約10か月の休養を経て5月に復帰した高知の別府真衣騎手。騎手を辞めようとまで考えた苦悩の時期を乗り越え、たどり着いた現在の心境とは?
5月9日に復帰して1か月と少し経ちました。5月16日には復帰後初勝利! 高知名物一発逆転ファイナルレースで、10番人気ジェイドパンニャーに騎乗し、見事な逃げ切り勝ちでしたね。
ありがとうございます。どの馬が勝ってもおかしくないレースで、細川(忠義)先生からも「強気で行って」とい言われていて。作戦通りの騎乗が出来ました。勝つことが出来て嬉しかったですし、休養が長かったこともあって、1つ勝ててホッとしました。今はレースに乗ることがすごく楽しいですし、休む前と気持ちが全然違いますね。復帰直後と比べるとだいぶ体も慣れて来たかなとは思うんですけど、まだレース勘は完全には戻っていないので、早くその辺りの感覚も取り戻したいです。
昨年の6月30日の騎乗を最後に休養に入ったわけですが、当時はどんなお気持ちでしたか?
休養すると決めるまでは、本当にすごく悩みました。騎手は怪我をしてもなるべく早く復帰するという考えが多いですし、わたしも(2005年に)デビューしてからずっとそういう気持ちでやって来ましたから、最初は怪我をしたわけでもないのにお休みするという考えがなくて。正直、騎手を辞めようという気持ちに傾いていました。
ツイッターでは、心身を整えるための休養と発表されていましたが、外側からは順調そうに見えたので、とても驚きました。
体調があまり良くなかったこともあるんですけど、休む前は以前のように乗れない自分がイヤで、そんな自分を認められなかったというか...。「なんとかしなきゃ」と思ってもがけばもがくほど空回りしてしまって、どんどんダメになっていって。そんな自分がイヤで...、という負のスパイラルでした。体も心もボロボロで、「騎手を辞めよう」と思って周りの方々に相談したんです。その中で特に夫(宮川実騎手)が、「そんなにすぐ辞めると決断する必要はないんじゃない?一度ゆっくり休んでみたら」と言ってくれて。周りの方々のご理解もあって、休養することにしたんです。
悩んだ末に、お休みすると決めた時はいかがでしたか?
休んでいいんだと思いましたし、休むと決めた時には肩の荷が下りたというか、すごくホッとしました。とにかく乗りたいという気持ちがなくなっていたので、とりあえず休もうって。
休養に入ってからは、どんなふうに過ごしていたんですか?
体調も良くなかったので、しばらくはぐったりして寝てばかりいました。気持ち的にも競馬を見たくなかったので、競馬場にも寄り付かないで、3、4か月くらいはダラダラ過ごしていました。
途中、宮川騎手がヘルニアで騎乗をお休みする時期も重なりましたね。
そうなんです。あの時は痛みも強くてとても心配でしたし、「この先どうなるんだろう」という不安もありました。ただ、「今はゆっくりする時期なんだ」とポジティブに考えることが出来ました。夫が復帰する時には、これまで自分が乗っていた時と気持ちが全然違って、すごくドキドキして。外からレースを見るとこんなに心配なんだなって。そういう気持ちが初めてだったので、自分でも驚きましたね。
休養中にはレディスヴィクトリーラウンド(以下LVR)も開催されましたが(高知ラウンドは2月4日)、どんな想いでご覧になっていたんですか?
ちょうど体調も良くなって来て、気持ちも前向きになってきていた時期だったので、すごく刺激を受けました。(宮下)瞳さんは会うたびに心配してくれて「待ってるね」と何度も声をかけてくれましたし、岩永(千明)先輩の優勝にも感動しました...。レディースっていつもドラマがありますよね。ミシェル騎手や後輩たちも頑張っていましたし、すごく勇気づけられました。
今回優勝した岩永騎手も、怪我で休養中に開催されたLVRを見て復帰を決断したと話していました。
当時岩永先輩が悩んでいる姿も見ていたので、今回の優勝は本当に感動しました。高知に来た時にゆっくりお話したんですけど、怪我で休んでいる時のこととか、「待ってるよ」と言ってくれて。あの頃、ちょっと体を動かしたいなと思うようになっていて、動かしているうちに競馬も見たくなっていたんですけど、まだ乗りたいとは思っていなかったんです。でも岩永先輩が優勝したところを見て、わたしも「乗りたいな」って。すごく背中を押していただきました。
復帰の前に、ツイッターでバキバキの腹筋を披露していましたね。前からすごい筋肉でしたが、さらにすごくなったんじゃないですか?
ありがとうございます(笑)。ある程度自分自身で「行ける!」と思ってから復帰したかったので、しっかりトレーニングしました。ただ、馬に乗る筋肉は独特なので、調教で久しぶりに乗った時にはハァハァしちゃって、これはやばいなと(苦笑)。調教を始めてからは、「レース乗って行くか?」と言ってくれた先生もいたんですけど、自分が行けると思ったタイミングまで待ってもらって、そこから復帰出来たのも良かったです。
復帰した時、宮川騎手はどんな反応でしたか?
復帰する時にはものすごく心配してましたけど、勝った時は「良かったな」って言ってくれました。わたし自身も見る側になると心配しますけど、一緒のレースに乗っている時は全然気にならないですね。レースに集中しているので、それどころじゃないですから(笑)。
今の目標は何でしょうか?
これは前から思っていることですけど、瞳さんの後に続きたいという気持ちが強いです。いつか追いついて、追い越したいです。
では、オッズパーク会員の皆さんにメッセージをお願いします。
長期休養させていただいたことで、ゆっくりと心と体を整えることが出来ました。これからは以前にも増して勝てるように頑張ります! 復帰後は無観客開催が続いていて、ファンの皆さまの目の前でレースが出来ない淋しさはありますが、ネットで応援していただいていることは感じていますので、これからも応援よろしくお願いします。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:高知県競馬組合)
現役女性騎手最多勝利数(3月21日現在、地方通算587勝)を誇る、高知の別府真衣騎手。NARグランプリ・優秀女性騎手賞7度目の受賞、レディス&ヤングジョッキーズシリーズではMVLJ賞受賞と、常に女性騎手をリードする存在です。いよいよ大手が懸かる大記録、国内女性騎手最多勝利に向けてお話を伺いました。
2015年は71勝を挙げて優秀女性騎手賞受賞。なんと7度目の受賞だったんですね。おめでとうございます!
ありがとうございます。2014年は受賞できなくてすごく悔しかったので、また受賞することができて本当に嬉しいです。今回が7度目の受賞ということで、自分でもびっくりというか、こんなに何度も獲らせてもらっているんだなとしみじみしました。馬主さんはじめ厩舎関係者の皆さん、いつも応援してくれるファンの皆さんのお蔭です。本当に感謝しています。
一昨年の44勝からジャンプアップした要因はなんですか?
去年が上がったというよりは、ここ何年かずっと自分の競馬ができずにいたんですよね。2011年から約1年間、韓国のソウル競馬場で騎乗させてもらって、技術的にも精神的にもものすごく勉強になったんですけど、ソウルは直線の長い大きなコースなので、"いかに脚を溜められるか"が勝負なんです。そこから戻って来て、高知の"前に行って勝負する"競馬に対応することがなかなかできなくて。自分では積極的に乗っているつもりでも、遠征に行く前とは何かリズムが違うというか。そのリズムを取り戻すために、思った以上に時間が掛かってしまいました。
その辺りのリズムが、去年は戻って来たんですね。
そうですね。前半はまだ引きずっていた面があったんですけど、後半はどんどん良くなって来ました。最近は自分らしい、積極的なレースができるようになっていると思います。今年もそのいい波が続いているので、このまま一年続けたいですね。
3月に名古屋と佐賀で行われた、レディス&ヤングジョッキーズシリーズでは、女性騎手第1位のMVLJ賞を獲得しました。
今は女性騎手がとても少ないので、女性騎手のみでレースができないのが淋しいんですけど。年に一度、全国の女性騎手が集まるレースなのでとても楽しみにしていました。ただ......、名古屋ステージの時は5人(別府騎手、岩永千明騎手、下村瑠衣騎手、木之前葵騎手、鈴木麻優騎手)揃っていたのに、その後に岩永先輩が地元で大きなケガをしてしまって、さらに佐賀ステージでは(下村)瑠衣までケガをして救急車で運ばれて......。2人も大きなケガをしてしまったことは本当にショックだったし、悲しいできごとでした。なので、MVLJを受賞できたことも複雑だったんですけど、嬉しいという気持ちはもちろんありました。やっぱり、今は現役女性騎手の中で最多勝利をしているのは自分なんだっていうプライドを持ってやっていますから、負けたくないという気持ちが強いです。その中で1番になれたことは素直に嬉しかったですね。
さらに、今年の黒船賞の日には、JRA16年ぶりの女性騎手デビューで注目を集めている、藤田菜七子騎手と一緒に騎乗しました。印象はいかがでしたか?
もう、すごく可愛かったです! 高知のみんなもメロメロで、わたしには絶対に言わないような言葉を掛けてました(笑)。騎乗に関しても、とてもしっかり乗れていたと思います。最初は初めての競馬場で戸惑っている面もあったと思いますが、6レース騎乗して最後の2レースは上手に流れに乗っていました。一日の中で菜七子ちゃんが成長していて、すごいなと思いましたね。
この日の第3レースでは同じ別府真司厩舎の馬に乗って、藤田騎手1番人気、別府騎手2番人気での対決になりました。逃げる藤田騎手を差し切って別府騎手が勝利! どんなお気持ちでした?
菜七子ちゃん、ごめんね......と思いながら差し切っていました(笑)。菜七子ちゃんにも勝って欲しかったですけど、そこは勝負の世界なので。周りからかなりからかわれてしまいました......。それにしても、菜七子ちゃんの人気はすごいですね! 1レースからものすごい人が来てて、人間が物見してしまいました(笑)。またいつか高知に来て欲しいですし、他の場所でも一緒に乗れたら嬉しいです。
では、今後の目標を教えて下さい。
ずっと目標にしてきた宮下瞳さんの勝利数626勝に近づいて来たので、今年こそ超えたいと思っています。数字自体は近づいて来たんですけど、瞳さんが現役復帰に向けてがんばっていると聞いたので、それもすごく刺激になっています。菜七子ちゃんもそうだし、瞳さんもそうなんですけど、また女性騎手が増えて盛り上がってくれたら嬉しいですね。その中で負けたくないので一生懸命がんばります!
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※インタビュー / 赤見千尋
このコーナーには2009年1月以来の登場です。当時はデビュー4年目、若干21歳の初々しい姿でしたが、一昨年からの1年間、海外遠征に挑戦するなど、その行動力と向上心には驚かされます。騎手として様々な経験を積み、日々成長している別府真衣騎手。新たな悩みを持ちながらも前向きな姿を見せてくれました。
秋田:前回のインタビューは5年近く前でした。当時と今は何が違いますか?
別府:良い意味でも悪い意味でも焦らくなったというか、落ち着いて状況判断できるようになりました。ただがむしゃらに乗るのではなく、いろいろ考えて乗れるようになったと思います。成績でいえば、がむしゃらに乗っていた頃の方が良いのですが。当時は減量の分もありましたし。精神面の成長がまだ成績には表れていませんが、この落ち着いて乗れるようになったという部分をレースに活かせるようにしたいなと思っているところです。
秋田:この5年間では海外遠征が大きな出来事だと思います。2011年3月から2012年2月までの1年間、韓国で短期免許で騎乗しました。きっかけから教えてください。
別府:釜山で行われた招待レース(2009年8月9日、第1回KRA国際女性騎手招待競走に日本代表として出場)がきっかけです。その時、精神的にやられてしまったんです。今までレディースジョッキーズシリーズでは良い成績を残せましたが、海外に出てみたら全然ダメで...。自分はまだまだだなということに気づかされました。
秋田:それで韓国で乗りたいと申し出たのですね。
別府:そうです。でも高知の騎手は人数が少ないし、その時高知競馬には私と森井美香騎手と女性騎手が2人いて、競馬場を盛り上げていく役目もあったので、なかなか許可が出なかったんです。それでもやっぱり行きたくて。
秋田:想いが叶って韓国・ソウル競馬場での短期免許での騎乗が決まりました。しかし、すぐにケガというアクシデントが...。
別府:着いて2週間くらいで足をケガしてしまいました。言葉も分からないまま手術室に運ばれて、何が何だか分からなくてすごく怖かった...。1年間、韓国にいるつもりだったので、日本の保険なども切っていったから日本にも帰れず、このままいるしかなかったんです。でも、歳が近い騎手たちがお見舞いに来てくれて、言葉が分からないなりにコミュニケーションをとってくれたりしたので、意外に辛くはなかったです。復帰まで2カ月くらいかかりましたが、その間に言葉を覚えることもできました。
秋田:ケガから復帰して、いざ韓国でのレース。日本との違いはどのように感じましたか?
別府:高知より直線が長いですし、韓国の競馬って乗り方が荒いのでけっこう危ないんです。でも、だからこそ冷静に物事を見る力も養えたと思います。
秋田:生活はどうでしたか?
別府:食べ物がすごく美味しくて、5キロ太っちゃったんです。もうパンパンでした(笑)。周りの騎手たちが、体重が軽すぎるからって言ってとにかく食べさせるんですよ。でも太った分レースで鉛を持たなくてもよくなったから、ちょうど良い感じで。日本に帰ってからまた痩せましたが、韓国ではいろんな意味で成長してましたね(笑)。
秋田:その間にレディースジョッキーズシリーズで帰国、見事に優勝しましたね。
別府:韓国での乗り方が慣れてきたところだったので、日本に帰ってきてとまどいました。流れなども違うので。最初の1、2戦はどうなることかと思いましたが、なんとか修正しながら優勝することができました。女性騎手の中では負けたくないという気持ちもありますし。私もいつの間にか女性騎手の中ではお姉さんになっちゃいましたね(笑)。レディースジョッキーシリーズは行われなくなってしまいましたが、このレースを見て騎手になりたいと思う
女の子たちもいると思うので、復活してほしいです。
秋田:改めて、韓国での1年間はどんな1年でしたか?
別府:親元(父は高知競馬場の別府真司調教師)を離れることが初めてだったんですが、意外と楽しく過ごせました。成績としてはあまり勝てたわけではないですが、勉強になった1年間。精神的にはびっくりするほど成長できたと思います。先生も慌てなくなったところは褒めてくれます。
秋田:そんな海外での経験を経て、今年2013年の調子はいかがですか?
別府:今ちょっと自分の中でリズムが良くないんですよね。馬に乗れている感覚がしっくりきていないので、その辺をまず調整することが一番です。足をケガしたからというのもあるかもしれませんが、バランスがとりづらいというか、どうしても可動域が狭くなってしまって。それを戻せれば良い波に乗れると思うし、また勝てると思います。そんなに焦ってはないですよ。
秋田:前回のインタビューでは、NARグランプリの優秀女性騎手賞の獲得と、全国の騎手の中でトップになりたいという目標をあげていましたが、現段階の今後の目標を教えて下さい。
別府:3月17日に地方通算400勝を達成して、宮下瞳さんの記録(地方競馬通算626勝)が見えてきたかなと思っています。ですので、まずはその記録を目指してトップになりたいです!
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※インタビュー / 秋田奈津子 (写真:斎藤修)
2005年のデビュー以来、着実に成績をのばし、歴戦の名手たちと互角の勝負を展開している
別府真衣騎手。
レディースジョッキーズシリーズでは2年連続で2位。3度目の正直をと乗り込んできた
金沢競馬場で、騎手という仕事に対する思いなどをうかがった。
■父がこの仕事をしていなかったら、騎手にはなっていなかったですね。小学校に入ってからは普通の
家で暮らしていましたし、特に競馬を感じることはありませんでしたが、小さいころから騎手になりたいと
は言っていたんです。
それを本気で父に申し出たのは中学1年のとき。でも反対されました。それから普通に中学生活を送る
うちに、美容師になろうかなあなどと考えることもありましたが、中学3年の進路指導の時期に「やっぱり騎手
になりたい」と強く思うようになって、もう一度父にお願いしたんです。でもやっぱりダメだと。それでも母が
私を応援してくれていたので、なんとか説得することができました。
自分の希望をかなえて地方競馬教養センターに旅立った娘を受け入れてくれたのもまた、父だった。
■厩舎実習で高知に戻ったことで、精神的に成長した気がします。帰ると知っている人がいっぱいいますし、
現役馬にも乗れましたし。ただ、実習のころは多少失敗しても、というところがありましたが、今はそうはい
きません。父の厩舎に所属しているからこその緊張感はありますね。
その思いのなかで一戦一戦を大事に騎乗する別府騎手は、7月19日のトレノ賞で、重賞初制覇を
果たした。
■騎乗したロマンタッチは、1300メートルの距離が合いそうだからチャンスだと思っていました。前に行った
ら甘くなるし、後ろすぎても届かないタイプ。あのときは最後にうまく差し切ってくれました。あの馬は本当に
展開次第。そのあとの珊瑚冠賞(1900メートル、石本純也騎手が騎乗)でも後方から2着に来ましたから。
ロマンタッチ号がそうであるように、高知競馬は乗り替わりが多い傾向がある。別府騎手も当然、
例外ではない。
■同じレースの相手が、ほとんど乗ったことがある馬ということもありますね。知っている相手だと、自分
としてはやりやすいように感じます。それにレースをずっと見ていると、あの馬はこうすれば持ち味がもっ
と出るんじゃないかなんて、よく考えるんですよ。そう思っていた馬が自分に回ってきたときには、それを
試すこともあります。乗っているからには勝ちたいですから。
今、差し脚がある馬に乗ったときには、追い込んで勝てるようにと挑戦しているんです。お客さんが見て
いて楽しいのは、逃げ切りより追い込みだと思いますし。特に一発逆転ファイナルレース(近走で敗戦が
続いている馬同士の競走。競馬記者が出走馬を選抜する)では、より思い切ったことができますね。
でも、他の騎手も勝てるチャンスがあるぞと燃えているんですよね(笑)。それにこのレースでは、これが
その馬にとってのラストチャンスかも、という場合があります。そういう馬は、ここでいい結果が残せれば
もう少し現役でいられるかもしれない、そんな思いもあるんです。
毎日を一所懸命に正面から立ち向かっている印象がある別府騎手。しかし今年はある種のカベに
ぶつかった。
■一時期、ぜんぜん勝てなくて......。どんどんメンタル面が悪いほうへと転がってしまっていたんです。
乗っていてもなんだか自分じゃない感覚。馬を追っていても、まるで追えていないことが自分でもわか
っていました。大本命の馬に乗っても勝てる気がしなくて......。実際、そのとおりになったこともありましたし。
いつも普通にできることができないんですよね。足になぜか力が入らなくて、アブミをまったく踏めていない
ということもありました。
そんなとき、ある先輩騎手に"今、乗れていないだろう"と見抜かれました。でも、誰にでもあることだよと
励まされて。一時は本当に悩みましたが、それもいつの間にか治っていたように思います。振り返って
みると、勝ち星が増えてきて、ファンの皆さんに期待されているのを感じていたことが、必要以上のプレ
ッシャーになっていたのかもしれません。
その苦しかった時期を脱出してからレディースジョッキーズシリーズに来ることができたので、もう大丈夫。
本当に最近のことなんですよ(笑)。
キャリアは浅くても注目されるがゆえの苦悩。それでも競馬は毎週行われている。
■自分がどのレースでも精一杯乗ることが一番なんだと思います。その上で、高知競馬場にお客さんが
もっと入ってくれるように、宣伝活動をいっぱいしていきたい。高知競馬のためになることなら、なんでも
したいですね。競馬場に来てくれるお客さんの平均年齢をもっと下げたいなとも思います。
でもいちばん大切なのは、ファンの皆さんを裏切る回数を減らすことかな(笑)。
試行錯誤を繰り返しながら、着実に成長を続けている別府騎手。これからの目標について聞いて
みた。
■(NARグランプリの)優秀女性騎手賞を獲りたいですね。そして、女性というくくりではなく、騎手界の
なかで上位の存在になっていきたいと思っています。レディースジョッキーズシリーズで昨年も2位と
いう結果だったのは、神様が"お前にはまだ早い"と与えてくれた試練かなと。あっさり優勝していたら、
そこで気が抜けちゃいそうな気もしますし。私は障害が立ちはだかっているほうが燃えるタイプなんですよ。
上には上がいますから、向上心を常に忘れないようにしたいと思っています。
宮下瞳騎手に追いついて追い越して、女性騎手ナンバーワンになりたいというデビュー以来の
目標も、もう手が届くところにまできている。「次の狙いはスーパージョッキーズシリーズ?」
と聞いてみると、「いやいや、まだまだですよ」と苦笑い。
しかしながら、競馬に対するその真摯さがあるならば、それもあながち夢物語ではないだろう。
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別府真衣(べっぷまい)
1987年12月8日生
射手座 O型
高知県出身
別府真司厩舎
初騎乗/2005年10月9日
地方通算成績/2,039戦213勝
重賞勝ち鞍/トレノ賞
服色/胴赤・青山形一本輪、そで白・赤星散
らし
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※成績は2008年11月21日現在
(オッズパーククラブ Vol.12 (2009年1月~3月)より転載)