やっと、復活しました!思いのほか、長々と寝込む事になってしまいましたが・・
私が寝込んでいる間に、私の大好きなジョッキーがまた1人、引退してしまいました。
益田から川崎に移籍した、沖野耕二ジョッキー。益田に遠征した時、関係者の温かさと騎手のレベルの高さに感銘を受けました。土地柄もあるでしょうが、トップに立つ沖野ジョッキーの、技術と人柄による所が大きいと感じました。
川崎に移籍してからは、お会いしてないのが残念ですが・・オッズパーク的には南関ネタは関係ないので、今日は移籍の難しさについて、ちょっと触れてみたいと思います。
地方競馬場というものは、それぞれの競馬場で考え方が全く違う。中央でも各競馬場によって乗り方は変りますが、美浦・栗東から遠征する訳で、基本的な競馬の考え方は一緒です。
でも地方は、競走馬に対する気持ちや接し方、ジョッキーの扱いや育て方まで、競馬場によって変ってきます。同じ北関東でも、高崎は若手が育ちやすく、宇都宮では難しかった。同じ地区でも全く環境が違う訳だから、気候や土地柄が違う多地区になれば、馴染むまでに相当の時間がかかる。
特に、デビューしたての人間と違い、1度どこかの競馬場の色に染まっている場合は、余計に難しい。
「前の競馬場では、こうやってました。」なんて通用しない。みんな、自分の競馬場が1番!という愛情とプライドを持っているのだから、質問する事さえ憚られる。
競馬界は実力社会である。でも、純粋な実力社会では、決してない。ジョッキーは、所属調教師の考え方1つで、育ちもするし、死にもする。周りの環境が、成績に直結するのだ。
私自身は、所属調教師にとても恵まれた。父娘のような関係だったし、所属厩舎の馬は、ゲート難以外すべて乗せてくれた。そして、「自厩舎の調教より、他厩舎を優先しなさい。」と言い、他の調教師に私を乗せてくれるよう、頭を下げてくれた。こんな調教師は、滅多にいない。そして高崎自体も、若手にチャンスの多い競馬場だった。
移籍する事で、今までの環境はすべて変る。それが吉と出るか凶と出るか・・ジョッキー自身の技術も関係するけれど・・ある意味、賭けだ。
高崎から佐賀に移籍した浅沼傑ジョッキー。常に一生懸命で、バカがつくほど(傑君ごめん・・)真面目。みんなが嫌がる馬に喜んで乗って、それで怪我をしてもその姿勢を崩す事はなかった。傑なら、移籍もうまく行くだろう・・そう思っていたけれど、色々大変な思いをしている様子。
高崎と違い、佐賀は若手が育ち難い環境。加えて、馬主の考え方も全く違う。レースに至っては、同じ所を探す方が難しい・・。現在は厩舎が変り、同じ高崎から移籍した佐藤厩舎に所属している。
明日は、1・5・7レースに騎乗予定。もうすぐ2人目の子供が産まれるし、先月あたりから調子も上向き、ファンクラブまであるようで、是非頑張ってほしいと思う。
「ジョッキーを続けられて良かったね。」と簡単に人は言う。でも、ジョッキーを続ける方が過酷な場合もある事を私は知っている。