今年4月のデビューから約5カ月という早さで通算50勝を達成(9月5日)した望月洵輝騎手。騎乗数649鞍(10月25日時点)は、同期で飛び抜けた多さです。そして、ヤングジョッキーズシリーズ(YJS)トライアルラウンド名古屋では「人一倍、勝ちたい思いが強かった」と、地元で勝って、ファイナルラウンド進出も決まりました。いま注目の若手ジョッキーです。
まずは生い立ちから教えてください。
愛知県豊橋市出身で、小さい頃から動物もスポーツも好きでした。実家の近くに大きな動物園があって、そこが好きでよく行っていましたし、5歳くらいの頃かと思しき体験乗馬をしている写真も出てきました。小学生の頃は親にお願いしてウサギも飼っていました。
競馬との出会いは?
たまたまテレビで競馬中継を見て、「これ、やってみたいな」と思ったのがきっかけです。その時に初めて競馬を見たんですけど、動物と人が一体になってできるスポーツがあるんだ、と思いました。その後、すぐに乗馬をやりたいと言って、習いはじめました。最初は家の近くで乗っていたんですけど、競馬のようなスピード感ある乗り方に憧れていて、ポニー競馬やジョッキーベイビーズに出たくてそれに特化した乗馬クラブに移りました。
移籍先の乗馬クラブはジョッキーベイビーズで決勝に進出し2位だった永井孝典騎手(兵庫)も通ったことがあるところですね。
習っていた時期は重なっていないんですけど、永井騎手が乗馬クラブに遊びに来た時に木馬を教えてもらいました。いま思うと、すごくいい経験をさせてもらったなと思います。ジョッキーベイビーズには小学5年生から中学1年生まで3回、予選に出て、決勝には行けず悔しかったですけど、「ジョッキーになったら何回も乗れるから」と思いました。
気持ちの切り替え方がすごいですね。愛知・井上哲厩舎への所属はどう決まったんですか?
ジョッキーベイビーズを目指していた乗馬クラブとは別のクラブに最終的に在籍していたんですけど、そこは競走馬を休養で預かることもあって、井上厩舎もそこを利用していました。井上調教師がたまたま休養中の管理馬を見に来た時に僕が「ジョッキーになりたいんです」と話したら、「うちに来いよ」と。その日のうちに所属することが決まりました。
すごい急展開!望月騎手も名古屋競馬でジョッキーになりたいと考えていたんですか?
当時はまだそこまで考えてはいなくて、とりあえず学校に入りたい、という感じでした。今となっては地元で乗れるのはやっぱりいいなと思います。こんないい話はなかなかないので、「チャンスがあるならぜひお願いします」と井上調教師に即答しました。
YJSトライアルラウンド名古屋(9月18日)紹介式
そうして名古屋競馬でデビュー。新人騎手としては騎乗数もかなり多いですね。
できるだけ調教に跨る頭数を多くしたいなと思って、調教師の方々に「調教に乗せてください」とお願いしました。いまは深夜1時から朝8時まで、最大29頭の調教に乗っています。間隔が詰め詰めで、トイレに行けない時はたまにありますけど、お願いしたらほとんどの方が調教に乗せてくださいました。名古屋では調教に跨ったらレースでも乗せていただけることが多いので、それが騎乗数に繋がっているのかなと思います。
もしかして、レースでの騎乗依頼を見込んでの調教騎乗だったんですか!?
それはあります。騎手候補生の頃の厩舎実習中、調教に跨るとレースでも乗せていただけることが多い、と感じていました。そういうのも含めて勉強するのが厩舎実習だと思っていたので、デビューしたらたくさん調教に乗せてもらおうと思っていました。
競馬関係の家庭出身ではない中で、そのアンテナは素晴らしですね。ポンポンと勝ち星を積み重ね、9月23日からは減量特典が1kg減へと変わりました。どう感じていますか?
今が一番感じている時期なんですけど、減量が取れてきて勝てないな、と思っています。数字で最も表れていますよね。デビューした頃の3kg減があった時期は、3~4コーナーも手応え良く回ってこられていたんですけど、今は手応えがなくって......。道中で無駄がまだ多い部分を、デビュー当時は3kg減に助けてもらっていたのかなと思います。
それに対し、いま取り組んでいることは?
乗り方を改善しようと思って毎レース乗ったり、レース後はパトロールビデオ見ながら先輩騎手に教えてもらったりしています。特に村上弘樹騎手にはレースについて全体的によく教えていただいています。
YJSトライアルラウンド名古屋第2戦では直近2戦で村上騎手が騎乗していたインフォーマントに乗って見事勝利を収めました。
出馬表が発表されて、その馬に乗ることが決まってからは毎日のようにずっと村上騎手に聞いていました。地元でのYJSで人一倍、勝ちたい思いは強かったですし、ファイナルラウンドに行きたくて聞いていました。
YJSトライアルラウンド名古屋・第2戦で勝利(写真:NAR)
「しまいは確実に脚を使うから、冷静に乗ればチャンスがあるんじゃない、とアドバイスをもらっていました」とレース直後も話していましたね。
それだけじゃ語り切れないくらい、1から10まで全て教えていただきました。でも、ガッツポーズはファイナルラウンドまで取っておこうと思って、しませんでした。
最後に、オッズパーク会員のみなさんへメッセージをお願いします。
いまは試行錯誤しながらですが、近い将来に減量が取れて先輩たちと同じ斤量で乗ることになっても勝てるようになりたいと思っています。一つでも上の着順が取れるように、1鞍1鞍精一杯乗るので、応援をよろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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9月7日高知第8レースを勝利して、地方競馬通算500勝を達成した林謙佑騎手(高知)。9月29日に行われた珊瑚冠賞ではガルボマンボとのコンビで、圧倒的人気だったユメノホノオを破って勝利を収めました。ご自身のこと、そしてガルボマンボについても語っていただきました。
500勝達成おめでとうございます。この数字は意識していましたか?
ありがとうございます。500勝できたことは嬉しいですし、周りの方々に感謝しています。ただ数字的には通過点なので、あまり意識はしていなかったですね。
2015年に船橋でデビューして、2018年に騎乗機会を求めて高知へ移籍。今年はここまで(2024年10月27日現在)58勝を挙げて高知リーディング7位につけています。今のご活躍をご自身ではどう感じていますか?
全然活躍しているとは思っていないです。自分より下の世代の子たちが活躍していますし、特に(多田羅)誠也はすごいですよね。移籍する時はかなり悩みましたが、今は受け入れてもらえて本当に良かったと思いますね。その辺りから売り上げがグングン上がって行って、強い馬もどんどん出てきていますから。
高知の馬たちは各地に遠征して結果を出していますが、どうしてこんなに強いのでしょうか?
一概には言えないですけど、他場のレースに行って感じるのは前半のペースの違いです。高知の場合はみんなが行って行ってのレースが多くて序盤から抑えていくようなことがあまりないんですよ。常にタフな競馬をしていますから、他の競馬場に行くと前半のペースが楽に感じることがあります。そうなると普段よりも脚が溜めやすいので、結果が出やすいのかなと思います。
上のクラスのレースだけではなくて、下級条件の馬たちで戦う一発逆転ファイナルレースもものすごく行け行けのペースになりますよね。
僕らでもどの馬が逃げるかわからないですから。いつも逃げている馬でも一発逆転ファイナルレースになるとわけわからない馬が前にいたりして。高知の騎手は先輩方も後輩も関係なく、誰が逃げても競って行ったり、みんながのびのびと競馬ができることも好循環に繋がっていると思います。
見ている方としては、馬場の変化も難しいです。
1日の中でもどんどん変化していきますから、1レースと最終レースでは伸びるところが全然変わってくることもありますね。ただ、差しが決まるような流れが続くとそこを逆手にとって前に行こうとする騎手もいたりして、展開の読みは単純にはいかないですね。
珊瑚冠賞をガルボマンボで勝利
9月29日の珊瑚冠賞は、ガルボマンボとのコンビで快勝でした。早めにリードを広げて行って、ユメノホノオの追撃を退けましたね。
枠(2番)が決まった時からいい枠だなと思っていましたし、当日の馬場もガルボマンボ向きの馬場になりました。返し馬は普段通りだったのですが、ゲートに行く時にいつも以上に力強さを感じたので、状態もすごく良かったんだと思います。レースでは内にグリードパルフェがいたので、同じような位置にいたくないなと思って、気合を入れて2番手3番手を取りに行きました。(多田羅)誠也(騎手のナムラボス)がペースを上げてくれたのも良かったです。
後ろは気になりましたか?
(最後の)直線で気になりました。リードはあったけれど、相手はキレるので怖いなと。先頭で直線を向くとどの馬も思いますけど、「ゴールまで長いな」って思っていました。
見事3馬身差の勝利でした。ゴールした時のお気持ちは?
ガルボマンボは1年くらい勝っていなかったので、すごく嬉しかったです。いつも頑張ってくれてずっといい競馬はしていたんですけど勝ち切れなかったですから。それに、ユメノホノオを相手に勝利したというのも嬉しかったです。
ガルボマンボとユメノホノオは、昨年の高知県知事賞が最初の対戦でした。1世代差の高知優駿馬対決は見ごたえがありました。
勝ちたかったですけど、半馬身差で2着......。あの時は来られてから動いたので、流れ的にも向こうが良かったのかなって。ただいつか逆転できる可能性はあると思っていたので、今回勝てて嬉しかったです。
ガルボマンボは重賞7勝目となりました。どんな存在ですか?
本当にすごい馬だと思います。乗せていただけることに感謝していますし、もう2度とこういう馬には出会えないんじゃないかって思っていて。強い馬というのはいると思うんですけど、オーナーとの出会いだったり、周りの方々と縁を繋いでくれた馬なので、唯一無二の存在です。
ガルボマンボの武器はどんなところですか?
心臓が強いですよね。ガルボ産駒ですけどマイルというよりも長い距離の方がしぶとさが活きます。スピード勝負になってしまうとキレ負けしてしまいますが、長めの距離でスタミナ勝負に持ち込めるとすごく強いです。
では、今後の目標を教えてください。
具体的にこのレースを勝ちたいとか、数字とかはないのですが、一つでも多く重賞を勝って、オーナーをはじめ周りの方々へ恩返しがしたいです。
オッズパーク会員の方々にメッセージをお願いします。
高知競馬をいつも応援していただき、ありがとうございます。毎年売り上げが良く、とても感謝しています。一発逆転ファイナルレースは特に面白いので、ぜひ注目してください。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:高知県競馬組合)
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JRAオープンクラスで5着に入った直後に地方に移籍し、当初からダートグレード競走での活躍が期待されていたアラジンバローズ。ついに佐賀・サマーチャンピオンJpnIIIでダートグレード初制覇を飾りました。ところが、距離はJRA時代に4勝を挙げた1700~1800mではなく、一気の短縮となった1400m。いったい何があったのでしょうか。下原理騎手にうかがいました。
アラジンバローズでサマーチャンピオン制覇、おめでとうございます。
ありがとうございます。レース延期の影響でJRA騎手が乗れなくなって地元騎手に乗り替わるなど、どんなレースになるのか全く想像がつかなかったですけど、JRAの馬が強いと思って乗って、掲示板に入れれば、と思っていました。向正面では馬がまだ自分から行こうとしていなかったのでちょっと促したら、急にハミを取りはじめました。3~4コーナーは進路をどこに取ろうか考えていて、一度は外に出す準備をしていたんです。でも、悩んでいる間にちょうどラプタスが内から上がって行くのが見えて、手応えも良さそうだったので、切り替えてすぐ内に行きました。何もかもが上手くいきました。
アラジンバローズはJRA時代も含めて1600~2100mのレースを使われていましたが、1400mに距離短縮したのは下原騎手の提案でもあったとか?
前走の盛岡・マーキュリーカップが距離は2000mでしたけど1周競馬。スタートからそんなに押して行かなくても自然といいポジションにつけることができました。全然掛かることはなくて折り合えたし、意外と乗りやすくて、4コーナーを回る時には「掲示板があるんちゃうかな」っていう手応えでした。最後は止まってしまって2000mは長いのかなと感じました。レース後にそういったことを新子雅司調教師と色々話す中で「ひょっとしたら1周競馬が合うかもしれません」と伝えたら、「そうかもしれない」とすぐに納得してもらいました。
たしかに、兵庫移籍初戦だった昨年の鳥栖大賞の時から折り合いが課題に挙がっていましたね。
地元の1870mだと掛かりすぎるんですよね。今年1月の新春賞もペースが遅くて掛かって掛かって、前の馬に乗り上げそうなくらいでした。「ヤバイ、負けるかも」と思いながら乗っていました。
西日本の小回りだと、1700m以上はコースを1周半。スタンド前でグッとペースが落ちることが多いですから、折り合いが課題の馬にはつらいですけど、1400mならその心配もない、と。サマーチャンピオンでは道中の追走はどうでしたか?
序盤から無理について行こうとは思っていなかったですけど、ダートグレード競走の1400mはちょっと忙しいかな、と乗っている感覚としてはありました。でも、結果的に前が引っ張っていて、ついていけないくらいのペースだったんでしょうね。
下原騎手の言葉がきっかけで1400mに矛先を変えたとなると、それなりに責任も感じていたのでは?
地元や西日本の地方交流とか、そういうところから試してみるのかな、と思っていたら、いきなり強い馬相手のサマーチャンピオンと聞いてビックリしました。「どうしよう、余計なことを言ってしまったかもしれない」とちょっと思いました(苦笑)。いきなりの距離短縮で全く結果が出なければ、責任を感じるな、と思っていましたけど、1400mで結果を残せて嬉しかったです。改めて、その判断をスパッとできるところが新子調教師はすごいなと思いました。
下原騎手にとっては佐賀競馬場でダートグレード3勝目でした。
運が良かったなと思います。2018年サマーチャンピオンを勝ったエイシンバランサーは強くて、小細工なしでレースをして勝ってくれました。地元では負けることがあっても、遠征に行くとよく走りました。2008年佐賀記念をチャンストウライで勝った時は今回のようにJRA騎手が何人か乗れなくて、4コーナーで気づくと「好勝負ができる!」という展開でした。
アラジンバローズはサマーチャンピオンの後、盛岡・マイルチャンピオンシップ南部杯(ダート1600m)へ。3コーナー少し手前から手が動いていたので心配になりましたが、直線も渋く伸びて5着でした。
あの場面は、周りの馬の動きを見て進路を確保するためのもので、まだ本気では追っていませんでした。掲示板がほしいと思っていて、ワンターンでもよく走ってくれて目標は一つ達成できました。
この後はJBCスプリントです。同厩舎でNARグランプリ年度代表馬のイグナイターもいますけど、楽しみです。
JpnIでメンバーも強いですけど、少なくとも掲示板には載りたいなと思っています。
下原騎手ご自身の話題で言うと、今年は3年連続の地元リーディング2位になりそうです。
数字にはそんなにこだわっていないですけど、有力馬に乗せてもらっているっていうのが嬉しいです。他場からも騎乗依頼をいただいて、今年はあちこち遠征に行かせてもらっています。大変ではありますけど、年齢的にもいつ依頼がなくなるか分からないですし、いま幸せです。
最後にオッズパーク会員のみなさんにメッセージをお願いします。
アラジンバローズは2戦続けてJpnIとなります。JBCでは他馬と斤量が同じで難しさが出るかもしれませんが、展開や立ち回りで上手くカバーできたらな、と思っています。挑戦者の気持ちで精いっぱい騎乗するので、応援よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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昨年度、ばんえい記念を含む196勝を挙げて14回目のリーディングに輝いた鈴木恵介騎手が、7月28日第5レースをレイリーキングで勝ち3500勝を達成しました。ばんえい競馬史上3人目、現役3人目で、デビューから26年6カ月での達成は藤本匠騎手の30年8カ月を更新しばんえい競馬史上最短。騎手生活27年目を迎えるトップジョッキーに話を聞きました。
3500勝、重賞も99勝の鈴木騎手ですが、この中でも思い出に残る馬、レースを教えてください。
うーん......、ばんえい記念のニシキダイジンかな。重賞を勝てばいつもうれしいです。オレノココロはテスト(能力検査)からずっと乗っていましたし。いい馬ばかりだった。
ばんえい記念は勝てなかったけどミサイルテンリュウは、障害に先に行って、どこまで逃げられるか、という先行型。それで勝つのは難しく、勉強になりました。それは、降りてからゴールまでが近く、先手を取らなくてはいけない今の帯広の勝ちパターンでもあります。
名馬が多すぎて、私も誰の話にしようか絞れないです。今でこそばんえい記念の第2障害を一腰で上がる馬も増えましたが、私はナリタボブサップ(2010年)を思い出します。
今よりも重い馬場で、ばんえい記念を一腰で上げた時は自分でもびっくりした。
いろいろなタイプの馬がいます。センゴクエースはデビュー時から強かった。オレノココロは、最初は上位10頭に入ると感じてはいたが、あとで成長する馬だと思っていた。
キングフェスタもうるさいところがあったが、休ませながら大事に使っている。大事にしすぎるくらいで、もまれ方が足りないかも。少し体重が減りましたが、今は戻って動きも良くなってきました。今後、メムロボブサップなどの引退が近くなった時に盛り上げる馬がいないと、ファンもおもしろくないので活躍してほしいです。
2024年3月17日、ばんえい記念をメジロゴーリキで制した
恵介騎手に乗せたい、というオーナーも多く、その魅力ってなんなのかな、といつも考えています。
馬のハミざわりは普通の人よりは敏感だと思います。サラブレッドより手とハミまでの距離は何倍も遠いけど、手綱をつかんで伝わるものがある。
ハミと手綱を持つ手は、1馬身ほどの距離があると思います。しかも手綱はピンと張らず、緩んでいますよね。指に伝わるんですか。
指、手のひらに感覚が来る。ゲートを出た瞬間、馬が行きたがるくらいのちょうどいいハミざわりがあるんです。ほかの騎手がハナ行かない馬でも自分は走らせることができる。言ってできるもんじゃない。「鈴木恵介のハミ」って感じ。
ハミざわりは義父の鈴木勝堤元騎手に教わった、という話を以前聞きました。それをずっと大切にしているのですね。敏感なのは、鍛えたからでしょうか。
手綱で叩いただけで勝てるなら、誰も苦労しない。感覚は、何歳くらいかな......リーディング獲って何年もたって......30代半ばにすっごく感じるようになった。平地競馬と同じくらいの感覚で、長い手綱でも同じような感覚で伝わる。
すごいです、横から見てわかるもんですか。
馬がハミに頼ったときは、横で見ていてもわかります。
さて、これからは重賞100勝のメモリアルに期待できる馬たちが控えています。
マルホンリョウユウは、馬場が軽くなったら他の馬が出てくる(有利になる)から、重くなれば期待しています。2歳のときから見たら大人になった。油断はぜっっっったいできなかった。
若い馬など、気性の激しい馬への対処法というのはあるのでしょうか。
勝ちにいくのはもちろんだけど、まず、レースを覚えさせる。レースでは止まって、下がって、まっすぐ、を覚えさせていく。小さい子どもに何かを教える感じ。大事にして、何回か教えてやれば、他の人も乗りやすい。これを覚えたら、レースでも無理がきいて、勝ちにつながる。
ツガルノヒロイモノもあと一歩です。
同世代が強いからね。いいものは持っている。普段触るより、レースの方がまじめ。攻め馬しても「やる気あるのかな?」って。レースに来て、ゲートに入ったらやる気がでる。テストの時からそうだった。最初は目立たなかったけど、いざテストになったら、思ったよりいいじゃない、って。中にはこういう馬いる。
ライジンサンは障害と2障害を降りてからの脚が魅力。今はハンディ(収得賞金で負担重量が重い)もあって休養しているけど、レースを使わないとレースボケにもなる。でもそこは大河原調教師だから、ちゃんと考えているんだろう。
2024年3月16日、イレネー記念を勝ったライジンサン
2歳馬では、マツサンブラックで牝馬オープンのいちい賞を勝ちました。牡馬では、オレノココロの産駒のココロノニダイメの活躍がうれしいです。
マツサンブラックは障害が上手になった。ココロノニダイメはまだ体が小さいので、徐々に育てたい。
ココロノニダイメ
以前、時計を読む話をされていました。
時計も読みます。重賞は特に。この馬で、この荷物(重量)、このタイム(馬場)ならこのくらいでいくんじゃないか、と。全頭まではいきませんが、ライバルもこのくらいのタイムだな、と考えます。
3500勝の表彰式が8月末に行われましたが、けがで一度延期になりました。
脚にできものができて、腫れて膿を抜いたのですが、予後が悪くて、ずっと寝ていました。今はもう大丈夫です。普段は睡眠を大事にしています。質が大事。若い時はいつでも寝られたけどな......。
若い騎手も増えてきました。
騎手もある程度受かっていかないと、バランスが悪くなる。いつかは裏方で、強い馬を作れるような調教師をやってみたい、というのも考えています。
食べ歩きがお好きだそうですね。
ラーメンが好きです。毎日食べてもいいくらい。しょうゆ派です。お薦めは、旭川だと、つるや、大吉ラーメン。ホルモン朝吉という焼き肉屋のラーメンもおいしいです。帯広だとラーメン村、とん平、久平食堂。
自分で作ることもあります。鶏ガラからだしとって。でも最近ちょっと体重をしぼらないと......。そばに変えようかな。
温泉も好きです。登別がいい。帯広は、厩舎の銭湯が新しくなってからは、ここでいいや、と思って行ってないです。サウナもありますし。
最後にオッズパーク会員の方に一言お願いいたします。
本場に来て、エキサイティングゾーンで迫力があるばんえい競馬を見てほしいです。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
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