今年デビュー10年目を迎えた兵庫の大柿一真騎手。昨年は54勝を挙げ、自己最高の成績を残しました。若手から中堅の域に入った今、これまでの想いを語っていただきました。
去年は54勝を挙げ、久しぶりに50勝の大台を突破しましたね。
デビュー2年目以来ですから、7年ぶりですか。ケガがあったりしてずっと低迷していたんですけど、やっといいリズムに戻って来たのかなと。一昨年44勝させてもらって、そのいい流れで去年も過ごせたことが大きいと思います。1着だけじゃなく2着や3着も増えていて、勝負になる馬にたくさん乗せていただけるようになりました。関係者の方々に感謝の気持ちでいっぱいです。
若手という印象が強い大柿騎手も今年で10年目です。ここまでを振り返っていかがですか?
先ほども言いましたけど、2年目に50勝させてもらって、4年目にはアスカリーブルで重賞を勝たせてもらって。これで波が来るかな、と思ったけれど、この世界そんなに甘くないですよね。普段からお世話になっている方々は引き続き乗せてくれましたけど、乗り馬が増えるわけでもなく、他の厩舎から声がかかるわけでもなく、淡々と過ごしてました。なんていうか...、全然噛み合わない時期もあったんですよ。ガクッと成績が落ちてしまって、まだまだキャリアを積まないと上には行けないなと思いました。
そこで思い切って、期間限定騎乗で南関東にチャレンジしようと思ったんですね。
20勝くらいで低迷していましたし、若手の枠で条件をクリアしていたので、行くなら今しかないなと。ちょうど結婚したタイミングではあったんですけど、このままじゃダメだと思って、刺激を受けるために行きたいと思いました。でも船橋に行く直前にレース中落馬して足を骨折してしまって...。4か月かかって復帰したんですけど、船橋の方から時期を替えて乗りに来ていいよと言っていただいて。それでもう一度日程を決めて、今度こそという時に調教で落馬して腰を骨折したんです。
結局、期間限定騎乗には行けなかったんですね。
そうなんです。せっかくチャンスがあったのに、本当に残念でした。僕は自厩舎(山口浩幸厩舎)メインで調教をやっているので、1日20頭以上乗るんですけど、僕が抜けることで自厩舎にも迷惑をかけるわけじゃないですか。それでも山口先生は快く「行ってこい」って言ってくれたんです。結局違う場所(病院)に行くことになりましたけど(苦笑)。それに、2度目のケガはけっこうしんどかったですね。腰の状態が良くなくて、「手術してみないとわかりません」て言われたんです。
それは騎手を続けられるかってことですか?
そうです、そうです。手術の前日に説明を受けたんですけど、人よりも骨が細くて大人用のボルトが入らないって。だから手術してみないと、その後のことはわからないって言われて。この時はさすがに凹みました。結婚して子供が生まれたばかりでしたし、騎手を辞めたくないっていう気持ちと、家族に飯食わせていけるんかっていう不安でかなり落ち込みました。
そこからどう気持ちを切り替えたんですか?
まぁ基本的にはポジティブなので、「あとは先生に任せるしかないな」と。2か月半寝たきりで過ごして、7、8か月くらいリハビリしました。ジョッキーとして戻れなかったらと思うと怖かったですけど、ちょうど子供が生まれたばかりでしたから、そばで成長が見られたことは良かったかなと思います。
辞めたいとは思わなかったですか?
それは思わなかったですね。騎手という仕事が好きですし、騎手として戻れるならって気持ちでがんばりました。ただ、復帰してからケガしたところは大丈夫だったんですけど、前と同じように乗れなくて、周りから「腰の影響だ」って言われるのがすごく悔しかったです。自分が乗れないことを勝手に周りに言い訳つけられてて。そうじゃないって言葉で言っても意味ないですから。
そこからどういい流れに繋げたんですか?
結局騎手って、一人ではどうにもならないんですよね。もちろんトレーニングしたり自分自身の努力も大事なんですけど、周りの方に支えてもらえなかったら何もできないんです。そういう周りの有難みを実感しながら、毎日淡々と過ごしていました。周りの方々から、「お前は乗れる」「いつかは上に行けるから」と言ってもらえることが本当に支えになりました。今は勝ち鞍が少なくても、10年20年我慢したらいつか自分に流れが来るって信じて、自分の乗り馬はもちろん、他の馬たちのことも研究するようになりました。
兵庫は去年下原理騎手が大ブレイクして、リーディングの順位が大きく変わりましたね。
上の3人(木村健騎手、田中学騎手、川原正一騎手)の次は理さんだろうとは思ってましたけど、あれだけ勝ち星を挙げてリーディングを獲ったので、本当にすごいなって思います。
自分もいつかは...という気持ちはありますけど、僕くらいの技術のもんに「リーディング獲ります!」って言われたくないだろうなって...。もし僕がリーディングなら思いますから(苦笑)。今はその手前を目指します! 一昨年44勝、去年54勝なので、今年はそれ以上の勝ち星を挙げたいです。
改めて、2017年の豊富をお願いします。
ここで踏ん張らないと、また低迷してた時に逆戻りしてしまうので、今年は自分でも勝負の年だと思っています。一気にバーンと勝てるようにはならないですから、少しずつ、着実に上がっていきたいです。先輩たちの層は厚いですし、後輩でも元気のいいのがたくさんいますけど、自分は一度落ちているんでね、そこから這い上がって来たというのはゆくゆくプラスになると信じています。
では、ファンの皆さんにメッセージをお願いします。
1年半くらい前からツイッターを始めたんですけど、そこで園田に来る方以外のファンの方がたくさんいるということを実感しました。遠い場所でも僕のことを知ってくれていて、馬券を買ってくれる人がいる、その事実がすごく嬉しいです。だからこそもっともっと上にいって、名前を知ってもらいたいですね。人気の馬を持ってくるのは当然なので、人気薄でも結果を出せるようがんばります!
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※インタビュー / 赤見千尋
大柿騎手(22歳)といえば、『園田プリンセスカップ』(昨年9月22日)で初重賞制覇を成し遂げた表彰台で、恋人にプロポーズをしたことで一躍有名になった騎手です。
竹之上:まずはプロポーズに至った経緯を教えてくれる?
大柿:もうそろそろ彼女と結婚しようかなぁと思ってたころで、そんなことを調教中に北野(真弘騎手)さんに話してたら、「お前今度重賞で勝てそうな馬がおるやろ。その表彰式のときにしたらどうや」って言われたんです。
なんと、あの衝撃プロポーズは、北野騎手の発案だったのです!
レースの前の週、騎乗するアスカリーブルの話を訊きに行ったとき、神妙な顔で大柿騎手がにじり寄り「実はそのことで相談が...」と言ってきたのです。「もし勝ったら、当日来る彼女に表彰台からプロポーズをしたいんですけど、そんなことをしてもいいですかね」と。
竹:ええがな、前代未聞やけど、やってみたらええがな。って言ったけど、あかんって言ってらどうしてた?
大:どんな形でもプロポーズはしようと思ってました。結果的に表彰台で伝えることができて良かったです。でも、あのときはめっちゃ緊張しましたよ。
竹:そうやな、若手騎手が初重賞制覇するわけやし、嬉しくてたまらないか、涙を見せるかっていうのが相場やけど、ガチガチになって青ざめてた感じやったもんな。
大:あの日は乗り鞍自体があのレースだけだったので、朝からレースのことばっかり考えてました。内枠だったので、初めて砂をかぶる競馬になったらどうしようと不安になっていました。だから勝ったあとはホッとするところなんですけど、まだこのあとやることがあるんやと思ったら、めっちゃ緊張してきて...。
「こんなぼくですが、結婚してください!」と直球のプロポーズ。もちろん成功して、3月3日に入籍。3月30日に挙式の運び。多くの人が見届け人になったわけやから、絶対に幸せになるように!
竹:甘い新婚生活が待っているところやけど、6月から南関東の船橋で期間限定騎乗することが決まってるんやね。
大:そうなんです。でも、彼女には早い段階から遠征に行くってことは言ってましたから、納得してくれてます。それより、自厩舎(山口浩厩舎)の方が気がかりで...。だから先生になかなか言えなかったんです。
竹:厩舎に迷惑がかかることを心配したの?
大:調教している馬の数は、西脇トレセンの中でもかなり多くやっている方だと思います。だから、ぼくが船橋に行っている間、誰かに負担がかかるわけじゃないですか、それがあるので先生からお許しが出ないんじゃないかと思ったんです。
竹:でも先生は許してくれたんやね。
大:意外にあっさりね(笑)。「何かつかんで帰ってくるんやったらええよ」って。
竹:いいこと言ってくれるねぇ。
大:「調教がしんどくなるなぁ」って冗談で言われましたけどね(笑)。ただ、調教がしんどくなるのは事実なので、だから3ヶ月まで遠征できるんですが、2ケ月の申請にしたんです。うちの厩舎のことを考えると、それが限界かなと。
船橋での所属厩舎は天下の川島正行調教師の息子さんである川島正一厩舎となりました。
大:うちの厩務員さんが大井の関係者と親しいから聞いてみると言ってくれてたんですが、話がまとまらず、最後の切り札として取っておいた、川島正太郎(船橋騎手)に直接電話をして頼んでみたんです。ぼく彼と同期なんですよ。
竹:ええカードを残してたなぁ。そういえば、アスカリーブルは川島正行厩舎に移ったんやね。ひょっとして騎乗依頼があったりして。
大:それはないでしょう。あったら嬉しいですけどね(笑)。でも、川島正一厩舎にも、うちの厩舎にいたプレミールサダコがいるんですよ。何かの縁かなぁって思いますね。
竹:アスカリーブルが『ユングフラウ賞』で強い勝ち方したよね。どう見てた?ずっとこっちにいて乗り続けたかったとは思わない?
大:別に思いませんね。移籍はしょうがないことですから。それより、デビューから乗せてもらって無傷の4連勝で重賞制覇させてもらったんですから、すごく感謝しています。結婚にも繋がりましたしね(笑)。とにかくアスカの活躍は素直に嬉しいです。
デビューから5年目を迎える大柿騎手。初年度に16勝。2年目には50勝(リーディング12位)を挙げる大活躍。しかも騎乗回数は群雄割拠の兵庫において、新人としては破格の842回という騎乗数。これはその年の39名中、5位の記録だったのです。
しかし、その後は23勝、29勝と落ち込み、今年は2月23日現在、まだ2勝。乗り数も大きく減少傾向にあり、完全に伸び悩みといえる状況です。
大:はい、完全に伸び悩んでいます。デビューした頃はうまくいくことが多かったのですが、最近は...。周りの人からは下半身が不安定やと言われるんです。とくに理(おさむ・下原騎手)さんには厳しく指摘されますね。
竹:いくら先輩でも、本当は賞金を取り合うライバルなわけやし、アドバイスしてくれるってありがたいね。
大:本当に理さんには技術面でいつもいいアドバイスをもらっています。それから、精神面では北野さんにケアしてもらってますね(笑)どちらも面倒見のいい優しい先輩です。
竹:いい先輩に恵まれてるね。それで、新人のときにできたことが、いまできないのはどういうところだと思うの?
大:デビューしたての頃の方が、騎座がしっかりしてたんだと思います。教養センターでやってた鍛錬が効いていたんじゃないでしょうか。あのときの教官で杉山先生って方がいたんです。その先生に毎日課せられていた下半身強化のトレーニングがキツかったんですけど、すごい効果があったんです。
いまでも行き詰ると、杉山先生に連絡してアドバイスをもらっているという大柿騎手。その声に触れ、初心に帰ることに、はたと気付かされます。
竹:またそのトレーニングを始めたんやね。
大:毎日ってわけじゃないですけど、徐々に始めています。初心を思い出して、もう一度立て直そうと。そんな時期に南関東への遠征話も入り、結婚して家庭を築いていくわけですから、もっとしっかりせなあかんと思ってきたのです。一からやり直すぐらいの気持ちで頑張ります!
竹:最後に、今後の目標を聞かせてくれる?
大:技術としては理さんのようなレースができるようになりたいですね。ロスなく立ち回って、馬をスムースに動かすんですよね。それと、自厩舎の馬には全部乗りたいです。先生に「全部お前に任せる」って言われるぐらい信頼される騎手になりたいです。
竹:もうない?
大:本音を言えば、兵庫は川原さんや木村さん、学(田中騎手)さんなど、本当にすごい人たちばかりですよね。すごく勉強になるんです。だからこそ、ここでトップに立ちたいって、やっぱり思いますよね。
竹:うん、その言葉が欲しかった!南関東でも頑張ってな!
大:はい!何か見つけて帰ってきます!
これから彼の騎乗ぶりの変化に期待しましょう。南関東での活躍にも期待しましょう。そして次に目標を訊いたときに、すぐさま「トップを獲りたい!」と言える逞しさが備わっていれば、兵庫県競馬の未来は明るいものとなるのです。
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※インタビュー / 竹之上次男
写真:齊藤寿一