第19回 ばんえい愛にあふれて 中山直樹
--- 中山騎手は、サラリーマン時代に岩見沢でばんえいを見てから競馬の世界に入ったんですよね。
夜勤のある仕事だったんで、日中は時間ができるからって、職場ですごくばんばが好きな先輩に連れられて。
自分としては、夜勤明けなんで寝たいんです。行きたくないんだけど、先輩がいうから仕方なく。
そのうち先輩より行くようになったっていう。
中央競馬も行きましたが、周りのみんなが行ってるときに自分も買ったりするくらいで、強く興味を持っていたわけではないです。
--- そこまでばんえいに惹かれた理由を教えてください。
野球なり中央競馬なり、中継や勝利者インタビューがあるなら、喜びの姿とか伝わってくるので選手や騎手の感情が見えやすいけど、その当時、ばんえい競馬には騎手インタビューも何もない状況で。
淡々とレースが行われて、淡々と騎手が馬橇を降りて、客席の興奮とは裏腹に、騎手の感情が全く伝わってこなかったんですよね。
でもその時新人だった安部憲二騎手が、負けた時に弁当箱を叩きつけて悔しがっている姿を見たときにちょっと見方が変わって。それから競技として見られるようになってきた。
お客さんも当時おしゃれじゃなかったっていうか……鉄火場っていうか。酔っ払ったおじさんがいたり。
全く面識ないはずなのに、騎手を下の名前で呼んだり、そういう親しい感じがいいなって。この世界に入ってみてある程度知り合いなんだろうなってわかったんだけど。
ばんばの醍醐味はヤジだと思う。ゴールまでずっとヤジがついてくるから本当に伝わってくるっていうか。(言われる方も)へこむだけへこむ。それが魅力だと思いますね。中央競馬ではなかなか(見ている)自分の意志を競技者側に伝えることができないっていうか。
お客さんの声援に惑わされて早仕掛けになったり、早く(障害に)かけろーって言われて我慢できずにかけちゃうこともあるし……そういった一体感をスタンドの内側にいる時から感じていましたね。入ってから余計そう思いました。
--- そして、思い切ってばんえいの世界に入りました。
競技として見ているうちに自分でやってみたくなってきた。高校出て5年、24になる年。
生まれた頃から馬を触ってるような人たちがいっぱいいるのに、僕はみんなが騎手になる頃にはじめて馬を触ったわけで。
すごい不安はあって無理かなと思ったんですけど、年齢的には何かに挑戦してみるにはギリギリかなと。逆にもっと若かったら迷ったかもしれないんですけど。
ばんばやってみたいんだって話を先輩にしてたんですよ。したら職場に、親が馬主さんと知り合いって人がいて道が拓けた。それまではどうやってこの世界に入っていいかもわからなかったんで。
もう騎手になる目的以外にはなかったです。
--- それにしては騎手になったのは早かったですよね?
当時、30歳で(負担重量)10kg減がなくなるって規則だったんで、28の時に受からなかったらこの世界はやめようとは思ってたんですけど、27の時に受かったのかな。だから早く受かったようだけど、自分としてはぎりぎりだった。
--- では思い出の馬を教えてください。
やっぱりシマヅショウリキ。バリバリの最強馬だった時に平場レースだけど乗せてもらえたっていうのが。
前の晩眠れなかったし、周りからもなんでだ?って雰囲気がありましたね。
当時僕はまだまだ……今でもだめなんですけど、まだだめな、リーディング最下位にいる状態で。お客さんからも、一番いい馬に一番だめな騎手乗ってるようなヤジられ方もしたし。
重量を引いて値のある(力を発揮する)馬なんで、平場となるとやっぱりペースが速くて、勝負になる場面ではなかったんですけど。
--- 違いは感じましたか?
初騎乗以来の緊張だっていう程度で……自分はまだ、伝わってくる何かがわかるレベルじゃなかった。
--- では、厩舎村(競馬場の人たちが馬と共に住む場所)について教えてください。厩舎村が大好きだとおっしゃられていたのを聞いたことがあります。
旧き良き昭和の時代を今に残しているっていうか……外の世界にはなくなったような、近所付き合いみたいなものとか。みんな家族づきあいして。下の名前で呼び合うから、苗字知らない人もいるくらいで。
子どもたちも皆兄弟のように育っているし。今騎手として頑張ってる人たちも皆そうだから昔話が同じ。
調教師をオヤジ、奥さんは母さんって呼ぶようなかたちもすきだし。ひとつの厩舎がひとつの家族のようにしてる姿とかね。
奥さんたちもみんなたくましいし。
--- お子さんも厩舎村で育つことになりますね。
女の子なんだけど、いい意味で下品に育ってほしいっていうか。外で汚くなって遊ぶような。
せっかくこの世界に入ったんで……。
--- 減量はいかがですか?
結婚するまでは、部屋に食べ物を置かないようにしたり、気をつけていたんですけど。
人と暮らすようになるとそういうワケにもいかなくて……小腹が空くと冷蔵庫開けて食べちゃうんですよね。出してくれなくても自分で勝手に見つけ出して食っちゃったりするんで……。あればなんでも食べるんですよね。
独身時代はお金も自由に使えたんで、深夜番組のダイエット器具とかはたくさん買って。今も調整ルームの部屋にいっぱいあります。
--- 通販好きですか? 最近痩せましたよね。
飽きた頃にまた新しいものを見ると……だから絶え間なく鍛えられてる状況は続いたんですけどね。
結婚するとなかなかそういう時間もなかったり、お金もなかったりで。
--- 青汁飲んでますか?(笑) (以前、アサヒ緑健の青汁のテレビ番組に出演)
あの時が一番僕の人生で輝いていた瞬間かなと。スポットライトが当たってる時でした。
本当言うと……最近飲んでないんです(笑)。
--- では、俺のここを見てくれというところがありますか?
僕のここ……僕自体あまり見かけることが少ないので、本当に、なんとか探してみてほしいっていう感じです。出てるときにはもう、目に焼き付けてほしい。
レースでは、障害の一番下につくと、勝てると思ってる時とか緊張してる時は、お尻が出るんですよ。
体勢が低くなるとどうしてもこういう感じで……(体勢を低くしてお尻を出す)。
勝てる!とか緊張してる時は、尻が出ます。
--- お尻ですね(笑)。では最後に、元ばんえい競馬ファンとして、ばんえいの見方のアドバイスをお願いします。
1頭の馬に思い入れを持つと、いろんなものが見えてくる。
パドックなんて漠然と見てもわからないんです。その馬のことを記憶して、いつもはこうなのに今日はこうだなと変化も見えてきたら、パドックの価値があるんで。いつも元気がない馬はいつも元気ないし、いつもバタバタしてる馬はいつもバタバタしてるから。
その馬のレースの仕方というのも見えてくるんですよね。いつも先頭に行く馬が行けないのに気づいたり、障害止まってても間に合うんだよとか、ダントツで降りても10m前くらいから全く歩けなくなるとかも。
1頭見てるとその対戦相手のこともだんだん見えてくるんですね。あの馬があの位置にいたら、自分の好きな馬はどのくらいで降りないと間に合わないとか。相手も見えてきたらそれぞれの個性が広がってくっていうか。
外から見てた時にわからなかった事が見えてきたのは、厩務員として働いて、担当馬を持つようになったことによって。
3頭持ちます(世話を担当する)よね。その3頭をずっと見続けているわけだから、中に入らないと絶対に広がらなかったようなことに目が行くようになった。
テレビカメラに向かうように、初心者にもわかりやすいよう丁寧に話をしてくれました。色んな方から「中山騎手は面白い人だ」と聞いていたのですが、以外にも(?)真面目……と思っていたら、ネタを小出しにしてくるんですね。「アドリブはきくほうではないんだけど……」なんておっしゃっていましたが笑わせてくれました。
ファンから騎手になっても変わらないばんえいが大好きだ、という気持ち。私たちの憧れも本物なのだろうな、と思います。
写真を整理していたら結構男前だということに気付きました。このキャラ、もっと表に出したいなぁ〜!!
取材・文・写真/斎藤友香