9月2日、園田競馬場で行われた『園田チャレンジカップ』で、【ホールドマイラブ】が優勝しました!!
騎乗していた北野真弘騎手にとって、園田移籍後初の重賞制覇です☆
北野騎手は、1988年4月に、高知で騎手デビュー。
5年目の1992年に高知リーディング1位を獲得。
1998年には、【リバーセキトバ】で交流重賞『黒船賞』を制覇し、7度もリーディングジョッキーの座に輝いているのです!
そんな北野騎手が、なぜ園田に移籍したのか…
移籍後の初重賞制覇の喜びとともに、これまでの想いを伺いました。
:まずは、移籍後の初重賞制覇、おめでとうございます!
「ありがとうございます。」
:ゴールした時はどんなお気持ちでしたか?
「嬉しかったですね。勝てて良かった。」
:園田に移籍して6年目、色々なことがあったと思いますが、そもそもなぜ園田に移籍したんですか?
「2000年にJRAの阪神に遠征に行ってね。中央はすごいなって思ったんです。
高知には認定レースがないから、なかなか中央に遠征に行く機会がないでしょう。
園田だったらチャンスがあるし、ちょうど知り合いもいたからね。」
:園田に移籍するためには、1年厩務員をしないと騎手になれないという内規がありましたよね?
「そうですね。そのことも考えたんだけど、1度きりの人生で後悔したくないし、何よりも家族がOKしてくれたから、思い切って挑戦出来たんですよ。」
:素敵な奥様ですね!
「ありがたかったですね。3人の子供がまだ小さかったけど、嫁が応援してくれたんで…本当に感謝してます。」
:高知から園田へ移って、まずは厩務員からのスタート。パドックで引いてたら目だったんじゃないですか?
「いやいや。最初は、今までのパドックと違ってちょっと恥ずかしいなぁ、なんて思ったけど、高知の北野を知ってる人があんまりいなかったからね。とにかく、1年早く過ぎてレースに乗りたい!という一心でした。
でも結局、再デビューまでは1年9ヶ月かかったんですよ。」
:どうしてですか?
「園田に行った時期が悪かったの。1月に行ったんだけど、あそこは免許の更新が10月でね。行った年の10月ではまだ1年経ってないから試験が受けられなくて、それで次の年になったわけ。
地方競馬は場所によって免許の更新日程が違うでしょう?そういう細かいこと考えないで行っちゃったんだよね(笑)
だけど今振り返ると、厩務員を経験して良かったと思ってるんです。
今までジョッキーの経験しかなかったから、厩務員さんの気持ちがわかってるつもりでも、本当の気持ちまではわかってなかった。
厩務員は縁の下の力持ち的な存在でしょう?そういう人が一生懸命頑張ってくれて、自分たちジョッキーがいるんだなって、改めて実感したんです。」
:いざ園田でデビューした時は?
「レースに乗れるようになって、本当に嬉しかったですね。周りとも自然に溶け込めました。
ただ、高知とはレースが全く違うから、戸惑うところもありました。園田の方が頭数も多いし、展開も馬場の使い方も全然違うから。」
:地方競馬で移籍をすることは、本当に大変だと思います。
「みんなそういう風に言ってくれるけど、自分ではそんなすごいことしてるとは思ってないんです。
後悔したくないし、したいことしたい。ただそれだけ。
本当はもっと活躍しなきゃいけないのに、迷惑ばっかりかけているけど…。
家族にも、受け入れてくれた野田学先生にも、みんなに感謝の気持ちでいっぱいです。」
:では、今後の目標を聞かせて下さい。
「早く2000勝したいですね!今1869勝なんで、あと131勝!
若いジョッキーたちにも頑張って欲しいけど、まだまだ負ける気はないですよ。」
現在40歳の北野真弘騎手。
一度頂点を極め、また新たなスタートから重賞制覇を成し遂げました。
これからも、激戦区の園田競馬場を拠点として、地方競馬を盛り上げてくれるでしょう♪