坂本東一騎手の「名人芸」
「坂本さんは凄いよ~」と、谷さんから聞き及んでいた。そして、本欄でも自慢したけれど、8月の共進会で初めてお話をさせてもらって、この名手の「ばんえい競馬」に対する真摯な姿勢も実感させてもらった。
けれども、しかし、である。それ以前から私は、坂本騎手のファンなのである。何たって、かなりの確率で馬券に絡んで下さるから、私の薄い財布に、何度、暖かい風を送り込んでくださったことか。
加えて、我が豚娘も坂本騎手のファンである。娘もまた、薄い財布を同騎手によって暖められて……ということではない。娘は未だ小学生。従って、不肖の母のように「金銭欲」に発した好意ではなく、純粋に坂本東一という騎手が好きなのである。で、その理由を聞けば、
「だって、坂本さん、ソリの上でジャンプするんだもん。カッコいい」とのこと。
言われてみれば、この名手は第二障害を越えたゴール前、ここぞ勝負! という時には決ってソリの上でジャンプする。
コースの砂に足を突き立てて進む馬に合わせて、上半身を反らせて手綱を引いたかと思えば、今度は体をかがめて馬を推進し……という、ばんえいならではの大きなアクションで馬を追いつつ、その一連の動作の中で、時折、坂本さんはジャンプする。恐らくは、馬が前進する瞬間、少しでも負荷を減らすための技だと想像するのだけれど、これが確かに「カッコいい」。きっと、下手っぴーな騎手がやっても大した効果はないだろうし、第一、格好も悪いだろう。その証拠に、草ばんばなんかで、ねじり鉢巻のオジサン達が、これを真似たと思しきジャンプをするのを幾度か目撃したことがあるけど、例外なく馬は無駄に苦労していたし、オジサン達はメッチャカッコ悪かった。
という訳で、このジャンプは、名手にこそ許される「名人芸」なのだろうと、勝手に考察しているのだが……。
「でもさぁ、どうして坂本さんは、レースの時、馬の尻尾に触ろうとするの?」と、これまた、娘の疑問。
これまた、そう言えば……、坂本さんは前述の追い込みアクションの中で、身をかがめる刹那、何故か左手で「馬の尾をすくい上げるようなしぐさ」を見せる。
はて?
とっても気になったから、9月のセリで再び坂本さんの姿を見つけた時には、すかさず飛んで行って、挨拶もそこそこに上記の件、お尋ねした。
共進会の時同様、変なオバサンの変な質問に、しかし、坂本さんは嫌な顔もせず、私と娘の質問に明快に答えてくださった。
「尾に触ろうとしているわけじゃないんですよ。ばんえいの騎手は、レース中、馬の体に触ってはいけないって規則があるんでね。そうじゃなくて、あのアクションは手綱で馬の後肢をスッと撫で上げているんです。そうすることで、少しでも馬の踏み込みが良くなるようにしてるんですよ」
坂本さんの言葉を正確に再現できているか否か、至って心許ないけれど、こういう趣旨の御答えをいただいて、大いに得心し、なおかつ、大いに感心もした。
馬にソリを引かせた経験のない私には、細かな技術は解りかねる。けれど、ジャンプといい、この手綱さばきといい、とにもかくにも、坂本さんという人は、勝利のためには、どんな小さなことにも最大の努力を試みる人なのだ、と、そういうことだけは判然した訳で、やっぱり凄いわ、この名手は。
本年6月12日、ばんえい史上2人目の2500勝を挙げた坂本東一騎手。ミスターばんえい・金山明彦現調教師の記録3299勝に向かって、只今、驀進中……と私なんかは勝手に興奮しているけれど、坂本さんにすれば、きっと、そんな外野の姦しさなんか、どこ吹く風。冷静に1レース1レースで最善を尽くされているのだろう。ある時は華麗なジャンプで、ある時は豪快な手綱さばきで。
武豊ばかりが一流騎手じゃない。坂本東一騎手の「名人芸」にも、ご注目を!