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やっぱり馬が好き(第51回) 旋丸 巴

2008年09月17日(水)

ばんえい騎手交流会

 自分たちで作ったNPO法人「とかち馬文化を支える会」……だけど、NPO法人って、「会員に利益を還元してはいけない」んだってさ。つまり、会員さんになってもらっても、無料入場券1枚すらあげてはいけないんだって。めんどくさいねぇ。

 という訳で、せっかく「支える会」に入会してもらっても何のメリットもないのでは、あまりにも会員さんに対して申し訳ないので、せめての「お楽しみ」として、昨年に引き続き、今年も支える会主催の「ばんえい騎手交流会」を開催しました~。

 元々この交流会は、本情報局でも活躍中の斎藤友香さんが考案してくださったもの。今年は、日程などの関係で帯広に来られない友香さんに代わって、不肖・旋丸が責任者に。

 9月12日、帯広競馬場の「ふれあい広場」で夕方から焼き肉パーティーをしよう、と企画立案したまではよかったけれど、出席申込も少ないし、開催当日は朝から雨。天気予報の降水確率も90%だし、どーなることか、と胃がシクシクと痛んで……。

 でもね、案ずるより産むが易し、とは正にこのこと。

 蓋を開けてみたら、出席者は予想を上回る50名。騎手さんも17名も参加されて、大盛況のパーティーとなったから、やーれ、嬉しや!

 開会前から、大口泰史騎手や安部憲二騎手が「ビールがぬるい」と我がままを言い……

旋丸 「ビールはぬるい方がいいの。大体、ビールの本場イギリスではね……」

安部 「ここは日本だもんね~」

旋丸 「意地悪! べ~だ!」

 などと大騒ぎ。このままのテンションで交流会に突入したから、その後の騒ぎや、推して知るべし。その賑やかなこと、楽しいこと。

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交流会風景(写真提供 松井和実氏)

 中でも一番盛り上がったのが、「お楽しみ抽選会」。この日のために、騎手の皆さんに「お金で買えないプレゼントを用意してね」とリクエストしておいたのだけれど、破壊的なまでに身勝手なお願いにも関わらず、騎手各位が快く持ち寄ってくださったのが……

 細川弘則騎手:1000勝記念マグカップ
 鈴木恵介騎手:使用済みゴーグル(サイン入り)
 西弘美騎手:2000勝記念絵皿、サイン入りジャンパー
 尾ヶ瀬馨騎手:特製サイン入りTシャツ
 藤本匠騎手:サイン入りマグカップ
 村上章騎手:サイン入りジャンパー
 西謙一騎手:50勝記念ボールペン

 その他、安部憲二騎手が用意して下さった「勝負服デザイン帽子」などなど(書き忘れた賞品もありそうだけど、忘れてたら提供者の騎手さん、ごめんね)。

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細川弘則騎手のサイン入り帽子

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西弘美騎手2000勝記念絵皿

 さてさて、そんなマニア垂涎の賞品が当たる抽選会。だから盛り上がらないはずもなし。くじを引くたびに歓声が上がり、提供騎手さんと当選者が熱い握手を交わし、賞品にサインを入れてもらい、その間中、安部騎手が吠えまくり……。いやはや、実に、誠に、心底、楽しい楽しい夜が更けていくのでありました。
 
 以上、交流会責任者としては、著しく自画自賛、我田引水の報告となったけれど、しかし、なんである。こんなにも明るくて気取らない交流会ができるのも、ばんえい競馬ならではじゃないかしら?

 交流会に協力してくれた騎手部会会長・藤本騎手をはじめとして、プロ顔負けの手つきでビールサーバーからクリーミーな泡たっぷりの極旨ビールを皆さんについでくれた大口騎手、大量のイカを差し入れて下さった大河原騎手、ばんえい競走馬の資質について語ってくださった阿部騎手などなど、皆さん、一様に気さくに、時に真剣にファンをもてなしてくださって、実施者としては感謝感激雨アラレ。

 それにね、とにかく、ばんえいの騎手さん達は気さくで面白くて威張らない。だから、ファンとの距離もグッと近いのである。

 今回、騎手部会副会長として、実務を全て取り仕切ってくれた安部騎手も、「毎年といわず、季節ごとに交流会するべ! 冬は寒いって? なーんも寒くない! 寒かったら、服、たくさん着ればいいべや!」と、おっしゃってくれていることだし、またまた交流会を開こう、と企む旋丸。

 ただし、である。ただし、次回は、遠方からの皆さんも参加できるように、うんと早い時期から告知して行う予定。そうすれば、本州の皆さんも、早割チケットなんぞを使って来帯できるもんね。

 告知は「支える会HP」などで行うので、今回参加されなかった皆さんも、次回こそは是非ご参加を! 日頃は決して見られない騎手さんの本当の姿が見られるのよ~♪

馬券おやじは今日も行く(第48回) 古林英一

2008年08月20日(水)

ミサキテンリュウの重大使命

 8月上旬のとある日、小生は富山市ファミリーパークを訪問した。富山市ファミリーパークと聞いて、すぐにミサキテンリュウの名前を思い出した貴方、かなりのばんえいファンですな。

 ミサキテンリュウとハヤトリキは2005年3月、富山市ファミリーパークにやってきた。ミサキテンリュウは1995年5月に北見でデビューし、2003年2月に引退するまで200戦21勝という成績をあげている。ハヤトリキは2001年4月にデビューし、2004年11月に最後のレースを走っている。なかでもミサキテンリュウは競馬場内で馬車リッキー号を曳き、みんなに愛された馬であった。

 富山にトレードされたミサキテンリュウとハヤトリキに科せられた任務は動物園の単なる客寄せではなかったのである。実は彼らには重大な任務を担うべく富山に転勤したのであった。今回、富山市ファミリーパークの山本茂行園長にいろいろをお話をうかがい、彼らに期待されている任務がわかった。それは現代における動物園の使命に関わる重大任務だったのである!

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ミサキテンリュウ・ハヤトリキが曳く馬車

 以下は園長にうかがった話である。動物園という施設が果たしてきた役割は歴史のなかで変化してきた。まずは世界各地から珍獣を連れてきて見せるという役割である。この流れは1970年代のパンダやコアラまで続く。次に科せられた役割は絶滅に瀕している希少生物の繁殖である。希少生物の絶滅を防ぐために世界各地の動物園が果たしている役割は大きい。またその延長に在来種(トキやコウノトリなど)の復活もある。

 山本園長らはさらに新しい役割を提起・実践しようとしている。それは人と動物の歴史を文化として継承する拠点としての役割である。ペット(昨今ではコンパニオンアニマルという)としての動物ではなく、人間社会をつくってきたパートナー(家畜)としての動物に注目した試みである。

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放牧地でくつろぐミサキテンリュウ。右側が馬車のコース

 山本園長は富山ファミリーパークを、擬似的な自然空間ではなく、里山のある動物園として、人間以外の生物と人間の関わりを考える最前線として位置づけている。ついでにいえば、山本園長にご教示いただき改めてわかったことだが、わが国には国立の動物園はない。国立の動物園がないということは、文化的もしくは教育的観点から考えるという政策がわが国にはないということの現れであろう。ここでパートナーとしての動物として最適だと考えられたのが馬、なかでも農用馬であった。

 これまで動物園にはいわゆる家畜、特に大家畜はあまりいなかった。牛や馬はわざわざ動物園で見るものではなかった。私事であるが、小生、この8月に無事生誕50周年を迎えたのであるが、その小生が小学校の低学年の時代まで大阪近郊でも牛が田を耕す光景がみられた。だが1970年頃には田を耕す牛はほぼ姿を消していた。

 富山市ファミリーパークには現在ばん馬の他に木曽馬が2頭いる。この木曽馬を使って水田を耕作しようという試みもおこなわれている。今では農村部でも田に入ったことのない子供たちが殆どだという。彼らにとって貴重な経験となるだろう。農業・畜産業の理解なくして「食育」もへったくれもあったものではない。

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農家から寄贈された耕作用馬具

 全く当然のことながら、家畜にはそれを飼養し、御する人が必要である。産業現場から家畜の姿が消えて久しい。もちろん富山にばん馬を御することの出来る人はすでにいない。

 ばん馬にふれたこともない職員にばん馬の飼養管理と制御技術をレクチャーしたのは大河原和雄騎手であった。大河原さんご本人によると、ただ付いていくだけと思って富山に行ったら、「しばらく居れ」と服部師といわれ、そのまま滞在することになったのだという。大河原騎手はそのまま10日間富山に滞在し、ばん馬にふれたこともない動物園の職員たちに飼養管理と御者の訓練をおこなった。ちなみに、詳細を調査したわけではないので確たる証拠はないが、おかげで大河原騎手は富山の飲み屋街に最も精通した北海道民になった模様である。

 大河原騎手の指導の甲斐あって、ミサキテンリュウとハヤトリキは富山で無事に大役を務めている。飼育担当の沢井さんにもすっかり懐いている様子であった。心配された夏の暑さも慣れたようである。馬車は富山市ファミリーパークの呼び物のひとつとなっており、彼らに科せられた任務を十分に果たしている。もし富山に行かれることがあれば、ぜひミサキテンリュウとハヤトリキに会いに行っていただきたい。

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飼育担当の沢井さんとミサキテンリュウ

谷あゆみ厩舎に訪問  山崎エリカ

2008年08月01日(金)

 齋藤修さんが所有しているヤエ坊ことヤエノリュウを見せてもらいに谷あゆみ厩舎におじゃましました。谷さんが馬房からヤエ坊を連れてくると……「あれ? 谷さんもともと小さいけど、更に小さくなってない?」みたいな印象を受けました。

 いや、谷さんが小さくなったのではなく、ヤエ坊がとても3歳とは思えないほど大きすぎるのです(^-^;;;;;;) 最初はそれほど大きい方ではなかったらしいけど、1年くらい前から急に背丈が伸び、手足も長くなって、胴体も長くなったそうです。

 ヤエ坊は子供っぽくじゃれる仕草とは裏腹に、既に体重が1020kg弱もあります。単に1020kg弱といってもイメージがわかないと思うので、山崎がヤエ坊に乗っかってみました。山崎の身長は159cm、体重は45kg……いや、本当は50kgくらいありますが、足を思いっきり伸ばしても体の真ん中くらいまでしか届きません。800kgくらいの小柄なばんばだと、なんとかつま先がお腹のラインくらいまで届くのに、やっぱりでかいです。

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 天井の屋根に頭をゴツンしないことだけに気を取られて、乗った位置(バランス)が悪かったのか、それとも単に嫌われているのか、なんとなくヤエ坊が嫌がっているような表情に見えます(T_T) ごめんなさい。

 だけど谷さんが近寄ると急変して嬉しそうな表情になります。やっぱりいつも一緒にいて世話をしてくれる飼い主にはかなわないなぁ~(´・ω・`) 下の写真は一見、谷さんがヤエ坊に顔面を吸われているかのように見えますが、実は谷さんとキスをしているのです。なんでもヤエ坊はキスするのが好きらしく、谷厩舎にいるポニーのチャチャとも毎日のように“チュウチュウ”しているらしいのです。おませさんだなぁ~。

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 このようなほのぼのとした光景を見ていると、山崎もばんばが欲しくなっちゃいます。ばんば自体は山崎でも無理すれば買えない金額ではないけれど、現在の賞金体系(下級条件は1着が10万円で3着までしか賞金が支給されない)を考えると、自分の馬が重賞でも勝ってくれない限り、毎日たまごかけご飯を食べることになりそうだから厳しいかなぁ~。もうちょっとばんえい競馬が盛り上がって、賞金が高くなれば毎日たまごかけご飯を食べる覚悟を決めて、夢を見るのも悪くはないと思うのだけれど。


 ちなみに私が谷厩舎に遊びに行ったその日(JRAジョッキーDay)、谷厩舎の看板馬の1頭であるホシマツリがこの日のメインレース(オープン)を勝ちました。山崎は自身自身を勝手に“勝利の女神”と呼び、「私と巡り合えた馬や人は近いうちに必ず勝てる」と吹いていては周囲からの顰蹙を買っているんだけど、どう考えたってホシマツリと谷さんをはじめとする厩舎スタッフさんたちの力ですね。同じ女性として谷あゆみさんにはこれからもずーっとがんばってもらいたいです(*^▽^*)

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やっぱり馬が好き(第50回) 旋丸 巴

2008年07月31日(木)

素晴しい交流の場、JRAジョッキーDAY

 お待たせいたしました! JRAジョッキーDAYが、今年も開催されました!

 7月21日、帯広競馬場に集結したJRA騎手各位は、この企画の呼びかけ人である藤田伸二騎手を筆頭に、昨年も来てくれた安藤勝己、勝浦正樹、四位洋文の4騎手に加えて、今年は、石橋守、武幸四郎、松岡正海の3騎手、それに、何と!特別ゲストとして元JRA騎手の細江純子さんまでもが来道して計8名。どーです、凄いメンバーでしょ?

 さて、そんな豪華騎手軍団が到着したのは午後4時。今年からの参加組は、そのまま調教コースへ。この日のメインイベントであるエキシビションレースに備えて、ソリ騎乗の練習を行ったのだけれど、さすがはスター騎手さん達、初めての経験なのにソリの上でのバランス感覚は抜群。普通の人ならソリが動き出しただけで、座っていても後ろに引っくり返るほど。なのに、JRA騎手諸氏といったら、はしゃぎつつも巧みにソリの上でバランスを取り、坂の上り下りも難なくクリア。コースを一周しただけで、どの騎手さんも、すっかりサマになっていたから、さすがさすが!

 で、早速、練習を終えた武幸四郎騎手に「どうでしたか、初めての馬ソリは?」と尋ねれば、

 「ううん、下り坂がムズイ」

 ぬぬぬぬぬ、「ムズイ」とは、さすが若者・幸四郎様だわ、と感心している間に、他騎手さんの練習も無事終了。

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武幸四郎騎手の練習風景。「ムズイ」と言いつつ、抜群のバランス感覚。指南役はバンゼン号と工藤騎手

 練習が終れば、次は4レース連続でJRA騎手協賛レースの実施。

 各騎手さんが協賛レースごとに表彰式を行い、その後はチャリティーオークションが行われたのだけれど、サイン入りのレプリカゼッケンと額入り写真がセリにかけられると、表彰台周辺に集まったファンから一斉に声があがる。藤田騎手のサイン入り写真などは最高値25,000円を記録。騎手グッズ欲しさのあまり、半ベソかきながら競り合う人も出現して、いやはや、凄い熱気でありました。

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チャリティーオークション風景

 かくして会場が大いに盛り上がり温まった7時過ぎには、いよいよ、待ちに待ったエキシビションレース。

 7名のG1ジョッキーが、それぞれG1制覇時の勝負服(ただし、松岡騎手だけは何故かG1、2着時サンツェッペリンの勝負服)に身を包んで登場。じゃあ細江さんは??……と見れば、この勝負服。

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さすが細江さん、勝負服姿も素敵

 はて、これは誰の勝負服? と首を捻った人は、ばんえい通じゃないよ。そう、映画『雪に願うこと』で吹石一恵さんが着た、あの勝負服。小柄な細江さんには、ちょっと大きめだったけれど、それでも、勝負服がビシッと決るところは、やっぱり元プロですなぁ。

 そんな細江さんが、レースでも大活躍。

 第2障害を降りた時点で、尾ヶ瀬騎手サポートの8番=藤田騎手が楽勝かと思われたのだが、細江さんも同乗の村上騎手と共に懸命に馬を追い、これに迫っての2着に入ったのだから、あっぱれあっぱれ!

 レース後も感想を聞けば、「楽しかったし、迫力があった」と、息を弾ませながらも、ニッコリ。

 でも、私は知っているのである。村上騎手が真剣に馬を追う余り、細江さんにビシビシと手綱が当たっていたことを……。村上さんってばぁ、もう。

 この細江・村上組を撃破して優勝した藤田騎手は、と言えば、ゴール前で余裕のガッツポーズ。レース後も、大勢の新聞記者に取り囲まれてインタビューを受け、「去年の雪辱を果たしました」なんて、真面目な受け答えをされていたから、後ろから忍び寄り、「去年は『とても一人で乗れない』っておっしゃってましたけど、今年で優勝で自信がついたでしょ? 来年は、一人乗りに挑戦されませんか?」とカマを駆けたのだけど、「いや~、1年間のブランクがあったからね~。難しいわ」と、上手に逃げられて、残念!

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見事優勝した藤田騎手とサポート役の尾ヶ瀬騎手

 大河原さんにサポートされた石橋騎手からは「思ったより、ずっとスピードがあった」と興奮気味のお話も聞けて、いやはや、賑々しくも、楽しいエキシビションレースだったのでありました。めでたし、めでたし。

 と、長々と報告文を書いたけど、本当に私が心打たれたのは、実は、レース後の懇親会での風景。

 ばんえい応援のために無償で駆けつけてくれたJRAジョッキー諸氏に感謝するために行われた、この懇親会の席上、安藤騎手は「僕も地方競馬出身だから、ばんえいの苦労はわかる」と語り、石橋騎手は「僕らが来ることで少しはお役に立てたかな」と心くばりを見せ、藤田騎手は「武豊さんも、マーキュリーカップで後ろの方を走ってるなら、こっちに来ればいいのに」と会場を笑わせ……。皆さん、それぞれ言葉は違っても、ばんえい競馬に対する熱い思いは、ばんえい関係者にも伝わって、胸の中がほんのり暖かくなった。

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「少しでもお役に立てたら嬉しい」と、懇親会で語った石橋騎手

 「同じ馬でメシを食う者として」とは藤田騎手の言葉だけれど、こうして、馬を絆として様々なホースマンが心を通わすJRAジョッキーDAYは、単なるイベントという域を越えて、素晴しい交流の場として定着しつつある。

 来年の「海の日」にも、また、この催しが行われることを今から楽しみにしている気の早い私なんである(鬼、大爆笑)。

馬券おやじは今日も行く(第47回) 古林英一

2008年07月10日(木)

走破時計を統計的に推測する

 北海道の夏は突然やってくるのである。本州以南が梅雨でジメジメムシムシしているというニュースを横目でみながら、われらが北海道では爽やかな涼しい日が続き、「いやあ、この季節はやっぱり北海道はいいねえ」なんぞといっていると、突然気温が急上昇。昨日まで22度とか23度とかいっていたのが、今日はいきなり30度なんぞということになる。徐々に気温が上がれば体も多少は慣れるのだが、体が慣れてないから、いきなり体に堪えるのである。

 夏が来ようと冬が来ようと、小生の馬券が当たらないのは同じ。季節も天気も無関係。いったいどうしたらよかろうかと思案投げ首の日々なのである。

 なぜ、馬券が当たらないのか? 理由を考えてみた。理由ははっきりしている。小生の予想が間違っているからである。問題はどこがどう間違っているかであるが、それがわかりゃ苦労はしない。こうなりゃ、ヘタな考え休むに似たり。小人閑居して不善を為す。自分で考えるのをやめることにした。

 馬の能力を客観的に推定することができないもんだろうか? ということで、遊び半分ちょいと数字をいじってみた。

 走破タイムを左右する要因を、馬の基礎能力、馬場水分、そしてばんえい重量の3つとして考えてみた。もちろん、他にも、騎手との相性だとか、その日の馬の気分だとか、天気だとか、たぶん色んな要因が働くことは確かだが、それらは一切無視して、基礎能力・馬場水分・ばんえい重量の3つでどのくらい走破タイムが決まるのかを考えてみた。

 今回使用したデータはホクショウジャパンとオレワスゴイの昨年度のデータである。なぜこの2頭を選んだかというと、同じ世代の2頭を比較した方が紛れがないような気がしただけである。

 次のようにごく簡単な数式をたててみた。

 走破タイム=基礎能力+a×馬場水分+b×ばんえい重量+c×馬体重の増加分

 馬体重の増加分というのはデビュー時の体重からどれだけ増えたかであり、成長途上の2歳ということを考えたからである。で、ホクショウジャパンとオレワスゴイのそれぞれについて、デビューから1年分のデータを使って、上の式のa、b、cを推定してみた(重回帰分析という手法である)。すると……

 ホクショウジャパンの場合は
   T=-110.01-7.56×M+0.48×L-0.41×W

 オレワスゴイの場合は
   T=-43.42-7.30×M+0.37×L-0.39×W

 という結果が出た(Mは馬場水分、Lはばんえい重量、Wはデビュー時からの体重増を示す)。統計学的な細かい話は省くが、この式の当たり具合(自由度修正済み決定係数という)は、ホクショウジャパンの場合80%くらい、オレワスゴイでは60%くらいである。つまり、オレワスゴイの方が、ここでとりあげた以外の要因に左右される割合が高いということである。

 今年のイレネー記念は馬場水分が0.8%で、ばんえい重量は670kg、そして、デビュー時からの体重増は、ホクショウジャパンが84kgの増加、オレワスゴイは110kgの増加であった。

 これらのデータをいれて、イレネー記念の走破タイムを推定すると、ホクショウジャパンが171秒、オレワスゴイが156秒という結果が出た。実際のイレネー記念では、ホクショウジャパンが第2障害を失敗してしまい惨敗し、オレワスゴイが154秒で優勝した。

 上の式によると、オレワスゴイの推定走破時計は156秒となる。実際のレースでは154秒であった。その差わずか2秒。結構いい線いっている。この推定式に従うと、仮に第2障害で失敗しなくても、ホクショウジャパンの推定走破時計は171秒で、オレワスゴイには届かないということになる。ホクショウジャパンは圧倒的1番人気だったが、推定式ではオレワスゴイの方が優秀だったということだ。

 うーん、これは使えるかも…(*^_^*) 今年年末のダービーではこのやり方で勝ち馬を推理し、皆様に公表するのでお楽しみに……って、暑い時期にクリスマスの約束してどうする!?

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