22年目を迎えるJBC開催が近づいた。今年は、2014年以来、8年ぶり3度目となる盛岡開催。
現在の地方競馬で、スプリント、クラシックの基本距離である1200m、2000mのレースができるのは、大井と盛岡だけ。船橋にも両距離の設定はあるが、コース形態の関係から1200mでは重賞などの主要競走が行われておらず、2000mは近年ほとんど実施されることがなくなった。
その盛岡競馬場が移転・オープンしたのが1996年。施設面でも充実していたことから、第1回の大井に続いて、第2回(2002年)のJBC開催場となった。そのときの入場者は14,287名。2度目の盛岡開催となった2014年の10,331名と比べるとかなり多い。当時はまだ馬券のネット発売があまり一般的ではなく、売上の大部分を本場および場外発売施設が占めている時代だった。
中央競馬では、ダート競馬がまだまだ芝に対して格下に見られていた時代。オープンクラスの馬で、デビューからずっとダートを使われてきたという馬は少なかった。中央の2・3歳戦はオープンクラスのダートのレースがごくわずかだったという番組的な事情もある。
JBCスプリントを制したスターリングローズは、デビューこそダートだったが、3歳春には毎日杯や青葉賞に出走するなどクラシック戦線を目指した。JBCには南部杯7着からの参戦で、1200mは芝も含めて未経験の距離だった。
JBCクラシックを制したアドマイヤドンは、皐月賞7着、日本ダービー6着、そして菊花賞4着からの参戦。2歳時には朝日杯フューチュリティステークスを制しており、芝・ダート双方でのGI制覇で話題となった。アドマイヤドンはその後、JBCクラシック3連覇を果たすなど、ダートで不動の地位を築いた。
当時は盛岡のダービーグランプリが中央との交流GIとして行われており、この年の勝ち馬は、のちにダートのチャンピオン種牡馬となるゴールドアリュール。この馬も日本ダービー5着という実績があり、その後、ジャパンダートダービーからダービーグランプリを連勝。芝でもそこそこの実績を残した馬の中で、ダート適性の高い馬が、ダートのチャンピオンとなる時代だった。
コースも含めた施設面で充実していた盛岡競馬場だが、2度目にJBCが行われたのは2014年。干支が一回りもするほど期間が空いてしまったのにはわけがある。
ひとつは財政難。地方競馬専用の競馬場としては唯一、芝コースも完備された豪華施設の盛岡競馬場の移転が計画されたのはバブル期。しかしその後、地方競馬全体で売上が下がり続け、岩手競馬は盛岡競馬場建設の借金の返済も重なり、累積赤字に苦しむことになった。そして2006年度に岩手競馬は廃止の方向に動き出した。しかし、年度末ギリギリの07年3月中旬、県議会の採決でわずか1票差で存続。首の皮一枚で岩手競馬の歴史が継続された。
もうひとつは東日本大震災。存続が決まったとはいえ、苦しい経営は変わらず、さらに追い打ちをかけるように起こったのが、2011年の震災だった。水沢競馬場はスタンドなどに被害があったが、内陸部にある盛岡競馬場はほとんど被害がなかった。とはいえ競馬を開催できるような社会情勢ではなく、そもそも苦しい財政状況ながら、売上の中から震災復興に資金を拠出することで、競馬が再開されたのは5月中旬のことだった。
それから3年が経過。2014年のJBC盛岡開催は、震災復興の象徴のひとつとして行われた。地方競馬全体の売上でも2011年を底に売上が上昇に転じ、明るい未来が見えてきた時期だった。
そして今年、3回目となるJBC盛岡開催は、地方競馬全体の売上が好調に推移してきたこともあり、賞金が大幅アップした。
第1回のJBCは、地方競馬初の1着賞金1億円(JBCクラシック)として始まり、JBCスプリントも8000万円。しかしJBCレディスクラシックが加わった2011年からは、クラシックは8000万円、スプリントは6000万円に減額となり、レディスクラシックは4000万円(13年から4100万円)で続けられてきた。それが今年、クラシック1億円、スプリント8000万円という当初の高額賞金が復活。レディスクラシックも6000万円となった。
日本の競馬では、レースの賞金は1着賞金で言われることが多いが、欧米では総賞金として表されるのが一般的。総賞金で言うなら、JBCクラシック1億7000万円、スプリント1億3600万円、レディスクラシック1億200万円となる。
また同日盛岡競馬場で行われる重賞、3歳以上芝のOROカップは1着3000万円(昨年1000万円)、2歳馬による芝のジュニアグランプリは同2000万円(昨年400万円)と、ダートグレード並みの賞金に大幅アップしての実施となる。
今回のJBC当日は、地方競馬の1日1競馬場の賞金としては、おそらく過去最高額で争われる、記念すべきJBC開催となる。