デビューから30年目を迎えたベテラン、笠松の東川公則騎手。今年8月にはくろゆり賞を制し、地方通算2500勝を達成しました。現在笠松リーディングでも第3位(9月25日現在)につけ、存在感を放っています。
2500勝達成おめでとうございます。
ありがとうございます。区切りの勝利なので嬉しいです。けど、3000勝を目標にしているのでまだまだですね。デビューから29年かけてここまで来たわけですが、振り返るとあっという間だった気がします。気が付いたらこんな年(47歳)になってました(笑)。
本当に長い年月だと思いますが、どんなことが思い浮かびますか?
一番は2009年にケガしたことです。それまで大きなケガはなかったんですけど、この時は胸椎圧迫骨折で4か月休みました。乗れないし収入もないし...。体もそうですけど、精神的に苦しかったです。本当に治るのか、また同じように乗れるのかすごく不安でした。ちょっと焦る気持ちもあって、まだ3か月くらいの頃に調教に乗り出したんですけど、やっぱり思うように動けなくて。そこからは腹を括ってきっちり治るまで休みました。僕は体重が増えやすいので、入院している間はほとんど食べなかったです。病院食は残して、自分でおにぎりを作って調整しました。嫁さんも毎日協力してくれて。あそこでまともに食べてたら復帰できなかったかもしれません。
馬乗りにとって、馬に乗れない時間というのは辛いですよね。
本当にそうですね。4か月休んで、明日から調教に乗れるとなった時、もう嬉しくて嬉しくて前日なかなか眠れなかったくらいです(笑)。久しぶりに乗った馬の背中は気持ち良かったですし、馬に乗れることの有難さも実感しました。
サルバドールハクイでくろゆり賞を制し、地方通算2500勝達成(写真(C)funfunH.Taniguchi)
騎乗に関してのポリシーは何ですか?
こだわっているのは、キレイに乗るということです。例に出していいのかわからないけど、御神本くんなんかは本当にキレイなフォームでしたよね。僕がデビューした頃はまだ今ほどアブミを短くして乗るという感じではなかったんですけど、デビューから4、5年目くらいの時に、後藤保先生にワールドレーシングっていう海外競馬のビデオを見せてもらったんです。ほとんどがヨーロッパのレースだったんですけど、最後の7~8分にアメリカのレース特集があって、それを見た時あまりのカッコ良さに「なんじゃこりゃー!!」って衝撃を受けました。アブミが短くて、道中ビシッと背中を低くしてて、ものすごくカッコ良かった。自分もこんな風に乗れたら...と思って実際に取り入れてみたんですけど、周りからは「そんなんで馬が動くわけがない」って言われたりして。ただその頃まだ笠松にいた安藤勝己さんは「これからはそういうのも大事だよな」って言ってくれました。あの時アメリカのレースを見てから、騎手という仕事に改めて情熱を持ったんです。自分はすごくカッコいい仕事をしているんだって実感したんですよね。
今年は4年ぶりに園田のゴールデンジョッキーカップに出場しました。印象はいかがでしたか?
やっぱりああいう騎手レースは楽しいですね。全国のトップジョッキーに会えて刺激を受けました。特に的場文男さんですよ。当日が60歳の誕生日だったんですけど、もう本当にお元気で。まだまだバリバリですよね。今自分は47歳なんですけど、60歳になってもあんなふうに乗れるなんて本当にすごいなと思いました。
レースはどうでしたか?
初戦はいい馬に当たったんですけど、気持ちが入りすぎてしまって...。今振り返ると、勝ちに行き過ぎたなと。乗り方次第でもう少しいい着順だったと思います。3戦目は接戦の2着だったんですけど、あそこまで行ったら勝ちたかったですね。反省点はありますが、刺激をいっぱい受けたので、また呼んでもらえるようにがんばります。
ゴールデンジョッキーカップの騎手紹介式
今年は重賞・くろゆり賞をサルバドールハクイで制しました。
久しぶりに重賞を勝ててうれしかったです。調教も素直で大人しい馬で、とても扱いやすいですね。最初は少し掛かるイメージがあって、わざと抑えて乗っていたんですけど、最近はいい位置から競馬するようになりました。それがあの馬には合っていたんだと思います。まだまだやれる馬なので、これからも楽しみですね。
今年はすでに83勝(9月25日現在)を挙げ、昨年の78勝を上回っていますね。
ここ何年か、南関東期間限定騎乗で年間2か月行かせてもらっていたので勝ち星が下がりました。今年はずっと地元で乗っているので、数字的には上がってますね。南関東への遠征は、結果的には満足いく数字は挙げられなかったけれど、すごくいい経験ができたと思っています。もっと若い頃に行けていたらな、という気持ちもありますね。
南関東期間限定騎乗に行くには、笠松の場合はオフシーズンがないですから、地元のリーディングを諦めないと行けないですよね。
そうなんです。そこが悩ましいところです。JRAや南関東と違って、地方の場合は攻め馬してなんぼですから乗り馬が確実に減ることになる。ただね、僕にもっと技術があればそんなこと関係ないと思うんですよ。何か月いなかろうと、いい馬への騎乗依頼は来るはずですから。それで成績が下がったというのは、自分はまだまだなんだな、努力が足りないなと思います。
では、今後の目標を教えて下さい。
今年は久しぶりに年間100勝が達成できるんじゃないかと思います。若い子たちもがんばっているけれど、リーディングも目指したいですね。それから、2番目の息子が中学を卒業して騎手を目指したいということで、笠松で下乗りを始めたんです。最初は心配したけど、なかなかがんばっているんでね、上手くいけば3年後に騎手デビューですから、その時に上位で活躍している自分でいたいです!
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※インタビュー / 赤見千尋
今年、騎手生活28年目を迎えた東川公則騎手。2011年には地方競馬通算2000勝を達成。近年でも毎年100勝以上を挙げ、トップジョッキーとして活躍し続けている東川騎手に、これまでのこと、また今後の目標などをうかがいました。
昨年は117勝を挙げて笠松では2位。1位は125勝で向山牧騎手でした。ベテランが頑張っていますね。
そうですね。自分ではまだベテランのつもりはないんですけど(笑)。気がついたらもうこの年(44歳)になっていたという。
2010年から昨年まで4年連続で100勝以上を挙げて、2011年は笠松リーディングでした。今年で28年目ですが、それだけ頑張れるという秘訣はありますか。
一番は、この仕事が好き、ということです。あとは、この仕事しかないという感じでずっとやってきてますからね。2009年は怪我があったので100勝に届きませんでしたが、また笠松でトップをとらないと、まだまだ若手には負けたくないという気持ちでやっています。
昨年、重賞では、1月には金沢のトウショウクエストで白銀争覇を、11月には北海道のカクシアジでプリンセス特別を勝ちました。いずれも他地区からの遠征馬でした。
なかなか他地区の馬に乗せてもらって勝つということはないですから、そういう機会を与えていただいて、結果を出せたということで、いい経験をさせてもらいました。いい馬に乗せていただいたということもありますし、馬をよく仕上げてくださったということもあったと思います。だから、ほんとに勝ててよかったと思います。
プリンセス特別では、北海道のカクシアジを勝利に導いた
一昨年(2012年)には浦和に所属して、南関東で2カ月間、期間限定騎乗がありました。
手探り的なところもあって、あまりいい結果は残せなかったんですけど、ただ、騎手である以上まだまだチャレンジはしたいと思っています。この年になって、いつまで騎手を続けられるかということもありますし、いろいろな競馬場で乗ってみたいという願望もあります。
その南関東の期間限定騎乗では、5勝、2着14回という成績でした。
けっこう数は乗せていただけたので、それはいい経験になったと思うんですけど、勝つまでには、自分の中にまだ足りないものもあったと思います。あまり慣れていない左回りも、騎手をやっていく以上、もっともっと経験して、慣れていかないといけないと思っています。
思い出の馬となると、やはりミツアキタービンですか。ダイオライト記念と、オグリキャップ記念(2004年、当時は交流のGII)を連勝しました。
そうですね、あの馬はほんとに強いと思ったし、乗りやすい馬でした。なかなかグレードレースを勝てるような馬に乗せてもらうこともないですから、いい経験をさせていただきました。
ミツアキタービンで制した2004年のオグリキャップ記念GII(写真:いちかんぽ)
ミツアキタービンでは、中央のフェブラリーステークスで4着というのもありました。
あのときは、自分でも直線半ばまで、いいのか?って思いながら、ここまで来たらと思ったんですよね。(勝ったアドマイヤドンから)コンマ2秒差ですか、あんな経験はなかなかできないですよ。
それ以前では……。
最初にすごい馬に乗せてもらったのは、メーカーロッキーです。デビューして7年目ですか。それまで重賞で人気になるような馬には乗ったことなかったんですが、メーカーロッキーはずっと連勝していて(17連勝中)、重賞の東海大賞典で斤量が50キロということで僕に回ってきました。微妙に内に刺さる馬で、僕は左利きで、どちらかというと右のムチがまだ苦手だったんです。右から上手に叩ければよかったんですが、ギクシャクしたままゴールして、ロングニュートリノという馬にハナ差で負けたんです。あの負けは僕のせいだなあとか考えたら、悔しかったですね。でもそのときに自分の技術の未熟さをあらためて認識して、もっと練習しないといけないとも思いました。あの経験は大きかったですね。
あとはトミケンライデンですね。サラブレッドの重賞を初めて勝たせてもらった(1997年・岐阜金賞)のがこの馬だと思うんです。それまでは(安藤)勝己さんとか(安藤)光彰さんが乗っていて、ほかに乗り馬が決まっていたのか、当時は前日投票だったんですけど、投票を見たら僕になっていて、「オレじゃん、いいの?オレで」みたいな。1番人気が(吉田)稔のセイエイツートップで、僕は2番人気。レースの前日に勝己さんから「この馬は300メートルくらいしか脚が使えないから、我慢できるところまで我慢しろ」って言われていたんですが、手ごたえがよかったので行こうとしたら、勝己さんのほうがよく見ていて、「お前、まだ早いわ」って。3~4コーナーでセイエイツートップが上がっていったところで、「よし行け」って、勝己さんがゴーサインを出してくれて(笑)、勝つことができた感じでした。そのころから荒川先生(故・荒川友司調教師)の馬に乗せてもらうようになって、勝つ自信がついたというか、いい経験をさせてもらいました。
最後に、これからの目標というか、どういうふうに競馬とかかわっていこうとお考えですか。
今のところ調教師とかは考えたことがなくて、10年でも20年でも騎手でいられるなら、騎手という仕事をやっていきたいと思っています。(地方競馬の最高齢重賞勝利記録を更新した)的場(文男)さんみたいな人がいる以上、自分もまだまだと思いますね。よほどの怪我とかでもない限り騎手を続けたいです。地元のリーディングもまた獲りたいと思うし、あとは、いろんな競馬場で乗って、そこで結果を出したいというのが目標かな。今年7月から8月まで、今度は大井の所属で、また南関東で期間限定騎乗が決まっています。さすがに吉原(寛人)君みたいな活躍はできないと思いますけど、大井は(笠松と)同じ右回りで、その時期は開催日数が多いですから、今後の自分に生かせるような結果が出せればと思っています。
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※インタビュー・写真 / 斎藤修
数々の名騎手を輩出する笠松競馬で、昨年のリーディングジョッキーとなったのが
東川公則騎手。
今年も4割の連対率でファンの期待に応えている。
東川騎手といえば、ミツアキタービンとのコンビが有名だ。2003年12月の中京競馬では、
アンドゥオールを4馬身ちぎり捨て、フェブラリーステークスGIでもアワヤという好勝負を
演じた。そのあとダートGIIを2勝した名馬は、現在復帰に向けて鋭気を養っている。
■JRAで挙げた唯一の勝利がタービンで勝った香嵐渓特別です。あの時はパドックで他の馬と比べても
見劣りがするし、実際に調教で乗っていてもスゴイという感覚がないものですから、緊張もしませんでした。
結果は完勝でしたが、勝ち時計もなんでこんなに速いんだろうと思うくらい、まだ半信半疑なところが
ありました。強いとハッキリ認識したのは、その次の東海ゴールドカップです。そのときぼくは自厩舎の
サダムクリスタルに乗っていたのですが、その馬もけっこう強いのにタービンには8馬身ちぎられました
からね。
あの後ろ姿を見て、タダモノではないなとようやく実感したんです。そして手綱が戻って挑んだ
フェブラリーステークスでは、行きっぷりがよくて2番手につけられて。そして最後はアドマイヤドンと
あまり差のない4着でしょう。
あんな競馬ができるなら、もう一度しっかり仕上げて挑戦したいですね。
もうすぐ帰ってきますし、本当に楽しみです。
東川騎手は昨年、デビュー19年目にして初のリーディングジョッキーに輝いた。
■本当は川原騎手がいるうちに(昨年6月兵庫へ移籍)獲りたかったのですけどね。
まあ、川原さんが移る時点でぼくの勝ち星が上だったから、よしとしましょうか(笑)。
でも、ここまでくるのは長かったですよ。デビューしてしばらくは「本命で飛ぶ東川」とファンの
人たちに言われていましたから。本命で負けたのに、お客さんに何も言われなくて不安になる
こともありました。
安藤勝己さんなら怒鳴られるのに......。そう、あの頃はヤジられるくらいになりたいと
思っていましたね。
笠松で顕著な成績を収めた騎手に贈られる騎手表彰は、3年連続の受賞となった。
■フェアプレーで乗らないともらえませんし(騎乗停止が5日以上あると、受賞資格を失う)、
単純にうれしいですね。
でも、デビューしてから10年目くらいまではスタートの御法でよく注意を受けていたんですよ。
だから今でもかなり気を使っています。ここは後手を踏むと厳しい競馬場ですし。
笠松競馬場は騎手のレベルが高いことでも知られる。これまでにも安藤勝己、安藤光彰、
川原正一、柴山雄一などが笠松の地で育っていった。
■偉大な人の背中を見ていましたから、その影響は大きいと思います。それにここは騎手たちが
みんな一所懸命にやっているんですよ。レース中でも他の騎手からの『勝ちたい』という強い気持ちを
感じます。もちろんぼくも、人気薄の馬だろうが勝ちに行く競馬をしています。
(昨年秋に笠松に短期所属した)内田利雄さんとか外から来る騎手に対しても、勉強になると
思って接していますよ。自分自身が刺激を受けて成長していければ存在は別に気にならないし、
乗り馬が取られるなどという悔しいことにならないように自分が頑張ろうという気になるから、
むしろ大歓迎ですね。
しかしながら、周りにいい手本があったとはいえ、理想の騎手像については「それとこれとは
別」という。
■今も毎日、理想の騎乗フォームをイメージトレーニングしているんですよ。いやあ、海外の騎手は
本当にすごいですね。海外のレースビデオを見て衝撃を受けてからヤミツキになりまして。
その映像を自宅で編集して見ているくらいなんです。ぼくの理想は、世界のトップジョッキーのように
「馬をブレさせないための動作が自然な流れの中でできる騎手」なんです。
まずはリーディングジョッキーになったということで、第一関門突破、っていう感じですね。
また、リーディングを獲れたことで招待競走などに行けるようになったのがすごい収穫で、
いい刺激になるんです。これからもそういう舞台にたくさん立ちたいですね。
JRAにももっと参戦したいし、ホントいろいろ勉強中です。
1周1100メートルの小回りコース。笠松競馬の勝負ポイントについて聞いてみた。
■とにかく外を回らないこと。特に1コーナーの回り方ですね。そこを内で我慢できるかどうかが勝負の
分かれ目だと思います。それと脚の使いどころ。距離が持つか怪しいなと思う馬でも、行ききれれば
けっこうしぶとく走ってくれるんです。だからこのコースは思い切りも大切。
それとマイル戦は内枠がやっぱり有利です。いくらダッシュ力があっても10番枠はつらいですね。
経営難が伝えられる笠松競馬。馬上からの視点でみた感想と、ファンへのメッセージを
聞いた。
■いやあ、スタンドにお客さんがいないのがよく見えるんですよ(苦笑)。表彰式でも周りに誰もいないから、
なんだか浮いちゃうし。やっぱりヤジられるくらいのほうがいいですね。
笠松競馬場の魅力は、騎手同士の駆け引きが深くて、たくさんのファンに楽しんでもらえる
ところだと思います。食べ物もいろいろありますし、もっとみなさんに参加してもらいたいですね!
東川騎手は「上手いと思う騎手はいない」とも言った。しかし続けて「いや、上手いと思う
人はいますよ。でもそのジャッジを下す前に、自分がきちんと乗れているかどうかなんです
から」なるほど。きっと東川騎手は、プロの探究心をとことん持った、とても明るい『ナイス
ガイな哲学者』なのだろう。
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東川公則(ひがしかわまさのり)
1969年9月6日生 おとめ座 AB型
愛知県出身 後藤保厩舎
初騎乗/1987年4月26日
通算成績/10,797戦1,293勝
重賞勝ち鞍/オグリキャップ記念GⅡ、ダイ
オライト記念GⅡ(船橋)、東海
ゴールドカップ2回、岐阜金賞2
回、ゴールドジュニアなど21勝
服色/胴白・赤ひし山形一本輪、そで青
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※成績は2006年2月28日現在
(オッズパーククラブ Vol.1 (2006年4月~6月)より転載)