4月から短期免許を取得し、高知競馬で騎乗中のオーストラリアの賀谷祥平(かやしょうへい)騎手(35歳)。ケアンズを拠点に174勝の実績も申し分ないが、それ以上に目を引くのは、インテリビジネスマンでもあるもうひとつの顔。上智大経済学部卒で、公認会計士の資格を取得し、騎手と並行しながら現在は会計事務所を経営している。そんな異色ジョッキーの素顔に迫りました。
4月5日から騎乗を始めて、28日に初勝利。おめでとうございます。
ありがとうございます。オーストラリアは芝ばかりで、ダートは初めてだったし、高知のレースの流れや、外が軽い馬場など、戸惑うことが多かったですが、まずは1つ勝ててホッとしています。
高知の騎手会長で、2500勝の西川騎手に直々にアドバイスをもらったと聞きましたが。
熱血指導をいただきました(笑)。西川さんを筆頭に、赤岡さんや高知の騎手はみんな人情に厚いんで、感謝してます。
勝負服のデザインが「胴青桃縦縞、袖緑」ですが、この由来は?
青が僕の好きなカラーで、桃と緑は高知で所属させて頂いている田中守先生の騎手時代の勝負服カラーを頂きました。田中先生にはアドバイスしてもらったりお世話になってます。
4月28日第4レース、ラビットアドゥールに騎乗して初勝利
ここで、もうひとつの顔でもあるビジネスマンの方のことをお聞きます。持っている資格を教えて下さい。
オーストラリアとアメリカの公認会計士、MBA(経営学修士)、会計学修士、宅地建物取引主任者です。
騎手をしながら、それだけの資格を取得するなんて、すごいですね。
騎手も会計士に関わる仕事や勉強も好きでしてますし、趣味みたいなものですから大変と思ったことはありません。毎日、満員電車で通勤されて、朝から晩まで働き通しの日本のビジネスマンの方がずっと大変だと思います。
オーストラリアでの1日のサイクルを教えて下さい。
平日は朝は4時半に起きて、車で競馬場に移動して5時から8時くらいまで調教に騎乗。そこからいったん家に帰った後、9時から経営している会計事務所で夕方5時まで仕事をして帰宅。夕食やお風呂に入って10時に寝ます。競馬開催の土日は早朝に調教に乗るのは同じですが、昼から夕方にかけてレースに騎乗します。こんな生活ができるのも家族と会社のスタッフの理解があるからですね。本当に感謝してます。
本題に戻って、オーストラリアで騎手になった経緯は?
高校のころから競馬が好きで、テレビでも、ライブでも見てました。でも目が悪かったので、日本で騎手にはなれないと諦めてました(裸眼で地方競馬教養センターは0.6以上、JRA競馬学校は0.8以上)。大学3年(21歳)で就職を意識しはじめた時、自分の腕で稼げる仕事がしたいと思ってたし、周囲の友達のように一流企業で働く気も全くなかった。それなら単位も既に取れていたし、矯正視力でも騎手になれるオーストラリアの競馬学校に入って騎手になろうと思いました。
言葉でオーストラリアの競馬学校に入るというのは簡単ですが、英語は話せましたか?
読み書きは受験の時に勉強したので、自信はありましたが、行ってみると、話せない聞き取れないで大変でしたね。しかも周りに日本人は僕ひとり。でも、自分で決めた以上は乗り越えるしかなかったですね。
03年に見習い騎手デビューし、オーストラリアでは1934戦174勝。07年にはクイーンズランド州北部の最優秀見習い騎手にもなっています。
競馬学校があったアーミデールでデビューした後、06年6月に現在のケアンズに移りました。日本人のいないところにいましたので、観光地で日本人が多いケアンズが魅力に映りました。見習い最優秀騎手になった年は27勝して、メトロポリタン(賞金の高い競馬場で日本の中央に相当)に移る話もありましたが、当然、厳しい競争があります。有力な厩舎や馬主とのコネもなく、騎乗数が減る不安もあったので、プロビンシャルやカントリー(賞金の低い競馬場で日本の地方に相当)で騎乗数を確保できる方を選びました。カントリーと言っても観客は多いし、すごく盛り上がります。
オーストラリアの競馬を振り返って。
思い出すのは競馬場までの移動距離の長さ。自分の本拠地以外でレースがある時、3~4時間かけて車で移動するのは当たり前。時には砂漠の道を延々8時間くらい走ることもありました。途中、飛び出してきたカンガルーをひきそうになったことも1度や2度ではありません。あと、思うのは向こうでは騎手は特殊な職業ではないことですね。日本のように門戸が狭いわけではなく、誰でもなれるし、広く受け入れて、そこからの競争が厳しい。子育てが落ち着いたからと、40歳を越えて復帰する女性騎手もいるくらい。日本では制限が多くて中央と地方では自由に乗れないけど、メトロとカントリーの行き来は自由。実力の世界で厳しいけど、これが本来あるべき姿だと思います。
日本で短期免許で乗ろうと思ったきっかけは?
僕は日本人だし、日本で乗れるものなら乗りたいと思ってましたが、視力の関係で諦めてました。でも、オーストラリアで免許を取得していれば矯正視力でも乗れると話を聞いて申請しました。
地方の中でも、賞金レベルの高くない高知を選んだ理由は?
広島県呉市の出身なので乗れるのなら、地元の福山で乗りたいと思ってました。でも廃止になったので、それなら福山の次に近い高知で乗ろうと思いました。南関東の賞金は高いですが、騎手の数も多い。乗り鞍が少ないと日本で乗っても意味がないので考えませんでした。
高知にはご家族と一緒ですか?
妻と長男(4歳)と長女(3歳)はオーストラリアに残して、高知には単身赴任で今は調整ルームで住んでいます。日本に住む両親と妹が4月26日に高知に見に来てくれて、びっくりしましたが、うれしかったですね。
日本とオーストラリアの競馬の違いはどのあたりに感じてますか?
日本の騎手はみんな上手ですし、きれいなフォームで乗ってます。オーストラリア以上に、地方も中央も競馬学校でかなり厳しく教えられてるんだと思います。それから、日本の騎手はオーストラリアよりも手綱を長く持ってますが、それで馬を抑えているのが、すごいです。学ぶことが多いです。
短期騎乗もあと1カ月になりましたが、最後に日本のファンの方にメッセージを。
オーストラリアはカントリーの競馬場でも観客が多く、すごく盛り上がりますし、それが騎手にとって励みにもなります。生の競馬場は、馬の走る音や、鞭の音、馬が間近で見れるなど足を運んでみて初めて感動することがたくさんあります。僕もただの競馬ファンだった時はあの馬が走り過ぎていく時の蹄音に感動しました。日本のファンの方にはもっと、競馬場に足を運んで応援してもらったらうれしいですね。
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※インタビュー / 松浦渉 (写真:にゃお吉)