レース中、馬群の中を走る馬の写真を撮ると、馬が目をつぶった状態で写ることがよくあります。前の馬が蹴り上げる嵐のような砂の中を走っているのですから当然と言えば当然で、むしろ目を開けていられることのほうが不思議ですね。
ジョッキーの方はゴーグルや透明なプラスチック板のような対策を装備することができますが、それでもレース後の騎手を見ると口の中まで砂だらけ。つくづく大変だなぁと思いますが、馬はほぼダイレクトに砂をかぶっており、ましてあの大きくてつぶらな瞳ですからね。よく「この馬は砂かぶるのを嫌うから、先頭で逃げなければならない」などと言いますが、嫌わない馬ってよっぽど我慢強いのでしょう。
もしかしたら集団の中を走る馬はずっと目を閉じ、鞍上の手綱さばきに全てを任せて走っているのでは?(これぞ人馬の信頼関係!)とも考えて騎手や調教師の方に聞いてみたのですが、「いやーそんなことはねぇな。目ぇつぶってたらどこにぶっ飛んでくかわかんねぇよ」とのことでした。なんでもメンコがずれて視界を遮ってもパニックになるとか。
なるほど。するとかなり早いまばたきを繰り返しているのでしょうか。私のカメラはかなり高速での連写が可能な機種なのですが、続けて何コマも目つぶりになっていることも多くあります。これを見ると、目を見開いて前を確認しながらも、ときどき秒単位で長く目をつぶって飛んでくる砂に耐えているように思えます。
いずれにしても馬群の中はかなり激しいことになっていることは間違いありません。現在それを体験しているのはジョッキーだけですが、オッズパークがテスト中の「馬上カメラ中継」が実現すれば、わたしたちもその世界を味わうことができることでしょう。
ところで、最近はパシュファイヤーと呼ばれるネット状に目を覆う馬具を使う馬も増えていますね。これはブリンカーと同様レースに集中させる目的で装着するようですが、その形状のとおり砂を防ぐフィルターとしての効果も期待できます。次回は馬具のお話と写真をアップしようかと思います。
競馬に興味を持つ以前は、競馬場のようなギャンブルをする場所はおっかない所だと思っていました。ちょっとカリカリしたオジサンたちが、「バカヤロ〜!」「何やってんだ〜!」「ヘタクソ〜!」と口々に叫んでいる…そんなイメージは、ギャンブルをしない人なら誰もが持っているのではないでしょうか。
そんな罵声いわゆる“ヤジ”も、競馬場に通うようになればいつの間にか慣れてしまいました。一部のファンは「あれこそが競馬場の雰囲気。紳士的だったら逆に気持ち悪い」とさえ言いますし、やっぱり自分が少額ながらも馬券を買うようになると、叫びたくなる気持ちも良くわかります。信頼した1番人気馬が馬群に沈んだときには「なんだよぉぉぉぉっ」という気持ちになりますもんね。ただ、初心者やライトファン、特に「競馬ってどんなもんだろう?」と思って初めて足を運んだ人や、休日に子供を連れてきた家族などには、あまり良いイメージを与えないかもしれません。
ヤジにもいろいろありまして、大抵は「バカヤロー!」の類なんですが、もっと不快な言葉が聞こえてくるときもあります。私は騎手達がみな一所懸命に勝負しているのを見ていますから、「八百長」という言葉は聞きたくありません。それと、こんな厳しい状況で頑張っているジョッキーに対して「もう辞めろ!」なんて絶対言って欲しくない。逆にいままで一番笑えたのは、「おぉ〜い、オマエのせいで明日のコメ買う金ねぐなったぞ〜!」というもの。これには、ヤジられたI騎手をはじめパドックにいた騎手全員、そしてまわりの観客も笑っていました。
まぁこんな空気が和やかになるようなヤジならいいのですが、ヘタクソ呼ばわりされた騎手達はどう思っているのでしょう?当然、心中穏やかではないだろう、と私は思っていたのですが、前に陶文峰騎手と話す機会があったときにヤジの話題になったことがありました。すると彼は「一番人気でコケた後のパドックでヤジのひとつもかからないと、『あれ、僕って期待されてないのかな?』と思って寂しい」と言うのです。これにはちょっと驚きましたが、同時に私は、彼らの勝負に対しての責任感を垣間見た気がしたのでした。
(文・佐藤到)
さて来週のブログのネタは何にしようか…。先日そんなことを考えながら車で盛岡競馬場の関係者ゲートを通ろうとすると、目の前の坂道になんとノウサギが!まるで日なたぼっこでもするかのように、道の真ん中で佇んでおりました。これは私に、先週に引き続きオーロパークの自然と野生について書けという天啓か!? というわけで、今回もネイチャーネタです。興味のない人はとばしてくださいませ。
実はノウサギ君、数年前には開催日の構内に出現したこともあります。あのときは装鞍所をまさしく「脱兎のごとく」駆け抜け、あやうく走路へというところでお縄になり、職員の獣医さんの手によって山へとお帰りいただきました。幸いにして装鞍所はちょうど空いている時だったのですが、馬という動物はあの図体にして意外と臆病。実際、私は放牧中の馬がキツネに遭遇して暴れ出すのを見たことがあります。レース前の競走馬がパニックにならなくて本当に良かった。
シーズン中、何度か必ず姿を見せるのはニホンカモシカ。たいていは向正面の斜面を歩いて草を食ったり、座り込んで休憩したりしています。見晴らしのいい場所に陣取ってのんびり周囲を眺めている様は、まるで競馬を観戦しているかのよう。また、厩務員や騎手が住んでいる宿舎のすぐそばに姿を見せたこともあります。警戒心は強いものの、慌てず人間をじーっと観察するようなカモシカの行動は、まさしく「森の哲学者」と呼ばれるにふさわしいですね。
このぐらい自然の豊かさを宣伝すると、今度は熊が出るんじゃないかと心配になる方もいらっしゃるかもしれません。確かに競馬場周囲の山は奥深い北上山地に直結していますし、岩手では毎年秋頃になると、何処どこの集落に熊が出たというニュースが聞かれます。なかには民家に侵入して冷蔵庫を開き、座り込んでリンゴを食べていた、なんていう話も実際ありましたし、オーロパークあたりならツキノワグマが競馬観戦に来てもおかしくないかも…いやいや、冗談ですよ。少なくともスタンドや観客エリアにやってくることはありませんから、オーロで美味しい空気を吸いながら競馬を楽しみたいと思った方は、安心してお越し下さいませ。
もう一つ思い出しましたが、先週は芝コースにヒバリのつがいが舞い降りていました。ヒバリは草原に草を集めてカップ状の巣を作りますが、人間が寝ころんでも気持ちいい芝の走路はまさにうってつけ。とはいえレースになれば当然、馬が地鳴りをあげて疾走しますから、そこには巣作りしないほうが…。それに急に足元から飛び立つ鳥に、馬が驚いてしまうこともあるかも知れません。この週末は毎日芝コースを使ったレースがあったので分かってくれるといいのですが、開催のない平日の間に営巣してしまわないか心配です。市街地に近いJRAの芝コースではこんなことってないんでしょうかね?何か対策をご存じの方がいましたら、教えて下さい。
5月から岩手競馬の舞台は盛岡・オーロパークに移りました。ご存じのようにオーロパークは10年前に現在の場所に建設されたものですが、それ以前に競馬が行われていた旧盛岡競馬場は、盛岡の中心部に比較的近い、住宅街の隣にありました。
旧盛岡の特徴的なコースやそこで繰り広げられた名勝負については、いろいろなところで語られていますのでここでは書きません…。というかテシオ創刊と同時にこの世界に踏み込んだ私は、旧盛岡で競馬を見たという経験がないんですよ。実は学生時代、私は旧盛岡競馬場から割と近い場所にアパートを借りていまして、その気になれば歩いてでも行ける距離だったのですが、その頃は競馬というものを何も知らず出向く機会なく過ぎてしまいました。実際のところ当時の私にとっては、競馬というと日曜の夕方、ときどき周辺道路に大渋滞を引き起こすことのほうが印象強く、切実な問題だったのです。しかしあのとき詰まって動かない車の中にいた人たちの顔は、みちのく大賞典でトウケイニセイとモリユウプリンスの死闘を観戦し、競馬の醍醐味を堪能した満足げな表情だったのかもしれませんね。
前にも書きましたが、もっと早く競馬の魅力を知っていれば、と今は残念に思います。しかし現在のような厳しい状況において、一般人が競馬にどういうイメージを持っているか理解するのは大切なこと。競馬の面白さを知らなかった当時の自分をしっかり覚えておこうと思っています。
さて、新盛岡競馬場オーロパーク。ここを初めて訪れる方、とくにバスやタクシーで行こうとすると、なんだか自分がとんでもなく山の中に連れて行かれるような気分になって、道中とても不安になることでしょう。それほど現在の競馬場は市街地から離れたところにあります。これについては賛否評論ありますが、しかしその山の中を抜けて目にする立派で綺麗な競馬場の印象をより強めているとは思います。
北上山地の奥深くに分け入り、人里から遠く離れた山中に忽然と姿を現す巨大建造物。それはまるで、遠野物語に出てくる“迷い家”のような…とは言い過ぎですが(周辺には民家もありますし)、都会からこの地を訪れたファンや関係者の印象はこれに近いものがあるのではないでしょうか。
カメラマンの立場で言いますと、走る馬の背景に高層マンションや高速道路の高架が写ることが無く、春は新緑、秋は紅葉と四季の自然の山々がバックになるのがとても良いところです。これは岩手で撮影していると当然のように思ってしまうのですが、他所の競馬場に遠征して写真を撮るとはっきりと気付かされます。水沢競馬場にしても向正面の先は北上川の堤防で人工物はほとんど見えませんし、この点については岩手の競馬場は本当に恵まれた環境だなぁと思っています。
いわわししょう… 県外のほとんどの方は「ガンジュ賞」とは読めないのではないでしょうか? 岩鷲山(ガンジュサンあるいはガンシュウザン)とは、我が岩手県のシンボル、岩手山の古い呼び名なのです。岩鷲という名の由来は、春に山の積雪が解けて黒い地面が見えてくるとき、毎年決まって頂上付近に鷲が翼を広げたようなパターンが現れることにあります。このような「雪形」は全国に多くあり、各地で「これが現れたら田んぼに水を引く」などと農業の目安になったりもしています。そういえばJRAのレース名にもある福島県の吾妻小富士ではウサギの形が見られるといいますね。
岩手山は、分類で言えば成層火山に属し、あの富士山と同型の美しい裾野をもつ円錐状の山。しかし山体の西側に新火口が噴出したため、「南部“片”富士」と言われる女性的なボディラインと男性的な荒々しい山容をあわせもち、眺める方向によって大きく表情を変える山になっています。これがまた岩手山の魅力なのですね。ちなみに山岳信仰では岩手山は男の神様とされており、北上川をはさんで向かい側にある姫神山はその奥さん、そして南西の早池峰山は浮気相手との伝説があります。
私が岩手山に強い印象を受けたのは、受験を機に初めて盛岡を訪れ、岩手山と初対面したそのときです。3月のまだ冷たい風吹く中、地図を頼りに中央通りを試験会場へ向かっていくと、道の正面に、青空に真っ白く輝きそびえ立つ岩手山の姿が目に飛び込んできました。私の実家も蔵王山のふもと(旧上山競馬場の反対側です)でしたから雪山の美しさは見慣れているつもりでしたが、この景色はかなり感動しましたね。そして岩手山が盛岡の街なみと一体になり、欠かせない存在としてこの街の雰囲気がつくられていると感じました。
そのとき私は盛岡駅で列車を降りてまだほんの2〜3時間でしたが、駅前をとうとうと流れる北上川を渡り、そして街を見守るようにそびえる岩手山と向きあって、盛岡という街がすっかり好きになってしまいました。その後、私は念願かなって盛岡に住むようになり、そして様々な巡り合わせを経てこうして岩手競馬に深くかかわるようになりました。いま思えば、運命はあの白い岩手山からつながっているのだなぁと考えたりなんかして…。
(文・写真/佐藤到)