
10月21日盛岡競馬第6レースにおいて地方競馬通算2000勝を達成した阿部英俊騎手。1992年のデビューは岩手の現役騎手としては2番目の"古株"であり、また岩手競馬の騎手としては現時点で唯一のGIIウイナー(1999年東京盃をサカモトデュラブで勝利)でもある。そんな阿部英俊騎手のこれまでとこれからをうかがった。
2000勝おめでとうございました。勝った時の気持ちを改めておうかがいすると、どうでしたか?
そうですね、リーチがかかってからがね、良い馬に乗せてもらっていたんですけどもなかなか勝てなかったんで。焦ってたわけじゃないですけど、早く達成したいなっていう気持ちはありました。
そういう所を見ていて思ったんですけども阿部さんくらいのベテランになっても、"あと少し"になるといつもと違う感じになるんですか?
いや、そんなことはないですよ。いつかは勝てるんだろうなとは思っていました。ですがなかなかね、勝つっていう事は難しい事なんだな、と。
そしてしっかり決まってみれば嬉しい勝利ですよね。
そうですね。嬉しいっていうか達成感というか、まず区切りができたかなと。
10月21日盛岡第6レースで地方通算2000勝達成
阿部騎手にとってこの2000勝は、やはり騎手として達成したい目標だったんでしょうか?
気持ちの中にはありましたけどね、こればかりはできるかどうか分からない事なのでね。かなり近くなってきてからは意識もしましたけども、それまではそんなに......でしたね。1000勝した時はまだ2000勝とかの数字は見えてこなくて、1500勝、1700勝、もうちょっとで2000、となってきて、騎手として乗れるんだったら2000勝まで行こうかな、とね。昔の騎手は結構若いうちに引退していたし、開催も少なかったですしね。そんな中でたまたま長くやっていた分乗せてもらえて。それで2000勝まで勝てたかなとは思いますね。
たまたま長く、って言いますけども、阿部騎手は途中で大きな怪我があったじゃないですか(2013年11月30日の水沢1Rで落馬負傷し、2015年3月21日に復帰するまで1年以上を要した)。それでもここまで来たのはやはり凄いと思います。
自分はしょっちゅう怪我をしていたんですけども、あのときの怪我が一番大きくて、これはダメかなと思ったほどでしたね。
その後ちょっとずつ厩舎の仕事に戻ったりして、でも馬に乗ってレースまではしんどいかもな、みたいな話もされていたじゃないですか。
怪我した直後は、意外と大丈夫かなとは思ったんですけどもね。首を痛めたりして、後遺症みたいなのもあったし。今でもあるんですけどね。うん、やっぱりその時はもうダメかな、とね。
阿部騎手はその辺の事は、あまり大げさに言われたくないんでしょうけども、見ている方からすると凄いなとしか思えないです。
そこは前にも話しましたけども(2000勝達成時のコメント)、自分には騎手しか、馬しかなかったんで。できれば馬の世界に戻りたかったし、それに年齢ですよね。その時はもう40歳だったから、そこから違う道に行くのも大変だったと思うし。なんとか治ってくれて良かったです。
ここで言えないような事もたくさんあるんでしょうけども、それぐらい頑張っても騎手に戻りたかった、ということですよね。
そうですね、廃止問題とか色々あって、岩手競馬が危ない時も何回もあって。それでもなんとか岩手競馬もやってこれたんで、俺もなんとかやっていければいいなと思いながらね。これしか道が無いってわけでもないんでしょうけども、せっかく騎手になったんだからやれるところまでやってみようと。でも本当に周りの人に助けられて、苦しい時も本当にいっぱいお世話になって、だからやってこれたようなもので。自分一人だけだったら多分無理だったんじゃないかな。
怪我から復帰してから500勝ほど積み上げての2000勝なわけで、騎手としての腕はまだまだ全然落ちてないんだろうなと思って見ているんですけど。
いや、でもね、もう50も過ぎて体力的にも落ちたましたしね。だから、そろそろかなとは考えてましたけども。ただ、調教師になるのもなかなか大変なんでね。
その体力の話ですけど、年をとるとレースでの感覚が変わってきたりするものなんですか?
うーん、まあでも基本走るのは馬なんでね。自分から言わせると競馬なんか良い馬の獲り合い。良い馬に乗れなければやっぱり勝てないというところもあるし。若い騎手が伸びてきたら乗り数が減る、良い馬が回ってくるチャンスが減る。そういう所も含めてやっぱり年寄りは辞めていくべきだね(笑)。
阿部騎手が若手の頃と、今の若手騎手と、どんなところが変わったり違ったりするところだと思われますか?
今は数を乗れますよね。自分が新人の頃は競馬に乗れない日もありましたからね。今は多少下手でも一生懸命調教して、一生懸命頑張ればレースに乗れる。やっぱり競馬に乗らなければ分からないですからね。いろんな馬に乗って失敗して。そうやっていける人が上に行くと思うんでね。今は騎手が少ないですけども、たくさん乗れるのは気持ちの面でもやる気になるんじゃないかと思うし、若い子たちにとっては今は良い時代なんじゃないですか。
しかし、阿部騎手が調教師になったらそういう若い子たちを使う事になるんですけども、そんな世代の差はどうなるでしょうね。
まあ、まだわからないけども、やっぱり元気のある子に乗ってもらった方が良いですよね。頑張ってるな、っていう子は乗せたい。自分がいろんな面で苦労してきて、悔しい思いもたくさんしてきているんでね。そういう思いはしてもらいたくない。頑張ってる子には、上手い下手関係なく乗せたいなと思っているけども。でも調教師としては経営第一、馬主さん第一だから変わるかもしれないけど(笑)。
なし崩しにそんな話になったんですけども、将来的な目標としては調教師を目指していきたい......ということですね。
ですね。だから、2000というのはいい区切りだったし。年齢的にも、乗ってもあと1年とか2年ぐらいなのかな。
いろいろな話を聞きたいんですけども、この2000勝の間の"思い出のレース"を改めて伺いたいのですが、やはり初勝利でしょうか?。
そうですね。初勝利のレースですね。(1992年)10月のデビューだったんですけども全然乗れなくって勝てなくって。センス無いのかなと思いながら、もうちょっとやってダメだったら騎手を辞めようと本気で思っていたところで勝てた(初勝利は翌93年4月12日)。本当に助けられたし、乗せてもらった調教師さんにも感謝してますし。それがあったから今の2000勝があるんで、無かったら多分騎手を辞めていたんじゃないかなと思いますね。
もうひとつ、うかがいたいのが東京盃です(99年サカモトデュラブで勝利)。
東京盃は、たまたま伊藤和先生に"行くか"って言われて、何も知らないまま"行きます"って言って乗って、たまたまゲート出て、逃げて勝ったっていう(笑)。サカモトデュラブは東京盃にも何回か出ていて成績も悪くなかったですけども、自分は本当に訳も分からないまま。大井も初めてだったし、"ゴールまで長いなあ"とひたすら追っていたらクビ差くらいで勝っていた。本当に全てが上手くいった。自分は勝たせてもらっただけです。
1999年9月23日、東京盃(大井)をサカモトデュラブで逃げ切った
じゃあそういうことにしておきますけども、でもあれは凄い。自分もテレビで見てて興奮しました。
まあ、競馬ってそういうこともあるんだなと。最後まで何があるか分からない。最後まで諦めないでいるとね。競馬って奥が深い。
ある意味阿部騎手自身がそうですよね。怪我で諦めていれば2000勝がなかった。
諦めてたらそこで終わっていたんでね。まあ自分には騎手しかないと思っていたから。
2011年12月31日、桐花賞をカミノヌヴォーで勝利
ではこの先の目標は、大体聞いてしまったような気がするんですけども。
もう少し乗れるのならね、調教師よりは騎手の方が気が楽ではあるんですけどもね。試験もすぐ合格できるか分からないからまだまだ乗っているかもしれないですけども、30年乗ったし、調教師になるなら少しでも早い方が良いと思っています。
では最後に、オッズパークで馬券を買ってる会員さん向けに一言を。
そうですね。岩手競馬も楽しいので、ぜひ馬券を買ってください。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
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渡邊竜也騎手(笠松)が、10月23日笠松競馬第8レースでパイロズブリッジ(笹野博司厩舎)に騎乗して勝利。これが今年の笠松での184勝目となり、自身が持つ笠松競馬年間最多勝利記録を再び更新しました。
今年も笠松競馬年間最多勝利記録更新、おめでとうございます! 2022年に164勝目を挙げて26年ぶりに川原正一騎手が持つ記録を更新し、2023年は183勝でさらに記録を塗り替えましたが、今年はまた数字を伸ばしましたね。
ありがとうございます。頑張ってくれる馬たち、いい馬に乗せてくれる関係者の方々、応援してくれる皆さまのお陰です。とても感謝しています。
なぜこんなに勝てるんですか?
それはもう、いい馬にたくさん乗せてもらっている、ということに尽きますね。所属の笹野先生がいい環境を作って下さり、他の先生方も強い馬に乗せてくれるので、今はすごくいいサイクルだと思います。
10月23日、パイロズブリッジで勝利し今年184勝目
毎年ご活躍が目立ちますが、今年は飛躍の幅がさらに大きくなった印象です。
自分としても意識しているというか、毎年成績を上げたいと思っていて、特に今年は上がっている実感があります。
笠松や名古屋だけではなく、他場の活躍も増えましたね。11月16日の京都競馬10レースでは8番人気のメイプルタピット(南田美知雄厩舎)に騎乗して強いレースを見せてくれました。JRA初勝利、おめでとうございます!
ありがとうございます。厩務員さんから、出たなりでレースをして欲しいと言われて、その通りのレースをしました。向正面で川田(将雅騎手)さんが外から行ったんですけど、そこで手応えが良くて、3コーナーを回る時には持ったままでしたし、その辺りでいいところあるなと思いました。JRA初勝利ができて嬉しかったです。周りからも反響があって、X(旧Twitter)のフォロワーが増えました。ここで勝ったことで、笠松も注目していただけたら嬉しいです。
他場での活躍といえば、9月21日に金沢で行われた金沢シンデレラカップでは、北海道所属のプチプラージュ(小国博行厩舎)に騎乗して勝利。地元ではない競馬場で他地区所属馬に騎乗しての重賞制覇でした。
とても強い馬に乗せていただきました。なかなかないチャンスをいただき、結果を残せて良かったです。地元で頑張ることはもちろんですが、他場にも積極的に行きたいですね。よく吉原(寛人騎手)さんとお話させていただくんですが、ああいう風になれたらなと。憧れの存在です。
頑張り続けられる秘訣というか、モチベーションになっていることはありますか?
毎年成績を上げたいと思っている中でも、今年に関して言えば3月から勝率を気にして乗っていました。岐阜新聞の記者さんに、「勝率が高いよ」って教えていただいて、そこからNARグランプリの勝率部門を取りたいと思って。1戦1戦を大事に勝率を意識していたらどんどん上がったというのはあります(2024年11月27日現在36.7%)。
逆に数字を気にすると追い込まれる、という風に聞きますが、メンタルが強いですね。
どうでしょうか。ただ自分自身としては精神面の成長は感じます。昔のレースを今でも見ますけど、僅差で負けたレースとか、今の自分ならばならなんとかできたのではないかって。大舞台をたくさん経験させていただいて、レースに向かうメンタルが強くなったなとは思います。
コロナ渦では無観客開催があり、笠松では開催自粛期間があったり、激動の時代もありましたね。
そうですね。そういう時期があったので、乗れることが当たり前ではなかったですから、今は競馬に乗れる幸せを実感しています。特に競馬を再開できた時は、頑張らないとと強く思いました。先輩方が一気に抜けて若手が多い中で、みんなで一丸となって盛り上げようと頑張っています。
今の渡邊騎手の武器は何ですか?
武器と言えるかはわかりませんが、綺麗な姿勢で乗っていたいということは意識しています。がむしゃらに乗って勝つのも大事だけれど、馬にとっても人間が無我夢中になってしまうより、綺麗なフォームで乗っている方が走りやすいのではないかと思っているので、そこは貫いていきたいです。
レースを見ていると、展開の読みがすごいなと思うことが多いです。
最近いろいろな方にそう言っていただくことが増えて、すごく嬉しいです。自分は競馬新聞やメンバーを見て、けっこう考えるタイプですね。レースで気を付けているのは、無駄に外を回さないこと。外回しがあまり好きではないというか、やっぱり南関東や多頭数のレースで結果を出す騎手は内を捌いて来られる騎手だと思うので。
では、今の目標と先々の目標を教えてください。
今の目標は、まず今年勝率で全国1位を取ることです。あと年内1000勝がギリギリ達成できそうなのでそこを目標にしています(2024年11月27日現在988勝)。先々の目標は、もっと遠征に行きたいですね。吉原寛人さんのようにいろいろなところで声をかけてもらえる騎手になりたいです。
オッズパークユーザーの方々にメッセージをお願いします。
いつも笠松競馬を応援していただき、ありがとうございます。オッズパークさんに提供していただいた勝負ズボンをよく履かせていただいています。これからも笠松を盛り上げて行けるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:岐阜県地方競馬組合)
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ヤングジョッキーズシリーズ(YJS)トライアルラウンドで地方西日本トップ通過を決めた土方颯太騎手。ファイナルラウンドは少年時代に何度も遊びに行ったJRA中京競馬場で行われるとあって、「ファイナルでも優勝したい」と意気込みます。
今年4月に園田・姫路競馬でデビューした土方颯太騎手。元々は野球少年だったそうですね。
小学1年生からずっとやっていました。セカンドで、守備位置は確立してレギュラーだったんですけど、チャンスでなかなか打てませんでした。そんな時、競馬ファンの父から「小柄な体型が有利なジョッキーを目指したらどうだ?」と言われ、小学5年生から乗馬を習い始めて、馬が好きになってジョッキーになりたいと思うようになりました。
競馬はそれまでにも見たことはあったんですか?
父と一緒に競馬場にはちょくちょく遊びに行っていました。幼稚園くらいの頃からで、岐阜県に住んでいたんですけどJRA中京、京都、阪神まで。乗馬を始めてからはオジュウチョウサンが好きでした。年齢を重ねても勝っていましたし、ずっと頑張っていてすごいなと思いました。
そうして地方競馬教養センターに合格し、ジョッキーへの道を歩みはじめたんですね。
受からなければ高校に進学しようと思っていたんですけど、合格して嬉しかったです。父も喜んでいました。
今年4月16日に園田競馬場で初騎乗を迎え、デビュー2週目の23日に初勝利を挙げました。
レース前に北野真弘調教師から逃げるように言われていて、積極的に行きました。道中は出したり抑えたりしながら多少ペースをイジっていて、後ろの馬に脚を使わせられればいいなと考えていました。3~4コーナーでは馬の手応えが良くて、2番手の吉村智洋騎手がもう少し差を詰めてきたら追い出そうかな、と思っていたくらいなので、そんなに焦ってはいませんでした。直線では「勝てるのかな?」と思いながらずっと後ろを振り返って確認しながらで、勝った時はめちゃくちゃ嬉しかったです。デビュー1週目はそんなにいい騎乗ができなかったので、1つ勝ててよかったな、と思いました。
その後のコンビで印象的なのはクーシェル。ワンターンの820mを得意とする馬で、8月に勝った時は超ロケットスタートでした。
馬が速すぎて、人がついていけないほどです。なんとか一生懸命ついていく感じで乗っていました。以前は直線半ばで脚が上がっていたんですけど、最近はよく踏ん張ってくれるので、着順が安定してきました。軽い斤量も効いていると思います。
そして、YJS金沢第1戦では見事な勝利。5番手から直線で内目から抜け出しました。
前につけようと思っていたんですけど、意外と周りが速く、あの位置からになりました。1~2コーナーで運良くペースが上がったので、「いい感じやな」と思い、後ろで脚を溜めておこうと思いました。直線入口で外にいたウェックスフォードと望月洵輝騎手の脚色が良さそうで、外を回すよりも運良く内が空けばいいなと思い、あそこを狙いました。金沢の内は砂が深いとのことですが、向正面では直線と同じくらいの所を走っていて「この馬は大丈夫そうだな」と感じていました。
YJSトライアルラウンド金沢第1戦を勝利(写真:NAR)
あの勝利でファイナル進出が確定したのですが、それは知っていましたか?
事前に計算して知っていました。「ここで勝ったら、行けるわー!」と思って、直線は必死に追っていました。
では2戦目は気持ち的にも楽だったのでは?
めちゃくちゃ楽でした。2戦目の騎乗馬は初めてホライゾネットを着けたようで、返し馬でも掛かり気味だったんですけど、レースでは砂を被ると進んだり進まなかったりでした。1~2コーナーでは特に嫌がって進まなくて、外に膨れたり、被る砂が少なくなるとブワーッと走って行ったりしました。「これなら向正面で外に出した方がいいな」と思って大外に出すと、すごい手応えで上がっていったので、「もしかしたら2連勝もあるかな?」と思ったほどでした。
結果的に2着でしたけど、地方西日本1位でファイナル進出を決めました。ファイナルラウンドは子供の頃から訪れていたJRA中京競馬場と、地元・園田競馬場です。
中京競馬場で乗れるのは嬉しいですね。子供の頃はパドックを見て、レースを見て、またパドックを見て、と何往復もしていました。GIのチャンピオンズカップもルヴァンスレーヴが勝った年と翌年のクリソベリルが勝った年に見に行きました。左回りで直線が長いコースで乗るのが楽しみです。その前に、地元で何とかポイントを稼いで、中京では楽な気持ちで乗れたらいいですね。
最後に、オッズパーク会員にメッセージをお願いします。
YJSファイナルでも優勝できるように頑張りますので、応援よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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今年4月のデビューから約5カ月という早さで通算50勝を達成(9月5日)した望月洵輝騎手。騎乗数649鞍(10月25日時点)は、同期で飛び抜けた多さです。そして、ヤングジョッキーズシリーズ(YJS)トライアルラウンド名古屋では「人一倍、勝ちたい思いが強かった」と、地元で勝って、ファイナルラウンド進出も決まりました。いま注目の若手ジョッキーです。
まずは生い立ちから教えてください。
愛知県豊橋市出身で、小さい頃から動物もスポーツも好きでした。実家の近くに大きな動物園があって、そこが好きでよく行っていましたし、5歳くらいの頃かと思しき体験乗馬をしている写真も出てきました。小学生の頃は親にお願いしてウサギも飼っていました。
競馬との出会いは?
たまたまテレビで競馬中継を見て、「これ、やってみたいな」と思ったのがきっかけです。その時に初めて競馬を見たんですけど、動物と人が一体になってできるスポーツがあるんだ、と思いました。その後、すぐに乗馬をやりたいと言って、習いはじめました。最初は家の近くで乗っていたんですけど、競馬のようなスピード感ある乗り方に憧れていて、ポニー競馬やジョッキーベイビーズに出たくてそれに特化した乗馬クラブに移りました。
移籍先の乗馬クラブはジョッキーベイビーズで決勝に進出し2位だった永井孝典騎手(兵庫)も通ったことがあるところですね。
習っていた時期は重なっていないんですけど、永井騎手が乗馬クラブに遊びに来た時に木馬を教えてもらいました。いま思うと、すごくいい経験をさせてもらったなと思います。ジョッキーベイビーズには小学5年生から中学1年生まで3回、予選に出て、決勝には行けず悔しかったですけど、「ジョッキーになったら何回も乗れるから」と思いました。
気持ちの切り替え方がすごいですね。愛知・井上哲厩舎への所属はどう決まったんですか?
ジョッキーベイビーズを目指していた乗馬クラブとは別のクラブに最終的に在籍していたんですけど、そこは競走馬を休養で預かることもあって、井上厩舎もそこを利用していました。井上調教師がたまたま休養中の管理馬を見に来た時に僕が「ジョッキーになりたいんです」と話したら、「うちに来いよ」と。その日のうちに所属することが決まりました。
すごい急展開!望月騎手も名古屋競馬でジョッキーになりたいと考えていたんですか?
当時はまだそこまで考えてはいなくて、とりあえず学校に入りたい、という感じでした。今となっては地元で乗れるのはやっぱりいいなと思います。こんないい話はなかなかないので、「チャンスがあるならぜひお願いします」と井上調教師に即答しました。
YJSトライアルラウンド名古屋(9月18日)紹介式
そうして名古屋競馬でデビュー。新人騎手としては騎乗数もかなり多いですね。
できるだけ調教に跨る頭数を多くしたいなと思って、調教師の方々に「調教に乗せてください」とお願いしました。いまは深夜1時から朝8時まで、最大29頭の調教に乗っています。間隔が詰め詰めで、トイレに行けない時はたまにありますけど、お願いしたらほとんどの方が調教に乗せてくださいました。名古屋では調教に跨ったらレースでも乗せていただけることが多いので、それが騎乗数に繋がっているのかなと思います。
もしかして、レースでの騎乗依頼を見込んでの調教騎乗だったんですか!?
それはあります。騎手候補生の頃の厩舎実習中、調教に跨るとレースでも乗せていただけることが多い、と感じていました。そういうのも含めて勉強するのが厩舎実習だと思っていたので、デビューしたらたくさん調教に乗せてもらおうと思っていました。
競馬関係の家庭出身ではない中で、そのアンテナは素晴らしですね。ポンポンと勝ち星を積み重ね、9月23日からは減量特典が1kg減へと変わりました。どう感じていますか?
今が一番感じている時期なんですけど、減量が取れてきて勝てないな、と思っています。数字で最も表れていますよね。デビューした頃の3kg減があった時期は、3~4コーナーも手応え良く回ってこられていたんですけど、今は手応えがなくって......。道中で無駄がまだ多い部分を、デビュー当時は3kg減に助けてもらっていたのかなと思います。
それに対し、いま取り組んでいることは?
乗り方を改善しようと思って毎レース乗ったり、レース後はパトロールビデオ見ながら先輩騎手に教えてもらったりしています。特に村上弘樹騎手にはレースについて全体的によく教えていただいています。
YJSトライアルラウンド名古屋第2戦では直近2戦で村上騎手が騎乗していたインフォーマントに乗って見事勝利を収めました。
出馬表が発表されて、その馬に乗ることが決まってからは毎日のようにずっと村上騎手に聞いていました。地元でのYJSで人一倍、勝ちたい思いは強かったですし、ファイナルラウンドに行きたくて聞いていました。
YJSトライアルラウンド名古屋・第2戦で勝利(写真:NAR)
「しまいは確実に脚を使うから、冷静に乗ればチャンスがあるんじゃない、とアドバイスをもらっていました」とレース直後も話していましたね。
それだけじゃ語り切れないくらい、1から10まで全て教えていただきました。でも、ガッツポーズはファイナルラウンドまで取っておこうと思って、しませんでした。
最後に、オッズパーク会員のみなさんへメッセージをお願いします。
いまは試行錯誤しながらですが、近い将来に減量が取れて先輩たちと同じ斤量で乗ることになっても勝てるようになりたいと思っています。一つでも上の着順が取れるように、1鞍1鞍精一杯乗るので、応援をよろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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9月7日高知第8レースを勝利して、地方競馬通算500勝を達成した林謙佑騎手(高知)。9月29日に行われた珊瑚冠賞ではガルボマンボとのコンビで、圧倒的人気だったユメノホノオを破って勝利を収めました。ご自身のこと、そしてガルボマンボについても語っていただきました。
500勝達成おめでとうございます。この数字は意識していましたか?
ありがとうございます。500勝できたことは嬉しいですし、周りの方々に感謝しています。ただ数字的には通過点なので、あまり意識はしていなかったですね。
2015年に船橋でデビューして、2018年に騎乗機会を求めて高知へ移籍。今年はここまで(2024年10月27日現在)58勝を挙げて高知リーディング7位につけています。今のご活躍をご自身ではどう感じていますか?
全然活躍しているとは思っていないです。自分より下の世代の子たちが活躍していますし、特に(多田羅)誠也はすごいですよね。移籍する時はかなり悩みましたが、今は受け入れてもらえて本当に良かったと思いますね。その辺りから売り上げがグングン上がって行って、強い馬もどんどん出てきていますから。
高知の馬たちは各地に遠征して結果を出していますが、どうしてこんなに強いのでしょうか?
一概には言えないですけど、他場のレースに行って感じるのは前半のペースの違いです。高知の場合はみんなが行って行ってのレースが多くて序盤から抑えていくようなことがあまりないんですよ。常にタフな競馬をしていますから、他の競馬場に行くと前半のペースが楽に感じることがあります。そうなると普段よりも脚が溜めやすいので、結果が出やすいのかなと思います。
上のクラスのレースだけではなくて、下級条件の馬たちで戦う一発逆転ファイナルレースもものすごく行け行けのペースになりますよね。
僕らでもどの馬が逃げるかわからないですから。いつも逃げている馬でも一発逆転ファイナルレースになるとわけわからない馬が前にいたりして。高知の騎手は先輩方も後輩も関係なく、誰が逃げても競って行ったり、みんながのびのびと競馬ができることも好循環に繋がっていると思います。
見ている方としては、馬場の変化も難しいです。
1日の中でもどんどん変化していきますから、1レースと最終レースでは伸びるところが全然変わってくることもありますね。ただ、差しが決まるような流れが続くとそこを逆手にとって前に行こうとする騎手もいたりして、展開の読みは単純にはいかないですね。
珊瑚冠賞をガルボマンボで勝利
9月29日の珊瑚冠賞は、ガルボマンボとのコンビで快勝でした。早めにリードを広げて行って、ユメノホノオの追撃を退けましたね。
枠(2番)が決まった時からいい枠だなと思っていましたし、当日の馬場もガルボマンボ向きの馬場になりました。返し馬は普段通りだったのですが、ゲートに行く時にいつも以上に力強さを感じたので、状態もすごく良かったんだと思います。レースでは内にグリードパルフェがいたので、同じような位置にいたくないなと思って、気合を入れて2番手3番手を取りに行きました。(多田羅)誠也(騎手のナムラボス)がペースを上げてくれたのも良かったです。
後ろは気になりましたか?
(最後の)直線で気になりました。リードはあったけれど、相手はキレるので怖いなと。先頭で直線を向くとどの馬も思いますけど、「ゴールまで長いな」って思っていました。
見事3馬身差の勝利でした。ゴールした時のお気持ちは?
ガルボマンボは1年くらい勝っていなかったので、すごく嬉しかったです。いつも頑張ってくれてずっといい競馬はしていたんですけど勝ち切れなかったですから。それに、ユメノホノオを相手に勝利したというのも嬉しかったです。
ガルボマンボとユメノホノオは、昨年の高知県知事賞が最初の対戦でした。1世代差の高知優駿馬対決は見ごたえがありました。
勝ちたかったですけど、半馬身差で2着......。あの時は来られてから動いたので、流れ的にも向こうが良かったのかなって。ただいつか逆転できる可能性はあると思っていたので、今回勝てて嬉しかったです。
ガルボマンボは重賞7勝目となりました。どんな存在ですか?
本当にすごい馬だと思います。乗せていただけることに感謝していますし、もう2度とこういう馬には出会えないんじゃないかって思っていて。強い馬というのはいると思うんですけど、オーナーとの出会いだったり、周りの方々と縁を繋いでくれた馬なので、唯一無二の存在です。
ガルボマンボの武器はどんなところですか?
心臓が強いですよね。ガルボ産駒ですけどマイルというよりも長い距離の方がしぶとさが活きます。スピード勝負になってしまうとキレ負けしてしまいますが、長めの距離でスタミナ勝負に持ち込めるとすごく強いです。
では、今後の目標を教えてください。
具体的にこのレースを勝ちたいとか、数字とかはないのですが、一つでも多く重賞を勝って、オーナーをはじめ周りの方々へ恩返しがしたいです。
オッズパーク会員の方々にメッセージをお願いします。
高知競馬をいつも応援していただき、ありがとうございます。毎年売り上げが良く、とても感謝しています。一発逆転ファイナルレースは特に面白いので、ぜひ注目してください。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:高知県競馬組合)
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