昨年はマカオに遠征し、初勝利初重賞制覇を果たした水野翔騎手。日本でも72勝を挙げ、デビュー6年目でキャリアハイの年になりました。
まずは地方競馬通算200勝達成、おめでとうございます!昨年は飛躍の年でしたね。
ありがとうございます。勝利数的にもこれまでのキャリアハイの年でしたし、マカオで重賞を勝たせていただいたり、とても充実した1年でした。でも自分の中では甘かったところもたくさんあったので、まだまだだなと思っています。
ホッカイドウ競馬から笠松に移籍して2年目でしたが、飛躍の要因を自己分析すると?
環境に慣れたというのもありますし、一番大きかったのは中野省吾さん(現在はマカオで騎乗中)ですね。もともと連絡は取っていたんですけど、親しくなったのが2018年頃に省吾さんが(船橋での)騎手を辞めた後です。「大丈夫ですか」って連絡したりして。ある時、「東京で飲んでるから来いよ」って言われて、笠松から新幹線ですぐに行きました。僕の中で騎乗的にも人間的にも惹かれる部分があったので、じっくりお話してみたいなと思って。
どんなお話をしたんですか?
いろいろですね。特に大きかったのは、当時の僕は騎乗面で迷いがある時で。他の先輩から、「○○した方がいい」って言われてやってみて、別の先輩からは「△△はやめた方がいい」と言われてやってみて、という感じでブレていたんです。騎手は人それぞれ体型も感覚も違いますし、アドバイス通りにすることが必ずしもいいとは限らない。どうしたらいいかわからない時で、「お前、今グチャグチャだな」って省吾さんに指摘されました。技術的なことだけじゃなくて、一般的な常識というか、土台となる考え方とかも教えてもらって。最初は上手くいかなかったんですけど、だんだんと省吾さんの言っていたことがわかるようになって、そこから自分の中ではガラッと変わりましたね。
マカオに約3カ月行っていたのに、日本で72勝挙げてキャリアハイを達成したのはすごいと思います。
マカオに何で行ったかというと、それも省吾さんのお陰なんです。笠松に移籍して2年目で、その時リーディング3位のところにいたので、正直、このタイミングじゃないだろって思った方はたくさんいると思いますし、実際周りの方からも言われました。でも省吾さんから、「お前は今マカオに来た方がいい」って言われて。(所属する)笹野(博司)先生に相談したら背中を押してもらえたので、思い切って行くことにしました。省吾さんに言われてから1カ月半で行きましたね(笑)。
行動早いですよね。新幹線ですぐに東京行ったり、マカオまで飛んで行ったり。
座右の銘は「疾風迅雷」なので!これからもそこは大事にしていきたいですね。ただ、やっぱり笹野先生が快く送り出してくれたことが大きいですし、帰って来てからも乗せていただけることに感謝しています。本当にいい環境でやらせていただいていて。だからこそもっと頑張って結果を出したいです。
ファスバに騎乗しマカオでの初勝利が重賞(サマートロフィー・G2)初勝利(2019年6月29日)
マカオでは初勝利が重賞制覇ということで、とてもびっくりしました!
僕もびっくりしました(笑)。でも自分ひとりで出来たことではなくて、頑張ってくれた馬と、乗せてくれた関係者の方々、そして省吾さんの存在が大きかったです。マカオで乗り出した時には、日本の馬とあまりにも違っていて、全然上手くいかなくて。日本の馬とは走りの重心が違うので、これまでの乗り方だとバランスが取れないくらいだったんです。そこから毎日のように省吾さんに木馬の練習に付き合ってもらって、それを録画して見比べて。言葉でもいろいろなことを教えていただきました。
最初は大変なご苦労をされたのですね。ただ、マカオでの初勝利初重賞制覇は7戦目、騎乗を初めてから1カ月経っていませんでした。努力を重ねて、短期間に適応したんですね。
そうですね。マカオではレースに乗る機会がものすごく少ないんです。なので、1レースに懸ける集中力が、これまで以上に研ぎ澄まされたというか。レースに向けていろいろシミュレーションをして、実際のレースでいかにすべて当てはめて成績を残すか、ということをこれまで以上に考えるようになりました。
では、今年の目標は?
去年マカオに行く前は3位だったので、今年は(笠松リーディング)1位を目指したいです!
水野騎手と言えば、髪の毛の色が特徴的、という印象が強いです。
以前はなかなか思うようにいかない反動でやってたのもあるんですけど、今はいい波に乗せてもらっていて、自分の気持ちというよりも、見た目で判断されるということを変えていきたいなと。騎手として黒髪で短髪で爽やかで、そういう人もすごくいいと思うけれど、僕みたいなのもいてもいいかなって思うんです。
周りからいろいろ言われませんか?
「見た目で損してる」とは言われますね。でも僕の人生なので、これからもいろんなカラーにして派手なピアスつけてって感じで行こうと思っています。地方競馬は中央競馬に比べて知名度が低いじゃないですか。特に若い人からももっと認知して欲しいですし、例えば僕の写真を見て、「こんな奇抜な人が騎手なの?」「地方?笠松ってなに?」っていう、そういうきっかけになったら嬉しいです。
正直、これまでの印象と、お話を伺ってみての印象が変わりました。
昔は頭が悪かったので(笑)。今も良くはないですけど、いろいろな経験を積ませてもらって、少しは変われたかなと。自分なりに勉強したり、言葉使いに気をつけたり、いろいろ考えるようになりました。日本人は周りに合わせる習性が強くて、ちょっと違うと浮くじゃないですか。でも僕みたいなのがいて、後輩とかにも、「こんな感じでいいのか」って思ってもらえたら。ただ、それには成績を挙げないと説得力がないので、もっと成績を挙げないといけないと思っています。
では、オッズパーク会員の皆さんにメッセージをお願いします。
マカオから帰って来てからも、どうしたら馬は動くのかということをいろいろ研究しています。今は、前までの僕には考えつかなかった引き出しが出来て、精神的にも技術的にも多少は成長出来たんじゃないかと。今年はさらなる技術向上を目指していますので、注目していただけると嬉しいです。宜しくお願いします。
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※インタビュー / 赤見千尋(写真:本人提供)
デビュー5年目を迎える水野翔騎手が今年、ホッカイドウ競馬から笠松に移籍。2月19日現在、新天地で6勝を挙げる活躍を見せている。移籍に至るまでの経緯、新天地での意気込みを明かした。
2016年には笠松で期間限定騎乗の経験はありましたが、正式に移籍となった経緯を教えて下さい。
期間限定騎乗の際に、笠松は騎手が少ないので、たくさん乗せてもらえましたし、今の師匠の笹野先生、兄弟子の藤原幹生さん、先輩の佐藤友則さんにも正式に移籍しないかと誘われました。ホッカイドウ競馬も1、2歳馬の調教など他ではできない経験もさせてもらってましたが、開催期間が4月の下旬から11月中旬と短いので、通年開催の笠松は魅力がありました。笠松は短期騎乗の際に、騎手同士仲がいいのも知ってましたので、移籍を決めました。
移籍2日目に1勝、2着2回と結果も早く出せた。
2日目で勝てたのは良かったですが、移籍後のレースを振り返ったら、2着が多くて、勝っているレースでも自分の甘さから落としていることもあるので、まだ足りないところがある。そこが今後の課題だと思ってます。
笠松での生活は慣れましたか?
2016年に期間限定騎乗して、その際に人間関係はできていたし、笠松の土地勘も分かっていたので、正式移籍してからは、すぐに溶け込めました。騎手の先輩も、何かと声をかけて下さるし、兄弟子の幹生さん、弟弟子になる(渡邊)竜也とも親しくなるのに時間がかからなかった。人間関係には恵まれたと思います。
出身は神奈川県川崎市とのことですが。
そうです。だから教養センターにいる時には川崎に所属して、南関東で乗ろうかと思った時期もありました。しかし、教官から騎手激戦区の南関東よりも他で乗った方がチャンスが多いと言われたので、誘われたホッカイドウ競馬に決めました。
ホッカイドウ競馬では学ぶことは多かったですか。
やはり1歳や2歳の若駒の調教にたくさん乗れた経験は大きかったですね。師匠の村上正和先生には現役時代の勝負服(胴青・白十字たすき、袖白・青二本輪)まで譲っていただいて、かわいがってもらいました。笠松で活躍することが恩返しになると思いますので、重賞や中央のレースなどで勝って、村上先生の耳にも入るくらいの活躍ができるようになりたいです。
勝負服と言えば、移籍後、新しいデザイン(胴青・白格子じま、袖白・水色一本輪)に変えましたね。
はい。村上先生から譲っていただいた勝負服も、先生の前は伝説の名ジョッキー千島武司騎手(ホッカイドウ競馬でリーディングジョッキーに5度。シーズン130勝で当時の最多勝レコードを樹立。77年、調教中の事故のため25歳で死去)のものでホッカイドウ競馬の伝統あるものでしたので、お返ししました。笠松でも周りからは、その勝負服を着て活躍することが恩返しになるのでは、とも言われましたが、あの服は北海道にいてこそと思ってますので、刷新しました。所属する笹野厩舎のカラーが青で、兄弟子の幹生さん、弟弟子の竜也も勝負服には青色が入っています。それに道営時代から僕は青と白の印象が強いので、厩舎カラーの青を主体にしながら、道営時代からの自分の青と白のイメージを残せる新しいデザインを考えました。
中学時代にはレスリングで全国3位。スポーツ推薦でいくつかの高校から勧誘があったそうですね。
レスリングで高校には行こうと思ったら行けました。でも、体重が最軽量のクラスよりも、さらに軽くて不利だったので、騎手の道を選びました。
教養センターの同期生とは今も繋がりはありますか。
先日、引退した岩手の(鈴木)麻優は同期です。あれだけ大きい怪我でしたから仕方ないですね。高知の妹尾(浩一朗)や今は南関東で乗っている(期間限定騎乗)金沢の中島(龍也)は学校時代から仲が良かったですね。それから、同期で名古屋、笠松の東海地区では4人がデビューしましたが、今も現役は名古屋の村上(弘樹)だけというのは寂しいです。
毎朝、調教では何頭くらいに騎乗しますか。
朝は1時45分から、だいたい20頭くらいに乗ってます。所属する笹野厩舎以外にも尾島、加藤、山中、後藤、花本厩舎の馬にも乗せていただいてます。調教に乗った馬はレースでも乗せてもらえることが多いのでありがたいです。
ホッカイドウ競馬と笠松のレースの流れは違いますか。
全然違いますね。笠松は小回りだから、差し馬は向正面から早めに動きますから。門別はコースが広くて、馬の力の差がはっきり出やすいけど、笠松はコーナーが多くて、小細工が利く。力が足りない馬でも、騎手の腕でカバーできるところもあって、乗っていて楽しい。ホッカイドウのころからスタートは上手だと言われているので、笠松でも、その長所を生かしたいです。
今後の目標について教えて下さい。
今、デビューしてから89勝ですので、できるだけ早く100勝を挙げたいですね。重賞ではホッカイドウ競馬でも最高3着でしたので、早く勝ちたい気持ちはありますが、それより今年は先輩騎手のいいところを学びながら、リーディング5位以内に入って、ファンの人に名前を覚えてもらいたいです。
オッズパークファンに向けて一言お願いします。
ネットでたくさん馬券を買っていただいて、ありがとうございます。ネット中継での観戦も悪くないですが、天気のいい日はぜひ、競馬場にも足を運んで下さい。
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※インタビュー / 松浦渉