
JRAオープンクラスで5着に入った直後に地方に移籍し、当初からダートグレード競走での活躍が期待されていたアラジンバローズ。ついに佐賀・サマーチャンピオンJpnIIIでダートグレード初制覇を飾りました。ところが、距離はJRA時代に4勝を挙げた1700~1800mではなく、一気の短縮となった1400m。いったい何があったのでしょうか。下原理騎手にうかがいました。
アラジンバローズでサマーチャンピオン制覇、おめでとうございます。
ありがとうございます。レース延期の影響でJRA騎手が乗れなくなって地元騎手に乗り替わるなど、どんなレースになるのか全く想像がつかなかったですけど、JRAの馬が強いと思って乗って、掲示板に入れれば、と思っていました。向正面では馬がまだ自分から行こうとしていなかったのでちょっと促したら、急にハミを取りはじめました。3~4コーナーは進路をどこに取ろうか考えていて、一度は外に出す準備をしていたんです。でも、悩んでいる間にちょうどラプタスが内から上がって行くのが見えて、手応えも良さそうだったので、切り替えてすぐ内に行きました。何もかもが上手くいきました。
アラジンバローズはJRA時代も含めて1600~2100mのレースを使われていましたが、1400mに距離短縮したのは下原騎手の提案でもあったとか?
前走の盛岡・マーキュリーカップが距離は2000mでしたけど1周競馬。スタートからそんなに押して行かなくても自然といいポジションにつけることができました。全然掛かることはなくて折り合えたし、意外と乗りやすくて、4コーナーを回る時には「掲示板があるんちゃうかな」っていう手応えでした。最後は止まってしまって2000mは長いのかなと感じました。レース後にそういったことを新子雅司調教師と色々話す中で「ひょっとしたら1周競馬が合うかもしれません」と伝えたら、「そうかもしれない」とすぐに納得してもらいました。
たしかに、兵庫移籍初戦だった昨年の鳥栖大賞の時から折り合いが課題に挙がっていましたね。
地元の1870mだと掛かりすぎるんですよね。今年1月の新春賞もペースが遅くて掛かって掛かって、前の馬に乗り上げそうなくらいでした。「ヤバイ、負けるかも」と思いながら乗っていました。
西日本の小回りだと、1700m以上はコースを1周半。スタンド前でグッとペースが落ちることが多いですから、折り合いが課題の馬にはつらいですけど、1400mならその心配もない、と。サマーチャンピオンでは道中の追走はどうでしたか?
序盤から無理について行こうとは思っていなかったですけど、ダートグレード競走の1400mはちょっと忙しいかな、と乗っている感覚としてはありました。でも、結果的に前が引っ張っていて、ついていけないくらいのペースだったんでしょうね。
下原騎手の言葉がきっかけで1400mに矛先を変えたとなると、それなりに責任も感じていたのでは?
地元や西日本の地方交流とか、そういうところから試してみるのかな、と思っていたら、いきなり強い馬相手のサマーチャンピオンと聞いてビックリしました。「どうしよう、余計なことを言ってしまったかもしれない」とちょっと思いました(苦笑)。いきなりの距離短縮で全く結果が出なければ、責任を感じるな、と思っていましたけど、1400mで結果を残せて嬉しかったです。改めて、その判断をスパッとできるところが新子調教師はすごいなと思いました。
下原騎手にとっては佐賀競馬場でダートグレード3勝目でした。
運が良かったなと思います。2018年サマーチャンピオンを勝ったエイシンバランサーは強くて、小細工なしでレースをして勝ってくれました。地元では負けることがあっても、遠征に行くとよく走りました。2008年佐賀記念をチャンストウライで勝った時は今回のようにJRA騎手が何人か乗れなくて、4コーナーで気づくと「好勝負ができる!」という展開でした。
アラジンバローズはサマーチャンピオンの後、盛岡・マイルチャンピオンシップ南部杯(ダート1600m)へ。3コーナー少し手前から手が動いていたので心配になりましたが、直線も渋く伸びて5着でした。
あの場面は、周りの馬の動きを見て進路を確保するためのもので、まだ本気では追っていませんでした。掲示板がほしいと思っていて、ワンターンでもよく走ってくれて目標は一つ達成できました。
この後はJBCスプリントです。同厩舎でNARグランプリ年度代表馬のイグナイターもいますけど、楽しみです。
JpnIでメンバーも強いですけど、少なくとも掲示板には載りたいなと思っています。
下原騎手ご自身の話題で言うと、今年は3年連続の地元リーディング2位になりそうです。
数字にはそんなにこだわっていないですけど、有力馬に乗せてもらっているっていうのが嬉しいです。他場からも騎乗依頼をいただいて、今年はあちこち遠征に行かせてもらっています。大変ではありますけど、年齢的にもいつ依頼がなくなるか分からないですし、いま幸せです。
最後にオッズパーク会員のみなさんにメッセージをお願いします。
アラジンバローズは2戦続けてJpnIとなります。JBCでは他馬と斤量が同じで難しさが出るかもしれませんが、展開や立ち回りで上手くカバーできたらな、と思っています。挑戦者の気持ちで精いっぱい騎乗するので、応援よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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昨年度、ばんえい記念を含む196勝を挙げて14回目のリーディングに輝いた鈴木恵介騎手が、7月28日第5レースをレイリーキングで勝ち3500勝を達成しました。ばんえい競馬史上3人目、現役3人目で、デビューから26年6カ月での達成は藤本匠騎手の30年8カ月を更新しばんえい競馬史上最短。騎手生活27年目を迎えるトップジョッキーに話を聞きました。
3500勝、重賞も99勝の鈴木騎手ですが、この中でも思い出に残る馬、レースを教えてください。
うーん......、ばんえい記念のニシキダイジンかな。重賞を勝てばいつもうれしいです。オレノココロはテスト(能力検査)からずっと乗っていましたし。いい馬ばかりだった。
ばんえい記念は勝てなかったけどミサイルテンリュウは、障害に先に行って、どこまで逃げられるか、という先行型。それで勝つのは難しく、勉強になりました。それは、降りてからゴールまでが近く、先手を取らなくてはいけない今の帯広の勝ちパターンでもあります。
名馬が多すぎて、私も誰の話にしようか絞れないです。今でこそばんえい記念の第2障害を一腰で上がる馬も増えましたが、私はナリタボブサップ(2010年)を思い出します。
今よりも重い馬場で、ばんえい記念を一腰で上げた時は自分でもびっくりした。
いろいろなタイプの馬がいます。センゴクエースはデビュー時から強かった。オレノココロは、最初は上位10頭に入ると感じてはいたが、あとで成長する馬だと思っていた。
キングフェスタもうるさいところがあったが、休ませながら大事に使っている。大事にしすぎるくらいで、もまれ方が足りないかも。少し体重が減りましたが、今は戻って動きも良くなってきました。今後、メムロボブサップなどの引退が近くなった時に盛り上げる馬がいないと、ファンもおもしろくないので活躍してほしいです。
2024年3月17日、ばんえい記念をメジロゴーリキで制した
恵介騎手に乗せたい、というオーナーも多く、その魅力ってなんなのかな、といつも考えています。
馬のハミざわりは普通の人よりは敏感だと思います。サラブレッドより手とハミまでの距離は何倍も遠いけど、手綱をつかんで伝わるものがある。
ハミと手綱を持つ手は、1馬身ほどの距離があると思います。しかも手綱はピンと張らず、緩んでいますよね。指に伝わるんですか。
指、手のひらに感覚が来る。ゲートを出た瞬間、馬が行きたがるくらいのちょうどいいハミざわりがあるんです。ほかの騎手がハナ行かない馬でも自分は走らせることができる。言ってできるもんじゃない。「鈴木恵介のハミ」って感じ。
ハミざわりは義父の鈴木勝堤元騎手に教わった、という話を以前聞きました。それをずっと大切にしているのですね。敏感なのは、鍛えたからでしょうか。
手綱で叩いただけで勝てるなら、誰も苦労しない。感覚は、何歳くらいかな......リーディング獲って何年もたって......30代半ばにすっごく感じるようになった。平地競馬と同じくらいの感覚で、長い手綱でも同じような感覚で伝わる。
すごいです、横から見てわかるもんですか。
馬がハミに頼ったときは、横で見ていてもわかります。
さて、これからは重賞100勝のメモリアルに期待できる馬たちが控えています。
マルホンリョウユウは、馬場が軽くなったら他の馬が出てくる(有利になる)から、重くなれば期待しています。2歳のときから見たら大人になった。油断はぜっっっったいできなかった。
若い馬など、気性の激しい馬への対処法というのはあるのでしょうか。
勝ちにいくのはもちろんだけど、まず、レースを覚えさせる。レースでは止まって、下がって、まっすぐ、を覚えさせていく。小さい子どもに何かを教える感じ。大事にして、何回か教えてやれば、他の人も乗りやすい。これを覚えたら、レースでも無理がきいて、勝ちにつながる。
ツガルノヒロイモノもあと一歩です。
同世代が強いからね。いいものは持っている。普段触るより、レースの方がまじめ。攻め馬しても「やる気あるのかな?」って。レースに来て、ゲートに入ったらやる気がでる。テストの時からそうだった。最初は目立たなかったけど、いざテストになったら、思ったよりいいじゃない、って。中にはこういう馬いる。
ライジンサンは障害と2障害を降りてからの脚が魅力。今はハンディ(収得賞金で負担重量が重い)もあって休養しているけど、レースを使わないとレースボケにもなる。でもそこは大河原調教師だから、ちゃんと考えているんだろう。
2024年3月16日、イレネー記念を勝ったライジンサン
2歳馬では、マツサンブラックで牝馬オープンのいちい賞を勝ちました。牡馬では、オレノココロの産駒のココロノニダイメの活躍がうれしいです。
マツサンブラックは障害が上手になった。ココロノニダイメはまだ体が小さいので、徐々に育てたい。
ココロノニダイメ
以前、時計を読む話をされていました。
時計も読みます。重賞は特に。この馬で、この荷物(重量)、このタイム(馬場)ならこのくらいでいくんじゃないか、と。全頭まではいきませんが、ライバルもこのくらいのタイムだな、と考えます。
3500勝の表彰式が8月末に行われましたが、けがで一度延期になりました。
脚にできものができて、腫れて膿を抜いたのですが、予後が悪くて、ずっと寝ていました。今はもう大丈夫です。普段は睡眠を大事にしています。質が大事。若い時はいつでも寝られたけどな......。
若い騎手も増えてきました。
騎手もある程度受かっていかないと、バランスが悪くなる。いつかは裏方で、強い馬を作れるような調教師をやってみたい、というのも考えています。
食べ歩きがお好きだそうですね。
ラーメンが好きです。毎日食べてもいいくらい。しょうゆ派です。お薦めは、旭川だと、つるや、大吉ラーメン。ホルモン朝吉という焼き肉屋のラーメンもおいしいです。帯広だとラーメン村、とん平、久平食堂。
自分で作ることもあります。鶏ガラからだしとって。でも最近ちょっと体重をしぼらないと......。そばに変えようかな。
温泉も好きです。登別がいい。帯広は、厩舎の銭湯が新しくなってからは、ここでいいや、と思って行ってないです。サウナもありますし。
最後にオッズパーク会員の方に一言お願いいたします。
本場に来て、エキサイティングゾーンで迫力があるばんえい競馬を見てほしいです。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
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2024年7月4日、笠松第8レースをヒナアラレで勝利し、地方競馬通算1000勝を達成した後藤正義調教師(笠松)。29歳という若い時期に開業し、45歳で1000勝に到達。ここまでの想いを伺いました。
地方競馬通算1000勝達成、おめでとうございます。
ありがとうございます。ここまで思い返すと感慨深いものがありますし、周りの方からも「おめでとう」とお声がけいただきました。頑張ってくれた馬たちや、関わってくれた方々に感謝の気持ちでいっぱいです。あまり数字にはこだわっていないので、目の前の1頭1頭を丁寧にという想いでやってきました。その積み重ねで今回こういう大きな区切りを迎えることができたんだと思います。
29歳で開業と、かなりお若い年齢で調教師になられたのですね。
祖父、父と調教師をしていまして、自分も競馬の道に進みたいと考えていました。ただ体が大きく騎手にはなれなかったので、厩務員としてこの世界に入って、やるからには調教師になりたいと思っていました。調教師試験を受けられる年齢になってすぐに試験を受けたので、20代で開業することになりましたが、当時を振り返ると親に甘えていたというか、すべて親父のおかげでスタートすることができたなと。人も馬も、今でもそのつながりがあるからやっていけるので、とても感謝しています。
調教師として大事にしていることはどんなことですか?
先ほども触れましたが、1頭1頭丁寧に接することです。競馬の世界は上手くいかないことの方が多いです。思い通りにいかないことが多いから面白いという部分と、だからストレスが溜まるという部分と。馬を育てるのもなかなか思い通りにはいかないですし、人を育てることに関しても思い通りにはいかないですね。
スタッフの方々に対しては、どういうスタンスで接していますか?
うちはベテラン厩務員が多く、経験豊富で任せられますから、あまり深く干渉しないようにしています。ただずっとベテランの方々に頼っているだけではダメなので、若手も育てていますが、なかなか難しいですね。1カ月前から24歳の子が入って来て、今頑張っていろいろなことを吸収しています。馬に接するのが初めてという子なので、本人も大変だとは思いますが、せっかくやる気を持って入ってきてくれたので、大事に育てていきたいです。
今後の目標というのはいかがでしょうか?
特に数字にはこだわらないので、具体的な目標というのは思いつかないですが、体調がベストな状態でレースに出す、ということを大事にしていきたいです。以前の賞金諸手当が安い頃は、どうしてもレースを使ってカバーするという状況がありましたが、今はおかげさまで賞金諸手当が上がって、馬のためにしてあげられることが増えています。とてもいいサイクルなので、馬のためにできることを最大限やっていきたいです。
最近の活躍馬に昨年の中京ぺガスターカップを勝ったスタンレーがいますが、どんな特徴の馬ですか?
性格はまあまあやんちゃです(苦笑)。だいぶ最近は落ち着いてきて、大人になってきましたね。これからという時に骨折してしまって、順調に行かなかった時期もありました。今も脚元に不安を抱えているので調整が難しいのですが、能力の高い馬なので、しっかりしてくればまた重賞を勝つ力はあると思います。
2023年3月14日、名古屋・中京ぺガスターカップを制したスタンレー(写真:愛知県競馬組合)
では、オッズパーク会員の皆様にメッセージをお願いします。
開催自粛期間があったにも関わらず、今また馬券を買っていただけること、とても感謝しています。競馬を続けられることが本当に幸せです。みんなで頑張ってやっていきますので、これからも笠松競馬をよろしくお願いいたします。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:岐阜県地方競馬組合)
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2024年8月4日第8レースをハゴロモユニバースで勝利した西謙一騎手が通算2000勝を達成しました。デビューから17年6カ月での達成は、鈴木恵介騎手の18年0カ月を更新し、ばんえい競馬史上最短。父である西弘美元騎手(現調教師)と親子での2000勝達成も史上初です。
おめでとうございます。1000勝の時にも話しましたが、1年で100勝以上している計算ですね。騎乗数も多いですし、乗り替わりでも活躍しているイメージです。
騎乗依頼があるのはありがたい話です。初めて乗る馬でも、普段隣でレースを見ていたらどのような馬かはわかる。どこを、と聞かれると間合いかな。
私がレースをするなら、自分の馬しか見ていられなさそうです。
最初のうちはそうだった。周りを見る余裕なんてないし。技術よりは、普段からの調教師や厩務員との付き合いが一番肝心。どれだけ上手でも、コミュニケーションを取れて、頼まれなかったら乗る機会もない。朝の運動で、あいさつは基本中の基本だし。
運動中の話し合いなのですね。付き合い、というと夜に飲み歩き......というのを想像してしまいます。
そういう付き合いも大事だけど、昔ほどはないし、俺はたいして行かない(笑)。
普段乗っているのよりは乗り替わりが面白い。一回乗っておけば次のレースで、(ライバルとして)どんな馬かわかるし。
今年も期待馬が多そうですね。2歳では第1回能検一番時計のスターイチバンをはじめ、有力馬がそろっています。
スターイチバン
もともと体がある馬だからね。周りの馬も成長して強くなってきているけど、スピードがある。スタージャガーはまだ線が細いかな。コウイッテンは、今は物見しているけどそのうち良くなるよ。
2歳に乗っているといっても、馴致は昔のように自分でやることは少なくなっている。今は油圧ショベルにつないで歩かせることが多くなっている。でも、騎手は馴致をやらないと上手にはならないと思う。いざ、と言うときに対処法がわからず何もできなくなる。危ないけどね。
今年は、やはりクリスタルコルドの活躍(北斗賞、旭川記念)です。
まだ物足りないところはある。障害止まった時からが悪いから、そこが良くなれば。性格は気分屋。今は自分の型にはまっています。余計なことはしないし我慢もする。言うことを聞くようになりました。
スマイルカナは荷物も増えた分、去年に比べると物足りないかな。古馬との対戦ではまだきつい。性格は変わっていないけど。オークス一本ですね。
トワトラナノココロも寒くなってからだね。
旭川記念(7月14日)を制したクリスタルコルド
デビューしてもう17年が過ぎたのですね。
最初のころにいい馬に乗りすぎた。"ニシキ"の仙頭(富萬)オーナーがオープン馬など、いろいろな馬に乗せてくれた。
競馬場に来る前には、レットフジやアカダケキングのオーナーである小椋(昭彦)さんに、旭川の牧場を手伝わせてもらったことが大きい。初めて馬に触ったから。この経験がなかったら競馬場に来ていなかった。
最初はただ馬を職業にするというだけで、何をしたいという目標もなかった。騎手を目指してもいなかった。
今は中学生の時から、真剣に馬の仕事を目指している人もいて偉いなって思う。中学生の時なんて、遊んでいた方が楽しいんだけどね。
学生時代にやりたいことを決めている人ばかりではないですし、逆にいうと、ばんえいの世界は社会人になってからでも間に合うということですね。
若い人も増えてきている。騎手も、いろいろな人が増えたら楽しくなる。競馬場の仕事は、朝早いというだけで、会社員とかに比べたら楽だと思う。人間関係も、年離れていても気を使わなくて楽だし。
何時頃から仕事をしていますか?
夏の今時期は、午前3時半くらい。テスト(能力検査)も終わったから9時過ぎには終わります。
あらためて、これまでいろいろな馬に乗ってきましたが、思い出に残る馬はいますか。
今でも初重賞勝利のアカダケキングだね。自分で運動していたし、うるさくて危なかったからね。小椋さんが初めて重賞獲った馬だった。
西弘美調教師は2479勝で引退しました。あと数年で越えそうですね。
特に興味ない(笑)。調教師は何も言わないよ。自分もたいして聞かないしね(笑)。息子も高校生だけど、別に馬の仕事をやらなくてもいい。やりたいことがあればやればいい。
オッズパーク会員の方に一言お願いいたします。
画面より、帯広競馬場に来て、レースを見てほしいです。
おもしろいのは、2障害に行く手前。ここでもう6~7割勝負が決まっているから。2障害までいかに楽に進められるか、馬の様子をみながら駆け引きをしているので「騎手は何考えているんだろうな......」と思いながら見て。
競馬場も人が多くなったね。海外の人も多い。声援も聞こえています。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
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今年4月に岩手からデビューした坂井瑛音(えいと)騎手。騎手になるきっかけや、初勝利を挙げてから現在までの心境をうかがった。
初勝利からちょっと時間が経ってしまったので、まずは騎手を目指した理由から聞かせてください。
元々プロスポーツ選手になりたくて野球をやっていたんですけど、小柄な体格だったので、それを活かせる職業だったら騎手はどうだ?と父に教えてもらったのがきっかけでした。それで親と一緒に競馬を見ているうちにだんだん興味を持つようになりました。
何か競馬とか馬に関わりがあったりする家庭だったの?
いえ、全く関係ないです。父が競馬が好きだったもので。
競馬場はどのあたりに見に行きましたか?
大井、中山、東京でした。関東の競馬場はわりと行きました。
それが中学校くらいの頃。それから騎手になるための情報を集め始めた、と。
乗馬にも1年半ぐらいかな、東京乗馬倶楽部に通わせてもらいました。
教養センターでは同期の人数がわりと多かった年ですけど、どんなふうに過ごしていましたか?
自分がちょっとふざけたようなキャラだったので、仲良くやってたんじゃないかなと思います。
言ってみれば東京のど真ん中育ちの"都会っ子"でしょう?それで那須の教養センターで暮らすのってたいへんじゃなかった?
はじめの1カ月はもう本当しんどくて、家に帰りたかったですね。だけど家族が頑張れって言ってくれるから頑張らなきゃなと思いましたし、同期の中でも2年間頑張ろうって励まし合っていました。
学校時代は何が一番大変でした?
お菓子が食べられないことでした(笑)。減量は苦労しなかったですし、食べる量もそれほど多くない方なので空腹が......とかではないのですが、そういうものまで制限されるんだ、って。
では学校時代で一番思い出に残っているのは?
東京ダービー(2023年ミックファイア)を間近に見れたことですね。
2023年東京ダービーのあと、御神本訓史騎手と
あのレースは良かったよねえ。
あの雰囲気ってなかなか経験できないですし。レースで勝った騎手にその場でお話を聞けることもないですし。わざわざ自分たちのために来ていただいて、喋っていただいて。本当に良かったな、いい経験したなって思いました。
さあ、そして卒業が近づいて、岩手を選んだ理由は?
教官からは"お前の雰囲気というか人柄が岩手に合う"みたいな感じで紹介してもらって。自分も上手くなるためにはとにかく騎乗機会が多いところじゃないとダメだと思ったので岩手に決めました。希望を出した時に手を挙げてくださったのが菅原勲調教師で、リーディングの厩舎から声をかけて頂けるなんてそうある事じゃないですし、敢えて厳しい中で頑張ってみようと。
菅原勲調教師と
初勝利は4月22日でしたが、思い出せる?
もうその日は鮮明に覚えています。あのレースは、馬が最後ギリギリよく頑張ってくれました。
その時のコメントを見ると「ゴールして周りからおめでとうって言われたのが凄く嬉しかった」とあります。
ゴール過ぎて走っている時に周りの皆さんに「おめでとう」って声をかけてもらって。確か一番最初に言ってくれたのが(高橋)悠里さんでした。
4月22日水沢競馬第12レース、サンエイブレーヴに騎乗して初勝利
ご両親はなんて言ってました?
まずはじめに「馬券獲ったよ」って(笑)。わざわざ大井競馬場まで紙の馬券を買いに行ったんだそうです。
26戦目だったけど、それまでも結構勝てそうなレースがあったじゃないですか。デビューして2週間ぐらい、もうちょっと......みたいな時の気持ちとか考えは、どんな感じだったんだろう?
そうですね、自分が思ってる以上にレースの中で余裕が持てなくなってた、と思いますね。自分だとなかなか分からないんですけど、(菅原)辰徳さんが「勝ち負けの前にまずしっかりまっすぐ走らせるんだよ」と教えてくれて。それが一番大事なんだよな......と改めて思い直したりして。
実習中とかに、デビューしたらこういうふうに乗りたい、ああいうふうに乗りたいみたいな話をしてたじゃないですか。でも、そう簡単にはできないよね。
はい。現実って難しい。同期の成績も気にしちゃってましたね。同期が先に勝って、焦っているような感じは無いと思っていたんですけど、自分で気付いてなかっただけで、気にしていたんでしょうね。
でも、それがだんだんできるようにはなってきた?
それはまだまだですけど、自分の中では、ひとつひとつ丁寧に課題をクリアしていくだけなのかな、と思っています。
デビューしてから今まで乗ってきて、自分の中で変化があったことはありますか?
変化があったとしたら、レースの中での余裕はデビューした時と今では少しは違うかなと思います。だけど、教えてもらっても改善できてない事ばかりなので、自分でも変えていかないといけないですね。
ところで、水沢でデビューして盛岡でも騎乗したわけですが、乗ってみた感想はどうでしたか。
盛岡は乗っていても(コースが)大きい、直線長いなと感じます。もう少し自分が上手くなれば減量を活かせるコースなのかなと思います。水沢はやっぱりコーナーがきつい。コーナーコーナーでロスなく回るかが重要なコースだと思うので、そこは、ずっと課題になるだろうなと思っています。
5月27日、盛岡競馬場での初勝利(第6レース、メイショウホガラカ)
この先の目標は何になりますか。
まずは頂いた乗り鞍を、チャンスを無駄にしないように大切に乗る事と、自分の今ある課題を1つでも多く克服していくことが今の目標です。
では最後に、オッズパーク会員の皆さんに坂井瑛音騎手からメッセージを。
もっと勝鞍を伸ばせるように頑張りますので、ぜひ馬券で応援してください。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
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