2023年4月30日第10レースをアサゾラで勝ち、ばんえい競馬史上28人目、現役では8人目となる通算1,000勝を達成した。デビューして15年目、昨年度は133勝を挙げて過去最高のリーディング2位。信頼の置ける中堅騎手として、実績を積み重ねている。
1000勝おめでとうございます。意識はしていたのでしょうか。
みなさんのおかげです。周りに競馬関係者がいないところからスタートして、最初はここまで続けられないと思っていました。3月に昨年度の開催が終わった時点で990勝だったので、お祝い返しをどうしようかと考えていました。最近ばんえいでは自分の名前が入ったグッズを作ることが多いのです。かぶらないようにと悩みました。
現実的ですね(笑)。500勝まで約10年、そこから1000勝まで5年と、急速に勝ち星を増やしています。振り返って、転機はありましたか。
センゴクエースでしょうか。強い馬に乗せてもらえるようになって責任が増しました。うれしさより大変。下手なことできないな、とプレッシャーがあった。強いけどもろさのある馬で苦労しました。これまでの騎手が、もろさを隠して騎乗していたのはすごいです。
ばんえい記念から翌年のばんえい記念まで1年を通してのレースの運び方、重賞に向けた乗り方を学びました。
プレッシャーはどのように克服してきましたか。
それはもう、慣れですね。強い馬に乗れたのは大きかったです。
ほかにもさまざまな強い馬に乗ってきました。思い出はありますか。
サクラリュウは多くの重賞にも乗ったし、初めてばんえい記念で乗れたのはいい経験でした。気性の荒い馬でした。当時はそのような馬に多く乗っていたので、「あのような馬に乗れるなら」と騎乗依頼も増え、評価につながっていったと思います。
今年から種牡馬になりました。脚を痛めて休んでいたので良かった。よく助かりました。
キタノユウジロウは、2021年のばんえい記念で2着になったのが印象深いです。
急な乗り代わりでしたけどね。今思うと、獲れたかな......って思う。体が大きい馬で力があった。いい子を出してくれれば、と思います。
オーシャンウイナーは古馬戦線で戦うようになりましたが、まだこれからです。上の馬たちは強い。臆病な馬。キタノタイショウの子はそのようなところがありますが、その憶病さがいい。切れはあるが、我慢が効かない。
オーシャンウイナー
3歳のキョウエイプラスは、馬場が軽くなればいいかな。真面目で走りたがりな馬で、前に行く気持ちを制御しながらレースを進めています。走れるうちはいつも走っている。普段の練習の時は歩いているのにね。
ヤングチャンピオンシップを制したキョウエイプラス
コウテイも、乗りたいけど最近は乗り馬が重なってしまい、乗れていません。力はあるし、障害もいい。またばんえい記念に出てくれれば楽しみです。
騎乗するうえで、大事にしていることはありますか。
真っすぐ、ロスなく走らせることです。負担をかけないように。若い頃よりはいい意味で、力の抜き方を覚えました。若いときはとにかく乗りたかった。若い騎手の手本になれるように、と思う。
騎手になりたい人が増えているのはいいことです。騎手になりたいけど体重制限がきつい人もばんえいなら騎手を目指せる。厩務員も、生き物が好きな人はもちろん、背中に乗らなくてもいいから落馬の危険もない。女性厩務員もやりやすいと思います。
昨年お子さんが生まれて、変わったことはありますか。
稼がないといけないですね。しっかりやらなきゃ、と思います。妻の家族が応援してくれたり、職場で自慢したり、周りの親戚に騎手であることを喜んでもらえているのがうれしいですね。
ばんえいの認知度が高まっている証拠でこちらもうれしいです。では、オッズパーク会員の方に一言お願いします。
どんどん、帯広に来てほしいです。目の前で迫力あるレースを見せられれば、と思います。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
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2003年デビューの坂口裕一騎手は今年が21シーズン目。それが始まってすぐの3月20日に地方競馬通算1000勝を達成した。
実はその前日の3月19日には所属する村上昌幸調教師の地方通算1500勝も自らの手で達成している。この春はリーディング上位に付ける坂口裕一騎手に話を伺った。
1000勝達成おめでとうございました。
ありがとうございます。
記録まで残り11勝という段階でスタートした今季でしたが、やはりまずはこれが目標、"早く達成してしまおう"というような気持ちだったのでしょうか。
どちらかといえば自分の記録よりは調教師の記録(所属の村上昌幸調教師の地方通算1500勝)を先に決めてしまいたいと思っていたから、自分の記録の早い遅いはそれほどこだわってなかったです。
とはいえ自分の勝ち星の方も非常に順調に増やしていっての1000勝達成でした。この春は調子も良いのでは?
自分自身は変わってないと思うけど、3月の最初の1週間は"ツートップ"がいなかったですからね。その分、自分にとっていい流れでスタートできたんじゃないでしょうか。
"1000勝"という記録の重みのようなもの、どう受け取っていますか?
そうですねえ。自分と同年代の騎手はたいがい通過していますからね。もちろん嬉しいですけれど、20年もやっているし......と思うところもありますね。
2023年3月20日、地方通算1000勝達成
確かに今でこそ同世代の騎手がたくさん勝っているけど、ちょっと前は1000勝以前に引退する騎手の方が多かったくらい。1000勝できた、20年も続けてこれたのが凄いと思う。さて、そんな20年の騎手生活で"思い出に残る馬""思い出のレース"を挙げていただくとすると。
どれか1頭・ひとつのレースというのは挙がらないかな。自分はこれまで何度か騎手を続けるか迷ったこともあったんですけども、結婚して"自分はこのままでいいのかな?"と思っていた時にナムラタイタンが来て、もうちょっと頑張ろうと思って。で、タイタンがいなくなって気持ち的に穴が空いた感じになっていた時にリュウノシンゲンに出会ったりして。他の馬でも重賞を勝たせてもらっているんですけども、ホントに"これだけ"という馬はなかなか浮かばないんですよ。
坂口騎手にとってナムラタイタンはやっぱり大きな存在だった?
大変でしたけどもね。調教は毎日乗って、レースも乗って。引退した時には"解放された"という気持ちもありました。ですが、いなくなるとやりがいが無くなって......。ああ、もしかするとナムラタイタンの最後のレースが思い出に残るそれだったりするのかもしれませんね。
3連覇した後の4回目、引退レースになった時の赤松杯ね。
あの時は調教から今までと違う感覚がありました。状態が悪かったというのではなくて、レースで最後まで走ってくれるのかな?という、気持ち面というか。レースでもスローペースで逃げたのに最後は無理しないような走りになって3着。"ついに終わりが来たんだな"と思ったのを凄く覚えています。
自分もその時の陣営とか坂口騎手の雰囲気をなんとなく覚えている。
もちろん、転入初戦の赤松杯でぶっちぎって勝ったのも印象に残っています。あの馬に乗って勝ったレースで一番インパクトが強かったですけども、その勝ったレースが4年後に引退レースになったわけですから。
2014年4月27日、赤松杯。転入初戦のナムラタイタンは持ったままで大差勝ち
そういうのは実際に乗っていた人にしか分からない感覚ですね。それで聞くけども、乗っていて、だんだん力が落ちていくような感触はあった?
能力的に落ちていくというか、年齢を重ねての気持ちだったのかな。本当に満足のいく状態で走れたのは、来た年の最初の3戦くらいでした。その後はこの状態で良くこれだけ走れる......と感じる方が多かったですからね。最後はそうですね、"ついに来た"という気持ちでしたね。
改めて重賞の成績を振り返ると、2010年のひまわり賞をコンゴウプリンセスで勝って初制覇。2011年は空いたけども2012年以降昨年まで、毎年何かの重賞を勝っています。結局坂口騎手は"引き"が良いのではないか?
そうですか?自分では引きが悪いと思っていますけど(笑)。周りの人を"みんな引きが良いなあ"と思いながら見ていますが(笑)
ナムラタイタンもそうだし、リュウノシンゲンでも重賞7つ勝っているし。エンパイアペガサスにも乗って勝っているくらいだから。節目の大きなレースにはいつも顔を出している。
じゃあそうなのかなあ(笑)
もうひとつ。坂口騎手は2003年のデビューで、岩手競馬が一番苦しかった時期に若い頃を過ごしてきた世代になります。今は同世代もみな上の方で活躍しているけども、やっぱり最初の頃は厳しいと感じた?
デビューした頃は騎手の数が多くて厳しくて、存廃問題が起きた頃には人が減ったけど別な部分で厳しくなって。若い頃は何が何だか分からずに過ごしていましたが、今同じ事が起こったら、堪えると思いますね。若いからやってこれたのかな......とか今になって思いますけども。
2003年4月19日、デビュー戦の際の坂口裕一騎手
20年間の騎手生活を経て、自分が騎手として変わったとか騎手として進歩したとか、そんな手応え、そんな部分はありますか?
どうなんですかねえ......なんだろう。そうですね、調教をした馬にレースで乗れるようになってから何か変わったのかもしれません。若い時ってやっぱり調教は乗るけどもレースでは上の人が......ということが多かったじゃないですか。だから、なんて言ったらいいんだろうなあ......。
"仕事だから片付ける"的な?
そうですね、流れ作業じゃないですけどもなんとなくやってたような。それが厩舎の馬に全部乗せてもらえるようになって、重賞なんかも勝てるようになって。取り組み方が何か変わったというわけではないでしょうけども、自分なりに考えるようになったんだろうと思います。
やっぱり昔とは凄く変わったんじゃないかなあ。昔は、今言っていたような雰囲気もあったけど、今はずいぶん違う。
調教師さんも変わってきたんだと思いますよ。昔は調教もレースも所属優先で、自分がレースに乗らない馬でも自厩舎だから調教していたのが、今は途中でも他の厩舎の馬に乗っていいよ......とかに変わってきているのもあるんじゃないですかね。
そうか。自分も変わってきたし、周りも変わってきたと。
そうですね。だからデビューして最初からたくさん乗れる今の若い子たちはうらやましいですね。
ああ、やっぱりそう思うんだ。
まあうらやましいって言うか、時代が変わった、いい環境になったんだなって。
さて。1000勝を達成しました、ということで、この先の新たな目標として挙がるものはありますか。
やはり、怪我には気をつけたいですね。まあ自分が気をつけていても事故は向こうから来ることもありますから、そういう時はどうしようもないですけども、第一は怪我に気をつけて。あとは......。
坂口騎手は岩手の大きな重賞をだいたい勝っているから、そういう目標が意外に出てこないのかもね。あとはグレードレースくらいだから。
そうなんですってね。グレードは、まあ運もありますし......。うん、そうですね、やっぱり怪我をしない事。
話が戻るけど、やっぱり家族は支えになっている?凄く家族を大事にするよね。
それは支えになっていますね。自分が迷ったり悩んだりしている時に結婚して。良い馬にも出会えたけど、家族ができて騎手を続けようと思えましたから。最近は子供もレースのことが分かるようになってきましたし、励みになるというか、"がんばらなきゃな"という気持ちになります。
坂口騎手にとって"結婚"という事が大きいきっかけになったんだろうね。
自分でもそう思いますね。
では最後に、オッズパークで岩手競馬の馬券を買ってくださっている皆さんへ。
いつも応援していただいてありがとうございます。コロナ禍も収まってきましたし、現地の競馬場にもぜひ来てください。
坂口裕一騎手といえばナムラタイタンとのコンビが記憶に残っているが、気がつけば同馬の引退からでも6年経った。ナムラタイタンとの足掛け4年は坂口騎手にとっても大きく飛躍した4年だったはずだけに、その最後のレースを「いつか将来、騎手を辞めて何年も経った後でふと思い出すレースが、あの最後の赤松杯なのかもしれませんね」と言うのも、それだけ強く結ばれたコンビだったからゆえなのだろう。
近い世代の騎手が調教師に転身し始める時期にもなってきたが、坂口騎手にはまだまだこれからも大レースを制する騎手として活躍し続けてほしいと思う。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
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2月19日、小北栄一調教師が、ばんえい競馬歴代28人目(現役20人目)となる通算1000勝を達成しました。昨年のばんえいダービーを勝ったキングフェスタをはじめとする活躍馬や人気馬を送り出しています。
1000勝達成おめでとうございます。開業23年目での達成でした。お父様の定一(さだかず)さんは調騎会会長も務めた名調教師でした。馬の仕事を始めることになったきっかけを教えてください。
嬉しいの一言です。達成まで短いようで長かったです。高校卒業後、就職が決まっていたのですが、父がけがをしたので断って、競馬場に来て厩務員になりました。騎手を目指したが受からず、調教師を目指しました。
小北定一厩舎には1990年のばんえい記念を勝ったタカラフジがいました。
上背があって大きく、ごろんとした馬だった。スタイルが良かったな。担当は自分ではなかったけど、利口で、つなぎ場から勝手に馬房に帰っていった。
24年間厩務員を勤め、2001年に調教師デビューしました。お父様に教えてもらったことはありますか。
調教師試験に受かったのは福森浩厩舎に移籍してから。親のところにいると忙しくて勉強する時間がなかった。親とはいつも口げんか(笑)。教えてもらうことはなんも......厩舎経営の、金の回し方かな(笑)。市場や共進会で、馬のいいところも悪いところも教えてもらった。だいたいいいと思う馬は一緒だった。福森先生には結束力を教わった。そう思うと、結構調教師の仕事を見てきたんだな。開業当初はやり方がわからなくて七転八倒。わかっているようでできない。
でもすぐに、初年度からアサヒセンショウが活躍し、イレネー記念では2着でした。
アサヒセンショウはアサヒダケ系の青毛馬で、昔にしたら大きい馬だった。イレネー記念は、グレートサンデーに0.2秒差の2着。当時は中継もないから、みんなでゴールを望める場所に見に来た。自転車や車で集まってな。俺は負けたと思ったな。
以前、調整ルーム近くにあった建物ですね。ほかに思い出の馬がいれば教えてください。
2005年のばんえい記念4着のキタノスサノオも、おとなしくてあつかいやすい馬だった。
ナナノチカラは小さいけど牝馬戦で強く、(牝馬)重賞を総なめにした。コボウ抜きのレースだった。2015年のヒロインズカップではゴールまで少しのところで止まってクインフェスタに負けたな(3着)。翌年ヒロインズカップを優勝したんだ。
2016年ヒロインズカップを制したナナノチカラ
そのクインフェスタの子、キングフェスタを扱っているのは不思議な縁ですね。アサヒセンショウで勝てなかったイレネー記念も2022年に勝ってくれました。
キングフェスタは、だんだん大人になってきている。800キロ以上の荷物を積んでこれからどうなるか、だな。今は厩舎で休んでいます。
クインフェスタの2歳馬(キングブラザー)、いいと思うよ。牡馬ででかいぞ! ナナノチカラの子(カブノチカラ)は1回目(の能力検査)は受けない。メヂカラの子(オノレノチカラ)もいい感じ。
フクイズミの娘、イズミクィーンはスタイルが良かった。人に対して威嚇するところがあって、よく厩務員に怒られていたな。息子のイズミオーも、母親が大きいから、大きかったんだろう。
キングフェスタは2022年ばんえいダービーも制した
牝馬はかわいらしく、人気馬が多いように思います。
サカノチサトも、脚にソックス(四白)はいてな。めんこいのは......めんこいな(笑)。めんこくなってきたらダメだな。勝っても負けてもいいんだ、てなるからな。
暇な時は中央や南関東も見るよ。調教は違うが、小さいのも大きいのも馬は一緒。娘も馬には慣れちゃって、おっかながらなかったな。今は軽種の仕事をしています。
馬は、どのようなところを見るのでしょうか。
経験と感覚だな。そりの近くで逃げる馬や、カンが強すぎるのもダメ。人の言うことを聞いて歩く馬がいいな。軽種馬と一緒だ。甘噛み、口をカチャカチャもしない方がいい。種や肌馬も大事だけど、それだけじゃなく、引き方の案配を見る。トモ、前脚でしっかり、トコトコと歩く馬。四肢しっかりした馬。パドックは大事だ。
厩舎経営で大事にしていることを教えてください。
馬も人も大事にするってこと。結束力があった方いいな。俺だけでやるんじゃなくて、厩務員と相談する。何もなくていいから声をかける。馬の様子を教えてくれるから。馬も人もそれぞれ性格が違うから、それがわからないとけがになる。癖がわかるからね、しゃべらないと。厩務員は馬と同じくらい大切だ。
自分は、起きたら馬房を歩くのが癖になっている。まず見るのは目つきだな。疝痛の時は、目が艶っぽく光る。そういうのばかり毎日見ている。
さて、ファンの前での表彰式は2020年12月以来で、久しぶりでした。
22年長かったから。やってよかった。ファンにしゃべれるのはいいな。しゃべること考えてきたけど、話してみたらうまくしゃべれないもんだ。選挙やっているみたいだったな(笑)。
では最後に、オッズパーク会員に一言お願いいたします。
強い馬を見極めて、強い馬を作っていく。いつも変わりなく馬を観察し、状態を見ながらレースに出ていきたいと思います。今年度の競馬も、これから始まります。馬を見極めて、たくさん馬券を買ってください。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香
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NARグランプリ2022において、優秀新人騎手賞を受賞した塚本征吾騎手(名古屋)。兄である(甲賀)弘隆騎手(金沢)、雄大騎手(高知)、涼人騎手(岩手)を追いかけて騎手になった、塚本家の四男。現在の心境を伺いました。
優秀新人騎手賞受賞おめでとうございます。
ありがとうございます。全然意識をしていなかったので、受賞を聞いた時はびっくりしましたが、とても嬉しかったです。
まずどなたに報告しましたか?
両親と兄弟ですね。一番上の弘隆は「すごい!」って誉めてくれました。他の家族も「おめでとう」って言ってくれましたけど、けっこうあっさり、「ああそうなんだ」みたいな感じでしたね(笑)。
塚本家は4人が騎手ですが、競馬と関係ない一般のご家庭なんだそうですね。
そうなんです。静岡県出身で近くに競馬の施設があるわけではないんですけど、弘隆が騎手を目指して東関東馬事専門学院という競馬の学校に行ったのが始まりです。僕も見学に行かせてもらって、そこで初めて馬と触れ合って興味を持ちました。その後、雄大、涼人と兄たちがどんどん騎手になっていって、自分もなるんだろうなと思っていました。
5人兄弟で、全員男性だと伺いました。
一番下の弟も騎手になりたいみたいです。両親はどうしても騎手にさせたいわけではなくて、なりたいならなればいいという感じですね。僕が中学生の時、騎手を目指して筋力トレーニングをしていましたけど、もしかしたら高校に行きたいと思うかもしれないからと、塾にも行かせてくれました。いろいろな道を示してくれた両親や、騎手という道を切り開いてくれた兄に感謝しています。
名古屋所属というのは、どういう経緯ですか?
騎乗馬を取り合うのはイヤなので、兄がいない場所が良かったです。示し合わせたわけではないですけど、上の兄たちもなんとなくそういう流れだったので。公募で櫻井今朝利厩舎所属になることができて、とてもありがたいです。
2021年にデビューして、その年44勝。順調なスタートだと感じますが、ご自身ではいかがですか?
デビュー当時のレースを見ると恥ずかしいですね。僕は緊張しいなところがあって、レースでキョロキョロしてしまって......。なかなか馴染めなかったです。そんな中でもたくさんの馬たちに乗せていただき、とても恵まれた環境だと思います。
昨年はさらに飛躍して84勝でした。
名古屋だけだと55勝で、そこまで突き抜けた数字ではないんです。重賞も勝てそうなところで乗せていただいたのに、結局勝てなかったですから、自分としては満足できない数字です。この前、佐賀の山田義貴くんが重賞(3月26日・九州クラウン)を勝ったじゃないですか。僕より後輩ですし、ものすごく焦っています。今はとにかく重賞を勝ちたいです。
コンビーノとのコンビでは、重賞で2着2回、3着1回とあと一歩ですね。
コンビーノには本当にいろいろなことを教えてもらっていて、とても感謝しています。先日のNARグランプリの表彰式の日にレースが重なってしまって、乗れなかったんですけど、今年こそ一緒に重賞を勝ちたいです。
笠松・岐阜金賞(2022年8月25日)ではコンビーノ(左)で惜しくもアタマ差2着(写真:岐阜県地方競馬組合)
表彰式に出席してみて、いかがでしたか?
ものすごく緊張しました。前日から話すことを考えて紙に書いていたんですけど、全部飛んでしまいましたから(笑)。でもたくさんの方々にお声がけしていただきましたし、晴れの舞台で表彰していただいて嬉しかったです。今後の励みになります。
現在課題にしていることはありますか?
基本的なことですけど、一番は人の邪魔をしないことです。あと騎乗技術に関してではないんですが、デビューする前の競馬場実習の頃から心がけているのが、朝の調教に出遅れないことです。毎日の積み重ねが信頼に繋がっていくと思うので。
今は何時に起きて何頭乗っているんですか?
(午前)1時20分に起きて、1時30分から30頭乗っています。
30頭?!その頭数は初めて聞きました。20頭越えたら相当多いと思いますが、30頭というのは名古屋で一番多いんじゃないですか?
多分一番乗っていると思います。技術を高めるのはもちろんですけど、人間的な部分も大事だと思うので、朝出遅れないことはその一歩かなと思います。
お休みの日はどう過ごしていますか?
笠松に行って調教を手伝っています。休みの日でも自分の馬の調教がある場合があるので、毎回ではないですけど。昨年の勝利数でも笠松で29勝させていただきましたから、行ける時はなるべくお手伝いに行きたいと思っています。
そこまで努力を続けられる、モチベーションは何ですか?
すごく負けず嫌いなんですよ。教養センター時代、兄たちが騎手をしていて、僕は4番目ですし、そんなに期待されていないように感じたんです。それがすごく悔しくて。レースビデオを見たり、木馬で騎乗練習したり、人一倍やってきたと思います。自分には騎乗センスがないので、その分を努力で補っていかないと。
その努力が結果に繋がっていますし、今年はここまで27勝(4月5日現在)ですね。
お陰様で順調に来ていると思います。飛田(愛斗)さんと勝利数が近いので、このまま離されないでいきたいです。
佐賀の飛田愛斗騎手は意識する存在ですか?
意識しますね。教養センター時代の先輩で、当時から頭一つ抜けて上手でした。僕の前の優秀新人騎手賞は飛田さんですし、そういう先輩が取った賞をもらえて光栄です。
今後の目標を教えてください。
一つは先ほども言いましたが、重賞を勝つことです。あと、後輩が増えてきましたから、後輩に恥ずかしくないレースをしたいです。名古屋でも4月から大畑(雅章)さんの甥っ子(大畑慧悟騎手)がデビューするので、負けていられないです。
では、オッズパーク会員の皆さまにメッセージをお願いします。
いつも名古屋競馬を応援していただき、ありがとうございます。これからも努力を重ねていきますので、応援よろしくお願い致します。
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※インタビュー / 赤見千尋
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NARグランプリ2022年度代表馬を受賞したイグナイター。昨年は黒船賞、かきつばた記念とダートグレード競走2勝を挙げたことに加え、南部杯4着、JBCスプリント5着とJpnIの舞台でも上位争いを演じました。レース史上初の地方馬での連覇を目指し、今年も黒船賞に挑みましたが、3着。それでも悲観する内容ではなかった、と話すレースの振り返り、そして今後について新子雅司調教師に伺いました。
NARグランプリ年度代表馬受賞、おめでとうございます。園田・姫路からはケイエスヨシゼン(アラブ系)以来26年ぶりで、サラブレッドでの受賞は初でした。
ありがとうございます。南関東の馬が受賞することが多い中、兵庫のこの施設で年度代表馬になれたことは自信になりました。昨年はサルサディオーネも活躍していましたし、他にもダートグレード競走を勝った地方馬がいましたけど、南部杯とJBCで上位に入ったことも評価してもらえたのかな、と考えています。調教施設の違いで言うと、JRAには開業前に栗東トレセンへ研修に行き、逍遥馬道の存在が大きいなと感じました。山道を登ったり下りたりすることで体のつき方が変わるだろうなと思いました。でも、調教の負荷は乗り方次第でそんなに変わらないと思います。
年末の兵庫ゴールドトロフィーはまさかの5着でしたが、今年は始動戦の黒潮スプリンターズカップをレースレコードで圧勝しました。
兵庫ゴールドトロフィーは1年ぶりの地元戦で輸送がなかった分、プラス23kgと太かったと思います。こちらが思っているより輸送で減るタイプかもしれず、黒潮スプリンターズカップは調教でもちょっと絞りましたけど、輸送でも絞れたと思います。パドックではかなり落ち着いて歩いていて、デキとしても7~8割くらい。それでもあれだけのタイムで走れたのは1年間、JRAの強い馬と走ってきたからだと思います。
それだけに、黒船賞では連覇が期待されましたが、スタートでバランスを崩してしまって......。
去年同様、目一杯の仕上げで臨んだんですけど、装鞍の時点から若干テンションが上がっていて、その分、ゲートでタイミングが合わなかったのかな、と思います。イグナイターは直線でそんなに弾けるタイプではなくて、4コーナー先頭で押し切るような競馬が理想なんですけど、一番動きたい3~4コーナーで動けず、そのまま下がってしまうと思いました。それでも直線は内を突いて3着まで来たので、そこまで悲観するような内容ではないな、と思いました。GIに行ってもやれるんじゃないかなと感じました。
黒船賞出走時のイグナイター
昨年覇者、そしてNARグランプリ年度代表馬として挑む一戦でプレッシャーなどはありませんでしたか?
ぶっちゃけ、ありませんでした。昨年勝っていることが大きいと思いますし、これまではダートグレード競走は特別なレースで気負っていましたけど、ありがたいことに5勝させていただいて、この状況に慣れてきたこともあります。それよりも、南部杯とJBCスプリントの方が「JpnIでどこまでやれるか」というプレッシャーが少しありました。
これまでから一段上がって、JpnIに手が届くところまで来たことでの心境の変化ですね。開業時から目標に掲げている海外での勝利も少しずつ近づいているように思います。
今年、サウジの招待が届きました。昨年は申し込んだものの、補欠2~30番目くらいで全然入らなかったので、今年は黒船賞に行くつもりでいて検疫をどこでするかなど何の準備もしていなくて断りました。栗東トレセンで検疫を受けられるのであればいいんですけど、無理なら栃木県の地方競馬教養センターまで行かないといけないのはハードルです。それなら、園田競馬場に検疫馬房を建ててほしい、と主催者に話しました。1年かけて準備をして、来年に行けたら行こうかなと思います。私もパスポートを取らないと(笑)。
イグナイターでのGI/JpnI制覇も期待しています。
みんな「今年、イグナイターで!」と期待してくださっていると思いますが、イグナイター以外でも近いうちにうちの厩舎から他にもそういう馬が出てくるようになるんじゃないかな、と思います。それだけ入厩予定の2歳馬の質が上がっています。
NARグランプリ表彰式にて。田中学騎手(左)、イグナイターの馬主・野田善己氏(中)と
それは『全日本的なダート競走の体系整備』や園田・姫路の賞金増額などが関係しているのでしょうか。
そうですね。これは園田・姫路競馬全体の話ですけど、これまでだとセリで1000万円する新馬が入厩することはあまりありませんでした。それが、今なら賞金が高いのでちょっと走れば回収ができるようになって、今年は1000万円以上の2歳馬が競馬場全体で10頭くらい入厩予定です。全体的に馬の質は上がると思います。
早速、肌感覚として変化を感じているんですね。最後に、イグナイターの次走とそこへの意気込みをお願いします。
5月4日かしわ記念(JpnI、船橋1600m)を予定しています。何とか勝ちたいと思っていますので、応援よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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