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尾島 徹 騎手(笠松)

2008年【マルヨスポット】、2009年【マルヨフェニックス】と、『オッズパークグランプリ』を連覇している、笠松の尾島徹騎手。

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昨年は通算500勝を達成して、自身初のリーディングにも輝きました!26歳になった今年は、JRAでも初勝利を挙げ、まさに地方競馬を代表するジョッキーです。

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今年は残念ながら、【マルヨフェニックス】は回避となってしまいましたが...『オッズパークグランプリ』2連覇のお話をお聞きしました!
    

赤見:【マルヨフェニックス】の回避は本当に残念です...


尾島:そうですね。僕も楽しみにしていたレースだったので...。でもあれだけ走る馬だし、無理しても仕方ない。順調に調整出来れば、また強い【マルヨフェニックス】をお見せ出来ると思います。

赤見:第1回の水沢は出走していませんでしたが、第2回福山・第3回園田と連覇していますね。 尾島騎手にとって、『オッズパークグランプリ』はどんなレースですか?

尾島:とにかく相性のいいレース!!だと思ってたんですけど...それも去年までなのかな(笑)。

それは冗談として、毎年持ち回りで開催してるから色んな競馬場で乗ることが出来るし、賞金も高いので狙っているレースです!

赤見:確かに、1着賞金1000万円というのは大きいですよね。
まずは初参加となった第2回の福山のお話を聞かせて下さい。


尾島:あのレースで初めて福山競馬場に行ったんですけど...コースを見た瞬間、ビックリしました!なんだこれは?!て。

赤見:かなり特殊なコースですよね。

尾島:はい!

小回りだし砂が深いし...これは相当手強そうだなと。あの時騎乗した【マルヨスポット】は人気薄だったし、これまでの経験から言っても掲示板に載れば御の字かなと思ってたんです。

どう乗ろうとかはきっちり決めてなくて、人馬共に初めてのコースだし、出たなりで行って砂を被りたくないなと考えてました。

赤見:レースでは4番手を進んでいましたね。

尾島:前の3頭がけっこう行ってくれたんで、結果的に砂は被ってしまったけど、展開がはまりました。内にささる馬だから、小回りも全く気になりませんでしたね。

赤見:結果は差し切り勝ち!しかもレコードでした!!

尾島:まさか勝てるとは夢にも思ってなかったので、すごく嬉しかったです!初めての、しかも福山の難しいコースで勝てたことも大きいですね。

赤見:騎手には賞金から5%が入りますが...その賞金は?

尾島:全部飲んじゃいました(笑)。

赤見:さすが尾島騎手(笑)。
続いては、昨年の第3回園田のお話を聞かせて下さい。


尾島:【マルヨフェニックス】にとっては、1400メートルは少し短いんですけど、勝ってくれないかなと思ってました。大井と園田はすごく合うみたいなんですよね。

ただ...あの時はコースどうこう考えてる場合じゃなかったんですよ!返し馬で手綱が抜けてしまって...ホントに死ぬかと思いました(苦笑)。

 赤見:そうでした...人馬とも怪我なくてよかったですよね 。

尾島:目指してたレースだったし、勝ち負け出来る自信もあったんで、なんとか放馬しないようにもう必死でした。無事出走出来てよかったですよ。

赤見:レースは6番手からの差し切り勝ちでした!

尾島:【キングスゾーン】と【アルドラゴン】が前にいて、目標にしていて、前が止まらないかな~と思っていたんですけど。まさかあんなにキレイに差してくれるとは...かなり気持ちよかったです。

赤見:ちなみに、その時の賞金は?

尾島:もちろん、パーっと飲んじゃいました(笑)。

赤見:やはり(笑)。

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【マルヨフェニックス】とは、『東海ダービー』も制しましたし、一緒に全国を回る素晴らしいパートナーですね。


尾島:本当にそうです。デビュー前は脚元が弱くて、追い切りも満足にかけられなかったんですよ。

能力試験もただ合格させるというだけで、真剣に走らせたことがなくて。新馬戦ですごい勝ち方をしてくれて、ホントびっくりでした。まさかこんなに走る馬になるとは、正直思わなかったです。

赤見:かなりやんちゃなイメージがあるんですが、騎乗しててどうですか?

尾島:昔はすごくやんちゃでしたね。思いっ切り入れ込んだり...それで体重がガクッと減ったりして、難しいところもありました。

でも今は落ち着いてて、だいぶ大人になってくれましたよ。

赤見:尾島騎手はデビューから順調に勝ち星を重ねて来ましたが、大きくジャンプアップしたのは2007年。ちょうど【マルヨフェニックス】が活躍し出した頃ですね。

尾島:そうなんですよ。この馬と一緒に大きいレースに出走するようになってからです。 それまではリーディング6位が最高だったんですけど、いきなり2位になりました。

【マルヨフェニックス】がデビューした直後くらいに、美浦トレーニングセンターの岩戸孝樹厩舎で1ヶ月くらい研修させてもらったんです。その経験も大きかったですね。

レースには乗れないけど、毎日調教をつけさせてもらって、すごく勉強になりました!

赤見:具体的にはどんなことですか?

尾島:とにかくコースが広い!坂路もあるし、ウッドも芝も色んなコースがありますよね。

それにGⅠ級の馬がすぐそばにいたりして、笠松とはまた違った環境がありました 。

それまでは、小回りだしとにかく前へ!前へ!という姿勢でレースに乗ってたんですけど、それだけが競馬じゃないなと。後ろから行って、どう差し切るか考えるようになりました。

競馬に対する考えが広がった感じです。美浦で勉強したことと、【マルヨフェニックス】に出会ったことが、僕にとっては大きな転機だったと思ってます。

赤見:名古屋の【キングスゾーン】とは、いいライバル関係なんじゃないでしょうか?

尾島:そうですね。すごく強い馬なんで、あの馬に勝つと気持ちいいですよ(笑)。

前々走の水沢『シアンモア記念』では差し切れなくて悔しかったけど、前走の水沢『みちのく大賞典』では勝てて嬉しかったですね。

本当は今回も出走して負かしたかったけど...次のチャンスを待ちます!

ただ...【マルヨフェニックス】がいない時に、他の馬には絶対負けてほしくないです。本当にいいライバルなので、お互いに強くいたいですね。

今年は【トウホクビジン】とのコンビで参加する予定なので、牡馬をあっと言わせるようなレースをしたいです!

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※インタビュー/赤見千尋

 

2010/07/13
笠松

小林 俊彦 騎手(岩手)

 

 岩手リーディングを獲得すること5回。長きに渡って岩手競馬のトップジョッキーとして君臨してきたのが小林俊彦騎手。2009年には日本プロスポーツ大賞功労賞を受賞した小林騎手に、これまで、そしてこれからを語っていただいた。

 

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まずは受賞おめでとうございます。

 

■ありがとうございます。受賞が内定したという連絡を受けたのが11月頃。それを聞いたとき、正直な話『自分でいいの?』と思いました。ただ、昨年まで長く騎手会の会長をしていましたし、存廃問題でいろいろあったときに存続の活動もしましたし、そのあたりが評価されたのかなと。でも授賞式の会場に行ってビックリ。全員の控え室が同じだったもので、そこにいるメンバーがすごい人ばかりなんですよ。そこで改めて、大変な賞をいただいたんだなという実感が湧きました。

 

 

これまでに積み重ねた勝利は3000以上。しかし騎手人生の初期には苦労があった。

 
 

■秋にデビューしましたがシーズン終了までに勝てなくて、ひと冬越しちゃったんですよね。確かにあせりはありました。それに昔は騎手が40人くらいいて、乗るだけでも大変でしたし。そんな状況をなんとかしようと、調教から率先して手伝うようにしました。だから1日の仕事が終わるとぐったり。その頃は10代でしたが、遊びに行ける元気さえ残っていなかったですね。

 
 

その努力の甲斐あって、当時の1日の騎乗数上限(6鞍)の依頼が集まるまでには5年ほどで到達。区切りの勝利を達成する年数も、だんだん短くなってきた。


 

■27年、長いようで短いですね。見ている人にはわからないかもしれませんが、今でも毎年、乗り方が微妙に違うんですよ。競馬の姿に合わせて柔軟に対応できるというのは、長く騎手を続けるひとつのポイントかもしれません。日々の柔軟体操も欠かせないですが(笑)。昔は体が軽すぎて苦労しましたが、やはり年とともに少しずつ増えてきて。今は油断すると52kgほどになってしまいます。だから今年はサウナによく入っていますよ。競馬の日には50kgを切っておかないと厳しいですから。
 

 

 

 

 

 

■もちろん今年は取るつもりでいますよ。調教師に転身なんて気持ちは全然ないですし。先日、船橋の桑島孝春騎手が引退を発表しましたが、あのくらいの年齢(55歳)までやれたらいいなと思っています

 

 

そう思える原動力のひとつが、菅原勲騎手の存在だろう。


 

■教養センターに入ったとき、菅原さんが1つ上の先輩で、いろいろ面倒をみてもらっていたんですよ。同じ岩手で騎乗するようになって、菅原さんは早くにリーディング争いに加わりましたから、どちらかというと尊敬の念で見ていましたね。そのうち僕もリーディングを取れるようになりましたが、今でもたぶんお互いにライバルとは思っていないんじゃないかなあ。馬にしても、たとえば大レースをいくつも制したモリユウプリンスだって、スイフトセイダイという強敵がいたから自分を高められたんだと思いますし。個人的に菅原騎手はいいお手本という感覚ですが、追いつけ追い越せという気持ちは忘れなかったですね。


 

そうして切磋琢磨を重ねた小林騎手だが、転機になる出来事もあった。


 

■リーディングを初めて取った次の年(1999年)に、スタートで馬が転んで落馬して、そのあと馬の体が覆いかぶさってきたんです。それで入院したら、仙骨(骨盤の中心部にある)の骨折と診断されて3週間寝たきり。結局1カ月間入院して、1カ月半をリハビリに費やしました。今思えば一歩間違えば......ですが、当時は休んでいることが本当にもどかしくて。今みたいにパソコンで競馬を観るなんてできませんし、あきらめてリハビリに取り組むしかなかったですね。でもそこでいろいろ考える時間ができたんです。やっぱり自分には馬に乗るしか道はないし、あせらずにやっていこうと。競馬でもそうですが、なるようにしかならない、そう思えるようになったのは、それからですね。

 

 

そんな経験もあって、レースではより余裕をもって状況判断ができるようになったとのこと。そうして熟成されていった技が、岩手ダービーダイヤモンドカップ制覇へとつながっているのかもしれない。

 

■オウシュウクラウンは、冬の間南関東に行ってきてから急に強くなりましたね。おそらくむこうの調教で精神面が鍛えられたんだと思います。ただ、古馬になって脚元に不安が出て、それから体に無理が出てしまって。競走馬は難しいですよ。マヨノエンゼルでもダービーを勝たせていただきましたが、それは今でも感じます。

 

 

その岩手ダービーの舞台でもある盛岡競馬場には、どんな特徴があるのだろうか。

 

■盛岡はある程度、実力がある馬がそのまま結果を出せるコースですね。自分で乗っていても、盛岡のほうが馬の全力を出し切らせやすいと感じます。1200mでも差しが届くことがありますし、道中あせる必要がありません。逆にあせると失敗してしまうコースだと思います。

 

 

オーロパークがオープンして14年。そのコースを手の内に入れているベテラン騎手は、若手騎手にとっては先生とでもいえるような存在で、これからも騎乗を続けていく。

 

■教養センターにいた頃はよく怒鳴られました。でもそれは当然のことで、何か変なことをすると馬のケガにも自分のケガにもつながりますから。だから僕は、レースで危ないことがあったら大きな声を出しますよ。そこで、なぜ怒られているのかが理解できた人間が、騎手として成長していくんでしょうね。

 

 

ケガなく乗ることが第一とはいいつつも、昨年惜しくも届かなかったリーディングを目指す意欲は満々。「この仕事が合っているんでしょうね。馬が好きだし勝負事が好きだし」とも。レースへの思いは昔と同じで、日々やりがいを感じているという小林騎手は、まだまだトップジョッキーであり続けることだろう。

 

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小林 俊彦(岩手)
1965年3月26日生まれ おひつじ座 B型
岩手県出身 小林義明厩舎
初騎乗/1982年10月16日
地方通算成績/16,582戦3,387勝
重賞勝ち鞍/エーデルワイス賞GⅢ、不来方賞5回、
みちのく大賞典4回、北上川大賞典4回、シアンモア記念3回、
桐花賞2回、報知オールスターカップなど77勝
服色/胴緑・桃星散らし、そで桃
※成績は2010年5月20日現在

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(オッズパーククラブ Vol.18 (2010年7月~9月)より転載)

 

現在も節制を続け、トップの座を守っている小林騎手。昨年はわずかの差でリーディングトップの座を逃した。

2010/06/29
岩手

御神本 訓史 騎手(大井)


2002年に益田競馬場が廃止になり、若きリーディングジョッキー御神本訓史騎手が大井競馬場に移籍しました。


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あれから8年。大きな落馬事故、地方馬による初のJBC制覇、そして度重なる騎乗停止...輝かしい栄光と、大きな挫折を繰り返す激動のジョッキー人生を歩んでいます。
今年2月から始まった3ヶ月の高知遠征。最後の騎乗日に、現在の心境をお聞きしました。


赤見:高知遠征最終日ということで、この3ヶ月を振り返ってみてどうでしたか?


 

御神本:騎乗停止になってレースに乗れなくなって、色んなことをリセットしたかった。そういう意味で、この場所が一番いいなと思ったので、自分から申請をしたんです。
3ヶ月という短い期間でしたが、いい意味でリセット出来たと思ってます。


いろいろあってこっちに来て、ゼロからのスタートだったけど、ものすごく温かい人たちに恵まれて、この遠征を終えることが出来ました。


  

赤見:高知では南関東や他地区からの修行的な遠征を多く受け入れていますもんね。ここで修行して大成したジョッキーもたくさんいますが、実際どんな生活をしていたんですか?


 

御神本:朝は2時半から10時くらいまで調教をして、午後は厩務員さんたちの作業を手伝っていました。

南関東だと毎日競馬があるので、午後の作業を手伝うことはなかったけど、こっちは人手も少ないので、1日動いてる感じですね。

 

赤見:かなり濃厚な厩舎生活を送ってたんですね。

半年ぶりの騎乗初日にいきなり4勝と大活躍でしたが、実際レースに復帰することに不安はありましたか?


 

御神本:そうですね。身体はトレーニングをしていたので全く不安はなかったけど、レース勘を取り戻せるのかな、とは思っていました。


でも初日からいい馬にたくさん乗せていただいて、結果を出すことが出来ました。本当にありがたいです。


 

赤見:見ている方も、いきなり4勝は衝撃的だったし、さすが御神本騎手と思いましたよ。

高知のレースは南関東とはまた違った面白さがあると思いますが、その辺りはどうでしたか?

  

御神本:高知のジョッキーたちは1人1人個性も強いし、今までずっと一緒に乗って来たわけじゃないので、色んなことを勉強したし、刺激も受けました。

 

赤見:そして...4月7日には、久しぶりに大井で騎乗しましたね![ポートジェネラルで東京スプリントに騎乗]逃げてあわやの4着!!スタンドはかなり盛り上がりましたけど、あの時の心境は?

 

御神本:今までも一緒のレースに乗ったことがあって、かなりスピードのある馬だな、とは思ってたけど...まさかあそこまで頑張ってくれるとは思わなかったです。直線向いた時は、ちょっとやったかなと思いましたよ。

正直、最初に話を聞いた時には行きたくない気持ちもあったんです。

でも実際大井に行ってみて、パドックとかで声援をもらって...すごく温かかったですね。待っててくれる人がいる...今は本当に行ってよかったと思ってます。

 

赤見:ヤジはなかったんですか?

 

御神本:そう、なかったんですよ1つも!たくさんの方が声援を送ってくれた。本当に温かくて...ありがたかったです。あの時の経験があるから、また南関東で頑張ろうって思えますね。

  

赤見:高知での所属の雑賀正光調教師も、あのレースの直後に「これで南関東に帰れるな...」と仰っていました。 これまでを振り返ると、他の誰も経験したことのない、すごいジョッキー人生を送ってますよね。

 

御神本:本当にそうですね。色んなことがあったけど...。デビュー2年目でリーディングを獲ったし、益田が廃止になってすごく辛かったけど、大井に受け入れてもらえました。努力もして来たけど、上手く行く事の方が多かったんですよ。そういう意味では、大井に移籍して半年後に起こった落馬事故が、初めての大きな挫折という感じでした。

 

赤見:あの時はくも膜下出血で意識不明だったんですよね?

 

御神本:そうなんです。怪我して半年で1度復帰したんだけど、その後また休んだり復帰したりを繰り返していて...。なんてゆうか...それまで順調に来てただけに、躓いた時の対処の仕方がわからなかった。鬱みたいに落ち込んで、調教以外はずっと部屋に引きこもってました。人と話をするのも、接するのも嫌でしたね。

 

赤見:そこから、どうやって立ち直ったんですか?

 

御神本:所属の三坂盛雄調教師が、親代わりとしてとにかく親身になって支えてくれたんです。しばらく休んでいた時に、三坂先生のアドバイスで、高橋三郎先生のところで勉強させてもらった時期があって。騎手としても調教師としてもすごい結果を残している偉大な方ですから、近くでいろいろ教えてもらいました。その頃に、復帰の糸口を掴んだんです。

一時は引退も考えたけど...もうダメなんじゃないかって...。本当に、周りの人たちに感謝しています。

 

赤見:三坂盛雄調教師、高橋三郎調教師、そして高知での所属だった雑賀正光調教師と、たくさんの関係者に支えられているんですね。 今日(5月10日)で高知での騎乗は終わりますが、今後についてはどんな気持ちですか?


御神本:来週福山で騎乗して、その後は南関東に帰る予定です。 帰るキッカケをくれた高知の関係者には、本当に感謝しています。


厩舎関係者みなさん温かく迎えてくれて...益田に戻って来たような感覚もありました。高知と交流が深い福山にも益田から移籍したジョッキーがいるし、そういう人たちと久しぶりに話せたのも大きかったですね。

たくさんの人たちに感謝して...今は、早く戻って1つずつ恩を返していきたいです!



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※インタビュー/赤見千尋

2010/05/31
大井

サコ畑 雄一郎 騎手 (福山)

 日本一、小さな競馬場(益田・2002年8月廃止)から新天地を求めて8年もの歳月が流れた。人気薄でV候補を蹴散らし、大ドンデン返しを演じる意外性のジョッキー、まさに雑草ファイターの形容がふさわしいサコ畑雄一郎騎手がこの2010年はスタートから快進撃。瀬戸内きっての名脇役が現在、リーディングジョッキーのトップに立って一躍主役の座に...。第1回の「福山ジョッキーインタビュー」は絶好調が止まらないサコ畑雄一郎騎手(29)にスポットを当ててみた。



サコ畑雄一郎騎手


昨年が通算27勝でリーディング17人中の13位。それが年が明けた途端、人が変わったように勝ちまくって旋風を巻き起こしているね。平成21年度の終了現在(3月28日現在)、すでに昨年の勝ち星と並び、昨年のキング楢崎騎手とトップタイ。2着の差で楢崎騎手を上回り、リーディングジョッキーに君臨とはすばらしいばかりだね。もの凄い勢いだけど、絶好調の秘訣は一体...。


■うちの徳本先生からも「いまのままじゃ、いつまでたっても一人前になれないぞ」とゲキを飛ばされたこともそうですが、ボクの乗り馬で一昨年秋から8勝を稼がせてもらってたシルクスピアで完全にミスってしまい、下ろされたことが発憤材料になりましたね。


サコ畑雄一郎騎手

ジョッキーとしては屈辱的なことで僕自身、正直なところ情けないというか、大ショックでしたね。だから小林旭じゃないけど、一から出直します(笑)状態で覚悟というか、初心に戻ろうと心を決めたんです。そんな時にうちの厩舎の実力牝馬アルテローザ、アルアンナで年明けからリズムよく勝てて、勢いに乗れたんだと思います。


サコ畑雄一郎騎手


とりあえず話をひと昔前に戻そうか。
ジョッキーになったキッカケというか、何か運命的な出会いでもあったのかな?

■幼い頃から馬が好きで小学校5年から中学校を卒業するまで故郷の安来(島根県)で乗馬クラブに通っていたんです。それがキッカケというか、乗馬クラブのオーナーがボクの恩師でもある益田競馬の大賀先生とたまたま知り合いだったということもあり、紹介してもらったんです。ジョッキーへの道はボクにとって夢だったですから感激で感激で...。


もちろんデビューは益田競馬場だね。以前、サコ畑くんに高知・福山連携ハンドブックの取材で聞いたことがあるけど、デビュー戦でいきなり大仕事をやってのけたそうだね。なんと初騎乗、初勝利...。


■トミノダイゼンっていう馬ですね。この馬だけは一生忘れることはないでしょうね。確か5番人気くらいで好位につけて4コーナーを2番で通過。直線200メートルは無我夢中でステッキを叩き込みましたよ。気がついていたら、勝っていた。人生最高の思い出ですよ。


それから僅かして益田競馬が廃止。あれから8年になるけど、サコ畑くんが番園厩舎の主戦ジョッキーとして福山へやってきた当時のことが懐かしい。ボクの印象では目つきが鋭く、若き勝負師といったイメージだった。でもなかなか思うように結果を出せなかった。


■福山での乗り始めはまずまず順調だったのですが、うまく騎乗できずに正直、焦りがありましたね。スランプというか、精神的につらい日々が続きましたね。だから、気持ちを切り換えて仕事にまっすぐに向き合おうと自分に言い聞かせるだけでした。


人間、気持ちの切り換えが大事なんだよね。そして、サコ畑くんにとってジョッキーとしてのターニングポイントが...。一昨年の秋、福山のスタンドが震えた第41回菊花賞。ボクも思わず涙が...。


■弓削厩舎のサムライランボーですね。もともと岡田さんが主戦ジョッキーだったのですが、岡田さんがV候補のブラウンコマンダーに騎乗で、ボクにサムライランボーが回ってきたんです。確か最低人気で樋本さんもノーマークだったですよね(笑)。


サコ畑雄一郎騎手

まず勝てるとは思ってなかったですが、ひと脚くらいは使って見せ場くらい作りたい、そんな気持ちだったですね。最内枠だったですから、インインの経済コースをついてなんとか入着を、と思っていたのですが、馬の反応が抜群でこれはひょっとしたらという気持ちになりましたね。


4コーナーを回った時点では人気のファニーカイザーが一気に差し切りそうな感じだったけど、ゴール50メートル手前からインを突いて白い帽子がスルスルと...。まるで忍者のごとく忍び寄ってきた。


■ 型にハマったという感じですね。それでもファニーカイザーにヤラれたと思いましたよ。だから、なんとか2着を死守したい、そんな気持ちで手綱をしごいたら、サムライランボーは最後のひと脚を使ってくれました。


ハナ差の初重賞。薬師丸浩子じゃないけど、「カイカーン」って感じで...。男になれたという達成感が体中に伝わってきましたね。ただし、本命党のファンには申し訳ないことを(笑)...。


そして、2度目の重賞ゲットが先月のクイーンカップだった。2度目は人気のワイエスオジョーで僕自身も迷わず本命をつけた。だってサコ畑くんの目の色が攻め馬から違っていたからね。


サコ畑雄一郎騎手


■正直なところ初重賞のサムライランボーよりも感激しましたね。3歳クイーンの座を目標としてきたましたし、勝ちに行って勝った。注目される馬で思いどおりのレースパターンで3コーナー外からズバッと決められたあの一戦はこれまで騎乗したなかでもベストプレーだったと思います。直線では背中に電流が走りましたね、マジ。



いまのサコ畑くんを見ていると未完の大器が本格始動、そんなムードを漂わせているけど、目標とする騎手というか、好きな乗り方のジョッキーは誰かな?益田の大先輩、岡崎くん?それとも...。


■岡崎さんはもちろんですが、園田からJRAへ移籍して大活躍を演じている岩田さんなんか、ボクの理想ですね。レースでの柔軟性が抜群ですし、追い出してからのアクションなんか見ていると憧れますね。勝負に対する姿勢、闘争心は見習いたいです。


ところでサコ畑くんは遠征にも強いというイメージがあるけど、4年前の高知で行われた「こうち・福山スタージョッキーシリーズ」総合優勝で南国土佐のファンに衝撃を与えた大胆な騎乗が脳裏に焼きついて離れない。カーブが急で小回りの福山コースよりも、迫力で勝負できる馬場の広いコースの方が合っているにじゃないの?


■ボクはどちらかといえば不器用なタイプなので馬場が広くて伸び伸びとプレーできる方が好きですね。特に高知の馬場は乗りやすかったですし、もう一度乗ってみたい競馬場ではありますね。他に荒尾、佐賀、園田での騎乗もありますが、佐賀のセカンドジェネレーション騎手招待では本番こそ完敗しましたが、一般レースで最高の乗り方ができて勝ったことがいまでも印象に残っています。


じゃ、東京競馬場なんかだと"サコ畑パワーさく裂"じゃないの(笑)。地方競馬のジョッキーにとってJRAの大舞台を踏むのは見果てぬ夢なんだろうね。過去には岡田くんがウルトラエナジーで福山所属のジョッキーとして初めて京都の舞台を踏んだ。その岡田くんはエナジー以外にも準メイン、メインに連続騎乗。テレビ中継でアナウンサーが「福山の岡田、福山の岡田!!」を連発して一躍、ネームバリューが全国区に...。サコ畑くんも当然、JRA騎乗への憧れは持ってるんじゃないの?


■それを早く聞いてほしかったですね(笑)。JRAならもちろん東京競馬場です。テレビで見ていても4コーナーからゴールまでが遠いこと遠いこと...。あの馬場で直線、Vゴールを駆け抜けられたら最高でしょうね。一度でいいですから、武豊さん、アンカツさん、そして岩田さんたちと一戦交えられたらジョッキー冥利に尽きますね。


過去の名馬でもいいのだけど、乗って見たかったと思った馬は?サコ畑くんならディープインパクトなんか合いそうだけど(笑)...。


■それも早く聞いてほしかったですね(笑)。ボクが益田でデビューした1998年の秋に天皇賞で大逃げを打ちながら、3角故障でこの世を去ったサイレンススズカなんか、きっと乗って最高の馬だったでしょうね。一体、どれだけのスピードでどんな乗り味なのか。サイレンススズカ級の馬で東京の馬場をぶっちぎりでスタンドからファンの大歓声を浴びる、まさに夢の夢ですよね。正夢にならないかな(笑)。


サコ畑くんにとって騎手は天職なんだろうけど、仮に騎手になっていなかったら、どんな職業についていたと思ってる?


■全然、考えもつかないですね。想像すらつきませんが、ボクは釣りが好きで実家のすぐ近くが日本海なのできっと漁師になっていたかも(笑)...。魚がエサに食らいついたあの瞬間、あのビビビとくる感触は競馬のレースに共通するものがあります。


いずれにしてもサコ畑くんは朝早くから仕事をする運命にあったわけだ。ジョッキーは朝早くから攻め馬で大変そうだけど、一日のスケジュールは...。かなり忙しそうに働いているね。


■ボクなんか、丈夫で長持ち、貧乏暇なし(樋本デスクのキャッチフレーズを盗まれた)状態。朝は毎日1時過ぎに起床。厩舎の仕事を手伝ったあと、2時15分から攻め馬を開始。攻め馬と厩舎の仕事で9時まで競馬場でがんばってます。それから自宅へ戻って朝食、そして1時間くらい寝て、また厩舎で3時くらいまで仕事する毎日の繰り返しですね。仕事は好きなので苦にはなりませんよ。


ボクと同じだね。うちの女房なんか、「仕事もほどほどにして一日、ゆっくり休んだら...」とよく言われる。サコ畑くんも奥さんに言われることあるかな。騎手の女房って大変じゃないの?


■うちのカミさん(紘子・年齢不詳ですが、実は31歳)は年上女房でボクを凄く可愛がってくれてくれてます(笑)。だから、仕事をする張り合いが普通の人とは3倍くらい違うんです。


サコ畑雄一郎騎手

カミさんとは友人の紹介で19 歳の時に知り合い、2年近くの交際を経て、22歳で結婚しました。普通に可愛い女性ですが、ボクにとってはダイヤモンドよりも素敵な宝物です(笑)。カミさんの作るコロッケを食べると力と勇気が湧いてきます。樋本さん、一度コロッケ食べに来てください。


いいカミさんもらって幸せなサコ畑くんだね。 ところで仕事熱心で真面目を絵に描いたようなサコ畑くんの趣味は...。


■趣味というか、美味しい白ご飯をたらふく食べるのが生き甲斐ですね。福山で大食い大会があれば絶対、ボクが優勝ですよ。あとはカミさんが作る天下一品のコロッケがあれば何もいらない。日本一、経済的な男なんですよね、ボクって。


そういえば5年前になるか、シャトル三刀屋(島根県)へ騎手5名でイベントに行った時、うちの福山エースから昼食代として1万円を渡されたのだけど、サコ畑くんひとりで予算オーバーになっちゃった(笑)。あの食欲、宇宙人としかいいようがない。他のジョッキーの食べ残しもきれいに平らげた。あげくの果てにはデザートとは...。


■でも食べるだけでアルコールは全然。あと楽しみといえばタバコですが、ショートホープ10本入を4箱ほど吸いますかね。タバコは健康の敵ですけど、タバコを吸いながらレースの組み立てを脳裏に描いてるんです。これはタバコを辞めない言い訳でもありますが(笑)...。


ところで朝早いサコ畑くんだから、テレビはあまり見ない方なのかな?好きな番組、あるいは好きなタレントがいれば...。


■うーん、テレビはあまり見ない方ですね。特にニュースなんかは翌日の新聞で目を通すので...。ボクの性格上、やはりお笑い番組が性に合ってますね。好きなタレントですか?女房以外の女性は...。


いろいろ楽しい話を聞かせてもらったね。最後に最近、感動したことと、ファンに熱いメッセージを...。


■感動といえばバンクーバー五輪の真央ちゃん。キムヨナに負けたのが悔しくて悔しくて...。でもあのパフォーマンスはボクも見習いたいと思っています。とにかく福山競馬を面白くしたい。アッと驚くパフォーマンスでスタンドを沸かしたいというのが本音ですね。


サコ畑雄一郎騎手

存続の危機に直面している福山競馬ですが、ボクはもちろん、ジョッキーが一丸となって福山競馬を盛り上げていきたいと思っています。福山競馬をお越しになった時は是非、サコ畑雄一郎の応援よろしくお願いします。人気薄で大逆転のサコ畑雄一郎をお忘れなく...。


※「サコ」は「土」偏に「谷」の組字です


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※インタビュー/福山エース 樋本輝明


2010/04/07
福山

濱口 楠彦 騎手(笠松)

   デビューから5連勝で全日本2歳優駿Jp nⅠを制し、NARグランプリ2009 の年度代表馬に選ばれたラブミーチャンの主戦を 務めるのが、濱口楠彦騎手。日本中の競馬ファンの注目は馬だけではなく、その鞍上に も集まっている。


1濱口楠彦騎手


 ラブミーチャンは、JRA未出走から転入してきた馬だ。


■笠松に入ってきた当初は尋常じゃない暴れ方でしたね。5日くらいしたらおとなしくなりましたが、そのパワーはすごかったですね。ただ、腰がゆるくて。JRA(栗東・須貝尚介厩舎)では全然動かなかったという話も聞いていましたし、実際に乗ってみても、手前を替えるのさえ下手だったという状況でした。


 そういう馬が10月7日のデビュー戦では、 鮮やかな勝利を収めることになる。

■毎日の調教では「まあまあの馬かな」という感じで、デビュー戦のときの追い切りで「いいスピードがあるなあ」と思ったくらいでした。でも実戦ではあの走り(800 m戦を48秒1、重馬場)でしょう。もう少し追えばレコードだったと思いますが、そのときには「勝つことが第一」と思うくらいになっていました。


 ラブミーチャンの素質、そして将来性を感 じ取った濱口騎手。2戦目では重賞をあっさり突破する。


■2戦目はスタートが少し悪かったんですよね。それもあって直線では目一杯追いました。3戦目のJRA挑戦のときは、正直半信半疑でしたね。でも最後の根性がすごく て、改めてこの馬の能力を認識したという感じでした。



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 そして、兵庫ジュニアグランプリを快勝し、暮れの2歳王者決定戦に駒を進める。

■デビューのとき、マイルくらいまでは大丈夫とは思っていました。でもだんだんテンションが上がってきたのが心配で。全日本2歳優駿のときは普通に返し馬をするつもりだったんですが、危なくて待避所に直行せざるを得ませんでした。それでもスタートは速 かったですし、最後までしっかり走ってくれました。


 じつはゴールしたときは、ウイニングランなんて考えていなかったんですよ。でもゴール後も勢いがすごくて3コーナーまで行ってしまったので、じゃあ1周しようかなと思ったんです。それでスタンド前をトコトコ歩いていったら、お客さんに「手ぐらい挙げろよ」と言われましてね(笑)。あわてて手を挙げたら、スタンドが盛り上がってくれました。気持ちよかったですよ。


 と、50 歳間近にして最高の栄誉を勝ち 取った濱口騎手。しかし30 年余りの騎手人生には苦労も多かった。


人も多かったですね。同期だって安藤勝己、安藤光彰の2千勝騎手ですし。安藤勝己騎手なんて誕生日も一緒だから最初はライバルだと思っていましたが、ほどなくして彼はお手本、そんな感覚になりましたものね。


 それでも本当に悩みましたよ。なんで彼のように乗れないんだろうかと。普段の仲は良かったんですが、あるときついグチをこぼしたら「自信を持って乗らないといかんよ」と諭されました。でもそれがいいきっかけになって、それからは自分の欠点を気にするよ りも、思い切りがいいという長所を伸ばしていこうと決めたんです。


 その日々を成長に結びつけ、笠松のトップ ジョッキーのひとりとして現役を続けてきた。


■ただ、2000 年のケガはきつかったですね。ゲート練習で馬がひっくり返って、十字靭帯を切ってしまったんです。この左足、今でもちゃんと曲がらないんですよ。医者には一生正座できないと言われました。


 手術後1年間は馬に乗るなと言われていましたが、どうしても乗りたくてケガから10カ月目のときにおとなしい馬に乗せてもらったんです。でもそのとき、あまりにも体が重くって、一気に自信がなくなりました。ちょうどケガをする前あたりが技術的にいい感じになってきたと思えてきた頃だったので、余計にくやしかったですね。


 騎手生活続行の大ピンチ。それでも周囲 の助けもあって、現役を継続。そんな危機を乗り越えたからこそ、濱口騎手は栄誉を つかむことができた。


■ 2006 年のワールドスーパージョッキーズシリーズは、いい思い出ですね。あのときは本当に運がぼくに向いていたと思います。スーパージョッキーズトライアルへの出場騎手選定のタイミングのときに、ぼくがリーディングだったのもそうですし(最終的にはリーディング2位)、そのトライアルでも2位の山口竜一騎手とは1ポイント差。出場した本番では、JRAで勝ちたいという夢もかないましたから。


 それ以上の夢が、ラブミーチャンには詰 まっているのではないだろうか。


■そうですね......。でも楽しみではありますが、楽しいとはいえないですよ。責任感というか不安というか、とにかく無事でという気持ちのほうが大きいですね。


 ラブミーチャンは筋肉も関節も柔らかいんですよ。軽く走らせると頼りないんですが、スピードに乗るといい走りになります。昔は中京競馬場での開催もありましたから、芝馬の感触もある程度わかります。そのときの経験から考えると、ラブミーチャンは飛ぶような走りをしますから、芝にも対応できると思っているんです。


 濱口騎手が最初に馬に乗ったのは12 歳に なったばかりの頃。エイユーザンという名のアラブのオープン馬だった。


 「父が調教師と知り合いで、何かこの子に やらせることはないかと紹介されて、馬乗りを始めました。そうしたら小学校の卒業式 の日にその調教師が校門で待っていて、中学は厩舎から通うことに。選択の余地はな かったですね(笑)。でも、この仕事と巡りあってよかった。今となっては、父に感謝していますよ」


 30 年以上も騎手を続けられる人はほんの 一握り。「乗せてもらえて幸せ」と思う気持ちの積み重ねが、今につながっているのか もしれない。そんな濱口騎手と歩むラブミーチャン。伝説はどこまで広がるのか、期待 をもって見守りたいものである。


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濱口 楠彦(笠松)
1960年3月28日生まれ おひつじ座 A型
三重県出身 松原義夫厩舎
初騎乗/ 1976年10月20日
地方通算成績/ 18,167戦2,377勝
重賞勝ち鞍/全日本2 歳優駿JpnⅠ、兵庫ジュニ アグランプリJpnⅡ、全日本サラブレッドカップ、 名古屋大賞典、東海桜花賞、東海菊花賞、全日本 アラブクイーンカップなど58勝
服色/白・紫のこぎり歯形
※成績は2010 年2 月18日現在

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(オッズパーククラブ Vol.17 (2010年4月~6月)より転載)

2010/04/07
笠松

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