熊本県の荒尾競馬が廃止になったのが2011年12月のこと。早いものであれから10年以上が経過した。
そうしたタイミングで、8月1日に発行された荒尾市の広報紙の表紙写真が荒尾競馬場のスタンドで、以下のようなキャッチが記されている、
今秋、競馬場スタンド解体予定!
荒尾競馬場、これが本当の
最後(ラスト)。
『広報あらお』PDFはこちら
表紙写真のウイナーズサークルに立っている男性は、本文を見ると、工藤榮一元調教師のようだ。
荒尾競馬場は、廃止後も場外発売施設の『BAOO荒尾』および『J-PLACE荒尾』として引き続き使用されてきた。それが今年6月、かつてのコースの一角だった場所に移転してリニューアルオープン。『あらお海陽スマートタウン』という新たなまちづくりの拠点として再開発されるため、この秋からスタンドの解体が始まるとのこと。
それに先立ち、『荒尾競馬場スタンド自由見学会』が8月28日に実施される。10時から16時まで(最終入場15時30分)、自由参加の見学会となっている。解体前に、在りし日の荒尾競馬場の姿をもう一度見ることができる、という企画だ(詳しくはこちら)。
これはわざわざ九州まで足を運んで見ておきたい!と思ったが、残念ながらその日はすでに仕事が入っているのだった。残念。
オッズパークで地方競馬の馬券発売が始まったのは、2006年4月のこと。その当時、オッズパークで発売対象だったのはわずか4主催者。そのうちのひとつが荒尾競馬だった(ほかには、岩手、笠松、佐賀)。
じつはこのブログもオッズパークのオープンと同時に開設し、4月2日付け最初のコラムには以下のようにある。
(以下、引用)
それにしても考えてみればスゴイ時代になったもの。いきなりオヤジっぽい発言で申し訳ない。地方競馬の馬券がインターネットで買えて、しかもレース映像まで見られるような時代がくるとは、10年前に誰が想像しただろう。そもそも10年前といえば、まだインターネットというもの自体がそれほど一般的でなく、文字だけのパソコン通信でせっせと情報発信と収集をしていた時代だった。
地方競馬といえば、情報が極めて少なく、現地に行かなければレースを見ることもできないし、馬券だって買えなかった。
つまりは、地方競馬の大レースなんかを知っているというのは、競馬場まで出かけて行って見た人だけの特権であり財産でもあったわけだ。
(中略)
それで思うのは、こうして東京でパソコンの前にいるだけで、岩手や笠松や佐賀や荒尾のレースの予想を出しちゃおうというのだから、時代は変わったなあとしみじみ思うのである。
(引用、ここまで)
16年という時の流れを感じさせる内容で、なんとも感慨深い。
たとえばここ10年以内に競馬を始めたというファンには、「競馬場まで行かなければ馬券は買えないし、レースも見られない」というのは、信じられないことなのではないか。
それから5年後の2011年9月、荒尾市が荒尾競馬廃止を表明。同年12月23日が最後の開催となり、足掛け84年に及ぶ荒尾競馬の歴史に幕を下ろした。
荒尾競馬最終日、最終レース後、ファンに挨拶する騎手たち
荒尾競馬が廃止となった2011年といえば、地方競馬全体の売上が1991年ピーク時の約3分の1の3314億円余りにまで落ち込んだ年。
ところが皮肉なことに、その年を境に翌2012年に始まったJRA-PATでの馬券発売などによって地方競馬は売上が回復しはじめるのだが、あの日、あのとき、地方競馬の売上がV字回復する未来などまったく見えなかった。
仮に、荒尾競馬や、その後2013年3月限りで廃止となった広島県の福山競馬が開催を続けていたとして、明るい未来があったのかどうか、それはわからない。なにしろ日本における軽種馬の生産頭数は、1992年の12,874頭をピークに、2012年には半減に近い6,837頭にまで落ち込んでいるのだ(その後、2021年には7,733頭まで回復)。
荒尾競馬の開催最終日には、普段の10倍近い8,935名の入場があった。涙もあったが、関係者には多くの笑顔もあった。時代の変化には抗えず、「やりきった」という笑顔だったのだろう。
そしてさらに10年の時が流れ、場外発売施設として往時のままの姿を残していた荒尾競馬場のスタンドやパドックなども、ついにその姿を消すことになる。8月28日の見学会は、その思い出を胸に刻む最後の機会となる。