第17回 頼れる兄貴、アベケン 安部憲二
今回は、現在通算勝数799勝、800勝目前の安部憲二騎手です。
--- 騎手になられたきっかけを教えてください。宮城県出身ですね。家に馬がいたとか。
馬は近所にいたね。家にはいない。馬は中学になってからかな。(相馬の)野馬追にも出てた。
子ども乗せて自分が足軽みたいにひっぱって。あと背中に乗せて歩いて。あれも登録しないと乗れないけど。
--- 野馬追! もともとサラブレッドなど軽種にも乗っていたのでしょうか。
両方。近所で親父の先輩が農家をしていた。いい子じゃなかったから、親父から半強制的にやらされたみたいなところはあったけどね。そのうちに馬が好きになった。
そんなことしつつ、北海道にはばんえい競馬というものがあると聞いて、じゃあひとつやってみますかと。
(平地)競馬に行った方がいいんじゃないかっていう話はなきにしもあらずだったんだけど。あの頃小さかったからね。競馬場来た時152センチしかなかったから。58キロとかで。北海道に来てから成長して、現在に至る(笑)。
本当に馬が好きじゃなかったら行かなかったと思う。
--- なぜサラブレッドよりばん馬を選んだのでしょうか。
うーん……おとなしいし、大きい方が迫力もあるし。草ばんばやってもこっちの方が楽しかった。
うちらの町(栗駒市)でも年2回草競馬やってたんだ。春と夏と。
--- そして中学卒業後、厩務員になられました。騎手デビューは早くなかったですよね。
厩務員10年やったんだよ。ブラブラしてたから……騎手じゃなくてもいいか、とかさ。いい子でなかったから。
金山騎手の名言一言でよみがえった。「お前このままでいいのか」って。
遊んでんのもいいけど、騎手になるんならやる、厩務員に行くなら行く、はっきりしなかったらやめたほうがいい。って。
--- それは金山さんが安部さんの実力を認めていたからでしょうか。
いやーどうかなぁ。もう年も年だし、24とか25とか……。
仕事はちゃんとしたんだよ。その分遊んだけど。じゃー真剣にやるかって。
--- そして騎手デビュー。勝負服はファンだったメジロライアンのデザインだそうですね。昨年のJRAデーではライアンの鞍上だった横山典弘騎手とコンビを組みました。
ライアンってなんかさ、サラブレッドっぽくない馬だったの。ばんば馬みたいでしょ。頭モヒカンにして。かっこいいなこいつ、って。
JRAの騎手とは前にもサッカーで何回か会ったことあるんだ。俺がチーム作って、ちゃんとユニフォーム作って中央の騎手と試合やってたんだ。岩見沢開催のとき、札幌行って。スーパー競馬(中央競馬の中継番組)にも出たんだ。
そのあと懇親会やってしゃべったんだ。そういう活動してたこともある。未だにユニフォームある。
--- そうでしたか。安部さんはいつも活動の中心にいますよね。
目立ちたがりやなんだよな。結婚式でも発起人とかやったり。誰かが盛り上がったら盛り下がる。みんなが沈むと自分一人だけ盛り上がる。B型の特徴でねぇか(笑)。典型的にわがままチック。
みんなめんどくさいからお前やれってだけで。おれ結構嫌いじゃないから。でも最近はだんだんめんどくさくなって(笑)。
それでも、そういうことでみんなが集まってさ、ばん馬もいい方向に向くのかなって思うんだけどね。
--- 存続運動の時も中心になって活動されていました。
俺らだって最初は高括ってたんだ。岩見沢がやめるってあたりから絶望感と共に、ああなったらもう開き直るしかないべって。一旦なくなったんだから、もし1%でも可能性があるんだったら、やるだけやってだめならしゃーないべ、みたいな。だからみんなに声かけて、札幌まで署名活動に行ったり。(札幌では)逆にね、そんなもんやめてしまえっていう人もいる。結果的にはさ、それが反響あったんだからな。今となれば、やらないよりはやったほうがよかったのかなって。あの時ラジオのインタビューにも出たんだから。「おきてる君」に入れたり、使えるメディアはどんどん使おうって。
--- STVラジオの「おきてる君」ですね。留守番電話にメッセージを入れて流してもらう。
結構移動中に聞いてる人多いんだよね。これ使えたらいいなって思って。留守番電話に入れるのって勇気いるから、夕方少し酒飲んでから思い切って。メッセージって30秒で切れるんだよね。3回入れたんだ。「続きです!」みたいな(笑)。ラジオ局の人もうまくつなげてくれて。ま、内容は……俺らは人間だから仕事は選ばなきゃ何か出来るけど、ばん馬はどこにも行けないみたいな話をして。ばっちり。感極まったり。上手なんだ俺そういうの(笑)。だから開き直ってさ。やるだけやってだめならあきらめもつくだろ。
反響がすごかったね。地方の飲み屋のママから電話あって、「憲二くんちゃんと話せるんだね」って。なんぼバカ扱いしてんのよって(笑)。
--- では思い出の馬を教えてください。
初勝利(キンテイオー)は特別戦だったんだ。厩務員兼騎手やって自分で担当していた馬だから。その年ダービー取ったんだぞ(尾ケ瀬騎手騎乗)。
あとは、初重賞のシンエイキンカイ。あの子もあんまりいい子でなかったから、なんか共感もってね。重賞とるようにまでなったから……いろんなこと教わった。障害行ったら回ったりしてね。横に逃げる力がすごいのさ。抑えきれないくらい。前に行く力をあまり出さないから、逃げる力を逆手に取ったら前に行くんじゃないかって。横じゃなく前に前に集中させるようにしたら、本当に前に行った。
サダエリコ。やんちゃ姫。それをなだめつつ、叱りつつ。それがうまくつながった。重賞13とったのかな。そのうち俺10個。ダービージョッキーにもしてくれたし。特別力があるというよりはも、瞬発力がかなり勝ってる。バネ女みたいな。そのバネが痛んだ時期は全然だめだったね。
もともと背中に乗られるのも嫌なんだ。一回(俺を)落とそうとして北見の柵にぶつかったことあるんだ。
美人? スタイルはいいよね。牝馬っぽい体。出るところは出るみたいな(笑)。しっぽふってね。あのしっぽがレースの時邪魔くさいんだわ。手綱は挟まるし……。しっぽって意思表示だから、叩かれることに対して嫌がってはいるんだろうな。パドックも、乗られるから払いたいみたいな。
今の期待馬すか。コウドウフジ。
それと、スターエンジェルでばんえい記念を制したいなと。ひそかに期待を寄せています。内緒だよ(笑)。
あの子はね、地道にじわじわ。高重量戦には力を発揮できると思う。その前の帯広記念と、期待しています。
他にも、間に重賞とった馬とかいろんな馬いるんだけど……。
サダエリコと
--- ゴール前、安部さんが追わないのに馬が前に進んでいるのをよく見ます。どのような技術なのでしょうか。
ゴール際ってさ、平地競馬だってゴール付近までばちばち叩いている騎手っていないしょ。よっぽど追い上げている馬だったら叩くかもしれんけど。先頭である程度確信持てば流すしょ。
ばん馬だって同じなんだよ。もういっぱいいっぱいになってんのに、叩(はた)かれたら反射的に嫌がって萎縮する。叩かない方が歩くのさ。いろんな先輩に教わったら、叩いてみたり、しゃくってみたり、すかしてみたりして、一番いいことを使えっていうんだけども。
止まることもあるけども、馬がその時余裕かどうか、動きを見て、叩かないほうがいいのかな、みたいな。逆に叩くよりも起こす。すかして我慢したほうが。
--- すかす、しゃくる、とはどのような技でしょうか?
すかすは、手綱を下げてハミを緩めるとことによって、馬があっ、と思う時にすっと出ることがある。不意打ちみたいな。
しゃくるは、ハミを左右どっちかでひっぱられることで、またよみがえるみたいな。
強い馬って騎手は楽なのさ。弱い方が人間疲れる。そう思わない? (強い馬は)一生懸命追わんでも、みんなに併せて行ける。
馬は叩いて走るとは思わない。走りたいように気分よく仕向けるほうが懸命かな。叩いて走るんならさ、ばっちばち叩く人がリーディングになってるはず。
騎手によっては、叩いてるように見えるけど叩いてないんだ。叩けば失速するってわかってるから。叩かないことがぼってない、ってことではない。レース全体で100%の能力を割り振りするには、ぼえ過ぎないことも大事だろうし。
馬主にもよるし、気性で叩かないほうがいいときもあるし、考え方だと思うんだよな。だから慌てないわけではなけいけど、コンマ1秒でも勝ちは勝ちでしょ。無理して勝ったって、あと困んじゃねーかなとか。だったら自分の本来の能力でちょっとでも勝てば、次につながんじゃねーかなって思ったり。
--- ではプライベートについて教えてください。
最近はね、魚釣り。海。一緒に行くのは……藤野さん。
「そうですね」って何よ。セットみたいに言うな。細川、大口、山本さん、岩本利先生とか。現地でだいたい合流するんだけどね。
たまにゴルフ。運動だ。減量は大丈夫。
--- では、いつもファンサービスをしてくれている安部騎手、メッセージをお願いします。
迫力あるレースを見てほしい。
ばんえい特有の、こういうでっかい体でかわいい目をした馬が一生懸命走る姿を。
本当は現場で見てくれればいいんだけど、来られない人にも。
何もわからなかった私に気さくに声をかけてくれた安部騎手。そのお陰でこの世界が大好きになりました。そのような人は私の他にも多いと思います。
でも普段は憎まれ口ばかり叩いて、黙っていればかっこいいのに……いや、かっこいいんですよ。とても。
トップジョッキーなのにいつもイベントに参加したり、豚汁を配ったり、署名を集めにあちこち飛び回ったり。ちょうど2年前、北見で見た疲れた横顔、それでもレースでは相変わらずの魅せる技。この人をずっと騎手でいさせたいと思いました。
今でもばんえいを盛り上げようとあちこち飛び回っている安部騎手。ついていきますぜ、兄貴!
取材・文・写真/斎藤友香