今年の1月にデビューしたばかりの浜松37期森下輝選手。37期新人選手優秀賞を獲得。そして早くも2度の優勝を飾っています。(2024年4月20日現在)初優勝、2度目の優勝、今後のことなどお話ししていただきました。
(取材日:2024年4月12日)
AKI:1月のデビューからすでに2度の優勝!おめでとうございます!まず、初優勝を振り返るといかがですか?
森下:素直に嬉しかったというのが1番強かったですね。あとは、めちゃくちゃ緊張してました。本当は勝ち上がり権利が発生した3節目の伊勢崎から頑張りたかったんですが、初日2着で勝ち上がれなくて。同期の浅倉(伊勢崎37期:浅倉樹良選手)と「一緒に優勝戦に乗ろう!」と話してて。一緒のレースで戦いたいねという感じでした。なので、残りの2日は1着を取って帰ろうと思って。1着とれて良かったです。
AKI:その後、地元浜松で初優勝を飾るわけですが、振り返ると車の状態はどうでしたか?
森下:車はタイムも出てたし良かったですね。良い感じで乗れてたと思います。「これなら優勝できるぞ!」という感覚はありました。まだ0mからのレースでしたし、いつも通りスタート切って自分の走行ができればとチャンスだと思っていました。準決では上がりタイムも3.382と好タイムが出て自分でもびっくり。そんなに出てると思っていませんでした。「えっ!!?」という感じ。けど、上がりタイム3.3台は目標にしてたので出せて良かったです。
AKI:ただ、優勝戦は走路が濡れました。レースでは初の湿走路だったんですよね!?
森下:そうなんです。浜松の湿走路は滑りやすくて特殊。他のレース場は食いついたりするので全然違います。しかも、浜松の湿走路で練習したこともあんまりなく。なので、雨予報と聞いた時は不安でした。優勝戦で初めてレースで湿走路を乗りました。
AKI:初めての湿走路でのレースでしたが、まずは試走で1番時計タイのタイムが出ました。
森下:思ったより試走タイムが出ていたのでびっくりしました。初めての優勝戦はとにかく落ち着かなくて。ロッカーでもピットでもソワソワしてて。「タイム出ちゃってる」ってなってまたソワソワして。金田さん(浜松33期:金田悠伽選手)が優勝戦2号車でピットでも隣だったんですが「大丈夫??」と心配されるくらいソワソワしてました(笑)けど、レースは大丈夫でした。スタートラインに立つまでがかなり緊張したんですが、スタート切ってからはいつも通り集中して自分の走行をしようと切り替えることができました。
AKI:ゴールした瞬間はいかがでしたか?
森下:めっちゃ嬉しかったです。6周回めちゃくちゃ長かったですね。「まだ終わらない、まだ3周ある!」という感じ。すごく疲れましたがゴールした瞬間嬉しさが勝りましたね。雨は止んでいたのでウイニングランも出来て、沢山のお客さんが残っていて嬉しいなぁと感じていました。喜びが溢れました。試走も出ていて「大丈夫かな?」とプレッシャーもあったんですが、集中出来て勝てて良かったです。
AKI:同期の浅倉選手が優勝して、森下選手と同じ優秀新人賞の福岡選手(飯塚37期:福岡鷹選手)も優勝していく中どのように見ていましたか?
森下:同じ同期として嬉しいですね。養成所の時も3人同じグループで練習していました。その2人が活躍する姿を見るのは自分の力にもなりますね。"自分も頑張らないと"と思えます。
AKI:その後、連を大きく外すことは少なく走れていますが最近の走りはどうですか?
森下:やっぱりハンデが付いたりすると難しいですね。全然違います。痛感してます。後ろからだと自分の走りたいコースを走れない。課題ですね。
AKI:ただ、その後2度目の優勝となりました!
森下:その節は雨が多くて内心「うわ~」って思っていたんですが、たくさん練習して前より雨の心配は減ったかなと思います。少しずつ浜松の雨も慣れてきました。
AKI:初優勝がかかる時はかなり緊張してソワソワしたと仰っていましたが、2回目の優勝の時はどうでしたか?
森下:緊張はしたんですが、1回目に比べたら全然大丈夫でした!落ち着いて優勝戦に臨めました。節間通してスタートタイミングも良かったし、時計が見えてる感覚もありました。なので、自信をもってこの辺りだろうと思ってスタート切っていけました。
AKI:またしても雨の優勝戦となりました!試走タイムは3番時計でした。振り返っていかがですか?
森下:試走は少し滑ったんです。雨も微妙な感じで、直前まで晴れタイヤか雨タイヤか迷っていました。結果的にギリギリで晴れの高めのタイヤで行って。ウォーマーでの温めが足りなかったのか試走で滑っちゃって。「やばいかも!」と思ったんですが、滑った割にはタイムも悪くなかったし「なるようになるだろう!」と思ってレースに行きました。落ち着いて臨めましたね。初優勝の時とは全然違いました。今考えても1回目は相当やばかったと思います(笑)
AKI:1回目も2回目も完全Vとなりましたね!
森下:やっぱ嬉しいですね。1番は嬉しさです!2023年度の締めくくりの開催で勝てたのも良かったですね。人気を背負うことはドキドキするんですが人気にも応えられたというのは自信にも繋がっています。
AKI:養成所で一緒に走っていた浅倉選手、福岡選手も優勝回数2回と並びました。ライバルという意識はありますか?
森下:ライバル意識はありますね。同じグループだったし同じ優勝回数2回だし。負けてられないなというのは意識はしてます。もちろん2人の活躍は嬉しいんですが負けられないなという感じです。
AKI:森下選手は元々モトクロスをされていたということですが、オートレースへの転向はどういうきっかけだったんですか?
森下:オートレースはなんとなく知っていて。1期上に吉林直都さん(浜松36期:吉林直都選手)がいるんですが、小さい時からモトクロスで一緒に大会に出たりしていて。お兄ちゃん的存在ですね。その吉林さんが選手の試験に受かったって聞いて「自分もやってみよう!」という一押しになりました。前までは「受けてみようかな、どうしようかな?」という感じだったんですが、吉林さんがきっかけで選手を目指しました。今回、同じ浜松所属になって、今では同じ2級車で8号車から走ったりしていて尊敬してます。
AKI:オートレーサーになってまだ数ヶ月ですがここまでいかがですか?
森下:まず選手になって良かったなっていうのが大きいですね。元々テストライダーというのをやっていて、開発中のバイクに乗って技能確認とか不具合とかを確認していく感じ。完成するとそのバイクが販売されるという流れです。SUZUKIのテストライダーでした。そして、今乗ってるバイクもSUZUKIのセア。小さい頃からSUZUKIに乗っているので運があるんじゃないかなと思っています(笑)けど、同じバイクでもセアは全然違いますね。今までは整備も細かいところはやっていなかったので分からないことだらけです。なので、師匠の鈴木健吾さん(浜松28期:鈴木健吾選手)や派閥の先輩方に教わっている最中です。師匠の教えは「謙虚で居ろ。」と言われます。そして、優しく教えていただいています。これからハンデが下がっていくとエンジンの整備もしっかり覚えていかないとキツイので頑張んないとなと思っています。
AKI:デビュー時のプロフィールでは佐藤摩弥選手(川口31期:佐藤摩弥選手)が憧れの選手と書かれていましたがどのようなところに憧れを感じますか?
森下:同じモトクロス出身というのがあります。モトクロス時代は一緒に走ったことはないと思うんですが、やっぱりあの位置で走っていて活躍しているというのは凄いです。
AKI:今後の目標は考えてますか?
森下:SGに出て優勝すること。トップレーサーになることが目標ですね。なので、SGでもスーパースターで優勝したいです。去年は家で見ていたんですが、やっぱり凄いです。今はレベルが違いすぎます。なので、しっかり練習して"優勝する!!!"という強い気持ちを持って走っていきたいです。
AKI:今の課題はなんですか?
森下:ハンデ戦になってきてどうやって捌いていこうかというところですね。今は捲りたいっていうか、吉林さんの走りをしたいんで。派閥の方々にも「外一本にしろ。」と言われるんです。小細工使わずまずはスピードで勝負しろと。その方が周りから見てても気持ちいいぞ!っと。なので、今は捌きを課題として。あとはスタートしてからの伸びをもう少し求めていきたいですね。整備、切り方、つなぎ方とか色々ですね。少しずつ良くしていきたいです。
AKI:車名ですが"LEセラ"由来はなんですか?
森下:「LE SSERAFIM(ルセラフィム)」というK-POPアイドルが好きでそこから取りました。
AKI:それでは最後にオッズパーク会員の皆様にメッセージをお願いします。
森下:これからどんどん厳しくはなってくると思うんですが、周りに負けず興奮してもらえるレースができるように。そして、もっとオートレースを好きになってもらえるようなレースをしていけるように頑張ります!!
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伊勢崎オート所属の22期・木村義明選手にお話をお聞きしました。
(取材日3/19)
―レーサーになったきっかけは?
雑誌とか新聞とかでオートレースを知って、あと、(昔の職場の関係で)平和島競艇場にいて、競艇の選手がすごく稼いでいるのを知ってたので、それで、オートバイが好きだったので、オートレースを受けてみようと思いました。競艇場にいたから、その発想ができたのかもしれないですけど、公営競技つながりでオートバイの競技もあるのを知って、身長とか体重がギリセーフだったので。当時は170cmの60kg未満で、ギリギリ大丈夫だったので受けて、受かった時はびっくりしました。すごく人がいっぱいだったので、まさかと思いました。嬉しかったですね。
―それで養成所に入ってみてどうでした?
厳しかったですけど、まあ、自衛隊式だっていうのは聞いていたので、まあまあ。最初、訓練で肋骨にヒビが入ってるんだろうなと思うくらい、咳をしても痛い時があったんですけど、帰されちゃったら嫌だと思って、腕立てとかをしてても痛くてできないんですけど気合でやってました。退所だけはならないように頑張ってましたね。バイクに乗る訓練は、元々バイクに乗ってたから比較的、最初から普通に乗れました。押しがけとかも他の人よりはすんなりとできました。養成所では高橋貢(伊勢崎22期)が最優秀賞でした。で、自分と他に何人かが優秀賞だったので、当時は「貢にも負けないよ」という気持ちでした(笑)貢は優等生でしたね。危ない走りもしなければ、教官にも逆らわないし。
―デビュー戦は覚えていますか?
覚えてます。デビュー戦は船橋で、1着でした。あの時は人がいっぱいいたので緊張しました。最終レースの後は帰れないくらい人がいたので。転んだらどうしようみたいな。で、ピットからオッズが見えるんですよ。ちゃんと走り切らないとやばいぞ、と。でも、ハンデがあったので。ゴールした瞬間はホッとしましたよね。嬉しかったですね。その時はメグロの2級でボロいエンジンだったので、みんながみんな今みたいに良いエンジンじゃないから、デビュー戦で意外と勝てなかったんですよね。メグロの2級車の最高タイムは自分なんですよ。片平巧さん(船橋19期・元オートレーサー)のタイムを数年ぶりに抜いて、意気揚々としてました(笑)。
―ここまでレースをいっぱい重ねてきて、印象に残っているレースはありますか?
初優勝した時はやっぱり嬉しかったですね。(同期の中で)自分だけじゃないかな、メグロのエンジンで優勝したのは。だから、自分、JKAの最優秀新人賞もらったっすもん。今だったら栗原選手(浜松36期・栗原佳祐選手)がもらったような。メグロのエンジンではなかなか優勝できなかったんですよ。壊れちゃうようなエンジンだったので。1級車では単気筒だったんですよ。乗り始めた頃は良かったんですけど、大怪我をしちゃって...。1年くらい寝たきりになったんですよ。それからも頑張ってましたけど、なんとなくちょっと...。でも、その後もまあまあ何とか1級で30年ちょっとやってきてるんで、老いぼれてきたけど何とか着を拾えてるので、このまま現状維持できるようにしたいですね。やっぱり目とか体力、衰えてきてるけど...。
―休みの日はどう過ごしてますか?
休みの日は、春になったら桜を見に行こうかなとか、夏は趣味のキャンプやったり、秋は紅葉を見に行ったり温泉行ったりしてます。でも、最近は休みが少ないんですよね。開催が増えたので意外と忙しいんですよ。でも、ありがたいですけどね。
―休みの日と仕事の日でメリハリつけてるんですね。
でも、仕事も無理しすぎないようにしてるんですよ。若い時はもう、ガツガツと、朝から整備して20分も30分もエンジンかけたりしてたけど、もう歳も取ったので、今までの貯金(知識の蓄積)じゃないですけど、ピンポイントで整備してやってます。
―現時点で課題を挙げるとしたら何かありますか?
課題は体調管理ですね。体重がすごく増えたので。歳を取って太りやすくなったなと。あと何回もヒザとか足首とかケガしちゃってて、激しい運動もできなくなったので、運動もしなくなっちゃったのもあると思います。なるべく動くようにはしてるんですけど、前みたいには動けなくて。
―これからどうなっていきたいとかありますか?
基本的には一日でも長くオートレースに携わって、クビにならないように頑張りたいのが一番ですね。もう56歳なので。56でバイク乗っているおじさん、なかなかいないですよね。でも、まあ、何とか頑張れるようにしたいです。だんだんと目が見えなくなってきたりとか、なにかにつまづいてみたりだとか、腰が痛くなったりだとか毎年くるので何とかいなしながら、ガーンと落ちるのではなく緩やかになるように気をつけてますね。
―できれば何歳までやりたいですか?
できれば65で年金をもらえる歳までやりたいですね。もっとやりたいけど、最低でもそこまではやりたいですね。若者にね、あのお爺ちゃんまだ止めないのかって言われながら65までやって(笑)元気なおじさんだったなと言われて引退したいなと、そんな感じですね。もう、ケガなく。この歳になってケガすると、ほんと致命傷ですからね。なるべくレース勘だけは、なんとかベテランの味でうまく交わしながらいきたいですね。
―最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
試走が出たり調子がいい時は、なるべく堅い走りでいい着を取れるように頑張ってるんで、まあ車券に貢献できたらと思って、買っていただけたら嬉しいです。もう、この歳になってファンもいなくなってると思うので(笑)でもまあまあ、木村で買っていただけたら頑張りますってことで。
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オートレーサーの血を引き継ぐサラブレッド・伊勢崎オート所属の27期・金山周平選手にお話をお聞きしました。
(取材日3/19)
―2節連続優勝(3月6日飯塚、3月13日伊勢崎)すごかったですね。
シルクカップ(伊勢崎GI)の節で乗り換わって、そこからヘッド回りの調整をして後半3日間は良かったんですよ。その後、ドドドが直らないので下回りを整備して、コンロッドを換えたらドドドが直って、それが一番大きかったですね。エンジンも良くなりました。(2月28日に)地元で準優勝して、飯塚で優勝して、また地元で優勝です。
―そのあいだに微調整とかはしてるんですか?
調整はですね、治郎(伊勢崎30期・田村治郎選手)が自分のエンジンをよく見てくれるんですけど、治郎がいる時は言われるがまま調整して、結果良くなって。自分でやる時は微調整ですね、キャブとか電気位置とかセッティング程度で、あとは定期的なものでリングを換えたりはちょこちょこします。いい時は何を調整しても良い方にいくんですよね。
―改めてですけど、オートレーサーになったキッカケは?
父親(飯塚7期・元オートレーサー金山清司選手)の影響で、物心ついたときから(選手に)なるもんだと勝手に思ってましたね。それでハタチの時に受けて、21歳の時に養成所に入りました。試験は2回目で受かりました。26期の時に受けて、幼なじみの竹中修二選手(飯塚26期)が受かって、自分は27期で受かって。親同士が同期だし、家も近くて幼なじみなんです。
―養成所に入ってからはどうでしたか?
いやあ、きつかったですよ。朝早いし、時間が決められていて、あんな生活したことなかったんで...。はじめの2週間は掃除とか、早起きして朝体操とか、草むしりとかそんなんばっかりで、いつになったら競争車を触らせてもらえるんかなとか思いながら(笑)。でも、そんなことも言ってられないですよね。選手になりたくて行ったんだし、やめるとかそんな選択はなかったです。
―オートバイに乗る練習になってからはどうですか?
いやあ、もうとにかく難しかったですね。外から見ると簡単に見えていたのに曲がらないし、全然違かったです。それまでは中型のバイクに乗っていたんですけど、全然違いましたね。ハンドルも違うし、競争しないといけないし。自分は中間ぐらいのグループだったかな。早船(川口27期・早船歩選手)はすごかったですね、もちろん荒尾(飯塚27期・荒尾聡選手)も速かったし。いろいろ話を聞いて「こんな感じにやってみればいいんじゃない」とか言われるのを実践しようとしても、なかなかできなかったですね。
―デビュー戦の事は覚えていますか?
覚えてますよ。デビュー戦はアタマを走ってて、4周目ぐらいで滑ってガブられて7着でした。レース途中で慌てたんでしょうね。最初は逃げてた記憶はあります。次の日にアタマを取れたのかな。
―2級車から1級車に乗り換わった時はどうでしたか?
感覚は全く違うし、先輩たちはこんなの乗ってたんだ、と思いましたね。直線は速いし、これじゃ負けるに決まってると(笑)。2級車の時に浅香さん(伊勢崎23期・浅香潤選手)にかわいがってもらっていたんですけど、練習で一緒に乗ってくれて、前で引っ張ってくれたりして「とにかく閉めちゃダメだ、自分のアクセル操作を見ながら走れって」横に付けさせてもらって...。(淺香さんは)全然グリップを絞ってないんですよ。自分もそういうグリップ操作を練習して、ちょっとずつ(2級車の)後半良くなって、2級車で記念の決勝とかも乗れたし。その時、浜松でヤングダービーってのがあって、荒尾も一緒に乗っていて荒尾が優勝して。その流れで1級車に乗れてすごく良かったです。
―今までで印象に残っているレースはありますか?
優勝したレースは印象ありますけど、やっぱり嬉しかったのは若い時にオールスターのドリームに選ばれたことですね。伊勢崎で。まあ4着だったんですけど、あれに走れたのが一番嬉しかったですね。お客さんに選んでもらって、あれはもう、なんかすごく嬉しかった。緊張というよりはワクワクしました。
―オートレーサーとして日々、取り組んでいることはありますか?
柔軟、ストレッチです。なんか、養成所で(体が)柔らかくなったので、もったいないなと思って、ずっとそれは継続してやってます。
―金山さんは昔から体形が変わらないですよね。
いや、そんなことないですよ。腹、出てきたっすよ(笑)。体重はそんなに変わらないですけどね。
―今現在、自分の中で課題にしていることはありますか?
課題というか、落ち着いて乗ることだけですね。20何年もやってるんで、今さらガツガツしても...。慌てないで、迷惑かけないで、速く走れるように心がけてます。最近は落ち着いてやれている気がしますね。いい時でもダメな時でも。
―若手ですごいなって思う選手はいますか?
浅倉(伊勢崎37期・浅倉樹良選手)とかすごいですよね。ハンパじゃないっすよ。久しぶりに伊勢崎にスーパールーキーが来たなって感じで。走りだけじゃなくて人間も。はっきり喋るし、受け答えもしっかりしてるし、人間的にも優しいというか。
―金山さんはこれからどうなっていきたいとか、当面の目標はありますか?
もうけっこう後輩も増えてきたので、後輩に優しくして、楽しくみんなでオートレースできたらいいかなって。アドバイスとかできることがあったら自分もしたいし、まあ同期にも弟子がついてきてるので、そういうのも含めて見てあげるというか、できればいいなって。
―最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
オートレースを楽しんで、いっぱい車券を買ってもらって、盛り上げていただけたらと思います。オートレース、かっこいいので(笑)。
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2024年2月25日に行われたSG全日本選抜オートレース優勝戦。ここ数年は青山周平選手、鈴木圭一郎選手の2人によるSGタイトルの取り合いのような状況が続いていました。しかし、今年の全日本選抜では2強を倒し金子大輔選手が2015年以来のSG制覇を成し遂げました!そのSGのお話をお聞きしてきました。
(取材日:2024年3月19日)
AKI:SG全日本選抜優勝おめでとうございます!少し時間が経ちましたが、お気持ちはいかがですか?
金子:ありがとうございます!やっぱり嬉しいですね。川口オートでは死ぬまでSGは獲れないと思っていたので獲れると思ってなかったし、ご存知の方も多いと思うんですが、年末のスーパースターでは何かよくないことが起こる。それも何年も。7、8年くらい悪魔に取り憑かれてたんじゃないかなって思うくらい(笑)散々苦しめられて。僕だけじゃなく、中村さん(川口28期:中村雅人選手)なんかも毎年年末は苦しんでたりして。だから、川口でSG 優勝なんてことが起こるなんて夢かと思いました。レースが終わった後、何日も何回も自分のプロフィールを見て。「あれ、僕本当に勝ったのかな!?」と思ってプロフィールを確認して、「全日本選抜24」と書いてるのを見て「本当やん!!」って。それくらい現実味がなかったですね。
AKI:優勝戦を振り返りますが、しっかりスタートも切れて良い展開作りましたよね。
金子:スタートはそんな悪くなかったですね。特にクラッチ周りを扱ってたわけではないんですが、消音マフラーの方がスタートは切りやすいです。だから、予選8枠からでも8番手スタートというのはなかった。優勝戦も凄い良かったわけじゃないんですけど、2番手くらいに出られたのが良かったのですね。あとは圭一郎(浜松32期:鈴木圭一郎選手)が少し遅れたからそこを抑えて2コーナーに入ったら周平(伊勢崎31期:青山周平選手)が上手く曲がれなそうだったので、「インコース入ろうかな」という感じで入れて。入れた時は「やった!」という感じでした。
AKI:そこからの10周回ですよ。
金子:こういう時は絶対周回盤は見たらダメって分かってるんですよ。なのに残り7周で見ちゃって。「やべーな。まだ普通開催の優勝戦より長いじゃん!!」となって(笑)ただ、走ってたら後ろとの差が詰まってくる感じもないし、ビジョンを見ても等間隔で詰まる感じもなく。「あれ?これ行けるんじゃね!?」っとなってから残り2周くらい急に「やばい、ここで落車したらやばい。」と考え出してしまって。急に守りに入っちゃいました(笑)なので、残り2周は絶対落車しないスピードになって、ちょうどその辺りで圭一郎が2番手に上がってきて詰められてしまいましたね。スピード出して滑らせたり変なこと起こったらやだなって急に大人な考えになってしまいした(笑)10周回先頭はやっぱり辛いです。ただ、エンジン的には余裕があって乗りやすく息切れする感じはありませんでした。無理しなくてもしっかり走れるような感じだったから疲労感とかはなかったですね。ただ「長いな。勝負あっただろ!」とは思っていました(笑)ただただ長かったですね。後ろとは距離があって詰められなかったので「自分だけ6周でよくない?」と思うくらいでした(笑)
AKI:節間振り返ると車の状態は良かったんですか?
金子:予選道中は結果は良かったけど車の手応え的にはあまり良くなかったんですよ。イマイチ。何かバチッと合ってないというか。もうちょいだなと思いながら過ごしていました。自分なりにセッティングをしながらレースに行ってたんですが、加賀谷さん(川口27期:加賀谷建明選手)に負けたレースだけは悔しかったです。そんなに大きく扱ってなかったんですが雰囲気良くなくて。雨で敵なしの加賀谷さんに勝ちたかったですね。本当に悔しかったです。状態が良ければ結構自信があった分悔しかったです。
AKI:優勝戦が1番良い状態だったんですか?
金子:そうですね。あまり扱ってないんですが時間帯にあってくれた感じ。節間の中でも1番状態が良かったですね。セッティング的には予選道中と同じ感じですよ。リング交換をしたくらい。暗くなって冷えだした時にピッタリあったかなっという感じですね。
AKI:前日から雨予報でしたがどう感じていましたか?
金子:んー。初日と準決勝戦だけ晴れてて、あと3日間は雨。準決勝戦は1着取れたけど有吉さん(飯塚25期:有吉辰也選手)が後ろにピッタリついてストーキングされていましたし。怖かったです(笑)なんで、雨の方が結果が出やすいかな?とは思っていましたね。
AKI:優勝戦は2枠となりましたが、枠に関してはどう思っていましたか?
金子:とりあえず準決勝戦を1着でクリアできたというのが大きくて。有吉さんに負けて2着だったら5枠以降。そうしたら今回の優勝は絶対ないんですよ。展開が大きく変わりますからね。なので、自分があの位置に入れなかったらどんなにエンジンが良くっても、あのメンバーを後ろから捌いていくっていうのはきついと思うんですよね。だから、準決勝の1着が優勝への後押しじゃないけど、大きなポイントでしたね。みんなあまりフォーカスしてこないんですけど、何が優勝の勝因かって言われたら"準決勝の1着"です。2枠を取れたから優勝戦であの展開に持って行けたのかなと思います。あとは、誰が自分の外枠にいようとも空いてる内枠を取るつもりではいたので。迷うことはなかったですね。「黒川(川口33期:黒川京介選手)や周平がいるからその外に行こうかなと思ってる時点で勝てない。永井さん(川口25期:永井大介選手)も言ってましたもんね。わざと外枠を取るって自信がないわけじゃないですか。スタート良い選手の外から乗っていってとか考える時点でSGの舞台では勝てないと思います。自信がなくても「自分でスタート切る!」くらいの気持ちで行かないと。SGの優勝戦って小細工が効かないんですよ。力勝負というか。誤魔化しは効かない舞台。力と力の勝負だと自分は思っていますね。そんな中、最近のSGは圭一郎と周平しか勝ててない。お客さんもそうだったと思いますし、選手も「自分たちだって一生懸命やってるんだぞ!」と。ただ、あの2人が速いのは間違いない。その中で、あの2人がいないSG優勝戦よりもいる優勝戦で勝てた方が気分がいいですよね!ただ、いなくてもSG優勝はもちろん半端じゃなく嬉しいですよ!
AKI:9年ぶりのSG優勝となりましたね。
金子:やばいっすよね!9年ってなんなんですか(笑)ただ、実は言うと嫁のお母さんが去年の秋に亡くなってしまって。凄く僕のことを応援してくれてたんです。オートレースも大好きで。僕のこともずっと気にかけてくれていました。だから、今回のSG優勝は凄く見せたかったです。今回の優勝は嫁のお母さんの力もあったのかなと思っています。年末の普通開催優勝から今回のSG優勝は僕の力だけじゃないなというのは思ってましたね。
AKI:9年前SG優勝された際は「重量級でも勝てるんだぞ!!」と仰っていましたが今も考えは変わらないですか?
金子:んー。重量級じゃ勝てない。訂正(笑)9年前から今、タイヤやクラッチ、マフラーも違う。いろんなことが9年前とは変わってるんですよね。今のタイヤはスタートで良い位置つけないと後半滑るんです、昔より。グリップ感が弱くなった感じ。だから、昔はスタートで行けなくても抜いていくレースができてたんです。分かりやすく言うと夏場は走路温度が上がってタイヤに熱がこもってグリップ感が弱くなって後ろが抜き辛いじゃないですか。ただ、その分冬は追い込みが効いてた。けど、今のタイヤになって冬場で少しでもエンジンが合わないと滑る。そこがここ9年で変わったことですね。昔より、前の選手と後ろの選手のタイム差ってそこまでないんですよね。自分はもっと行きたいのにその前にタイヤが滑るから前の選手とタイムがあまり変わらない。タイヤの限界が昔より早くきてしまうようになりましたね。ハンデを背負う選手は本当に大変です。なので、昔のイメージとは違うかぁと思います。ただ、試走を全力で走ってないかと言ったらそんなことはないんですけど、試走タイムだけが全てじゃないという感じがしています。たとえば初日とかは分かりにくいんですけど、何日間か走ったら試走がこれくらいだと上がりタイムがこれくらい出るというのが分かると思うんです。なので、予想する時はその日だけの試走タイムだけじゃなくて前の日のタイムを参考にしてほしいですね。どれくらいの試走偏差で走ってるのかを何日間か測ると分かって来るんじゃないかなと思います。
AKI:色々な要素はありますが、軽量級の方が有利ということですね。
金子:そうですね。竹谷さん(飯塚23期:竹谷隆選手)や別府さん(飯塚23期:別府敬剛選手)に「お前が勝たないと重量級でも勝てることを証明できないだろ!」と言ってもらえるんですよね(笑)自分も軽くなったとはいえ60kgくらい。大体上で活躍してる選手って40kg後半から55kgまでだと思うんです。だから痩せたと言っても重量級なんですよ。だから、竹谷さんと別府さんに「ようやったな!」とめちゃくちゃ褒められました(笑)
AKI:レース後に走路内を歩いたり運動をされてますよね。
金子:できる時は運動してますし、家でも毎日やってます。川口SGは雨が多かったので階段を7階まで登ったり降りたりしてました。もちろん自分のレースに向けてやることはやって、レース後も全て仕事を終わらせてから運動していました。
AKI:いろんな努力や力があってのSG優勝だったんですね!
金子:そうですね。お客さんも「2強をよく倒したな!」と思ってくれてる部分があるかもですね。川口の表彰式のいつもが分からないんですが、凄いお客さんがいっぱいいて。「俺のトーク聞きにきてるのかな?」と思うほどでした(笑)本当にびっくりしましたね。地元でもないし。遠征なのにこんなに残ってくれてるなんて。これがいつもの川口かは分かりませんが、思ったより残ってくれてたのは嬉しかったですね。ウイニングランもSGはやっぱり違いますね。肩がはずれるくらいガッツポーズしちゃいました(笑)気持ちが出ちゃいましたね。
AKI:今年最初のSG優勝で良い一年のスタートになりましたね。
金子:そうですね。去年から状態は比較的安定して良かったですし、落車もなかったし、大きいレースは取れなかったけど安定してたし。今年もまさかこんな良いスタートを切れると思ってなかった。良くなったきっかけは良いクランクに出会ったことだと思います。一昨年の秋くらいなんですが、それくらいから良くなり出していて今も使えてますよ。ただ、消耗品なのでその恐怖に襲われてるんです。あいつがいなくなったら俺どうなっちゃうんだって。だから、また新しい良いクランクを探さないとですね。こればっかりは巡り合わせですから。
AKI:流れが良い状態ですが今後の目標は考えていますか?
金子:第一には怪我しない。これは毎年変わらないです。あとは、もっと優勝を意識して。去年は優出回数に対して優勝回数が少なかったんで、今年は優勝回数を増やせるよう取り組みたいですね。川口での呪縛も取れたんで。むしろ、今は川口の走路大好きですからね。表彰式で移籍すると冗談を言うくらい(笑)あとは、消音マフラーもいいですね。消音マフラーの使用が始まった頃は訳分からなかったですし、1年に数回しか乗らなかったので取り付けも1人じゃできないくらいでした。けど、最近乗る機会も増えて"消音はこうしたら良いんだ!"という特徴を掴めるようになってきて結果に繋がった感じですね。あとはさっきも言ったクランクが良いので扱いやすいですね。仕事がやりやすい。そして、危ないレースはしないように心がけて。去年は1度も「危ない!」というレースはなかったですし、フェアプレイ賞というものをもらって。こういうことは継続していきたいですね。「ロッカーでは輩みたいだけど走路では紳士だね!」って言われるんですよ。褒めてくれてるなぁって、選手に言われるのは嬉しいですね。ただ、輩でもヤンチャでもないんですけどね。褒められたと思ったら悪口も言われてるし(笑)ただ、良いことなので続けていきたいですね。
AKI:それでは最後にオッズパーク会員の皆様にメッセージお願いします。
金子:引き続き頑張っていきます。あと、浜松でSG優勝記念Tシャツを発売してるので是非手に取って、着て応援してください!!
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走りもトークも軽快な飯塚28期・滝下隼平選手にお話を聞きました。
(取材日2/21)
―オートレーサーを目指したきっかけは何ですか?
ちっちゃい頃から飯塚オートに観に行ってました。幼稚園ぐらいから行ってましたね。いとこのお父さんが(オートレースを)好きで、週末はその家に前泊して、次の日に1レースから最後まで見てました。自分の家からは遠いんですが、親戚の家からは5分ぐらいでした。それで、その時から(オートレーサーに)なりたいって思ってました。高校3年の時に試験があって、それで受けて、卒業して養成所に入った感じです。ちょうどタイミングがよかったです。一発で受かりました。
―受かった時はどんな気持ちでした?
めっちゃ嬉しかったです。よっしゃあ!みたいな。
―それで、養成所での生活はどうでした?
まあまあ、終わってみればあっと言うまでしたけど、自分で紙にあと何日って書いて。あと100日で卒業とか。体力トレーニングもそんなにきつくはなかったです。特に怪我もなく。バイクはそれまで原付しか乗ったことなかったんですけど、最初は押しがけが難しかったですね。何回かたぶんこけたと思います。押しがけで。
―たしか、養成所で最優秀賞をもらいましたよね。成績は良かったですか?
めっちゃ良かったと思います。養成所では。
―デビュー戦のことは覚えていますか?
デビュー戦はなんとなく覚えています。(飯塚の同期は)みんな1着だったですよ。で、自分は4連勝ぐらいしたんですよ。
―1級車に乗り換わった時はどんな感じでしたか?
やっぱり直線が全然違いました。めっちゃいいなって思いました。2級より絶対1級の方がいいですね。ずるいって感じでした。
―ここまでで一番覚えているレースはありますか?
15、6年前のプレミアムカップの時に、準決の0メートルオープンでトップスタート切ったことをよく覚えています。佐藤裕二(川口24期)さんとか有吉(有吉辰也選手・飯塚25期)さんとかいたんですけど、なぜか切れたんです。あれっ!って感じで。とりあえずフライングじゃないかと確認しましたね。(笑)
―スタート、どうです?
もう無理ですね。いつ頃からかは分からないけど、ちょっとでも浮いたらビビるんで。実際はあまり浮かないんですけど、浮いた時はメチャクチャ遅れます。
―その反面じゃないですけど、道中回り出してからのスピードとか凄いですよね。試走タイムも出ますしね。
まあ、タイヤが良ければ、しっかり走れますね。エンジンの調整はほぼやらないです。セッティングは夏でも冬でも年間どのレース場でもほぼ一緒です。たまに夏場にガス調整はやるぐらいで。年に1回下回り整備して、シリンダーとピストンは半年に1回くらい交換を定期でやるぐらいです。で、大崩はないですね。よっぽどタイヤが見つからない時はダメですけど、1本でも見つかればその節は大丈夫です。6走ぐらいは使えるので。タイヤ当てはよくやってます。
―ここまでオートレーサーとしてやってきて、苦しかったことはありますか?
いやあ、ないですね。あ、コロナになった時はきつかったですね。10日間くらいホテル療養して、お酒もタバコもダメ。で、窓を開けたら焼き鳥の匂いがするし...(笑)。体調は全然大したことなかったんですよ。自分は熱も出るタイプじゃないし。
―休みの日は何をしていますか?
犬の散歩を1時間ぐらいしてます。でっかいゴールデンレトリバーを飼っているので。1時間歩いたらまあまあの運動ですね。
―体調管理とかはどうですか?
体調は抜群です。こないだ胃カメラやったけど、何の悪いところもなく、尿酸値も正常だし、肝機能のガンマも20ぐらいしかないです。正常です。お酒は365日飲んでいるんですけどね。脂肪肝でもなかったです。ただ、毎日下痢なのがちょっと心配ですね。(笑)
―ここまで振り返ってオートレーサー生活はどうですかね?
いやあ、もう1回やり直せるならやり直したいですね。デビュー5年目くらいに戻りたい。もっと頑張りたかったですね。もっとやれたって思いますね。スタートを何とかしたいって20年くらい言ってるんですけど、全然どうにもならないですね。(クラッチの)セッティングもずっとサトマヤ(川口31期・佐藤摩弥選手)と同じなんですけど、違いますね。今日もドーンっと行かれて...。有吉さんとかにもアドバイスをもらってるんですけど、でもダメですね。クラッチの離し方とグリップの開け方がうまく連動しないんです。
―これからどうなりたいとか、目標とかはありますか?
賞金が毎年だいたい同じぐらいなのでもっと稼ぎたいですね。いっぱい稼いで税金をいっぱい払えるようにしたいですね。(笑)
―最後にオッズパーク会員の皆様へメッセージをお願いします。
オッズパークはポイントも付きますし最高ですね。ネット投票はオッズパークをおススメします。自分も頑張ります!
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