今年1月、ばんえい競馬でデビューした舘澤直央(たてさわなおひさ)騎手。9月24日現在9勝だが、一つ一つの乗り鞍を大事にし、連対率は2割3分で人気よりも高い着順に持ってくることも多い。好青年ぶりが関係者からの信頼を集めている。
斎藤:盛岡市出身で、子どもの頃から馬とふれあっていたそうですね。
舘澤:近くにポニーやアラブがいて、小学校低学年の頃からよく遊びに行ってました。馬の世話をしていたおじいちゃんやおばあちゃんが、世話を手伝うと馬に乗せてくれるんです。地元の資料館は曲がり家だし、周りにも馬つながりの人が多く、馬力大会につれていってくれた人が金田調教師の親戚だったことから、ばんえい競馬のことを知りました。
中学卒業後はすぐに競馬場に行きたかったのですが、親に高校は出ろと言われたので水沢農業高校に行って乗馬部に入りました。
大井の千田洋騎手は同級生です。千田はうまかったですが、自分はたいしたことなくて。馬場も部室も、水沢競馬場にあるんです。
斎藤:サラブレッドの騎手になることは考えなかったのですか。背は高いですが。
舘澤:大きな馬やポニーの方が身近なので。身長は今183センチあります。高校2年の時に、ばんえいの存廃の話が出ました。金田調教師から資格を取っておいたほうがいいと言われたことと、農業や畜産に興味もあったので、卒業後は農業大学校に行って、人工授精の資格を取りました。
それから金田厩舎に入りました。騎手になりたいという気持ちもありましたが、それよりまず厩務員としての仕事を覚えたかった。先生が受けさせてくれたので次の年に受験したら、1回目で通って。自分でいいのかな、と思いましたが、やりながら覚えていこうと。先生は、他の厩舎のレースも見ていてくれるんです。
斎藤:研究熱心だそうで、ある騎手のところに1人でお酒を持って訪れ、サシで飲んだと聞きました。
舘澤:はい、先輩たちは優しく教えてくれるので、感謝しています。騎手全員が憧れです。ハミの当て方、体の使い方、すごいです。はじめはレースのたびに毎回緊張していました。以前より緊張はしなくなりましたが、まだまだです。
斎藤:勝負服の由来を教えてください。
舘澤:地元にいた時に、いつも世話をしていたトモエリージェント(1991年根岸Sなど)の、現役時代の勝負服を参考にしました。オーナーには今でもお世話になっていて、厩舎にはワンダーボーイを入れてくれているんです。
斎藤:ワンダーボーイでは最近上位入着と、結果を出していますね。
舘澤:調教師や周りの人たちのお陰です。僕は乗せてもらっているだけ。荷物に慣れてきたし、最近、担当馬になりました。それから折り合いがつくようになった気がします。今はワンターボーイを含めて担当馬は5頭。馬の世話をする時間が多いですね。
斎藤:初勝利は2月13日1Rのマサムネワールドでした。
舘澤:勝てる馬に乗せてもらったからです。中島調教師は、新人の自分に声をかけてくれたんです。ありがたいです。それと前日、それまで騎乗していた蔵人さん(船山騎手)がビデオを見ながらいろいろと教えてくれました。蔵人さんは、同じく背が高いので普段から声をかけてくれるんです。よく双子とか兄弟って言われます。背が高いと、バランスを取りづらいんです。松田さんや浅田さんも背が高いので、重心を低くできるよう参考にしています。浅田さんは厩舎の先輩なので、いろいろと教えてもらっています。
斎藤:最後に一言、お願いします。
舘澤:騎手になれたのも、調教師や周りの人たちに協力してもらったから。自分1人では受からなかった。応援してくれた人に、感謝の気持ちです。まずは最低限の基本をしっかり固めたいです。ばんえい競馬は人馬一体になって坂を登る迫力がすごいですよね。多くの人にこの競馬を見てほしいです。
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※インタビュー / 斎藤友香