2戦は結果が出なかったんですけど、距離が延びて頭角を現して来ましたね。
秋風ジュニア(8月31日・笠松)を制したビップレイジング
写真:(C)fanfan/H.Taniguchi
では、オッズパーク会員の皆さんにメッセージをお願いします。
地方競馬の売り上げが好調なのは、ネットで買っていただいているファンの方の存在が大きいと思います。いつも応援していただき、ありがとうございます。笠松競馬、一生懸命がんばっていますので、ぜひこれからもよろしくお願い致します。
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※インタビュー / 赤見千尋