今日は東京競馬場。
ダービーを生で見るのは、『スペシャルウィーク』『アドマイヤベガ』に続いて3度目だけど、他のG?とは違う独特の雰囲気がありますね。うまく説明出来ないけど、ファンファーレと共に手拍子したり、「ウォー」という歓声も、気合いが入ってる感じ。
私は岩田騎手から買っていたので、またまた撃沈した訳ですが・・・
東京競馬場内にある、盛岡競馬場外馬券場にもいっぱい人がいたので嬉しくなっちゃいました!!
ダービーの後、検量所前にて、細江純子さんと吉岡牧子さんにお会いして、しばし談笑。他の騎手の方もいっぱいいらしたので一緒に行った、漫画家アシスタントの早川さんと、ライターのボマさんに
「千尋ちゃんて、ジョッキーの中ではデカイんだね。」と指摘されました。
女性の標準体型である私は、ジョッキーの中に入るとかなりデカく見えるらしい。実際は157cm、47kgなので、そんなにデカくはないんですけど、パドックで整列した時なんかも
「赤見デカッ!」とよく言われました。
ジョッキー=小さくて痩せている、というイメージが強いらしく、現役時代は初対面の人に会うと必ず、
「減量は大丈夫なんですか?」と突っ込まれました・・。「大丈夫です!!」とムキになっていた私。
私の顔が丸いからって、失礼だわっ!
しかし・・現役時代は全く減量する必要がなかった私ですが、地方競馬教養センターを受験する時の44kg制限と、センター在籍中の45kg制限にはかなり苦しみました。
特に、センターにいた2年間は外出もほとんどなく、少年院のように監視されている生活。週に一度支給されるお菓子が唯一の楽しみです。でも、それを食べるとダイレクトに次の日の体重に響いてしまう・・
そこで私は、センター内で絶対禁止されている、「食べて吐く」という事を繰り返していました。一度吐き過ぎて顔面の血管が切れてしまい、教官に見つかりこっぴどく怒られましたが・・
そんな超過激な減量をしたお陰で、デビューしてからも5年くらいは胃痛に悩まされましたが・・今は至って健康体!好きな食べ物を食べたい時に食べられる、という幸せを噛み締めております。
もしも、私がデビューしてからも減量を続けなければならない体だったら・・おそらく耐えられなくて、すぐにジョッキーを辞めた事でしょう。減量の方法や減らす体重は人それぞれですが、減量と戦いながらジョッキーを続けている方々を心から尊敬しますね。
『ジョッキーは減量する』という事はかなり知られていますが、それがどれだけ辛いかはあまり語られませんよね。「ジョッキーなんだから当たり前!」と言われればそれまでだし。
「大変なんです!辛いんです!!」と声高に宣伝するつもりはないけれど、そんな陰の苦労もしつつ、華やかな舞台で戦っている訳です。
普段のレースに飽きてしまった方へ・・パドックで周回している馬に付けられた馬具で、そのジョッキーの体重が重いか軽いか少しは判断出来ます。色々見比べてみると、面白いんじゃないかな。
みなさま、お久し振りです。ちょっと間が空いてしまいました・・
実はー大好きな本を一気に読むために、月火水と用事をすべて済ませ、木金と部屋に籠もっておりました。大好きな本とは・・笑わないで下さいね!・・先日第6巻が発売になった、『ハリー・ポッター』シリーズです。
最初は私もバカにしておりました。「子供が読む本でしょ??私、小難しい本しか読まないの」って。
でも、先日もご紹介した横山(旧姓藤塚)聡子元ジョッキーに、「いいから読んでみて!!」と強く推薦され、分厚いページをめくってみると・・あら不思議!もう、ど〜にも止まらない!!次の朝2時から調教だというのに結局一睡もせず読み続け、調教が終わると即座にまた読み始め、1巻を読み終える頃には完全にハリー・ポッターの世界の虜に・・新作が出る頃になると、今でもそわそわ。映画の方はかなり省略されているので、あんまり興味ないんですけどね。
この、好きな物を見つけると、とことんハマる性格。かーなーりー昔っから。
一人っ子&商売人の娘である私は、他の子供より一人で過ごす時間が多かったんです。
小学生の頃、『天空の城ラピュタ』や『ホームアローン』を何百回と繰り返し見続けて、両親に
「異常なんじゃないか・・?」と心配されたほど。アニメオタクになったのもこの頃で、もちろん今でも抜けません・・。
しかし・・私が惚れ込むのは決して主役ではありません。必ず脇役。しかも敵か味方かいまいちわからない人達!『ハリー・ポッター』なら『スネイプ先生』だし、『ガンダム』なら『シャー』だし、『スワンの涙』(知ってる??)なら『武田久美子』なんです。
そういう脇の人達ってたいがい優秀だし、ハッピーエンドが約束されてる主役と違って報われない時もある。すんごく頑張ってるのに、誰も認めてくれなかったりとかね。そういう時、
「私が見てるよ〜!」って思っちゃうんですよね。
これって、地方競馬にも通じる事だと思うんですよ。やってる事は中央と変らないというか、むしろ日々の仕事は多いくらいで。中央は厩務員さん一人に対して、担当馬は2頭だけど、地方は4,5頭が当たり前。ジョッキーも、調教では20頭くらい乗ってるし。でも、金銭的な面や名声は中央とは比べ物にならなくて。みんな命かけてやってるのに、地方!地方!とバカにされる事もある。
だけど今の仕事を始めてみて、多くの人達が地方競馬を愛している事を知りました。私は随分地方競馬を見くびっていたなぁ〜と反省!!そういう声を競馬界の人達に伝えたいし、競馬界の声をファンの方達に伝えたい。今までは、自分が出来る事は何か・・とか、自分に求められているものは何か・・とか漠然としていたけど、ファンの方達の声を聞く事でだいぶクリアになって来ました。
もっと、地方競馬のファン同士や競馬関係者が、気軽に意見交換出来る場所があったらいいのに。
元高崎のジョッキーで、今は佐賀に移籍した浅沼騎手が、月に一度ファンとの集いというか食事会?をしているそうです。なんてナイスなアイディア!楽しそう〜♪
来月佐賀に行く予定だったので、私もその集いに参加させて!と言っていたのですが、残念ながら今回の取材は流れてしまいました・・。でも、必ず行く機会を作って参加したいと思います!
こんな風にファンと競馬関係者が一体となって支えている地方競馬、中央のような華やかさはないけれど、いいものですよね☆
今日は東京競馬場。
久し振りに馬券を思いっきり買って、4戦3勝と調子に乗り、最後のオークスですべてドボン・・・
安藤さんから買っていた私は、完全なタテ目にちょっと涙目。
でも、いーさっ。勝った『カワカミプリンセス』は強かったし、『フサイチパンドラ』の復活した走りっぷりも嬉しかった!
その後、現役時代の恩師である新谷さんと、築地でお寿司♪お腹いーっぱい食べて、至福のひと時。
新谷さんは、高崎の名物厩務員さんで、『ヒロベスト』や『ティーケークイン』、『トミケンヒーロー』などで、数々の大きいレースを制している、この道30年以上の大ベテランです。
レースに自分の馬を出走させる時はいつも自信満々で、パドックやゲート裏なんかで、
「○番の馬は本命だけど、こずんでいるから気にするな。」とかって、大きい声で言うからハラハラしてました・・
そんな感じだったので、さぞ馬の仕上げに対して自信を持っているのかと思ってたけど。
「馬は生き物。いくら人間が仕上げたつもりになっても、走ってみないとわからない。」
初めてそんな言葉を聞いて、ビックリの私。
新谷さんの担当馬は、たとえ鞍上が私でも、必ず人気になっていました。
周りには絶対見せなかったけど、プレッシャーがあったんですね。
「パドックで、ジョッキーの足を上げるとホッとした。」そうです。そこから先は、ジョッキーの仕事ですからね。
「そんな風に思ってたなんて、全然知らなかった!」と言うと、
「当たり前だ!俺が不安がってたら、馬にもお前にも伝わるだろ。自信を持って競馬場に行けるように、毎日精一杯仕事するんだよ。」
おぉ・・いい事言うじゃないの。
「お前を乗せるようになってから、馬の仕上げに対して今まで自信持ってたものが覆されたよ。それまでは、これくらいやれば勝てるっていうのがあったのに、お前はとんでもないレースをしてくれるからな。
お前でも勝てる馬をつくるのが、面白かったよ。」
それはそれは・・スミマセンでした・・
そういえばいつも、
「調教でもレースでも、この馬に乗れるのは最後だと思って、真剣に乗りなさい。そうすれば、たとえ馬が壊れてしまっても、悔いが残らないから。」と言っていた。
前にも書いたけど、初めて競走馬を殺してしまった時、この言葉の意味を理解した私。
経験してから学ぶ事は間違いではないけれど、取り返しのつかない場合もある、という事を知りました。
新谷さんは、私をジョッキーとして、というよりも、競馬を通して人間的に成長させようとしてくれました。レースに勝っても怒られてましたから、
「なんて厳しい人だ!」と思っていたけれど、今になるとあの厳しさが優しさだったのだと、心から思う。
現在新谷さんは、境町トレーニングセンターで開業しています。高崎けいば時代、多くの馬主さんや競馬関係者との信頼関係を築いていたので、たくさんの馬たちを預託され、忙しく楽しい毎日のようです。
「一番の財産とは、人脈だ。そしていい人脈を作るためには、日々真面目に生きる事だ。」
10年近くにわたり、新谷真司流の生き方を学んだ私は、自分で言うのもナンですが、だいぶ成長出来たと思う。
このブログ用の写真を撮ろうとしたら、「絶対イヤだ!」と、激しく抵抗している姿が可愛かったな。
「南関東の外厩が認められたら、また忙しくなるぞ〜!」と、嬉しそうに帰って行きました。
まだまだ現役で馬に乗る、ちょっぴりシャイで元気な60歳。「長生きしてね☆」な〜んて言ったら、怒るだろうな・・
行って来ました、盛岡競馬場!
盛岡駅から無料バスに揺られる事数十分。ぐんぐん山道を登って行く・・
「一体どこまで登るんだろう??」と不安になった頃、巨大なオーロパークが出現しました。
地方競馬場とはとても思えない、豪華な造り。そしてキレイで新しい。中央の競馬場の縮小版といったところかな。
地方競馬場のいい所として、各競馬場ごとの名物と言われる食べ物がありますよね。盛岡の場合はジャンボ焼き鳥。「これを焼き鳥と言うのか?!」と思うほどのジャンボさです。
とっても天気が良くて、周りの山々の景色を眺めながらの競馬観戦は、本当に気持ちがいい!
高崎や宇都宮にも、移転の話はあったのになぁ〜・・移転が実現した盛岡には、これからも頑張ってほしいですよね。
施設自体は中央っぽいけど、中身はやっぱり地方っぽい。同じ様に豪華な施設の大井競馬場とは、また違った雰囲気ですね。中央のいい所と地方のいい所を併せ持つ、日本で唯一の競馬場なんじゃないかな。
それに、ジョッキーのレベルが相当高い!水沢と盛岡は、右回りと左回り。この2つの競馬場でデビューしたジョッキーは、若いうちから当たり前のように左右どちらのコースも乗れるんですから。南関東も遠征すれば乗れるけど、デビューしたばかりだと、やっぱりなかなかチャンスは少ないですからね。
しかも、盛岡は広いコースで坂があったりと、本当に力がある馬でないと、なかなか勝てない競馬場。対して水沢は、ザ・地方レースというか、小回りコースで、ジョッキー同士のかけ引きや位置どりで勝負を分ける競馬場。その両方に乗るんだから、レベル高い訳です。
装鞍所に行ってみると、リングバミやDバミ、枝バミなど特殊なハミを使用している馬がとても多い事に驚きました。気難しい馬が揃っているとの事・・ジョッキー大変だなぁ〜。
観客席に戻り、盛岡競馬場についてメモを書いていると、
「ねぇちゃん、そんな字じゃ読めね〜ぞ!」と知らないオヤジに絡まれました。
「私が読めればいいの!!」と、ムッとしながら答えたけど、こんな風に見ず知らずの人と会話出来ちゃうとこが、競馬場のいい所。「いいなぁ〜温かいなぁ〜」と一人ニヤニヤしてしまいました。
さて、この日のメインレースは『岩鷲賞』。アラブの女傑を母に持つ、ダンディキングが人気になっていました。
最近めっきり減ってしまったアラブの血。サラブレットより劣っているけれど、現役時代『クラダイアナ』という常にやる気満々の牝馬に乗っていた事もあり、そして益田で『グリーンマスク』という優秀な馬(性格は怖かったけど・・)に勝たせてもらった事もあり、私はアラブが大好きです。
地方競馬の馬が中央で活躍すると、多くの人が感動するように、アラブが並み居るサラブレットを負かす姿もまた、心を打ちますね。やはり、弱い立場のものが強いものに立ち向かう姿は美しい・・
ダンディキングは2着に負けてしまいましたが、3着以下を大きく離し、この先に期待出来るレースでした。
盛岡に来たのだから・・と、帰り道に冷麺を食べて来ました!!ぴょんぴょん舎という有名な焼肉店です。
私は冷麺も好きですが、なんてったって『トンソク』が大好物!
「美味しいでしょ?」と一緒に行った記者さん達に無理矢理食べさせちゃいました。
初盛岡を満喫し、帰りの新幹線で大爆睡。気付いた時には、首が痛くて痛くて・・
盛岡から帰って来て5日。まだちょっと、首がおかしい私です・・・。
いきなりですが・・私の中のいい男ベスト3!!
1位、石井琢郎(横浜ベイスターズ)
2位、永瀬正敏(トキオの長瀬じゃないですよ!)
3位、中村吉右衛門(鬼平犯科帳)
石井選手は別に、2000本安打達成したからではありませんよ。もともとジャイアンツの岡崎選手のファンで野球を見ていたのですが、中学生の時敵である石井選手に一目惚れ・・以来一途?に想い続けております。
永瀬正敏さんは、「ママはアイドル」という中山美穂さん主演のドラマで好きになり、中村吉右衛門さんは、時代劇好きだった小学生の時、「鬼平犯科帳」に思いっきりハマリました・・。以外と渋専な私です。
今日初めて歌舞伎を観に行って来ました!もちろん中村吉右衛門さん主演作です。ちゃんと理解出来るか不安でしたが、意外にわかりやすくて面白かったです。
なぜ歌舞伎を観に行ったかというと、中村吉右衛門さん好き!という事もありますが、着物好き!というのも大きいんですよ。こういうトコも、渋専でして・・。
騎手を目指す前は、舞妓さんになろうと思ってましたから。中学3年の時、
「高校には進学しないで、京都に行く!!」と宣言したところ、両親が大反対。家出したり(半日ですが・・)して頑張ってみましたが、結局諦めました。後にも先にも、両親が私のやりたい事に反対したのは、あの時だけ。今となっては良かったですけど。
そんな事情もあり、騎手を辞めたら着物を着る仕事がしてみたかったんです。ハローワークで探してもらうと、東京の浅草今半を発見!着付けも出来ないくせに、ずうずうしく面接に行ってみると、騎手という職歴が気に入ったらしく、一発採用!!そこから、戦いの日々が始まったのです・・
着物は2回着せてもらっただけで、「じゃぁ、明日からは自分でね。」という事に・・最初はボロボロで、しょっちゅう着崩れてました。食べに来た事がある方はわかると思いますが、あそこの着物はよくユニホームで使われている簡単に着られる着物ではなく、しかも季節ごとに一人一人に似合う物を与えられるのです。そこまでこだわっている着物ですから、少しでも乱れがあれば、即チェック!
あと言葉遣い。バリバリの群馬弁&競馬場ゆずりの男言葉だった私は、「平安時代?!」と思わせるほど丁寧でキレイなお店の言葉に慣れるのが大変でした。
そして接客。高校時代マックでバイトしてて、「スマイル下さい!」と言われるたびにムッとしていた私ですが、ここでは絶対に許されません・・
男性ばかりの職場から、いきなり女性ばかりの職場になった訳ですが、それに対しては全く抵抗なかったんです。なんてったって、女子高出身ですから!
「イジメられたら100倍返し」という性格の悪さを発揮する私ですが、拍子抜けするくらいみんなに可愛がってもらい、「女らしさ」のなんたるかをアレコレ教わったのでした。
その後、友人に助けられながらライターの仕事を始め、今の事務所に所属する事ができ、浅草今半は
辞める事になりました。短い期間でしたが、高級料亭でプロの接客を間近で見た事で、人としても女としても、いい勉強が出来ました。
高崎が廃止になった後も、引退するか移籍するかなかなか決められなかった私・・あの時、人生で初めてやりたい事が見つからずに悩んでいた。半信半疑で受けた面接で、
「あなたが頑張る事はわかってるから。」と言って、経験のない私を採用してくれた社長に、今でも感謝です!!
ちなみに・・私が勤めていたのは『浅草今半』です!「人形町今半」さんや、「今半」さんとは違います。
コレ結構、わかりづらいですよね。