少し前のことになるが、ばんえい競馬で今年度から新設された3歳牡馬の重賞、翔雲賞(1月31日)で、タカナミという馬が勝った。
血統を見ると、父が「(日輓)マルニセンプー」、母が「(ブル)后殊」とある。
(日輓)についてはあとで触れるが「日本輓系種」の略。(ブル)はブルトン種のこと。
昭和から平成中期頃のばんえい競馬では、血統表だけでなく実際にレースをしている馬にもしばしば純血種が見られたが、近年、ばん馬は日本でかなり改良が進み、純血種を見る機会は少なくなった。
ばんえい競馬の馬は、ブルトン(フランス・ブルターニュ地方原産)、ペルシュロン(フランス・ペルシュ地方原産)、ベルジャン(ベルギー原産)というおおむね3つの種類の大型馬(重種馬)の交配によって進化した。
重種馬ではほかに、クライスデール、シャイアーなどの種類がが有名で、これらを交配した馬も生産されたことがあるらしいのだが、結果的に重量物を曳くのに適した馬をつくる過程で淘汰され、結果的に先の3種が残った、ということになる。
サラブレッドでは父系の祖先を辿ると、ダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリータークの3頭いずれかに行き当たるが、これも最初に"3頭ありき"だったわけではない。改良・淘汰の過程でこの3頭の系統が残った。淘汰という意味では、主に3品種が残った、ばん馬も似ている。
大きな違いは、サラブレッドが究極のスピードを追求した改良であるのに対して、ばん馬は究極のパワーを追求した改良ということ。
かつてばん馬の血統表では、複数の品種が交配された馬には(半血)という記号が記されていた。現役馬でも、2代、3代と血統を遡ると、ほとんどがこの表記となっている。
この半血種の改良が進み、安定的に一定以上の頭数が生産されるようになったことから、日本固有の馬の品種として世界的に認められたのが日本輓系種。これが血統にある(日輓)で、2003年以降に生産された馬はこの表記となっている。
サラブレッドの生産でも、近親交配が進まないよう外国から新たな系統の種牡馬や繁殖牝馬を輸入するなどして、常に血の更新が行われているが、ばん馬でも同じことが行われている。
とはいえ重種馬の生産牧場は多くが家族経営という規模で、外国から馬を導入するなどは容易なことではない。そこでその役割を担っている機関が、独立行政法人・家畜改良センター十勝牧場だ。
近年のばん馬の血統にある純血種は、ここで生産もしくは輸入されたものが多いという。昨年12月の2歳重賞・ヤングチャンピオンシップを勝ったアルジャンノオーも母がペルシュロン種で、「(ペル)旭灼」となっている。
この牧場で品種改良の目的で生産され、競走経歴のない馬には漢字の馬名が付けられることが多い。
また2019年にデビューした2歳馬には、純血のペルシュロンで、その名もペルチャンという牝馬がいたのだが、なかなか勝つことができず、明けて3歳になった2020年3月24日、23戦目にようやく初勝利を挙げたのだが、それを最後に引退している。
ばん馬が日本で改良された証としてわかりやすいのが、馬体重。今のばん馬は、2歳のデビュー時はおおむね800~900kgだが、古馬になるとほとんどが1000kgを超える。ばんえい競馬では2019年まで、馬体重の重い馬ばかりを集めたビッグウエイトカップというレースが行われていたが、その出走馬の馬体重はだいたい1150kg前後。ときには1200kgを超える馬もいる。
しかしかつて昭和の頃のばんえい競馬では、古馬になっても馬体重が1000kgを超える馬はそう多くはなかったという。
今手元にある資料で、ばんえい競馬最大のレース、ばんえい記念(かつては農林水産大臣賞典)のいちばん古い1991(平成3)年の成績を見ると、出走馬10頭の馬体重は1003kg~1130kgで、平均は1046.6kg。一方で、昨年のばんえい記念の成績を見ると、7頭立てで馬体重は1077kg~1224kg、平均では1153.1kg。ばんえいの一流馬は、この30年で100kg以上も大型化したことになる。
ちなみに、ばんえい競馬の重賞最多勝記録を更新(25勝)し続け、ばんえい記念3勝を挙げている現役最強馬、オレノココロの最高馬体重は、2018年と2020年の帯広記念出走時の1225kgだった。これこそが、日本で改良された日本輓系種の、現在における最良の進化形といえるのだろう。
ばんえい競馬は「世界でひとつ」と言われるが、世界でひとつなのは、ばんえい競馬という競技だけでなく、日本輓系種という馬の品種も、世界中で(いまのところ)日本だけにしか存在しないものなのだ。
帯広記念(2021年1月2日)を制して重賞25勝目としたオレノココロ。このときの馬体重は1173kg(写真:ばんえい十勝)