3月22日に行われるばんえいの大一番、ばんえい記念。その次に負担重量が重く、重要なステップレースとして位置づけられている1月の帯広記念を制したのは、安部憲二騎手(47)騎乗のフクドリでした。
帯広記念は6番人気での勝利でした。
自分のレースができた。フクドリは、平ら(1障害と2障害の間)が強い馬。障害の悪さを克服できたのが大きい。すごく強いわけでも、真面目というわけでもない。ただ、うまくはまると爆発的な力を出す。天板に脚かかるくらいまで一気に上がれると能力を発揮できる。だから、そこまで上げるのが俺の仕事。手前で息入れられると、辛抱できて必勝パターンなんだ。レースの主導権を取れるかどうかだな。
障害で大事なのは「遊び腰」を使わないようにすること。馬は動いているけど、そりが動かないことがあるでしょう、それが遊び腰。あと、考える隙を与えるとサボることがある。大事なのは自分のペースで走れるかどうかだね。
3月1日のチャンピオンカップ(9着)は、あんな速い馬場ではなぁ。一番大事なのは、レースに対して前向きになるよう、気分よく走らせることだから。ばんえい記念に向けて後遺症残さないようにしなくてはいけない。
帯広記念を制したフクドリ
ばんえい記念は、昨年2着(西謙一騎手)でした。
以前は12月や2月に行われていたけど、最近は3月。もう季節が春だから、そんなに馬場は軽くならない。去年のことを考えると、2着とはいえゴール前止まったし、楽なレースではないな。とはいえ、ニシキダイジンが勝った2分半のレース(2012年)みたいに、軽すぎてもだめなんだ。
『この勢いなら行ける』と皆川先生は言うけど(笑)、そんなもんじゃない。されど100キロ。どんな展開になるかにもよるけど、障害まで、いい位置に(つけられるよう)持って行くことに徹底する。やっぱりあの馬のレースをすること! だいたい2週間前から準備を始めるよ。
乗り替わりの安部、という印象があります。
いつ俺にまわってきてもいいように準備はしている。この馬はこうなんだな、とわかるよう、若い時から心がけてた。競馬場で育ったわけではなく、田舎(宮城県栗原市)から出てきたしね。
誰か怪我して突然乗り換わったとき「どう乗ればいいんですか」なんて聞くのはだめ。いつ何があっても、それに対応できるようにしてきた。「馬を知る」ということだね。レースしながら、またはレースビデオを見たりの積み重ね。だいたい今走っている馬は分かっているかな。若馬だとわからないのもいるけどね。日々勉強している。この馬はどう乗ったらいいのか考えているよ。自分が乗らなくても、敵になるわけだから。展開を知るというのは、相手を知ること。絶えず見ることから始まって、今も続いている。
癖のある馬でも、俺に求められているのなら乗るし。そういうの嫌いじゃないんだよね。たとえば、真っすぐ走らなかったりぐるぐる回ったりする馬。シンエイキンカイ(2004年旭王冠賞など重賞3勝)がそうだった。逃げる力がすごいんだ。まっすぐになったら強い、というのは分かっていたから。「おまえやってみるか」って言われて調教からやって、5連勝した。そういう馬で、結果出すと自分の馬になるから、面白い。
フクドリは、見てはいたけどレースで乗るのは岩見沢記念(2014年9月)が初めてだった。乗り替わったら、一発なんとかしてやろうと思うじゃないですか。5着だったけどね。時計が落ち着くと、結果の出せる馬だな、と思っていた。この馬はこうかな?と思って乗ったら、ぴったり合うことがあるんだ。(その後の調子の良さは)相性が合った、というのもある。
若い馬よりは、古馬に強いように思います。
年いくと、若馬のレースは忙しい(時計が速い)から疲れる(笑)。それと、帯広は、いちかばちかが決まることがほかの3場(2006年度まで開催していた岩見沢、北見、旭川)より多いのよ。駆け引きをする、時計のかかる古馬の方が得意かな。
15歳馬コトブキライアン(1月3日・2着)
レース中の作戦は、途中で変えたりするものですか?
馬の反応が良かったら行って、悪ければ止める。若い騎手に『何回止めますか』なんてくだらない質問を受けるけどそうじゃない。俺らの仕事は瞬間芸。200メートルで、誰にも聞くことなくやること。経験がモノを言うんだ。
今年の目標を教えてください。
昨年は、若い騎手が台頭してきたけど、自分では、要のレースを納得できたからいい方かな。もう足の怪我は大丈夫。
今年は年男。ジンギスカン(羊)年。特別力入るわけじゃないけどね。特に変わったことはない。1日1日乗せられた馬を一生懸命やる。今日より明日、明日よりあさって。年明けからいいこと(帯広記念制覇)があったので、これからもいいことあるように。
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※インタビュー・写真 / 斎藤友香
ばんえい競馬は平地競馬に比べて騎手の技量が結果につながる割合が高いという面がある。となると、頼りになるのは経験豊かなベテランジョッキー。そのひとりである安部憲二騎手は、騎手会副会長としてばんえい競馬を盛り上げる役割も担っている。
安部騎手は2012 年12 月2日にフジテレビ/関西テレビ系列で放映された『ほこ×たて』で、ばんえい競馬の威信をかけて「絶対に滑らない最強のゴムシート」と戦った。
対戦の話があって、出す馬はテンマデトドケ(服部義幸厩舎)に決まったんですが、その主戦騎手の長澤(幸太)くんが「テレビだと緊張してしまう」と言い出して、それで関係者全体で話し合った結果、僕が手綱を取ることになったんです。全国放送ですから、なんとしてもアピールしなきゃと思ったので、どんなパフォーマンスができるかという問い合わせには、いろいろ提案しましたよ。そのひとつが綱引き。相撲部やら柔道部やらアメフト部の人が来て対戦しました。放送上ではテンマデトドケが圧勝していますが、じつは1回負けているんです。馬って、体が前に進むようにできているから、ふっと力を抜いたときに後ろに引っ張られると対応できないんです。
そういった経緯がありつつも収録は進み、本番の勝負では快勝となった。
ソリが軽すぎるとゴムシートに乗せたその前部が浮き上がってしまうので、荷物と合わせた総重量は800kgに設定しました。それでもまあ勝てるかな、とは思っていましたけどね(笑)。ばん馬のすごさを宣伝することができてよかったです。
テレビ収録が初のコンビながら好結果。ばんえい競馬では平地以上に人と馬とが呼吸を合わせることが重要だ。
いちばんの基本はまっすぐ進ませること。次の基本は負荷をかけるメリハリですね。叩く、すかす、しゃくる。第2障害を降りてからの5m、10 mの間に、その3つのうち、その日のその馬はどれがいちばん反応がいいのか判断するんです。「すかす」は手綱をゆるめる動作。「しゃくる」は、荷物を曳いているとだんだん頭が下がってきますから、その頭を起こす動作ですね。馬は気持ちで頑張りますから、それを感じてやらないと。あとはハミ。ハンドルにもアクセルにもブレーキにもなりますから、正しいハミ遣いができるかどうかで、100の能力が20にも120にもなるんです。
北見記念ではギンガリュウセイを連覇に導いた
写真●ばんえい十勝
ばんえい競馬において、そういった技術を習得するには、たくさんの経験が必要だ。
ばんえい競馬は親類関係などの絆がとても深いんですが、僕はそれを持っていませんでした。それもあって、減量がなくなってから2年くらいは、厩務員として担当している馬でレースに出るのが大半。だから何かきっかけを作ろうと考えましたよ。それで行き着いたのが、人前に多く出るということ。用もないのに調教コースに行って、いろいろな人と話しました。そういったなかで、だんだん結果が出てきたように思います。あと、ばんえい競馬はその馬のことを知っていないと、というところがあります。だから絶えずレースVTRを見て、現役馬を全て覚えました。今でも調教中に見える馬とか、その名前などがわかりますよ。
手綱を取る役目がいつ来てもいいように準備する。それが「テン乗りの安部」という異名につながっているのかもしれない。
勘はよく当たるほうかな、とは思っていますけれどね。でもそれも必要なことで、第2障害を越えさせるための技術は、瞬間芸のようなものだと思っているんです。能力的に抜けているわけではない馬を、ロスなく上げさせるためにはどうすればいいのか。第2障害に挑むとき、馬は前傾姿勢になりますから、ヒザをつく可能性が高くなるんですよね。そうなる手前のギリギリのところで手綱を一気に引っ張って体を起こすんです。そのタイミングの見極めが、瞬間芸という意味ですね。自分としては、第2障害に自信を持っているんですよ。
宮城県北部出身の安部騎手が北海道に来てから30 年が経った。そのなかで、調教方法も少しずつ変わってきているらしい。
馬の背中に乗って運動させることが減りましたね。以前は朝にソリを曳いて、夕方は乗り運動でした。競馬場の平地コースで競走したこともありますよ。でも乗り運動は、馬を御す上で重要なことだと思うんですよ。要は人間も馬も慣れなんですが、人が乗らない、だから馬も慣れないという流れになってしまっている気がしますね。
何しろ相手は強大なパワーの持ち主。信頼関係を築かないと人間が危ない。
去年(2012年)の夏、馬に蹴られてしまいました。そのときは馬場入場時にトラブルがあって、それでもスタート地点に着けたことで気が緩んだんでしょうね。いつも通り、ソリの横でレース前の準備をしていたその場所が、普段よりすごく前。そうしたらいきなり後ろ脚が飛んできたんです。瞬間的に防御の構えをとりましたが、左手の指が裂傷、右手の甲の軟骨が変形してしまいました。
人と馬が寝食をともにしてきたばんえい競馬。そこで安部騎手が重ねてきた勝利は1100を超えた。2012 年はギンガリュウセイとのコンビで重賞を2つ勝利している。
帯広記念(2013 年1月2日)は2着でしたが(優勝馬カネサブラック)、あれは悔いが残りました。直前に出走を回避するかもという話を聞いていたので、第2障害で馬に無理をさせていいのか葛藤があったんです。でも馬の様子を確認すると大丈夫そう。それで仕掛けたら、ふた腰で越えてくれました。でも、僕のその気持ちのロスがなかったら、勝てたかもしれないんですよね。だからこんどは大きいレースで、強い馬を負かしたいと思っているんです。
「考える時間は長いけれど、判断は一瞬。そして少しのロスの積み重ねが大きな差になってしまう」という難しさがばんえい競馬にはある。馬は大柄でダイナミックだが、サラブレッドと同様に繊細で敏感なのも特徴だそうだ。だから騎手にもそういった感性が求められるとのこと。力任せに進めばいい、というわけではないのは平地競馬と同じ。スタートからゴールまでの間に機微が詰まっている、世界で唯一の奥深い競馬である。
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取材・文●浅野靖典
安部憲二 (ばんえい)
あべ けんじ
1967年5月3日生まれ おうし座 B型
宮城県出身 岩本利春厩舎
初騎乗/1993年4月17日
通算成績/11,791戦1,125勝
重賞勝ち鞍/北見記念(2回)、旭王冠賞、ばん
えいグランプリ、ばんえいダービー、ばんえい
オークス、ばんえい菊花賞、ばんえい大賞典、
イレネー記念、チャンピオンカップなど22勝
服色/胴白・緑一本輪、そで白緑縦じま
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※2013年2月28日現在
(オッズパーククラブ Vol.29 (2013年4月~6月)より転載)