2012年、区切りの500勝を達成し、名古屋リーディングでも3位と大健闘の柿原騎手にお話を伺いました。
坂本:2012年を振り返ってみてどうですか?
柿原:もうちょっと勝ちたかったですね。具体的な目標というものはなかったんですが、全体的な数字を見たときに『もうちょっとがんばれたかな』というのはあります。
坂本:5月には500勝を達成しました。達成した瞬間というのはどんな感じでしたか?
柿原:そうですね、区切りというのはよく言われますけど、そんなに騒がれるような数字じゃないですからね。1000勝を達成したならわかりますけど。それに、僕としてはあまり気にもしてませんでしたし、達成したからといってどうっていうのはありません。周りに言われて『そうなんだ』って思ったくらいです。
坂本:昨年の出来事で想い出に残ってることは何かありますか?
柿原:う~ん......特に『これ!』というのはないですね。日々流れるままに生きてますから(笑)。
坂本:では、デビューの頃についてお聞きします。騎手になろうと思ったきっかけは?
柿原:小さい頃、馬に触ったことは一度もなかったんです。ただ、競馬のゲームとかあるじゃないですか、それをやるうちに『騎手、やってみたいな』って思ったんです。体も小さかったし。で、騎手学校の試験を受けてみたんです。そしたら受かっちゃった(笑)。
坂本:騎手としてのデビューの地を名古屋に決めたのは?
柿原:単純なんですけど、試験を受けたときの1次試験の会場がたまたま名古屋だったんです。この時初めて地方競馬場というのを見たんです。その当時は活気もあったし、試験後にレースを見たときに『ここなら』と思いました。で、所属先は公募だったので、第1希望に名古屋を指名し、先生(藤ケ崎一男調教師)に拾ってもらいました。
坂本:騎手になってみて苦労しました?
柿原:しますよぉ、もちろん。デビューしたての頃が一番つらかったです。一番下っていうのもあったし。なかなか上達しなくて、乗る馬もいなかった。当然、勝てなかった。最初の何年間かは。
坂本:ここ最近はリーディング上位に顔を出すようになりました。
柿原:まぁ、環境がいいんでしょうね。今になってみれば、いいところ(厩舎)に拾ってもらったと思いますよ。
坂本:今後の目標は?
柿原:とりあえず、中央で勝ちたいですね。まだ1度しか行ったことがないんですけど、機会があればどんどん乗りに行ってみたいと思います。あと、地元での目標は年間200勝!目指して頑張ります。
大きな数字を目標に掲げた柿原騎手。しかし、昨年は120勝を挙げており、目標達成も夢ではありません。今後の騎乗に期待です。
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※インタビュー・写真 / 坂本千鶴子
笠松で再デビューを果たしてから5年、一昨年には重賞勝ちも果たした吉井騎手に、2012年の暮れ、12月30日にお話しを伺いました。
坂本:2012年、どんな年でしたか?
吉井:大きなところは勝ててないんですけど、まあまあ勝ち鞍も伸びたし、今日明日でできるかどうかわからないですけど、あと2つ勝てれば一応年間100勝なんで、できれば大台に乗れればいいかなとは思ってるんですけどね、なんとか(苦笑)。
坂本:笠松で再デビューしてから、自分で『変わったな』と思うところはどこですか?
吉井:そうですね、岩手でやってるときはもう乗せてもらったら『やったー!』ていうくらいの気持ちだったんですけど、数を全然乗ってなかったので。再デビューしてからはハングリー精神が出てきましたね。やっぱ、乗れなかった時期があったからだと思うんですけど、競馬は勝ってなんぼなんで、『乗ってやったー』じゃなくて『勝ってやったー』に変わったっていうか。その分、厳しいことも増えましたけど。
坂本:『乗ること』から『勝つこと』に意識が変わった?
吉井:そうですね。
坂本:ではなぜ、岩手をデビューの地に選んだのですか?
吉井:ただただミーハーな感じなんですけど、芝のレースに乗りたかった、それだけです。盛岡だったら芝のレースもあるし。ほんとそれだけですね。
坂本:その後、騎手を一旦やめ、そして笠松から再デビューしました。笠松に来るきっかけはなんだったんですか?
吉井:尾島(徹騎手)が同期で、「とりあえず厩務員からやってみないか?」と連絡がきたのがそもそものきっかけですね。ま、騎手としてではなく厩務員としてですけど、また馬に乗れるんなら乗ってみたいしなと思って来たんですよね。
坂本:そこからまた騎手としてやってみようと思ったのは?
吉井:考えたのは森山厩舎に入ってからですね。笠松に来て最初にお世話になった先生がやめて、その時に森山先生に拾ってもらって、そこからですね。
坂本:厩務員として馬を世話するのと、騎手として馬に乗るのとでは、やはり違う?
吉井:厩務員やってたときも攻め馬とかで馬に乗ってましたけど、レースを見るとやっぱり乗りたいなって思いましたよ。騎手やめてすぐのときなんかは、もうわざと避けるように見なかったりしてましたね。乗りたくなりそうな気がしてくるのもわかってたし。
坂本:乗ってて『うれしい』と感じる瞬間は、どんな時?
吉井:1歳とか2歳とかで入って来て、自分である程度調教した馬を初めて走らせたときですね。勝ってくれるとなおうれしいです。そういう馬のほうが思い入れがあるのかもしれないです。
坂本:今までで一番印象に残ってる馬は?
吉井:印象に残っていいイメージなのはヤマニンピトレスクですね。自分が乗って4連勝する馬なんて初めてだったんで。この馬にはだいぶ成長させてもらったかなと思います。逆に、悪いイメージとして残ってるのは、岐阜金賞のコロニアルペガサス(笑)。もう、あれは完全に勝ってたんでね、僕のミスだけで負けてるんで。ずっとそれが残ってます。ま、その次の日にモエレトゥループで初めて重賞勝てたから、ちょっと吹っ切れてる部分もあるけど、そこで勝ってなかったらもっと悔しいですよね。
坂本:重賞はその1つだけ?
吉井:そうですね。SP1もまだ勝ってないですね。勝ったジュニアクラウンはSP2ですから。岐阜金賞がSP1で......。もうちょっとゆっくり動いてたらなぁ......。
坂本:やっぱり、重賞だと焦る?
吉井:今だったら大丈夫だと思うんですけど......もう1回、今の精神状態で乗りたい。あのときに戻りたいっていうのはすごくありますね。まあ、でもしょうがないんですけどね。そういうのを経験して、逆に覚えることもあるでしょうし、あれがなかったらまた違うとこでミスしてるでしょうし。何とも言えないですけど、今の状態でコロニアルに乗れたら自信持って乗ったでしょうし。
坂本:今なら落ち着いて乗れる?
吉井:でも、重賞とか認定とか新馬っていうのは気合が入りますよ。いい意味で緊張する分には、たぶんいいと思うんですけど、あの時は緊張しすぎた。特に、あの3コーナーあたりから意識が完全に『勝ち』になってしまったんで、その前にもっと勝ち方を覚えてるジョッキーだったらあんなミスはしないでしょうね。
坂本:今度、幼馴染みで後藤保厩舎の厩務員をやっていた山下(雅之)君が騎手として新たなスタートを切ります。ライバルが増えるという感じはありますか?
吉井:僕としては、中学校の頃に同じ乗馬クラブに通ってたんで、一緒に乗れるのはうれしいですね。ライバルだけどうれしいですね。でも、手は抜かない。ただ、はっきり言うと厳しいと思う、最初は。学校で模擬レース乗ってたわけでもないし。
山下雅之騎手(右)と
坂本:騎手の先輩として、教えることはありそう?
吉井:教えるといっても経験なんでね。僕らの仕事なんて。ま、僕が教えるっていうのにも限界があるし、僕だって何から何までわかってるわけでもないし、一流じゃないし。本人が、他人からどれだけ吸収するかじゃないですかね。見て盗むっていうのもあるし、まねしてみるのもいい。そういうことも必要じゃないですかね。
坂本:じゃあ、今後が楽しみですね。
吉井:そうですね、楽しみっちゃあ楽しみですけど、1年目から越されたらどうしようかなと思いますよ(苦笑)。
坂本:よき友達、よきライバルですね。
吉井:そうですね、早く一緒に乗ってみたいですね。
坂本:最後に2013年の抱負を。
吉井:もし、年間100勝できてなかったら今度こそっていうのもあるし、まあ数だけこだわってもしょうがないんで、やっぱり大きいところも勝ちたいですね、久しぶりに。今、リーディング3、4位くらいのところにいるんですけど、上の2人、尾島と東川さんは大きいところもバンバン勝ってくし、平場もバンバン勝ってく、そのへんで差があると思うんです。平場でしか勝てないっていうのも恥ずかしいんで、大きいところでも勝ちたいですね。ってここで言ってて、今日のマユノプーリンで勝ったらどうしようかね(笑)。ま、でも、こういう雰囲気をどんどん味わっていきたいですね。あと、自分とこの厩舎(森山厩舎)の勝ち鞍がなかなか増えないんで、そこも頑張って増やしていきたいです。
吉井騎手の2012年は、インタビュー当日の1勝が最後となり大台には星ひとつ届きませんでしたが、リーディングを狙える位置まで登ってきました。新たなライバルを迎え、今後さらなる飛躍が期待されます。
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※インタビュー・写真 / 坂本千鶴子
今年度のオッズパークグランプリは2月28日に笠松競馬場で行われる予定。過去5回の同レースでは、笠松所属馬が3勝、2着1回と抜群の成績を残している。そしてそのうちの2勝は尾島徹騎手が挙げたものだ。
まずはその2勝(08年マルヨスポット=福山、09年マルヨフェニックス=園田)を振り返ってもらおう。
最初のときは、福山競馬場そのものが初めて。それで多少の不安はありましたが、競馬場に着いて馬場を見たら笠松以上に小回りで、さらに不安に。でもレースではキングスゾーンとか強い馬が引っ張ってくれたので、うまく流れに乗れました。しかもマルヨスポットは内にササるタイプだったので、コーナーもスムーズに回れたんです。ほかの馬は外に膨らんでいましたから、その点は有利に働きましたね。マルヨフェニックスのときは、勝てるかなという手ごたえがありました。出走メンバーのなかの強い馬を目標にして、最後に差し切れればという思いで乗ったら、そのとおりになりました。
尾島騎手とマルヨフェニックスのコンビは、南関東でも重賞を2勝。まさに全国区での活躍が続いている。その出会いとともに、尾島騎手の成績も急上昇。2009年以降は年間100勝以上を達成している。
デビューしたころは安藤光彰さん(JRAに移籍、引退)が師匠みたいで、いろいろと面倒をみてくださいました。でも自厩舎には兄弟子が2人いたので、レースでは乗る馬が全然いなくって。それでも少しずつ乗り鞍が増えましたが、勝ったら次は乗り替わり。よく腹を立てていましたね。
それでもデビューの年は17勝で、2年目が40勝。素質を実績に変えつつあった2006年に、ひとつの転機をみつけた。
僕の父の関係からつながって、JRAの岩戸孝樹調教師(美浦)を紹介していただいて、研修という形で行けることになったんです。笠松での仕事はもちろん気になりましたが、刺激がほしいという欲求と、興味と好奇心で押し切りました。いやあ、行ってよかったです。重賞勝ち馬にも乗せてもらえましたし、藤沢和雄厩舎でも調教を手伝わせていただきました。もう、馬を見るだけでほれぼれするというか、笠松とは馬のカタチや造りが違って見えましたね。そもそも、歩くスピードから違いました。
その経験は、その後の尾島騎手にどんな影響を与えたのだろうか。
いちばん変わったのは考え方ですかね。その期間、レースに乗ったわけではないですが、JRAでの経験は落ち着いて乗ろうと考えることにつながったように思います。「勝てる馬は構えて乗っても勝てるんだ」と。その意識ができたことで、笠松でも控えて乗れることが多くなりました。それによって、勝てる馬での取りこぼしが少なくなったようにも思います。美浦に行く前は、前へ前へという気持ちでしたし、周りもそういう騎手が多かったですし。
そういった積み重ねが、2009年の笠松リーディングにつながったともいえそうだ。
そのおかげで、JRAに遠征するときに、笠松以外の馬にも乗せてもらえるようになりました。(マルヨフェニックスで)黒潮盃(大井)を勝ったのも大きかったですね。僕みたいな騎手は、何か目立つことをやらないとなかなか覚えてもらえないですから。
しかしなぜか、スーパージョッキーズトライアルでは2回とも苦戦となっている。
普段のレースとあまり変わらないと思うんですけれど......。でも気持ちとしては、ワールドスーパージョッキーズシリーズは本当に出たい舞台。その経験はもちろん、そのあとがきっと大きくなるはずですから。
そのためには今後もリーディングを守る必要がある。尾島騎手が考える笠松競馬場の勝負ポイントはどのあたりなのだろうか。
笠松では地元同士のレースだと、力のある馬なら多少強引に行ってもなんとかなりますが、交流競走になるとペースが速くなるので後ろからでも届きます。でもそれも違いがあって、地元馬が逃げたらペースはゆっくりめ、遠征馬が逃げたら早くなるという特徴があります。まくりを打つなら3コーナー手前にある坂の頂上が勝負ポイント。でも外を回ると不利なので、通る目安は内から3頭目までかな。ですから、先行馬が固まっているとき、それがどうなっていくのかを読むというのも重要です。
小回りコースだけに、コースロスを少なくするのは大きな課題。それが騎手の技量を上げることにもつながるのだろう。
あるとき、インを突いて勝ったら、2着の大先輩にものすごく怒られたんですよ。でも、それで気後れしたり遠慮したりすると、結果は残せませんよね。常に攻めていかないとレースしてもつまらないですし、自分自身も成長できません。今はどこでもレース映像が見られますから、どんなときでも自分が勝ちたいという気持ちが伝わるような競馬をしていきたいと思っています。
デビュー12年目の2012年は、過去最高の勝ち星を挙げている。さて尾島騎手は、なにを今後の目標に据えていくのだろうか。
確固たる目標というよりは、とにかくここで実績を作ることが第一。それが今後につながっていくことになると思います。笠松は先輩たちが勉強熱心というか、そういう気持ちをもっているんですよ。その意味で、笠松には見習えるいい先輩が揃っています。そして安藤勝己さん、光彰さんをはじめとする偉大な先輩と同じ時期に騎乗できたことも、自分自身の財産になっています。笠松はベテランの皆さんが強い競馬場ですけれど、僕自身、ここまで上がったからには成績を落としたくはないですね。2012年のデビュー馬では、カツゲキドラマとのコンビで5連勝を挙げ、川崎のローレル賞でも4着に好走した。「あの馬は野生状態で笠松に来て、馴致から僕が担当したんです。そういう馬で活躍したのは、僕自身はカツゲキドラマが初めてです。馴致育成はその道のプロに任せたほうがいいと思うんですけれど(苦笑)」。さまざまな経験を重ねながらも高いところに理想を置いて、その上で日々を一所懸命に過ごす。今後もさまざまな舞台で、尾島騎手の活躍が見られることだろう。
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取材・文●浅野靖典
尾島 徹(笠松)
おじま とおる
1984年3月23日生まれ おひつじ座 O型
愛知県出身 柴田高志厩舎
初騎乗/2001年4月1日
地方通算成績/5,701戦870勝
重賞勝ち鞍/オッズパークグランプリ(福
山・園田)、OddsParkFanSelection、黒潮盃
(大井)、スパーキングサマーカップ(川崎)、
岐阜金賞(4回)、東海菊花賞(2回)など33勝
服色/黄、青のこぎり歯型、そで青一本輪
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※2012年11月19日現在
(オッズパーククラブ Vol.28 (2013年1月~3月)より転載)
最近若手騎手の活躍がみられるばんえい競馬の中でも、今年度重賞初制覇と通算100勝を達成。その先陣を切るのが2009年デビューの菊池一樹騎手です。今シーズン39勝を挙げてリーディング15位(1月6日現在)。デビュー5年目の心境をお聞きしました。
斎藤:乗り方で変化したと思うところはありますか。
菊池:差し馬でも、落ち着いた騎乗ができるようになりました。今は、逃げ馬と差し馬では、差す方が好きです。逃げ馬は、逃げる競馬をしなければならないぶん、2着や3着になりやすいですが、差す馬だと勝つか負けるかだから、その分勝ちやすい。
2年目に転厩した田上厩舎の馬も、動かせるようになったと感じるのは今年の春くらいからです。イーグルという馬は、障害で息を入れるタイミングが少しでもずれると上がらないんです。そのような性格だから今年13歳でも元気なんでしょう(笑)。息が入るペースがわかってきたので、後ろからでも行ける自信はつきましたね。
斎藤:昨年4月、サカノテツワンで100勝を達成しました。それから年度内10勝して減量がなくなりましたが、その後苦労した感じは受けませんでした。
菊池:減量なくなったから(騎乗が減って)乗れないべな、と思っていたけれど、乗せてもらえたからです。それから成績が上がりました。
斎藤:同期には日本プロスポーツ大賞新人賞を受賞した長澤幸太騎手がいますが、意識はしていますか。
菊池:1年目からあきらめました(笑)。同期だからと気にはしていないです。
斎藤:初重賞制覇は、10月ナナカマド賞(2歳)のショウチシマシタで、1位入線馬の降着による制覇でした。
菊池:ショウチシマシタは真面目な馬です。ゴール後は、先輩方も集まって話をしているし、これで(重賞を)獲っちゃうのか、インタビューでどのような質問をされるのかな、という気持ちはありました。でも、獲ったら獲ったでいいかなと。
斎藤:笑顔のインタビューだったので、ファンも見ていて気持ちよかったですよ。また、12月30日の2歳重賞、ヤングチャンピオンシップは2着(アグリナデシコ、7番人気)で惜しかったですね。
菊池:勝った馬が強かったです。アグリナデシコと姉のアグリローズは似ていて、2頭ともものすごく真面目。ハミをぐっと、持っていってくれるんです。牝馬は真面目な馬が多いですね。ただ、ナデシコは変なクセがあって。障害を降りたらおしっこをするんです。牝馬では、気合いを入れるとびっくりして、おしっこをする馬がたまにいるんですが、ヤングチャンピオンシップの時もびしゃびしゃでした。
斎藤:ばんえいの騎手は、ほぼ真下にいるようなものですから大変ですね。この時もですが、穴をあける騎手という印象があります。
菊池:人気がないのは乗りやすいです。印がついていたら、ある程度前に行って競馬をしなくてはいけないですが、じっくり構えられる。ばんえいは5重勝や、最近7重勝もスタート(オッズパークLOTO)しましたから、人気薄で勝てるといいですね。
斎藤:もともと、平地競馬のファンだったんですよね。
菊池:はい、テイエムオペラオーが勝った有馬記念(2000年)を見た中学生の時にのめり込みました。出身は岩手ですが、馬の仕事をしたいと高校時代、求人で見つけてばんえいの世界に入ったんです。騎手という点では、平地では難しいのでばんえいでよかったと思いますね。いろいろと経験させてもらっています。
今でもJRAは見ますよ。オルフェーヴルのダービーや阪神大賞典はおもしろかったですね。ゴールドシップは強いです。JRAジョッキーデーで、JRAの騎手に会うこともありますが、藤田(伸二)さんは男らしくてかっこいいですね。いろいろとお世話になっています。
斎藤:今後の目標を聞かせてください。
菊池:(繰り上がりでなく)1位入線で重賞を獲りたいです。
斎藤:そうですよね。期待している馬はいますか。明け3歳馬はいろいろな馬に騎乗していますね。
菊池:自厩舎のマツリダワッショイで大きいレースに出られればいいなと思います。多分、今3歳で一番大きい(1月4日現在1065キロ)んですよ。力はあるから、重いレースで有利だと思います。古馬では、メンコイワタシの調子がいいですね。重賞は、ゴールドシップの小林オーナーが寄付していただいた、特別報奨金の出るレースを獲りたいです。(報奨金は)ものすごく励みになっています。
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※インタビュー・写真 / 斎藤友香