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2010年6月10日 アーカイブ

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ばんえい名馬ファイル(2) キヨヒメ

2010年6月10日(木)

ばんえい史上屈指の女傑 キヨヒメ

kiyohime.JPG

 「今度こそ」

 昭和63年、3歳能力試験の朝。

 キヨヒメニセイの関係者たちの意気込みは、相当なものがあった。3歳能力試験は年に5回行われるが、その日が最終日であり、今回合格しなければ、競走馬としての資格は無く、レースにも出走できないわけである。その前年もキヨヒメの初仔が不合格となり、その熱の入り方もひとしおであった。

 そのキヨヒメニセイであるが、芦毛の牝馬で父に昭和55年度『農林水産大臣賞典(※1)』馬ダイケツ、母にその大臣賞を三度制覇した女傑キヨヒメと、輝かしい経歴の両親を持った良血馬である。当時のスポーツ紙でも取り上げられ、その年の能力試験の話題の中心であった。しかし四度の能力試験挑戦も不合格となり、今回が背水の陣である。古くからばんえい界には『現役時代に活躍した牝馬からは良い仔が産まれない』というジンクスがあり、このジンクスは関係者の脳裏にもわずかながらでもあったかもしれない。

 スタート。金山明彦騎手が必死に気合を入れるが、関係者の「今年こそ」の願いも届かず、この良血馬は二度と本走路を走ることはなかった。十歳の定年まで牝馬が高重量を引き、戦い抜くのである。その全能力を競走で燃焼し尽くしたのであろう。

 母としてその名を残すことができなかった女傑キヨヒメは、道東の紋別町で生まれた。3歳デビュー当時から障害巧者と呼ばれ、その競走歴は『岩見沢記念』、昭和54年(旭川)・56年(帯広)・57年(北見)と『農林水産大臣賞典』を3回優勝。3回優勝はのちにキンタロー、フクイチが達成するが(※2)、当時は現在のように冬期開催は実施されておらず、砂の深い旭川、北見と雪の上で行われスピード化している現在の帯広の大臣賞とは評価が違ってくる。女傑と呼ばれるにふさわしい大記録である。

 初の大臣賞優勝は6歳の秋、旭川競馬場だった。当時騎手としてキヨヒメに騎乗していた山田勇作調教師は、「出走が決まった日に林調教師にいちばん最初に言われたのが『大事に乗ってくれ』だったんです。牝馬ですからね。結果は楽勝でしたけど、やはり心配だったんでしょう。強くて、障害だけは絶対に心配ない馬でした。あの大臣賞は今でもはっきり憶えていますよ。勝った翌年から私は同厩舎のハヤホマレに騎乗したのですが、私の騎手生活で大臣賞は3回優勝しましたが、キヨヒメが現役最後の大臣賞馬ですからね」

 「2分36秒8」

 林正男調教師にキヨヒメの話を聞こうと練習走路に会いに行った時のことである。「先生、キヨヒメの話なんですが」の問いかけに、「2分36秒8で勝ったんだよ」

 昭和54年、20年以上も前の話である。

 驚くと同時に熱いものを感じさせられた。「山田騎手に大事に乗ってくれと頼んだのはね、当時は今と違って牝馬優遇の20キロ減量制がなくて10キロだけだったんですよ。6歳の若馬でそれも牝馬で990キロは極量ですよ。そりゃあ、出走させるには馬主さんともずいぶん話し合って決めましたよ。高重量を若馬に経験させると、その後のレースにどうしても悪影響が出ることが多いんです。どうしても障害で止まってしまうとかね。勝てるなんて思ってはいなかったが、恥ずかしいレースだけは絶対しない自信はありましたよ。それに牝馬限定戦では比較的活躍できなかったが、牡馬との追い比べになると本当に強かったね。ばんえいの調教師になったからには誰でも一度は夢見る大臣賞の表彰台に四度も立たせてもらったんですからね。本当にキヨヒメとダイケツは忘れられない馬ですよ」

 ばんえい競馬は、指定馬制度を採用してレースが行われている。自分で乗り馬を選ぶことのできる騎手とは違い、レースの選択権のない調教師に大記録が生まれた。平成10年11月30日の帯広競馬場、4歳馬シャリアヤメで開業21年目にしてばんえい史上初の1000勝を達成した林正男調教師。現在(※3)ばんえい調騎会会長である。

文/小寺雄司

(馬齢は当時の旧年齢で表記)
※1:現・ばんえい記念
※2:その後、スーパーペガサスが4連覇、トモエパワーが3連覇を達成
※3:1999年当時

キヨヒメ
1974年4月10日生 重系 牝 芦毛
父 ペル・楓朝
母 重系・豊栄
母の父 重系・蘭月
北海道紋別郡興部町生産
競走成績/168戦20勝(1976~83年)
収得賞金/87,992,000円
主な勝鞍/79年農林水産大臣賞典(旭川)、81年岩見沢記念(岩見沢)、農林水産大臣賞典(帯広)、82年農林水産大臣賞典(北見)

月刊「ハロン」1999年8月号より再掲

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