昨年ホッカイドウ競馬でデビューした、下村瑠衣騎手(19)にお話を伺いました。
斎藤:騎手になったきっかけを教えてください。八戸市出身ですね。
下村:家の近くに乗馬クラブがあったんです。ドサンコやポニーがいました。3歳か4歳の時にはじめて馬に乗って、気が付いたらもう騎手になりたかったんです。いつ、どうして、というのは覚えていないんです。市といっても周りは田んぼと馬だけのド田舎。コンビニに馬で行ったりしました(笑)。
父は、私が馬が好きだというので、盛岡競馬場に連れて行ってくれました。父は馬券も買わないし、競馬は全く知らないんです。私が騎手になりたいという夢を応援してくれていました。騎手のなり方はわからなかったので、中学校の先生が教えてくれて、地方競馬教養センターを受けました。JRAは知らなくって。
斎藤:中学校時代、スポーツはしていたんですか?
下村:運動はそんなに好きじゃないんですよ。小、中学校と吹奏楽部で、ドラムでした。今は演奏はしていないけれど、曲を聴くのは好きですね。ミスチルや斉藤和義が好きです。
斎藤:中学を卒業して教養センターに入所しました。高知の別府真衣騎手、森井美香元騎手や名古屋の山本茜騎手ら3人の後、5年半ぶり、久しぶりの女性騎手です。
下村:女子は1人だし、高校を卒業して来た人が多かったので、中卒の私は正直辛かったです。競馬は男の社会だというのを感じました。でも、やめたら騎手になれないし、親や周りの人が期待してくれているから、がんばりました。同期では、名古屋の丸山真一騎手、大井の山崎良騎手とはよくメールしています。いろいろと相談にものってくれていますね。
2年の時に、現在佐賀競馬にいる小山紗知伽騎手が入ってきました。私はほとんど実習だったので一緒にいることは少なかったけど、いろいろと話ができて楽しかったです。いる人にしかわからない、同じ悩みをかかえていましたから…。
斎藤:卒業の時、ちょうど東日本大震災がありました。
下村:教養センターが福島原発に近かったこともあり、みんなで出ることになりました。八戸にも帰りたかったのですが、そのまま北海道に来てといわれ、そのまま競馬場にいます。また、父の会社が津波で、すべて流されてしまいました。それでも親戚も含め、命があったからよかった。会社の人たちも応援してくれています。
斎藤:なぜ北海道に来たのでしょうか。また、今の生活を教えてください。
下村:学校から北海道がいいとすすめられて、谷口厩舎を紹介してもらいました。
今は、午前2時半に起きて、12時近くまで調教と厩舎作業。毎日12頭ほどに調教をつけています。それから午後1時から6時まで馬房の手入れや引き馬、乗り運動。休みは2週間に1度、半日だけあるので大変です。特に担当馬はいなくて、みんなで全部の馬をみます。
斎藤:大変ですね……。休みの日は何をしていますか。
下村:寝るか整体ですね。
斎藤:そういえば、骨折して少しの間休んでいましたよね。
下村:6月、調教中に落ちて後ろの馬に踏まれました。頭蓋骨骨折で頭がへこんじゃいなした。まだ痛みはありますが、休んでいると、どうしても仕事しなくちゃ、という気持ちになるんです。夢でも仕事をしていて、谷口先生も出てきて怒られました(笑)。完治には2年かかるのですが、休んでいられません。
斎藤:復帰後、8月15日に今年初勝利をあげました。
下村:みんな喜んでくれました。ほかの騎手も戻ってくるとき、おめでとうと声をかけてくれて。検量にいるおばちゃんたちも、かわいがってくれています。ファンの方は、次の日にケーキをもってきてくれました。
斎藤:パドックにも応援幕が出ていますね。
下村:競馬場近くにある居酒屋の社長さんが作ってくれました。1枚でもあるとうれしいです。毎月手紙を送ってくれるファンの方もいるし、ありがたいです。
斎藤:居酒屋に行くのは19歳だからまだですね。初勝利について教えてください。昨年8月23日、ほぼ1年前ですね。馬はレディープラネットでした。
下村:なかなか勝てなくて、向いていないんだ、やめようかな…と思っていた時でした。でも、馬に力があったから。昨年の(地元での)3勝はすべて逃げ切りなんです。
昨年思い出に残っている馬はその後2連勝したメモリダンサーですね。ものすごくうるさい馬で、乗る前は憂鬱…(笑)。レースで走ったらかわいいところはありますが、普段はすごくうるさい馬なんですよ。
斎藤:北海道には女性騎手の先輩、笹木美典騎手がいますね。
下村:はい、休みが合えば買い物とか、いろいろと連れていってもらいます。優しくておもしろい。
教養センター1年目の後半で北海道に行くことが決まったとき、なにもわからないので手紙を書いたんです。競馬学校は携帯を使えないので、何度か手紙をやりとりして、競馬場のことを教えてもらいました。
川島洋人騎手の奥さんの、安田歩元騎手とも調教中に話をします。かっこいい! 洋人さんといつも一緒に併せ馬をしていて。きっと今復帰しても勝てると思います。
斎藤:厩舎には所属の先輩騎手がいませんが、誰に教わっていますか。
下村:騎手はみんな優しいんです。若手が少ないというのもありますが、みんな教えてくれる。優しくない人はいません。中でも谷口厩舎で乗ることの多い、小国さんや岩橋さんがいろいろと教えてくれますね。引退した小嶋さんはとても優しくて大好きでした。お父さんみたい。おにぎりくれるんです(笑)。
斎藤:昨年、初出場したレディースジョッキーズシリーズはいかがでしたか。女性騎手同士、いろいろ話ができたでしょう。
下村:みなさんにいろいろと教えてもらいました。悩みも相談できたし、仲良くなってみんなといい関係です。今でもよくメールをするのは、別府さんや元岩手の皆川麻由美さんですね。他地区で乗せてもらえたことがとにかく楽しかったし、うれしかったです。でも、第1ラウンドの盛岡、第2ラウンドの荒尾では成績がでなくて……。どちらも緊張しました。盛岡も広かったことくらいしか覚えていないんです。
斎藤:道営の開催は終了していたので、レース勘を取り戻すのも大変だったのでは。
下村:馬場も凍っていたので騎乗もしていませんでした。第3ラウンドの福山は心配だし怖かったので、福山競馬から連絡がきた時に、レース前に馬に乗せてもらえるかを相談しました。徳本厩舎で、朝調教をつけさせてもらえることになったんです。
斎藤:そうでしたか! 福山ではパーフェクト、2勝しましたね。
下村:福山は強い馬に乗せてもらいましたから。また、1つ勝ったらものすごいテンションが上がって……他の人より、私は勝つことがうれしいから気持ちが盛り上がるんです。福山はものすごくいい場所でした。人が優しい!
経営が大変だといわれますが、主催者が熱心で、いろいろと用意してくれました。騎手として扱ってくれた。「みんなで競馬をやってる」というのが伝わってきました。食べ物は、明石焼きが美味しかったです(笑)。また行きたいですね。
斎藤:女性で有利と感じることはありますか。当たりが柔らかいとかいいますよね。
下村:ないですね。ひとつでもあればいいのですが…。男でも当たりが柔らかい人はいっぱいいるし、人それぞれだから。女性騎手は、自分が親なら反対しますね(笑) 大変ですから。
斎藤:北海道は女性騎手の減量特典がないですよね。
下村:一度話が出たそうなのですが、立ち消えになってしまいました。今の状況で頑張るだけです。
斎藤:ここまで話を聞いていましたが、相当頑張り屋さんですね。
下村:人前では明るくって心がけているんですが……部屋の中ではものすごく暗いですよ(笑)。今日ももっと、楽しい話ができればよかったんですが、こんな話しかできなくてすいません。
友達はみんな大学生。東京に行ったりばらばらです。しかも、競馬学校にいたときに携帯を持てなかったから、連絡先がわからなかったりする。
斎藤:友達は下村騎手に連絡してあげてください(笑)。そうそう、声がかわいいですよね。
下村:ああ……(笑)、生まれつきなんです。姉もこんな声なんですよ。2人姉妹で、姉は馬はいやだっていうんです。
両親は2カ月に1回くらいは来てくれます。でも、その時に勝ったことがない。なんとか一緒に口取り写真を撮りたいです。
斎藤:これからの目標を教えてください。
下村:まだ今は厩務員という感じ。自分は騎手です、と言える騎手になりたい。まだはじまったばかりなので、騎手を楽しみたい、というか、楽しいと思えるような騎乗を自分でつくっていきたい。幼稚園、小学校の時に描いていた騎手の感じではないんです。
今は毎日がいっぱいいっぱい。勝つことはもちろんですが、それ以前に、馬に乗って楽しくてしょうがなかった、その思いを取り戻したいです。
※インタビュー・写真 / 斎藤友香