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馬券おやじは今日も行く(第38回) 古林英一

内田靖夫という人

 みなさん、お変わりございませんか。北海道は突然寒くなりました。この週末は平地でも初雪になるかもしれないとの予報が出ております。ばんえい観戦も暖かい服装でおいでくださいませ。

 みなさん『ばんえいまんが読本』という書物をご存じでしょうか? 小生、この1~2年、あちらこちらで、ばんえいの歴史なんぞを書いたり喋ったりする機会があるのですが、その際、もっとも参照することが多い本がこの『ばんえいまんが読本』なのであります。ネタバレ覚悟で白状しますと、小生が偉そうにばんえいの歴史なんぞをあちこちで書いたり喋ったりするとき、実はこの本がネタ元になっていることが多いのです。

 著者は内田靖夫という人です。亡くなって久しい人なので、小生も残念ながらお目にかかったことはありません。北海道の古い競馬関係者のなかには「ばんえいというのは内田さんの競馬みたいなもんだったからね」という人がいるくらいの人です。ばんえい競馬を草創期から今のかたちにつくりあげた大プロデューサーです。

 『ばんえいまんが読本』は1978年に当時の北海道市営協議会が発行した本です。市営協議会というのは、市営競馬組合の前身みたいな組織です。現在オッズパークばんえいマネジメントで活躍されているMさんやFさんがその昔就職したのはこの市営協議会でした。Mさんの話だと、当時の就職試験には算盤があったそうです。

 それはともあれ、書名だけを見ると、マンガでばんえい競馬を紹介・解説したパンフレットみたいな印象を受けますが、そんなちゃちな本ではありません。ばんえい競馬成立の事情、ルールの変遷、馬具の変化、馬の品種、さらには当時の競馬場の紹介と、内容は実に豊富です。いわばエンサイクロペディア・オブ・ばんえいです。

 ばんえい草創期、いやそれ以前から深くばん馬に携わった内田靖夫自身が自ら執筆しているだけでなく、ふんだんに挿入されているマンガタッチの挿絵も内田靖夫自身が描いたものなのです。このマンガタッチの挿絵がまさに玄人はだしで素人離れしたものなのです。

 素人離れしているのも当然で、この内田靖夫という人、第二次世界大戦前から戦中にかけて活躍した漫画家・岡本一平(画家・岡本太郎の父)に師事していたのです。

 さらに驚いたことに、内田は自らの日中戦争への従軍記を『馬部隊』という書名で出版しているのです。もちろん内田自らが描いた挿絵つきです。比較的古くからばんえいに携わっている人たちの殆どは内田をよく覚えていると思うのですが、内田が戦時中に本を出版していたということを知る人は少ないのではないでしょうか?

 小生がこの『馬部隊』を知ったのは全くの偶然です。『ばんえいまんが読本』が欲しくて、もしかすると、古書で売りに出ていないかと思い、インターネットの古書検索サイトで「内田靖夫」で検索したら、たまたまとある古書店から『馬部隊』が売りに出ていたのです。その段階では、同姓同名の人かとも思ったのですが、なんせ馬関係の書籍ですし、もしかすると…と思って購入したのです。

 『馬部隊』によると、内田は獣医として北海道庁に勤務しており、たまたま十勝に出張中に召集を受け、中国戦線に出征することになります。ついでにいうと、当時の北海道庁は地方自治体ではなく国家機関です。ですから北海道には知事はいませんでした。北海道庁の長は長官です。『馬部隊』はその当時馬がいかに重要な軍事家畜であったかを教えてくれます。

 マンガ家志望から獣医へ、さらにばんえい競馬へ。まことに興味深い人物です。ぜひもう少し詳しく調べてみたいと思っている次第です。内田靖夫に関する資料や情報をお持ちのかたはぜひご一報くださいまし。

※お詫び:当初、内田靖夫氏が、「のらくろ」の田河水泡氏に師事していたと書いていましたが、これは岡本一平氏の誤りでした。本文はすでに訂正してあります。

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