1997年に益田デビューから白星を積み重ねること2924勝(1月16日現在)。日本海が生んだ天才マジシャンとしてその名は日本列島に知れわたり、1996年に福山へ電撃移籍した当時は「福山競馬の歴史を塗り替える男」として衝撃が走った。50歳にしていまもなお、瀬戸内を代表するスーパージョッキーとして君臨する魅惑のエンドレスファイター。「生涯一騎手」の精神を貫き通す勝負師の素顔に迫ってみた。
昨年こそ初のリーディングジョッキーを獲得するチャンスだったけど、終わってみれば楢崎くんに独走を許してしまった。僕個人としては昨年こそは岡崎くんに初タイトルを獲ってもらいたかった(楢崎くん失礼!!)けど、またもや無冠に...。まず2010年を振り返っての感想から聞かせてほしいのだけど...。
岡崎騎手: 結果は2位だったですけど、自分では充実した1年で悔いはないですよ。リーディングジョッキーこそ逃したけど、ワールドスーパージョッキーズトライアルに出場できただけでも光栄。最後の最後で池田くんに 猛追されてかなりプレッシャーがかかりましたが、出場が確定したトミノプラネットでギリギリ一杯で逃げ込めた瞬間、「しめた!!これで行ける」と心の中で叫びましたよ。嬉しくて嬉しくて重賞並みにファンに感謝の念をこめてウイニングランをやっちゃいました。スタンド前で思わずガッツポーズがガッツポーズまで飛び出しちゃって...。今年もワールドスーパージョッキーでの出場権をゲットすべく、スタートからバリバリ飛ばしますよ。
その、昨年のワールドスーパージョッキーズトライアル2010なんだけど、結果はまさかのブービー。最下位が高知の赤岡くんで大ショックだったな...。
岡崎騎手: どうもボクはクジ運がないんですよね。乗り馬のほとんどが予想紙のノーマーク。馬の力量差があまりにも開きすぎていてどうする こともできなかったという感じなんです。ある程度の馬に乗って岡崎準をアピールしたかったのですが...。だから、宝くじなんかは一切、買いません(笑)。
それでも福山代表のジョッキーとしてかなり注目を集めたのは事実。ワールドス ーパージョッキーズトライアル2010を振り返ると...。
岡崎騎手: 成績はサッパリでしたけど、とにかく水沢、帯広ともに馬場が広くて乗りやすいというか、ゆったりとレースができるので福山とは全然感覚が違いましたね。3年前に短期移籍ジョッキーとして南関東で2カ月騎乗(通算4勝)しましたが、追い込みに自信があるボクにとっては直線の長い競馬場が合いますね。できればもう一度、南関東で乗ってみたい気分になりますね。
福山のジョッキーでは前人未踏の3000勝へあと僅かと迫った。これだけ勝てるんだから、騎手になるべくしてなったという感じがするけど、ジョッキーをめざそうとした動機というか、夢を追い求めたキッカケは何なの?
岡崎騎手: いい質問ですね(笑)。あれは中学生の頃ですかね、知り合い の馬主さんに誘われて益田競馬場へ行ったんですよ。競馬場でレースを見るのは初めてだったんですけど、迫力があって凄くカッコいいなって思ったんです。なんか直線の激しい追い比べが衝撃的でも、自分もこんな男と男の勝負の世界でメシが食えれば最高だなと思いましたよ。これが競馬との運命的な出会いです。
普通の会社員とは違い、ジョッキーは命がけの職業。当然のことながら、 苦労話もあったと思うんだけど...。
岡崎騎手: それが不思議と思い当たらないんですよね。初めて馬に乗った感想が「思っていたより高いんだな」と思っただけ。苦労話を聞かせたかったのですが、すべてにスムーズにいきましたね。やはりボクは馬に乗るために 生まれてきたのでしょうか(笑)。神様のいたずらかな?
ところで96年に福山へ電撃移籍でかなり話題になった。僕自身も個人的に 岡崎ファンのひとりだったんだけど、スタージョッキーが去るわけで益田のファン はきっと寂しい思いをしたはずだが...。
岡崎騎手: それが意外にもファンの多くがスムーズに受け入れてくれたんです。益田 最後の騎乗で「準ちゃん、福山でもがんばって!!ずっと応援し続けるけぇ」とス タンドからエールが耳に届いた瞬間、胸にグッとくるものがありましたね。ファン の声援は我々、騎手にとっては心の支えというか、大きな励みになります。ありがたい ですね。
昨年、このコーナーでも﨏畑くんにも聞いてみたんだけど、これまでJRAで活躍した馬の中で 乗ってみたかったという馬は...。ゴール際の魔術師と呼ばれる岡崎騎手だから、 やはり追い込みタイプなのかな?
岡崎騎手: 武豊くんが乗って競馬ブームを再燃させたディープインパクトですね。とにかくあの追い出してからしびれるような感触の伸び。切れ味勝負の馬が好みのボクにとっては最高だったでしょうね。騎手冥利に尽きる馬、それがディープインパクトです。
納得だね。ところで福山へ来て14年。これまで思い出に残ったレース、馬は どれかな?大舞台でいい仕事をしてきた岡崎くんだけに数え切れないだろう けど...。
岡崎騎手: 古くはサンワテイオーで、ひと昔前まではアラブの鬼脚ランナーとして福山大賞典を連覇したユキノホマレ。どちらとも凄い馬でしたが、ユキノホマレのあの長い脚には背筋に電流が走る思いでしたよ。2003年の大賞典を勝たせてくれたユキノホマレには特に愛着がありますね。あと、最近では道営育ちで天才的な走りをしたクロイチョキンバコですかね。故障で太く短くの競走生活でしたが、 スピードに、プラス破壊力を兼ね備えた魅惑のランナーでその感触がいまだにボクの体に 残っています。
話はガラリ変わるけど、朝の早いジョッキーはこの寒い中、大変だろうけど、岡崎 くん、一日のスケジュールは...。
岡崎騎手: 朝は2時半から黙々と調教を続ける毎日ですね。夏は暑いし、冬は底冷えのする寒さでつらいですが、馬に乗ると気分がシャッキとしますね。今年の7月で51歳になりますが、まだまだ気分は18歳。若いモンにゃ負けられませんよ。大体、攻め馬を終えるのが9時くらいになりますかね。曜日によっても終わる時間が違うんですが...。
ボクも厩舎取材で攻め馬の風景を見ているんだけど、暗いうちから何頭も攻め馬 を消化するのって大変って感じる。特に岡崎くんは攻め馬だけでなく、きゅう務員も 兼ねてやっている。かなりハードじゃないの?
岡崎騎手: 騎手だけでメシは食っていけない。これが地方競馬の現状でやむを得ないですね。でも、これで家族を支えられると思ったら、なんてことないッスよ。競馬が続く限り、がんばり通すだけです。
騎手ときゅう務員、二束のわらじで奮闘を続ける岡崎くんにとって趣味というか、 人生の楽しみとは?酒豪で知られる岡崎くん、やはり晩酌なのかな...。
岡崎騎手: またもやいい質問ですね(笑)。よく福山エースさんのホームページで焼酎2升は軽い(笑)なんて書いてますけど、ちょっとオーバー。若い時は焼酎1升なんてこともたまにありましたが、いまは3合程度。焼酎を飲んでいると「一日が終わったな」って感じで苦労なんて吹き飛んでしまう。特にいい勝負をしたあとの焼酎がめちゃウマいです。最高の味ですね。
岡崎くんの趣味は?究極のマジシャンと呼ばれるくらいだから、手品でも得意 なのかな(笑)。
岡崎騎手: 手品はレースだけの話。趣味ですか?ほとんどないので答えようがないですね。趣味の一種かもしれませんが、サスペンスドラマを録画して休日に焼酎を飲みながら、自分なりに事件を推理するのがたまらない楽しみですね。最近では玉木宏主演の刑事ドラマ「ギルティ」にハマりました。古畑任三郎もいいですが、玉木宏の演技力もなかなかですよ。いずれにしても朝が早いので録画でしかサスペ ンスドラマが見れないのが残念ですね。
ジョッキーインタビューも終盤へと近づいたけど、2011年に期待する馬は...。
岡崎騎手: オープンのフジノアリオンはもちろんですが、JRAから転入して11戦8勝の快進撃を続けるアラタマデジタルに未知の魅力を感じますね。トモの甘い馬でゲートに甘さはありますが、スピードセンス抜群の牝馬でまだまだクラスが上がっても勝ち続けるだけの資質を秘めていますし、確実にひと開催1勝を計算でるので貴重な存在でもあります。もう1頭挙げるとすればワールドウイングですね。 まだクラスが下なのでこちらも1勝を計算できる。この2頭はボクにとって貴重な存在です。
いずれにしてもレース後はオッズパークさんのサイトで反省、復習は欠かしません(社交辞令もさすがの好騎乗)。
最後に福山のみならず、全国にも沢山のファンが岡崎騎手を応援している。 今後の夢と抱負をファンに伝えてください。
岡崎騎手: これまで5、6度大ケガをして一時はジョッキーを諦めるような重傷を 負ったこともありましたが、その都度ファンの皆様の暖かいご声援に励まされてここまで来ることができました。本当にありがとうございます。もちろん2011年も一戦入魂の精神で白星を積み重ねるだけです。一日も早く3000勝が達成できればと思ってい ます。そして今年こそは無冠を返上したですね。福山でのリーディングジョッキー は夢でもありましたから。今後も岡崎準のご声援、よろしくお願いします。
50歳とは思えないほど、ハツラツとした笑顔でエネルギッシュさが全身に漂う瀬戸内の スーパーマジシャン。ジョッキー人生、34年の集大成。2011年、岡崎準がオーラを放つ。
※インタビュー / 福山エース・樋本デスク
2月14日現在、地方通算3894勝。今年デビューから33年目を迎え、佐賀のみならず地方競馬のトップを走り続けている鮫島克也騎手に、ご自身のこと、そして中央競馬で活躍する息子の鮫島良太騎手のことについてもうかがいました。
斎藤:まずは、騎手になったきっかけを教えてください。
鮫島:父も騎手をやっていて、佐賀で調教師になって、その流れで自然と騎手になりました。幼稚園くらいのときから馬に乗せられて、馬の世話もしていました。
斎藤:思い出に残る馬といえば......。
鮫島:たくさんいるんですが、カムイフアースト(91年開設記念など)とか、キングオブザロード(96年サラブレッドグランプリなど重賞6勝)とか......。キングオブザロードには、かなり勝たせてもらいました。調教がめちゃくちゃうるさかったんですが、レースになったら素直に走るんですよ。レースを知っているような感じで走るんで、攻め馬に手こずったぶん、印象に残ってますね。
アラブでは、オクタマキングですね。西日本アラブ大賞典(95年)を勝たせてもらいました。いつも中団から差してくるような馬で、佐賀のアラブでは敵がいないくらい強かったですね。
斎藤:中央では30勝を挙げていますが、その中には、あのウオッカのデビュー勝ちもありました。
鮫島:あのときは、つかまってるだけでした(笑)。ほんとに強い馬でした。たまたま京都に(佐賀の馬を)使いに行ってる時に頼まれたんですけど、その後の活躍にはびっくりですね。まさかダービーを勝つとは思いませんでした。いい馬に乗せてもらって、いい経験をしました。
中央では、リルダヴァルにも乗せてもらって、あの新馬戦もめちゃくちゃ強かったですね。
斎藤:中央では、2001年のワールドスーパージョッキーズシリーズに地方代表で出場して、総合優勝しました。
鮫島:あのときは、すごく楽しんで乗れました。1日目は勝てなかったですが、2日目は2レースとも勝てそうな気がして、それでほんとに勝っちゃったんですけど、すごく楽しんで乗れたのがよかったのかなと思います。ほかのジョッキーもみんなうまいですから、レースがしやすかったです。中央では阪神コースがいちばん好きということもありました。
斎藤:昨年は、釜山や南関東でも騎乗しました。
鮫島:大変でしたね。日常生活もですけど、レースも佐賀で乗ってるのとはぜんぜん違いますからね。釜山には釜山のレースがあるし、南関東には南関東のレースがある。どちらも慣れるのに時間がかかりました。釜山では騎乗停止にもなって、正味1カ月くらいしか乗れませんでした。それでもいろいろな経験ができたのはよかったですね。
斎藤:息子の良太騎手のことについてうかがいます。会う機会は少ないと思いますが、話はよくしますか。
鮫島:小倉開催のときは帰ってきたりしますけど、電話では週に1回くらいは話をしますね。
斎藤:中央競馬は、佐賀と開催日が重なることが多いですが、レースは毎週ご覧になっていますか。
鮫島:DVDに録っておいて、夜に見ます。気になるところがあると、電話で言っちゃいますね。
斎藤:良太騎手は、2005年にデビューして、昨年末でちょうど200勝、重賞は5勝しています。
鮫島:今年になってなかなか勝てないんで、本人も悩んでるみたいです。重賞は、強い馬に乗せてもらってるから勝てたようなもんで、やっぱり人気がない馬で勝ってほしいですね。デビューしたころに比べて、だいぶしっかり追うようにはなったんですけど、まだまだ自分で努力していくこと、勉強していくことはたくさんあります。レースでは、あまり慌てないところはいいと思うんですけど、それが長所でもあって短所でもあるみたいな感じがします。もうちょっと思い切りよく乗ったほうがいいと思うこともあります。ま、中央は多頭数でぜんぜんレースが違うし、あまりわからないこともありますけど。
斎藤:鮫島騎手自身のお話に戻りますが、通算4000勝がだいぶ近づいてきました。達成すれば、地方競馬では史上7人目、現役では5人目になります。
鮫島:ぜひ達成したい数字ですね。年始のあいさつで、ファンのみなさんに4000勝するって言ったので、今年中には達成したいと思います。
※インタビュー / 斎藤修