『土古(どんこ)』の愛称で親しまれた名古屋市港区の名古屋競馬場が73年の歴史に幕を閉じ、弥富トレーニングセンターに移転しました。調教コースとして使われてきた馬場は拡張工事が行われ、直線240mは西日本の地方競馬最長。4月8日に開幕を迎えた新・競馬場のオープニングレースを勝った丸野勝虎騎手に新・競馬場について伺いました。
名古屋競馬場が弥富トレーニングセンターに移転すると発表されて以降、コースを中心に様々な工事が行われてきました。それを見ながらどんな気持ちで過ごしていましたか?
調教コースの工事が始まると、本馬場が使えずに内馬場だけで調教を行う時期がありました。その後、使えない部分が都度変わりながら半年前くらいにコースが完成しました。直線が長くなった分、しっかり追い切りができて使いやすいなと思いました。
3月11日には旧・名古屋競馬場が閉幕。デビューからずっと乗ってきた競馬場ですから、いろんな思い出があるのではないですか?
1992年のデビューからちょうど30年乗りました。頭を丸めてデビューをしてから思い返すと色々ありましたけど、やはり大きなレースを勝った時の思い出が強いですね。
4月8日には弥富トレーニングセンターに移転し、最初の競馬が行われました。1レース『新競馬場オープニング記念』で騎乗したローザキアーロは当日朝に村上弘樹騎手からの乗替りでした。
レースの1~2時間前に乗替りを聞きました。勝ったので、「俺、もってるな」と思いました(笑)。4コーナーから2着馬とずっと同じ間隔で併走していて、正直そこまで手応えはなかったですが、馬が頑張って粘ってくれました。
急遽の乗替りで新競馬場最初のレースを勝利
記念すべきレースを勝って、周囲の反響はどうでしたか?
1レース目なのでみんな見ていたらしくて、「おめでとう」と連絡をもらいました。NHKのニュースでも流れたみたいで、普段電話がかかってこない人からも「テレビで見たよ」と連絡がありました。
初日はお客さんもたくさん入っていましたね。雰囲気はどうでしたか?
最近は競馬場のお客さんが少なかったですが、こうして人が多いと雰囲気が変わって、僕たちも見られている感じがしてとても気合いが入ります。
『新競馬場オープニング記念』を勝ったローザキアーロ
開幕日は内を大きく空けて走っていましたが、週末を挟んで11日からの開催2~4日目は対照的に内有利の馬場に一変しました。何が起きたのでしょうか?
調教ではまず内ラチ沿いを走らせるので、内の砂が削れてしまうんです。そこで、開幕に合わせて内に砂を盛って深くしたので、初日はみんな内を空けて走っていたんですけど、開催2日目以降は調教で内が削れたままレースに突入したので、ガラッと馬場が変わって内がとても軽くなりました。
ということは、逃げ馬天国?
3日目の12日は全12レース中11レースが逃げ切り勝ちでした。10レースをシンゼンストロングで勝ったんですけど、それがその日初めて差しが決まったレースでした。とはいえ、3コーナーまではずっと内を走っていました。差し・追い込みが決まらないと乗っている方も見ている方もつまらないと思います。馬場については改善する余地があって、主催者にも意見は伝えたので、次開催以降は変わってくると願いたいです。
幅員は7m広がり30mに、3~4コーナーはスパイラルカーブが採用されました。
コース幅が広くなったのはすごく乗りやすいですよ。
4月25日にはナイター競馬も開催される予定です。
3月に行われた試走会では明るい時間帯しか乗らなかったのですが、照明が点いても別に乗りにくいとかは関係ないと思います。
丸野騎手はデビュー31年目を迎え、地方通算2800勝余り。3000勝も見えてきました。
最近は怪我が多くて、1年を通して乗ることができていないので、1年間、元気に乗れたらいいな、と思います。3000勝は、ずっと乗っていればそのうち訪れるんじゃないかと思います。
最後にオッズパーク会員のみなさんにメッセージをお願いします。
馬場が改善されて、直線で横並びの白熱したレースを見せられたらな、と思っています。また、現地では綺麗な競馬場を楽しんでいただけると思います。これからも応援よろしくお願いします。
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※インタビュー・写真 / 大恵陽子