九州ダービー栄城賞をイカニカンで勝利し、ダービージョッキーとなった竹吉徹騎手(佐賀)。翌週の佐賀がばいダッシュも制し、2週連続の重賞制覇となりました。
九州ダービー栄城賞制覇、おめでとうございます。
ありがとうございます。ダービーは憧れのレースだったので、勝ててすごく嬉しいです。
イカニカン、強い競馬でしたね。
2歳の若い頃に2回ほど乗せていただいたことがあるんですけど、当時は力はあるけれど幼い面が多いなという印象でした。今回久しぶりにダービーで乗せていただいて、返し馬で跨った時にすごくいい状態だなと。人気薄でプレッシャーもなかったですし、いい雰囲気でレースに臨むことが出来ました。
レースは中団からになりましたが、思い描いていた通りでしたか?
本当はもう少し前、2列目くらいで競馬をしたかったんですけど、そんなにダッシュもつかなくて3列目くらいになりました。ただペースが落ち着いたので、道中はすごく楽に追走することが出来ましたね。手ごたえが良くて、3コーナー過ぎくらいには「前は交わせるだろう」と。あとは後ろから来ない限り負けないだろうなと思っていました。
ゴールした時のお気持ちは?
あまりにも嬉しすぎて、だいぶゴール手前からガッツポーズをしてしまいました。普通の重賞と違ってダービーなんだという実感が沸いて、余計に興奮してしまって......。とにかくとても嬉しかったです。
イカニカンで九州ダービー栄城賞制覇(5月29日)
イカニカンは個性的な名前ということもあって、レース直後にはツイッターのトレンドになっていました。
そうみたいですね。周りの方から聞きました。たくさんの方が佐賀競馬を知るきっかけになってくれたら嬉しいです。
ダービー馬となったイカニカン、どんな性格ですか?
ちょっとまだ競馬が上手ではない部分があるんですよ。砂を被ると嫌がる面があるので、1枠1番で内目を進めたのは良かったですね。まだそういう成長途上なところがある中でダービーを勝ってくれたので、さらに成長したらもっと強くなると思います。
竹吉騎手にとっては2018年ローズカラーで勝ったジュニアチャンピオン以来の重賞制覇でした。
あまり重賞を勝っていない上に、久しぶりに勝たせてもらったのがダービーですから。本当に嬉しかったです。しかも次の週には佐賀がばいダッシュを勝たせていただいて、2週連続で重賞を勝つことが出来ました。どちらも真島元徳厩舎の馬で、オーナーをはじめ関係者の皆さまに感謝しています。
佐賀がばいダッシュのロトヴィグラスは1番人気での勝利でしたね。
ダービーの時とは違って今度は勝ちに行く馬で、負けられないところだったので、勝てて良かったです。ダービーを勝たせてもらったことで、ちょっとは人間に余裕が出て来たというか、あそこで勝ったことが大きくて、がばいダッシュでは人気でも冷静に乗ることが出来たと思います。
ロトヴィグラスで佐賀がばいダッシュ制覇(6月5日)
今年はすでに56勝(2022年7月22日現在)を挙げて重賞も2勝、好調の要因は何でしょうか。
毎年変わりなくやってきたつもりですが、年を取って落ち着きが出たのがいいのかもしれませんね。佐賀は今若手がすごく元気で、競馬場全体で育てていこうという空気があります。若い子たちが頑張っていて僕もいい刺激を受けていますし、その中で中堅として存在感を出して行きたいです。
今後の目標を教えてください。
今年は例年以上に勝ち星も多く、重賞も勝たせてもらって、とてもいい波が来ていると感じるので、この波に乗って怪我なく過ごせるよう頑張ります。
では、オッズパーク会員の皆さまにメッセージをお願いします。
これからも一生懸命頑張りますので、佐賀競馬と共に応援していただけたら嬉しいです。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:佐賀県競馬組合)
5月29日に地方競馬通算1000勝を達成した松島壽(ひさし)調教師。現在は佐賀競馬に所属しますが、元々は荒尾競馬で騎手と調教師をしていました。つい先日、旧荒尾競馬場スタンドで営業していたBAOO荒尾が新施設に移転したニュースもあり、荒尾競馬の思い出も語っていただきました。
(写真:佐賀県競馬組合)
1000勝おめでとうございます。達成した時のレース名が『AKIさん来場記念(C2-11組)』と、オッズパークにも縁のありそうな名前でした。
ありがとうございます。本当はね、前日(第8レース)のリヴィエラボーイで1000勝を狙っていたんですけど3着だったんです。1000勝を達成したアイリステソーロはひと脚しか使えないタイプで、何回か乗っていて癖が分かっている金山昇馬くんに戻したタイミングでした。
前日に達成を期待していた分、1000勝を達成した時は喜びも大きかったのではないですか?
アイリステソーロはひと脚しかなくて予想していなかった馬でした(苦笑)。これまでも、手応えが良くてスーッと上がっていくと4コーナー過ぎでぽっと止まってしまうんです。だから金山くんには「手応えが良くてもそのまま上がっていかずに、先行型だけども追い込み馬だと思って乗ってくれ」と伝えました。それが上手くハマって、直線でまたひと伸びしてくれました。
1000勝を達成したアイリステソーロの鞍上は金山昇馬騎手(写真:佐賀県競馬組合)
松島厩舎では金山騎手をはじめ、中山蓮王騎手、山田義貴騎手など若手騎手を積極的に起用されていますね。
自分も荒尾競馬場で騎手として乗ってきましたから、若手はどんどん乗って勉強しなければいけないと思っています。いま、佐賀競馬は山口勲騎手がトップですけど、若手の中にもいい馬に乗って自信がつけば伸びるジョッキーはいっぱいいます。
成長への期待を込めて、いろんなアドバイスを送っているんですね。
金山くんとはレース後もビデオを見て「3~4コーナーはこんなに大きく回ったらダメだぞ」と話したりします。3コーナーを同じスピードと角度で2頭が並んで回ったとしたら、4コーナーを出る時には外にいる馬が半馬身~1馬身ほど遅れる、と教えています。1馬幅でも空けて回すと、内の馬がそこを狙ってきますから、前の馬のお尻をなめるくらいの距離で回らないと、とずっと教えていました。すると、以前はコーナーで内をすくわれて3着みたいなレースが多かったですが、最近はだいぶいい勝負をしているように思います。
所属厩舎の調教師だけでなく、こうして周りの方々からたくさんアドバイスを受けられることは本人にとって大きな財産でしょうね。
今春にデビューした中山くんと山田くんも一生懸命乗っていますから、うちの厩舎の馬に乗る時は指示をある程度伝えたりします。
そうしてレースの流れや騎乗について学んでいくんでしょうね。ご子息の慧(さとし)さんも荒尾があった頃はジョッキーをしていました。
うちの息子も育てていましたけど、その最中に荒尾競馬が廃止になったもんでね。「佐賀競馬場に来い」と言いましたけど、いまは追分ファーム・リリーバレーで乗っています。そこには荒尾から他にも何名か行きました。
荒尾から佐賀に移籍したのは騎手・調教師それぞれ数名でした。佐賀に移籍して調教師を続けようと思った理由は?
「佐賀で厩舎が空いているから、3名ほど受け入れられます」という話が荒尾側にありました。そこで「松島さん、どうじゃろか?」と相談がありました。そういう話が挙がっていることをお世話になっているオーナーに相談したら、「せっかく調教師免許を持っているんだから、ぜひ行きなさい」と勧めていただき、佐賀に移籍することを決めました。荒尾から移籍した調教師は幣旗(吉昭)さんと頼本(盛行)くんの3人でしたね。
昨年は佐賀移籍後のキャリアハイとなる43勝を挙げました。
今はただ「一鞍ひと鞍、勝っていければいいな」と思っています。だから、本当は1000勝は全然意識していなかったんですよ。それがいつの間にか「あと3勝ばい」と聞いて、「えぇ!嘘やろう?」という感じで気になりはじめました。
荒尾時代はどんな思い出がありますか?
荒尾は私の生まれ故郷でもありますし、競馬場からは雲仙普賢岳や島原半島が見えて、向正面の奥には有明海が一面に広がっていて、素晴らしい景色でしたね。
開催最終日の荒尾競馬場。コースの向こうに有明海や島原半島を望む
荒尾競馬場のスタンドだった建物は長らく場外馬券売り場として利用されてきましたが、6月3日に新施設へ移転したそうですね。
荒尾の時の馬主会会長さんが馬券好きで、「2コーナーあたりにいいのが建っているよ」と聞きました。
これからの競馬人生、何かやりたいことはありますか?
人馬安全が一番の目標です。あと、次男が佐賀で厩務員として頑張っていて、「あと何年かしたら調教師試験を受けようかな」と話しています。息子が私の跡を継いでくれたら一安心ですね。努力して頑張ってほしいと思っています。
最後にオッズパーク会員の皆さんにメッセージをお願いします。
荒尾競馬が廃止された10年前から比べると、売り上げもバンバン伸びています。これ以上伸びるのは難しいかもしれませんが、ファンの皆さんのご協力がなければ伸びませんので、どんどん馬券を買って盛り上げていただければと思います。
またうちの厩舎の馬で、JRA時代に一口出資していた方やその時からのファンの方が今でも応援してくれる馬もいます。そういう風に好きな馬がいれば、追いかけていくというのも楽しいと思います。
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※インタビュー / 大恵陽子
ガルボマンボに騎乗して高知優駿を制した林謙佑騎手。初ダービー制覇のお気持ちを伺いました。
高知優駿制覇、おめでとうございます。
ありがとうございます。素直に嬉しかったです。
全国交流戦ということで強力な遠征馬もいましたが、レース前はどんなことを考えていたのですか?
南関東からの遠征馬は強いかなとは思っていたのですが、自分自身はヴェレノだけを意識して乗っていました。人気はそんなになかったですし、特別緊張もしなかったです。ガルボマンボの競馬が出来ればと思っていました。
レースは先行した3頭を見る形で4番手を追走していました。
最初からあの位置が欲しかったんです。スタートで出たら、あれくらいの位置に付けたいと思っていて、思い通りに運ぶことが出来ました。ガルボマンボはある程度前についていって、直線また徐々に伸びて行くというタイプで、切れ味だったらヴェレノの方が切れますから、そこは意識しました。2周目の向正面でヴェレノが内から見えたので、それで動き始めて。本当によく頑張ってくれましたね。ゴールした瞬間は「勝ったんだ」みないな感じで、意外と冷静でした。周りから「おめでとう」と言ってもらって、ジワジワ実感が沸きました。
ガルボマンボで高知優駿制覇
結果的には高知所属馬のワンツーでしたね。
他の競馬場でやったらわからないですけど、高知は砂が深くて特殊な馬場なので、走り慣れているというのは大きいと思います。
林騎手はもともと船橋競馬所属としてデビューし、高知に移籍したわけですが、高知優駿に参戦した南関東の関係者から「移籍して良かったな」と声を掛けられたそうですね。
僕自身もそう思います。高知でたくさん乗せていただいているので、移籍する時は悩みましたけど、改めて良かったなと実感しました。
林騎手にとっては2018年のトレノ賞以来、久しぶりの重賞制覇になりました。
正直、あまり重賞を勝ちたい勝ちたいという思いはなかったというか、もちろん勝ちたいんですけど、それよりも目の前の競馬に集中しようという気持ちでやって来ました。だからここまで長かったとは感じていないです。高知に移籍する時はかなり悩んで、桑島孝春さんの勝負服のデザインを継がせていただいているのに、移籍していいのだろうかという気持ちもあって。でもいろいろ悩んだ末に決断して、今では移籍して本当に良かったと思います。それも、周りの方々のお陰です。
ガルボマンボにとっては初重賞制覇がダービー制覇となりました。初めて乗った時はどんな印象でしたか?
初めてレースに乗ったのは昨年の秋(2021年11月20日高知第3レース/4着)で、最初の頃から競馬が上手だなという印象がありました。まだその時は重賞までは頭になかったですけど、今年に入って準重賞の土佐水木特別を勝った時に、長い距離ならもしかしたら同世代で一番強いかもしれないと。ダービーもチャンスがあるんじゃないかと、細川忠義調教師や厩務員さんたちが意識し始めて、僕ももしダービーに乗せてもらえるなら頑張りたいなと思いました。
ガルボマンボはどんな性格ですか?
普段はびびりなところがあるんです。調教だと後ろから馬が来るとハミをすごく取ってカリカリして。レースでは落ち着いていて、逆にハミを取らな過ぎて不安なくらいなんですけど。調教はそういう難しいところがあるので、元騎手の三村展久厩務員が、所属厩舎は違うんですけどずっと攻め馬を担当しているんです。自分はレースに乗せてもらっているだけなので、三村さんが調教してくれているというのが大きいです。乗せてくれたオーナーはじめ、周りの方々に感謝しています。
今後の目標を教えてください。
自分自身の目標は、たくさん乗せていただいて、その期待に応えられるよう精一杯頑張ることです。ガルボマンボとの目標は、とても競馬が上手な馬なので、僕が邪魔をしないよう気をつけながら、また一緒に頑張りたいです。
では、オッズパーク会員の皆さまにメッセージをお願いします。
いつも高知競馬を応援していただき、ありがとうございます。今は高知の注目度が上がって、売上もすごく上がって、とてもありがたいです。これまで頑張って来た方々が築いてくれた高知競馬を僕らの世代で壊さないよう、これからも頑張ります。ガルボマンボはまだまだこれからも成長すると思うので、人馬ともに応援していただけたら嬉しいです。
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※インタビュー / 赤見千尋
混戦ムード漂った第23回兵庫ダービーをバウチェイサーで制した笹田知宏騎手。兵庫三冠の開幕直前は「ダービー最有力候補」と目された一方、菊水賞3着、兵庫チャンピオンシップ10着と敗れてしまいました。そこから見事な巻き返しに成功した喜びの声、そして若い頃はニュージーランドで騎乗し、地方競馬の騎手免許を取得して今秋で11年を迎える笹田騎手自身のことを伺いました。
兵庫ダービー、おめでとうございました。
ありがとうございます。
バウチェイサーは今春の早い段階から地元で「ダービー最有力候補」と囁かれていました。ここまでの経緯を教えてください。
昨年、2歳秋に新子厩舎に来て、移籍初戦を強い勝ち方をして兵庫ジュニアグランプリ(4着)でもいい競馬ができたので、「来年は大きなところを目指そう」という話をずっとしていました。でも、菊水賞は馬の反応があまり良くなくて、敗因もハッキリしませんでした。それを踏まえた上で兵庫チャンピオンシップでは前半から気合いをつけて出して行ったのですが、それが兵庫ダービーでは生きたのかなと思います。それに、僕らの想像以上に馬もしっかり成長してくれて、感謝しています。
改めて兵庫ダービー当日を振り返りたいのですが、返し馬の感触はどうでしたか?
いつもより落ち着いていて、それがいいのか悪いのかはよく分からなかったんですけど、笠松や川崎に遠征した時もすごく落ち着いていてゲートの出も良かったので、きっといい方に向くだろうと思いながら、自分も落ち着こうと思いました。
ニネンビーグミなど同型馬の存在もありました。レースプランはどう描いていましたか?
はじめから2番手につけるつもりでした。笠松でゴールドジュニアを勝った時も2番手外でいい形で走ってくれて、兵庫ダービーでも想像していた通り2番手で力を抜いてくれました。
そうすると、3~4コーナーの手応えは?
良かったですね。今までにないぐらいのいい手応えだったので、本当はちょっと仕掛けるのが早いんですけど、でも「この手応えなら!」と思って行きました。
ダービーの勝負所をいい手応えで回ってくる時って、胸の高鳴りとかどうでしたか?
どちらかと言うといつもより冷静でした。ダービーだからというわけじゃなく、大事なレースの時はいつもそうなんですけど、勝負所のタイミングだけは間違えないようにと思っています。いつもより冷静に、馬の呼吸と背中の感触を確かめてからゴーサインを出しました。
兵庫ダービーを制したバウチェイサー
ゴール後には関係者に向かって喜びの声を上げているのが聞こえてきました。
菊水賞が悔しい負け方で、それを踏まえてみんなでここを目指してやってきたので、そこを勝てたというのは大きくて、自然と「よっしゃ!」と言っていました。ダービーが終わってからもたくさんの人に「おめでとう」と言ってもらえました。栗東の地元の友人や、父の元にも祝福の言葉があったみたいで、本当にダービーは特別なんだなと思いました。
笹田騎手の父はオークスなどを制した笹田和秀調教師(JRA)、祖父は数々のビッグレースを制した伊藤雄二元調教師(JRA)です。勝利騎手インタビューでの「この業界に生まれ育って、ダービーの重みはすごく分かっていました」という言葉に重みを感じます。
ずっと栗東トレセンの厩舎に住んでいて、祖父が管理するウイニングチケットが勝った時は7歳でした。子供だったので、ダービー前のピリピリしている感覚はよく分からなかったですけど、中学生くらいになると競馬場の雰囲気が変わるというのが伝わってきました。それに、そういう時に武豊さんはしっかり勝っていた方なので、自然と「ああいう風になりたいな」と目指しました。
ウイニングチケットでは柴田政人元騎手が悲願のダービー制覇を果たしましたが、今年の兵庫ダービーでは新子雅司調教師が「笹田騎手をダービージョッキーにするのが目標」とおっしゃっていた夢を二人で実現されました。
先生がそうおっしゃっているのを直接は聞いていないんですけど、レース後に周りの人から聞いて、先生の偉大さを感じました。僕は勝たせてもらったという立場で、本当に感謝しかありません。
笹田騎手は園田・姫路競馬でデビュー時は重畠勝利厩舎の所属でしたが、2013年に重畠調教師逝去により新子厩舎へ移籍しました。そこから重賞を勝ったり年間100勝など、どんどん輝いていっているように感じます。
新子先生のところに所属になった当初は、ここまでしっかり「師匠と弟子」という関係ではなくて、籍だけ置かせてもらったんですけど、そんな僕を先生はずっと乗せてくださいました。先生の成績が上がるにつれて僕の成績も上がっていないと、周りからの先生を見る目もあまり良くないと思うので、僕もちゃんと成績を上げないと、という自覚が芽生えていきました。でもまだまだ未熟で、もっと上手なジョッキーはいるので、もっとしっかり任せてもらえるように頑張りたいです。
これからの目標はなんですか?
バウチェイサーはこれからも大きいレースを狙っていくと思うので、僕自身もしっかり力をつけてグレードレースで勝負ができるようになりたいです。厩舎にはイグナイターという大きな看板馬がいるので、少しでも近づけるように頑張りたいです。
最後に、オッズパーク会員のみなさんへメッセージをお願いします。
今回こうしてダービーを勝たせてもらえて、周りの人のありがたみというのがよく分かりました。これからもその気持ちを忘れず、少しでも色んな人に還元できるようなジョッキーになっていきたいなと思います。これからも応援してもらえたらなと思います。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子