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馬券おやじは今日も行く(第39回) 古林英一

故キヲ温ネ新シキヲ知ル

 先日、JRAの知人から「古書店で岩波写真文庫の『馬』を発見して買いました」といわれ、早速見せてもらった。岩波写真文庫というのは1950年代(もしかすると60年代初めかも?)に発行されたA5版の写真集である。1冊1冊がテーマ別に編集されており、なかなか楽しい書籍である。

 この岩波写真文庫、小生が幼少のみぎり、わが家の本棚にびっしり並んでいたのを記憶している。どのようなテーマだったのかは全く記憶がない。なんせ40年以上前の話である。内容は覚えていないが、けっこう一所懸命に見ていた記憶はある。番号がそろっていたように思うので、おそらく親父は全冊買いそろえていたのではなかろうか。

 あらためて(というより、感覚的には初めてであるが)、岩波写真文庫『馬』を見ると、内容の豊富さに驚かされる。競馬、農耕、都市輓馬、そして食肉に至るまで、1950年代の馬のすべてが写真でコンパクトに紹介されている。歴史的事実として、知識としては知ってはいても、改めて画像で見ると、文字情報で得た知識がぐっと実体化するような気がする。

 印象深いいくつかを紹介する。

 競走馬の生産育成を紹介しているページでは千葉・三里塚の牧場が紹介されている。現在でも千葉はサラブレッドの生産県であるが、いまサラブレッドの生産を紹介するなら北海道であろう。日本の馬産史をひもとくと、北海道が競走馬生産で圧倒的なシェアをしめるようになったのは、実は、そう古いことではない。かつては千葉や東北が中心であった。故・吉田善哉氏が独立して社台ファームを最初に開いたのも千葉だったはずだ。そういえば、小生が大学生時代(1970年代後半)、競馬というものに目覚めてしまったときでも、千葉は軽種馬生産で10数パーセントのシェアをもっていた。

 都市輓馬の写真も興味深い。関西で生まれ育った小生にとって、馬は全く身近な動物ではなかった。1960年代、水田を耕作する牛は見た記憶があるが馬を見た記憶はない。しいていえば、小学校入学前に住んでいた大阪市西淀川区の公団住宅に「ロバのパン屋」が来ていたのを覚えているくらいだ。後年、この「ロバのパン屋」の荷車をひいていたのはロバではなく、木曽馬系統の和種馬であったというのを何かで読んだ。だが、当時の子供たちはあれがロバだとみな信じていたはずだ。

 馬には縁がないといわれる関西でも、当然といえば当然であるが、都市輓馬は数多く飼育されていたのである。大阪駅近くにあった大規模な厩舎村があったことを『馬』は教えてくれた。そんな大昔の話ではない。

 あまりにもふつうのことは存外記録されないものである。馬産研究においても同様である。もう少し都市輓馬というものを追いかけてみたいものである。うん、われながら学者っぽい締めくくりである。

 と、話はここで終わらない。ちょっと興奮気味に岩波写真文庫の件をつむじまる文豪にお知らせしたら、「岩波写真文庫って90年代に復刻されて、さらに最近またまた復刻されてるんですよ」と逆に教えられてしまった。いやあ、知らなんだ。スポーツ新聞と競輪・競馬の予想紙しか見ていないからこんなことになるのである。汗顔の至りである。あわてて注文した次第である。

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