今年自身初めてのS級S班としてグレードレースを走っている諸橋愛選手(新潟79期)。先日はオッズパークのイベントにも出演し盛り上げてくださいました。
その時のお話、そして連覇となった地元・弥彦記念のお話を中心にお伺いしました。
山口:まずは、2018年6月30日(土)に行われた「オッズパークプレミアムパーティーin東京」でのトークショーについて聞かせてください。
諸橋:いろんな意味で貴重な時間でした。競輪と違う部分を聞いたり、自分は接点も全くないので他の公営競技の選手の話を聞くことは、なかなか無いですからね。
他の2選手、岡部誠騎手(名古屋競馬)、荒尾聡選手(飯塚オート)は年齢も近かったので話も合いました。
怪我の事とかレースに臨む姿勢とか、後は「どこの競技もしんどいよね」という話をしたり(笑)それは僕たち競輪選手だけじゃないんだなとやっぱり思いました。
肉体的には、僕たちは体を使って練習をするので限界まで追い込むとかはあるし違う部分はあるんですが、お客さんのお金が賭けられている部分であったり、勝負に対する一瞬の判断などは違う競技でも通じるものはあるんだと思いました。
山口:体調面の管理など、具体的な情報交換はしたんですか?
諸橋:してましたね。普段の体調管理のやり方の話とか聞きました。競馬やオートレースは自分たちと違って、体重も申告したり厳しい食事制限もあるでしょうから、とてもストイックにやっているなと感心しました。
最近は競輪選手の中にも食事に気を使って、脂肪を減らして絞っている選手もいるのでそういう意味では似ているんでしょうが、彼らは比べ物にならないくらいストイック。レースに入る前からしっかり制限して、また食べないこともあるそうなのでそういうのは凄いと思いますね。
山口:ファンの皆様の反応はいかがでした?
諸橋:写真撮影の時には「諸橋、応援してるよ!」と声を掛けてくれた方もいました。ただオッズパークさんの会員の方は競輪ファンだけではなく他の公営競技ファンもいるので、全員が自分の事を知ってくれている訳ではないと思うんです。なので、どれくらいの方が詳しく知っているかわからない中でのトークショーはドキドキしましたね。
だから、ファンとのふれあいの時間、写真を撮ったりサインを書いたりするときに、声を掛けてもらったら「あ、わかってくれてる人もいるんだな」と、話していてほっとしました(笑)知っていてくれるのはありがたいし嬉しいですね。
山口:反応があると嬉しいですよね。次にレースのお話も伺います。地元の弥彦記念は連覇、おめでとうございます。
諸橋:ありがとうございます。
山口:連覇をかけての地元記念、入る前はどういうお気持ちでした?
諸橋:実は、食事があまり喉を通らないくらいナーバスでした。緊張、というのかレースへの「モードが入っちゃってた」という感じです。
3日、4日くらい前から受け付けないような、そんな感じでしたね。去年とは自分の状態、というか弥彦記念を迎える立場が違いましたから。
(昨年は、弥彦記念では優勝したことがなくS級1班。今年は、昨年優勝者でS級S班)そういう意味で、普段のレースとは違うと感じていました。なので精神状態はきつかったですね。
山口:その中での優勝はかなり大きなことですね。
諸橋:そうですね。すごくきつい中で優勝できたのは良かったと思います。弥彦記念の前にイベントで競輪場に行ったんですが、何とか弥彦記念は、地元のお客さんの前で結果を出したいという話をさせてもらいました。
そこから帰ってきて、一気にキッカケを掴んだというか、そんな感じでした。その後のいわき平でのオールスター競輪もなんというか「負ける気がしない」感じで、全く緊張せずに、というか自然体で走れたんですよね。
不思議なんですが、なんでしょう、良い意味で力が抜けている感じですね。
山口:私もいわき平の現場にいたんですが、検車場でそのお話を聞いてびっくりしました。
諸橋:たぶん、肩の荷が下りて自然体でいられたんでしょうね。レース前の敢闘門の所とかも緊張していませんでしたし、自信だけは妙にありました。
オールスターの結果としては準決勝敗退(4コーナーでインコースへ切り込み、内に詰まってしまい4着)だったんですが、コース取りを間違えなければ決勝には行けていたと思います。いい感じに走れていましたね。
山口:それは、振り返ってみて、そういう「負ける気がしない」という状態だったんですか?
諸橋:難しいんですが、前で平原(平原康多選手・埼玉87期)が頑張ってくれていて、4コーナーで彼が外にブロックに行ったときに、自分は内に行きました。
それにおりてきた平原とかぶってしまったんです。彼をどかせて自分のコースを作らないと伸びない、という場面だったので判断は難しいんですが、それをシビアにいけなかった、自分の甘いところが出たのが、決勝に行けなかった敗因だと思います。
もしコースをしっかり見極められていたら、決勝戦でも間違いなく伸びていたと思うので残念ですね。
やっぱり関東ラインとして前で頑張ってくれた平原と一緒に決勝に乗りたいと思ってしまい、他の選手の方が伸びました。あの一瞬の中でいろんなことが頭をよぎって、シビアに行けなった、番手から出ていけなかったのが4着だったんだろうと思います。
山口:8月末の富山記念は準決勝で落車(諸橋選手は失格・押し上げ)がありました。体調面はいかがですか?(取材時は9月)
諸橋:出られるのならば走りたかったんですが、高知・共同通信社杯、京都向日町記念は調整が間に合わなかったです。落車してから、走るために調整をしていましたが出られるような、走れるようなコンディションでは無いので欠場させてもらいました。
特に共同通信社杯は昨年優勝しているので出たいという自分との葛藤があったんですが、今走ってもパフォーマンスは充分に発揮できない、無理に出てもお客さんに迷惑を掛けると思い、決断をしました。
山口:そうですよね。お客さんのお金が掛かっていますもんね。
諸橋:はい、お金を掛けてもらっているし、後はS級S班という責任もあると思います。今回の共同通信社杯はナショナルチームのメンバーがおらず、S級S班自体ももともと少ないので、その分走るSSメンバーに注目が集まる。そうなるとやっぱりヘタなレースは出来ないです。
山口:選手は、落車による怪我との戦いもつきものですもんね。。
諸橋:自力選手と違って後ろを走っているので、落車がなければそこまでダメージはない時が多いんですが、どうしても落車はつきものですから甘いことは言っていられないと思うんです。そもそも落車自体、ファンの人に迷惑がかかっていますし。ただ、自分も戦っているのでそれはわかって欲しいですね。
きっと穴党のお客さんは自分を絡めてくれていると思っています(笑)ただレースでは勝てるような展開にもっていかないといけない、中途半端なレースは反省しないといけませんね。きっと結果がきちんと出ていればもっと精神的にも楽なんでしょうけど、そうではないですし。
特に今年はS級S班という立場もありへたなレースは出来ないなと感じています。負けられませんからね。
山口:昨年は、ちょうど今頃からググッと成績が上昇(弥彦記念優勝→共同通信社杯優勝→松戸記念優勝→競輪祭決勝5着)していきました。今年の流れはいかがですか?
諸橋:去年よりは良くないです。昨年のようにいけば良いんですが、なかなかそれは難しいのは自分でもわかっています。
ただ自分の戦う環境がどうしても波があるので、それによってかなり左右されますね。この後、上手くいけばいいですが。
山口:昨年は、賞金でのKEIRINグランプリ出場でした。どのあたりからグランプリを意識されていたんですか?
諸橋:弥彦記念を優勝してから、ですかね。ほんのり考え出し、共同通信社杯を勝って、松戸記念も優勝出来た。その辺りにグランプリ出場への賞金額上位者を見て「お、もしかしたらいけるのかもしれない」と思いました。グランプリはやっぱり選手になったからには出たいと思っていました。
「今年(2017年)逃したらもうチャンスは来ないかもしれない!」と思いました。なのでそこからは出たい一心でレースをしました。
山口:今年も、もう一度そこへ向けて、ですね。
諸橋:今年は、今のところかなり厳しいので、出られたら良いなとは思いますが......。ただ与えられたレースはしっかりやりたいです。
凄く無理をする、という訳ではなくひとつひとつのレースで結果を出すという感じですね。
山口:その積み重ねなんですね。それでは最後にオッズパーク会員の方へメッセージお願いします。
諸橋:パーティーでのふれあいの時に声を掛けてもらってとても嬉しかったです。レースを走るからには期待に応えないと駄目だと思っているので、出る以上は1着に向かってしっかり頑張ります。
追い込み選手なので展開には左右されますが、でも最後ゴールまで諦めない気持ちで走っているので、そこも含めてレースを見てもらえたらなと思います。
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※インタビュー / 山口みのり
三重県松阪市出身。フリーアナウンサー/ナレーター/MC/キャスター/声優。
競輪関係では取手競輪中継司会、松戸競輪リポーターをメインに各競輪場で活動中。
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※写真提供:公益財団法人 JKA