福山競馬一筋で2200勝以上を挙げたベテラン・渡辺博文騎手が、この4月から新天地の佐賀競馬場で騎乗を始めています。福山競馬が廃止されたときの心境や、佐賀競馬の印象についてうかがいました。(取材は4月20日)
斎藤:佐賀に移籍して2週目ですが、慣れましたか?
渡辺:なんとなくやけど、まだちょっとわからん部分も多いかな。でも福山よりはぜんぜん乗りやすい。福山はコーナーがきついし、内を閉めて回るんで、内にハマッたらもう出られない。こっちはコースが広いし、乗りやすいです。
斎藤:そういう意味では、福山からは10名のジョッキーがいろいろな競馬場に移籍しましたが、どこに行っても乗りこなせるんじゃないですか。
渡辺:福山の場合はスタートで半馬身遅れたら、もう致命的なんですね。ここ(佐賀)なら半馬身くらいならすぐに取り返せる。それくらい福山のスタートはきつかったです。スタートから折り合いを考えて行けるんで、テンからビシバシ行くレースは少ないですね。
斎藤:すでに重賞でも、そこそこ人気の馬に乗っていらっしゃいますね。
渡辺:そうですね。ちょっとまだ馬のレベル的なことがわからない部分があるんですが、いい馬には乗せてもらっています。
斎藤:福山競馬のことをお聞きしたいのですが、廃止が決まってから、実際に廃止になるまでの心境は......。
渡辺:それは言葉に表すことができないですね。長く騎手をやってきたというのもあるし、思い入れがありますから。3年ほど前に亡くなったんですが、父が厩務員やってたし、兄も騎手だったんです。ぼくが騎手になったのは、その影響が大きいですね。いろんなことがこみ上げてきました
斎藤:福山で思い出に残っている馬は?
渡辺:特別にこれというのはいないんですけど、ミスターカミサマですかね。ファンも多かったしね。絶対勝たないといけないレースで、ちゃんと勝ってましたから。引退したあとも(地方競馬)教養センターにいることは、噂には聞いていました。
斎藤:印象に残ってるレースはありますか。
渡辺:福山ダービーを勝てなかったことですね。27年間乗ってきて、結局1度も勝てなかった。重賞は、それこそほとんどというくらい勝ってるんですけど、ダービーだけは......。
斎藤:佐賀への移籍は、所属している柳井宏之調教師と一緒でした。
渡辺:そうです。特に佐賀とのつながりはなかったですが、調教師さんと一緒に移籍ができる可能性があったのと、なんとなく佐賀に来てみたいというのがありました。
斎藤:ご家族はどうされていますか。
渡辺:子供は3人いるんですけど、一番下の子も福山で就職が決まって、3人とも社会人になっています。で、家内はついてきたいということで、何の心配もなく2人で佐賀に来ました。
斎藤:これまで佐賀競馬場で乗ったことは。
渡辺:西日本アラブ大賞典には、第1回(91年3月)にイケフジキング(5着)で来て、たしか3回か4回くらいは乗りに来てると思います。
斎藤:福山の騎手では、15人中10人が移籍しましたが、他のジョッキーの活躍とかは気にされていますか。
渡辺:はい、やっぱりチェックはしてますね。楢崎君が最初に勝ったレースは見ました。ぼくが佐賀で最初に勝ったときは、メールがたくさん来ました。騎手をやめて競馬を離れてるんですが、騎手会長だった黒川君からは、勝ったあとすぐ来ましたよ。やっぱり見ててくれてるんだなって、うれしかったです。
斎藤:福山から厩舎で連れてきた馬はいますか。
渡辺:今のところ6頭来ていて、全部で12頭来る予定です。転入時の格付け条件があまりよくないみたいで、通用するかどうかはわからないですけど、それでも馬場に合うか合わないかもあるんで、そこには期待しています。
斎藤:佐賀で競馬が続けられるということでは安心しましたか。
渡辺:この仕事をやるからには、現役にこだわりたいというのがあるし、あと何年乗って調教師になろうとかも思ってないし、乗れるだけ乗って、そのときになったら調教師になりたいと思うかもしれないけれど、それはまだぜんぜん考えてないです。今はただひたすら乗るだけです。福山で獲れなかったダービーを佐賀で獲りたいです。
斎藤:最後に、ネットで見てくれているファンへのメッセージをお願いします。
渡辺:現場で乗っているぼくらは、あんまり感覚がないんですけど、それでも遠くのファンの方から、たくさん手紙とか写真とか送ってくれるんで、ああ見てくれてる人はたくさんいるんだなあ、ありがたいなあと思います。
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※インタビュー・写真 / 斎藤修