先日、近々発売される「テシオ」Vol.42に掲載する記事の取材のため、盛岡市内にある「塩釜馬具店」をお訪ねしました。
このお店は大沢川原という、盛岡の中心街・大通りからわずか300mほどしか離れていない場所にあります。しかしこの近辺は、一方通行の狭い通りが幸いしてか新しい店舗は少なく、農作業の道具を製作する鍛冶屋さんや、おそらく大正時代からの姿そのままで営業を続けている旅館、その名も「大正館」などがあり、ぶらりと歩くだけでも何か懐かしさを感じるところ。塩釜馬具店さんも、正面こそ入り口をアルミサッシにするなど改装が施されていますが、ちょっと中を覗けば、相当に古い板張りの店内がいかにも歴史を伝えるという感じです。
実は塩釜馬具店は、私が十数年前に盛岡に越してきたときから気になっていて、「おぉ〜っ、今でも馬具屋さんがあるなんてさすが南部だなー」と感心して見ていました。その後、何かの縁があったのか私は競馬カメラマンという形で馬に関わるようになり、テシオに企画を提案して、このたび取材をお願いすることになったのです。
詳しくは本誌のほうを読んで頂きたいと思いますが、わずか1ページの記事では書ききれなかったことが沢山ありました。その中のひとつは、本誌でもちょっとだけ触れた「熊よけの鈴」。
熊よけ鈴とは、登山者などが熊とばったり出くわさないために、歩くと音がするように体やザックに付けておく鈴で、塩釜さんが本業の馬具の他に作っている製品のひとつ。やはり馬自体が激減している現在、馬具だけでは商売が成り立たないのだそうですが、いわば副業的製品が「職人の技で手作りされた逸品」ということでTVなどでも紹介され、大変な人気になっています。実際、私が取材をしている間にも関西から観光ツアー中の団体が大型バスで店舗前に乗り付け、愛犬用にとハーネスなどを買い求めて行きました。
さてその熊よけ鈴。“土台”と呼ばれるベースの部分が上質の牛革で出来ており、とてもしっかりしています。これにトロイカ鈴という、もともとはシベリアでオオカミよけに使われていたという鈴が2つか3つ付くのですが、この厚みのある真鍮製の鈴が大変いい音を奏でます。近いもので言えば南部鉄器の風鈴でしょうか。とても深みのある優しい音色なのです。そしてこの鈴は飛行機の機体組み立てにも使われていたという“沈頭鋲”でしっかりと取り付けられるのですが、これを狭い“鈴口”から道具を差し込んで留める技術が、いまはもう出来る人が少なくなっているのだそうです。お値段は4500円からですが、この音色と職人の技をこの手に出来るなら、その価値は十分あるでしょう。私もとても気に入ってひとつ買いました。今はこれを腰につけて登山に行くのが楽しみです。
現在、店頭で黙々と作業するご主人の孝さんは、一度は県外に出て大学へ進学・卒業した後、Uターンして家業を継いだといいます。私事ながら筆者の実家も祖父の代からの駄菓子屋でして、私自身「跡取り息子」なのですが、自らの夢のために勝手をさせてもらい今の道を選びました。
南部の歴史を背負った伝統の職人さんと、近所の小学生が10円玉を握ってやってくる駄菓子屋ではその重みが違うとはいえ、塩釜馬具店の年季の入った柱や床は私の実家と同じ色をしており、いろいろと考えさせられる取材となりました。