2019年12月、ばんえい競馬に8年ぶりの新人騎手が誕生しました。38歳、元漁師からの挑戦です。
あらためて、ばんえいの世界に入るまでのことを教えてください。出身は兵庫県ですね。
釣りが好きで、「20歳の決断」と大学を中退し、鳥取県で沖合底びき網漁船に乗りマツバガニ漁師として働いていました。その頃から競馬や馬が好きで、大山(鳥取県)で乗馬をしたこともあります。
30歳を過ぎて紅ズワイガニ漁を始めたとき、若いときは覚えられたことができなくて、体力の低下も感じた。それで漁師をやめて、2018年、36歳の春に紹介を受けた浦幌町(十勝南部)の農家に行きました。北海道に行ったことないな、って。
中央競馬の馬券を買うために帯広競馬場に来たら、ふれあい動物園で乗馬をしていたのを見て、7月から乗馬をはじめました。そこで厩務員が不足していることを聞いたんです。中央は厩務員になるのが大変と聞いていたので、簡単になれると思わなかった。10月から小林長吉厩舎に入りました。今も厩務員になるのは難しいと思っている人いるんじゃないかな。そんなことないんです。
平地競馬のファンだったんですね。ばんえいの印象はいかがでしたか。
近くで馬を見るのが好きなので、距離が近い、騎手はかっこいいな、と。小林先生には「目標を持て」と言われたので、漠然とした夢物語として騎手を目指しました。「騎手やりたい」と口にすると周りには「やめとけ」「あと10年若かったら」と言われました。
昨年、初受験での合格。地方競馬の新規合格者では過去最高齢(それまでは兵庫・田村直也騎手の31歳)でした。
1次の筆記は選択問題ではなく、筆記ばかりで難しかったです。2次の実技は入った時から担当していたクロカミダイヤに乗りました。先輩騎手は最低でも8年(経験)の差がある。僕は年齢に注目されますが、この世界では絶対にプラスではない。一度、体力が落ちたからと漁師をやめたのに、同じようなことをしている。でも好きなことですから。この年でも厩務員になれること、夢が叶うことを知ってもらいたいんです。
勝負服は、船から見ていた日本海の青と、北海道をイメージした白を入れました。60代まで漁師をやりたかったという後悔もあるんです。それと、第2の人生の北海道の色です。
免許交付日の12月1日のお披露目式では「夢みる力」と書かれた色紙を手にしていました。
夢を見て、こうしたらこうなる、と考えて目標に変わる瞬間が好き。人に言うのも恥ずかしい夢があるが、目標に変わるよう頑張りたいです。
デビューは12月15日、レッドクレオパトラでした。10頭中10着、ほろ苦いデビューでしたね。
甘くないと再確認しました。馬の調子はすごくいいのに。前に行きたかったが、技術が足りなくておかれてしまった。パドックや直線でファンからの頑張れ、という声が聞こえました。
課題が多すぎ。前日の練習で、ハミ使いで力んで馬と喧嘩をしてしまったので、レースでは馬の行く気を損なわないように、と思いましたが......。ただ、10人騎手が並んでいるのはエキサイティングでした。
初勝利は15戦目となる3月15日、単勝1.9倍のダイリンファイターでした。それまでクロカミダイヤで2着2回。惜しいレースもありましたね。
ダイリンファイターは本来僕が乗るような馬ではないんです。強い馬に乗せてもらい、馬主さんや調教師、周りの方々に感謝しています。勝たなきゃいけないレースで、プレッシャーを感じていました。調教師も思い入れがある馬ですが、騎乗が決まってからは1週間手入れを任されました。ひと腰で(障害を)上がる馬が上がれなかったのは僕の技術不足。障害で右によれてしまった。自分に自信を持って乗れてないんでしょうね。2障害を最初に越えたとき、(前に誰もいない)目の前の景色に興奮しました。
クロカミダイヤは自分が一番のファンだと思っています。どこかで勝てるなんて考えていたが、そのまま繁殖入り。2着だった時のファンからの「林行けるぞー」という歓声が最高の思い出だったから、無観客は寂しいですね。
ダイリンファイターで初勝利(2020年3月15日、写真:ばんえい十勝)
怒涛の2019年度だったのではないでしょうか。
もともと技術と経験の差がありましたが、騎手になって、初めてわかったことがたくさんある。先生に、馬を運動場に引いていくときのハミ使いを細かく言われた理由がやっとわかりました。厩務員時代に教わったような、初歩的なことからコツコツやっていかないと、と思います。
一発で試験に受かったから頭がいいと思われているが、全くそんなことはない。漁師のときは兄貴分に1から100まで教えてもらったが、騎手はそういうわけにはいかない。職人のように「見て覚える」ことが苦手ですが、周りの先輩方も実演してくれるので覚えないと。レースはおもしろい!楽しいです。
開催が終わってからは、ずっとデビューを控えた馬の世話をしていました。(新馬に初めてそりをかける)馴致は、馬に信頼されないとまだまだ無理。それを任されるのが憧れですね。今はまだ手伝いです。
4月24日から新年度がスタートしました。目標と、オッズパーク会員に一言をお願いします。
ひとつでも多く騎乗したい。チャンスを生かしたい。まだ腕は足りないし、乗せてもらえるようになる環境づくりができていない。胸張って「乗せて」と頼めるようになりたいです。
38歳のスタートということで注目してくれて、ファンの方の力になるのならうれしいです。競馬は生で見る派だったので、無観客の楽しみ方は難しいですね。(鳥取から)一番近かった福山はもちろん、漁のないときは関東、関西の競馬場は地方も中央も見に行きました。見られるようになったら現地に来て、というしかないですね。
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※インタビュー・写真 / 小久保友香