若手の活躍が目立つホッカイドウ競馬。今年デビューしたのは山本咲希到(さきと)騎手(18)です。
騎手になったきっかけを教えてください。
奈良県の大和高田市出身で、小学4年の時、祖父母に京都競馬場に連れて行ってもらいました。2006年の菊花賞、ソングオブウインドが勝った年です。三冠がかかっていたメイショウサムソン(4着)の石橋騎手が最後まで追っていたところや、アドマイヤメインの大逃げ、ドリームパスポートの追い込み、レースとして全ておもしろく、騎手になりたいと思いました。小学校は空手、中学に入ってからは陸上部に所属しながら乗馬クラブに通っていました。陸上部は足腰を鍛え、体力をつけるため。夏休みは陸上の朝練をしてから、バスで1時間かけて乗馬クラブに行ってました。中学時代に通った乗馬クラブと、中学卒業後に寮生活しながら1年通った東関東馬事高等学院では、乗馬の基本をみっちり教わりました。
咲希到という名前は、漢字一文字一文字に意味があっていい名前ですね。
父が、レーサーになりたかったそうで「サーキット」から名付けられました。親は全く競馬は見ないのですが、何も言わず応援してくれました。
地方競馬教養センター時代はいかがでしたか。
中学の時にJRAの試験を受けていましたが、次の年には中央や地方関係なく騎手になりたかったので、両方受けて地方に受かりました。2年間、厳しかったけどジョッキーにさせていただきましたし、楽しかったです。馬乗りとしてはもちろんですが、精神面で鍛えられました。忍耐がつきましたね。同期とも仲が良かったです。
北海道に来たのは、2歳戦や馴致は、技術が身につき馬乗りとしてうまくなれる、と聞いたからです。教官にも薦められました。最初は同期に負けない、と思いましたが、競馬場が違うと流れも雰囲気も違うし、それよりは阿部龍さんや石川倭さんなど、道営で若手騎手が活躍しているのでこちらの方が気になります。
名騎手だった松本隆宏調教師のもとに、ついに新人所属騎手が!という思いでした。
言われましたね。宮崎さん(光行騎手)もいますし、勝負服をもらったので、言われなくてもその思いは感じます。宮崎さんは移籍してきたので、せっかく最初の弟子になるから勝負服は着せていただけるなら、と先生にお願いしました。最近道営では、米川昇先生(石川倭騎手)、村上正和先生(水野翔騎手)、と昔騎手だった先生の勝負服が復刻しているんですよね。
2年の夏からの実習はいかがでしたか。
全く違います。馬が違う。大変だと思うことはなく、楽しかったです。もっと騎手になりたい、と思いました。攻め馬に乗せていただいた馬がレースで結果を残してくれたり。厩舎はこの時、ヤマノミラクル(北海優駿)やステファニーラン(リリーC、フローラルC)、キタノイットウセイなどが活躍しましたからね。
実は実習に入ってすぐ足首を骨折して、9月の1カ月くらい馬に乗れなかったんです。それもあって、冬季は松本先生と同期の、川崎の田邊陽一先生のところにお世話になりました。南関東にも限定騎乗で行きたいな、と思いました。
松本先生や宮崎騎手は、何か教えてくれますか。
基本的には言わないけれど、聞けば教えてくれます。宮崎さんも聞けば教えてくれる。大事なのは「馬づくり」と言われます。他の厩舎に強い馬がいても、乗るにはハードルが高い。厩舎で強い馬をつくれば、騎手が2人いてもまわってくることがある。だから攻め馬が大事、と。ほかの先輩方、厩務員さんなど、みなさんによくしてもらっています。五十嵐(冬樹)さんは乗り役としての態度や、競馬場以外の心構えを教えてくれますね。道営の人たちはみんな温かいです。
初騎乗(4月22日8Rナナイロ、7着)について教えてください。
あっという間に終わってしまいました。緊張はしなかったのですが、内にささって、矯正するのに必死でした。レースってこんなに疲れるのか、と思いました。今考えればあんなハイペース、間違った騎乗だったと思うのですが。祖父母が応援に来てくれました。
初勝利(5月6日10R、クインズパール号)については。ゴールデンウィーク中でした。
追い切りも乗せてもらって内心期待していたのですが、特別戦(減量特典なし)ですし。(大外をまわって)ロスの多い競馬だったので、馬が強かったからです。思い出に残る馬ですね。(内外離れていたので)勝ったかはわからなかったけれど、戻ったらおめでとう、と言われました。人の多さは全く気にならなかったです。2勝目は勝ったのがわかりました。宮崎さん(シセイカイカ)が来ていましたが、来るな!と思いました(笑)。負けたくないです。
それと、ディーズメヌエット(8月13日1R)。同着でしたが自厩舎で勝った馬で、宮崎さんが、僕を自厩舎で勝たせるために薦めてくれたんです。能検も乗せてもらいました。能検は広い意味で勉強になりますね。
負けず嫌いなのですね。騎手としてデビューして4カ月が過ぎ、いかがですか。
馬を動かすのって、こんなに難しいのか、と思っています。ゲートは難しいですね。「ゲートうまくなれ」とよく宮崎さんに言われます。宮崎さんは、馬を動かすこと、御すこと、おさめること、展開、全てがうまく、そして大舞台に強いですよね。
大事にしているのは、宮崎さんの言葉を借りれば「動物の気持ちをくみ取る」ということです。馬は機械じゃない。感情があって能力もそれぞれ違うから、その子に合わせた引き出しをどう引いていくか。1つでも多く勝ち星を積み重ねていきたいです。
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※インタビュー / 小久保友香(写真:小久保友香、小久保巌義)
オーストラリアを拠点に、韓国やシンガポールでも活躍する藤井勘一郎騎手(31)が、9月30日までホッカイドウ競馬で期間限定騎乗中です。
日本での最初の騎乗が道営で、とても嬉しいです。ホッカイドウ競馬で騎乗することになった経緯を教えて下さい。
昨年、韓国でレース中に怪我をして、妻の実家がある札幌にいたんです。シンガポールの高岡秀行調教師(元ホッカイドウ競馬)がセリに来ていると札幌競馬場で聞いて、静内へ挨拶に行きました。その時にホッカイドウ競馬の調教師を紹介していただき、田中淳司先生と縁ができたのです。
各地の競馬場で騎乗されていると思いますが、門別はどこに似ていますか?
オーストラリア、シンガポール、マレーシア、韓国、約60箇所で乗りましたが、似ているところはないです! ほとんどが芝ですし、門別は砂厚が12センチと深く、パワーがいる。雨が降るのと乾燥しているのではコンディションが違い、日によってどこを通るかが大事になる。去年研修に来た時に聞いてはいましたが、乗ると全然違いますね。ベテランの位置取りを見ながら、レースを組み立てています。古馬はクラス分けも細かいから、駆け引き次第で変わってくる。騎手の能力が問われます。2歳は南関東や中央を目指しているからシビアですね。全体的に、7カ月のみの競馬だからか、意気込みを感じます。学ぶことが多い。同厩の岩橋騎手とは同年代だし、刺激しあえる仲です。心強い。
門別競馬場は、関係者、スタッフが一丸となって作り上げている。全体の魅力、思いが伝わってほしい。
ナイター競馬はいかがでしょう。
シンガポールやオーストラリアでナイターの経験はあります。霧は人生初めてですよ、霧!! びっくりしました!! レースが中止になった時は、馬もよくなっていたのに......。映像は白くても、全く見えないわけではないんです。ただ、離して逃げる馬がいると距離感がわからないし、霧がゴーグルについて見にくくなるそうです。何より、パトロールタワーからレースが見えないと公正競馬が成立しないですからね。初めてといえば、今日午前3時頃坂路に行ったら、叫び声が聞こえたんです。子鹿が迷い込んでいたんですよ。
北海道はいかがですか。
道路が広く、自然が豊かなのはオーストラリアに似ています。オーストラリアでは3時間とか車を運転して競馬場に行くので、それを思い出しました。
牧場も新しい経験ですね。先日は育成牧場に行きました。坂路といってもいろいろあって、ウッドチップの質や敷き方、勾配、距離から違う。先日は育成牧場を経営している、元騎手の吉田稔さんと併せ馬をしたんです。元トップジョッキーと乗れたのもいい経験でしたね。うれしかったです。休みの日は札幌にいる家族に会いに行っています。3歳の息子、4月に生まれた娘がいます。癒やされますよ。
初勝利(7月15日1レース、ハッピーヴィータ)については。
勝つ馬を用意してもらいましたから。ほっとしましたね。精神的に楽になりました。日本で勝ったら感動するかなぁと思いましたが、以外と冷静でしたね(笑)。すぐに次はどう乗ろうか、と考えていました。結果を出すということを考えると、冷静、客観的にならなきゃいけないところはありますからね。
今後は、重賞を勝ちたいですね。王冠賞に乗せていただきましたが、他地区の川原正一騎手(兵庫)が来たり、独特の雰囲気があって乗っていて楽しい。道営は元トップジョッキーの調教師が多いので、騎手に対する目が厳しいです(笑)。
勝負服はどのように決めたのですか。
騎手服のある韓国で騎乗する時に作りました。オーストラリアで5勝か6勝して、大きな競馬場で乗るきっかけをくれた、ベネッツグリーンという馬がいます。馬主さんにぜひ使いたい、とお願いして同じ勝負服を引き継ぎました。
JRAの騎手試験を受けるときに、1キロだけ体重がオーバーして受けられずオーストラリアに渡ったと聞きました。地方競馬は考えなかったのですか。
もちろん、地方競馬のことは知っていたのですが、中央でも体重制限があるなら地方も同じだな、と考えて、オーストラリアを目指しました。
小学生の時に、たまたまテレビをつけて見たのがフジキセキの弥生賞。それから父が2カ月に1回くらいは、京都などの競馬場に連れて行ってくれました。父はもともとギャンブルやらないんですけどね。蹄やムチの音、臨場感、美しい馬。全てが新鮮でした。競馬場を出ると、焼き鳥やイカ焼きとかが並んでいる(笑)。それも思い出です。
理解してくださったお父様も素敵ですね。さて、オーストラリアではジョー(Joe)と呼ばれていますね。勘一郎と全然違うじゃないですか(笑)。
そうなんですよね(笑)。15歳の時に行ったホストファミリーでニックネームを名付けられて、そこから定着したんです。僕のサインもJoeって入っていますよ。
騎手になりたい若者が日本にもたくさんいると思います。
簡単ではないけれど、本当にやりたければ挑戦していくべきだと思う。僕もまだ、挑戦の過程です。オーストラリアにはほかにも日本人騎手はいますが、僕みたいに日本ら来ているのもいれば、現地で結婚して家を建てたり、それぞれのライフスタイルがありますね。
門別の後は決まっていませんが、10月にはJRAの試験があるのでそれに向けて勉強します。自分は初めて見たのがJRAだったから、日本で乗りたい気持ちがある。スノーフェアリーのダンロップ調教師なども言っていたけれど、日本の競馬は今世界で認められているし、日本で勝つのは難しい。外国の騎手にとっても、日本で乗るのはステイタスになっています。
好きなレース展開はありますか?
特にないです、馬に合った乗り方をしているだけ。生き物ですから、毎回レースで変わってくる。リプレイは欠かさず見ていますが、固定観念に縛られず、日々の変化をどれだけ感じ取れるか、です。宮崎光行騎手と話す機会があって、その時話題になったのは「人それぞれの個性がある。どれだけストロングポイントを出して騎乗するか」ということ。自分ですか? 難しいですが、いろんなところで乗ってきた、という柔軟性でしょうか。ここの競馬場だから簡単に勝てる、というところはひとつもないんです。
プロフェッショナルでいたい、ですね。それがあれば、海外でも言葉、生活の壁があっても、信念があれば乗り越えられる。いい仕事をしたいです。
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※インタビュー / 小久保友香 (写真:小久保友香、小久保巌義)
2014年度101勝を挙げ、ついにホッカイドウ競馬リーディングに輝いた岩橋勇二騎手(32)。2001年のデビュー以来徐々に勝ち星を増やし、昨年11月に通算500勝を達成しました。
ついにリーディングジョッキーとなりました。自分自身で変わったと思うところはありますか?
変わったところ? ないですよ(笑)。チャンスがあるところで、乗せていただいているからですね。まだまだ、チャンスを生かせてないと思うことの方が多いですが......。気をつけているのは、馬の性格に合わせて乗ってあげたい、ということ。馬が入れ込んでいれば落ち着かせて、のんびりしていたら気合を入れたり。
所属している田中淳司厩舎の雰囲気はいかがですか。
勝つために、先生やスタッフが、みんなで力を合わせることができているのが、素晴らしいと思います。
騎手になろうと思ったきっかけを教えてください。佐賀県鳥栖市出身ですね。
兄と競馬を見ていたんです。それが、1997年の秋の天皇賞。エアグルーヴとバブルガムフェロー(の一騎打ち)ですね。ただ、ぼーっと見ていたのに、この時の勝った武豊さん(エアグルーヴ)を見て、すごいな、と思いました。中2の僕を、一瞬で騎手になりたい、と思わせるんですから。存在が違いますよね。
2001年に佐賀で騎手になったのですが、すぐに、もう騎手としては無理だと思ったんです。でも、馬主の清島紀子さんに「北海道でやってみないか」と声をかけていただいて。
そうだったのですね。遠い北海道に来るということに不安はなかったですか。
やってみようかな、という気持ちのほうが強かったです。きちんと挨拶する前に、清島さんは亡くなってしまったのですが......。
2003年に道営に来た時は、成田春男厩舎所属でした(勇退により2011年からは田中淳司厩舎)。
厳しさの中に優しさのある先生でした。大事にしてもらっているな、と感じましたね。
ドリームチャッターで重賞(2005年華月賞)を勝たせてもらったし。この馬の存在は大きかったです。前走のフロイラインカップで出遅れてしまい、クビ差で負けたんです。悔しい思いをしたあとだったから、嬉しかった。
思い出の馬は、ドリームチャッターのほかにはコパノハート(2014年フルールカップ)。田中淳司厩舎で門別の重賞を初めて勝ったので、嬉しかったです(門別以外では、2013年にビューチフル・ドリーマーカップをシャイニングサヤカで勝利)。
勝負服が途中(2008年)で変わりましたね。
柳澤好美先生の騎手時代の勝負服でしたが、次の年から門別競馬場でナイターがはじまるということで、ナイターのイメージ(黒)にしました。大金星を獲れるように、ということで、大きな星です。
2012年にはフランスにも行かれました。勉強熱心ですね。
世界って、どんなものなのかを目の前で確かめたかったんです。肌で感じることで、自分との距離を感じ取りたかったというか。中央の騎手は騎乗を目の前で見られることも多いですが、デットーリさんや、ペリエさん、ルメールさん......地方だと見られないじゃないですか。行きたい、と言ったら田中先生も「いいぞ」と言ってくれました。大変なことばかりでしたが、騎手人生の中で良い経験になったと思います。乗り方が、人それぞれ違うことが印象的でした。
昨年のSJTワイルドカードでは、久しぶりの佐賀競馬での騎乗でしたね。
懐かしかったです。佐賀時代は少ししか乗らなかったけれど、体が覚えているんです。検量所の匂いとか。実家から競馬場行きましたよ(笑)。
今年はホッカイドウ競馬所属騎手から1人、『ワールドオールスタージョッキーズ』(8月29、30日・札幌)に出られます。一番近いところにいるんじゃないですか。
どうでしょうね、出られれば嬉しいですね。フランスに行くときに思ったように、世界のトップジョッキーの方々と乗れたらいいな、と。
騎手になるきっかけとなった、武豊騎手とは話しましたか?
ないんですよ~。門別に来られたこともありますが、このように(影に隠れる仕草をしながら)遠くから見ています(笑)。武さんは今でも憧れです。
道営で、目標にしている騎手はいますか。
宮崎光行さん、五十嵐冬樹さんですね。宮崎さんの勝負強さはすごいです。勝たなきゃ、という時に勝つ。あのようになりたいです。
逆にライバルはいますか?
ライバル? うーん、気持ちが弱い方なので、そういうところを出す自分がライバルです。負けないように。相手より自分。どうしても不安が強くなるので、大丈夫だ、と思うようにしています。弱気で負けると後悔するから。馬にも申し訳ないし。弱気に考えることで、人生を損してしまうと思うんです。
今年から門別には1500、1600の内回りコースがスタートしました。騎乗してみていかがですか。
難しいですね。特に仕掛けどころが。忙しすぎないけど忙しいというか......わかりますかね。旭川とも違う。コーナーがゆったりしている。名古屋で乗りましたが、名古屋はコーナーすぎるとふくれるんです。でも門別は丸いイメージで、きっちり回れる。
ファンに一言お願いします。
門別には内回りもできたし、ここでデビューする馬が多い。全体的にフレッシュで、生き生きとした元気のいい競馬場だと思うんです。それが面白いし、馬券も楽しめると思います。
自分の目標としては、一鞍一鞍大事に乗りたいです。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
大物新人を輩出し続けるホッカイドウ競馬で、今年デビューしたのが水野翔(かける)騎手(17)。中学時代にはレスリングで全国3位になった実力の持ち主です。5月5日にデビュー14戦目で初勝利を挙げました。
出身は神奈川県川崎市ですね。競馬の世界を志したきっかけは。
家は競馬場にも小向厩舎にも近いんですが、家族は競馬をやらないので行ったことがなかったんです。レスリングは5歳から中学3年までやっていました。インターハイで2位にもなった、5つ上の兄の影響です。でも、レスリングは、体重が足りなくて出られない試合もある。中学3年の時に、小さい体を生かせるのは騎手か競艇の選手だと思い、動物好きなので騎手になろうと思いました。
今思うと、動物を相手にするのは難しいですね。JRAと地方の違いもわからなかったし、インターネットで調べて地方競馬を受験しました。試験の前に初めて川崎競馬場に行き、レースを見て『かっこいいな』と思いました。結局(地方競馬教養)センターに入ってからも、身長は2センチしか伸びなかったんです(現在158センチ)。
レスリングをしていたことで、プラスになったことはありますか。
受け身は身についているかもしれません。落馬しても大きな怪我はないですね。
教養センターの思い出はありますか。
馬に触ったのも、この時が初めて。下手な方だったので、ぼろくそ言われていた。失敗ばかりしていました。同期は仲が良くて、今もよく連絡をとっています。高知の妹尾(浩一朗)とか、結構勝っている金沢の中島(龍也)とか。
なぜ北海道を希望したのでしょうか。川崎ではないのですね。
最初は川崎を希望したのですが、先生に厳しいと言われたことと、北海道は2歳の調教があってうまくなる、と言われたからです。その特徴にひかれました。決まったら、1つ上の井上(幹太)さん、石川(倭)さんに「早く来いよ」と言われました。優しくて、今でもよく話します。
所属の村上正和調教師はどのような先生ですか。勝負服は先生のものを受け継いでいますよね。
厳しくて怖いけど、技術を教えてもらえるのでためになります。活躍されていた人だから、言うことがすごいし、追い切りのフォームもきれい。尊敬しています。レースが終わったら、先生のところに行って感想を言い、指導してもらいます。
勝負服は、「もらえませんか」と言ったら最初は渋っていましたが、それから「自分の好きなの作れ」って。
実習で初めて競馬場に来て、いかがでしたか。
馬のパワーが違う。センターでは同じ馬ばかり乗っていましたが、癖もそれぞれ違うので苦戦しました。
能検で騎乗して1着入線でしたね。
(レースのような雰囲気は)新鮮でした。大きな競馬場なので楽しい! 能検なので受からせることが大事なのですが、引っかかってしまったので1着でした。
デビュー以降のことを教えて下さい。
デビュー戦(4月23日第2レース)は、ゲートに入るまで緊張しましたが、入ってからはそうでもなかった。それより初勝利(5月5日第2レース、スマートアゲイン)が、二重丸の印ばかりついていて緊張しました。出遅れてしまい、勝てないかもと思いましたが、馬の力のおかげで勝てました。五十嵐さんが初勝利のプラカードを持ってくれたのでびっくりしました。
2勝したマダムバタフライは顔がかわいいし、素直でおとなしいんです。頑張ってくれる。外厩の平岡牧場に連れていってもらったとき、ありがとう、って言ってきました。
5月22日は、マダムバタフライで3勝目を挙げましたが、騎乗停止になってしまいました。
直線で追うのに必死になってしまって、(内によれていたのに)自分が左鞭を入れたのが悪かった。みんなに怒られました。村上先生には、姿勢のことと、負けてもいいレースをしろ、勝つレースはかっこよく勝て、と言われています。なので、ものすごく怒られました。
まだまだ未熟です。乗せてもらっている感じ。そのほかでは、カゼヒカルが人気薄で3着にきたのが思い出です。
スマートアゲインもそうでしたし、自厩舎以外の馬にも乗っていますね。
いろんな厩舎に攻め馬乗りに行って手伝っています。自分から「空いてないですか」と声をかけています。
普段の生活を教えて下さい。音楽鑑賞が趣味だそうですね。
自由時間はランニングしています。屋内坂路を走るんです。それと、筋トレですね。レースで引っかかってしまうことがあって、先輩や厩務員さんに「筋力がない」と言われます。食が細いこともあって、筋肉がつかないんです。海鮮も苦手だし...。パワーつけないといけないから、レースの日だけ食べるんです。食べないとすぐ体重が減る。音楽は、ロックやメタルなど、激しいのを聴きます。マキシマムザホルモンさんが好きです。AKB48の島崎遥香さん、かわいいですね。推しメンです(笑)。
目標としている騎手はいますか。
五十嵐(冬樹)さんですね。中央でも活躍しているし、乗り方に迫力がある。それと、年が近くて活躍している阿部(龍)さんや石川さん、井上さんです。道営の先輩達は優しくて、いろいろと教えてくれます。JRAでは、田辺(裕信)さんの追い方が迫力あってきれい。あのように追いたい。人馬一体でありたい。藤田(伸二)さんや武豊さんはもちろん、いろんなフォームを勉強して、姿勢をきれいにしようと思っています。
村上先生のレースを見たいんですが、ビデオやインターネットの動画がないんですよ。千葉(津代士)さん、松本(隆宏)さん(現調教師)のレースも見たいです。
これからの目標を教えて下さい。
判断が遅れるレースが多いので、レースでの冷静な進路取りができるよう頑張りたいです。30勝が目標。将来的には、中央の芝で乗ってみたいですね。
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※インタビュー / 斎藤友香 (写真:斎藤友香、小久保巌義)
今春、福山競馬からホッカイドウ競馬に移籍し、32勝でリーディング9位(9月26日現在)の松井伸也騎手(28)。移籍半年が経った現在の心境をお聞きしました。
斎藤:ホッカイドウ競馬に移籍することになったいきさつを教えてください。騎手以外の道を考えることもあったのでしょうか。
松井:騎手は、福山競馬が廃止になった後も続けたいと思っていました。ほかの競馬場の話もあったのですが、北海道にはずっと興味を持っていたんです。馬産地だし、2歳が多くレベルが高い。育成にも興味があるし、もちろん中央に遠征して乗ってみたいというのもありました。北海道で実況をしていた西田茂弘アナウンサーに齊藤先生を紹介してもらい、所属することになりました。
斎藤:実際来てみていかがですか。
松井:思った通りでした。レベルが高くて、どの馬に乗っても走りそう。全体のレベルが高いですね。馬、騎手......厩務員さんも上手な人が多いです。福山にもうまい騎手はいましたが、それぞれの競馬場にあったうまさがあるんです。
斎藤:門別競馬の印象は。
松井:広くて乗りやすいです。最初は仕掛けどころに悩みました。ナイターは好きですね。高知の時も好きでした。雰囲気が好きで、気持ちが盛り上がります。
斎藤:門別は、騎手の腕というよりは馬の実力通りに決まる印象があります。
松井:でも、それがそうでもないんです。
斎藤:初めてのJRA函館遠征はいかがでしたか。来年は札幌の遠征もあるかもしれませんね。
松井:芝に感動しました。気持ちいい! 札幌は、ダートコースをトレーニングセールで走ったんです。広いとかいう競馬場の印象よりは、2歳のレベルの高さに驚きました。育成は知らない世界だったので、いろいろな所に行って勉強したいです。
冬は、他地区に遠征に行きたい気持ちもあるのですが、先生には「今年は(1歳の)乗り慣らしをやってほしい」と言われています。馴致はやったことがないので勉強になる。不安もありますが......。
斎藤:北海道には知り合いはいたのですか?
松井:同期の笹木美典(元騎手)くらいですね。北海道の牧場にも、福山から同時に行った人はいないんです。でも、厩舎は雰囲気もいいし、若い厩務員が多いので助けられました。齊藤先生にはレースの後に話したり、アドバイスをもらったりしています。遠征にも積極的なので、いろいろと経験させていただいています。
斎藤:福山の人たちとは連絡を取っていますか?
松井:結構みんなと連絡を取っていますよ。仲がよかったのは池田敏樹、周藤直樹です。みんなの活躍は刺激になります。騎手免許の更新は福山で行ったので、その時に久しぶりに会いました。実はその次の日が函館遠征で、かなりバタバタしていたんですが、忙しいのはうれしいですね。
斎藤:初日は3戦目で初勝利でした。北海道では福山時代よりも勝率が高く、活躍も目立ちます。いろいろな厩舎から騎乗を頼まれていますね。
松井:いい馬に乗せてもらっているからです。初日は、早く1勝を、と思っていたのでほっとしました。緊張はしなかったですよ、楽しみでした。
最初はいろいろな厩舎に挨拶に行きました。今では、調教に乗っていない厩舎からも騎乗を頼まれるので、ありがたいです。
斎藤:北海道に来て、思い出に残る馬は。
松井:グランドラッチですね。北海道スプリントカップ(5着)は初の交流重賞。錚々たるメンバーで、独特な雰囲気があり、楽しんで乗れました。9月5日(オープンのステイゴールドプレミアムを勝利)はしびれました。クラスターカップ(8月14日・盛岡)が刺激になったようで、馬が変わりました。道営スプリントも楽しみです。
初勝利のサクラテイオーもですし、初めてフレッシュチャレンジを勝ったモリデンボスやシンワシュシュも思い出に残っています。
斎藤:普段の生活を教えてください。
松井:こっちにきてから、美味いものを食べ歩くようになりました。美味い食べ物がありすぎて......。減量は苦にはなりませんが、ちょっと太っちゃったかな(笑)。
函館に行った時に、JRAの荻野琢真騎手が寿司屋に連れていってくれて、そこで食べた寿司に感動しました。小樽に行った時も、鮭児(幻と呼ばれる鮭)の寿司を食べたんです。昔からの夢が叶いました。
肉も以前より食べるようになりましたね。むかわ町の「とんちゃん」はなんでもおいしい。
斎藤:とんちゃんには、ホッカイドウ競馬の騎手のサインがたくさん飾られていますよね。
松井:サインと写真もちゃんとあります。甘い物も大好きで、「ルタオ」が大好き。小樽で試食した「ナイアガラ」という生チョコレートは、一緒に行った美典、(伊藤)千尋、(石川)倭、全員ハマりました。「メルクーヘン」も美味しいですよ。あとは夕張メロンにピュアホワイト(とうもろこし)......もう、話していたらきりがないです(笑)
斎藤:半年経ちましたが、北海道の生活を振り返ってみていかがですか。
松井:自分でも、まさかここまで、と思うくらい充実しています。勝ち星とかいうより、遠征に行かせてもらったり、1年目からこんなに経験させてもらえるとは......。濃い半年でした。北海道に来てよかったです。
斎藤:うれしい言葉ですね。今後の目標を聞かせてください。
松井:2歳馬をもっと乗りこなせるようになりたいです。どんな動きをするかわからないし、ゲートも自分から出してあげないといけない。能検やゲート練習とレースは全然違いますね。福山にいた頃は、ゲート試験は年に2、3頭くらいだったかな......。今はだいぶわかってきたとはいえ、難しいです。冬に馴致や育成をすることによって、わかってくることもあるかと思います。馬に最初から手をかけられるのは楽しみです。
桑村君は2歳の乗りこなしがうまいですね。上手だと思うのは五十嵐さん、宮崎さん、阿部龍。福山の時は、岡田さん(現JRA)の騎乗が勉強になりました。
斎藤:ファンに一言お願いします。
松井:自分のセールスポイントである、追い込みと思いきった騎乗を見てもらいたい。福山で培ったこの部分は負けたくないです。福山魂をファンにみてほしい。
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※インタビュー / 斎藤友香 (写真:斎藤友香、小久保巌義)