9月3日から岩手競馬で期間限定騎乗している高野誠毅騎手。これまで笠松・佐賀・福山・北海道・高知で期間限定騎乗してきた高野騎手だが、岩手での騎乗は今回が初めてとなる。盛岡・水沢の両競馬場で騎乗しての感想などをうかがってみた(成績等は11月21日現在)。
これまでも全国各地の競馬場で期間限定騎乗をされている高野騎手ですが、今回初めて岩手を選ばれた理由からお聞きしたいと思います。
いろいろあるんですけれど、まず行った事がない競馬場だからというのがひとつ。あちこち回っている理由というのが『もっと競馬に乗りたい』からで、それはもちろんそんなに簡単に乗せてもらえるわけではないのは分かっていますけれども、それらを考えた時に今度は岩手に、と決めました。
高野さんは乗ってない競馬場の方が少ないですよね。
行っていないところというと金沢と兵庫ですね。
福山でも乗った事があるというのは今になるとレアな経験ですよね。
確かにそうかもしれませんね。
岩手での初騎乗(9月3日水沢3R)は7着だった
さて、岩手で騎乗してみて『盛岡と水沢の違い』を感じるところはありましたか?
水沢はまだ実質6日しか乗ってないですけど、自分は小回りは結構好きなんですよ。ただ盛岡に慣れたのか『盛岡の方がなんか良いな』って最近は感じます。
騎乗依頼をもらえる厩舎も増えてきましたよね。
最初の頃は調教も自厩舎(佐藤浩一厩舎)メインでなかなか他の厩舎に乗れる事がなかったんですけども、時間の合間とか遅い時間とかに乗せてもらえる厩舎を探して。あとは装鞍を手伝いますって声をかけて、そこから話を拡げて......とかしてきて。それで乗せてもらえる機会も増えたように思います。
岩手初勝利(9月18日盛岡9R)
そう。装鞍所によくいますよね。ふと見ると高野さんが装鞍を手伝ってる。
乗り馬を増やすには......と考えたときに、やっぱりできる事をやらなきゃって。盛岡の馬に乗りたいとか考えると、そうやって存在感を出さないと......と思ってちょろちょろしていますね。最近は乗せてもらう数が増えたおかげでなかなかいけなくなりましたけども、顔を売るのは大事だなって。
岩手で順調に勝ち星を増やしている印象ですが、現在はその通り"順調"という見方で良いでしょうか?
そうですね、まず順調でしょう。勝てそうな馬にも乗せていただいていますし、順調だと言って良いと思いますね。
11月13日盛岡のノベンバーカップをギャレットで勝利
この勢いの流れを水沢でも続けたいですね。
最初に水沢で乗ったときは自分の中の『乗る感覚』がちょっと無かったんですよね。高知から大井に戻ってしばらく乗れない時期があって、そこからの水沢でしたからそういう感覚が戻ってなかった。勝てる馬にも乗せていただいたのに結果を出せなかった。今はたくさん乗せていただいていて、騎乗の感覚があるので、それを大事にして水沢に臨みたいですね。
時に、水沢はこれからどんどん寒くなっていくんですけども、寒さ対策は何か考えていますか?
寒いのは苦手なんですよね。寒いとやっぱり身体が動かなくなって感覚が鈍りますから。そこはしっかり対策して、騎乗して寒くないようにとか合間合間にストレッチしたりとか、身体を冷やさないようにといろいろ対策を考えています。
昨年は後半に門別で騎乗されていましたが、向こうも寒かったんじゃないですか?
それが去年はそれほど寒くなかったんですよ。例年だともっと寒いと言われていたんですけども意外にそうでもなかったです。今年行った笠松は寒かったですね。今年の冬は暖かいって言われていますけども、気をつけて頑張りたいです。
岩手で騎乗するのは12月までですが、ここから残りの期間、岩手でやっておきたい事とか目標などはありますか?
水沢に来た時のセレモニーでも話したのですが、何勝するとかという目標は無くて、常に思っているのが、自分のできる事、やれる事をやるっていうのが目標です。それを軸にしてやっていれば結果は自ずと付いてくるでしょうし、それで結果が悪くても納得できると思うんです。さっきも言ったように乗り鞍が少ない時は増やすように努力するというのがいろいろ繋がって、今はけっこう乗り鞍をいただけているのかなと思うんですよね。
最近の流れで行ければ良いですよね。毎週一つ二つ勝ち星を挙げられている今の流れで。
勝つ事はどの競馬場でも簡単な事じゃないと思うんですよ。勝つために努力したりいろいろ考えたりして欲を言えば、欲を言えばですよ、毎週勝てれば良いですけども、まあそれは結果論なので。勝つために頑張ります。
過去の勝ち星数を見ていたらですね、年間の最高勝ち星数が2012年の14勝なんですけども、今年は既に超えているんですよ(11月21日現在、21勝)。
そうなんですか?あはは、凄いって言っていいのかな(笑)。ただ最近思うようになったんですけども、2000勝、3000勝している騎手と自分とを比較しても仕方がない。自分は自分のキャリアハイじゃないですけども、自分の成長は大事だなと。今、最高勝ち星数だと言われましたけども、過去の自分を超えられるようにがんばろうと。だからこうして機会をいただいて乗せてもらえるって事は本当にありがたいですね。
そうなんですね。こうやって全国で乗っていく事で高野さんの目標が達成できるなら、それで良いんだと自分は思いますね。
僕も全然それでいいと思います。
ところで、これまであちこちの競馬場を回ってみて、ここは、と記憶に残っている所はありますか?
そうですね、行った競馬場ではみんな良くしてもらえるので、"どこが"という事はないですね。どこも良い方が多くて、競馬場もアットホームで。どの競馬場も過ごしやすかったですよ。
そしてこの先、岩手の後はどうするかとか決めておられますか?
考えているのはやはりまだ行ったことがない競馬場で乗ってみたい。金沢と兵庫、金沢は冬はやっていないから兵庫で乗りたいなと。まだ連絡はしていないんですけどね。
姫路は冬しかやってないですものね。あそこで乗れるのもレアですよね。
冬に行ければチャンスですからね。
春まで兵庫で乗って、それから開幕した金沢に行ければちょうど良いですよね。
そううまく進むかどうかは分かりませんが(笑)、そうなればコンプリートできますからね。
やっぱり福山で乗った経験があるのは大きいですね!今からではもう乗れない。
まあそういうところは内田利雄さんという偉大な先輩がおられますから(笑)。
高野さんも、内田騎手のようにあちこちを渡り歩きながら、いつまでも。
目標にしてがんばりますよ(笑)。
では最後に、オッズパーク会員の皆様へひと言を。
今は皆さんネットで馬券を買えるようになって、自宅とかで気軽に競馬を楽しむ方も増えたと思います。そういうファンの皆さんの期待に応えられるようにがんばりますし、競馬場にも来ていただいて、そして一緒に岩手競馬を盛り上げましょう。
インタビュー後に始まった水沢競馬では、その最初のレースを見事勝利して「小回リが好き」という言葉を見事に結果で証明してみせた。この稿が掲載される頃には騎乗期間も残りわずかになっているだろうが、最後のレースまで高野騎手の騎乗を応援し続けたい。
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※インタビュー・写真 / 横川典視
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10月5日名古屋第8レースで地方通算2600勝を達成した藤ケ崎一男調教師(名古屋)。84歳の今も現役バリバリで活躍し、調教師会長も務めます。調教師として東海ダービー(東海優駿)を勝った思い出の地・土古(どんこ)から弥富に競馬場が移転して1年半。いまの思いを伺いました。
地方通算2600勝おめでとうございます。名古屋競馬の調教師では現役2位の勝ち星です。
長くやっとりゃあね(笑)。調教師では私が一番長いもん。あのレースが2600勝だったことは何も知らなくて、ゴール後の実況で聞いて知りました。
元々は騎手でした。競馬との出会いは?
川崎市の小向に家があったんだけど、小学校5年生のときに川崎競馬場のトレーニングセンターが家から100mぐらいの所にできたんです。1年くらい経ってからちょいちょい出入りするようになってね。親が堅かったもんで、中学校を卒業して就職試験を受けて、1日は会社に行ったんだけど、2日目からもう行かないで、弁当を持って出て厩舎に行っていたんです。3日目ぐらいに親父に言ったらどえらい怒ったもんで家を飛び出して、2年間は帰らなかったかな。だけど、ちょいちょい顔は見るんだ。昔は銭湯だもんで、そこで会うんだけど会話はなくて、親父が右におれば俺は左って具合でした。
家を飛び出してまで馬の仕事をしたかったんですね。何がそこまで惹きつけたんですか?
日曜日も川崎競馬は開催しとったもんで、休みの日に競馬場に連れて行ってくれたんです。そうすると騎手がさ、赤い服着たり白い服を着て、音楽に合わせて出てくるでしょう。一種の憧れだな。自分も騎手になりたいなって。体もちょうど小さかったですからね。
調教師になってからは76年東海優駿をケイウンザンで勝つなど活躍しました。
昔は中京競馬場でも地方競馬の開催をしとって、ケイウンザンは中京で勝ったんです。あの時、本命のグリグリの馬がおったんだけど、芝のレースだったもんでうちの馬が芝が合ったんじゃないかな。そんなに印がなかったけど、勝てました。もう1頭、ホウライミサイルで勝った(06年東海ダービー)時は旧名古屋競馬場でした。
その旧名古屋競馬場は土古(どんこ)の愛称で親しまれました。藤ケ崎調教師も色んな思い出があるのでは?
独特の競馬場でちょっと小回りだし、ある程度先行できなきゃ出世しなかったですね。
弥富トレセンのある現在の地に移転してきて、レースも変わりましたね。
やっぱり直線が伸びたからね。土古で「勝負アリ」というとこから、新競馬場ではもうひと勝負があるもんね。
思い出の詰まった土古を離れるのは、寂しさもあったのでは?
私もあそこで馬に乗っとったし、昭和46(1971)年に調教師になってからずっと過ごしていたから、やっぱり寂しいは寂しいね。
一方で、新競馬場は厩舎地区に隣接しているため、馬にとっては輸送がなくなるなど、メリットもありそうです。
うんと違うね。馬は輸送がない分、消耗も少ないし、人間も本当に楽。以前と比べたら雲泥の差だね。調教師は臨場の義務があるので、発走の50分前までには競馬場に行かないといけないけど、今は厩舎から自転車で5分もあれば来れるからね。今日は3レースの出走の後は7レースの装鞍まで約1時間10分、開いていて一旦厩舎に帰ることができます。土古だと厩舎まで行って帰ってくるだけで1時間以上かかっていたからね。主催者はファン向けに無料バスを出していて、結構お客さんがたくさん乗ってくるみたいだね。こっちに競馬場が移転してナイターも始めて、若い人が増えたね。私も年寄りだけど、土古の頃は年寄りばっかだったもんで、将来のことを考えるとやっぱり若い人が増えないと、と思います。
調教師人生を振り返って、いかがですか?
好きなことをずっとやってきて、84歳になってまだやっとられるってことは幸せな人生。何の悔いもないです。もう年だから「辞めたいな......」って思う時もあるんだけど、2年前におっ母ぁ(妻)が死んじゃって、自宅に帰っても近所付き合いが全然なくてひと言も喋る人がいないんです。危険の多い仕事で、ずっと厩舎にいたからね。
厩舎が藤ケ崎調教師の居場所ですね。
全休日の前の日だけ自宅に帰って、次の日の夜からは厩舎でずっと寝泊まりしているからね。若い人が怪我したら救急車に一緒に乗ったり、病院について行ったりしてやらんといかんからね。
じゃあ、まだまだ10年20年と調教師として厩舎にいないと、ですね。
そんなん言われても、死んじゃうわ(苦笑)。騎手時代は汗取りして開催日には12キロくらい体重を落としていたから長くは続けられなくて、引退した時は63キロになったけど、いまはお腹いっぱい食べても51キロ(笑)。騎手の時に作った背広が今でも着られるんだ。
健康には気をつけて、長く活躍していただきたいと思います。最後に、オッズパーク会員のみなさんへメッセージをお願いします。
いまはネット時代で、オッズパークを通じて馬券を買っていただき、ありがとうございます。競馬場は小ぢんまりしましたけど、ナイター開催を始めて、遅い時間帯からお客さんが結構来るようにもなりました。また競馬場にも足を運んで応援してもらえたら、嬉しいです。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子
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2023年4月1日付けで、ホッカイドウ競馬から笠松競馬に移籍した馬渕繁治騎手(笠松)。10月13日笠松競馬第6レースをメイショウヒエイ(森山英雄厩舎)で勝利し、地方競馬通算1000を達成しました。御年57歳のベテランに現在の胸の内を語っていただきました。
地方競馬通算1000勝達成、おめでとうございます。
ありがとうございます。目標にしていたというか、区切りのいい数字なので、達成できて嬉しかったです。周りからも「おめでとうおめでとう」と言っていただきましたし、達成した次の日が笠松競馬場のお祭りだったんですよ。その次の日が自分の誕生日で、なんだか嬉しいことがたくさん重なりました。この年になってもこういうことがあるんだなと、しみじみしました。
10月13日、地方競馬通算1000勝達成
馬渕騎手は1984年に上山競馬場で騎手デビューし、2003年の廃止後はホッカイドウ競馬で騎乗されていました。今年の4月から笠松へ移籍されたというのは、どんな経緯があったのでしょうか。
40代の中盤から後半くらいの頃、騎乗馬が集まらなくて乗れない時期が続きました。自分の中でもなんとなく中だるみしてしまった時期で。でも2020年に森山雄大調教師(北海道)が開業して、いい馬に乗せていただいたりしたんです。その年から笠松へ期間限定騎乗に出かけたりして、気持ちの方も前向きになりました。私生活では子供が手を離れたので、自分の好きに時間を使えるようになりましたし、タイミング的にもとてもいい時に、森山雄大調教師のお父さんである森山英雄調教師のところに所属させていただくことになりました。
笠松にはご縁がある方がたくさんいらっしゃるそうですね。
田口(輝彦調教師)君とは騎手時代の同期なんです。あとは(向山)牧さん。私より一つ年上で、牧さんが新潟にいらした頃から知っていました。牧さんも新潟が廃止になって笠松に行きましたし、森山英雄先生も高崎の廃止後に笠松にいった経緯がありますから、そういう方々から「来たらいいよ」と言っていただいて、とても嬉しかったです。
デビューから40年目ですけれども、まさに激動の騎手人生ですね。
乗り役ってこんな感じじゃないですかね。廃止になったのはすごく残念ですけど、我々にはどうすることもできなくて。競馬がなければ乗れないですし、乗せてくれる人たちがいなければ騎手を続けられないですから。だから今回、「うちに来たら」と言ってくれた森山先生にはとても感謝しています。恩返しがしたいという気持ちで乗っています。
長く続けられる秘訣は何ですか?
正直に言うと、途中で中だるみがあったからかなとも思います。あの頃「辞めようかな」と何度も思いましたが、結局辞めなかった。馬に乗るのが好きだし、自分にはこれしかないんですよね。この馬をどう調教したら良くなるか、考えながら乗るのはとても楽しいです。笠松や名古屋は若手騎手がどんどん増えていて、体力的なことを言えば若手には敵わないところもあります。でも自分より年上の牧さんは今でも低い姿勢で馬を追って、姿勢がブレないんですよ。牧さんを見ていると刺激になりますし、自分ももっと上手くなりたい、もっと頑張ろうと思います。
笠松に来てからの生活はいかがですか?
楽しいですよ。もともと期間限定騎乗で来ていたので慣れていますし、今は午前1時前に起きて、だいたい16、7頭調教しています。北海道時代は厩舎から乗っていたのですが、笠松は馬場で待っていればいいので頭数を乗ることができますね。
では、今後の目標を教えてください。
目標はまだ考え中です。とにかく馬を走らせることだけ考えて乗っています。これからも体が続く限り、一生懸命乗っていきます。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:岐阜県地方競馬組合)
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ホッカイドウ競馬所属の石川倭騎手はこのオフシーズン、3度目となる佐賀競馬場での期間限定騎乗に臨んでいます。最近はシーズン中も積極的に佐賀へ参戦しており、今年はウルトラノホシとのコンビでネクストスター佐賀、カペラ賞と2歳の重賞を連勝しました。
門別のシーズン中、週末に佐賀で騎乗する機会も増えてきましたね。
個人的には休んでいるよりも馬に乗っている環境の方がよかったので、真島(元徳)先生からオファーをいただけてありがたかったですね。馬に乗せていただけることにしっかりと感謝をすることで、初心に戻るというか、いろいろなことを考える契機になりました。
その真島厩舎所属のウルトラノホシとのコンビで、今年は重賞を連勝しました。まず、初コンビとなったネクストスター佐賀を振り返ってください。
パドックで初めて跨ったとき、背中の感触が良く、馬体からも能力を感じました。それがプレッシャーにもなりましたが、しっかりと結果を残さなければならないとあらためて感じさせられましたね。
それまでの2戦を見た限りだと、行き脚があまり良くないようだったので、ゲートを出てからある程度の位置を取ることを意識していました。砂を被ることを嫌がる印象もあったのですが、ポジションを下げるまでの嫌がり方ではなさそうだったので、道中では外を回るロスと天秤にかけて内のほうに入れ、勝負どころでは前に壁を作らないように誘導できました。そこからはもう、馬に頑張ってくれというか、あとは追うだけでしたね。
ウルトラノホシでカペラ賞制覇(写真:佐賀県競馬組合)
カペラ賞は400mの距離延長、初めての1800mを克服しての連勝となりました。
乗った感触として、距離が延びるのはプラス材料だと思っていましたし、その辺りはレース前に不安はありませんでした。レース当日は少しテンションが上がっており、その点だけは少しイメージと違っていたのですが、砂を被るのを気にする面がテンションの高さをうまく緩和してくれたような感じで、却ってプラスに働いてくれたのはよかったですね。プラン通りに2周目の向正面で仕掛けていくことになりましたが、前に目標としていた馬もいたので、スタミナ勝負になればこちらに分があると考えていました。
あらためて、この馬の良いところと、今後の展望について聞かせてください。
トビが大きくてフットワークが軽く、スタミナが豊富なところですね。馬格に恵まれてはいますが、それでいて走りに重苦しさがないのも心強いです。今後は佐賀の三冠を目指すことになると思いますが、現時点で十分に賞金や実績も積んでいますし、昨年のネオシエルのように、他地区へ遠征して経験を積むのも面白いんじゃないかと思っています。まだ緩みが残り、体の軸というか芯ができておらず、馬体的にも全然完成されていない印象なので、今後もっと良くなってくるのが楽しみです。このような素質のある馬に依頼をいただけて、本当に感謝しています。
佐賀競馬場での期間限定騎乗は2年連続となりました。
今年の冬場もどこかで乗っていたいと思っていたので、真島先生にお願いして受け入れていただきました。もう馬場の形状やコースの特徴などはある程度熟知しているつもりですが、馬にも様々な性格や特徴があるので、いろいろな馬と接しているなかで日々勉強というか、得るものは大きいですね。
門別と佐賀では、コースの特徴はもちろん、馬のつくり方なども違うと思います。
坂路の有無はやはり決定的な違いですね。佐賀では馬場での調教を主体に馬を作っていきますが、期間限定騎乗の短いスパンでは、調教で試行錯誤したことの答え合わせをするのがなかなか難しいです。オフシーズンに継続して来させていただいたことで、今後につながるような知識を得られたらと思っています。
現在、佐賀では飛田愛斗騎手や山田義貴騎手など若手騎手の活躍が目立ちます。後輩たちとレースに騎乗して感じることはありますか。
自分が彼らと同じキャリアだった時と比べてどうだったかという視点で見ることが多いですが、自分の時と比べても上手ですね。もちろん、まだ改善すべき点もありますけれど、今後どういった風に成長していくか楽しみもあり、少し脅威でもあり......といった感じです。一緒に乗ったり、レースの前後に話したりしていても「頑張っているな」と感じるというか、"ライバル"というよりは"弟子"みたいな感覚です。
佐賀で乗っていると、以前よりも内を締めてコーナーを回るケースが多くなった印象です。若いジョッキーたちが減量を生かして成績を伸ばしても、減量が取れれば、以前のようにただ内を突けば勝てるというわけでもなくなってきますし。多少内側が重たいとはいっても、小回りのぶん勝負どころで内外の差は出るので、その辺りの駆け引きが、佐賀の魅力というか面白さなんじゃないでしょうかね。
石川騎手自身について、今年はシルトプレとのコンビで初めて道営記念を制したり、遠征にも積極的に挑戦しました。また、ユメノホノオで土佐秋月賞(高知)を勝利するなど、北海道や佐賀に限らず、活躍の舞台が広がっている印象です。
今年は門別以外の競馬場で乗せていただくことも多く、大きなレースへの騎乗機会があると、周囲からの反響も大きかったですね。やりがいや達成感につながります。今年はエルムステークスの日にエキストラ騎乗で勝たせてもらいましたが(8月6日・札幌7レースをサンダビュークで勝利し、JRAで6年ぶり2勝目)、普段とは違った環境で、大勢のお客さんに応援してもらえたのは大きな刺激になりました。
ユメノホノオについては、地元であれだけの成績を挙げている馬に依頼をいただけたということで、楽しみ半分、プレッシャー半分という感じで、自分が騎手として経験したことを冷静に発揮できればいいなと思っていました。出遅れるにしてもパターンはたくさんあるので、実際にゲートの中でどう対応するかまでは、当日跨ってみないとわからない部分だったのは正直なところでしたが、馬がしっかりと実力を見せてくれました。吉原(寛人)さんの代役という務めを無事果たすことができ、ホッとした気持ちが大きいです。
ユメノホノオで土佐秋月賞制覇(写真:高知県競馬組合)
地方競馬通算1000勝の大台も見えてきましたが(11月22日現在988勝)、意識されていますか。
区切りは近づいていますが、だからと言ってレース中に意識するわけではなく、その辺は特に考えていないですね。あくまでひとつひとつのレースに向き合い、結果を積み重ねていくうえでの「おまけ」みたいなものかなと思っています。
では最後に、今回の期間限定騎乗への意気込みと、オッズパーク会員の皆さんへメッセージをお願いします。
まずは無事にケガなく、心身ともに良いコンディションで来年のホッカイドウ競馬開幕を迎えられるよう、佐賀でいい時間を過ごせればと思います。メッセージは......何だろう、僕の名前をひとりでも多くの方に覚えていただけるように(笑)。
もう皆さんだいたい覚えていると思いますよ!
本当ですか?(笑)。じゃあ......少しでもレースでの人気に応えられるよう、これからも頑張っていきたいと思いますので、ご声援いただけたら嬉しいです。
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※インタビュー・写真 / 山下広貴
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9月25日に名古屋競馬第6レースをアイアンオーで勝利し、地方競馬通算500勝を達成した丸山真一騎手(名古屋)。2011年4月のデビューから13年目、これまでのことを振り返っていただきました。
地方競馬通算500勝達成、おめでとうございます。
ありがとうございます。やっと500勝達成することができました。13年掛かりましたが、達成できてホッとしました。
この区切りは目標にしていた数字ですか?
特に目標というわけではないですけど、所属の坂口義幸先生のジョッキー時代が475勝なので、その数字を目標にしていました。(500勝を達成して)先生からは、とりあえず良かったなって言われました。
今回オッズパークジョッキーズインタビュー初登場ということで、騎手を目指したきっかけから教えてください。
親が競馬を見ていた時に横でたまたま見ていて、勝った騎手がガッツポーズをしている姿を見て、カッコいいなと思って。何のレースだったか、どのジョッキーだったかも覚えていないんですけど、中学2年生くらいの時だったと思います。その時まで競馬に興味はなかったですね。
親御さんが競馬ファンだったんですね。
いえ、競馬ファンというわけではなかったです。親もたまたま競馬を見ていて、僕もたまたまその横で見ていて、という感じで。本当にたまたまが重なったんですけど、進路も全然決めていなかったですし、将来の夢も特になくて。小柄で身長が低かったので、騎手はそういう体形が合う職業だということと結びついて、ちょうどいいなって思ったんです。
騎手になりたいと言った時、周りの方はどんな反応でしたか?
学校の先生が一番驚いていましたね。家族は最初から賛成してくれて、乗馬を習わせてくれました。
9月25日、名古屋第6レースで地方通算500勝
名古屋所属になった経緯というのは?
僕は長野県出身なので、出身地に競馬場がないんです。最初は南関東とか行きたいなと思っていたんですが、地方競馬教養センターの教官と相談して、たくさんレースに乗りたいという想いが強かったので、若手に騎乗チャンスがある名古屋を希望しました。
長野と名古屋ではだいぶ土地柄が違いますが、すぐ慣れましたか?
そうですね。意外とすんなり溶け込むことができました。競馬場実習で初めて名古屋に行った時には、朝が早いことに驚きましたけど、それ以外はあまり気になりませんでしたね。
今も朝は早いと思いますが、何時起きで何頭調教していますか?
今は1時起きで、2時前から攻め馬をしています。だいたい20頭から25頭くらいの間です。大変なこともありますけど、馬に乗るのが好きなので毎日楽しいです。
一昨年は37勝でしたが、昨年は52勝、今年はここまで48勝(2023年10月29日現在)と勝ち星が伸びていますね。
そうですね。4年前に結婚して子供も生まれたので、それがすごく励みになっています。もともと騎手という仕事が好きですし、今は私生活の面でもモチベーションが上がりました。上の子が3歳で下の子が1歳なので、家族のためにももっともっと頑張ります。
名古屋は最近騎手の層がだいぶ変わって来たように感じますが、いかがでしょうか。
若い子がめきめきと頭角を現していますね。ちょっと前はデビューしてもすぐに辞めてしまう子が多かったんですけど、最近の若手はすごく頑張っていますから、怖い存在でもありますが、いい刺激を受けています。
丸山騎手は辞めたいと思ったことありますか?
何回かあります。怪我をして入院した時とか、辞めたいというか、向いていないかなって思ったりして。でも復帰をして勝つと、やっぱり騎手って楽しいなと。馬と一緒に先頭でゴールできるのは騎手だけですから、騎手でしか味わえない喜びなので。それを知ってしまうと、苦しくても、怪我をした時も、また頑張ろうっていう気持ちになりますね。だからこそ毎日頑張れるというのもあります。
今後の目標を教えてください。
重賞制覇が目標です。最近後輩たちがどんどん初重賞制覇していますし、めぐり合わせもありますが、僕も早く勝てるよう努力していきたいです。
それでは最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
いつも名古屋競馬を応援していただき、ありがとうございます。新しい競馬場に移ってだいぶ時間が経ちましたが、毎開催馬場傾向が違ってすごく難しいです。みんな頭を使って競馬をしているので、僕も負けないよう一生懸命頑張ります。競馬場に来た時には、食堂のどて煮丼が美味しいので、ぜひ味わってみてください。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:愛知県競馬組合)
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